命改変プログラム

ファーストなサイコロ

誰かの敵

「会長……あの」


 放課後、生徒会室に急いで行くと会長が一人でパソコンと向き合ってた。良かった、早く来て。役員が集まってきたら、あっという間に会長の周りに集うからね。そうなったら自分には中々近づくチャンスがなくなってしまう。
 それを見越してこうやって全速力で来たわけだけど、正解だった。


「どうしたのかな? 綴君がそんな急ぐなんて珍しい。あっ、もしかして雨乃森先輩の事かな? それとも『末広 恵』さんの事かな? 栄養失調なんだってね。早く行ってあげたほうがいいかも」
「ど、どうしてそれを?」


 会長恐ろしい。こっちから詳しい理由話した事なかったですよね? それなのに、相手の名前から、倒れた事まで知ってるなんて……どういう情報網をこの人は持ってるんだ。


「先輩が泊まった時にちょっとは聞いてたから。生徒会役員の事はちゃんと把握しておかなきゃ。それに綴君が必死になるってそうとうでしょ。どこかで手伝えないかな〜って思って。余計なお世話かもしれないし、頼って来てくれるまで言うつもりは無かったんだけどね」


 この人は本当に……いつだって目まぐるしく生きてるのに、一人一人の事をちゃんと見てて凄いな––って思う。頼られてもいないのに調べて、だけどその行為を押し付けがましくするわけでもない。自分の掛ける労力に、見返りなんてこの人は全く求めてなんか無いって証拠だよね。
 そんな事が普通に出来る……だから凄いんだ。会長はただただ凄い人だけど、それでもなんでも一人でやろうとはしない。ちゃんと自分達の事も信じてくれる。そんな会長だからこそ、役員皆、どんな大変な事だって付いていこうとするんだ。


「ありがとう御座います会長」
「相変わらず固いね綴君は。同学年なんだし、苗字でも名前でもいいんだけどな?」
「いや、流石にそれは恐れ多いって言うか……け、けじめですから」
「それで綴君がいいならいいけどね。強要する気もないし。いいよ、行って。今日のエリアバトルは綴君抜きやるよ。大丈夫、ちゃんと勝っておくから」
「そこら辺は心配してないです」


 会長だしね。何が起きても勝っちゃいそうな人がこの人。自分なんかは居ても居なくても結局は大丈夫なんだよね。まあそんな事を言ったら怒られそうだけど。


「えっと、じゃあ行きます」
「うん、あ! 綴君」
「はい?」


 おもむろにメガネを取って立ち上がる会長。揺れる長い三つ編み……見つめられる黒い瞳。


「綴君は先輩の事どう思ってるのかな?」
「先輩って雨乃森先輩ですか?」
「う、うん。ほら、色々と二人はここ最近話題が多いでしょ」


 ああ、まだ噂は続いてるし、今日再び燃えちゃったからな……会長のお陰で自分が何か聞かれるなんて事はないけど、女子の方はそうでもないのかもしれない。大好きだもんね……恋話。


「もし訳ないです。雨乃森先輩には色々と迷惑掛けちゃって」
「そ、そうじゃないよ。迷惑とか先輩は思ってないよ。でも綴君的には迷惑なのかな? 好きなのは末広さんだしね」
「な、何の話ですか!?」


 そんなあっさりと好きとか言われると恥ずかしい。そ、それに好きってそんな決まったわけじゃ……気になるってだけでしてね。いや、でもこれは言い訳にしか過ぎないか。傍から見ればどう考えてもそう見えるよね。


「だから先輩と末広さん、本命はどっちなのかなって?」
「ほ、本命って……末広さんの事は気になりますけど……好きなのかどうか……あんまり喋った事もないですし」
「一目惚れとか?」
「一目惚れなんて愚かな事はしません。まず気のせいとそう云うのは思うようにしてますから」
「そうなんだ……」


 いやいや、会長には悪いですけど、一目惚れとか愚の骨頂でしょ。一目見ただけで好きになるとか……それ顔以外にありえないじゃん。冷静に考えてみて欲しい……それでいいのかと。だから一目惚れなんて物は自分には無いのです。


「なんていうか……自然と目で追うっていうか……そういう感じで小さな積み重ねの結果……気になってたかな……と」
「彼女を観察してたら好きになったって事だね。綴君っぽいかもね」


 それを––ぽい––って言われる自分がなんか悲しい。


「積み重ねって大事だよね。でもまだそれは綴君側しか積んでない気がするけど?」
「そ、それは……まあそうですね」


 グサッと来た。確かにそれは自分しか積んでないです。自分の中で色々と彼女の良いところを見つけて積んできたわけだからね。彼女と共に積んだ物は何一つない。だから一方的なこっちの思いでしか無い。
 あれ? こんな奴が見舞いに行くとかもしかしたら気持ち悪がられるんじゃ? 向こうからしたらずっと自分を観察してた変態……いわゆるストーカーと思われてもおかしくないような。いや、流石にそこまでは行かないよ……ね? 


(心配に成って来た)
「でも先輩とは積んでるよね?」
「それはそうですけど……って何を言わせたいんですか?」
「ええ〜、綴君の中で先輩はアリなのかナシなのか知りたいな〜って思って」


 ここら辺はやっぱり会長も女子だよね。こういう話はやっぱり大好きなんだろう。でもアリかナシかなんて……それ以前の問題の様な気がするよ。


「雨乃森先輩と自分とじゃ釣り合いとれなさすぎですよ。自分夢は夢の中だけで見るタイプなので」
「先輩とどうにかなるのは夢なんだ。まあ綴君がそう思うのも無理ないよね。先輩の家は大きいからね。昔はここら一帯の地主だったらしいし、今は国会議員とかだもんね」
「庶民の自分は、分相応な夢を掴んでいくしか無いんですよ」


 でっかい夢を語るのは否定なんてしない。だけどそれはそれ相応の覚悟出来る人がやるべき。それか目の前の人の様に、天から選ばれた様な人ね。こういう人達はでっかい夢を追いかけるのもいいと思う。
 けどさ……自分は自分を良く知ってる。どこにでもある平凡な家に生まれて、平凡……よりもちょっと影薄いくらいの自分は自分の人生をもうわかってるよ。きっと学校を卒業しても、超一流の大学とかには行けないし、多分そこらの堅実そうな企業を選んで就職をするんだ。
 そんな企業でも上に昇るなんてことはなく、生涯中間管理職で終わるんだろうなって、もうわかってる。きっとそれが自分の人生。大多数の人達がなるサラリーマンになるんだ。没個性なんですよ自分は。


「綴君。自分を知ることは大切だよ。だけど過小評価することは違うと思うな」
「過小評価も何も、自分は会長達とは違います。普通なんです」
「普通の人は駅前でドレス来た美少女を黒服から颯爽と攫うとかしないと思う」
「う……それは……人生最後の晴れ舞台だったんです」


 そう思う事にしとこう。黒歴史だけど……黒歴史と思い続けるのはキツイからね。


「綴君は自分が思ってるよりも行動的で大胆な事が出来る人だと私は思うけどな」
「それで失敗したら意味ないじゃないですか。能力もないのに行動的で大胆な奴って愚かな奴ですよ」


 そういう奴はウザがられるし、損な役回りになるだけだって自分は知ってる。自分を守るためには何もしないのが一番なんだ。それに今は会長という存在があるから、自分の行動は彼女が決めてくれる。


「そうかもしれないね。愚か者かも知れない。でもそれは皆そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ。私達は成長できるんだからね」
「振り幅が違うと思います。上限値って言うか。到達できる天辺は予め決まってるんですよ。だからそれ以上に行けることはきっと無いって……誰もがそれをわかってる。だから皆、貴女みたいな人に輝きを見て惹かれるんです」
「綴君……」
「すみません……失礼します」


 少し意地悪を言ったかもしれない。心の隅にずっとあった嫉妬という思いが顔を出した。会長は誰とも分け隔てなく接するけど、こっちには消えない気持ちがある。普段は顔を出さないそれは、けど絶対に誰にでもあるもので、ふとした事で顔を覗かせる。
 皆が一緒なわけはない。それなのにとりわけ特別な会長に言われるとちょっと………ね。廊下に出て扉を閉めてため息を一つ付く。会長は悪くなんか無い。自分達の方へ歩み寄ってくれようとしてくれてる。それだけでありがたい事だ。自分の歩き出した方から声がする。
 多分コレは生徒会の皆の声だろう。今顔を合わせるのもなんか気まずい……とりあえず逆側を回って学校を出ることにした。


 駅前に来た所で駅前のデパートの入口付近で悶々とする。実際は駅の方での待ち合わせなんだけど……いやさ、ホントよく考えたら自分と彼女『末広 恵』さんとの関係は希薄なんだ。能登君がお見舞いに行くのは別段全然おかしくなんかないけどさ……自分が行くのはおかしいかなって思いだして、こんな所で悶々としてるわけだ。
 だってお見舞いに行くって事は直接会う事になるわけで……何を話せば良いのか? 


「いや、そもそも話す必要はないのかな?」


 寝てるかも知れないしね。でも朝に運ばれて今はもう放課後だ。起きててもおかしくはない……か。しまった顔を見るだけなら倒れた直後に行くのがベストだった。


「何やってる?」
「ぬあ!?」


 後ろから声を掛けられて振り返るとそこには能登くんが居た。相変わらず目は前髪に隠れて、それに小さいから存在感薄いんだ。でもなぜここに……自分もそれなりに存在感薄いと自負してるんだけどな。あれかな……同類だから行動パターンを読まれたとか?


「こんな事だろうと思った」
「何も言ってないのに心を読むなよ」
「分かりやすいんだよ君は」


 ぐっ……そんな事言われたの初めてだ。良くクラスメイトからは「よく分からない人だね」とは言われてたけど……でもそれは多分殆ど喋ったりしたこと無かったからなんだと思う。今のクラスはこれまでよりも全然馴染めてるから、そんな風に言われることも無い。
 実は自分は結構分かりやすい奴だったのだろうか? ちょっとショック。誰にも理解されないというカタルシスに悦に入ってた部分が実は少しあったのに。案外単純な奴だったなんて……


「なんでショックうけてる?」
「いや、別に……」


 ちょっと気まずい沈黙が流れる。能登くんは本気でよく分からない系の人物だ。そもそも目見えないし……抑揚の無いしゃべり方といい、実はキャラ作ってんじゃね? と疑ってみる。自分が暴かれたから彼の事も暴いてやろうと言う魂胆だ。
 でもな〜〜、自分他人の領域に踏み入るのは苦手な人なんです。だって……どこに地雷あるかとか分からないし……この人地雷多そうだしな。リアルでの彼女との繋がり……無闇に破壊するわけにも行かない。
 てな訳で自分にはこの沈黙を打ち破る事は出来ない。甘んじて受け入れる。それも自分が元から持ってるスキルの様な物だ。彼はどう思ってるのか分からないけど、スイっとまるで自然に自動ドアの向こうに彼は移動してた。
 あれ? いつのまに? そしてこっちを振り返らずにそそくさと駅の方へ。さっさと病院に行きたいのかな? このまま追いかけなくてもいいかな? と一瞬思ったけどやっぱりそれは出来なくて、距離を開けて追いかける。でもこのまま何も伝えない訳にも行かない。
 人混みの中に消えそうな彼を少し足早に追いかけて、ゴニョゴニョと言う。


「えっと……あの……やっぱり……その……自分は行って……も意味ないかな……って」
「あっそう」


 一言!? 一言で済まされたあああああああああ!! しかも振り返らずもせずに!! ちょ……ちょっと非情過ぎじゃありませんかね?




「あの〜いいのかな?」
「別に、強制じゃないし。会いたくないなら無理する必要ない」
「会いたくない……訳でもないけど……なあ何喋れば良いと思う? 向こうはきっと自分の事なんか覚えてないよ」


 寧ろ会いたい気持ちは強い。でもだからこそ不安も同じように大きいんだ。ショック……とか受けたくないし……


「そんなの当然。誰かなんか知られてなんかない。別に僕の友だちとしていればいい」
「そ、それじゃあ行く意味なくない! ……かな?」


 思わず出たちょっと大きな声を抑えて聞く。すると今までペースを変えずに歩いてた能登くん立ち止まった。そして夕暮れに染まる光を受ける駅ビルを背に彼は振り返る。


「さっきからなんなの? 行きたいけど、行きたくない? そんなの自分で決めろ。誰かに背中押されなきゃ何も出来ないのか」


 グサッと何かが刺さった気がした。ホント彼の言うとおり…何やってるんだろう自分。こんな事も自分で決められないのか。今までずっと他人に流されて生きてきたから、自分で考えて行動するって事が怖いのかもしれない。
 だってそこには他人の責任なんか無い。全部自分の責任だ。誰かに押し付けるなんて出来ない。逃げ場なんて……ないんだ。そして自分は今、逃げ場を容易しようとしてた。こんなんで誰かの求める誰かに成りたいなんて……片腹痛いよね。
 会長はいつだって自分で決めてる。けどそれはそれを達成できる能力と自信があるから……って思ってた。不安そうな会長なんて見たこと無かったしね。でも何かを決める時、それが本当に正しいかなんか誰にも分かるはずはない。
 それは会長だってそうだ。それに彼女の行動はいろんな人を巻き込む。それでも恐れずに前へ進めるのはなんでだろう? こんな思いをずっと会長はやってたんだろうか? いや、それは会長に失礼か。だって自分のこの悩みなんて小さいよ。病院に行くか行かないかだしね。
 会長はもっといろんな物を背負って行動して、そして決断してるんだ。会長だから……そんな風に思ってたけど、期待はプレッシャーでもある。自分達だってきっと、会長にそういうのを掛けてたんだ。


「自分って小さいよね」
「知ってる」


 おい、どういう事だよそれ。ちょっとした不満の視線を感じたのか彼は再び歩き出す。


「だって……僕も同じだから」


 喧騒の中に消え入りそうな声だったけど、自分には確かに聞こえたよ。再び足を止めた彼はもう一度問う。


「それで、行くの?」


 自分はその問に間髪入れずに頷いた。だってそうだろう。こんな所でウジウジやってたら行けないんだ。どうせなら言ってやろうじゃないか––––


『自分が君を救い出してみせる!!』


 ––––ってさ。そうだ、そのくらいの事をいう気概で行かなきゃだよ。救うとかは、その状況にもよるけどさ、自分的にはそんな気持ちなんだ。うん、 よっしゃああああああ! と心を奮い立たせる。






「敵……だと受け止めます」
「え?」


 病室に静かに響く耳障りのいい声。だけどその言葉は全然耳障り良くない。向けられる視線も、完全にキツイものだ。ゴメン……涙出ちゃいそうだ。ブリザードだよ。心がブリザード。病院の独特の匂い……末広さんの腕からは点滴が伸びてて、まだ体調は万全そうではない。
 けど、その瞳は燃えている。


「邪魔……するんでしょう? それなら貴方は私の……私達の敵です!」


 楽観的な希望なんて持つんじゃなかった。助ける……なんてのは自分の言い分。自分は……そう、彼女にとっては敵なんだと今気付いた。



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