命改変プログラム

ファーストなサイコロ

願わくば敵

 脈打つ鼓動が大きく脳に響いてた。汗もジワリと手や額に浮かんでる。離れなくちゃと心が言ってるのに、体はその命令を理解してないように動かない。仕事しろよリーフィア! 脳の命令を汲み取ってるんだろ?
 急いでこの場を離れたいのに……このままじゃやばいよ。素知らぬ顔をしないと面倒な事に……こういうことがあったって事を伝えればそれだけでいい。大体こういうのに出くわす奴は欲をかくから行けないんだ。
 内容はこの際いい。裏切りがあったってだけで対策は幾らでも立てられる。


(だから動けよ自分の足!)


 するとその瞬間グワッと思ってた以上に足が動いてしまって体のバランスが崩れてズッコケた。当然、その派手な音は静かだったこの場に響く。


「誰だ!?」
「アイツ確かテア・レス・テレスのメンバー」


 見つかった! てか自分名前覚えられてない!! いやまあ当然でしょうけど! 取り敢えず見つかってしまったのなら逃げるしかない。こういう所を見てしまって無事に成ったやつなんていなんだ。
 自分は地面を蹴って駆け出す。逃げる––って言ったってどこに? けど取り敢えず走るしかない。幸い街で無闇に攻撃的なスキルを使うと評判落ちるから追いかける側も暴力を振るうって事はしてこないだろう。
 なるべく人混みを求めて走る––けど、元からそんなに人気もない種族で、他の国に比べたら構造も複雑で、NPCも点々としか居ないこの場所。人混みと言うのが殆ど無い! なるほど、密談をするには最適な場所なんだな〜と思いました。
 複雑で人気もないからどこにだって死角があるんだ。こんな事なら別の国にドアを繋げて行くべきだった。チーム内に他の種族が居てくれるのなら、その故郷にもドアは繋がるからね。だからこそ会長は自分達を全員それぞれの種族に振り分けたんだ。
 一つの場所にしか行けないよりも、最初から複数の場所を巡れる方が有利だからね。そこでしか取れない物もあるし、得られないものだってきっとある。世界は最初から広いほうが選択肢多いしね。


(なのに、どうして自分はこんな場所を選んだんだろう。そもそもこの移動要塞じゃ、自分にあったエリアに居るかもわからないのに)


 やっぱりこの体のせいだろうか。自分にはここが故郷の記憶なんて一切ない。けど、どこかこの体に引っ張られた所があるのかも。体に影響を受けるって事も……


「はいそこまで」
「うわっ!? ちょっ!?」


 いきなり現れた女性に自分は突っ込んだ。そしてそのまま激しく衝突。二人して盛大に転がった。


「いつつ……ん? あれ? 何も見えない!?」


 目の前が何故か真っ暗だ。なにこれ? やだ怖い!? 少し動くと鼻の頭に何か湿っぽくて柔らかい感触が……


「ふきゃあ!?」


 甲高い声が響く。どういう事? 一体この目の前にあるものはなんなんだ? 手を突っ込むと何かがめくれたような……指の上と下で感覚が違う。上はすべすべだけど冷たい。下はちょっと抵抗を感じるけど、弾力と人肌の温もりを有してるような……


「んっ……はぁっ……そこは……ダメ……」


 艶っぽい声。なんだ? ちょっとドキドキしてきたぞ。でも早く逃げないと……そう思って取り敢えず顔を上げると薄暗い中にも光が入ってきて、目の前に顔を赤くしてる女性の姿が。


「あれ?」


 真っ赤な彼女は涙目だ。息も荒いし……どうしてこんな顔をしてるんだろう? そう思いつつ下に視線を戻すと彼女のパンツが露わに成ってて……そのパンツの隙間に自分の手が……クイッと動かすとそれに反応して彼女の体がビクンッと跳ねる。


「うわあああああああ! ごめんなさい!!」


 思わず後ろに飛び退いて土下座します。額をガンガン床にぶつける。チラッと指を見ると何か透明な物が……いや、気のせいだな。流石にそこまで再現してないよ! だってここはLRO。げ、ゲームなんだからね。そんな再現は必要ないもん。


「あ、貴方は今重大な倫理違反を犯しました。私がそれを申請すれば、貴方のアカウントは強制的に停止する。この意味、分かるわね?」
「なっ!? それは……事故であってしたくてしたわけじゃ……」


 どうしよう……どうすればここを切り抜けられるのか……もう無理なのか……このままじゃアカウントバン……どうしようもなくなる。そんな事になったら全てが無駄に……会長にも迷惑かけるし、約束も……頭の中がグルグルでどうにかしなきゃという気持ちがから回る。
 だからきっとこんな事を言ってしまったんだ。


「き、君だってこんなに感じてたじゃないか!」


 濡れた指を突き出した。指と指の隙間で糸を引く透明な雫。それを見た彼女は顔を見る見る赤らめて––そして次の瞬間、凄まじい衝撃が体中に走っと思ったら全てが真っ暗になった。




「う……ん」


 目を覚ますと上に強制的に上げられた腕には蔦が絡みついていて、よく見たら自分の体の下半分は木の幹に取り込まれてるかのように埋まってた。そして周りを見ると自分を飲み込んでる木がグルっと囲んでる感じで、上を見ると青い空がポッカリと口を開けるように見えてた。
 どうやらここはデカイ朽ちた木の幹の内側部分の様だ。そして自分はそんな朽ちた木に埋め込まれてると……ただ埋め込まれてるだけなのかな? なんだか下半身の感覚がないような気がしなくもないんだよね。
 もしかしたら下半身が既にないとか? そんなグロい光景を思って不安になる。いや、LROだし再生くらい簡単かもしれないけどさ……見るのはちょっと嫌だよね。


「起きたようね」


 そんな声が聞こえて上を仰ぐとそこには空を埋め尽くさんばかりにデカイ顔が!?


「きょっ、巨人!?」
「バカ違うわよ。アンタが小さくなってるの。『トイ・ボックス』の中に閉じ込めてるのよ」


 トイ・ボックス? そういうアイテムって事だろうか? つまり自分は監禁されたと……そういう事か。そう思ってると横から別の声が聞こえてくる。


「アホなやつだな。逃げるならログアウトしろよ。街中だったんだし、直ぐに出来ただろ」
「あっ……」


 確かにそれが一番だった!! なんで走って逃げようなんて思ったんだろう……ログアウトなら一発だったのに。その後はメールでも何でもしてしらせればそれでよかった……自分のバカさに声もでないよ。
 腕を封じてるのはウインドウを開かせないようにするため? 自分……どうなってしまうんだろう。


「どうする気……なんだ?」
「ふははははははははは! 怖いか? 怖いだろ? 拷問……という手もあるな。いや、だがLROは痛みが制限されてるからな。ここは永遠擽りの刑とかのほうが効果的か? なあどう思う?」
「会長、こいつから聞き出すことなんて何もないでしょ。こいつはただの餌。それで充分」


 会長? その言葉を聞くとこっちの会長を思い浮かべるんだけど……


「おいおいこっちで会長は止めろよメグたん。こっちでの俺は『デザイア』だぜ」
「それ言い難いんですよね。イアアアにして良いですか?」
「もうそれ悲鳴だろ!!」


 なんだか目の前の会長は尊敬されてないみたい。まあなんかバカっぽいもんね。自分達の会長の足元にも及ばなそうだ。でも会長か……って事はこの人達は学校と言うグループで参加してる? 


「それと私もこっちではメグたん––てかそんな呼び方してないでしょ。本名を匂わせる呼び方はやめてください」
「へいへい、まあ俺の手足と成って働いてくれてるんだ。そのくらいの要望は為政者として聞いてやろう。はよう、この世界に我が王国を建国するのだ!! あーっははははははははは!」


 確信しました。この人バカだろ。なんちゅうー高笑いをしてるんだ。こんな笑いをする奴がいるなんてビックリ。頭……大丈夫なのかな?


「別に貴方の為に誰もやってないですけどね。それぞれ報酬目当てですよ。だから貴方は大人しくしててください」
「ふふ、王は玉座に鎮座してるくらいが丁度良いからな。どこぞの女会長の様に忙しなく働くなんて王の器とは思えんな」
「それは誰の事だ?」


 思わず口出してしてしまった。だって明らかにこっちを見ながら言ってた。会長の事を言ってたのは明白だ。


「貴様らの会長、随分と働いてるようじゃん。地味な癖に妙に目立つよな。目が離せないというか……」
「それがなんだ……ですか?」


 くっ、いつまでも強気に出れない性格が嫌になる。自分が一番信望してる人を侮辱されてるというのに!!


「だが、トップが動くなんて部下が無能ということを証明してるような物だな。トップとはどっしり構えるのも役目なんだよ。その点俺は部下が全てやってるから、寧ろ何もやってない!!」
「…………」


 開いた口が塞がらないとはこの事ですか? なんであの人威張ってるんだろうか? どう考えても自分が無能だとのたまってる様な……ほんとにアレが会長なの? どうやってなったんだろうか?
 人望だけはあるとか……そんなタイプ……かな?


「まあ会長は何もしないのが仕事ですからね。そうしないと仕事が終わりません。これからも何もしないでください」
「おう、俺のためにキリキリ働けテメーら!!」
「「「テメーの為じゃねえ!!」」」


 ビクッとなった。自分だけじゃなく、ここの会長も一緒にだ。てか複数の声が一斉に……人望もあるんじゃないんだな。まあ皆提示されてる何らかのメリット目的なんだよね。生徒会のメンバー? というかその学校だから会長を頂点にしてるだけのような物なのかも。


「全く、家の奴等は良く働く奴ばかりだぜ。そっちの無能共とは違うな」
「た……確かに家の会長は人一倍……いや、二倍三倍働いてるけど、それは自分達を頼ってないわけじゃない!」
「だからこそ無能! お前達が奴の力に成れてない事の証明じゃないか!!」
「ぬあ!?」


 こんなバカにそこを突かれるなんて! 確かに言われたとおりかも知れない。自分達では力になりきれてないから会長への負担が大きい。普通に考えればそうなる。反論のしようが……


「全くもって嘆かわしい。無能な部下を持つと上が苦労するという証明だな。貴様等は居るのか? 奴の側に?」
「それは……けど会長は誰かを見捨てるなんて事……一緒に成長させてくれる。あの人に付いて行きたいって思わせてくれる人だ! 貴方とは違う!!」
「はっ、身勝手だな。それは足枷だ。お前達という足枷が、奴を飛ばせなくするんだ!!」


 飛ばせなく……確かに会長は自分達が居なければもっと自由に、もっとどこまでも行けるのかもしれない。そんな事を思わない事がない訳じゃない。だって会長は凄くて……本当に飛んでるような人で、自分達の所に居るのは、一時だけ羽を休めてるようなものなんじゃないかなって……


「奴の凄さは認めよう。だがより高く飛ぶのは俺だ。俺の周囲は翼と成りて俺を高みへと昇らせる。奴は逆にお前達が重しとなって落ちていく。それを証明してやるよ」
「そんな事––んあ?」


 体が少しだけ幹にメリメリと飲み込まれた様な……これ、やっぱりただ捕まってるだけじゃない?


「ふふ、気付いたか? トイ・ボックスはただの監禁アイテムじゃない。これは偶然手に入れたレアアイテムだ。このアイテムはプレイヤーの経験を食う」
「経験を食う?」


 どういう事だ? 一体自分はどうなってしまうの? 怖いんですけど。


「食わせた経験を糧にトイ・ボックスは新たなアイテムを生み出してくれるんだ。まあ、貴様一人程度では大した物は出ないだろうがな」
「それって……食われたプレイヤーはどうなるんだ?」
「それは自身で確かめるんだな。その時が来ればわかるさ」


 捕まっただけじゃなく、このままじゃ敵の為に糧にされる。それにこのアイテムに食われきるまではログアウトすらも出来ないとなると厄介だ。ほんと自分は足を引っ張ってばかりだ。このままじゃ会長達の情報は筒抜けになって……決戦が不利になる。
 どう考えてもそれまで自分を逃しはしないだろうし、それくらいこのアイテムは掛かるのかもしれない。


「デザイア〜メグ〜」


 二人しか見えなかった空にもう一人……その女子は何やら耳打ちしてる。そして突如デザイアは笑い出す。


「ぬあっははははは! 良いニュース、いや、貴様に取っては悪いニュースか。貴様、あの女会長に見捨てられたようだぞ」
「何?」


 見捨てられたって……それってこの状況を盾に既に何か交渉が始まってたって事か。いや当然かも……人質なんだ。使わないと損。


「我等の要求は突っぱねられた。それはつまり、貴様なぞどうでもいい事の証し。奴が慈悲深いとは何だったのか? まあ俺は見直したがな」
「それでそっちの要求って––」
「それはだな––」
「デザイア、余計な事を教えなくて結構です」
「まあ、それもそうだな。悶々としてろ。そして絶望してろ」


 そう言ってデザイアは高笑いのもと去っていく。絶望か……確かにちょっと絶望した部分はあるけど、直ぐに安心もしたよ。自分のせいで負けるのは嫌だからね。別に死ぬ訳じゃない……それなら見捨ててもらったって結構だ。
 会長なら……なんとかしてくれる。どんなに不利な状況からでも、会長なら––って思えるのが家の会長の凄さなんだ。だから……寂しくなんてない。何も力に成れないけど……結局自分にヒーローは無理だったって事だ。


「はぁ……」


 漏れるため息。このまま後何日過ごせばいいんだろう。流石に一回もリアルに戻らないと騒ぎに成るような気がするけどな。それはこの人達だって望んでる訳じゃないだろう。それを考えるとこのままずっと監禁されてるって訳じゃない気はする。
 でもリアルに返すって事は監視できないって事だからな……って待てよ。この人達って。どう考えてもアレだよね? 末広さんの学校のグループの筈。今までの会話からしてその可能性は高い。けど……確か彼女達は来週から入る筈じゃなかったのか? 早くない? 能登くんの情報違いか?
 僕は唯一残ってるなんだっけ? メグって呼ばれてた彼女に声を……


「あれ? メグってもしかして、末広……」
「ああ、やっぱり貴方だったんだ。テア・レス・テレスは主要メンバーはいつだって同じ時間に入って集団行動してるからおかしいなっては思ってたけど、やっぱり『風砂 綴』なんだ。お腹大丈夫?
 ここでも穴開けたりしないでよ」
「……しない」


 やっぱり『末広 恵』その人か。こうやって見ると面影……残ってるかもしれない。いや以前、塾で見みてた柔らかい雰囲気とか皆無だけどね。でも自分に向けられる感じはいつもこんな感じだと思う。彼女はエルフで銀の髪が綺麗だった。
 歳の感じはエルフにしては幼くしてるように見える。エルフはどれも大人っぽく見えたりするけど、彼女は同じ年代という感じ。あのデザイアとか言うのも同じ感じに幼く見せてたから、そう言う風にしてるのかもしれない。


「どうして……能登君からは入れるのは来週って……それに買収とか……」
「ヒロには嘘教えておいただけ。だって君に通じてるのは分かってたしね。撹乱よ。リアルでだって戦闘は始まってる。お互いに敵だと認識してるんだから当然でしょ? 後、情報を売ってきたのは向こうから。噂に聞く求心力も案外大した事ないんじゃない?」


 言われてみれば納得する事しか出来ない。元々自分を彼女に紹介したの能登君だしね。会長の求心力は凄いけど、情報を売ってたのは日が浅いんだ。そんな一気に信頼関係を築くなんて無理。まあそこら辺は会長だってわかってる。
 でもやっぱり会長の事を悪く言われると自分の事よりもムカッと来る。


「もう既に私達はテア・レス・テレス攻略の為に動いてる。決戦の日だけを見てるそっちは遅い。私達はその何歩も先を進んでる。勝負になんて成りもしない。でもホント君は敵にもなりはしなかったわね。
 ヒロも何を考えてるのか? 期待外れってきっと思う」


 何も言い返せない。いやマジで何も言えないよ。賭けしてるのに……これじゃあ賭けにもならないじゃないか。自分のこの体たらくっぷり……恥でしかない。


「これで一千万ドルは私の物。関東圏を支配して要求も満たして私達はそれぞれの願いを叶える。誰にも邪魔させない」


 願い……もしかしたら明確な報酬は提示されてないのかもしれない。向こうの要求を満たしていけば、自分達の願いを叶えてくれる……そう言うことなのかも。政府が噛んでるんだし、やれる事はいっぱいだろう。


「やる前から勝負なんてついてる。君は私を助けるとかなんとかのたまってたけど、君じゃ絶対に私を助けられはしない。一高校生にそんな大層な事が出来るわけないじゃない。自分に酔うのは勝手だけど、それで私の願いを邪魔するから……君は私の敵なのよ」




 バッサリだった。どう考えても彼女は助けられたいなんて思ってないし、きっと自分には彼女の願いを叶える事なんか絶対に出来ないんだろう。なんだか自分がここに居る意味ってなんだったんだろうか。
 全ては自分に酔ってただけ……それもなんだか否定出来ない様な気がする。青かった空が曇って雨が降ってくる。ああ……この雨がこんな自分を流してくれないかなってわりと本気で思った。雨の音だけが自分の周囲をうめつくして、その音だけに耳を傾けてた。



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