命改変プログラム

ファーストなサイコロ

暗転世界

 頭に流れる映像が消えていく。一体どの位あの映像を見てたのだろうか。長い時間じゃないだろう。だってずっとボーっとしてたら僕達はあの黒い存在にやられてる筈。それが起きてないって事は自分が感じてる感覚よりもずっと短い時間だったって事だろう。


「ノウイ……私が殺したってそういう……」


 そう呟いてる僕の肩に舞い降りてくるクー。自分のご主人が逝ってしまったからどこか寂し気に見える。そんなクーを僕は撫でるよ。


「バカねあの人も。別に全然あの人のせいじゃないじゃない。あのバカが戦場で油断しただけ。自業自得じゃない」


 バッサリと切ってるセラ。さ……流石にそれは可愛そうだぞ。もうちょっと思いやりがあってもいいと思う。そんな風に思ってたけど、良く見ると、セラの奴はその拳を握りしめて震わせてた。怒り……明確なそれが見て取れる。


「かはぁ〜、やはり食べ残しはいかんよなああああああ!! お前等全員、俺が余すこと無く食してやるよ!」


 黒い奴がそうやって吠えた瞬間、奴の眼球にベストなタイミングと寸分の狂いの無く投げ込まれた数十センチ代の針。流石の奴の体でも最も防御力が薄いと言える部分に正確無比な一撃。正確には二本を同時に投げ込んでるから二撃? ––が決まって断末魔の叫びがこの世界に響く。


「今よ! ぶっ飛ばしなさない!!」
「よっしゃああああああああああああああ!!」
「お、おう……やるじゃないか人間!」


 迷いなく進めるヒマワリと、一瞬の迷いの後に動き出す蘭。ホントヒマワリの奴は純粋と言うか、バカと言うか……いやバカなんだけど、なんか愛すべきバカだよな。姉妹の中で一番アイツ死に近いのが自分だって分かってないだろ。
 だからこそ進む足に、握る拳に迷いがない。その目が見据える先はいつだってまっすぐだ。地面に重心を乗せて、腰を捻りボディに叩き込まれるその拳の衝撃は奴の背を丸めさせて体を浮かせる程の物だった。
 相変わらずそのパワーはあの細腕のどこから出てるんだと思うほど。息を全て吐き出した黒い奴の背後に回る蘭はその刀を振るって幾本もの腕を切り落とした。


「やれシクラ!!」
「全く二人とも強引なんだから……でも悪くない☆」
 シクラの奴はその長い髪を無数に分けてすごい速さで奴の肉を抉る。まるで手術でもしてるかの様なメスさばきであっという間に背中側から穴を開けると、直接その穴に手を突っ込んだ。その瞬間、黒い稲妻の様な物が穴から迸った。


「ううっぐあああ! 返して貰う。今度こそ!」
「させるかああああああああああああああああああ!!」


 目に針が刺さったまま黒い奴は衝撃を周囲に向けて放った。それによってヒマワリや蘭は飛ばされる。けどシクラはしつこくへばりついてた。腕が黒くなりつつも力の限り法の書を引っ張ってる。だけど奴だってあれは命綱。何が何でも渡そうとはしない。
 奴の体全体が沸騰する様に赤みを帯びてそこら中がブクブクと沸き立ちだしてる。なにか来る––そう感じたシクラは声を荒らげた。


「ヒイちゃん!!」
「分かってる!」


 声に応じて天扇で仰ぐ柊。でも今の柊の攻撃程度じゃ……そう思ってたけど、どうやらやりようがあるようだ。確かに今の柊は非力な冷気位しか出せない。まさに初期のスキル状態だ。けどスキルは組み合わせることで通常よりも強力になったりする。
 ローレの起こす冷気を百合が小さな時間操作で括ってる。その中にどんどんと冷気を送り込んでく柊。そして一気にそれを開放させると、通常よりも激しくなった冷気が黒い奴に襲いかかる。それはなんとか奴を凍らせる事が出来てる。


(行けるか?)


 赤く沸騰してた皮膚が収まっていってる。このまま凍りづけにするとシクラも巻き込まれそうだけど……いや、アイツは背中側に居るから凍るとしても最後に成るか。奴の動きを封じてる内にシクラが法の書を引き抜くことが出来れば万々歳。


「スオウ、クリエも手伝ってくるよ!」


 そんな無茶を言い出すクリエ。確かに僕も思ったけどさ、それを先に言われるとは。やっぱりこういう状況では色々と考えない奴の方が決断が速いよな。単純だったりバカだったりしたほうがさ、行動に直結出来るんだろう。
 だけどクリエをこのまま生かせる訳にはいかない。僕はクリエを止めてこう言うよ。


「やめろ、僕が行く」


 引き抜くくらいの手助は出来るだろう。アイツはいい顔しないだろうけど、状況が状況だし、嫌々ながらも受け入れる筈。アイツはプライド高いけど、第一目標はセツリだ。セツリの為なら自分達の事なんか差し出せるのがあの姉妹。
 そんなシクラ達の守る対象であるセツリはと言うと地面にまだへばってた。けどそれは不自然、ヒマワリ達は吹き飛ばされたのに、彼女達よりも全然非力なセツリが未だに近くに居ることは何かあると思っていい。
 けど、それも奴から法の書を抜き取れれば解決する問題かも知れない。だから走れ。大切なのは奴を止めること。それでこの戦いの全ては……


(いや、それだけじゃまだ終わらないか)


 僕は地面に呆然と座り込むセツリを横目でチラリと一瞥して通り過ぎる。セツリはサクヤの消滅がよほどショックだったのか、僕の存在さえ気にかけない。だけどこちらは違う。特にクーはサクヤから託されてることがあるのかも知れない。
 だから僕の肩から飛び立ってセツリの方へ飛んで行く。取り敢えずセツリはクーに任せておこう。こっちは止まれない。


「あれ?」


 近づくとなんだか違和感に気付く。なんだか大きく成ってるような……そう思ってると、ズボッと足がぬかるみに嵌った。どうして……地面の存在が奴の黒い力に侵されてる? 表面は確かに凍ってるようだけど、奴の中は今も尚激って、そしてその力を染みだしてるとか?
 すると地面から気持ち悪い物が生えてくる。それは手に見えたり口に見えたり、足に見えたりもする。なんだか分からないけど、ヤバイのは分かる。直感が奴がなにか仕掛けて来ると伝えてくる。


「シクラ! 不味いぞ。速く引き抜け!!」
「五月蝿い! 言うは易く行うは難しなのよ!!」


 確かにそんな事はわかってる。けど、叫ばずには居られなかった。けどそれをきかっけにしてなのか、ギョロッとした目玉が一気に闇から開眼した。それは目を潰された奴が取った苦肉の策だったのかもしれないけど、今の僕達に取ってそのインパクトは絶大だった。
 一斉に注がれた視線に、僕もシクラも一瞬思考が止まった。僕達を見定めた瞳の後に、一斉に沸き立ってた口から響く不協和音。そして手や足達がその四肢を暴れだし始めた。


「ぐっ––はっ!?」
「っづ––あっ!!」


 体に打ち込まれる打撃の数々に僕達は吹き飛ばされる。そして更にそれは勢いを増していき、竜巻の様に巻き上がっていく。手を出せない状態。するとクーの叫びが耳に入ってくる。その方向を見るとセツリに黒い腕が巻き付いていってた。


「セツリ!」


 僕は激しい風の中手を伸ばす。竜巻の癖に巻き込む風じゃなく外に広がる様にふく風にこれ以上吹き飛ばされないようにするだけで限界。そもそも既に手を伸ばした程度じゃ届かない距離。それでも、助けたいって気持ちがそうさせた。
 だけどセツリの奴は僕を見ては目を伏せる。その瞳はもう全てに絶望してるかの様な目だった。奴の腕に抵抗の意思すら見せずに、取り込まれていく。


「おい!! お前はそうやって、大切な人達の意思を踏みにじって行く気か!?」


 僕のその言葉に一瞬肩がビクッとするセツリ。だけどそれだけだった。それだけで何か行動を起こすことはない。伸ばす手も無ければ、叫ぶ言葉も無いようだった。そしてそのままセツリは奴の魔の手に身を委ねる。


「セツリのバカアアアアアアアアアアア!!」


 そんなシクラの声が響くけど、きっとアイツには届いてないだろう。アイツはもう希望とかを持ってない。唯一の逃げ道だったLROの改変は止められ、更には飼い犬に手を噛まれて絶体絶命。リアルに戻る位なら、いっそこのまま……とかアイツなら思ってるだろう。下方向に関してはホントずんずん進む奴だからな。
 ちょっとは前向きに振れよ––とは思うけど、今のセツリにはそれが出来ないんだろう。ちょっと前はまだ前向きな所もあった気はするんだけど……リアルには戻らないと決めてからのセツリはこの中で作られる理想の世界にしか興味なかったんだろう。
 けどそれも無くなった今、アイツには逃げこむ場所も、寄りかかれる場所も無くなってしまった。希望はなく成り、アイツは今、絶望に包まれてるのかもしれない。だけどそれは……


(甘えだぞセツリ)


 アイツはまだ絶望するには速いだろ。まあアイツの願いを摘み取った僕が言うのもおかしいかもしれないけどさ、アイツにはまだ頑張ってくれる奴等が居る。愛してくれてる奴等がいるだろ。一人で勝手に絶望して、一人で勝手に未来を閉ざして……それはシクラ達に対する冒涜と言うか裏切りと言うか。
 セツリにとってはシクラ達はサクヤとかとは並んでないのだろうか。まあ付き合いの長さが違うから……とも考えられるけど、今頑張ってるのはシクラ達なんだよな。それなのに、セツリはそれを見てない。それはちょっと……可哀想というか、どうかと思う。


「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 風が爆散して現れた奴の姿は様変わりしてた。僕達と同程度のサイズだったはずなのに、今やその身長は見上げる程に大きい。足や腕は不透明で大きな胴体と頭が鎮座してるのが空中に浮いてるだけの様に見えるけど、奴の足も腕も多分あるんだろう。地面を踏む音もその振動も確かに世界を揺らしてる。
 頭に巨大な口だけが虚空の様に開いていて、そして胴体からは無数の目が世界を睨んでいる。まさに不気味……生物とは思えない見た目だな。そんな事を思ってると、奴はその穴が開いた頭で空を吸い込みだす。青く輝いてた晴天は一瞬にして何もない物へと変わり果てる。


「なっ……」


 そして一斉に周囲に響き渡るアラート音。まだまだ不安定な世界だ。このままじゃこのLROという世界そのものが崩壊しかねないぞ。あの黒い奴はそんな事微塵も考えてない様だけど……てか全てを壊す気なら、自分さえも犠牲にしていいと思ってるんだろう。
 だけどあの外見で意思は残ってるのだろうか? 破壊衝動の塊に成り下がった様にも見える。


 空からの灯りがなくなり、大地は闇に閉ざされる。誰がどこに居るかも分からない状態。だけどそんな中、プレイヤー達はその身から輝きを放ってた。どういう事だろうか? システムの手助け? 分からないけど、お互いの場所が分かる程度でもありがた––


「「ぐぬあああああああああああああああ!?」」
「「きゃあああああああああああああああ!!」」


 悲鳴と共に吹っ飛んでいく光達。何が起こったか分からない……けど何をされたのかは分かる。まさかこの光––


(僕達に目印でも付けたのか?)


 ––この暗闇の中でならさぞ見えやすいだろうしな。だけど奴が僕達を食う意味は今やあまり無いような……コードは初期化され、スキルは誰もが初期の物しか持ってないはず。奴の力へとはなりえない。奴が求めるのは寧ろシクラ達の筈。
 てか、セツリの奴は一体どうなったんだろうか? 食われてしまったのか?


(いや、あれは……)


 奴の無数の目玉の中心に微かに光る物が見える。プレイヤーが光ってるのだとしたら、あれはセツリの光の筈。まだアイツは食われてしまった訳じゃない。


(だけど……どうする? 数字は全然進まない。いや、寧ろ増えてるような……奴か。あの黒いのが暴れるせいで世界は崩壊に向かってる。そのせいで……)


 暗闇から入る衝撃。内蔵が口から吐出されるような嗚咽感と共に、僕は吹っ飛んだ。だけどそんな僕を受け止める幹の様な存在が居た。


「大丈夫ですか?」
「ラオウさん…無事だったんだ」
「ええ、私達は。吹き飛ばされたのは固まってたウンディーネ? とかの方達なんで」


 なるへそ。数が多いから光も強くてそっちに反応したのかもしれないな。それならまだアギト達も無事という事か……


「すみません!」
「へっ? ––むぎゃ!?」


 いきなり地面に叩き落とされた僕。その回りを独特のステップを踏んで蹴りを出し、拳を振るう彼女。まさか……


「敵の攻撃が見えるんですか?」


 この暗闇の中で? でも今のは明らかに僕を守った感じだったぞ。すると彼女は背中をむけたままこういった。


「奴は殺気を隠す気ないですからね。それに全てが初期になったのなら、物を言うのは経験ですよ」


 格好良い。背中で語るとはまさにこの事か。皆だって経験はあるだろうけど、ラオウさんの場合は命懸けのやりとりをリアルでずっとやってきた人だからな。システムの中で得た経験じゃなく、現実での経験は蓄積具合が違うんだろう。
 殺気で場所を読めるとか漫画だろ。


「まずい……」
「え?」
「下がってくださいスオウ!!」


 暗闇の向こうに何を見てるのか僕にはわからない。だけどその言葉に従って僕は急いで後方に走る。すると次の瞬間強烈な衝撃が地面を盛り上げて伝えてくる。足場が無くなった所に無数の土や岩が襲いかかってきた。体を打ちつけるその衝撃は結構キツイ。それに暗闇から追撃が来るとも限らない。
 僕達はこの暗闇の中で光ってるんだ。狙いを定める事も簡単な筈。奴もセツリ自体は光ってるけど、覆われてる分その光は弱く、少し距離をおくと見えなくなる……この状況じゃ確認する事は出来ない。
 恐怖……それがじわじわと体に蔓延してく気がする。いつやられるか……いつこの闇に自分達も飲まれるか分からないそれは……心を犯す恐怖その物。


「捕まってて」


 誰だ? 暗闇から伸びてきた手が僕の服を掴んでる。直ぐ傍に居るだろうにその姿は見えない。プレイヤーなら見えるはず……そうじゃないってことは……


「お前、レシアか?」
「そっ、取り敢えず大人しくててよね。こっちのでっかい人を持ってるのも疲れるんだから」


 確かに横にはラオウさんも……それにこいつが僕を掴んでからというもの、瓦礫の衝突が止んだ。確率変動––まだここまで効果があるのか。


「まあ不確定な物程操りやすいし。取り敢えず仲間の所まで送ってあげる」
「なんで……てか、何企んでる?」


 こいつが協力的とか怪しい。前にいっぱい食わされたし……


「別に、私は楽したいだけ。この状況じゃシクラ達だけじゃ足りないし、君達も居ないとダメかなってね」
「僕達もお前達も力は大幅に落ちてる。だけどあの化け物はどんどん強くなってる……どうする気だ?」


 僕の質問には無言のまま、勢いが落ち着いた所で無造作に放り投げられた。雑な扱いをしやがって。だけどそこには皆が居るようだった。


「スオウ〜」


 抱きついてきたのはクリエだ。こいつはまだまだ比較的自由に動けてる。テトラの奴はどうなったんだろうか? 縛られてたからあの場所から動けてないとすればすでに……


「テトラは無事だよ。私達を守ってくれたの」
「そうなのか?」
「あの邪神が力を使って膜を張ってくれてるわ。だから無闇な光も遮断してくれてる。全く、なんでアンタ達光ってるのよ」


 シクラの奴が面倒くさそうにそう言ってきた。光ってる理由なんてしるか。寧ろこっちが聞きたい位。


「五月蝿いわねこの女狐。アンタが生み出した存在何でしょ? どうにかしなさいよ。飼い犬に手を噛まれるなんて、笑い草もいい所だと思うけど?」
「まあ、なんて可愛らしいモブリだこと☆ ふふふ、今の私でもアンタを切り刻む事くらい簡単よ」
「やってみなさいよ」


 シクラとローレが無駄に睨み合ってる。そんな事やってる場合じゃないだろうに……すると二人をゴツンと叩くレシア。


「やめなさいシクラ。それにちっちゃいの」
「あ、あんたさっきまで寝てたくせによく言えるわね」
「何か策でもあるのレシア?」


 ここに居る全員の視線がレシアに集中する。そんな時、闇の向こうから激しい音が響いてきた。


「どうやらここに勘付いたようだな。幾らテトラが守ってると行っても、いつまでも保つものでもないだろう。どうするんだ!」


 アギトが激しい声を出す。やっぱり集まる視線の先はレシア。だけどそんなレシアは僕達の期待なんかなんのその、マイペースに欠伸なんてしてやがった。



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