命改変プログラム

ファーストなサイコロ

犠牲の上に

振りかぶられるナギナタが城を容赦なく破壊してく。衝撃と衝動と破片と勢いで訳がわからないまま転がると、そこは外だった。硬い床から、緑の感触を感じる地面へと変わってる。


「けほっごほ……」


 新鮮な空気を求めつつ粉塵の向こうを見つめると、その中から笑顔の敵が現れる。黒髪に和装の女性。とても良くお似合いなんだけど……その一瞬でも崩れない笑顔が逆に怖い。怖すぎる。この人は、穏やかな笑顔で敵を蹂躙する様な人だって分かった。


「くそ!!」


 太刀打ちなんか出来ない。けど、このまま何もせずにやられる訳にも行かないんだ。向かって来る彼女に対して剣を向ける自分。勢い良く飛び出して……と、思ったけど、体はついてこない。へっぴり腰気味だったらしい。


「そんなんじゃどんなモンスターも狩れないわ。寧ろ対人相手になんて駄目」


 突いた剣を余裕でかわしつつ、そんな言葉まで掛けてくる。


「突きってのはね……こうやるのよ」
「づっ!?」


 肉を貫く感覚が右肩に痛みをもたらす。そして一気に体が宙を浮く感覚に支配された。確かに彼女のナギナタがぶっ刺さったと思った。けど今自分をふっ飛ばしてるのは光。彼女との距離がドンドン遠ざかって行くのがブレる視界でも見えてた。


「綴君!!」


 そんな声と共に、彼女に斬りかかるキースさんの姿が見えた。その間に自分は肩を貫いてた光とともに地面に倒れ伏してる。この光の刃……消えるかと思ったけどそうじゃない。なんか彼女の手を離れても自立してるようだ。


「くっ! づあっ!? 野郎!!」


 向こうに見えるキースさんは自分よりも善戦してはいる……けど、流石に勝てるか……と言われるとそうとは思えないのが正直な所だ。彼女はまだ遊んでる。こっちはそんな時間なんて無いのに……早くしないと会長が……取り敢えずこの刃を抜かないと––そう思って自分は左手を光の刃に向ける。
 けどそこで気付いた。最初は白くて黄色っぽかったのに、今はなんだか赤いような……まさか自分の生き血を啜って? いや流石にそんな訳……でもなんだかはち切れんばかりに成ってるような気も––––そう思ってると、突然それはボン!! っと破裂して、生々しい音を立てて地面に自分の片腕が……


「うううああああああああああああああああああああああああああ!!」


 痛みは一瞬だった。強すぎる刺激は遮断される様になってるだろうから、それが適用されたんだろう。痺れた様な感覚が右腕のあった部分に広がってる。だから痛みで叫んだ訳じゃない。視界に入ったその光景……それを受け止めて叫んだんだ。
 いや、受け止めきれてないから叫んだのかな? だって自分の腕が……そこにボトっと……ボトッと落ちてるんだよ。見間違いかな? と思うじゃん。でも右側を見ると腕無くて……そしたら叫ぶよね? 叫んじゃうんだよ!! 
 多分自分はちょっとしたパニックになってる。


「綴君落ち着け! 腕は後でヒーラーに治して貰えばいい!!」
「治すってそんな……腕ですよ腕!!」
「ここはLROだ!! それは君の本物の腕じゃない!!」
「あ……ああ……」


 そう言われてようやく「確かに」と思った。ここは仮想世界だ。でも……感覚はリアルで、この世界も存在してるとしか思えない程。自分のこの肉体は、ここに確かに存在してるものだと、思い込んでしまう。
 でもそうじゃない。自分の本当の体は別にある。そっちは大丈夫……の筈だ。だよね? ちょっと不安になるよ。


「じ、自分の本当の体の腕も取れてるって事はないですよね!?」
「そんな事あるわけ無いだろう!!」


 で、ですよね〜。ふう、良かった。これでちょっとは落ち着ける。


「それはどうかしら? もしかしたら……ポロッと行ってるかも知れないよ」
「おい、おかしな事を言うな!!」
「知らないの? LROでの傷がリアルにフィードバックする事例もあるってことを。実際にあの事件の当事者はそうだったらしいじゃない」


 こっちが安心しかけてたのに、彼女はその細い瞳の奥であざ笑うかの様にそう言ってくる。キースさんが必死に口を塞ごうと応戦してるけど、その刃が彼女に届くことはない。


「それに、実際数百人はLROに囚われた訳だし、起こりえないなんて言えないでしょう。寧ろ、この世界では何でも起こりえる。あり得ないんて事はあり得ないんじゃなくて? だからその腕も、もしかしたら……」


 ゴクリと、唾を飲み込む。なんて事を言うんだよ。怖くなっちゃうじゃないか。今直ぐにでも戻って確認したくなってきた。いや待てよ……逆もかも。もしもそうなら、現実なんて直視したくない。今ここでも千切れた腕を見るのも無理なのに、現実で、もしも周りを血まみれにしてたら……と考えると吐き気が。


(あれ? でも待てよ。もしもリアルでも腕が千切れるってなると……どうやって?)


 考えてみたら、原因が無くないだろうか? まさか自ら細胞が死んで千切れる訳でもあるまいし……けど外的要因なんてあるわけ無いし、もしかしたら連動してる? こっちで腕が千切れた瞬間に、同じようにブシャーと……まさかね。


「お、脅したって無駄だよ。これまでだってダメージは受けてきたんだ。それでリアルの肉体がどうかなったことなんて一度もない。そもそもそんな可能性があるのなら、再びサービスを再会したりしない……筈だよ」


 普通は絶対にしないはず。けど、この技術はかなり力入れられてるようだから……どうだろうと言う所がある。自分達を使って盛大な臨床実験をしてる可能性も無きにしもあらず。たった数ヶ月で問題の全てがクリア出来たとは到底思えないからね。


「そう……なら仲良く片腕になってそれを信じてみなさい」


 その瞬間、一撃をクルリとかわした彼女は、下から上へ鋭くナギナタを振るった。そして自分の目の前にボトっと落ちてくるその腕には自分のとは違う剣が握られてる。二の腕部分を鋭利に斬られた腕……それは……


「うっづうううう! うおおおおおおお!!」


 キースさんは一瞬止まったけど、直ぐにもう一つの鞘から剣を抜いて彼女に斬りかかる。凄い……精神力が自分とは段違いの様だ。分かってても、やっぱり自分の一部が欠けるってパニックに成るものだよ。
 だけどその衝動を抑えこみ、戦闘を続けられるってのは凄いことだ。けどこのままじゃ……一定時間過ぎたからか、消え行く自分の腕から目を逸し、周囲を見回す。仲間の姿は見えない……敵の姿もない事は良いけど、二人で彼女に勝つのは不可能。
 せめて行動を封じる事が出来れば。今は倒す必要なんて無いんだ。大切なのは人質を介抱して、状況を改善させる事。ここで、この戦いにそこまで思い入れもない傭兵相手に戦ってる場合じゃ……


「はっ!!」


 その時、後方から吹いてきた風。それはキラキラとした風を含んでた。そうか……そうだよ。これも他力本願的な考えだ。けど、今の自分達にはこれしか無い……とそう思った。自分達じゃ勝てない。逃れることも出来ない。それなら……別の誰かに任せるしか無い。
 地面に残った剣を手に取り、アイテム覧から取り出した鉱石を懐に仕込む。片腕だと色々と不便だ。けど……少しの隙は作ってみせる。本当に少しだけで……それでいい。


「行っくぞおおおおおおおお!!」


 残った左手で自分も戦闘に加わる。けど左手だけあってヘナチョコだ。力強さも無ければ、キレもない。ハッキリ言って邪魔なレベルだと思う。けどキースさんはそんな事言わない。良い人だからね。


「なかなかいい気迫だ。けど、思いに体がついていってないな。もっともっと鍛錬を積むべきだ」
「そんなの……わかってる。けど、だからって今を諦める事も出来ない!!」
「それは欲張りと言うものだよ。どんな世界だろうと、そんなに甘くはないだろう。努力した者が報われるとは限らない。が、努力をしないものには、チャンスは与えられもしないものだ。君は何か頑張ったのかな? 一番弱いようだけど?」


 くっ……痛いところを突いてくる人だ。やっぱり動きとかで自分が一番経験が浅いってのがバレるんだろうか? まあここまで強いんだ、刃を合わせれば色々と分かっちゃうのかも知れない。


「確かに自分には色々と足りないよ。努力だって、皆に比べればそうでもないだろう。わかってるさ。自分は勝利とかとは縁遠い奴だって。けど……自分は勝ちたいんじゃない。勝たせたいんだ!!」
「戯言だな」


 一蹴された。確かに戯言なのかもしれない。誰かの助けに成るためにも力は必要なんだ。どれだけの力があればいいのかなんて分かんないけど、自分の力が足りないのは重々承知してるよ。もっと頑張ってれば、もっとやってれば……そんな事を考える事は出来る。
 けど、確かに自分はチームで一番位弱いんだけど、きっとこの傭兵クラスの人達からしたらみたら自分達の強さなんてそう変わらないんじゃないかとも思う。生徒会メンバー内でなら尚更、それをチーム全体に広げたとしても、この人達には遠く及ばない。
 それにどう足掻いたって、短期間で行ける距離は物理的に限界があるわけで、もしも全ての時間をLROに使ってたとしても、この数週間程度じゃ、自分達が上位の戦闘グループに入るなんて出来る筈はない。
 言い訳じゃないよ……だからって悔やまないわけでもないし……けど、このピンチはどう足掻いてたって訪れたって事だ。力がない事は悪い事かもしれない。でも力が追いつく期間は最初からなかったって事。
 戦い……何だ。絶対的に対等な相手としか戦えないなんて事はない。それでも今まではチームの力で凌いできた。でも、この傭兵クラスのプレイヤーは単体でチームを潰せる力を持ち合わせてる。
 力の差は歴然で……どれだけ悔やんでも、悔やんだ所でどうしようもない。精一杯やってても自分達じゃ勝てない相手。理不尽だよ……こんな奴等がこの戦闘に加わるなんてさ。だから、理不尽には同じような理不尽をぶつけるしか無い。


「ふっ、滑稽だな。勝たせたくても、貴様にはその力すらもないと言う。まあだが恨むな。これはゲームだ」


 そう言って地面に突き刺されたナギナタ。すると周囲の数メートル四方に地面から刃が突き出てきた。それが足や背中に突き刺さって自分とキースさんは外側に飛ばされる。


「づう……」


 脚までやられるとは……突き出た刃の先端に華麗に飛び乗る彼女からは、自分でも分かる大きな圧迫感を感じる。これまでも感じてた訳だけど、その凄みが何か違う。そろそろ、止めということだろう。


「さあ、もう眠りなさい。一瞬で終わらせてあげるわ」


 構えを取る彼女。そしてそのナギナタには光が集い出す。淡い感じの光じゃなく、もっと強烈な閃光の様な光だ。


「大丈夫か? 早くコレを」


 回復薬で回復したのか、キースさんがこっちに来て回復薬の瓶を差し出してくれる。HPはそれなりに回復してるけど、腕は戻ってない。まあ完全回復か、それこそ、修復魔法でも掛けて貰わないといけないのかも。


「それは、まだ良いです。それよりも、ここは位置が悪い……ちょっと移動させて貰えませんか?」
「そんな事言ってる……いや、何か考えがあるんだな?」
「まあ、ちょっとだけ。違う風が吹いてると思いませんか?」
「違う風?」


 自分のその発言に困惑するキースさん。もしかしておかしくなったとか思われただろうか? けど彼は自分に肩を貸して立ち上がらせてくれる。


「それで、どっちに行けばいい?」
「ちょっとこっちの方にお願いします」


 指差して方向を示す。その準備が出来たのか、一際強く彼女のナギナタが光を放った。


「死に場所位決めさせてやろう。これを放てば一瞬だからな」


 どうやら彼女は自分達の位置移動を待っててくれるようだ。ありがたい。それだけの自信が……いや、それは当然か。どう転んでも、自分達に彼女が負けることはない。それだけの力の差があるんだから。
 彼女からしたら、何をしようがかわらない。それだけの事。けど……何かを求めてる気もするけどね。力の差は圧倒的なんだから、もっとずっと早く自分達を殺すことは出来た筈。それなのに、自分達で遊んでたのは何故か。
 単なる気まぐれ? 暇してたとか? まあどういう理由であれ、まだ生きてるから、出来ることはある。自分達は僅かに移動して、彼女と向かい合う。


「で、これからどうするんだ?」
「勿論、あれを防ぎます」
「確かに最大の攻撃の後が最大のチャンスとも言うな。その隙を狙うわけか」
「いいえ、死なないように防ぐだけです。なんとしても死ぬことを防ぎます。そして会長の元へ行くんです」
「だが、彼女を倒さずにどうやって?」
「やりあえる奴に任せます。それしかない。自分達は彼女には勝てない。けど、勝負には負けません」
「よくわからないが、確かに彼女に勝てるとは思えない……か。何をやればいい?」
「勢いは自分が鉱石をありったけ使って殺します。それでも多分止まらないだろうから、最後には二人で自分達の最高スキルを使ってぶつかりましょう。けど、押し返す必要はないです。向こうの勢いを利用して、後方へ飛んでください。そしたらヒーローが居ますよ」
「ヒーローか……それは楽しみだ」


 切羽詰まった状況で、自分のよくわからない説明でもキースさんは爽やかな笑顔を返してくれる。この人と一緒で良かったよ。本当にそう思う。自分はアイテム覧からありったけの鉱石を地面に落す。そしてそれぞれに力を伝えるよ。向こうの彼女とは全然違う、弱い光が宿る。それでも、これが自分に出来る精一杯の事。自分が誇れる、唯一の力。


「さあ、準備は出来たかな? 瞬きをするなよ。終わるぞ」


 光の波紋が宙に二・三度広がった。彼女は空中をステップし、そしてもっとも勢いが付く位置からこちらを狙って飛んだ。いや、消えた。彼女自身が光の刃の様になり向かってくる。


「いっけえええええええ!!」


 自分は鉱石を掛けあわせてデカイ壁を作り上げる。けどそれはまるで紙の様に砕かれる。それでも自分は次々と鉱石操作で壁を作る。紙でもそれは抵抗だ。抵抗があれば勢いは必ず落ち––


「甘いわ!!」


 その瞬間再び視界から消える彼女。そして一気に全ての壁を突き破られた。


(更に加速してるのか!? 想定外……けどまだだ!!)


 後方に下がりつつ、更に壁を展開する。それも殆ど意味ない感じで砕かれて行く。けど、少しずつだけで、抵抗は大きく成ってる筈だ。自分は非力だよ。けど、鉱石自体は少しずつ非力じゃないのにしてる。捨て値の奴を最初に、そしてそれなりに高級なのを今は使ってるんだ。
 自分自身は未熟だけど、道具で変わる––事もある!!


「これが最後! とびっきりの奴だ!!」


 高級な鉱石ほど加工にはそれなりの技術が必要。そんな技術自分にはない。けど、ただの壁を作る位なら、どんな鉱石でもスレイプルなら出来る! 


ドズゥゥゥン


 と壁が反り返る程の重低音が響く。けど止まった。初めて受け止めた。流石滅茶苦茶高かっただけはある鉱石だ。自分のお金じゃ到底買えない金額だった代物。それを会長が与えてくれてたからこそ。


「これで終わったと思うなああああああああああああ!!」


 幾つもの剣閃が煌めくと同時に、最後の壁も崩壊する。結局の所は数秒耐えた程度。予想よりもずっと強力な攻撃。そしてそれはついに自分達へ牙を向く。壁の向こうから見える光。けどそれは一つじゃない? さっきまでは大きな一つの塊だったように見えてたのに、壁を壊して現れたのは幾つもの細い光でそれらが自分達の体を切り刻んで再び宙に……囲まれてる。
 そしてどこに居るかわからない彼女の声が響く。


「一つの姿だけと思ったか? これはもっと凡庸性の高い技なんだ。さあ終われ!!」


 一気に囲んでた刃が降り注ぐ。受け止めるとか逃げるとか……そう言う状況じゃもうない。これは––


「ぬううううおおお!!」
「がっ––っ!? キースさん!」


 突如思いっきり蹴って自分を後方へ飛ばす。そして直ぐに背を向けてこういった。


「テア・レス・テレスを頼む」


 彼の体や地面にささった刃は膨張して、大きな光となって爆発する。空に伸びる光の柱。自分はその衝撃で吹き飛ばされる。視界には天国まで続きそうなその光が見えてた。


「キースさん……そんな」


 自分を生かす為に彼は……


「落ち込む事はない。君も直ぐに後を追う」
「っ!!」


 重なるように現れた彼女のナギナタが既に自分に向かってた。自分に防ぐ術はない。けど、吹き抜けた突風が自分の命をつないでくれる。助けてくれると思ってたよ。やっぱり助けられたくも無かったけど……けど、自分が頼ったんだ。今度は自分自身で。
 再び自分を助けてくれたその二刀の剣士は、直ぐ様反撃しようとした彼女よりも素早く脚を切り、体のバランスが崩れた所で顔面を蹴り飛ばして距離を開けてくれた。
 けどこいつが相手してるのは他にもいて、直ぐに追いかけて来てた奴等の方に向かう。


「くくく……強い……強い相手だ!!」


 細かった目が見開かれる。顔面を凶悪な笑顔で満たした彼女の視界に既に自分は入ってない。やっぱり傭兵達は、強敵を好むようだ。アイツには負担だろうけど……悪く思わないで欲しい。これしか方法が無かった。けど、これで何とか、生き延びた。自分だけが……だからこそ、必ずこの戦いに勝たないと行けない。



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