命改変プログラム

ファーストなサイコロ

決意こそが続く道

 力の渦が再びブリームス全体を包み込んでる。僕の指にハマったアイテムが何かをしたのは確か……でもこの渦にどうやって願いを込める? 今の僕にはもうそれだけの力さえない。前はバンドロームと法の書で介入したけど、ページを捲る事も、文字を表す事も出来ない。
 やっぱりここは一旦ラプラスを解除して……そう思ってると頭に苦十の奴の声が響いてきた。


【何やったんですか? 力の濁流が凄い事に成ってますよ。これは多分……外の力を供給してる。もしかしたら、ブリームス事態がLROに出現したのかもしれません】


 LROに出現……つまりは姿を隠してたのを解除したって事か? なるほど、それなら確かに、この力の渦は形作れるのかも知れない。出涸らし状態だったブリームス。だけどLROに戻れば、外の力を取り込める。
 だけどそれはリスクもある。この渦の外にはモンスター共がきっと大量に居るだろう。今は渦が街全体を覆ってるから大丈夫だけど、いつまでもこの状態が続く訳じゃない。いや、続かせちゃいけない。
 これはチャンスだろ。この渦は力だ。今の僕には無理でも、苦十になら……


(おい、零の扉は? この渦を使えば、人間再生だってきっと……こっちはもう限界みたいだからさ、お前が……)
【何をバカなことを。アホな事を言ってないで、頑張ってください。弱音吐いたから百苦来貰いますね】
(お前な……)


 だけど安易に受け入れたりしないでくれたからか、少し持ち直したかも。苦十の奴は「これでいい、もう十分」なんて思わせる気ないんだな。けどだから、足掻いてやろうじゃんって思える。託すって事は素晴らしい事だと思う。
 それだけの仲間が、信頼出来る人達が居るってことなんだから。けど同時に、自分の幕引きを決める瞬間の様な気もする。託す事の‘いつも’がそうじゃないんだろうけど、今の僕は確かにその気だった。その覚悟をしてた。
 けど、苦十の奴はそんな幕引き許してはくれなかった。まあそもそも僕が死んだら向こうもどうなるかわからないしね。同じリーフィアに共存してる以上……それにLROに同一視されてるとか言ってたから僕が死んだら、もしかしたら苦十も不味いのかもしれない。


(まだまだ生きないと––か)
【当然ですよ。死んでる暇などありません】


 なんてこった。死んでる暇無いんだ。全く苦十の奴は無茶ばっか言いやがる。変に期待するのもやめて欲しい。僕は自分をそんな大層な人間だなんて思えないっての。誰からの期待にも応えれる……そんな凄い奴じゃない。間違いなくね。


「貴様……何を? そのアイテムか!」


 蘭の奴が僕の指に嵌ってるアイテムに気付く。腰にあるセラ・シルフィングが引っ張られる様にして僕の体がギリギリ地面への衝突を免れた。だけどどっち道死地へ突き進んでる事に変わりはない。下に落ちるか、上へ落ちるかの違いだ。
 引っ張られてる以上、避ける事は難しい。だけど僅かな可能性を僕は思いついてた。


(この渦の力……それにまだ指向性が無いのなら……漏れ出てる部分位なら……)


 僕の僅かな風で掴めるかも知れない。事実、今はさっきまでの無風状態じゃない。大きなウネリが激しい風を生み出してる。僕にだってある力……僕にしかない力……それに今は、バンドロームの第二形態のラプラスだってある。
 僕の単体の命令でも、やれることが増えてるかもしれない。そこに賭けるんだ!


「どんなアイテムか知らんが、我等をどうにか出来るアイテムなどあるはずもない! そのアイテム諸共、今度こそ消えろ!!」


 天叢雲剣に引き寄せられる。自らその刀身に斬られに行く。避けるどころか、自分から向かっていってるんだから笑えない。まあ引き寄せられてるのはセラ・シルフィングだから手放せばいいんだろうけど、そんな事出来る訳ない。
 手放しは絶対にしない。だから逆に僕は破損してるセラ・シルフィングを鞘から抜いた。


「今更そんな物で何が出来る!!」


 確かに蘭の奴の言うとおりだ。今のセラ・シルフィングに攻撃なんか期待出来ない。いや、イクシードを使えば風のウネリは作れるかもだけど、どうなんだろうか? 刀身が無いから制御するのが難しいのかもしれない。
 けどそもそも単純なイクシードじゃ多分天叢雲剣は防げない。本当ならその一太刀だけで僕––というかLROの既存の存在は叩き潰せる筈だ。僕がここまで生き残ってるのは、反則的なアイテムのおかげ。だけど向こうも反則的な存在だから、そこに文句は言わせない。そして多分、この指にハマったアイテムも通常クラスの物じゃきっとない。
 使い方が分かれば良いんだけど……自動書記みたいにしか起動してくれない。予め動きを入れられてるのだろうか? だけどそれだと、ここまでの全てを予期してた事に……それともプログラムされてた事を淡々とやってるだけなんだろうか? 分からない……けど考えてる暇はない。
 今は自分の意志が伝わる物でどうにかしないとだ。


(バンドローム––ラプラスに変わったのかどうかは正直よく分からない。けど、あのバンドロームなら、僕の意志に応えてくれ!!)


 再び振り下ろされる天叢雲剣。腰が引っ張られてるから頭じゃなく胴体から真っ二つにされそうだ。安易に受け止めようとするのはリスクが高い。一度バンドロームで防いではいるけど、だからこそ、その時よりも気合入れてるだろう。
 もしもかすりでもしたら……それで今の僕は終わる。防御も避ける事も許されない。それなら、避けずに避けるだけだ。僕にはそのやり方は分からないけど、でも……あるんだ。ラプラスには残ってる。そうだろ?
 迫ってくる刀身を僕は瞬きせずに見つめる。それが腹部分にめり込む––けどそこに痛みはない。そしてきっと抵抗もない。ズレた位相に流し込まれた天叢雲剣は僕の体を斬りはしない! 


「何!?」


 振り抜かれた天叢雲剣は僕の後方へ流れた。上手く行ったんだ。前に一度、同じ様に避けた事があった。その時は僕じゃなく、謎の存在がやったわけだけど、僕はそれを真似てみたんだ。まあ真似たと行っても、どうやってるのかは分からない。
 簡単に言うと、ラプラスにはあの時の記録というか履歴があるわけだと思って、それを探して実行してみただけだ。あの時は法の書も使ってたけど、でも法の書の命令を実行するのはラプラスであるバンドロームな訳だから、一度やった事がある事ならもしかしたら法の書を通さずにも出来るんじゃないか? ––と考えた。
 そしてそれは見事に裏打ちされた訳だ。狙いは決まった。だけどまだ。ここで安心は出来ない。だけど蘭をぶっ飛ばす程の攻撃が出来る訳でもないし、今の僕には法の書も使えないから、これ以上の何かが出来るわけでもない。
 そもそもバンドロームでもそうだったけど、直接的に相手にダメージを与える様な命令はたぶんラプラスだとしても不可能だろう。そうなるともっと単純で、かつ少しの間でも蘭の行動を止めるには……今の僕にはこれしか思い浮かばない。


「っづあぁ!」


 脇に右手側のセラ・シルフィングを挟んで空いた右手の親指と人指し指の間に、左手側のセラ・シルフィングを当てて深く切る。その瞬間伝わる痛みに声が出たけど、HPが減ることはない。不慮の事故とかでなら減るけど、自分自身への攻撃は痛みはあってもHPに影響はない。それを利用するんだ。
 溢れ出る血で直ぐに手全体が真っ赤に染まる。でもこれでいい。僕は零れ落ちる血を拳を作ってせき止めて、蘭の奴の目に目掛けて飛ばした。


「むあっ!? 小癪な真似を!」


 小癪がなんだってんだ。蘭の奴は流石にこんな姑息な手は想定してなかったのか、モロに食らってくれた。いや、そもそもブラフとしてセラ・シルフィングを抜いたのが良かったのかも知れない。武器を持ってたんだ。それで攻撃してくると思うだろう。その裏をかけた訳だ。
 これでわずか数秒か十数秒は稼げるだろう。僕は蘭の肩に手を置いて引力の勢いを利用して背中に回ってその背中を蹴った。そして再び屋上へと辿り着く。蘭の奴はそのまま下に落ちるけど、あれでダメージを受けるやつじゃない。奴の目が復活する前に出来る事を……可能性を試すんだ。




「はぁ! ふぅぅ〜」




 大きく息を吸ってはいた。体が重い……視界もなんだかボヤケて見える。けど、手のズキズキとした痛みのお陰で、頭は冴えてきたかも。僕は両の手のセラ・シルフィングから風を流す。ウネリにならない細い風だ。
 だけどそんな風は自然とこの街を包み込んでる大きなうねりへと流れてく。大丈夫やれるさ。どんな大きな流れだろうと、僕はそれを掴む手段をもう知ってる。全ての風と僕は繋がれる。僕が胸を張れるのは、きっとここではそれだけだ。そうだろエアリーロ。


 大きな力がウネリとなって集まってる。だけどそれにはまだ目的はない。目的なく集まった強い力……それはいずれ弾けてしまうだろう。その前に目的を与えなくちゃいけない。でも今の僕にはそれが出来ない。
 僕達にはこのウネリを使う目的がある。その為には必要なアイテムも仲間も抑えてあるわけだけど、自分がこの状態じゃな。たぶん僕がこの状態じゃ、苦十の奴も法の書を使えない。無理すれば使えるのかも知れないけど、まだ僕が生きてるって事は、アイツが僕を慮ってるって事だろう。
 アイツにそんな配慮する気持ちがあったのが驚きだけど……まあ可能性の為だよな。僕は静かに目をとじる。見えない所で蘭の怒りに震える声が聞えるけど、それは無視だ。考えちゃいけない。いつ死ぬかなんか後回し。今はこの風と一体化するんだ。
 ウネリの中へと入ってく自分の風を感じ、ウネリからあぶれてる風立ちを束ねてく。そうやって徐々に自分が影響出来る範囲を強めてくんだ。するとその瞬間から、一斉に流れこんでくる物がある。風は世界を流れてる。だからこそ全てをしってる。


「ぐっつっ……」


 頭の中に断片的に見えた光景は、それぞれの国が赤く燃え盛る光景。見たことのない場所もその映像にはあった。やっぱりこの風はブリームスだけの風じゃない。今ので確定的……世界を流れる力……それが風としてうねってるんだ。
 すると体が淡く輝き出す。そして所々に刻まれてた傷が塞がる? 


「これは……」


 なんだろう……繋がった風が自然に流れてくる気がする。暖かい……心が満たされてく感じ。悲劇に包まれてる世界で、終わりかけの世界で、僕の中に沢山の何かが流れてる。すると苦十の奴がこういってきた。


【聞こえますよ私には。世界が『頑張れ』と言ってます】
「ああ……そうみたいだな」


 残ってたシクラ達への抵抗分の力……それを回してくれてるようだ。世界が、世界樹が力をくれてる。出来る……今なら!


「苦十やるぞ!! 人間再生だ!」
【ですが第一の皆さんは傷心中みたいですよ。自己嫌悪に陥ってます】
「なら僕の声が伝わるようにしろ。出来るだろ?」
【ええ、その程度朝飯前ですね】


 零区画にいるのか、それとも零の扉の向こうに苦十が行ってるのかは分からない。でもアイツはアイツで第一の奴等と接触を果たしてるようだ。第一の奴等が傷心中なのはわかるけど、それでも今落ち込んでる場合じゃない。
 そしたら今度は傷心だって出来ないんだ。今なんだ。これが最後のチャンス。僕達もLROも抵抗できる最後の瞬間だ!!


「統括! 聞こえてるか!? 僕の事分かるよな? お前達がレシアの奴の計略に乗った結果がこれだ。レシアは自分達の法の書を生み出し、お前たちは魔鏡強啓零の向こう側へと旅立てた。それで案外満足してると思ってたんだけど……違うんだな」


 すると統括達の泣き言の様な声が聞こえてくる。


【貴様は……そうかあの小僧。くっ……満足など……するものかである! 我等は確かに零を何よりも渇望した。だがそれはその先に新たなる未来があるからだ!! 誰になんと言われようと、理解されなくとも、進まなくては行けなかったのである。
 停滞などしたら滅んでしまう。誰も必要など無くとも、我等には先へ進む義務があったのだ! それこそがあのブリームスを守る術だったのだから……】


 マッドサイエンティストみたいな姿をしてる統括がいう言葉とは思えない。ブリームスを捨てて零の向こう側に行ったんじゃなかったのか? 扉を開いたせいでこの街はまた消失したんだぞ。


【消失こそ必要な事だったのだ。世界から弾かれたこの街が世界に回帰するには、強引な方法が必要だった。あのままでは飽和した力と共に、ブリームスは消え去ってたかもしれないのである!
 世界への回帰の方法は先人が提唱してくれていた。錬金最大の禁忌としてな】
「つまりそれが……人間再生」


 なるほど……なるほどな。僕は少し口元を緩くして問いかける。


「なあ統括、一つ聞かせてくれよ。お前たちは本気でブリームスをそこに住む人達を救いたかったのか?」
【当然である。名声とは羨望する者達が居なくては成り立たぬからな。儂は何も譲る気はない。名声も自分の渇望も……貪欲に追い求めてこその研究者なのである!!】
「ははっ」


 思わず笑い声が出てしまった。マッドサイエンティストなんか居なかった––そう言いたかったんだけど、やっぱ無理っぽい。統括は十分マッドサイエンティストだろう。欲望強すぎ。でもそれこそ研究者だな確かに。


「統括、まだ終わってなんかない。後悔してる場合じゃないんだよ。僕達にはあるんだ、人間再生の術が。それには貴方達が零の向こうで得た知識が必要だ。だから協力してくれ。さっきから聞こえてただろう女の声は怪しいだろうけど、大丈夫、それは仲間だ」
【失礼ですね。こんなに尽力してる私を怪しいとか心外です】


 いやいや、どう考えてもお前は怪しいんだよ。含みを持たすように喋るから余計にな。もっと純粋そうにというか、キャピキャピな感じなら……と思ったけど、苦十の姿を知ってると吐きそうに成るな。
 でも統括達は知らないんだし、キャピキャピやってても大丈夫だったな。残念。


【さっきからの声は貴様の仲間であるか……なら信じてみようである。もう我等には何もない。だが何かで役立てるのなら、協力しよう】
「助か–––」
「おいおい、気を抜きすぎじゃないか?」


 聞こえた声に反応して半歩ズレた。その瞬間右腕に下った衝撃。自分の腕と第四研究所が半壊したのが一瞬で理解出来た。足場が崩れる前に僕は吹き出す肩口の血の向こうの腕を反対側の腕で掴んで距離を取る。


(大丈夫、動ける。HPも回復してる)


 繋がった風が力をくれてる。これなら……僕は綺麗に斬られた腕を肩口にくっつけた。すると傷口が細胞を繋ぐように繋がってく。


「ははっ、また小賢しい事をしたようだな。ホント、貴様は面白い。面白くてそろそろ煩わしくなってきたぞ」


 そう言って笑った蘭の顔に僕はゾッとした。別の建物に降り立ち、しっかりと見据えるとそのゾッとした正体が見えてくる。
 今までは静の中に動があるような、水面をも騒がせずに燃やす闘志だった蘭から、不気味な程に黒く荒々しい狂気が感じれる。顔についてる僕の血もなんだかその不気味さに拍車を掛けてるように見える。


「私はなスオウ。シクラやレシアとは違う。あいつら程器用でもなければ融通も聞かない不器用な姉だ。だが頼られなければ、尊敬されなければいけない。それが姉だからだ!! アイツ等がやって、私が失敗するなど有ってはならない。
 だからもう、出し惜しみなどしない。貴様の小細工……全てを踏み潰す!!」


 その瞬間蘭の体にまとわりついてる様な何かが見えた。そんな何かの一部を手に持ち、そしてこう叫ぶ。


「コードリリース【臥煙無別】」


 すると青と赤とオレンジと紫と黒い炎が周囲に弾けた。そしてその熱気が周りの建物さえ溶かしだす。コードリリース……それを僕は知ってる。シクラの奴もやってた。たぶん姉妹一人一人の力の最大開放の事をそう言うんだろう。
 そしてそれぞれの最強形態こそコードリリース。


【不味いですよスオウ。集まってたエネルギーがどんどんなくなっていってるようです】
「––っつ」


 多分あの炎だ。あれが力を食らってる。風に繋がってる僕には分かる。炎か……それが蘭の特性なんだろう。風とは相性が悪い。仲間なら良いんだけど、敵だと悪い。けど、僕が極めつつあるのはまだ風だけ……その風を今は信じるよ。


「蘭……僕だってここで負けるわけには行かないんだ!!」


 僕の周りに風が集う。風は次第に緑色の光を放ち、僕の防具と一体化しだす。やれる……今の風なら出来るはずだ!! 艶やかな緑の布が風に靡く。腕と足に収束された風のリング。そして額に現れる風の紋章。僕は一歩を踏んで目の前の炎を吹き飛ばす!


「風帝武装……行くぞ蘭!!」

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