命改変プログラム
扉の先には
眩しいほどに輝く町中から立ち昇る光達の只中で、深く沈むただ一点の闇。光さえも吸いつくしそうなその一点の闇が、この街を食い尽くそうと牙を向いてくる。
「さあ! 行くぞオラアアアアアアアアアアアア!!」
身の丈を超える漆黒の鎌。それを振りかぶると、後方の建物と地面が一斉に抉られた。その恐怖に兵隊の方々の後ろに追いやられてた民衆の人達はパニックを起こし出す。泣き叫ぶ声やら悲鳴やらが聞こえて来て、後ろをチラリと見ると早くこの場から逃れようと、後方の方へと流れてる。
今までも随分暴れまわってた筈だけど……なんでイキナリここまでパニックになってんだ? 奴のテンションが上がったのが普通の人達に変な直感を与えたとか……取り敢えずこのままじゃ不味い。
あんな我先にと走りだしてるんじゃ危ない。二次災害になるぞ。それに今のブリームスは異変が起こってる最中だ。下手に動きまわるのは更に危険。もしもマジで神隠しが再現されてるのなら、一人になるのは避けたほうが良い。
けど、個人とか集団とかもしかしたら今回は関係ないかも知れないけどな。もしもそうだとしたら更に厄介。
「おい、余所見してる暇なんかねぇぞ!」
すぐ近くで聞こえたそんな声。視線を向けるとさっきまで空に浮いてたはずの黒い奴が数メートル先でその鎌を体をひねって構えてる。デカイ鎌だからな……近づき過ぎるよりもある程度距離を置いてた方がいいんだろう。それこそ……この距離がベストの間合い!
黒光りする鎌の先端に奴の瘴気じみた力が収束してる。
(まともに受け止める訳には––はっ!)
その瞬間喧騒漂う後方の存在が嫌な事実を教えてくれる。ここで僕が避けたら、奴の攻撃は後ろの人達に向かうんじゃないか? 間に兵隊達が入ってくれてるけど……彼等が何か障壁的な物を用意してる事に賭けて見ることは駄目だろうか?
あってくれれば助かる……けど、それで防げるかも未知数だよな。黒い鎌が僕の体を切り裂こうと向かってきてる。迷ってる暇はない。この場から遠ざけるのは民衆じゃない。こいつなんだ! 避ける選択肢がないのなら––覚悟を決めて突っ込もうじゃないか。
だけどただ単純に真っ直ぐに踏み出したりはしない。僕は奴の鎌の柄の方へウネリを解いたセラ・シルフィングを間に入れてワザと寄りかかる。
今更こんな妨害程度で、勢いが止められる訳でもないけど、でも思いついた事がある。これはある意味、確実に攻撃を届けれる手段かも知れない。このまま振り切ったら多分、この鎌の先に収束してる力が開放されてしまうんだろう。それを防ぐためにも、ここは確実で、そして体が思わず反応する様な攻撃をしないと行けない。
今の僕にはそれすらもなかなかに難しい難問だ。ただのイクシードのウネリなんか、奴には既に効果ないのはわかりきってることだ。けど……だからと言ってイクシード3は……今は都合が悪い状態なんだよね。
どんなスキルも連続で使えるわけじゃない。強力な物ほど感覚が長いのは当たり前。だけど……多分この地だからだろうか……その感覚が長くなってる気がする。魔法にしか影響ないとか思ってたけど、とんでもない。どうやらスキルにも世界樹の力ってのは影響してるらしい。
けど今はグダグダやってても仕方ない!
「こんのっ!」
僕は右手のウネリを鎌の進行方向とは逆の地面に向ける。これで勢いを多少は削ぎつつ、本命を叩きこんでやる。耳元で聞こえるスパーク音––それを確認する。
「薙ぎ払ってズタボロにしてやるよおおおおおおおお!!」
ウネリで逆方向からの力を掛けても関係なく力で押し切ろうとしてくる。ウネリと鎌に挟まれた僕の体がヤバイ。地面についてた足が浮いて、真っ直ぐに伸びてたウネリは、奴の力に押されて蛇の体の様にくねり出す。
上手くいくかどうか考えてる暇もないな。僕はウネリを消した方のセラ・シルフィングへ意識を集中する。忘れられがちだけど……セラ・シルフィングは風と雷の二つの属性を併せ持つ武器だ!
(行けっ!!)
僕の体と鎌に挟まれたセラ・シルフィングが青白い光を放ち一際大きな音を弾けさせる。すると次の瞬間奴の腕が跳ね上がりその手から鎌が離れた。確かに奴は肉体的にかなり頑丈に成ったようだ。それに得体の知れない力も強大に成ってる。
何人ものプレイヤーを喰って得たその強化された力はホントに厄介。自信を得たのもうなずける。だけどな……どんなに強化しようとどうしようもない事はあるものだ。それが反射って奴だろ。特に電気に体は敏感だ。僕の攻撃程度では奴のHPは削れないかも知れない。だけど……反射させる事は出来る。しかも意識してなかっただろうからな。
奴は僕の攻撃の発動に気付かなかった筈だ。大きかったと言っても一瞬だし、テンションが上がった奴は常に変な声上げてるからな。そんな中、僕は奴の鎌の柄を伝わせて電撃を送った。普通に向けたんじゃ多分、奴の障壁か何かに阻まれる。羽も出てるからな。
だけど奴自身が握る鎌伝いなら防ぐことはかなわない……と思ったんだけど、それは正しかったようだ。
奴は自身の体の異常な反応に驚いてる––
「今だテトラ!!」
「よう小僧。取り敢えず吹き飛べ!!」
––奴の上がった腕の方へ黒い靄と共に現れたテトラ。その拳ががら空きになった脇腹へと叩き込まれる。踏み込んだ瞬間の地面を押し込んだ様な音と、拳が放った衝撃波の様な暴風が辺り一帯に吹きすさぶ。黒い奴はその攻撃をモロに食らって建物を何棟か突き抜けて行った。
「よし、手応えはあった」
「流石だな。取り敢えず少しは離せたな。だけど中央から離すのが目的だから……こっちから近づかなきゃな」
危険だけど、ここで待ってたら、またここで戦闘が始まるだけ……それじゃあ意味が無い。テトラが奴をぶっ飛ばしたのだって(個人的な恨みもあるだろうけど)この場所から遠ざけるためだろしな。
「君達、何を呆けてる。現状を報告したまえ。皆さんも落ち着いて。今第一の方々が魔鏡強啓零項へ手を掛けました。もう少しの辛抱です」
ロウ副局長は混乱する民衆にそう告げる。まあ民衆だけじゃなく、不安がってる兵隊の方々にも言ったっぽいけどね。守る側にも目標は必要だもんな。モチベーションの維持の為にもさ。彼の言葉で実際少し混乱は収まったように見える。取り敢えずここは任せていいみたいだな。
「ロウ副局長、僕達はあいつを中央から引き離す。こっちは頼んだ」
「分かった。使えそうなアイテムを選別して加勢に向かおう。それまでやられるんじゃないぞ」
「なら、なるべく早く頼む!」
僕とテトラは走りだす。きっとブチ切れるかなんかしてるだろうから、急いで向かったほうがいい。奴もテトラと同じような移動が出来るからな。一気に戻って来られると困る。早めに僕達を視界に入れないと……なんかわざわざ猛獣に気付かせてあげてるみたいで、気は進まないけどしょうがない。
奴が空けた建物の穴を進んでると、突然聞こえてきた震える様な叫び。そして遠くで一瞬黒い光が見える。
「掴まれ!」
その言葉と共に差し出された手を咄嗟に掴む。すると次の瞬間僕達は建物の屋根へと上がってた。
「うおっ!?」
突如建物自体が傾き出す。何事かと思ったらどうやらさっきの奴の攻撃で下の階を派手に壊したのが原因らしい。だけどなんとか倒壊までは行かなかった。派手に傾いたけど、なんとかまだ形を保ってる。
(危なかったな……)
穴を進むのが危険だとはわかってた。だけど最短距離でもあったからな。けどテトラが居なかったら今頃真っ二つに成ってたかも知れない。この建物の状況から見るに、下の階の半分全てを切り裂いたみたいだからな。たぶん横とかに逃げてても意味はなかった。
(––って待てよ。攻撃をしてきたって事は僕達を認識してたって事じゃ?)
頬を撫でる風––その声が僕に危機を知らせてくれる。
「飛べテトラ!!」
僕達は同時に屋根を蹴って飛び上がる。その次の瞬間、建物全体に響き渡った甲高い音と共に、まるでその建物がそう切られてたかのようにバラバラに成った。そしてその建物の中から湧き上がるような力が見える。
するとその力が黒い半月状になってこちらに放たれてくる。速い!
「くっ!!」
前へ飛び出すテトラ。テトラの奴も自身の力を前方に展開してその刃を受け止める。だけどその瞬間それを見越してたかの様に半月状の刃が爆発する。その衝撃でテトラの奴は吹き飛ばされる。
「テトラ!!」
爆発の煙をまとって吹き飛ぶテトラを目で追っていると、不意に背筋が凍りつくような感覚に襲われる。振り返ってる暇はない––とそう本能が告げてる。僕は両方のセラ・シルフィングのウネリの回転を上げて、体全体で体に回転を付ける。すると次の瞬間、自分の回転した体の側を禍々しい鎌が掠めていった。
振り返ってたらきっと、あの鎌の餌食に今頃成ってただろう。ゾッとしつつも、この隙を見逃す訳にはいかない。体は既に落ちてる状態だけど、ウネリならまだ届く。僕はそう思ってウネリを黒い奴へと向ける。二つのウネリを二方向から挟むようにぶつけてやった。
倒せる––なんて思わない。だけど効かないからって何もしないなんて出来ないだろ。奴をもっと遠くにやらないと……ここらへんじゃまだ危ない。逃げるだけしても、こいつが僕達の意図にまで気付く奴とは思えないけど、こっちの気持ちも問題ってのもあるからな。取り敢えずかすり傷位つけさせたい様な……
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
変な声がウネリの中から聞こえる。すると挟んだはずのウネリが突如としてかき消される。そして姿を表わすのは爛々と輝く赤い目の悪魔だ。奴は僕を見定めてこういう。
「コロス」
その言葉に背筋が凍る。あの目完全にイッてる。元からイッてる奴だけど、今はただ本当に野生化してるというか、本能だけで動いてる様な……テトラのさっきの一撃は想像以上に効いたのかも知れない。
握りしめた拳が重い一撃となって叩き込まれる。ウネリが消失したセラ・シルフィングでガードをしたけど、その力は凄まじく僕は地面へと叩きつけられる。
「がはっ!!」
体中からバキバキと言う音が響いてくる。口の中から血が吹き出し目の前が霞む。だけどそんな視界の先にも黒い本流が渦巻いてるのがなんとか見える。僕は手の甲を地面に叩きつけて、そこに付けてる錬金アイテムを発動させる。
衝撃が増幅されて、無理矢理その場からはじけ飛ぶ。それと同時に、激しい衝撃が響いた。割れた地面の欠片が無慈悲に襲いかかってきやがる。僕はそれに体を丸くして耐える。流石にこれは僕がやった物じゃない。この拳につけたアイテムでもここまでの事は出来ない。だからやっぱり奴だろう。
まともに見えてなかったが、あの判断は間違ってなかったようだ。けどこのままじゃヤバイ。それに派手に周囲を壊されるのも不味いしな。僕はなんとか歯を食いしばって、逆方向に走りだす。もっと遠くに離れないと、研究所が被害を受けかねないからな。
「逃がすかあああああああああああああ!!」
後ろから物凄い音が聞こえた。嫌な声も同時に上がる。イクシード3が使えない今、僕がこいつに敵う確率は万に一つくらいしかないだろう。いつもなら、最小限の力に留めて持続……とか出来てたんだけど、絶対的な力がこの街では少ないせいか、それも無理。
イクシード3はセラ・シルフィングの最上級のスキルだ。再び使用出来る様になるには時間がかかる。そしてその時間をのんびりと待ってくれる程に、状況は甘くなんて無い。イクシードしか使えなくても、どうにかしないといけない。
僕は風を掴んで再び刀身にウネリを作り出す。だけど無駄に長くした所で意味は無い。だからもっと高密度で元の刀身の中にウネリを押し込む。
(これなら––)
切り裂ける訳でも、貫ける訳でもないだろうけど、受け流す位なら––視界の端に写る黒い影。僕はソレに刀身を向ける。
「うがああああああああああああああああああ!!」
「つっ––づあ!」
刀身が触れ合った瞬間、ウネリさえもその凶悪な刃が切り裂く。だけど圧縮してたおかげか、その瞬間に激しく渦巻いた風のお陰で、僕の体は吹き飛ばされて切っ先からは逃れられた。またまた地面を滑って積み上げれてた箱へとぶつかる。だけどもう片方のセラ・シルフィングでガードしたからさっきほどのダメージじゃない。僕は急いで再び走りだす。
「なっ!?」
だけどその時、ガクンと足が砕けた。砕けた足に目をやると赤い血が流れ出てる。いつこんな所に傷が?
(そう言えばあの鎌……そういう特性の武器だったな)
一回の攻撃で複数の斬撃を放ってるというか、受け止めたら別の箇所に斬撃が追加攻撃されるような……そんな感じだった。だからさっき僅かに触れたのを判断して別方向から既に斬撃が来てたのかも。
吹き飛ぶ僅かな刹那にその斬撃が足に届いてた……
「くっそ、これくらい!」
足が動かなく成ったわけじゃない。僕は意識して力を込めて立上る。早く動かないとまた奴が……とか思ってると案の定赤い目を爛々と輝かせた奴がきったなく唾を撒き散らしながら迫ってきてる。
「殺す! 殺す! ころおおおおおおおおおおおおおおす!!」
いつの間にかデカイ鎌を両手に携えた奴。あいつ人の二刀流を見て真似て来たのかも知れない。てかそもそもわざわざ鎌で攻撃してくる必要があるのかどうか……こいつ背中の羽根で変な攻防一体の事が出来るだろうに、自分で切り裂きたいんだろうか? まあこっちとしては見えない攻撃をされるよりはまだ良いけど……でもどちらにしてもまともに食らったら致命傷は避けられないのが難点だな。
(どうする……)
ウネリもあまり意味が無い。もう一度さっきの奴をするにしても、アイツだって今度は今の事象を念頭に置いてるはず。直ぐに距離を詰められたら、バランスを崩してちゃ今度こそ避けられないぞ。
けどだからって今の僕に他の選択肢も無いわけで……取り敢えずウネリに雷撃を咥えて少しでも強化しておくか。それしかできないし……後は取り敢えず避けれるだけは避ける! 当たらなければ、どんな強力な攻撃だろうと関係ない。しっかり見て、そして二つの鎌での連続攻撃を紙一重で避け続ける。
鎌が寸前を通って振り切られる度に周りの建物や地面に大きく入る斬撃の跡。あれが自分の体に刻まれた時がきっと終わりの時だろう。それを想像すると……いや、想像なんてするべきじゃない。したってそんなの意味なんて無い。
「うがあ!!」
当たらない事に業を煮やしたのか、奴はその苛立ちをぶつけたような声を出した。しかもただの声じゃない。鼓膜を通して脳を揺さぶるような声で、しかも声が衝撃としてぶつかって来たような感覚さえあった。後方に押し出されるように体が浮く。
そこに奴は二つの鎌の刃を噛み合わせて激しい音を出した。直接攻撃はしてこない? だけどこれは––
「うがあああああああああああああ!!」
––視界が赤く染まる。全身から吹き出る血が目の前を染めた。やっぱりか……奴はわざと二つの刃をぶつけさせて、見えない刃を作り出したんだ。そして今ので想像できるけど、それなりに操作も出来るってことかも。
それともただ単に奴の思考に沿ってるとかか……まあ取り敢えず……今言えるのはこれは不味いって事だ。このまま倒れたら終わる。それはきっと確実……
「くっ……づあああ!」
止めは確実に自分の手で刺したいのか、奴の迫ってきてた鎌にセラ・シルフィングをぶつける。相変わらずウネリが切り裂かれ、発生してた雷撃が同時に眩しくはじけた。必死に踏ん張ったせいか、今回はそこまで衝撃で体が移動するって事がなかった。
だけどそれは不味い。早く移動しないとこの鎌の特性が発動す––
(あれ?)
既に僕の体に新しい傷が刻まれてもおかしくないはず……だけど、そんな兆しはない。僕と同じように奴も力が発動しない事に疑問を持ってるようだ。お互い一瞬の静寂を過ごす。するとそれを切り裂く声が空から響いた。
「退けスオウ!!」
空を仰ぐと片手を掲げたテトラの姿があった。そしてその周囲に広がる黒い光が空に沢山展開してる。僕はそれを見て急いでこいつから距離を取る為に離れようとする。だけどそんな簡単に距離を取れる状態でもない訳で……でも悠長にそれを待ってる暇はないと、テトラだってわかってる。
始まる攻撃は空からの一斉放射。黒い砲弾が奴に向かって降り注ぐ。その余波は僕の所にまで届く。激しい爆発で僕は再び飛ばされて地面を転がる羽目になった。そして変な石塚みたいなのにぶつかる。
「いってぇ……ん?」
こんな古臭いというか、変な物この街にあったかな? 小さなピラミッドみたいな形した歪な石の塊……なんとなく手を伸ばして見ると、その時一際大きな爆風が後方から吹いてきた。そのせいで地面に置いてたセラ・シルフィングの一つが甲高い音を立てて飛んでいく。
僕は急いでセラ・シルフィングを追った。手元に無いと不安で仕方ないからな。あれは生命線だ。セラ・シルフィングまでなくしたらもうお終いだからな。セラ・シルフィングは僕の心の支えに成ってる。これがあるから、僕はまだ前を向いてられるんだ。
「まだやれる……そうだよなセラ・シルフィング」
僕は物言わぬ剣にそう問いかける。勿論答えが返ってくることはないけど、その答えは自分の中にある。するとその時また気付いた。至る所にさっきの石塚がある。おかしい……これだけあるのなら気付かないワケがない。
でも僕達は誰もその存在を指摘したりしなかった。それは何故か……視界に入ってなかったから? でも流石に一度ぐらいは入るぞこれ。僕は一番最初に見つけた石塚へ視線を向ける。さっきの衝撃で普通なら崩れててもおかしくないと思う。だけど……そこには変わらない姿の石塚がある。
(普通じゃない)
この世界で普通ってなんだ? って問われても困るけど、あれは異常な物の様な気がする。するとどこからからブツブツと何か聞こえてきた。テトラの攻撃が激しいから最初は気のせいか––とも思ったけど、そうじゃない。僕は大通りから少し狭い路地へと入る。そして少し進むと、建物とも建物の隙間に挟まって震えてる人を見つけた。
多分奴が避難所と成ってた中央で暴れまわったせいで逃げ出した人だろう。結局このブリームスからは出られないんだ。だからこんな所で小さくなって震えるしかなかった。いい歳した大人に見えるけど、その顔は顔面蒼白で絶望に浸った顔がより歳を喰ってみさせる。
取り敢えずここに居たら不味い。戻るように伝えないと。
「大丈夫ですか? ここは危険です。避難所に戻った方がいい」
「いいい一緒だよ。どこにも私達は逃げられないんだ。化け物に殺されるか、錬金の代償を払う時が来たんだよ」
錬金の代償? なんの事だそれ? 僕はその人の前で膝を付いて問いかける。
「それって、どういうことですか?」
「詳しくは知らない。ただの言い伝えだ。魔鏡強啓の最後の扉が開くとき、この街の夢は醒めるんだ。だからきっと私達はもう––––」
頭を抱えたその人の涙ぐんだ顔がこちらを見据えたと思った瞬間、その人の姿が忽然と消えた。瞬きをしたかのようなその一瞬で、人が一人消え去った。そしてその人が居た地面には見覚えのある指輪がくるくると回って持ち主の不在を示してた。
もしかしたら––と思ってた。こういうことが起こりえると、覚悟もしてたはずだった。だけど……目の前で人が忽然と姿を消すという現象を理解するのに、やっぱり数秒必要で、理解した所で僕には何も出来ないんだ。僕の選んだ選択は間違ってたのかもしれない……そんな思いが湧いてくる。
「さあ! 行くぞオラアアアアアアアアアアアア!!」
身の丈を超える漆黒の鎌。それを振りかぶると、後方の建物と地面が一斉に抉られた。その恐怖に兵隊の方々の後ろに追いやられてた民衆の人達はパニックを起こし出す。泣き叫ぶ声やら悲鳴やらが聞こえて来て、後ろをチラリと見ると早くこの場から逃れようと、後方の方へと流れてる。
今までも随分暴れまわってた筈だけど……なんでイキナリここまでパニックになってんだ? 奴のテンションが上がったのが普通の人達に変な直感を与えたとか……取り敢えずこのままじゃ不味い。
あんな我先にと走りだしてるんじゃ危ない。二次災害になるぞ。それに今のブリームスは異変が起こってる最中だ。下手に動きまわるのは更に危険。もしもマジで神隠しが再現されてるのなら、一人になるのは避けたほうが良い。
けど、個人とか集団とかもしかしたら今回は関係ないかも知れないけどな。もしもそうだとしたら更に厄介。
「おい、余所見してる暇なんかねぇぞ!」
すぐ近くで聞こえたそんな声。視線を向けるとさっきまで空に浮いてたはずの黒い奴が数メートル先でその鎌を体をひねって構えてる。デカイ鎌だからな……近づき過ぎるよりもある程度距離を置いてた方がいいんだろう。それこそ……この距離がベストの間合い!
黒光りする鎌の先端に奴の瘴気じみた力が収束してる。
(まともに受け止める訳には––はっ!)
その瞬間喧騒漂う後方の存在が嫌な事実を教えてくれる。ここで僕が避けたら、奴の攻撃は後ろの人達に向かうんじゃないか? 間に兵隊達が入ってくれてるけど……彼等が何か障壁的な物を用意してる事に賭けて見ることは駄目だろうか?
あってくれれば助かる……けど、それで防げるかも未知数だよな。黒い鎌が僕の体を切り裂こうと向かってきてる。迷ってる暇はない。この場から遠ざけるのは民衆じゃない。こいつなんだ! 避ける選択肢がないのなら––覚悟を決めて突っ込もうじゃないか。
だけどただ単純に真っ直ぐに踏み出したりはしない。僕は奴の鎌の柄の方へウネリを解いたセラ・シルフィングを間に入れてワザと寄りかかる。
今更こんな妨害程度で、勢いが止められる訳でもないけど、でも思いついた事がある。これはある意味、確実に攻撃を届けれる手段かも知れない。このまま振り切ったら多分、この鎌の先に収束してる力が開放されてしまうんだろう。それを防ぐためにも、ここは確実で、そして体が思わず反応する様な攻撃をしないと行けない。
今の僕にはそれすらもなかなかに難しい難問だ。ただのイクシードのウネリなんか、奴には既に効果ないのはわかりきってることだ。けど……だからと言ってイクシード3は……今は都合が悪い状態なんだよね。
どんなスキルも連続で使えるわけじゃない。強力な物ほど感覚が長いのは当たり前。だけど……多分この地だからだろうか……その感覚が長くなってる気がする。魔法にしか影響ないとか思ってたけど、とんでもない。どうやらスキルにも世界樹の力ってのは影響してるらしい。
けど今はグダグダやってても仕方ない!
「こんのっ!」
僕は右手のウネリを鎌の進行方向とは逆の地面に向ける。これで勢いを多少は削ぎつつ、本命を叩きこんでやる。耳元で聞こえるスパーク音––それを確認する。
「薙ぎ払ってズタボロにしてやるよおおおおおおおお!!」
ウネリで逆方向からの力を掛けても関係なく力で押し切ろうとしてくる。ウネリと鎌に挟まれた僕の体がヤバイ。地面についてた足が浮いて、真っ直ぐに伸びてたウネリは、奴の力に押されて蛇の体の様にくねり出す。
上手くいくかどうか考えてる暇もないな。僕はウネリを消した方のセラ・シルフィングへ意識を集中する。忘れられがちだけど……セラ・シルフィングは風と雷の二つの属性を併せ持つ武器だ!
(行けっ!!)
僕の体と鎌に挟まれたセラ・シルフィングが青白い光を放ち一際大きな音を弾けさせる。すると次の瞬間奴の腕が跳ね上がりその手から鎌が離れた。確かに奴は肉体的にかなり頑丈に成ったようだ。それに得体の知れない力も強大に成ってる。
何人ものプレイヤーを喰って得たその強化された力はホントに厄介。自信を得たのもうなずける。だけどな……どんなに強化しようとどうしようもない事はあるものだ。それが反射って奴だろ。特に電気に体は敏感だ。僕の攻撃程度では奴のHPは削れないかも知れない。だけど……反射させる事は出来る。しかも意識してなかっただろうからな。
奴は僕の攻撃の発動に気付かなかった筈だ。大きかったと言っても一瞬だし、テンションが上がった奴は常に変な声上げてるからな。そんな中、僕は奴の鎌の柄を伝わせて電撃を送った。普通に向けたんじゃ多分、奴の障壁か何かに阻まれる。羽も出てるからな。
だけど奴自身が握る鎌伝いなら防ぐことはかなわない……と思ったんだけど、それは正しかったようだ。
奴は自身の体の異常な反応に驚いてる––
「今だテトラ!!」
「よう小僧。取り敢えず吹き飛べ!!」
––奴の上がった腕の方へ黒い靄と共に現れたテトラ。その拳ががら空きになった脇腹へと叩き込まれる。踏み込んだ瞬間の地面を押し込んだ様な音と、拳が放った衝撃波の様な暴風が辺り一帯に吹きすさぶ。黒い奴はその攻撃をモロに食らって建物を何棟か突き抜けて行った。
「よし、手応えはあった」
「流石だな。取り敢えず少しは離せたな。だけど中央から離すのが目的だから……こっちから近づかなきゃな」
危険だけど、ここで待ってたら、またここで戦闘が始まるだけ……それじゃあ意味が無い。テトラが奴をぶっ飛ばしたのだって(個人的な恨みもあるだろうけど)この場所から遠ざけるためだろしな。
「君達、何を呆けてる。現状を報告したまえ。皆さんも落ち着いて。今第一の方々が魔鏡強啓零項へ手を掛けました。もう少しの辛抱です」
ロウ副局長は混乱する民衆にそう告げる。まあ民衆だけじゃなく、不安がってる兵隊の方々にも言ったっぽいけどね。守る側にも目標は必要だもんな。モチベーションの維持の為にもさ。彼の言葉で実際少し混乱は収まったように見える。取り敢えずここは任せていいみたいだな。
「ロウ副局長、僕達はあいつを中央から引き離す。こっちは頼んだ」
「分かった。使えそうなアイテムを選別して加勢に向かおう。それまでやられるんじゃないぞ」
「なら、なるべく早く頼む!」
僕とテトラは走りだす。きっとブチ切れるかなんかしてるだろうから、急いで向かったほうがいい。奴もテトラと同じような移動が出来るからな。一気に戻って来られると困る。早めに僕達を視界に入れないと……なんかわざわざ猛獣に気付かせてあげてるみたいで、気は進まないけどしょうがない。
奴が空けた建物の穴を進んでると、突然聞こえてきた震える様な叫び。そして遠くで一瞬黒い光が見える。
「掴まれ!」
その言葉と共に差し出された手を咄嗟に掴む。すると次の瞬間僕達は建物の屋根へと上がってた。
「うおっ!?」
突如建物自体が傾き出す。何事かと思ったらどうやらさっきの奴の攻撃で下の階を派手に壊したのが原因らしい。だけどなんとか倒壊までは行かなかった。派手に傾いたけど、なんとかまだ形を保ってる。
(危なかったな……)
穴を進むのが危険だとはわかってた。だけど最短距離でもあったからな。けどテトラが居なかったら今頃真っ二つに成ってたかも知れない。この建物の状況から見るに、下の階の半分全てを切り裂いたみたいだからな。たぶん横とかに逃げてても意味はなかった。
(––って待てよ。攻撃をしてきたって事は僕達を認識してたって事じゃ?)
頬を撫でる風––その声が僕に危機を知らせてくれる。
「飛べテトラ!!」
僕達は同時に屋根を蹴って飛び上がる。その次の瞬間、建物全体に響き渡った甲高い音と共に、まるでその建物がそう切られてたかのようにバラバラに成った。そしてその建物の中から湧き上がるような力が見える。
するとその力が黒い半月状になってこちらに放たれてくる。速い!
「くっ!!」
前へ飛び出すテトラ。テトラの奴も自身の力を前方に展開してその刃を受け止める。だけどその瞬間それを見越してたかの様に半月状の刃が爆発する。その衝撃でテトラの奴は吹き飛ばされる。
「テトラ!!」
爆発の煙をまとって吹き飛ぶテトラを目で追っていると、不意に背筋が凍りつくような感覚に襲われる。振り返ってる暇はない––とそう本能が告げてる。僕は両方のセラ・シルフィングのウネリの回転を上げて、体全体で体に回転を付ける。すると次の瞬間、自分の回転した体の側を禍々しい鎌が掠めていった。
振り返ってたらきっと、あの鎌の餌食に今頃成ってただろう。ゾッとしつつも、この隙を見逃す訳にはいかない。体は既に落ちてる状態だけど、ウネリならまだ届く。僕はそう思ってウネリを黒い奴へと向ける。二つのウネリを二方向から挟むようにぶつけてやった。
倒せる––なんて思わない。だけど効かないからって何もしないなんて出来ないだろ。奴をもっと遠くにやらないと……ここらへんじゃまだ危ない。逃げるだけしても、こいつが僕達の意図にまで気付く奴とは思えないけど、こっちの気持ちも問題ってのもあるからな。取り敢えずかすり傷位つけさせたい様な……
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
変な声がウネリの中から聞こえる。すると挟んだはずのウネリが突如としてかき消される。そして姿を表わすのは爛々と輝く赤い目の悪魔だ。奴は僕を見定めてこういう。
「コロス」
その言葉に背筋が凍る。あの目完全にイッてる。元からイッてる奴だけど、今はただ本当に野生化してるというか、本能だけで動いてる様な……テトラのさっきの一撃は想像以上に効いたのかも知れない。
握りしめた拳が重い一撃となって叩き込まれる。ウネリが消失したセラ・シルフィングでガードをしたけど、その力は凄まじく僕は地面へと叩きつけられる。
「がはっ!!」
体中からバキバキと言う音が響いてくる。口の中から血が吹き出し目の前が霞む。だけどそんな視界の先にも黒い本流が渦巻いてるのがなんとか見える。僕は手の甲を地面に叩きつけて、そこに付けてる錬金アイテムを発動させる。
衝撃が増幅されて、無理矢理その場からはじけ飛ぶ。それと同時に、激しい衝撃が響いた。割れた地面の欠片が無慈悲に襲いかかってきやがる。僕はそれに体を丸くして耐える。流石にこれは僕がやった物じゃない。この拳につけたアイテムでもここまでの事は出来ない。だからやっぱり奴だろう。
まともに見えてなかったが、あの判断は間違ってなかったようだ。けどこのままじゃヤバイ。それに派手に周囲を壊されるのも不味いしな。僕はなんとか歯を食いしばって、逆方向に走りだす。もっと遠くに離れないと、研究所が被害を受けかねないからな。
「逃がすかあああああああああああああ!!」
後ろから物凄い音が聞こえた。嫌な声も同時に上がる。イクシード3が使えない今、僕がこいつに敵う確率は万に一つくらいしかないだろう。いつもなら、最小限の力に留めて持続……とか出来てたんだけど、絶対的な力がこの街では少ないせいか、それも無理。
イクシード3はセラ・シルフィングの最上級のスキルだ。再び使用出来る様になるには時間がかかる。そしてその時間をのんびりと待ってくれる程に、状況は甘くなんて無い。イクシードしか使えなくても、どうにかしないといけない。
僕は風を掴んで再び刀身にウネリを作り出す。だけど無駄に長くした所で意味は無い。だからもっと高密度で元の刀身の中にウネリを押し込む。
(これなら––)
切り裂ける訳でも、貫ける訳でもないだろうけど、受け流す位なら––視界の端に写る黒い影。僕はソレに刀身を向ける。
「うがああああああああああああああああああ!!」
「つっ––づあ!」
刀身が触れ合った瞬間、ウネリさえもその凶悪な刃が切り裂く。だけど圧縮してたおかげか、その瞬間に激しく渦巻いた風のお陰で、僕の体は吹き飛ばされて切っ先からは逃れられた。またまた地面を滑って積み上げれてた箱へとぶつかる。だけどもう片方のセラ・シルフィングでガードしたからさっきほどのダメージじゃない。僕は急いで再び走りだす。
「なっ!?」
だけどその時、ガクンと足が砕けた。砕けた足に目をやると赤い血が流れ出てる。いつこんな所に傷が?
(そう言えばあの鎌……そういう特性の武器だったな)
一回の攻撃で複数の斬撃を放ってるというか、受け止めたら別の箇所に斬撃が追加攻撃されるような……そんな感じだった。だからさっき僅かに触れたのを判断して別方向から既に斬撃が来てたのかも。
吹き飛ぶ僅かな刹那にその斬撃が足に届いてた……
「くっそ、これくらい!」
足が動かなく成ったわけじゃない。僕は意識して力を込めて立上る。早く動かないとまた奴が……とか思ってると案の定赤い目を爛々と輝かせた奴がきったなく唾を撒き散らしながら迫ってきてる。
「殺す! 殺す! ころおおおおおおおおおおおおおおす!!」
いつの間にかデカイ鎌を両手に携えた奴。あいつ人の二刀流を見て真似て来たのかも知れない。てかそもそもわざわざ鎌で攻撃してくる必要があるのかどうか……こいつ背中の羽根で変な攻防一体の事が出来るだろうに、自分で切り裂きたいんだろうか? まあこっちとしては見えない攻撃をされるよりはまだ良いけど……でもどちらにしてもまともに食らったら致命傷は避けられないのが難点だな。
(どうする……)
ウネリもあまり意味が無い。もう一度さっきの奴をするにしても、アイツだって今度は今の事象を念頭に置いてるはず。直ぐに距離を詰められたら、バランスを崩してちゃ今度こそ避けられないぞ。
けどだからって今の僕に他の選択肢も無いわけで……取り敢えずウネリに雷撃を咥えて少しでも強化しておくか。それしかできないし……後は取り敢えず避けれるだけは避ける! 当たらなければ、どんな強力な攻撃だろうと関係ない。しっかり見て、そして二つの鎌での連続攻撃を紙一重で避け続ける。
鎌が寸前を通って振り切られる度に周りの建物や地面に大きく入る斬撃の跡。あれが自分の体に刻まれた時がきっと終わりの時だろう。それを想像すると……いや、想像なんてするべきじゃない。したってそんなの意味なんて無い。
「うがあ!!」
当たらない事に業を煮やしたのか、奴はその苛立ちをぶつけたような声を出した。しかもただの声じゃない。鼓膜を通して脳を揺さぶるような声で、しかも声が衝撃としてぶつかって来たような感覚さえあった。後方に押し出されるように体が浮く。
そこに奴は二つの鎌の刃を噛み合わせて激しい音を出した。直接攻撃はしてこない? だけどこれは––
「うがあああああああああああああ!!」
––視界が赤く染まる。全身から吹き出る血が目の前を染めた。やっぱりか……奴はわざと二つの刃をぶつけさせて、見えない刃を作り出したんだ。そして今ので想像できるけど、それなりに操作も出来るってことかも。
それともただ単に奴の思考に沿ってるとかか……まあ取り敢えず……今言えるのはこれは不味いって事だ。このまま倒れたら終わる。それはきっと確実……
「くっ……づあああ!」
止めは確実に自分の手で刺したいのか、奴の迫ってきてた鎌にセラ・シルフィングをぶつける。相変わらずウネリが切り裂かれ、発生してた雷撃が同時に眩しくはじけた。必死に踏ん張ったせいか、今回はそこまで衝撃で体が移動するって事がなかった。
だけどそれは不味い。早く移動しないとこの鎌の特性が発動す––
(あれ?)
既に僕の体に新しい傷が刻まれてもおかしくないはず……だけど、そんな兆しはない。僕と同じように奴も力が発動しない事に疑問を持ってるようだ。お互い一瞬の静寂を過ごす。するとそれを切り裂く声が空から響いた。
「退けスオウ!!」
空を仰ぐと片手を掲げたテトラの姿があった。そしてその周囲に広がる黒い光が空に沢山展開してる。僕はそれを見て急いでこいつから距離を取る為に離れようとする。だけどそんな簡単に距離を取れる状態でもない訳で……でも悠長にそれを待ってる暇はないと、テトラだってわかってる。
始まる攻撃は空からの一斉放射。黒い砲弾が奴に向かって降り注ぐ。その余波は僕の所にまで届く。激しい爆発で僕は再び飛ばされて地面を転がる羽目になった。そして変な石塚みたいなのにぶつかる。
「いってぇ……ん?」
こんな古臭いというか、変な物この街にあったかな? 小さなピラミッドみたいな形した歪な石の塊……なんとなく手を伸ばして見ると、その時一際大きな爆風が後方から吹いてきた。そのせいで地面に置いてたセラ・シルフィングの一つが甲高い音を立てて飛んでいく。
僕は急いでセラ・シルフィングを追った。手元に無いと不安で仕方ないからな。あれは生命線だ。セラ・シルフィングまでなくしたらもうお終いだからな。セラ・シルフィングは僕の心の支えに成ってる。これがあるから、僕はまだ前を向いてられるんだ。
「まだやれる……そうだよなセラ・シルフィング」
僕は物言わぬ剣にそう問いかける。勿論答えが返ってくることはないけど、その答えは自分の中にある。するとその時また気付いた。至る所にさっきの石塚がある。おかしい……これだけあるのなら気付かないワケがない。
でも僕達は誰もその存在を指摘したりしなかった。それは何故か……視界に入ってなかったから? でも流石に一度ぐらいは入るぞこれ。僕は一番最初に見つけた石塚へ視線を向ける。さっきの衝撃で普通なら崩れててもおかしくないと思う。だけど……そこには変わらない姿の石塚がある。
(普通じゃない)
この世界で普通ってなんだ? って問われても困るけど、あれは異常な物の様な気がする。するとどこからからブツブツと何か聞こえてきた。テトラの攻撃が激しいから最初は気のせいか––とも思ったけど、そうじゃない。僕は大通りから少し狭い路地へと入る。そして少し進むと、建物とも建物の隙間に挟まって震えてる人を見つけた。
多分奴が避難所と成ってた中央で暴れまわったせいで逃げ出した人だろう。結局このブリームスからは出られないんだ。だからこんな所で小さくなって震えるしかなかった。いい歳した大人に見えるけど、その顔は顔面蒼白で絶望に浸った顔がより歳を喰ってみさせる。
取り敢えずここに居たら不味い。戻るように伝えないと。
「大丈夫ですか? ここは危険です。避難所に戻った方がいい」
「いいい一緒だよ。どこにも私達は逃げられないんだ。化け物に殺されるか、錬金の代償を払う時が来たんだよ」
錬金の代償? なんの事だそれ? 僕はその人の前で膝を付いて問いかける。
「それって、どういうことですか?」
「詳しくは知らない。ただの言い伝えだ。魔鏡強啓の最後の扉が開くとき、この街の夢は醒めるんだ。だからきっと私達はもう––––」
頭を抱えたその人の涙ぐんだ顔がこちらを見据えたと思った瞬間、その人の姿が忽然と消えた。瞬きをしたかのようなその一瞬で、人が一人消え去った。そしてその人が居た地面には見覚えのある指輪がくるくると回って持ち主の不在を示してた。
もしかしたら––と思ってた。こういうことが起こりえると、覚悟もしてたはずだった。だけど……目の前で人が忽然と姿を消すという現象を理解するのに、やっぱり数秒必要で、理解した所で僕には何も出来ないんだ。僕の選んだ選択は間違ってたのかもしれない……そんな思いが湧いてくる。
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