命改変プログラム

ファーストなサイコロ

太陽の消失

 ジョキ! ジャキ! ––と凶悪で神経が削られそうな音が耳に届く。その鋭利なナイフは僕の皮膚をエグリ、血を絞り出し、血管を切り裂き、そして心臓を一突きにでもするのだろうか? そんな事を固く閉じた瞼を震わせながら考えてた。すると––


「もういいですよ」


 ––と聞こえた。ええ? まだ僕生きてるんですけど? 心の中でそんなありがたい突っ込みを入れつつ、僕はうっすらと瞼を開ける。まず初めに片目だけね。すると近くで覆いかぶさろうとしてた熊みたいな襲撃者はちょっと距離を取っててくれてた。
 そしてその手に握った鈍く光るナイフは懐へ戻してる。


(殺されないのか?)


 そう思ってふと体を起こそうとすると、ボキボキと骨が鳴りながらだけど、起きれた。さっきまでベッドに固定されてた筈だけど……視線を体の方に移すと体を縛ってた紐が切られてる。まさか……さっきの音はコレを切ってたのか? 
 ってことはあの熊みたいなのが狙ってたのは僕の命じゃないって事になる。まあ今生きてる時点でそうではなかったんだろうけどさ……これじゃあまるで僕を助けに来た……みたいな? てかそもそもここはどこで、僕はなぜ縛られてたのか分からない。いつも目が覚める我が家じゃないのは確かだし、その次の頻度で目を覚ましてた病院でもないようだ。
 機器がいっぱいだし、周りを見渡すと、透明な壁の向こうには僕と同じ格好をした人達の姿が結構見える。しかも全員が頭にリーフィアを付けてる。


(もしかして……まさかこの周りの人達はLROに囚われた人達? そんな気がする。てかその可能性が高いんじゃ……確か結構な人が帰ってこれなく成ってたはず)


 でも同時に疑問も湧くぞ。だってその犠牲者達だとして……どうしてこんな場所に集められてる? しかも見る限りかなりの施設っぽい。これだけの人数を一企業が極秘裏に集めたり出来るか? でも、その地域……というか古今東西の病院で管理するのが危険だって言うのは分かる。
 どうせなら一ヶ所にまとめておいた方が効率もいいしな。けどそれしたらコストだって馬鹿にならないし、色々と問題は会ったはず。大きな動きはそれだけ調査委員会に感づかれやすくだって成るはずだしな……


「状況が分からない––と言った顔をしてるな」
「ん? ……うおっ!?」


 声が反対側から聞こえたと思ったら、そこにはもう一人の人物がしっとりひっそりと立ってた。気付かなかったけど、存在感がない……というのとはなんか違う人だ。その証拠に一度認識すると、ここの薄暗さも相まってか、妙に不気味に見える。闇に溶けこむような存在感を放ってるというか……なんかワカメみたいな髪がべっちゃりとしてて気味悪い。てかマジ誰だよ。


「そんなに驚くこともあるまい。私は一応協力者だ。まあいつまでか……はわからんがな」
「協力者?」


 どういう事なんだ? するともう一人––熊みたいな……あれ? 目が慣れてきたのかスッゴク黒く見えると思ってたら、あれってシスター服なのか? だけど普通はゆったりとした感じになる筈のその服が、この暗闇でもハッキリと分かるくらいに体格を主張してる。
 なんというか……筋骨隆々の中身がシスター服の外にはちきんばかりというかなんというか……って感じだ。


(––って待てよ)


 僕の記憶のフォルダの中にはこんな非常識とも言えるシスターが一人該当するぞ。その身体能力は人類とは思えなく、いかなる武器にも精通してる最強の傭兵……味方なら一騎当千、敵なら第六天魔王並のその人物は––




「ラオウさん?」
「ようやく気付いてくれましたか。ご無沙汰してますねスオウ君」


 そう言いつつラオウさんは今度はその手にハンドガンっぽいのを取り出して、ガシャコンと装填してる。えっと……モデルガンだよねそれ? 多分この薄暗さだから、妙にリアルな質感してる様に見えるんだ。
 きっとそう……そう思っておこう。なんか確かめるのは怖いからな。だってラオウさんなら……モノホン持ってておかしくない。けどそれはハッキリ言って考えたくない。


「取り敢えず現状を端的に説明しますと、私は貴方を奪還しに来ました。ですので行きましょう。時間がありません」
「奪還?」


 端的過ぎて訳がわからないよ。奪還ってどう聞いても穏やかな印象は受けない。それになんだかそれって、僕が悪の組織––というか敵側に掴まってたみたいな感じだな。そう思ってると、ラオウさんは周囲を警戒しながら僕を片手でヒョイと持ち上げ肩に抱きかかえられた。
 僕の体重はタオル並かと思ってしまう手軽さだった。そう言えばなんだか腹が減ってる気がする。スッカラカンの様な……ちょっと腹を押しただけで、ギョロロロロ––と鳴り出してるもん。聞こえてなかっただろうか? ちょっと恥ずかしい。


「ここは調査委員会の本拠地ですよ。彼等はこの場所にLROの被害者達を集めたんです。調査委員会は既に一委員会ではありません。この国の後ろ盾を得た国家機関に成りました。仮想現実空間とフルダイブと言う夢の全てを国は欲してる。
 そして大義名分の元に、調査委員会はこの場所に強制的に貴方達を集めたんです」
「そう……なんだ」


 実感とかはわきにくい。だけどラオウさんに担がれて高くなった視線から見渡す周りの景色を見ると、そうなのかなって自然と納得出来る。沢山の人達がリーフィアを被ってベットに横たわってるんだ。普通は自分の部屋で……てか、自分がリーフィアを被った姿さえも見ることはそうそうないのに、これだけの人間がずらっと機械つけて横たわってるのはなんか異常な光景に見える。


「積もる話は後にしましょう。目的を達したのなら、速やかに撤退するのも必要です」
「それはいいんだけど……別に担がれなくても自分で歩けるよ」


 流石になんだか恥ずかしよな。高校生にもなってこんな担がれ方するとは思いもしなかった。てかなんかラオウさんと会う時は良く担がれてる気がするような……前もオンブされてたしな。でもおんぶはまだ慣れてたってのも変だけど、経験はあったから。
 でもこの担がれ方は経験ない。荷物みたいに持たれてる。


「ですが急を要してるので、起きたばかりのスオウ君にはキツイはずです。遠慮など要りません。私に全てを預けてください」


 やばい、何この人……男前過ぎる! この人になら全部を捧げれるかも……とか言ってる場合じゃないか。冗談とかでも無いみたいだし。ラオウさんは一刻も早くここから僕を連れ出したいみたいだ。


「それでは、ここまでの手引き、感謝します」
「別にいいさ。君達の為じゃない。これは私の為なんだ。私が私の為に取捨選択をして選んだ行動なんだ。感謝されるいわれはない。それに私は君達の味方なわけでもない。勘違いしないでくれ」


 そう言うワカメ頭のその人は、さっきからこっちをジトーとした変な視線で見てるんだよね。なんか気持ち悪い。


「そうですか。ですが感謝とは都合を押し付けるものでもあります。貴方にとってはこれが打算で、私達も別に使える物を使っただけと思ってます。
 けど、ふと湧いた言葉じゃ出すとスッキリするものです。深い意味は無いと捉えてください」
「まさに自己満足だな」


「ええ、互いによくわかってます。私達は利害関係が一致してるだけに過ぎないと」


 二人の間で最終的には火花が散ってる様に見えたのが気のせいだろうか? でも言葉を聞いてる限り、良好な関係じゃないっぽいな。手引きって言ってたし、本当は調査委員会側の人間って事だろうか?
 でもそれがどうして、裏切るような真似を? 自分で言うのもなんだけど、僕って結構重要な位置に居ると思うんだ。色々と背負ってる物もあるし……とかあったんだけど……


(そう言えば、ここにラオウさんが居るって事は、やっぱりここはリアルなんだよな)


 今更だけど、その事実に改めて気付いてしまう。LROはどうなってしまったんだろうか? クリエの奴はあの後……ホント役に立たない奴だよ僕は。何も出来なかったんだ。背負ってた筈が会ったはずなのに……何も出来ず逃がして貰った。
 今、僕がここに居ることで、何かが繋がってるのだろうか? そんな事を思って一人勝手に沈んでると、ワカメ頭のその人がこんな事を言った。


「そう言えば彼だけなのか? 連れ出すのは。君なら––二人くらい軽々持ち運べそうだが?」


 僕だけ? 二人? どういう事なんだ? 僕以外にも……いや、いっぱい居るか。周りには沢山の意識不明者が居る。でももう一人をわざわざ言うということはラオウさんの知ってる人がこの中に居る……とかか? 
 そんな事を考えつつ、僕はラオウさんの顔を見る。するとその視線に気付いたのか、一瞬目が合った。だけど何故か気不味そうに速攻で目を背けられたよ。どゆこと? いや、「同情とか入りません」的な感じなのかも知れない。
 この人ならそう言いそうだし、ミッションの最中に私情は挟まないタイプなのかも。するとラオウさんはしっかりとした声でこういった。


「ひ––––彼女を救うのは私ではないですから」
「そうか。では精々信じてみるといい。私には出来ないことですけど。それでは、そうそうきちんと情報は回してくださいね。そうでないと、どんな行動を取るかわかりません」
「脅しですかそれは?」
「いいえ、ただの確認ですよ。取引上の」


 そう言って彼はこの場から立ち去ってく。やっぱりなんか好きになれそうもない感じだな。


「なんかちょっと不気味な人ですね」
「不気味なだけならまだ良かったんですけど……いえ、さあこちらも急ぎましょう。仲間がカメラにハッキング仕掛けてくれてる間に脱出しないと行けませんから」


 ハッキングって……ラオウさんの仲間は過激だな。その人に色々と改竄してもらって、銃とか輸入してるのだろうか? カメラにハッキングって、本当ならカメラがラオウさんの姿を捉えてる筈なのに、そうじゃないこれまでの映像と置き換わってるとかなのかな? 
 映画とか漫画とかでたまにあるあんな感じ? まあだけど、どんな風にやってるのかはわかんないけど、ここまでラオウさんが問題なくこれてるって事が、そのハッキングしてる人の腕が証明されてるよな。
 ハッキリ言ってラオウさんの巨体を隠すなんて、この全面ガラス張りっぽい場所では不可能に近い。本当なら即効で見つかってしかるべき。だけどその様子は微塵もないって事は上手くやってくれてるってのが分かるよ。


 ラオウさんはその巨体に似合わず、足音一つ立たせずに動き出す。そして不思議な事に揺れもあんまり感じない。普段……って程も会ってないけど、ラオウさんってまずはそのごつさ大きさに目が行くから歩き方とか注視してなかったけど、こういう何気ない部分からも違いはあったらしい。
 それともやっぱり今だからこその特別な歩き方なんだろうか? でも体に染み付いてるって感じがする。この巨体で音一つ立てないって凄いことだ。慎重に慎重に一歩ずつ踏み出してるのなら、当たり前だけどさ、彼女の場合は全然違う。
 速度なんて寧ろただの徒歩よりも速い。駆け足してる程度にはある。ラオウさんの巨体でなら、一歩を踏む度にこの速度ならドスドスとなっておかしくない。寧ろ普通だろう。けど、まるで地面に綿でも敷き詰められてるのか様にふわりとした身のこなしで進んでいくんだ。
 何この人……超スゲー。しかも激しく上下運動しないから担がれてる側も案外快適。


 そんな超すごいラオウさんに担がれながらこの施設内をめぐってると、ずっとガラス張りだったのに、一箇所不自然に曇りガラスの部分が……しかもそこだけは電気が付いてる。誰かいる? ––って思ったけど、曇りガラスだから内部で動いてる人影があれば外からでも見える。でも動く物体は見えないからその心配はなさそうだ。


「あそこって……」


 僕がそう呟くと、一瞬ピクンとラオウさんの体の筋肉が反応した気がした。布一枚隔てた程度じゃ、ラオウさんの筋肉は隠せないからな。彼女の体には緊張が走った。つまりはあそこにさっき会話に出てきたラオウさんの知り合いが……


「良いんですか?」


 僕は彼女を見上げてそういった。するとラオウさんは僕を見て、何も言わずに笑った。そしてそのままその場を突っ切る。彼女は迷わず、立ち止まる前に扉が開く。そしていつの間にか外の風が……リアルの風が肌を凪ぐ。外は夜で、街灯の明かりが道路を照らしてる。


「スオウ!」
「スオウ君、お帰りなさい」
「全く、インフィニットアート所持者ならもっとシャキッとしなさい」
「上手くいったようね」


 そこには秋徒、愛さん、メカブに何故か天道さんまで。色々と状況は進んでるんだな。当たり前か。僕が戻れなかった間、皆頑張ってくれてたんだろう。


「皆……ありがとう」


 僕は素直にそういった。ありがたい事だ。こうやって自分の為に頑張ってくれる人が居るってのはさ。掛け替えの無い物だろう。


「さあ、早く乗って。奴等のアジト前で談笑なんてやってられないでしょ」


 天道さんのその言葉で僕達は用意されてたボックスカーに乗り込む。そこでようやく一息……と思ったけど、如何せんなかなかに手狭だった。ラオウさんが妙にデカイから仕方ないけど、もう一つ大きな車でも良かったような……だけどそう思いつつ、いつの間にか車はどこかの駐車場へ入ってた。
 ものの五分程度のドライブだった。これは車の意味があったのか? 取り敢えず皆が続々と降りる中、最後に僕がまだ軋む体を動かしてドアの方へ。すると白い手が差し出される。


「大丈夫ですか?」
「ありがとう愛さん」


 流石本物のお嬢様は優しさに満ち溢れてるな。僕はその手を取ろうと手を伸ばす。するとその横から強引に掴んできた腕を僕を引っ張っていらん肩を貸してくれる。


「何するんだよ秋徒」
「いや、愛には重いだろうと思ってさ。親友の俺が支えてやるよ」


 こいつ絶対に僕と愛さんが手を繋ぐの防ぎたかっただけだろ。せっかくの愛さんの優しさが……僕だってあのツヤツヤでスベスベな手に触れたかったよ。秋徒の奴が独占してるだなんて悔しい。
 僕達は駐車場から出てエレベーターへ。人気の無い場所なのか、随分と静かだ。エレベーターにも僕達だけ。ホテルっぽかったんだけど……たまたまか?


「そう言えば、日鞠の奴はどうしてるんだ秋徒? 心配掛けたよな」


 僕がふとそう呟くと、エレベーターの中の空気が一気に三度は下がった気がする。皆、あからさまに口を閉ざしてる様な……嫌な感覚だな。何かあったんじゃないかと思ってしまう。胸が、少しずつざわめく。


「おい、秋徒?」


 僕は秋徒を見つめる。上がってくエレベーターの数字。そしてチンという音と共に、扉が開いた。だけど誰も降りようとしない。そしてそれは僕だって同じだ。聞くまでは降りれない。すると秋徒が重そうだった口をようやく動かす。


「落ち着いて聞けよ。日鞠は……アイツはお前を助ける為にLROに入った。そして……そのままだ」
「そのまま……そのままって……それってつまり……」


 目が開いてるのに、世界が暗くなる様な感覚に陥る。太陽がもう、昇らないと思えるほどの……そんな衝撃だ。

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