命改変プログラム

ファーストなサイコロ

憧れの人

 吹奏楽部の楽器の音がバラバラに響いてる。途切れ途切れに聞こえる多彩な音はまだまだ練習初めの段階だからだろう。外からは運動部の揃った声。そんな中、最後に会長が今日はじめてそのお姿を晒して扉をしめる。
 さらに示しあわせた様に生徒会の何人かがカーテンを閉め切って部屋の中は薄暗くなる。けどその中でも自分の目にはハッキリと光が見える。会長と言う光がだ。皆が会長・会長と声を掛けてる。自分も勿論そうしたい所だけど、後方に居る自分はなかなか恥ずかしくて声を出せない。
 まあ自分が声を出したって、それに反応してくれるとも思えないけど……


「っ!?」


 一人で自虐的になってると目があった。そして流れる様にニコッと一瞬してくれた様に見えた。頭の中に強烈に印象づけられるその笑顔。きっと自分は今の笑顔を忘れないだろう……とか思ってると前に居た何人かの役員がフラフラと膝を折って倒れてく。


(い……一体何が……まさか!)


 倒れた人達の微かな言葉に耳を傾けると「会長が……私に微笑みを……」「たまんねえ……」とか聞こえる。ようは、直線上にいた人達はもれなく同じように思ったと事だろう。考えて見れば当たり前か。アイドルとかのライブで「今俺を見た!」「いや、俺だ!」ってのと同じ。
 でもやっぱり今のは自分を見てた様な気がするんだよな〜。


「ごめんね皆。忙しいのに権力を振りかざして」
「いえ、そんな……会長の頼み……いえ命令は絶対です! 寧ろもっともっと頼って欲しいくらいですよ!! ねえ皆!」


 そんな雨乃森先輩の声に役員たちの賛成の声が続く。ホント大した一体感だよな。この学校はあの細身の女生徒の下にまとまってる。こんな事が起こりえるだなんて……半年前の自分には信じれなかっただろう。
 だけど居るんだ。この世界には神にでも愛されたとしか言い様がない人が。


「ありがとうございます先輩。本当なら先輩が会長だったはずなのに、譲って頂いて」
「ふふ、圧倒的大差で勝っといてそれは無いよ日鞠ちゃん。寧ろ私達の様な前期の生徒会役員を追い出さなかった事を感謝してるくらいだしね」
「そう言って貰えると助かります」


 丁寧にお辞儀を返す会長。スルリと肩から落ちる長い三つ編みの黒髪。顔をあげると少しメガネがズレたのかクイッとその細く白い指で整える。グッと来るものがある。細く華奢で本当に見た目だけならただの女の子だ。
 だけどその纏う雰囲気は大人をもたじろぎさせるし、知識は高校生レベルを超えてる(と思う)。行動力も尋常じゃない。それらを合わせて何かを成し遂げる力がある。それに人を惹きつける魅力も……誰一人彼女の後を付いてく事に不満なんて……


(そういえば一人いるな)


 会長はここに居る。でも奴は居ない。ある意味ホッとする自分がいる。会長がなんで奴にご執心なのかは分からない。あんなこの学校でただ唯一会長に否定的というか……協力的じゃ無いやつなのに。
 まあ会長は優しいから……幼馴染を放っておけないって気持ちは理解できる。でもどうしてあそこまで嫌々なのか、本当に理解できない。


「綴君? 聞いてる?」
「ふえ!? ええ、はい! 勿論!」


 会長に声を掛けられてしまった。いや、役員だしちょくちょくあるけど、その度にやっぱり嬉しさがこみ上げてくると言うか……いやいや、ちゃんと話しを聞かなくては。会長の言葉を一言一句聞き漏らしたりしたら後世に伝えられないからな。


「え〜とですね。内容はさっき言ったとおり、新しい業務が増えるというか、でもこれは私の個人的な知り合いから託された物で皆を巻き込むのも筋違いかな〜とは思うんだけど、ちょっと面白い事を思いついちゃったんだよね」


 なんだかニヤニヤとしてる会長。こういう時はとんでもないことを言うフラグだ。それを皆分かってるから、これからの激務を覚悟して皆が息を呑む。


「そこに箱があるよね?」


 言われて四角く設置してある長机を見ると確かに箱が四個位積み上がってる。一メートル弱四方の正方形の箱だ。外装はない。無機質なダンボールで中身は分からない。


「それが今回の業務で使う最重要アイテムです。開けて見て」


 言われて積極的な人達が箱をそれぞれ引き寄せ、ガムテープを剥がし中身を取り出す。するとそこから出てきたのは、自分も見たことのあるものだった。銀色の塗装に丸みを帯びたフォルム……中身が繰り抜かれてて、前方と思われる部分も顔を出せる様な構造。
 まあようはヘルメットみたいな物だ。だけどヘルメットなんかよりもよっぽど高性能というか、技術の塊。これって……


「会長、これってリーフィアですよね?」
「そうだよ」


 中身を取り出した役員の質問に軽く応える会長。女子であろうと男子であろうと、数ヶ月前の事件は鮮明に覚えてる。そもそもゲームという媒体は若者の好奇心を擽るし、更にはこれはその中でも革新だったからだ。
 しかもあんな事件があってメディアが一斉に報道したし、目につく機会は幾らでもあった。だから説明なんて不要な程に浸透はしてる。でも……周囲はザワザワとし始めてる。




「日鞠ちゃん、これって回収になった筈だよね? それにもうあのゲームは事実上停止したはず」


 雨乃森先輩の言うとおり、夏休み明け位に一斉に政府主導で回収となった筈だ。しかも購入者一人一人を調べあげての徹底的な物だった。元々アカウントとかで住所とかプレイヤーのデータは運営の人達は握ってた訳だからその迅速さはびっくりするほどの物だった。
 ネット上では「その行動力を国会にむけろ」とか揶揄されてたけどね。いやあ、でも本当にあそこまで政府が迅速に動くなんて初だったんじゃなかろうか……と言うくらいだったもんね。一部反発もあったけど、速攻で制圧されてたし……やっぱりこのリーフィアの中にある技術を政府がほしがってるってのは本当だったのかもしれない。
 個人で解析とか出来るものじゃないだろうけど、海外とかに高く売られても政府的には困ったのかも。けど普通に販売してる期間も一年以上あったわけだから、海外にだって渡ってるとは思うけど。そこら辺はテレビでも指摘されてたんだけど、続報はないから、いつの間にか静かに成ってた。
 でもその回収された筈のリーフィアがここに……なんだろう、会長はもしかして政府転覆でも狙ってるのだろうか? 飛躍しすぎ? いいや、この人ならやりかねない。てか自分達は寧ろこの人を国のトップにしたいとか思ってるし。
 けどこのリーフィアでどうやって国家転覆を……と言われると思いつかない、でも会長なら、何か凄いアイディアがあるに違いない。


「そっかそうなんだね。これは政府への不満の象徴。正直あんなおじさん達に任せててもいいとは思えないし、反政府組織を立ち上げるのなら協力は惜しみません。取り敢えずこの学校を本部に全国の学校と密約を交わして連携をとり学生運動を––」
「そんな事はしないよ?」
「「「えええ〜〜〜〜!!!」」」


 何故か皆で驚嘆だ。てか考えてることが自分達一緒じゃん。まあこの生徒会に集ってる時点であたり前か。でも会長自身がちょっと引いてる様子。


「そ、そんなに私って野心家に見えるのかな?」
「日鞠ちゃんはこんな学校の生徒会長で納まる器じゃないから。皆相応しい舞台に押しあげたいのよ。それが出来たら、私達本望だもの」


 そんな雨乃森先輩の言葉に依存はない。誰もが望んでる事で、自分達はそうしたいと思ってる。この人を支えたいと……一緒に歩めることが喜びなんだ。


「う〜ん、私は別にそこまでの事を考えては居ないけど、これからやる面白い事で頑張れば今よりもずっと大きな影響力を持てるかもしれないかな?」
「ぜひ聞かせて頂きましょう!」


 そう言ったのは副会長だ。あの人、ここの誰よりも忠誠心強いからな。会長の話しを聞くときはいつだって直立不動か、重大な雰囲気の時は誰にも言われずに床だろうと地面だろうと正座するから。流石副会長。自分達もその忠誠心には一目置いている。


「雨乃森先輩の言ったとおりリーフィアは一度回収されました。だけど今、元の持ち主の所に再び戻ってるって知ってた? そして新しい世界が既に稼働してる」
「ええ!? でもそれって大丈夫なんですか? その……安全性とか? どう考えても危険ですよね? メディアにバレたら速攻で叩かれるネタですよ」


 確かに雨乃森先輩の言うとおりだな。再び戻ってるって初めて……いや、ネットにはまことしやかに流れてた気はする。でも本当だったなんて。だってあんな事件が起こってまだ数ヶ月だ。犠牲者は一人も出なかったって報道でやってたけど、安全面が確立されるまではフルダイブは使用禁止に成ったはず。
 だからこそリーフィアだって回収されたんだ。まさかこの数カ月で安全面がクリアされたとか? そんな事あり得るだろうか? でも再びここにリーフィアはある。闇の業者でもない限り、これを再び送ってるのは政府の筈。


「というか、それならどうして会長がリーフィアを? LROはやってなかった筈では?」
「そうだね。言ったでしょ個人的な知り合いからちょちょいとね」


 ちょちょいと知り合いからこんなものをしかも複数頂けるとか、流石は会長だ。てかLROをやってたとかそうじゃないとか、よく副会長はしってるな。まあ自分なんかよりもずっと会長の傍にいるし、話す機会も多いだろうし、プライベートを把握してても不思議じゃないか。羨ましい。


「会長、もしかしなくても、新しい業務とはこのゲームに参加する事ですか?」
「流石副会長、察しがいいね。いい子いい子してあげよっか?」
「いえ……………………是非お願いします!!」


 副会長は会長のちょっとした冗談に全力で乗っかっていった。流石、副会長……自分達の目なんて気にしないと……凄い精神力だ。自分なら後からこっそりとお願いしてしまうだろう。


「だけど日鞠ちゃん、どうして私達がそのゲームに参加しなくちゃいけないの? 別に生徒会でやる必要は無いよね?」


 雨乃森先輩の意見も最もだ。わざわざ生徒会の業務にするような事じゃない。てか、学校とあんまり関係ないし……でもだからこそ、個人的な頼みって会長も言ってるんだろうけど。でもこういう事なら奴の方が適任……とは思いたくないけど、そうだろう。
 数ヶ月前の事件を解決したのは奴らしいし、馴れてない自分達に頼るよりは……


「そうだけど、でもそうじゃないっていうか。今回は組織的に最初から動けた方がいいみたいなんだよね。それにまあぶっちゃけ安全性の検証ってのもあるし、技術の発展の為でも有ります」
「私達はモルモットですか?」
「大丈夫、私もやるから」
「ダメです! そんな危険な代物、日鞠ちゃんはダメ。私達がやりますよ」


 皆がウンウンと頷く。誰しも彼女の為の犠牲なら厭わない覚悟だ。いや、まあ怖いけど、会長を失う訳には行かないからな。でも副会長をよしよししてた会長はちょっと引きつった様な顔で
こういった。


「でももう、私は実はアカウント作ってるんだよね。そこにあるのとは別にね」
「そうなの……じゃあそうなると私もやらないわけには行かないね」


 え? どうして? と皆が思ったはずだ。そして積極的な人達は自分こそが––と名乗りを上げ始める。リーフィアは五つくらいしかないから実質五人しか会長のサポートは出来ない。でもその五人に入れれば会長と密接に関われるとあれば皆乗り気の様。


「落ち着いて皆。このゲームに参加するには色々と規約に同意する必要もあるの。本当の安全はこれから確かめるしかないし、数ヶ月前と同じような事も起こらないとも限らない。それに自分の事をちゃんと優先してもらいたいから、今から言う条件をクリア出来る人だけに限ります」


 そう言って会長は細かい活動時間とかを発表してく。実際、リーフィアがあれば学校でやる必要はない筈だけど、基本的には学校内での使用に限るとか、放課後の数時間に確実に空いてる人材。塾や習い事、部活の生徒はそっち優先であること。
 まあガッツリと生徒会活動に参加してる生徒は部活動はやってないの多いけど、塾や習い事はそれなりに居る。自分もそうだし。でも今言われた曜日と時間なら重ならないか。これはチャンス? 都合の悪い生徒の中には悲鳴を上げる者も居るなかで自分にはまだ可能性がある。それで残った候補者は六人……流石今どきの高校生は皆何かしら忙しいようだ。でも六人ということは一人除外される訳で、こういう時の自分は空気的に真っ先にその対象。
 寧ろ、進んでそれを受け入れる側でもある。既にそんなオーラを感じるし……


「かっ、会長! 自分は全てを投げ出しても会長の傍に!!」
「だからそんなの許しません。それに君への負担も大きくなるんだから、こっち側の私を支えてよ」


 副会長はしつこく食い下がってたけど、今ので言いくるめられたようだ。確かに会長が向こう側に行ってる間のまとめ役として副会長はこっちにいる必要がある。てか、向こうでの会長の手足となるのは五人……それはつまり精鋭とかではなかろうか? 
 それに自分がなんてとんでも……やっぱりここは辞退した方が……


「それじゃあ五つの枠を掛けてここに居る六人でジャンケン大会といこうか? 勝った人から順次勝ち抜け方式だからね。一発で決まるかもしれないし、中々終わらないかも知れない。でも、恨みっこは無しだよ」


 雨乃森先輩がそう切り出すと皆気合を入れて円を作る。そこに自分も慌てて加わった。参加できない人達は周りで見守ってる。息を飲む僕達。雨乃森先輩と目が合うとウインクをされてしまった。もしかして自分の為にじゃんけんに?
 話し合いとかだと、真っ先に自分が除外候補にあがるのは分かり切ってるし、そうなったら自分はきっとそれを受け入れてしまうだろう。だから有無をいわさずジャンケンという運の勝負にすることで僕を対等な舞台に立たせてくれた?
 考えすぎかな。そこまで雨乃森先輩と関わり深いわけでもないし、雨乃森先輩は皆に優しいし、自分だけを贔屓するような事もきっとしないだろう。多分普通に公平に……ってことなんだろう。


「じゃあ、行くよ〜〜。最初はグー! ジャンケン––––」






 無気力な顔で学校とは違う違う天井を見つめる。長机が等間隔に並べられ、そこには様々な制服の学生達が集ってる。学校の様で学校とは似て非なる場所。そうここは自分が通ってる駅前の塾なんだ。ビルのワンフロアを間借りして開かれてる塾に両親から行かされてる。
 学校でも勉強して、塾でも勉強……ハッキリ行って会長が開いてくれる放課後授業の方が分かりやすいんだけどね。まあ会長は忙しい人だから毎回とは行かないけど……昼休みにだって空いてたら教室で皆の質問を受け付けたり、簡易な授業もやってくれるから、それでかなり理解は深まるんだけどね。
 それに会長のお陰で意識自体が変わったから、学校での勉強の意欲も高い。だから学校の全国平均も大幅アップしてる。だからわざわざ塾にまで通って勉強は……と思う。塾自体楽しくないし。最近は特に……自分は二つ前、右斜の席を見る。


(やっぱり今日も居ない)


 それなりに人も集まってきたのに、彼女は今日も居ない。少し前なら、あの席で友達と話してる姿をよく見かけてた。でも今は……そう思ってる内に、講師の人が入ってきて、今から意識の高い奴は既に受験を視野に入れて戦いを初めてる––とか何とか熱いことを語ってた。


 塾も終わり、帰り支度をしてると例の席に近寄る影が見えた。それは彼女の友達。これはもしかして事情を聞くチャンスじゃないか? と思ったけど、いやいやいや、自分にそんなスキル無い。見知らぬ女子に話しかけるとか、どんだけ友好的なやつだよ。無理無理。
 そう思ってると、女子が突如こちらを向いて何やらこそこそ。なんだ? そう思ってると、なんとこちら側によってきた!?


(どどどどどどど、どうする……)


 とか思ってたら、彼女達は自分の隣の奴に話しかけたようだった。あっ、だよね。ちょっと悲しく成ったけど、自分の現実はこんな物だと言い聞かせて席から離れようとした。でもその時ボソボソっと話す、男子の声が聞こえてきて足が止まる。


「彼女、学校にも来てないって言うか……」


 なに? 耳を疑ったよ。だって塾を休むのは別にそこまで特別な事じゃないだろう。でも学校を休むのは僕達高校生にとっては特別だ。毎日通うコミュニティだからね。学校に行くのは嫌々でも日常。その日常を崩す理由となると……この国で学校に行ってないって、結構大きい問題。
 塾変えとかの小さい事ではないって事に成ってしまった。学校まで休むとなると、イジメとか家庭の事情とか色々と考えられる。自分の中で深刻さが一気に増した。友達の女子は色々と心配気に事情を聞こうとしてるけど、その男子の方もそれ以上知ってる訳では無さそう。
 しかもなんとなくだけど、自分と同じ匂いがする気がする。女子に喋りかけられて肩を縮こませてるし、目を隠すような長い前髪は世界を見ないようにしてるみたい。それにそもそも、隣なのに、今まで気付かなかった影の薄さ……間違いなく同類だと思う。
 女子は「ありがとう」と行って帰ってく。そしてその男子もいそいそと部屋を出ようとする。そこに自分は思わず声を掛けてしまった。


「あ、あの!」
「……………何……ですか?」


 ビクンと跳ねた肩。そして振り向いても前髪に見えない目。そっちからは見えてるのだろうか? なんだか不思議な感覚。てか……どうしよう。男子も女子も見知らぬのに声を掛けるなんて大胆な事をなんで自分がああああああああ!? とテンパる。


「あああああ、あののののの、さっききききのははは話……じじじじじじじ自分にもくわしししししく……そそそそそそその……」


 もう上がり過ぎて何言ってるのか自分でもわからない。だけど向こうも同じに匂いを感じ取ってくれたのか、理解はしてくれたようだ。


「そっか、君も彼女の事……いいよ、落ち着ける所で話そうよ」


 なんだかさっきの女子に話しかけられてた時とは雰囲気が違う。やっぱり自分が男で同類だからだろうか? でもそれを含めてもなんだか不思議な雰囲気があるような……そう思ってると彼は背中を向けて歩き出す。
 それに自分は黙ってついていく。当然会話なんてない。



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