命改変プログラム

ファーストなサイコロ

ファーストステージ

「ちょっ!? タンマ!!」
「誰が待つのよ!!」


 仰るとおりで……確かに待つわけないか。一歩を踏み出した彼女は大きく横に振りかぶる。それを何とか……というか、足がもつれて尻もち付く感じでかわした。けど直ぐ様追撃が……尻もち付いてるせいでとっさの動きが出来ない。
 てかいきなりの事でまだ頭がついてってないんだ。「避ける、避ける、避ける」そう頭で唱えてなんとか初撃をみっともなくかわしたんだ。だから次も運良く、とは行かない。


「ぐっ––」


 振り下ろされた剣先が体を切り裂く感覚が一瞬襲う。けど直後、弾けるような衝撃で肉を抉る気味の悪い感覚は消え失せた。でも痛みは全身に広がり、体が城壁から外側へ落ちかける。


「––づあああああああああ!!」


 一瞬の浮遊感で落下を悟った自分は本能のままにそれを阻止すべく手を伸ばした。どこかを見てた訳じゃない……けど運良く自分の手は城壁の端っこに掛かったようだ。


「はぁはぁ……」


 汗が滲み、少し掠れた視線で城下を見る。別に何も変化なんかない。長閑な物だ。それなのに一体何がどうなって……下を見ると自分の置かれてる状況を再認識してちょっとくらっと来る。


「かい……ちょう……」


 自分は弱々しい声で呼びかけてみる。だけど通信は通じない。油断してたって訳でもない筈なのに……城の力を過信しすぎてた訳でもない……それなのにどうしてこんな事に成る? 


「訳がわからないって顔ね」


 自分を見下ろして末広さんがそう言うよ。まあこっちでは姿的に末広さんじゃないけど、自分にとっては同一人物だし、心の中で呼ぶ分には問題ないだろう。それに今はそんな呼び方はどうでも良いんだ。
 ピンチ……その状態が唐突に訪れてるんだ。


「なんで……どうやったんだ?」
「教えると思う? 物語の中の登場人物じゃないのよ。わざわざ懇切丁寧に説明なんかしない。いいからさっさと落ちてなさいよ」


 そう言ってグリグリと硬い金属製っぽい靴で自分の手を踏みつけてくる彼女。かなり体重掛けられてるから結構痛い……しかも全ての体重を支えてるからまた。手だけじゃなく腕全体がしびれてくる感じがある。
 良くこういう場面映画とか漫画であるけど……アレって実際、痛みじゃなく感覚がなくなってしまうから落ちるのかもしれない。この状況になってそう思う。確かに踏みつけられるのは痛いけど、ある意味踏んでくれる分、落ちにくく成ってる気がする。
 これがつま先とかで蹴られるときっと一発アウトだと思う。それが来る前に何とかしないと……一応彼女を一瞬止める術はある。だってこのアングルだと……スカートの中が。アレ? でも実際の体じゃないし、パンツ見られてもどうってことない……いや、前に彼女は女子らしく反応してたから、一瞬意識をそっちに持ってく事は出来るだろう。その一瞬で何をやるか……どう行動するかがポイントだ。


「ん? 何よ、今いい所……わかったわ」


 なんだ? 何か通信でも入ったのだろうか? 一つ息を付いた末広さんは自分を見下ろしてこういった。


「急ぐ必要がありそう。君は雑魚だけど、あの女は油断ならないからね」


 あの女……それは会長の事か。会長が危ない。いや、皆が多分ピンチに陥ってるだろう。けどその中でも自分達が優先すべきは会長だ。そして向こうもそれをわかってる。会長がこっちの要だって。
 末広さんはウインドウ開き、何か操作してる。そして取り出したのは紐? 


「取り敢えずあのお人好しには人質は多いほうが効果的よね? そう思うでしょ?」


 その言葉でそれが何の為の紐か察した。つまりは拘束具なんだろう。きっとアレはただの紐じゃない。縛られた終わり……そう思ってると、紐自体が光りだす。何も打開策なんか無い……けど、ここで自分も人質に成れば、会長に不利に成る。それだけは割けなきゃいけないことだってのは確実。
 だから自分は「ここだ!」と判断して声を上げる。


「おい! スカートの中、見えてるぞ!!」
「んな!?」


 ばっ––と紐を握ってた方の腕でスカートを抑えた末広さん。その瞬間に自分は踏みつけられてた手を力任せに引き抜いた。それと同時に体は自然落下を始める。かなりの高さ……このまま落ちたらリアルなら死ねそう。LROだし一応大丈夫だとは思うけど大ダメージは避けれない。しかも追撃の手もあるかも……無事に逃げることは難しい。


「ちょっと! パンツ代払いなさいよ!!」


 そう言って末広さんは剣を左右に振って剣撃を飛ばしてくる。カマイタチみたいな奴だ。城壁を削りながら迫るそれを自分も武器で受け止める。けど、踏ん張れない状況だから、末広さんの攻撃の速度まで加わって加速する。
 このまま落ちるのは非情に不味いぞ。地面に近づくに連れて、カマイタチ自体は当たりづらく成ったようだけど、ボロボロに刻まれた地面も相当やばそうだ。埃で見えにくいけど、大きな瓦礫とか出来てたら体に刺さったりして……洒落にならない。
 けどこの粉塵は使えるとも思った。末広さんの攻撃で舞い上がる粉塵に突っ込んだ瞬間に、自分は手元に出してた二個の鉱石にそれぞれ役割を与える。一つは細長くして開いた門の内側に打ち込む。そしてもうひとつは形や大きさを自分に似せてそのまま下へ。
 自分は門に打ち込んだ方の鉱石を操作して体をそっちへ寄せる。そして落とした方へと視線を向ける。上手く騙されてくれれば良いんだけど……そこまで繊細に操作出来ないし、造形技術もスキル不足だ。だけどこの距離と粉塵の中ならあれでも……自分は門の内側に張り付きながら上を覗く。


「大人しく成ったみたいね。それじゃあいきなさい。彼を縛り上げるのよ」


 そう言った末広さんの言葉に従って出してた縄がこちらに向かって伸びてくる。だけど途中でその縄がピタッと止まる。そして先端がこっちを向いたからビクッとなった。この縄……気付いてる? てか縄にまでそんな意志が? いや、それはない……よね? たかが縄にそんな機能が付いてるわけ……と思ってると蛇みたいに気持ち悪い動きしながらこっちに向かってくる。


「ん? なんか変ね?」


 ヤバイ、末広さんも疑問に思ってる。そりゃあ全然違う方向に縄が進みだしたら変に思うよね。




(あっちいけあっちいけ……)


 と心の中で自分は必死に願う。すると数十センチの所で止まった縄はクルリと反転して縄は末広さんの所まで戻っていった。ふう〜と深い息が漏れでた。でも安心するにはまだ早いかも……


「戻ってきた? 遠すぎるのかな? でもわざわざ下まで降りるのも面倒だし、あれは雑魚だからいっか。人質は今捕らえてる奴等で充分だろうしね。……まあこんな感じで決着は拍子抜けだけど、案外こんな物よね。こっちでも向こうでももう邪魔しないでよね」


 そう言って彼女は剣を収めて走り去る。響く足音が遠くなるのを確認して自分は地面に降りた。そして自分に成り済ませてた鉱石を回収する。


「ああ言われても……ゴメン、まだ邪魔するよ」


 そう言って自分は城の方を見る。通信は通じない……状況も不明。こんな不利な状況で自分一人に何が出来るのか不安だけど、ここで立ち尽くしてたら敗北しか待ってないだろう。それにどうにか敵の奇襲を免れた人達が自分の他にも居るかもしれないし、その人達だって動き出してる筈だ。上手く合流できれば何か活路が開けるかもしれない。


「よし!」


 怖気づきそうな心を奮い立たせて一歩を進みだす。けどその時、後ろから異様な寒気を感じて振り返った。


「なんだ……お前敵か? 敵だろ……なら、殺してもいいよな?」


 その瞬間、一気に間合いを詰めてきたそいつは半円型の武器を両手に持って襲ってくる。自分は咄嗟に手に持ってた回収した鉱石を目の前に壁の様に展開させる。けどそれをまるで紙でも斬るかのように目の前の敵は切り刻む。
 そして壁の向こうから目を輝かせてそいつは迫る。捕食者の瞳……自分は狩られる子鹿同然に脚が震える。今のもそうだけど、装備の随所から見て取れる事は自分と敵の隔たり。この人はきっと末広さん達が雇った傭兵。
 門が全開に開いてたのは、彼等を中に迎えるための布石だったんだ。


「どうした! 腰が引いてるぞ!!」


 抜こうとした剣を弾かれて、同時に体に入る剣先。コンパクトな武器を両手に持ってるから、その素早さたるや、自分が対処できる物じゃない。しかも体に傷が刻まれる度にどんどんと速くなってるような……なんの色も付いてなかった武器の軌道に、色が見える。
 赤く返り血を浴びたような色の軌跡……それは今にも弾けるのを待ってるようでもあった。


「行っくぞおおおおお!!」


 重ねあわせた武器と共に伸ばされる腕が自分の胸にぶつかった瞬間、体の芯を抉り取るような感覚が襲ってくる。赤い光が集まり収束して自分の体を貫いて––––


「がっはぁぁ……」


 ––––どこまで飛ばされたのかわからない。まだ生きてるのが不思議な程だ。いや、もしかしたら死んだのかも。一応LROにはその場で復活を待つ待機時間があるし……その間も別に意識が途切れる訳じゃない。動けはしないけど、状況を見ることは出来る。
 けどそれは一般的な状況でのことでもある。今は相互間エリアバトル中だ。もしかしたら何か違いがあってもおかしくはない。良くわからないけど……


「手応えがないな。まあ当然と言えば当然なんだ。だが、お前達の大将はなかなか面白かった。けど今度こそ殺してやるよ」


 そうか……会長は自分達が城に閉じ込められてる間、ずっとこんな奴等から逃げてたんだよね。しかもこいつだけじゃない、傭兵が勢揃いしてる状況下で……だ。自分よりも会長の方が強いのは確かだろうけど、ソレよりもずっと傭兵連中は強いはずだ。
 そんな連中から逃げおおせるってとても凄いことだ。会長だから……って言えばそれまでの様な気もするけど、実際にぶつかって分かる。これは無理ゲーだ。まあ自分がショボイのは重々承知してるけど、けどこんな……絶対に勝てる訳ない差を感じたよ。
 スキルとかの違いだけじゃない。まあそれが一番大きいんだろうけど、動きが違うと思ったよ。まだまだ全然戦闘での動きが不器用な自分とはまるで違う。それこそ戦い慣れしてると思える動き。


「ぐっ……ずっ」


 僅かに体を起す。死んだのかもと思ってたけど、まだかろうじて生きては居るようだ。目が霞んで、ステータスとか見えにくくて正しい数値はわからない。けど色は分かる。レッドゾーン入ってて、しかもそのバーもごく微細。多分、本当に一桁とかなんだろう。
 リアルで言えば致命傷を受けた状態……まあリアルではその時点で動けなくなるだろうけど、ここはLRO。どんなダメージを受けても、気力さえあれば動かせる。心を汲んでくれるから。けどだからっていきなり覚醒したり出来ないんだよね。
 そこまで都合良くなんか出来てない。それに自分は物語の主役に成れる器でもない。この世界にも神様みたいなのが居るとしても、それはきっと自分には微笑んでくれたりしない。だから分かる。こいつには自分は勝てないと。
 結局末広さんとまともにぶつかれもしないまま終わりそう……こんな物なのかな? こんなものだな自分は。悲しいけど、自分はそんなやつだよ。自分の周りだけが勝手に進んでいくんだ。ちょっと頑張って関わっても、一番大事な場面はこうやって流れていってしまう。
 こんな……こっちの事情なんか一辺足りとも知らなさそうなポっと入ってきた傭兵にやられて終わる。
 ホント……自分らしくて、自分らしくて……抗いたいと思えるじゃないか。


「まだ動く気か? どうあってもお前じゃ俺に傷ひとつ付けれないぜ」
「確かに……そうかも、しれない。けど、自分は……アンタ達とは背負ってるものが違うんだ!!」


 アイテム欄から鉱石を取り出してそれを不器用にも剣の形に変えて斬りかかる。本当の武器じゃあないし、自分の力がどれだけ無力かもわかってる。ただのバカなら、色々ともっと楽観的に考えられたのかもしれない。
 中途半端に賢くて、普通よりも面倒くさい性格してるから、こんな……こんな……


パキン––


 それは脆く砕ける鉱石の音。敵は……傭兵の彼は微動打にさえしてなかった。それどころか手を広げて、自分の剣を待ってた。それでも……本当に傷ひとつ彼の防具には付きはしなかったんだ。
 力の差……それはいつだって無慈悲で……そして残酷。幾ら時間を巻き戻して、最初のログイン時に戻ってやりこんだとしても、この期間で自分はここまできっと来れない。だから多分これは、運命なんだ。どう足掻いても自分はここで終わる運命。


 力を込めた腕が動き出して、自分の首を狙ってくる。それにもう抵抗する術も意志もない。だって、どうしたって無理なんだ。頑張ればどうにかなる……そんな事を単純に信じれる程自分は子供でもないし、バカでもない。
 自分のどんなスキルでも何を駆使しても、この力の差は埋まらない。それはもう絶対。世界の法則できっと決まってるね。だからホントここは……もう……


(ふふ、可能性を閉じちゃうの? 負けちゃう言い訳なんて見苦しいだけ。けど君はそう言い続けるのがお似合いかもね。信じる力が足りないもの。自分を疑って、周りを疑って、世界を疑う。少しだけ賢い君には、欺瞞しか見えないのかしら?)
(誰……だ?)


 頭に響く女性の声。聞いたことなんか無い筈の声なのに、どこか危険な感じがする。


(誰なんてどうでもいいことよ。君は何もしてないよ。それで終わりたい? そうじゃないでしょう。信じなさいよ。自分の中の可能性。そしたらちょっとだけ、世界が光をくれるかもしれない)
(本当に……何言って––)


 思考が加速してるのか、コマ送りの様に見える周囲。その中で謎の女の声は語気を強める。


(ごちゃごちゃ言ってないで願いなさい。可能性ってのは見えない所で開かれるものなのよ。それが例え、君にとって嫌な物であっても、その時に可能性は開かれてるんだから、その先を君は、いえ誰もが選びとる機会を得る。
 それが欲しいんでしょう?)


 ゴクリと喉が成る。これは悪魔の契約の様にも聞こえる。ここから何がどう変わる? 自分は悪魔に霊を要求されてるんじゃないのだろうか? こんな事が起こりえるのか? 色々と巡る思考。でも一番単純な事を今の言葉で浮かびあげられた。
 そう……まだ……死ねない。追われない。ここでやられても実際、エリアバトルが終わるまでは復活をする方法はあるだろう。けど……それを待ってる悠長な時間なんて無い。末広さん達は人質を取って会長をおびき出すだろう。
 まともにぶつかり合ったら会長だって傭兵には敵わない。しかも一人じゃない……複数いる。数分? 数秒……あっという間だろう。可能性はどこかで開く……自分が生き延びる事でそんな事が起きるのなら––


(誰だか知らないけど、なら願おう。信じよう。まだ、終わりたくなんか無いんだ!!)
(さっさとそう言いなさい)


 その瞬間、強い風が自分を後方に吹き飛ばした。そして尻もちを付いた自分が見たのは、黒いコートに身を隠した二刀の剣士……その姿。そいつが自分の代わりに傭兵の武器を受け止めている。
 会長は違うと––そんな訳ないと言ってた。けど風に漂う雰囲気、それに顔を隠してても、なんとなく重なる姿。やっぱりこいつは……


「スオウ……なのか?」


 そんな言葉に彼は反応しない。けど、奴なら会長のピンチを放っておくわけない。来たっておかしくない。良くわからない根拠が、自分の中にあることが悔しいと思えた。



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