命改変プログラム

ファーストなサイコロ

無くしたもの

 目が覚めて、体を少し伸ばすと、誰かの肉に突き当たる。遠慮しがちに起き上がり、周りを見るとその惨状に頭が痛くなってくるよ。テーブルだけにとどまらず床にまで皿を持って来てる料理とか、空のグラスとかが転がってる。
 付けっぱなしだったテレビからは年始めの番組がずっと流れてる。代わり映えのしない司会者にいつものお笑い芸人。そして人気の女優とジャニーズという定番だ。あとは少しだけ、去年の話題の人物とかが居る程度。きっと今年のこの時期には消えてるんだろうなって人達。


「皆騒ぎ疲れたみたいだな」


 僕もそうだけど……まさか自分の家でこんな騒ぎをする日が来ようとは。実際布団とか用意してたのに、意味なかった。それに男女共々寝てるし……本当ならきりのいいところで女性陣には日鞠家に行ってもらう予定だったんだけどな。


「そう言えばその日鞠がいないな」


 リビングには見当たらない。帰ったのか? 取り敢えずソファーを陣取ってる摂理の奴には毛布を掛けといた方がいいかな。風引いてもらっても困るし。暖房は効いてるけど、摂理は体弱そうだからね。奥の方から持ってきた毛布を優しく摂理に掛ける。


「すおう……」


 むにゃむにゃとしながらそう呟く摂理。ちょっとドキッとするな。寝顔は何度も見てた筈だけど……でもこんな血色良くなかったしな。LROに囚われてる時とはそれこそ人形みたいだったし……だからこうやって寝返りしたり寝言言ったりは新鮮。生きてるって感じがする。肌も白いだけじゃなく赤みがかかった感じだしね。


「一応メカブとかにも掛けておいた方がいいかな?」


 後で文句言われそうだしな。天道さんも……と思ったけど、あの人ラオウさんに擦り寄ってるから大丈夫か。ラオウさんは言わずもがなで別にいいだろうし、なら後はクリスの奴か。案外かわいい顔して寝てるけど、ここに居ていいんだろうか? 
 まあ本人が良いんなら良いんだけどね。取り敢えず用意してた毛布を更に取りに行く。


「よいしょ」


 っと、クローゼットから数枚重ねて持ち上げる。するとその時、背後から微かな殺気を感じた気がして振り返った。するとそこには黒いジャージ姿の金髪がフラッとした感じで立ってた。寝ぼけてるのか? てかさっきの殺気は一体……ラオウさんが無意識に放った奴だろうか?
 ラオウさん戦場の夢を見ると無意識に殺気を放つ事があるとか言ってたしね。てか、ガサゴソし過ぎて起こしてしまったのなら悪いことをしちゃったかもしれない。


「クリス、悪い起こしたか?」
「クリス? へ?」


 へ? じゃねーよ。クリスだろ? 寝ぼけてるみたいだな。


「いいよ、毛布貸すからもう一度寝てろよ」
「いいデスよ。寧ろ暑いくらいデス」


 そう言って自分の手を団扇代わりにして仰ぎだす。ついでにジャージのジッパーもちょっと下ろした。おいおい、無防備だな。


「気になる? まあメカブには大きさでは敵わないデスけど、弾力はこっちが上ですよ」
「しらねーよそんなの」


 無駄に張るなよ。目のやり場に困るだろ。


「ふふ、日本の青少年はウブデスね。私の国では齧り付いて来ますよ」
「それはそれで問題だろ。てかお前の国ってどこだ?」
「それはUSA……いえUSJデス」
「USJはテーマパークだろうが」
「じゃあUAEデス」


 じゃあってなんだ。なるべく語感的にUSAに近い所を適当に言っただけだろ。故郷が知られると不味いのか?


「お前、アラブって感じじゃないぞ。まあ居ないわけじゃないと思うけど……絶対に最初に言ったアメリカだろ?」
「ふん! そうデスよ! 文句でもありますか!?」
「なんで逆ギレしてんだよ」


 何かアメリカに不満でもあるのかよ。八つ当たりはやめて欲しい。


「アメリカのどこなんだ? サンフランシスコとかデトロイトとかあるじゃん」
「経済破綻した所を混ぜるなデスよ」
「はは、だってニュースとかやってたからね。頭の隅にあったんだよ。で、どこなんだ?」
「言っても知らないデスよ。アメリカでも田舎の方だから」
「ふ〜ん、じゃあなんで日本に来たんだ? 観光って言ってたけど、一人でなわけないよな? けど連絡一つせずに家に居座ってる所を見ると家族って訳でもないのか? でもやっぱ一人旅には早いよな? あんまり歳変わらなそうだし」
「女の子には秘密が付き物なんデス。ミステリアスな方が魅力的でしょ?」
「……」
「なんデスかその目は?」
「いや、そのセリフなんか前にも聞いた事あるなと思って」


 誰か言ってたよなそれ? まあ誰かなんてのは別にどうでもいいんだけど、それを吐く奴ってなんだかイマイチ信用出来ないというか……ミステリアスっていうか怪しいよね。


「まあ別に言いたくないんなら別にそれでも良いけど……行く所はあるのかよ? そんな格好で寒空の下……観光でも何でも無く一人なら、困ってるんじゃないのか?」


 そんな想像も出来なくもないよね。実は単にホームレスとかさ。でも臭くはなかったし、服事態に汚れもなかったから別に行くところがないって訳でもないのかな? でもそれならますますここに居る理由がわからない。


「なんデスかそれ? 私に惚れましたか? LOVEデスか? ごめんなさい。ちょっと無理デス」
「どうしてそうなって、何でフラれたの僕?」


 新年早々傷心にしないでよ。てかそもそも告白じゃねーし。


「そうじゃなくて、ただ単に困ってるのなら少しは居座ってもいいって……親切心だよ」
「こんな得体のしれない女を住まわせようと? 日本人は本当にお人好しデスね。手を差し伸べた事を誰もが感謝する訳じゃない。それが狙いかも知れないデスよ」
「何、実はここに住みたいのか?」
「そうじゃないデス! 貴方達は甘々だと言ってるんデス」
「そうかな? それなら十分クリスも甘いと思うけど。今日はじめてあって勝手に友達とか言ってる摂理をなんで許してるんだよ? それは摂理の奴が傷つく事に配慮してくれたんじゃないのか? 十分甘々じゃん」
「あれは! 魔が差しただけデス。どうせここを出ればもう会うこともないですよ。だからちょっと位夢見せて、後で絶望させようって魂胆です。全然甘々じゃない。寧ろデビルデスよ」


 無理しちゃって……と僕は思う。そんな風には全然見えなかったよ。脚が不自由な摂理の事、クリスは良く気にしてた。口ではこんな事を言ってるけど、優しい子だって事はわかるよ。確かに素性もなにもわかったものじゃないけど、悪い子じゃないんじゃないだろうか?
 いや、例えこれから悪い子になるんだとしても……もう友達に成っちゃったからな。僕も摂理も……だからきっとそうなった時にはきっと助けるだけだ。手を伸ばして上げればいい。まあそんな事を言ったらきっとまた「甘々デス!」とか言われるんだろうけどね。


「調子狂いますよホント。ちょっと外の空気吸ってくるデス」
「僕も行こうかな。朝の空気は好きだからね」
「朝ってほど明るくないどころかまだまだ全然暗いですけどね。まあ付いてくるっていうなら、そこの飲み物お願いしますデス。私はコップ持っていきますから」
「冷たい飲み物は流石に外じゃ寒くないか?」
「これが良いんですよ。着色料全開が好きなんデス」
「流石アメリカ人だな」


 外国の方は派手な色着いたの多いもんね。まあそこまで言うのならこっちも付き合うよ。取り敢えずペットボトルのジュースを持って庭の方へ歩く。テーブルはそのままだけど、料理は全部家の中に移したから、なんだかちょっと寂しい感じに成ってる。
 大窓を開くと暖かかった室内に突き刺さるような冬の空気が入ってくる。僕とクリスだけじゃなく、眠ってる人達も一瞬体を縮めたように見えた。早く閉めた方が良さそうだ。二人してささっと外に出て窓を締める。庭にはまだ室内の明りしかない。太陽はまだまだ顔を出す気配はない。空にはちょっとだけど星もを見える。
 初詣をしたら初日の出もセットみたいなものかもしれないけど、流石にね。実際毎日日の出はあるんで……初詣だけで十分だよね。


「ほら、ジュース注ぐデス」
「へいへい」


 紙コップにジュースを注いでその弾ける炭酸をちょっと見つめた。うん、なんか寒そうだ。


「乾杯でもしましょうか?」
「何に対してだよ?」
「そうですね〜無難にハッピーニューイヤーにでも」
「散々しただろ」
「いいじゃないデスか。Hey、Happy New Year!」
「ハッピーニューイヤー」


 コツンとコップ同士を軽く当てて、中のジュースをグッと喉に注ぎ込む。炭酸の刺激が喉を刺激するよ。でもやっぱり冷たい空間で冷たい飲み物はお腹を冷やすな。クリスは女の子なのにお腹を冷やして大丈夫なのだろうか?


「やっぱさむ––––」


 コップが手から抜け落ちた。そしてなんだか視界が霞む様な……足も震えてきて立ってられない。これは……同じものを飲んだはずなのに、目の前のクリスはやけにしっかり立ってるように見える。
 そして僕を見下ろすクリスがさっきまでとは違う瞳を向けてこう言うよ。


「ようやく任務を達成できそうデス。他の人達に迷惑を掛けたくなかったら、そのまま大人しくしていてください」
「お前……」


 玄関先から、幾つもの影が音もなく忍び込んでくる。あっという間に大勢に囲まれた僕。顔は鼻まで上げたマスクみたいなので見えない。けどどいつもこいつも、相当鍛えてるんだろうなってのを伺わせる体格をしてるよ。
 何か英語で話してるようだけど……聞き取れない。僕には英語の教養がなかった。てかこのままじゃヤバイ。とにかく逃げ……


(……って中には摂理達が)


 自分だけ逃げるなんて出来ない……か。けど狙いは僕だけなのかも……それなら、どうにかここから離れた方がいいのかも。


(けど……な)


 足にも腕にも力が上手く伝わらない。意識は完全になくなるって訳ではないようだけど、抵抗できるだけの力は奪われてる。これじゃあ……一人の男が僕の髪を掴んで顔を上げさせる。そして袋っぽい物をかぶせようとしてきた。


「こ……な……くそ……」


 顔を横に向けたり小さな抵抗を試みる。けどこの程度じゃ時間稼ぎにも成らない。大の男数人に囲まれてるんだ。体が動かない事には逃げるなんて……


パン!!


 そんな音が弾けたと思ったら、僕の髪を掴んでた奴の頭がブレて、後方に倒れた。そして続けざまにもう二人体が浮いて倒れた。するとクリスの奴が何か言って、残りの奴等が銃を出した。マジかよ……ここ日本だよね? 
 そしてキュルキュルと言うタイヤの擦れる音がすると思ったら、強引に家に入ってくるバン。すると開けたドアから更に数人が出てくる。だけどそいつらも何人かは直ぐに吹き飛んだ。けど姿勢を低くしつつ、仲間を回収し、そして僕の方にも手を伸ばして来た。
 でもその手を大きな屈強な手が掴んで持ち上げる。


「騒がしいと思ったら、随分と懐かしい匂いを放つ連中が居るじゃないですか。ここは貴方達が踏み込んでいい場所じゃない」
「おあ……ああ!」


 持ち上げられつつも銃口をラオウさんに向ける刺客。けど彼女は大きく振りかぶってソイツをバンに投げ飛ばした。大の大人が数メートルも飛んでバンにたたきつけられる。流石にそれには謎の刺客達もびっくりだ。


「貴方達の作戦は失敗ですよ。引きなさい。どこの部隊か知りませんが、強攻できるだけの装備があるとは思えません。それに、どんな装備を揃えて来たとしても、彼は何があっても渡しません」
「ただのシスターに私達を止める術があるとでも?」
「どうでしょうか? ですが……試してみましょうか?」


 一瞬にして震え上がる様な空気が広がった。これこそ彼女が普段は押し殺してる殺気。猛獣を目の前にしたかのような……いや、猛獣なんかよりも数百倍恐ろしい感覚。なんせ、ラオウさんは猛獣程に単純じゃない。
 賢く強い。彼女の強さは本物だ。


「やめとこうよクリスちゃん。私は友達は撃ちたくないよ?」
「なかなかいい腕しててよく言います。それに私には友達なんか居ないデス」


 落ちてた銃を拾って屋根にいるだろう日鞠に向かってそう言うクリス。あれは……本物……だよね?


「これは本物デスよ。引き金を引くと貴方は死にます」
「殺されるとは思ってないけど?」
「人は死にますよ。大切な人ほど、アッサリとデス。それがどんなに偉大で、愛された人でも」


 そう言って銃口はこっちに向けられる。そしてなんの前触れもなく、引かれる引き金。音は風切り音だけが聞こえた。銃の先端に付けられたサイレンサーで銃声は抑えられてた。そして目の前が真っ赤に染まる。
 僕の目には銃弾さえも見えたけど、体は追いつかない。そんな僕の為にラオウさんは体を張って守ってくれた。


「ラオウ……さん」
「大丈夫ですよ、一・二発程度では死にません」


 カッコイイ、痺れちゃうよ。一・二発程度では死なん! っていいたいよね。腕から滴る血は本物だ。つまりは何気ない流れの中でクリスは僕を殺そうとした。


「恵まれてますねスオウ。どうやら、目的の達成は両方難しそうデス。ここは引きますよ」


 そう言ってバンの方に戻ろうとするクリス。そんな背中に僕はなんとか起き上がり声を掛ける。


「どうして……僕を狙う?」
「そっちが攻撃してきたから……と聞いてます。まあ詳細はしりません。そっちが喧嘩を打ってきたからデスよ。そして日本政府が秘密裏に進めてるプロジェクトの核心。もうないんです。君が願った日常なんて」


 振り向かずにそう言うクリス。日常……僕が取り戻したと思ってた日常。それはもうとっくに壊れてると……そうクリスは言ってる。


「ああ、それと私達だけじゃないと思いますデスよ。君を狙ってる組織は。もっと過激な所も、動き出してるかもしれない。精々気を付けることです」
「心配……してくれるのか?」
「まさか、君は我が国が手に入れると言う事です。それが無理なら死んでもらいますデスよ」


 それはきっと僕に向けられた最後の笑顔。彼女は黒いバンと共に朝の闇に消えていった。朝日が間に合わない、追いつけない闇の中に、彼女は自ら去っていったんだ。



「命改変プログラム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く