命改変プログラム

ファーストなサイコロ

命の天秤

「おい苦十! 一体どうなってる? 俺達はまだ行けないのか?」
『待ってください。そんな簡単じゃない事くらい、見てるんだから分かるでしょ? ギャーギャー騒いだ所で何も出来ないんだから黙っててくださいよ』
「何も出来ないから……騒ぎたくも成る。早く……早くと……」
『それじゃあ聴きますけど、今の今まで安全地帯でこれまでの戦闘を見てきた皆さんは、怖気づいて無いですか?』
「––––っ!?」


 思わず唇の端を噛んで僅かだけど重心が後ろに寄った。そして周囲を見渡すと、誰もが苦い顔をしたり、俯いたりヒソヒソと何かをささやいたりしてる。目を輝かせて武者震いしてるのはせいぜいラオウさん位の物だ。
 メカブとか完全に引いてるし……まあ引いてると言うか、青ざめてるというか……あれは駄目かも知れない。俺達はスオウの奴が眠ってる部屋でデカイモニター越しに映像を見てる。それぞれの部屋でも同じようにこの場に居る全員がその映像を見てるんだ。
 透明な壁の仕切りだから別の部屋の反応もよく見える。誰もが手に汗握ってるのが分かる。だけどただ単純にワクワクしてるとか……そんなの人は多分居ない。少し前は盛り上がったりもしてたけど……そんな瞬間は直ぐに過ぎ去ってしまった。
 だってどれだけ絶望的な状況なのか、それをたぶん俺達は現場にいるスオウよりも理解してる。複数あるモニターの内メインのデカイのは苦十の視界越し––というか、今スオウには視点が二つある感じで、二つ目の苦十の見れる筈の映像を受け取ってる。それは視界越しというか、繋がった頭の別視点って感じで、なんというか苦十の思いの目とでも言うのか、そんな映像だからスオウとその周囲が見える感じだ。不思議だけどそうなんだ。便利ではある。そしてそれ以外はブリームスの別の場所を映してる。
 そこには大量のモンスターがウジャウジャと居るんだ。というか全景視点になるともっとヤバイ。ブリームス以外の地はもう既にモンスターに埋め尽くされたんじゃないかと言うほどだ。だからここの人達が絶望を感じたって無理は無いんだ。


『無理も無いですよ。知ることはある意味残酷ですし。それは恥なんかじゃない。見捨ててもきっとスオウは皆さんを恨んだりはしないでしょう。誰しもがこの状況を鑑みて上手くいくなど……語りはしないでしょうし』
「はは、確かにそうですねぇ」


 軽く声を上げたのはこの場でやけに浮くピッシリとしたスーツに身を包んで信用成らない細目顔の東雲さんだ。なんかこの人だけ、もっと別の場所から見てるような……そんな感じを受ける。言うなれば、別に関係ないみたいな。
 ここにも仕事上仕方なく付き合ってるだけのような……どことなくドライなんだよな。まあこの人はLROやフルダイブの技術に関心があるわけでもないし、スオウや被害者に関係ある訳でもないから、こういう物なのかも知れないな。必死なこっちからしたらムカつくけどな。
 そんな東雲さんは素直な感想を言うようにこう呟く。


「いや〜それにしてもですねぇ。彼も良く生きてますね。とっくに死んでてもおかしくない。まさにゴキブリ並の生命力と言うやつですか」
「あんたな!!」


 俺は思わず胸ぐら掴もうかと思って吠えたけど、それは間に入ったラオウさんに止められた。武者震いしてた割には案外冷静だ。てかこの人だけかも知れない……今この状況で諦めムードを漂わせてないのは。


「別に侮蔑した訳ではないですよ。素直に驚いてるんです。ここまで生き残る事が出来た……それも彼の可能性が成せる技なのでしょうかね?」
『さあ、けど改めさせる力がスオウにはあると思いますよ。確かに敵側の強さの限界は見えない。どこまでいったって戦況が覆る事はないかも知れない。けど私は今ゾクゾクしてます。スオウの可能性の限界は、どうやら私なんかじゃ計れない程のようですから』
「それはそれは結構な事ですね。若者には無限の可能性がある。おじさんには眩しく見えるわけです。ですが今の戦況ではそれに賭けるにはいささか無謀すぎませんかね?」


 そんな事をまたもさらっと言いやがる東雲さん。この細目……セロハンテープでその目開かせてやろうか! 俺やラオウさんは睨む様な視線を向ける。他の皆はそれぞれだけど、その視線を気にする事無く彼はこう続ける。


「いやほら、なんですか……無理ゲー……でしょ?」


 モニターを指さしてなんとか絞り出した言葉を使ったかの様な東雲さん。そのモニターにはウジャウジャと……ウジャウジャと……ウジャウジャとモンスターが映ってる。無理ゲーか……確かに既にLROにバランスなんて物はない。ブリームスに進行してるモンスターの数は異常だ。ゲームのオープニングとかでよく見る太古の昔大きな大戦があって……の規模の軍勢。
 けどそれに何とか耐え忍んでるブリームスの人々は凄いけどな。錬金術の凄さがわかる。けど音声までは来てない。場違いなBGMが流れてる程度。スオウ視点以外は元々公式で配信してたストリームの応用だからな。
 それぞれの街やエリアの様子を映しだしてたそれをブリームスに集中させた訳だ。運営の人達の管理者権限は剥奪されたけど、苦十の奴と法の書でこの程度は取り返せた。状況を知らずに飛び込むよりは知ってて飛び込む方がいいって事でな。
 けど……これはどうなんだろうか……知らないほうが、いややっぱり見なかった方が良いなんて思えない。俺達が目を逸しちゃ駄目だろ。それに––俺はこの部屋の片隅でパソコンと向き合ってるタンちゃんを見るよ。正確にはそのPCの画面だけど。そこには俺達が見てる映像が某有名動画サイトに挙げられてる映像が見える。
 そうこの映像は配信されてる。多分今世界中で拡散されてる筈だ。よく許されたと思うよ、こんな事。政府の国家プロジェクトだぞ。まあ世間一般はそこら辺知らないけど……そういうのは秘密裏に進めるのが定番なのかと勝手に思ってたからな。
 けどそこは東雲さんが上手く説得してくれたらしい。それに一応スオウがLROに戻る前の会議でこれに賭ける事に成ったしな。珍しく政府がリスクを取ったんだろう。LROに関心がある人達は直ぐにこれに気付くだろう。
 それに関心がない人達も、今話題のLROのリアルタイム配信だ。ネタが欲しかったマスコミ各社は飛びついてるはず。だから色んな人達の目に入る。この配信に対してどんな書き込みがされてるのか……それは流石にこの位置からじゃ分からない。けど勢いの凄さは見える。俺は東雲さんに言うよ。


「ここまで来て、やめるなんて出来ません。これに賭けるってそういったはずです!!」
「それはそうですが、それは勝算あっての賭けですよ。こうやって映像で見てしまうと、可能性と言うものがどれほど曖昧な物かよく分かる」
「けど……見る前から勝算が薄い事なんてわかってた筈ですよ。それでも賭けたんだ。貴方達は!」
「だから今はその勝算が見えないんですよ。薄いんじゃない。見えないのです。スオウくんは既に自身の武器も失ってしまった。彼自身、戦うことはもう出来ない」
「だからその為にも俺達があの場所にいかなきゃ––」
「––行った所で対抗できますか? いえ失礼、きっと君は強いんでしょう。それに君の仲間も。ですが、そうでない方々も居ます。ラオウさんはこちらでは強いですが、あちらは初心者。そんな貴方達が数人行って、戦局が変わるとは思えません」


 握る拳に力が篭もる。全くもって正論。俺達だけじゃ戦局を変えるなんて不可能だろう。でもそれすらもわかってた事だ。だからこそ、打った策がある。


「俺達だけじゃなかったら……」
「それは期待薄でしょう。行けるように成れば、スオウくんの要望通りにします。ですがそれと同時に周知も徹底します。責任は取れませんので。その結果、どれだけの人達がその生命を賭しますか……誰にも分からない」


 確かに、そうなのかも知れない。一体どれだけの人が動き出すのか……それは誰にも分からない事だ。


「考えても見てください。君たちは矢面に立たさられてる彼・彼女と知り合いだ。だからこそ、救おうという思考に到れる。理不尽な天秤を動かせる。けど、普通は命とは何よりも重い物ですよ。よっぽどの事がない限り、命の天秤は傾いたりしません。わかりますでしょう?」
「そこまで割り切ってるのなら……なんでやらせたんだ?」


 散々言ってきたことじゃないか。今更こんな事であれこれ言うのは間違ってる。その筈だ。そうだろ? 今もモニターの向こうでスオウは戦ってるし、諦めてなんかいないんだ。一番頑張ってる奴が信じてるんだ。
 それはここに居る人達が手を取り合ったから……


「魅力的な選択肢に見えた……その時は。そう言うだけですよ。それにどこか期待させる力があるというか、そういう子でしょう彼は。それに何よりも、フルダイブもLROも完全に解き明かせるのならそのほうがいいですから。
 だけど、コレを見たら色々と上の方も考えを改めてきてるんですよ」


 そう言って東雲さんは胸の辺りを叩いて見せる。耳を済ませるとヴーヴーと言う音が聞こえる。それはきっとスマホのヴァイブレーション。この人の所には映像を見て焦った上司達からの連絡が入ってるようだ。


「私もですね、三百万以上いるユーザーの数%でも力を貸してくれる方々が居たらどうにか成るのでは無いかと思ってましたが、甘かった。数は力です。そして敵は無限なのですね」


 無限……確かにそうなのかも知れない。シクラ達の数は増えることはないけど、奴等がある程度のシステムを則ってる以上、きっとモンスター共は幾らだって生み出せる。俺達は質でも量でも奴等を上回ることは出来ない。
 客観的に見たら……完璧に詰んでる。どんな言葉なら、この大人を……その向こうに居る大人達を引き止めれるのか……俺には分からない。どうしたら!!


『いいのかしら? ここで諦めたら多分もう手に入らなくなると思うけど?』
「君の言う可能性というのはそんなに狭い物なのか? 今回失敗しても、根気強くやっていけばいい。そんな意見が出てるだろう。それに桜矢当夜に匹敵する天才が今後現れないとも限らないわけだしね。
 いや、いつかはきっと現れる。そういう物だよ。世界と言うものは」
『そうなのかも知れないですね。可能性はスオウにだけあるわけじゃない。けど、私が見たいのは今なんですよ。次までなんて待ってられません。まだ終わってなんか無いんだから』


 モニターの向こうから聞こえてくる苦十の声。あの存在はよくわからないが、今は信じても良い奴だ。でもついさっきは見捨てるの促そうとしてたような……まあよくわからないからな。今はなんとか引きとめようとしてくれてるけど……けどたぶん曖昧な事じゃもうこの人達は評価を覆したりしないだろう。
 一度見せれた筈の可能性が、目の前の映像によって流されてしまったんだ。誰もが怖気づく……無理だと、そう言って匙を投げる……そんな光景なのは確かだ。ここに飛び込むのは勇気じゃなく、無謀なのかも知れない。
 これ以上被害を増やさない様にするには諦める事が賢い選択だと、沢山の人は言うだろう。それを言い訳にだって出来る。堅実な方向に舵を切るタイミングはここが最後……そうお偉いさん方は思ってるんだ。


『スオウはきっとさざ波を立たせれる人です』
「なんの事かな?」


 確かに、何の事だ? いきなりの意味不明な苦十の言葉に困惑する俺たち。だけど淡々とした声は構わずに続ける。


『貴方達は可能性を感じたと言った。それがさざ波ですよ。心に押し寄せた小さな波。けど今はそれが引いてしまってる。波ですからね、押したり引いたりは当たり前です。けど大体たった一人に大波なんて立てられないんじゃないですか?
 連鎖させないと。責任とか保身とか堅実とか、そんなのは可能性を閉ざす防波堤ですよ。スオウはやるべきことをやってる。そしてその可能性を見せ続けてるじゃないですか。なんで死なないのか……そう言いましたよね? 
 簡単です。私達が考えてた以上の可能性を掴んでるからですよ。たった一人のさざ波、けどその中心に居るスオウは規格外の可能性の塊です。それを感じてる人達は私達だけじゃないでしょう』
「だからどういう事かな? さざ波は広がってるとでも? それでも協力をしてくれる人達はわずかでしか無いでしょう。君は人じゃないから分からないのか知れないですが。他人の命よりも、自分の命が大事なんですよ」


 なんて残酷な事をさらっとした口調で……まるで仕事のスケジュールでも確認するくらいの感じ。そして胸ポケットから取り出すスマホ。すると苦十の奴がいきなり甲高い笑い声を上げ始める。状況に流されっぱなしの俺にはどういう事なのかさっぱりだ。


『あはっ、ははははは、そうですね命なんて私にはわかりかねます。けど、そんな物さえも操りたいんじゃないですか? お得意でしょう? 使命感を煽るとか、人の善意に付け込むとか、そういうの? 
 こっちはやることをやってるんですからそっちももっとお得意な世論操作でもおねがいしますよ。スオウの起こしたさざ波は沢山の人達に届いてる。それをもっと大きくするのが役目でしょう。ステマでも何でもいいんですよ。数%をアテにするくらいなら、数十%を引き込む大波を国家を上げて作り出せ!! それだけです』


 いきなりの怒声に俺たちは目を丸くするばかり……けど東雲さんはその細い目を見開いていた。だけど直ぐにいつもの感じになって「ふふ、ふふ」と不気味に笑う。


「全く怖いもの知らずというか、物を知らないというか……私は上に言われた事しかしたくないんですけどね」


 そう呟いて東雲さんは着信を切った。それは上に言われた事……な、訳ないよな。そしてタンちゃんの方を向いて尋ねる。


「どうなんですかネットや世論の反応は?」
「大半がよくわかってない感じだな。ネットの方はこの映像で盛り上がってるが、悲観的な声が大きい。だが応援してる反応もある。まあ面白半分だろうが」


 だろうな……自分があそこに飛び込むなんて思ってもないだろう。飛び込める様になっても、応援してた人達が来てくれる可能性は低い。どっち側だって、好き放題言えるんだ。そしてそれに誰も責任なんて持ってない。
 そういう物だろ。


「関心は高く、だけどまだ情勢は定まってない……情報もまだ殆ど出してないですしね。取り敢えずテレビ関係はこれが被害者の救済処置の最後の手段で、それに挑む果敢なヒーローを報道してもらいましょう。
 彼は中々女性心を擽る顔つきしてますね。大勢の単純な方々が波を作ってくれるでしょう」
「だけどネットはそういうの嫌うぞ。妙にプライド高かったりしてる奴とかいるし、大衆に取り敢えず反旗を翻す事に躍起になる奴等も多い。それにLROのユーザーなら大半はネットにも浸透してるだろうし……」
「ネットの方は任せますよ。取り敢えず小さな賛同者を演じて煽っていけばいい。それに別に全員を賛同させなくてもいい。ようは誰もが無視できない程の大きな大きなウネリにしたいんです。日本人は特に好きでしょう……周囲に流される事が。
 なかなか面白くなりそうですね。貴方達の役割はより重要になりそうです」


 そう言ってこっちを見る東雲さん。何を考えてるんだ一体? いや、それよりもなんでこんな……上に逆らう様な事……


「どうして……ですか?」
「どうして……そうだね。良く個人は思う通りに動かしてきたけど、そろそろ大衆を操ってみたいと思ってね」


 ……なんだその理由。この人黒いよ。いい人そうな笑顔を常に貼り付けてるけど、やっぱり中身は黒いじゃねーか。わかってたけど。けどその後にモニターを見ながら東雲さんは呟いた。


「それに、私個人としては、彼の事は嫌いじゃない。届いたからね。さざ波が」


 その言葉はこの人の言葉で初めて俺の心をグッと掴むような重みを感じる……そんな言葉だった。



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