命改変プログラム

ファーストなサイコロ

牽制の一撃

 ブリームスの街に戻った瞬間、扉の向こうから放たれた攻撃が僕の後ろを掠めて建物を紙くずみたいに破壊してく。相も変わらず無茶苦茶な攻撃だな。だけど今の攻撃、引力が効いてなかった。そういえば、苦十の奴が言ってたっけ……それだけで済んだ事実は受け止めるべきだとかどうとか。
 それに凛の奴の言葉も気になるっちゃ気になる。あの篭手は天叢雲剣の能力を自身に影響させないように––とか言ってた。それはつまり、種がある。回避方法があるんじゃないだろうか。僕は走りながら色々と考える。考えることを辞めちゃ駄目なんだ。
 人が考えを放棄するとき……それこそが諦めた時だ。「もういいや……」そんな言葉が出た瞬間に、可能性は潰える。リアルで神様とか別に信じちゃ居ないけど、望みを汲み取る何かが本当に居るとしたら、それが微笑むのはやっぱり諦めたやつよりは諦めない奴の方があり得そうと思える。理論や理屈じゃなく、感情論でな。
 それにここはLRO。リアルの神よりも、もっと近い存在が居る。マザーって存在がさ。そしてその存在は確実で、それなら居るかどうかも分からないリアル神様にアピールするよりも、いいじゃん。そう思ってると手にしてる刀身が無くなってるセラ・シルフィングがグイッと引っ張られる感覚が起きた。


「––いっ!?」


 引力! これは不味い。逃れようにも、どうやら引っ張られてるのは僕だけじゃないようだ。なんか周りの空間事持ってかれてるような……こんなの避け用がないぞ! まさにさっきまでとは次元が違う。チラリと後ろを振り返ると、キラリと光る閃光が垣間見える。


(来る––)


 直感でそう感じる。僕は鍵に命令を出す。多分受け止める事は不可能。それなら……これならどうだ!?


「穴だ! バンドローム!!」


 その瞬間吸い寄せられてる空間、僕の後方に黒い穴がポッカリと空いた。そこに落ちるように入る僕。次の瞬間、周囲から激しい音が響き渡った。いつの間にか消えてる引き寄せる謎の力。僕は黒い穴から這い出すと、その惨状に驚愕する。


「おいおい……斬撃をぶっ放したってレベルじゃないぞ……」


 だって目の前に広がる光景は異質だった。まるで世界から切り取られたかの様に成ってるんだ。ぶっ壊れた……というよりも消失したと表現したほうが正しいようなそんな有り様。そこにあったはずのデータが消し飛んだのか、端っこの空間が紙の様にペラペラ揺れてて、その向こうは……なんというか、虚無だった。
 僕の数メートル先の空間はもう無い。もしもバンドロームで回避してなかったらと思うと唾を飲み込むしか無いな。


「言っただろ。こうなった天叢雲剣の攻撃力は別次元だと。その意味がわかったか?」


 後方から聞こえてくる声がやたらと鮮明に聞こえる。誰も居なく、他に物音が立つことがないからだろう。それに凛の奴の声は毅然としてるからな。響きがいい。僕は恐る恐る視線を後方に向ける。


「さあ、全てを諦める時だ。何がどうひっくり返っても、貴様が勝てる可能性は無い」
「……勝てる可能性か……確かに限りなく低いな。自分でもそう思う。けど、お前はレシアの奴じゃない。可能性を零には出来ない」


 僕は強がりを言ってみた。零じゃなくても限りなく零に近いことは自覚してるのに、煽る方向に舵を切る。これは賭けだ。いや、既に賭けじゃない行動なんてない。なら、リスクとリターンを天秤にかけて、ギリギリの綱渡りをやってくしか無い。
 間違ったら、全てが終わり……自分もセツリも死ぬだけだ。そしてここに囚われた人達は戻らない。いつかは戻れるのかも知れないけど、今は戻らない。そうなったらもう「ごめん」としか言い様がない。
 でも今の僕にはこれしか出来ないんだ。圧倒的な力の差……それだけはハッキリとしてるから。


「確かに私では零には出来んな。だが同じような物だ。私に勝てる一手でもあるのか?」
「それをお前自身に言うと思うか?」


 取り敢えず意味深に返しておこう。不敵に笑ってな。それだけで何かあるんじゃないか? と思わせることが出来なくもない……かも知れない。そしたら少しは慎重になるかも。てか、はっきり言ってこっちの狙いはそうさせることだ。
 これ以上、あの天叢雲剣を振らせるのは不味い。だってそうだろ。あんなの後四・五回振られただけで、たぶんこのブリームスは完全に消滅しかねない。それは駄目だ。逃げて、どうにか出来ればよかった。隙を見て第四研究所に向かうつもりだった。
 けど……今その方向に走ると、確実に消される。僕がじゃない、研究所がだ。それはどうしても避けたい事だ。僕の不敵な笑みを見て、凛の奴も笑ってこういう。


「はっははは! 確かにそうだ。面白い。実にな。例え強がりだとしても、この状況下でそうそう言えるものではない」
「……」


 バレてる〜。まあバレてるっていうか、問題になんかしてないって感じだろうな。こっちのどんな反撃でも、凛は踏み潰せるという自身がたぶんある。くっそ……結局ただのハッタリだけじゃ、牽制にもならないか。でもそれはそうだよな。こっちに戻ってきて、僕は一矢報いてさえいない。それどころか、ただの一撃で終わりかけた。
 凛達は法の書を得て、マザーへ迫り、更なるパワーアップをしてる。その自信はかなりの物なのだろう。元々あった力の差が、更に広がったんだ。僕達を恐れる必要性なんて、ほぼこいつらには存在しないのは当たり前か。
 どうやら僕は示さないと行けないらしい。苦十の奴が感じてくれてるような可能性って奴をだ。もしかしたらあり得るじゃないかと思わせれる程度の可能性が必要。そのくらい示さないと、ハッタリはハッタリにも成り得ない。


(だけどどうやって……)


 僕が今使えるのはバンドローム位だ。愚者の祭典はさっき使ったしな。手元に鍵としてあるけど、愚者のバックアップは簡単に使える物じゃない。それに過去に行って不意打ちした所で、殺せる訳でもないからな。
 後は法の書……バンドロームとの組み合わせでかなりの力を発揮できる。けど……精神力持っていかれるのがな。それに理解が必要だ。無知な僕には扱いが難しすぎる。やっぱり現実的に使用できるのはバンドローム位か……セラ・シルフィングは二本とも破損状態だからな。
 戦う意思は見せてくれてるけど、完全に壊れてしまったら、もうどうしようもない様な気がして怖い。でも素手で戦う勇気もないから結局は破損状態のセラ・シルフィングを両手に持ってるわけだ。情けないなホント……こんな状態のセラ・シルフィングにまで頼ろうとするんだからな。


「レシアの奴、貴様に何か言ってたか?」
「何か?」


 こっちが色々と考えてる間は向こうも何かを考えてる時間。凛の奴は唐突にレシアの名前を引っ張ってきた。何か気掛かりでもあるのか? だけどその‘何か’に僕は心当たりない。


「いや、アイツはいつも寝てるからな。よく分からない奴なんだ。そもそもシクラの奴がアイツを送り出してた事も知らなかったしな。どういう話をしたのか興味がある。姉として、不良娘の厚生は義務であろう」
「義務ね……確かに話した事はあったけど……お前が思うほどに不良じゃなかったと思うぞ。心根は一緒だろ。ぶれてなんて無い。だけどまあ……ふざけた奴ではあったな」


 ホント、あんな終始眠たげな奴の手のひらの上で踊らされてかと思うと、腹が立ってしょうがない。全ては演技……だったのかとも思ってたけど、凛の奴も終始寝てる奴とか言ってるから、多分やっぱり素で眠た気な事はかわらないんだろう。
 アレが僕達を油断させる為の演技だったら、まだ自分を許せたかも知れないのに……


「意外だな、アイツを擁護するとは……気に入らん」
「別に擁護したわけでもない。ふざけた奴で締めくくっただろ。てかなんだ? 嫉妬か何かか?」


 僕がちょっとだけ褒めたからってそんな嫉妬してもらってもな。全く、こいつら姉妹揃って僕の事好きなんだから。まあそれも全部セツリの為で、その影響でしか無いんだろうけど。だからセツリの為にならない……害になると判断したら迷いなく消しに来る。
 ホント愛と憎しみは紙一重って言うけど、そのとおりだよね。


「嫉妬? 違うな。言ったはずだ。姉の義務だと。妹の面倒を見るのも、その尊厳を集めるのも姉の義務なのだ。姉よりも優秀な妹などあってたまるか!!」
「……いや、それって……」


 どう聞いても嫉妬じゃねーか。それ意外にないよ。誰がどう聞いても優秀な妹に対するヒガミにしか聞こえない。てかそれってレシアよりもシクラの方が対象だろ。


「なんだ? 貴様も私は思慮が浅くて猪突猛進だと言いたいのか? ヒマのバカと同系統だと……そう言いたいのか!?」
「いや、誰もそこまで言ってねーよ」


 言いたいけどね。だってどう見ても凛はヒマワリタイプだろ。色々と考えて行動するタイプじゃない。でもヒマワリよりは賢いとは思うけどね。あいつはホラ、度を越したバカだから。


「だけどお前ら誰もがヒマワリに対して酷いだろ。もれなくバカ扱いしてるし」
「アレはあれでいいんだ。それで得してるからな。ヒマはバカで、バカだから可愛い妹と思える。柊なんかめさんこ可愛い。ちょっと生意気で反抗的な所もあるが、素は素直で末っ子だから可愛くて仕方ない。
 だがな、シクラとレシアは納得いかん!」


 何を力説し始めたんだこいつは。てか柊ってホント良いポジションを獲得してるな。末っ子だから愛されまくりじゃないか。確かにこれじゃあヒマワリの奴は柊に嫉妬するだろうな。自分はバカな扱い受けてるのに、自分よりも下の筈の柊は溺愛されてるんだもん。
 そんな事を思ってワナワナと篭手に包まれた手を震わせながらこう言ってる。


「どちらも真ん中だからか、奔ぽうというか、姉であり、妹であるせいか容量が良い。特にシクラは最初に目覚めたからか、いつの間にか私達姉を差し置いてリーダーみたいにしてるしな。だが、まあアイツは納得出来るだけ、働いてもいる。
 この姉もなかなかに感心するほどだ。いい加減な用でいてやることは全て裏で済ませてしまってるような奴だ」
「確かにシクラはそんな奴だな」


 大雑把なようで、全部をやってのけるやつである。てかここまでの算段だってきっと全部シクラが仕込んだ事だろう。そこまでやってる奴に流石に文句は言えないか。それに対してレシアはというと?


「だがレシアはずっと寝てる。起きてからもずっとだ。それなのに誰も何もいわん。そんな不摂生が許されてたまるか! 幾らシクラの奴が『最終兵器』と言っても、それで納得出来るか!」


 不摂生って……どれだけ不摂生したって別になんともないだろお前等。けど「最終兵器」か……シクラがそう言うのならそうなんだろう。やっぱり姉妹の中でもレシアの奴は特別。それを物語ってるな。
 やっぱりあいつの力に一目置いてるってことなんだろうか? 確率変動……アイツが出てきたら、たぶん可能性なんて曖昧なものは全て潰されるんだろう。レシアは確率を運を操れると言ってた。可能性を零に出来ると……アイツの前ではラッキーなんてなく、そして更に全てのラッキーはアイツの物になるのかも。


「レシアはその力を確率変動だと言ってた。自分が最強だって。それは本当なのか?」


 敵である凛にそれを聞くのは間違いなんだろうけど……でも余り実感出来ないし、身内ならよくしってるだろうしね。凛は姉としてどう評価してるのか、そこら辺は気になる。


「最強か。能力まで明かすとは……あのバカ。帰ったらお仕置きだな。それよりも目の前の私よりも、アイツが気になるか? 心外だな」
「別にそういう訳じゃない。アイツだけじゃないさ。全員倒すんだ。知っておいて損はない」


 僕のそんな言葉に、一瞬ポカーンと間の抜けた顔をしたと思ったら、凛の奴は顔に手を当てておお笑いを始めた。


「ハハハ〜ッハハハハハハッハハハハハ!」


 静かな街に響く甲高い声。それは数十秒続く。すると街に変化が起き始める。この街に仕掛けられてる陣がその光を取り戻すかの様に、かすかに光り始めてる。それはまるで息を吹き返すかの様な鼓動。一定の感覚で、光ったり消えてたりとしてく。


「魔鏡強啓零に手をだす気か。確かにそれしか無いが、間に合うとは思えんがな」


 そう言ってこっちを見据える凛。それはさっきまでの会話モードは終わったと言わんばかりに、鋭い目をしてる。


「どうせ最後になる、答えておいてやろう。貴様のその気概を称してな。レシアの奴には確かに私でも勝てんよ。どんな攻撃をしようとあいつはそれを無に出来る。逆にどんなしょぼい攻撃だってアイツの確率変動にかかればクリティカルだ。
 逃げる事も向かう事も許されない。極端に言えば、アイツは寝てるだけでも最強だ」
「……」


 言葉が出ない。代わりに額から冷や汗が流れ落ちた。マジかよ……寝てる相手にさえ勝てないのか。そんなのもう反則とかのレベルじゃない。向こうは歯牙にも掛けてないじゃないか。バカらしい……どんだけバカらしいんだ。


「絶望したか? まあだが勝てないのは一対一の場合だがな。我等なら姉妹同士手を組めばアイツにお灸を据えるくらいは出来る。あいつの力は最強だが、変動だからな」
(なんだそれ?)


 どういう事なんだ? 何か攻略方法があるのか。一対一では無理でも、複数ならどうにか出来る術がある? そう思ってると、前方から物凄いプレッシャーが押し寄せて来た。その物凄い圧力で、周囲の建物にまで亀裂が走る。


「さあ、おしゃべりもここまでにしよう。レシアの対策など今考える事じゃない。生きるか死ぬかは、今この瞬間だぞ。今は私だけを見ろよ」


 綺麗に構える凛。その姿は怖ろしい……けど不思議と魅入る物があった。黒髪と羽織のなびき……露わに成ってる肌の美しさ……スラリと伸びる背筋は力強い体幹をあらわし、一糸乱れぬ力強さを生み出してる。
 本気––かどうかは分からないが、来る。その時、頭に響くのは苦十の奴の声だ。


【スオウ、君を通して法の書とバンドロームを使わせて貰います。魔鏡強啓開くには必要なので】
(苦十……それはいいけど、お前の中の知識もこっちに使わせろ。僕だけ頭の中見られ放題とか割にあわない)
【ええ〜女の子の秘密を知ろうとするのはどうなんでしょうか?】
(ふざけてる場合じゃない。このままじゃ魔鏡強啓を開いてもブリームスがなくなるぞ。バンドロームだけじゃ、あいつのあの武器に対抗できない)


 バンドロームだけで叶えれる願いは簡単な事だけだ。やっぱり法の書を活用しないと、このチート姉妹に対抗なんて出来ない。一回で良いんだ。倒すなんて大口は叩かない。アイツを牽制できる一撃が必要だ。あの剣を無闇矢鱈に振り回せない様にする一撃……それだけでいい。


【しょうがないですね。私の知識と理解を開放しましょう。これは五十苦来加算ですよ】
(おう)


 それはまあしょうがない。五十苦来位くれてやる。


【でも、法の書を使い過ぎるとスオウの体力も精神力も削られる事をお忘れなく】
(そんのわかってるさ)
【いえ、自分の分だけじゃなく、こっちが使う分も削られるので消費は二倍ですよ】
(なんでお前の分まで僕が払うんだよ!?)


 納得出来ない。自分の分の力くらい、自分のを使え。


【でもですね、私はスオウのリーフィアを通してここに居るんです。だからLRO的にはスオウと同一視されてるんですよ。私達がこうやって距離が離れてても話せるのは同一のリーフィアに共存してるからだし、思考を受け渡し出来るのもそのおかげ、我慢してください】


 くっ……それを言われたらもう反論できない。確かにメリットも大きいか。我慢するしか無い。取り敢えず一撃だ。それだけに集中する。それなら持つだろう。


「覚悟は出来たか? 私から目を逸らすなよ」


 そう言った凛は真っ直ぐに構えてた天叢雲剣を頭上に持っていく。すると今まで凛の放つ圧力で震えてた世界がピタッと止まった様に感じた。世界がその瞬間の為に備えてる……そんな感じ。そして次の瞬間、それはやってきた。
 振り下ろされる刀……それと同時に世界が悲鳴を上げる音が聞こえる。そんな中、僕の頭のなかでは法の書のページがめくられ続けてる。



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