命改変プログラム

ファーストなサイコロ

辿り着く者

 聖典一機一機にはそれほどの攻撃力が備わってる訳じゃない。一撃でモンスターを倒すとかは難しいのが分かってる。けど、その動きは群を抜いて縦横無尽。それによって敵を翻弄して倒すことは難しい攻撃で動きを止める。
 それでいいんだ。そうなれば後は攻撃力自慢のテトラや召喚獣達がトドメを刺してくれる。上手く聖典は囮と翻弄の役目を担ってるんだ。それに空にはウンディーネの軍も進軍してるしな。負担は確実に分散されてる。


「セラ……」
「アンタの為じゃない。私にとってアイリ様は大切だから来ただけ。か、勘違いしないでよね」


 こっちを見ずにそう語るセラ。別に自分のためだなんて自惚れてはいないさ。セラにとってアイリがどれだけ大切な存在かもしってるし、そっちを優先するのは普通だろ。僕なんかとよりも二人はずっと付き合い長いんだしな。当然だ。


「そんなことよりも、スオウあんたセラ・シルフィング無いんでしょ? それならさっさと結界の中に戻りなさいよ。戦えもしないのにちょこまかと戦場を動き回られると厄介なのよ」
「それは心配––」
「違う! 鬱陶しいだけ!」


 そんな力いっぱい否定しなくてもいいのに。確かに今の僕は邪魔だろうけどさ、目指すはやっぱり空中に鎮座するあの花の城な訳で、ノウイのミラージュコロイドがあればまだやりようは幾らかにある––様な気がする。


「花の城にいきたいんだ。そこにセツリは居る!」
「分かってるわよ。けど……アンタはその子をどうしたいのよ? 助ける気なの?」
「当然だろ」


 今更こいつは何を言ってるんだって思った。分かり切ってることだろ。それ意外に何があるんだよ。だけどセラは僕の当然に、当然の返しをして来たよ。


「だけど、向こうが戦闘を仕掛けて来たらどうするのよ。今のアンタじゃ簡単に殺されるわよ。それに既に沢山の人達を犠牲にしてることを忘れないで。この期に及んで説得が通用するなんて思ってないわよね?」
「……うぐ」


 確かにそう言われてみれば……セツリと戦闘? それは考えてなかったかも知れないや。だってアイツ自身で戦った事なんか……いや、一度だけあるな。ここLROじゃないけど、一度だけその姿を見たことはある。
 けどあり得るのか? いや、セラの言うとおりだな。後戻り出来ない状況なんだアイツだって。そもそもこの世界への権限ならセツリの奴が一番だろう。戦えない訳なんてない。下手すれば一番チートはアイツかもしれない。


「相変わらずおめでたい頭ね。女なんてアンタが夢見てる程、可愛い生き物じゃない。もっとしたたかで狡猾な生き物よ。セツリだっけ? その子だってもう覚悟決めてるでしょ。今のアンタが勇み足でいった所でまず間違いなく殺されるわ」


 くっそ、ハッキリ言って何も言えない。考えたくなくて考えなかった事だけど、セツリだって僕を殺すことは出来るんだ。ただそんな想像はしたくなかった。


「優しいなセラは……」
「はっ––––はぁ!? なんでそうなるのよ! 私はただアンタに嫌味を言ってるだけよ!」


 いきなり赤くなってあたふたしだすセラ。嫌味っていうか忠告だろ。誰も言ってくれなかった事を、セラは言ってくれる。言いづらいこと事もお構いなくさ。まあ普段はちょっと言い過ぎだろって感じもするけど、それって正面からぶつかってきてくれてるって事だろ。
 それはなかなか出来ない事だ。貧乏くじを引いてでも言えることは凄いんだ。優しいんだよ。けどセラはそうは思ってほしくないようだからな。取り敢えずこう言っとくか。


「まあ、セラがそうして欲しいのならそれでいいけどさ。折角レアな瞬間だったのに、後悔するなよ」
「それなら寧ろ後悔させなさいよ」
「何?」


 何言ってるんだこいつ? 後悔なんて普通はしたくない物の筈だろ。それをさせなさい––って、やっぱセラは変わってるな。


「私達もう出られないんでしょ? ここをどうにか乗り越えないと明日なんかこない。明日が来なかったら、今のを後悔する事なんか出来ないじゃない。だから明日を繋げて、いつか私に後悔させてみなさい」
「はっ……はは」


 全く、セラは大した玉を持ってるな。女の子だし玉自体は無いけど……肝っ玉ってことね。


「けど、明日の為にはやっぱりセツリの所まで行く必要はあるぞ。アイツと戦闘なんてしたくないけどさ、でもやっぱり迎えに行くのは僕だと思うんだ。僕じゃないといけないと思う」
「それはそうでしょうね」


 珍しくセラの奴が僕の意見に賛同した。なんかいつもより棘が引っ込んでる? まあありがたいと思っとこう。


「別に否定する事じゃないでしょ。セツリが待ってるのはアンタってのは疑いようがない。で、後何分なのよ。タイムリミットが来たらおしまい何でしょ?」
「それが……良くわからん」
「はぁ!? アンタバカなの? 死ぬの?」


 やっぱこいつキツイな。前言撤回。まあこれは言われて仕方ないと言えば仕方ないけどさ……でも僕にだって反論出来る余地はあるぞ。


「待て待て、お前は知らないかもしれないけど、大変だったんだよ。百合の時間操作を破るために、LROの時間はリアルと統合された。その関係で、タイムリミットもわからなくなったと言うか……」


 だって時間がリアルと一緒になったからさ……基本的にLROの方が進みが早い訳だから、多少は戻ったと思うんだけど、けどそこまでの変化は正直ない。数字的にはかなり違うんだけどな。太陽の高さだって変わってる。
 だけど影響は最小限にとどめたんだ。要は状況も戻るとかじゃなく今––というかその時とすりあわせた。だから一気にLROでの今の時間のその状況になってない。戻ってはない。この時間に成っても続いてる。
 でもだからこそ、分からない。そのまま残りの時間を引き継ぐのが普通だろうけど……どうなんだ? 多分あと三十分はあると……思う?


「世界により深くつながってる者に聞けば分かるでしょ。クリエとか、邪神とか」


 そう言ったのは孫ちゃんだ。まあ確かにそうだな。シクラ達が「後何分」を宣言してくれたら楽なんだけど……そこまで気を使う奴等じゃない。


「教えてあげようか? ふふ☆」


 背筋が凍る声。シクラの奴が吐息が僕の耳たぶを擽った。肩に置かれた手は、その瞬間まで感触まで分からなかった……


「お前!?」
「あの程度の戦力で何が出来るかな? 取り敢えず過度な期待は禁物だぞスオウ☆ それとタイムリミットは後十分くらいだよ」
「十分だと!?」


 いやいやいや、それはおかしいだろ。体感的にはまだ三十分か、二十分は残ってるはず。それが残り十分? 嫌だ信じれない。


「嘘つくな。そんな短い訳無いだろ」


 僕は心臓を鷲掴みにされてる様な気分だ。けど、その緊張感を悟られない様にいつもどおりの調子で声を出す。でも背中には冷や汗がびっちょり……


「信じるも信じないもスオウの勝手だけど、私が嘘言うメリットは何かな?」
「…………僕をおちょくって足掻くのを見るのが好きなんだろ?」
「あはははははは! 否定はでっきないぞ☆ スオウはゴキブリみたいだからね」


 誰がゴキブリだよ。さすがにソレはショックだぞ。ゴキブリ……って。グサッと来た。


「まあ後十分せいぜい足掻いて見せてよ。もう今日で終わりなんだからね☆ 楽しい時間は過ぎるのも早い。そういうことじゃないかな?」
「楽しいのはお前等だけだっての」


 ホントこっちは全く楽しくない。きつくて辛くて怖くて……でも逃げられないからな。やるしか無いからやってんだ。時間が早く流れる訳無いだろ。でもだからこそやっぱ十分はないよな。いつの間にそんなに進んだんだよ。絶対におかしい。


「そうはいっても、予定よりも早く進んだのはスオウのせいだよ。心当たりあるでしょ?」
「まさか……」


 今思い当たる節と言ったら一つしか無い。時間の統合……それによって時間が調整されたからな。まさかそれが原因か?


「ふふ☆ そのまさ––」


 シクラの声が急に途切れる。それと同時に、背中から感じてたプレッシャーも無くなる。緊張感が溶けた––と思ったら。


「––無粋ね。嫉妬かしらメイドさん? 今は私とスオウのコミュニケーションタイムなんだよ☆ 部外者には立ち入ってほしくないっていうか〜」
「嫉妬? 部外者? そんなのどうでもいいけど……やっぱりアンタ、私が一番嫌いなタイプの女よ。ただそれだけ。真っ先にぶっ潰したくなるのよ」
「まぁまぁなんて凶悪なメイドでしょう。ヤに成っちゃうよねスオウ☆」


 なんかシクラの奴は技と甘ったらしい喋りをしてるみたいだな。セラを煽る為に……てかこの二人怖いんだよ。僕を間に挟むな。チワワクラスで震えるぞ。


「ふん、そいつはドMだからこんなのどうってことないわよ」
「いや、誰がドMだよ。何回も言わせるな。僕はノーマルだ」


 ドMなんて思ってるのお前だけだから。僕は罵られれば罵られるほどに快感を簡易たりしてないからな。勘違いするなよ。


「そうそう、スオウは美少女に遊ばれる方がいいんだよね☆ 操り人形みたいに……」
「操ってるのはお前か?」
「ソレはどうだろうね? 私はどちらかと言うと煽ってるだけ☆ 楽しめるようにね。だからせっちゃんがそうかも。せっちゃんに操られて、スオウは今、ここにいる」
「それじゃあ、セツリは今でも深層心理のどこかではリアルに戻りたいって思ってるって事じゃないか? お前達と共に過ごす世界を創る……それが絶対の願いじゃない証明じゃないか」
「ちっちっち、分かってないな〜スオウは☆」


 何今の、めっちゃムカってきたぞ。何が「ちっちっち」だ。それにわかってないって何がだよ。だってそうなるだろ。セツリはリアルを見限ってこの仮想世界に引きこもる準備をしてる。だけど僕が生かされた事がセツリの意思なら、そこには可能性があるってことだ。
 僕が何をしようとしてるのか、アイツは知ってる。それでも僕を生かし続けたのなら、それは外へ向かう気持ちがほんの少しでもあるってことだろ。
 けどシクラの奴は無闇に僕に腕を絡めてきて言うよ。


「色んな気持ちを私達は否定しないよ。一本になんて完全には成らない。気持ちとはそう言うものでしょ☆ でもだからこそあの子には私達がいるの。私達がより幸せな方に導いて上げる。まだまだ一人で歩けないあの子には必要でしょ?」
「お前……それは誘導なんじゃ……」
「あの子は弱いから、そして私達はそんなあの娘事大好きだから、一緒に居れる優しい世界を創る。何も間違ってないと思うけどな☆」


 するとその時、「ペッ」とわざとらしく、聞こえた音。そしてベチャっと頬に当たるバッチイ何か。


「虫唾が走る慣れ合いね」
「うわ〜バッチィスオウ。唾かけられてやんの〜☆」


 そう言ってケラケラと笑うシクラ。てめぇのせいなんすけど……何避けてんだよ。食らっとけよ僕の為に。


「やだよそんなの。あんな女の唾なんてどんなウイルスあるかわかったものじゃないし☆ スオウの唾なら考えて上げてもいいけどね。これで最後に成るだろうし、キスでもしとく?」
「誰がするか」
「そう? 私の唇、すっごく柔らかいし、舌だって今なら入れて上げるのに」


 何いってんのこいつ? けどそう言われると間近にある唇をちょっとは意識してしまうよな。確かに艶ツヤとはしてるっぽい。
 いやそもそも、これだけの激戦でこいつ、傷ひとつないじゃん。この野郎、暗にそれをアピールしてるんじゃ……


「何が舌よ。そんな事してると、アンタ達の大切なその子が怒るわよ。スオウにご執心なんでしょ?」
「まあね。確かにセッちゃんはちょっと嫉妬深いかも☆ でも大丈夫、今日で忘れる事に成るんだし。未練だって自分で断つでしょ。なめないでよね家の子を」
「終わらせなんかしない。その甘ちゃんにはこれから現実って奴と向かいわせてやるわ。そうでしょスオウ」
「……そうだな」


 辛いだろうし、苦しいだろうけど、セツリをこのまま逃げ続けさせるわけには行かない。アイツはもう崖っぷちだ。そしてその崖から飛び降りようとしてる。もう既にそれを選択してるしな。棺桶はLROと言う仮想空間。
 ここで永遠の夢を見続ける気だ。ゾクッ––と再び感じた。乗っかってるシクラの奴の温度が少し下がったような……


「いいよ☆ どうせ残り十分。それで既存のLROは消え去る。新しい世界にプレイヤーの居場所はない。そうなるとどうしようもないよね。スオウ達がそれだけの時間でどれだけ足掻けるか見てあげる」
「お前達が考えるセツリの幸せって……いや、無駄か。セツリが心変わりしない限り、お前達は変わりはしない」
「その通り、流石よく分かってるじゃない☆」


 すると背中の感触が離れていくのがわかった。そしてそれを見計らったかのように聖典が攻撃を放つ。


「ノウイ! そいつから離れなさい!!」
「まあ万が一なんてないけど、それでも厄介で特別な物は消し特に限るよね☆」


 いつの間にかノウイの奴に絡みついてるシクラ。ミラージュコロイドを脅威と感じてたって事か。確かに特別なスキルだからな。それに今ここでノウイの奴を無くす訳には……


「皆、鏡から出るっす! 大丈夫、セツリ様がフォローしてくれるっすよ!」
「お前はどうするんだよ!」


 僕達は確かに聖典がフォローしてくれるだろう。けど、ノウイの方はあれだけ密着されてたら手のうちようがないぞ。


「いいんすよ自分は。何とか出来るっす」
「見た目と違って勇敢なのね☆ けど、存在が消えるその時まで言い続けられるかしら?」


 シクラの月色の髪が輝いて広がりだす。


「心配しないで。その力は私の中で生き続けるから。勝利という可能性を摘む材料に成ってくれるよ☆」
「早くでろっす!!


 叫ぶノウイの声に押される様に僕達は鏡から転げ出た。空中だったからすぐに体が落ちだす。けどすかさず数機の聖典が僕達を拾ってくれた。


「ノウイは!?」


 上を見るとそこにはノウイの姿はない。どうやら移動しだしたようだ。一体どこに? いやそもそも移動って……シクラを引き離すためには誰かの協力が必要だろうに、ミラージュコロイドの速度で移動されたら誰も手出しなんか出来ないぞ。


「一体どうする気なんだ?」


 そう思ってると、鐘の様な音がもっと高い空から響いた。何事かと誰もが空を見上げる。すると花の城の縁に立つ人影が見える。まさか……あれは……


「自分が世界の侵食を止めて見せるっす!!」


 ノウイ……間違いない。でもどうやって? シクラの奴も離れてるようだ。アイツに攻撃手段なんて無いはずなのにな。しかも確率は掌握されてる。偶然なんてあり得ない。そう思ってる見てるとムクッと近くで起き上がる人影が二つ。それはシクラ……とレシア? 


「そうか、ノウイの奴シクラを抱えたままレシアに突っ込んだんだ。レシアは僕達の確率を奪ってるけど、姉妹の……仲間の確率は奪っちゃいない。だから、ノウイは確率やトラップに邪魔されず、いや寧ろシクラの幸運に振られた確率に後押しされて花の城へとたどり着いた」


 やるなアイツ。だけど、無茶は……禁物だ。そこにはまだまだ敵が居る。ノウイは戦闘出来ないんだからな。だけどノウイは今の僕達にとって大きな希望になった。それに寧ろ逃げることなら一級品のノウイの方が下手に戦おうとするよりも今は有利かもしれない。


「僕達もアイツに任せっきりには出来ない。目指すぞ花の城」


 取り敢えずまずは折角来てくれた人達に贈る物を届けよう。

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