命改変プログラム

ファーストなサイコロ

飲み込む光

「綴君……綴君」
「かい……ちょう?」


 雨の音の中から微かに聞こえる声。それはどんなに細やかでも逃しはしない人の声だ。間違える筈がない……これは会長だ。でもどこに?
 上を見ても雨が落ちてくるだけ。てかこのアイテム、雨に晒してて良いのか? 少しだけど下に雨が溜まりつつある。もしかして自分を水死させる気? いや、微妙に隙間とかあるからそれはないか。隙間……もしかしたらそこら辺に会長は居るんじゃ。上じゃなく横なのかも。そう思って注視して見るけど駄目だ。やっぱり会長の姿が影も形もない。


「どこなんですか会長?」
「近くに居るよ。だけどあんまり不用意に近づけないからね。この場所と、そのアイテムを騙すからちょっと待っててね」


 騙す? よく分からないけど、今の自分にはできることなんか何もない。会長を信じる意外、為す術んなんて……


「すみません会長。また自分、足を引っ張って……」
「なんの事かな?」


 まるで気にしてない風に言ってくれる会長。けど、そんな訳ないよ。今もこうやって危険を犯して自分の救出に来てくれてる。迷惑じゃない……なんて事あるわけない。だって自分が逆の立場なら「またアイツかーー!」とかなりそうだし。
 どんだけ足手まといなんだよ––って思うのは当然。


「会長、正直に言ってくれていいんです。自分なんて何の役にも立てない奴って……言ってくれたほうが気が楽です」
「そう? でも別に綴くんを責める気はないけどね。本当に綴君のせいで大失敗したならともかく、別にそうじゃないしね。それに綴君がそう思うのは私のせいかもだし」
「そんな……そんな事……」


 なんで会長が自分を責める必要があるんだろうか。絶対に会長のせいなんかじゃないのに。会長はなんだって出来て、誰からも信頼されて……そしてそれに応える事が絶対に出来る人だ。会長は謝る所なんか一ミリも一寸もないのは明白。
 今の状況はどう考えても自分のせい。あの時ログアウトの選択をしてたらこんなことにはならなかった。


「皆のこと、もっと活かしてあげたいのに、私はついつい突っ走っちゃう。皆の良いところを引き出すのは私の役目なのにね」
「それは無理ですよ……特に自分はいい所なんて……」


 誰にだって一つくらい取り柄があるとかいうけど、あれは取り得がない奴への慰みなんだ。何にも持ってない奴ってのは確かに居るよ。そんな奴に構ったって……時間の無駄。そう……自分には助ける価値なんて……


「綴君……取り敢えず準備出来たから脱出しよう。ここは向こうのエリアだからね。いつまでもお喋りしてるわけには行かないよ」
「そうですね。けど……どうやって?」


 そう思ってると僅かに幹と体の間に隙間が出来る。脱出出来る。手に絡まってた蔦も緩んでたから何とか解いて幹から這い出す。


「足……あった」


 食われてしまってるのかと思ってたけど案外ちゃんとあったよ。自分の居た穴の部分を見るとそこには一枚の紙が張られてる。それには綴の文字。騙すってそう言う事? あれでいいのかな?
 でも良かったからこそ、こうやって自分は脱出出来たわけだよね。


「綴君こっちこっち」


 声はする。けど相変わらず姿は見えない。こっちって言われても……


「こっちだよゲコゲコ」
「うわ!?」


 カエルの鳴き真似したから何かと思ったら、手の甲に白いカエルが乗っかってた。いや、これは折り紙のカエルか。カエルの姿にしたことで紙でも水に強くしてるようだ。


「さあ、その子に付いてきて」


 カエルはピョコピョコと跳ねて隙間の方へ。自分もそれを追いかける。そして外へ飛び出した瞬間、視界が変わった。いや、視界というか目線か。今までどうやら自分は小さく成ってたらしいからね。アイテム外に出たことで一気に自分は元の大きさに戻ったようだ。
 そこは人気のない広場の様な場所で、空の噴水の真ん中に自分は立ってた。振り返ると、水が出る所をせき止めてトイ・ボックスなるアイテムがある。
 それは直径三十センチ四方位の物だった。あれだね、子供が遊ぶ玩具の家みたいな……まあそれよりも小さいかな? 外からみたら小汚い切り株みたいな感じだ。これに閉じ込められてたのか……なんだか実感がわかないな。


「早く離れて、そこは目立つよ」
「りょ、了解です」


 確かにここは目立つ。まだ雨だからいいけど、ポッカリと開いた空間では動くものを識別するのは簡単。てか、監視とか居ないのかな? 普通いるよね? 自分は周囲を見回すよ。まあでもこの時点で誰にも襲われてない事を考えると見張りは居ないって事なんだろう。
 ありえないけど……トイ・ボックスから脱出なんて出来ないって考えなのかも。それにこうやって助けが来るなんて思ってもなかっただろうしね。ってあれ? さっき確か会長はここが奴等のエリアだと言ってた……よね? どうやってここに会長は来たんだ? 
 普通無断でエリアに入るなんて出来ない。出来るとしたら自分達のエリアと彼等のエリアが接触した時だけ……まさか?


「会長、もしかしてエリアは既に接触したんですか?」
「うん、そうしないとここには来れないよ」
「どうして……」


 カエルを追いかけながら自分達は会話を続ける。広場から出て少し歩くと、そこはもう建物が点在としてるだけで自分達のエリアよりも街って感じはしない。けどこれってある意味怖いよ。見晴らしがいいし、誰か居たら簡単に見つかりそう。
 一応区画整理っぽい後は見えるけど、建物は中心部分に集中して……して……


「なんじゃあありゃああああああ!!」
「綴君声大きいよ! し~だよ」
「あっ、すみませんつい」


 怒られてしまった。だけどアレは……アレは……驚かずには居られないよ。だってふと振り返って歩いて来た方向を見ると、何か聳えてた。雨のせいでよく見えないけど、明らかに他の建物よりも巨大。山かよ!? って程だ。おかしい……色々とバランスが……


「分かりやすい拠点だよね。あれを中心に周りに建物を点在させてるみたいだね。ようは城下町をイメージしてるのかも」
「なるほど……確かにやりやすい方法かも知れないですね」


 狙われやすくはありそうだけど、だからこそ守りやすくもある。


「外観があんまり見えないから分からないけど、苦労しちゃいそうだね」
「そうですね……籠城とかされると面倒ですね」


 城とか落すのに何日も掛かる物だよね。歴史がそれを証明してる。まあ実力差が圧倒的にあって、空でも飛べて強力な魔法を撃ちまくれれば的は動かないんだし、案外早く終わったりもしそうだけどね。
 けど残念。そのどれも今の自分達は持ち合わせてない。


「でも今度のバトルはクロスエリアバトルに成るだろうけどね」
「えっとクロス……ってああ」


 カエルが雨に溶けてしまってる。いくらカエルの形してるからと言っても所詮は紙。限界が来たって事か? そう思ってると会長の声が再び聞こえてきた。


「クロスエリアバトルは互いのエリアをバトル領域にした時の呼称だよ。私達のエリアは既に干渉しあってる。どちらにも自由に行ける。既にいつだって互いに攻め込める。だからバトルエリアを指定することに意味は無い」
「会長……なんで膝抱えて座り込んでるんですか?」


 水車小屋の脇にポツンと座り込んでる会長が居た。ここでずっと待ってたのかな。可愛い。いやいや、迷惑掛けたんだから謝らないと。


「会長すみま––––」
「綴君伏せて!!」
「––うわあああああ!?」


 辺りに広がる炎。一体何が? 少し先を見ると、地面が陥没して、所々燃えてる? どどどど、どういう事だ? そう思ってると、会長に襟を強引に引っ張られて移動させられる。その直後自分達が居た場所にデカイ火の玉の様な物が落ちた。


「これは……」
「攻撃されてるんだよ。流石に向こうの領域だものね。バレないわけ無かったか。立てるよね?」
「あっ、はい」


 自力で立って遠くの建物の方を見ると、いくつかの光が放たれるのが見える。結構距離がありそうなのに、中々に正確に狙えるあの攻撃はなんだ? 魔法? それともアイテム? 投石機とか? でも石じゃなく火だからね。取り敢えず避ける。
 流石に動きまわってればそうそう当たることはない。均されてた地面は無残な有り様に成ってるけど、それはこっちが気にすることじゃないだろう。


「会長、どうするんですか?」
「もち、逃げる!」
「どうやってですか?」


 逃げるったってもここは向こうのエリア。どこまで行ったって……てか限りはあるし、敵の方が完全に詳しい。まあ入ってこれたって事は自分達のエリアに繋がる道もある……って事なんだろうけど。
 取り敢えず自分は会長の背中を追いかけるよ。デカ味の攻撃しか向こうがやってこないのなら逃げ切る事は出来るかもしれない。


「端まで行けばこっちのエリアに繋がる部分がある。幸い、ここは私達のエリアよりも広くないしね。きっとリソースをあのバカでかい建物につぎ込んでるんでしょう」
「なるほど」
「でもだからこそ、この攻撃は端から端まで届くのかもしれないけどね」
「う……」


 どうやらあちらさんもかなり考えてるようだな。てかエリアに関しては向こうの方が考えてるのは仕方ない。こっちはあんまりエリアに手つけてないもんね。いや、会長はなにやら計画あるようだけど、自分は何も聞いてない。
 そもそも攻められるとか考えてないしね。基本こっちが攻めこむ側。敵もそれを望んでたってのもある。そして今まで戦ってきた人達のエリアはまだやっぱり初期って事で不完全な事が多かった。
 でも……ここはちょっと一線を画す領域に達してるかもしれない。エリア事態は今までのところと同じで未完成の部分は見て取れる。けど、あのデカイ建物……そして全域に渡れる攻撃力……攻守に渡って今までのエリアで一番固いのは確実だ。


 地面に溜まる水面を靴が弾く。攻撃は続いてるけど、当たる気配はない。やっぱり止まってたりしないとああいうのは当てづらい物だろう。それなりに走ってきたしそろそろかな? とか思ってると突然会長が足を止めた。端っこに来たのだろうか? いや、何か違う感じ。前方に目を凝らすと何か見える?
 人影みたいな……先回りされた?


「本気で逃げれると? 総力戦を挑んでくるならともかく、たった一人で乗り込んで来るとか愚かだな」
「色々とこっちにも都合があるんだよ。それに狙いとしては間違ってなかったと思ってるけどね」
「俺達程度なら逃げおおせることも出来るだろうと、そういう事か。確かに今、主要メンバーは居ないが、それでも俺達もこのエリアの住人だ。この場で遅れは取らないさ」


 一人……じゃない。雨の向こうには複数の人影が見える。てか一体いつ追いぬかれた? それとも会長が入ってきた時から気付いてて待ってたとか? いや、それは流石に無いかな。だって自分を脱出させる理由はない。
 会長が侵入した時から気付いてたとしたら、もっと早くに対策を取るべきだ。だとしたらやっぱり気付いたのは、自分を助けた辺りかな? あのアイテムに仕掛けがあったと考えれば気づかれた理由も納得できるしね。
 けどそれから直ぐに自分達を包囲するんじゃなく、ここまで待ってた理由はなんだろうか? 動き遅いよね。アレかな? 泳がせておいて繋がった部分を見つけようと……そう言う狙いかな?
 でもエリア同士が接触したら互いに分かるんでは? いや、接触したのは分かってもどこからエリア移動出来るかはわからないのかも。それならここまで自分達を泳がせて置いたのも納得できる。確信は出来ないけど……そうなのかな?


「綴君、合図したら走ってね。近くの建物に逃げ込もう」
「けどそれじゃあ袋の鼠……」
「第二プランで行くよ。使いたくなかったけど、攻める側が不利なのは変わらないからね。この状態でも」


 会長の言葉にはわからない部分が多々ある。けど悠長にその全てを問いただす時間はないようだ。目の前の人影が揺らめいたと思ったらその姿が消える。そして次の瞬間、降り続く雨の形が人の様な姿に成って襲いかかってくる。


「づっ––ぐあああ!?」


 叫んだのは自分じゃない。雨と同化してた様な敵だ。会長の拳が奴を捉えてた。どうやら雨っぽいけど、ダメージは通るようだ。てか、ウンディーネ? ただ雨に濡れてただけで、同化とかはしてないのかも。下半身部分が魚の様になってた。
 会長に一人が吹き飛ばされたけど、自分達の周りには既に四人くらいが囲んでる。そして既に誰もが攻撃モーションに入ってる。会長は動いたばっかりで、対処できそうにない。ここは自分が! と思ったけど、落ちてくる雨さえも自分の演出に変えるかのように会長に目が奪われた。
 具体的に言うと、残りの四人も一瞬で会長がぶっ飛ばしました。


「はれ?」


 見えないほどに早かった訳じゃない。自分の目は確かに会長を捉えてたし、それはぶっ飛ばされた彼等だって同じだろう。だからこそ対処とか出来てもおかしくはなかったはずだ。けど、誰もが会長の一撃を食らって距離を取らされた。それが恐ろしい。見えない恐怖よりも見える恐怖である。見えなかったらそもそも理解も何もないけど、見えてるのに理解できないことに頭はパニックになる。


「綴君走って!」


 その言葉で我に返って自分は足を動かし始める。後ろから怒声の様な声が聞こえてきたけど、振り返らずに走る。けど彼等は全員ウンディーネなのか、雨の中を泳ぐようにして立体的に迫ってくるんだ。
 走るよりも彼等は圧倒的には速かった。けどそれよりも会長は一枚上手で強かったんですけどね。彼等の攻撃をいなして返してぶちかます。けどどれも決定打にはならない。このまま会長が戦ったほうが早いんじゃないかとも思ったけど、会長はそんな気はないらしい。
 見つけた建物に二人して入った。


「綴君これを使って窓とか防いで」


 そう言って渡されたのは鉱石。なるほど、自分は鉱石操作をして全部の窓にそれを貼り付ける。その直後ドカドカと建物が揺れたけど、なんとか間一髪間に合ったようだ。ある意味小屋っぽい建物で助かった。二階とかあったら間に合わなかったよ。
 向こうは立体で動けるんだからね二階とか関係ないだろう。


「この雨って彼等に有利ですよね。もしかして……」
「まあある程度は融通聞くし、そう言うことだろうね。さてと」


 そう言って会長は胸ポケットからペンを取ってアイテム覧から亜麻色の紙をだす。それに何やらしたため始めた。


「会長、ここもそう持ちませんよ。それに敵のエリアだし、何人いるかも分からない。時間が建てば増援が来るかもしれません。彼等を強引に倒して脱出したほうが良かったんじゃ?」
「う〜んでもそれは難しかったしね。ほら、私ってか弱いし」
「めっちゃ圧倒してましたよね!?」


 それはもう鬼––はなんだか会長に合わないな。ヴァルキリーとかの方がいいね。まあもっと神々しいけど。取り敢えず勝てそうな気はしました。


「それは一時的な物だよ。面と向かっては向こうが有利。私の力は戦闘向きじゃないしね」


 考えてみれば確かに……けどそれならスキルも何もない素の力でアレって事に……やっぱりこの人半端ない。てか自分が戦闘で勝てる確率は無いんですね。さっきから全然頭数に入ってないし。でもそうですね。このウンディーネに用意された場では不利でしか無い。あの立体の動きに自分が対応できるなんて自惚れない。


「でもそれじゃあここからどうやって」
「大丈夫、手をとって綴君」
「ええ!? 自分なんかが会長の手をとっていいんですか?」
「何言ってるの? そうしてくれないと困るよ」
「そ、それでは……」


 ドキドキしながら手を取る。うん、女の子の手だ。生身の会長じゃないとしても、恐れ多い行為だ。これが生徒に知られたら目の敵にされるなきっと。会長はなんでもないようなご様子。まあそうですね。
 空いてる手でドアノブに手をかける会長。ドアノブの直ぐ上にはさっきの紙がある。


「それじゃあ行くよ」
「行くって、外に出るんですか? でも外には––」
「大丈夫、私を信じて」


 ガチャ––とドアノブが回されて体を引っ張られる。そして靴が付いた地面は濡れてなんか無かった。空には大きな月がのぼってて、幾億の星空が煌めいてる。


「ここは……自分達のエリア?」
「もう大丈夫だよ。おかえり綴君」


 月光を受ける濡れた会長は雨粒が反射して綺麗だった。その向けられた笑顔の虜になって目が離せない。何がなんだか良く分からない……けど、会長の事だから全てうまくやってくれたんだなと思った。
 そう、会長が全て上手くやってくれた。自分は……この人の力になんて本当に成れてるのだろうか? ますますそう思う気持ちが強くなる。違うんだ……違いすぎる程に優秀。その姿はまさに手を伸ばしても掴めない、この夜空に浮かぶ月––いや、月の輝きでもやっぱり足りない。
 会長は太陽……月だってその輝きを受け取ってる。会長は自らの輝きを沢山の人に分け与得てる人だから……だから太陽なんだ。



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