命改変プログラム

ファーストなサイコロ

支配の先へ

 流れこむローレの時の歯車。聞こえてくるこれは……ローレの鼓動? 薄っすらと見えるのは高い所から見下ろすような都心の街。その流れ……チッチッチッと刻まれる音はローレの中にまで届いてる。
 朝に目覚め、昼が輝き、夜の帳を記す。それは変わることのない世界の仕組み。崩れることのない……いや、僕達の様なちっぽけな人間にはどうすることも出来ない縛り。誰もが嘆き、誰もが諦め、だけど人が挑戦し続ける難題。時間という概念。それは逃れる事の出来ない運命だ。
 止めることを許されない針は常に動き続けて命を縮めていく。それは絶望なのか……それとも希望なのか……けど僕は思うんだ、人の可能性は有限の中にあると。


『スオウこのままじゃ!』
『ああ、わかってるさ』


 後ろからは大量のモンスター。左右からは蘭とシクラ。正面からはヒマワリで、少し離れた場所に百合。そして後方の空中に柊。迫る強敵を打ち倒す為にローレが選んだ方法は多分、自身の残りの全てを使っての攻撃。
 けど、それでこの姉妹が倒れる可能性は限りなく低い。全てを賭けてでも一人だけじゃ及ばない……それはもう散々実感してきたことなんだ。だから、このままローレに攻撃をさせるわけには行かない。けど、言って止まる奴でもない事も分かってる。
 それに他にどうする事も……ローレの時の秘密は分かった……だけどそれだけだ。でもこのまま犬死にさせる訳にはいかない。


「ごめんローレ」


 僕はそう呟き、回してた腕に隙間を開ける。その瞬間、ローレの動きが止まる。メノウが離れた時から、ローレは僕を介して時を保ってた。だから僕との接続が切れればこうなるのが自然。フィアは確かに超強力な召喚獣なんだろうけど、時を操る力はない。
 けど不幸中の幸いか、召喚獣達の動きが止まることはなかった。元々独立して動いてる奴等だしな。ローレもそれぞれの中に自分の時を適応させてたのかもしれない。まあそれでも、ローレがやられれば流石に召喚獣達も消えるだろうから、この一瞬が勝負だ。
 上手く出来るかなんて分からない。けど、百合もローレも出来てる。僕だって時を操れる一人だ。それなら、出来るはずなんだ。


「愚者の祭典のシステムリリース。一つが百合の新しい時、一つがローレのリアルの時、それなら僕が掴めるのは一つだけ。この世界のグチャグチャにされた時を僕が獲る!」


 ローレが止まったからヒマワリも直ぐに迫ってくる。三つの方向から迫る最強の姉妹。間に挟まれた弱い僕と、弱い時。だけどやりようはきっとまだある。だって僕は僕には三種の神器があるんだ。


『スオウ何する気ですか?』
『いいからリソースをこっちに割け。思考を拡大してLROの時、そのものを掴む』
『時を掴むって……確率は多分あの寝てる奴に抑えられてる。いい加減なやり方じゃ運良く上手くいくなんて事はあり得ないですよ』


 確かにそうだな。レシアの奴は何もしてないようで、居るだけでこっちの勝率を消し飛ばしてるようだ。ただでさえ、天地がひっくり返る位の勝率しかないのに、更にその確率さえも抑えられてるんだから質が悪い。


『それなら運に頼らずにやるだけだ。確率を確定させる……三種の神器を……アビスのペンを完璧に使いこなせれば、出来ないことはきっとない』


 次の瞬間、三方向から繰り出された攻撃が僕の視界を完全に奪う。けど、やられた訳じゃない。僕はまだ生きてる。周囲に回るいびつな数字の螺旋。その向こうで幾重にもズレた様に見える彼女達の姿。


「時限定理の分岐の最小数を統合。少しの間だけでいい、絶対数を押さえて一時だけ百合を上回る」
『今の刹那でこれを組むなんて……スオウあんた––』


 苦十の奴の声が微妙に震えてるように聞こえた。別にそこまで驚くこともないだろうに……そもそも僕だけの知識なんて殆ど無い。これは苦十が得た知識+インテグやらの外部要素のおかげ。僕は少しだけ、自分の思考を加速させただけ。
 後は繋いだけだ。風を掴むように、思考と知識の波に飛び込んで。けどそれは本当に自分だったのか……誰かの言葉に……思考に導かれたような気もする。


(まあだけど……)


 今はそれを深く考えてる暇はない。上回った時は僅かだ。取り敢えずシクラに楔を一つ、そして止まってしまったローレを掴み、引き寄せる。


「でええええやああああああああああああああああああ!!」


 一番うるさく聞こえるヒマワリの声。三つの力がぶつかって弾け飛ぶ周囲。


「やったか?」
「蘭姉、それやってないフラグだよ☆」
「そうだが、だが奴に何が出来る? 確率はレシアが握ってる。奇跡は微笑まない。どう転んでも勝てる要素などないんだ。我等の力で蹂躙できる」
「う〜ん、僕は難しいことはわかんないけど、スオウはもっとワクワクさせてくれるって思うな〜。イヒヒ」
「ワクワクなど言ってる場合か。我等の役目は既に最終局面だ。ここでの在り方で、我等の生み出された意味を成し遂げれると言うもの。セツリ様の願いを叶えられなかったら、我等の価値など無きに等しいんだぞ」
「う〜ん、別にヒマ的には楽しければいいけどな〜」
「ヒマ! だから貴様には常々意識が足りないと––」
「ふふ、ヒマらしくていいじゃない蘭姉☆ そもそもあんまり考えることには向いてない子なんだしね」
「––それはそうだが、責任というのはだな、心に負うことで自覚が目覚める物だ」
「むう……僕なんかバカにされてない?」
「「いつもの事だ。気にするな」」


 蘭とシクラの声がハモってキッパリと言い放つ。それに不満を唱え様にヒマワリの奴は頬をふくらませてる。そんなちょっとしたほのぼのな雰囲気に。まるで僕の事なんか忘れてる……いや、既に終わったかの様な雰囲気。
 まあきっとそうじゃなく、あんま脅威と思われてないってのが正しいか。一応会話には出てたしな。でも変な意識のされ方はされてるよな。単純な力じゃ絶対に敵わない訳だけど、それで見られてるわけじゃない。
 だから逆に考えれば、そう言う他の部分に勝機があるとも言える。けど、充分使って来たとは思うんだけどな。そんな事を思って見てると、不意にシクラの奴と目が合った気がした。
 埃が舞い上がったこの中で、何も見えないはずのこの中で、バッチリと僕の方をシクラは見てる?


「ねえ、スオウもそう思うよね☆」


 背筋が凍るような寒気が襲ってきた。僕‘達’は土埃の中から一気に飛び出て光を放つ。


「ぶっとべ!!」


 そんな言葉を言い放ち、ローレが放った無数の光がヒマワリを襲う。


「ちょおおお!? なんで僕だけ!!」
「ホント、私達を無視するなんてスオウのイケず☆ ってあれ?」
「これはなんだ……」


 蘭とシクラ二人の姿がブレ始めてる。存在が掠れてるというか、そんな感じだ。やっぱり思った通り。


「ごめんなさい〜二人共〜。どうやら彼にはバレちゃったみたい〜」
「姉様、それは一体……」


 あれだけ光を放ったのに、普通にしてる三人。ヒマワリに集中砲火したといっても……ってそもそも今のローレの攻撃の特性上、周囲に影響は無いんだっけ? 少し位吹き飛んでくれてもいいだろうにって思うんだけどな。まあしょうがないか。
 僕達は地面降りて距離を取る。


「ローレ、これから『時』を取り戻す。お前のその力の源、世界の力の潮流にアクセスする権利を貸してくれないか?」
「取り戻せるんならなんだっていいわ。それよりもよくもまあ……いいわ、さっさとやりなさい」
「助かる」


 口頭は得た。法の書とアビスのペンを使って権限が僕にも流れてくる。あっ、そうだ。


「ちなみにコレの後はもう時間操作は使えないからな。狂わない時に、合わせる」
「上等、同じ条件なら負ける気がしないわね」


 どんだけ強気なんだよ。でも百合の強さの八割はその絶対的な時間操作。それならまあ時間操作を封じれれば召喚獣を要するローレなら、素でいけるかも。


「貴方達は〜時間的に一致してないから〜多分調整されちゃったのかも。けど〜世界全体なんてさせないわ〜」
「それはいっ––」
「そういうことなら仕方ないかな☆ ここの自分がうまくやってくれるでしょ」


 蘭とシクラの姿が消えていく。それを見てローレの奴が言った。


「消え……た?」
「あれはこの時間の二人じゃない。別の時間の二人を持ってきてたんだ」
「そんな事ま––まあ私もできるけど」 


 変な所で張り合おうとするローレ。ホント負けず嫌いだな。けど、ローレの場合はプライドだけを優先してる奴でもない。色々と使い分けが出来るやつだ。


「で、どうやって時を取り戻す気なのよ?」
「それは、お前が連れてきた時を使う。LROの元の時じゃ、法の書を持つ……システムの外側に居るあいつ等なら狂わせる事は簡単だからな。だから絶対に狂わない時間を持ち出すのが正解だろ」
「要は私の冴えたアイデアのパクリってわけね」


 そう言われるとなんか癪だな。けど、まあ間違っちゃ居ない。ローレの奴が持ってきてくれたお陰で思いついたのは確かだし、それにどの道僕だけじゃ成し得ない事だ。精々気分よく協力させた方が得策。
 とにかく後は準備が必要。しかもなるべく多くのプレイヤーがいい。けど、どの道今ここに居るプレイヤーは数人。その時を持ってくるしかない。僕はチラリと皆の位置を確認する。シルクちゃん達は止まったまま。けど、固まってくれてるだけありがたい。


(あれは!)


 不味い。シルクちゃん達の所にも悪魔の影が迫ってる。世界の時が止まった半分の範囲……そこは反抗しようがない場所。敵の蹂躙する世界。召喚獣達は姉妹の相手で手一杯だし、アギトとアイリじゃどう考えても人出が足りない。


「あれ〜!? シクラと蘭姉は? どこ? って、向こうにも居る!? あれ〜!?」


 今更そんな事を言ってるのはバカなヒマワリだ。まさか気づいてなかったとは。前しか見てないやつだし、しょうがないか。


「ヒ〜マ、余計な事を考える必要なんてないよ〜。ほら、ヒーちゃんからの贈り物が届くよ」
「ぎゃああああああああああああ!?」


 ヒマワリの叫びが轟いた。無理もない、僕達も叫びそうに成ったよ。だっていきなり空からヒマワリの四方に四本の氷が降ってきたんだ。四本の氷は太く長く天を突いてる。しかも何か普通の氷とは……ただの氷じゃないような……何がそう思わせるのか、それは色。
 いや輝きと言うべきなのか、それぞれ光を受けて輝く色が違う。


「もう〜ヒーちゃんも合図くらいしてくれればいいのに。まっ、けど––」


 そう呟いてニタッと笑うヒマワリは軽やかに一歩その場で垂直に飛ぶと、勢い良くそのカモシカの様な脚を鋭く振るった。すると一斉に氷が砕け散る。脚は届いてないように見えたんだけどな。風圧か?
 そんな事を思ってると、キラキラと煌く氷の破片がヒマワリへと集って行く。ヒマワリを隠すほどに積もった欠片。その中心から眩しいほどの光が放たれると、氷は溶けるように姿を消した。そして一気に飛び出してくる何か……いやヒマワリしかないか!


「受け取ったよヒーちゃん!!」


 そう叫ぶヒマワリの姿はそんなに変わってない。目に見える部分で変わってるのはヒマワリの髪に銀の髪飾りが増えてるくらい? 


「アイツ走って無くない?」
「何?」


 確かに言われてみれば走ってるというか滑ってる様な……脚……そこに防具が増えてるのか。しかも地面を凍らせて高速移動してるようだ。


「くっ!」


 弾ける光の連弾。けどそれを上手くすり抜けてヒマワリが迫る。避けれないタイミング。ローレは受け止める気か、前方に杖を出した。


「ローレ!」
「何––ってちょ!? どこ触ってんのよ!!」


 僕は突如ローレの奴を抱きかかえた。腰に手を回してヒョイッとね。暴れるローレに僕は耳打ちする。


「暴れるな。取り敢えず最小の力で受け止めてくれ。後はふっ飛べばいいから」
「何をする気よ?」
「説明してるヒマなんて無い様だぞ––前!!」
「っつ!!」


 ローレを抱えて移動したってのに、速攻で追い付いて来やがった。振りかぶられる黄金の拳。ローレの杖の正面に展開されてた障壁とぶつかって爆発級の衝撃が周囲に拡散される。


(ミスった。ローレに負担を掛けさせてしまった)


 そんなに長く保たないローレの最強モードだろうからな。無駄になんて出来ないのに、ヒマワリの攻撃を完全に受け止めさせたのは失敗だ。受け止められる事自体凄いわけだけど、やっぱりそれは攻撃方面に使いたい。
 ヒマワリの奴は逆の拳を強く握る。もう一撃来る。今度こそ失敗は出来ない。


「ローレ、一瞬でいいんだ、僕の合図と共に後ろへ障壁を弾けさせろ」


 小声だったから正直聞こえたか分からない。けど、それを確認する暇もなくヒマワリの奴が第二撃を叩き込む。空気を切る音を置き去りにして進む拳は、僕の目にもなんとか捕らえれる程度。


「今だ!!」


 僕は叫んだ。今度は衝撃を受け止めた圧力はなく、後方に一気に吹き飛んだ。スッゲー勢いだけど、それはほぼヒマワリの攻撃のエネルギーを持ってこれたって事だ––


「ブッ、ボッ、ベアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 地面に一度・二度リバウンド……そして瓦礫でいっぱいの地面をなが~く滑る。


「何遊んでるんだスオウ!」
「これが遊んでるように見えるのかよ!!」


 アギトの奴の言葉に勢いでそう返した。全く酷いことを言うやつだ。囲まれてたお前達の元に来るためにも今の勢いが必要だったんだよ。位置を微妙に移動したのも、吹き飛ばされる方向調整だ。


「ローレ、無事か?」
「あんた、私を庇ったの?」
「お前には世話になってるしな」


 この位の痛みは僕が引き受けるべきだろ。どうせ地面を滑った程度じゃ、死なないしな。まあいつもみたいに余裕綽々な感じはもうローレに無いけど、泥まみれってのはこいつには合わないしな。高貴な奴だ。生まれとか、地位とかそういうのじゃなく、志がって事。ただ僕が汚したくなかった。だから気にするな。


「お二人共ご無事で何よりです。それで……ここからの逆転方法はありませんか? 私的にはローレ様が使っておられるバランス崩しの制約の排除方なんかを教えて頂ければ、もう少し善戦出来ると思うのですけど……」


 確かに、ローレは自国の範囲外でバランス崩しを使ってるからな。けど制約が共通してる訳では実はないんじゃ……ローレは元々自分のはそれが緩いと言ってたし。まあ自国領で最大の力を発揮するのはどれも一緒なんだろうけどな。
 カーテナの力を使える様に成れば、確かにかなりの戦力だ。雑魚なら一掃できるだろう。出来る事ならそんな方法があるのなら教えて欲しい所だけど……今はそれよりも重要な事がある。


「ごめんアイリ。それよりも大切なことがある。カーテナも重要だけど、けど今は一騎当千よりも純粋な千の戦力が欲しい。その為にも、これから時を取り戻す」
「時を?」
「この変な状態を何とかするって事か。確かにそれは必要だな。時を牛耳られるほど、厄介なことはない。けど……どうする?」


 アギトが周囲を警戒しつつこっちをチラリとみる。僕もアギトを見つつ周囲を警戒する。いきなり吹っ飛んできたからか、様子見をしてるモンスター共。だけどその数はどんどん増えてるわけで、増えてるって事はそこら中の人達が食われてるって事に……シルクちゃん達だってこのままじゃそうなる。
 意識も出来ず、このLROに沈んでくことになってしまう。NPCだからいいとか、プレイヤーだからダメだとかじゃない。このままになんかしておけない。


「それは––」
「逃さないぞおおおおおおおおお!!」


 そう言いながら迫ってくるヒマワリの姿は見えない。周りをモンスター共が囲ってるせいで小さなヒマワリ自体の姿は見えないんだ……けど「ブッホブッホ」と仰向けに迫ってくる悪魔の姿は見えてた。多分だけど、あれはヒマワリの奴が抱えてる?
 そう思ってると、いきなりその悪魔が投げられて僕達に影を落とす。一斉に周りの雑魚が慌ただしく動き出した。それはそうだろう、このままじゃ僕達共々ぺしゃんこだ。流石にそんなのはいやらしい。


「くっそ、なんてもの投げてきやがるんだ!! アイリ! ローレ!」


 二人に声を掛けるアギト。けどその行動を僕は止める。


「待てアギト、これはチャンスだ。周囲の奴等の気が散ってる。この隙に一点突破を掛けるぞ。狙いはシルクちゃん達の方向だ。やれるか?」
「お前がそう言うならやるしか無いだろ」
「私の後に付いてきなさい!!」


 ローレの奴がその羽根を羽ばたかせて僕ごと一気に進みだす。それと同時に光を前方のモンスター共に向けて放つ。音もなく敵を消滅させる光。僕達は混乱するモンスター達の中を一気に抜けた。一回大きな音と風圧が後方からしたのは悪魔が地面に落ちたからだろう。
 野太い声の叫びが聞こえたりもしてるけど、振り返りはしない、僕達は真っ直ぐにシルクちゃん達を目指す。
 けどそこには既に雑魚やら悪魔も二体……


「私があのデカイのを吹き飛ばす。アイリとアンタは周囲の雑魚を一掃しなさい!」
「了解です! 行きますよアギト!」
「ローレの奴に偉そうにされるのはムカつくが、了解だ!!」


 僕達を追い抜いて二人が前に出る。アギトの奴は力強く、そして強引に、そのスキルを活かして一気に数体のモンスター共を薙ぎ払ってく。それに対してアイリは軽やかにステップを踏んで、無駄なく一体一体を高速技法で正確に潰していく。
 雑魚は問題無さそうだ。問題は……


「ローレ! 悪魔がメイスを掲げてるぞ!」


 無防備な状態であんなの食らったら一溜まりもないぞ。特に天道さんやラオウさんは装備だって貧弱だ。寧ろ天道さんには装備がほぼ無いと言っても過言じゃない。だって普通の服に、リアルのまま、そのままなんだからな。確実殺られる。


「させない!」


 杖の天辺に出現する光。だけどそれがポスンと貧弱な音を立てて消えた。


「ちょっ、どういうことよフィア!?」
『使いすぎです〜。砲撃は後一回と見てください〜。それじゃあ駄目でしょう? だから中止しましたのです〜』
「後一回……」


 確かにそれは厳しい。後一回って……悪魔は二体そこに居るんだぞ。貫通させればどうにかなるだろうけど、結局この状態じゃなくなる。それはこれからを考えると不味い。


「スオウ、三種の神器である程度のシステム介入出来るんでしょ? それならあのデカイの消滅させるとかしなさいよ」
「出来るならな。けど、システムに深くリンクできる様になったとはいえ、ああいうのを掌握してるのはシクラ側なんだよ。介入するにも触れなくちゃ。そうすればコードを弄るくらいは出来るだろうけどな」
「それなら……私のコードを弄りなさい。触れてるんだから出来るでしょう」


 そう来たか。確かにローレには触れっぱなしだ。コードを弄るくらいは出来る。けど、プレイヤーってどうなんだ? てかそれが出来るのなら自分にやりたいくらいだ。どうして今までやらなかったのか……


『プレイヤーデータの改竄は止めたほうがいいかと思いますです。純粋にシステム部分だけをいじれるのならまだしも、コードと言うのは案外繊細な物です。言うなればDNAの様な物。私達の様に根本がシステムなら、書き換えたものをそういう事に出来ますけど、プレイヤーは違う。システムとは別に統括してる物が有ります。
 脳というシステムが。それへの影響が懸念されますよ〜』
「じゃあどうしろって––きゃ!?」


 飛び回るハエを鬱陶しいと思ったのか、悪魔の奴がこっちにメイスを向けてきた。なんとか避けたし、これで数秒は時間を稼げたか。


『しょうがないかなぁ? じゃあスオウ、私のコードを弄ってください。男の人にこんな恥ずかしい事を言うなんてもー! なんだか超恥ずかしいーー!!』


 なんか一人でフィアがじたばたしてるのが声だけでわかる。取り敢えずこのテンションは放って置いて聞くよ。


「何か出来るのか?」
『私達召喚獣にはリミッター制限が掛かってるんです。本来なら術者の成長に合わせて、試練を与えて開放していくんですけど、この場合はしょうがないかな。消えたくないし。それに三種の神器ならそれを出来る権利も与えられてる……みたいないものかも。君に出来ればだけどね』


 最後なんで煽られたんだ僕? けど迷ってる暇なんてない! 僕は腰に回してた片腕を背中に置き集中する。だけどその視界に入った眼下の姿に声を荒げた。


「おい! 離れすぎだ! 悪魔たちの攻撃対象がシルクちゃん達に戻ってるぞ!!」
「つっ! 安全圏を取り過ぎた!」


 そう言ってローレは特攻する。勿論僕も必死にしがみついてる。けどどうする気だ? 攻撃は出来ないんだろ? 悪魔二体のメイスが時の止まったシルクちゃん達の頭上に迫ってる間に合うのか? 
 その時、羽ばたく風を感じて僕は叫ぶ。


「もう一段階加速させる! 絶対に皆を助けろよ!!」
「私を––––誰だと思ってるのよ!!」


 その言葉はどんな言葉よりも頼もしい気がした。ちっちゃいんだけどな……ちっちゃいんだけど、大きく感じるやつだ。僕は羽が起こす風を掴んで、その勢いを更に増幅させる。加速が付いた僕達は一直線に攻撃の中心に飛び込んだ。物凄い勢いで飛び込んだからそれなりの衝撃に備えてたんだけど、それはどうやら無用だった様だ。
 ローレは器用に勢いを殺してシルクちゃん達の真上でその杖を掲げて居た。こいつはやっぱり中々凄いな。勢いを殺すって付けるよりも難しい物の筈だけど、まるで羽毛の様に優しく止まりやがった。


「力は大丈夫なのか?」
「放っちゃいけないんでしょ? それなら留めて使うだけよ」


 なるほど、杖に光をまとわせてそれで受け止めてるのか。それでも多少は減り続けてるんだろうけど、積極的に放出するよりはずっとエコの筈だ。だけど悪魔二体のメイスを受け止めてるわけだからな。長くは持ちそうにない。
 早くフィアのリミッター解除を……それにここならもうシルクちゃん達も開放できる筈。後は……


「アギト! アイリ! 二人もこっちに!!」


 僕の言葉を受けて、二人は互いに進路の邪魔な敵を打ち倒しながらこちらに来てくれた。


「丁度良い。スオウもこの距離だし、メノウは返して貰うわよ」


 その瞬間悪魔二体の攻撃位置が変わって互いの顔面を打ち合って倒れた。おいおい、この一瞬で何やらかしたこいつ。ホント怖ろしいな。頼もしくもあるけど……


「さっさと始めなさい。またあのバカが来るわよ!」


 ローレの視線の先を見ると、大量のモンスター共が大小問わずに空中に浮いてる。そしてそのモンスター共をこっちに打ち払って来やがった。なんて雑な扱い。アイツ等に取ってモンスター共はただの駒か。
 結構適当に蹴ってるのか、微妙に軌道がズレてる。けどいつぶち当たるかわからないからな。僕はアギトとローレを繋ぎ、アギトはアイリ、アイリからシルクちゃんと繋げて貰う。


「あれ? 私は……」
「説明してる暇はない。シルクちゃんはテッケンさんと手を」


 色々と混乱してるだろうけど、時間がないんだ。僕達の切羽詰まり感を感じ取ったのか、シルクちゃんはテッケンさんの手を握り、彼の時間が動き出す。同じような事を後二回ほど繰り返して最後に天道さんを起こした。


「これで大丈夫なんでしょうね? 早くやりなさい」


 ローレの奴とは厳密には手を繋いでないから、ヒマワリ達の方向を見据えて当たる軌道のモンスターを弾いてくれてる。けどそれもいつまでも保たないよな。軌道が合ってきてローレの負担は増えてるようだし、リミッターも早く解除しないと。やることがどんどん積もり積もってく。
 けど、焦っちゃ駄目だ。冷静に、落ち着いてやるべきことを全てやる。


「皆の時を僕に開放してくれ!」
「なんだか良くわからないですけど、私達は皆スオウくんを信じてます!!」


 シルクちゃんのその言葉に皆が頷いてくれる。それぞれの足元に陣が現れる。そしてそれを全部包む程の大きな陣。ヒマワリの奴が接近戦を仕掛けて来なかったのは有りがたかったかもしれない。アイツが近くにいたら、こんな風に止まっとく事なんか出来なかっただろうからな。
 頭の中に知らない風景が沢山見える。皆の時間を感じる事が出来る。やれる……きっとやれる。リアルの『時』をLROの『時』に乗っける。絶対に狂わない時間をこの世界にもたらす。それはシステムが刻むものじゃない。僕達の世界が悠久に続く流れ。
 支配権は……誰にもない。


『世界樹とのリンクオン! 巫女の権限を得てそれを可能に……世界樹の流れこそこのLROの流れ。だからそれとリンクしてこの世界全てにリアルの時を合わせる』


 空に見える力の流れ。そこに向かって陣から伸びる、細長い無数の糸。だけど……絡めない。何度やっても、上手く構築できない。世界樹とリンクはされてるはず。なのに……どうして。まるで世界が拒否してるような……逃れてく様な……何かを伝えきれてなくて、何かを受け取ってないのかも。
 偶然も奇跡も確率を支配されてる限り起き得ない。僕がこれを成功させるには確定が必要だ。だからこそ足りないものがきっとある。だけどそれは一体……その時すぐ近くにモンスターが詰まった氷柱がぶっ刺さった。更に近くにもう一つ。
 瓦礫や衝撃がこっちにまで……けど動けない。「失敗」という二文字がちらついて、けどそれを認めるわけにも行かなくて、必死に思考を巡らせる僕にはその音は聞こえてなかったんだ。だけどふと、ローレの声が聞こえた。


「はぁはぁ……情けない面してるんじゃないわよ……聞きなさい。私がやれと、言えばやるの……やれるのよ。出来ないことなんか言わないわ。だから……頑張りなさい」


 手から布が擦れて行く。顔を上げた次の瞬間、頬に当たる赤い雫。ローレから……光が消えてく。目の前には巨大な氷柱の先端を体で受け止めた小さな少女の姿があった。



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