命改変プログラム
太陽の花
カメラが映し出す光景は作戦が上手く行ったことを示してる。ホテルの質素な部屋には数人の男と一人の女性。そのリーダー格の女性が気絶した事により、彼等の反抗の意思は潰えた。まあラオウさんを見た瞬間の顔でそんな度胸があるようにも見えなかった訳だけどね。
私はPCの前のタンちゃん専用の椅子に腰掛けて息を一つ吐く。
「ふう……ここからだね。間に合うかな……」
多分リーフィアはキャリブレーション取ってるけど、それで身体的特徴を把握してる訳じゃないのかも知れない。それかやっぱり片方だけでは駄目なのか。嘘の訳を教えてそれを疑わずに運転手さんはジェスチャーコードをした筈だ。
でもリーフィアは反応しなかった。リーフィアの……というかリーフィアとLRO、その二つが蜜に繋がるのは精神で心を汲むなんて言われてるって事を考えると、頭で正しく理解してる事も重要なのかも。
まあ他にも原因は考えられるけどね。もしかしたらあの破損アイテム……アレが必要とか……でもその線は個人的には薄いと思ってる。あのアイテムとジェスチャーコード事態の繋がりは薄いんじゃないかな? 多分。じゃあ何のためのアイテムかと問われても困るけどね。
『日鞠、聞こえますか?』
向こうのパソコンに近づいてそう言ってくるラオウさん。画面いっぱいに映る彼女を見るとやっぱりラオウさんは頼もしいなって思う。服の上からでもその筋肉質が見えるからね。男の人でもこれは早々いないだろう。
この部屋にたどり着くまでに多分彼等の護衛とか居たはずだけど、彼女無傷だし……一番の予想外は想定してた以上の彼女の戦闘能力だね。本当に人類最強を名乗っていいと思う。もしかしたらだけど、上には上が居るのかも知れない。世界は広いし、私が足を踏み入れた事も無い世界だから簡単には語れないしね。
でもだけど、やっぱり彼女以上の存在ってなると個人的には一人くらいしか……私はそこで思い出すのを止める。
(いや、今はそんな事いい)
「どうしたのラオウさん? 聞こえてるよ」
『早速ですが尋問を開始して良いですか? まあ簡単に口を割りそうではありますが……』
確かにその部屋に居る男の人達はラオウさんに異常な程にビビってる。ラオウさんはもう威嚇とかしてるわけじゃないのに、いつまでも彼等はその恐怖に囚われてる様だ。気の毒にね……彼等じゃなくラオウさんだよ。
彼女は普通にしてるだけで他人に恐れられる。それって結構悲しい事だよね。傷付いちゃうよ。でも彼女はそれを諦めてる感じだから……自分がどういう風に見られてるか、彼女は良く知ってる。まあ知らずに入れる程、無関心でもないからね。
でもだからこそ、悲しいよ。彼女は決して見た目の様な粗暴で凶悪な人じゃない。寧ろずっと繊細で優しく、周りに気遣いできる人なのに……だけどそれを知らない人に伝えるのは無理だよね。
結局初めは見た目で判断するしか無いんだし、彼女の事をどう捕らえるか……そしてどう見えるかに干渉する術はない。そして実際私だって知らないと今の気持ちに成れるわけもないから、他の人を責めるなんて出来ない。
だから私は、私に出来る事をやるだけだ。この頼りない手で、出来る事を精一杯……
「ラオウさん、私達はわかってます。尋問は任せます」
『お任せを』
私の言葉の意味を理解してくれたのか、ラオウさんは優しい笑みを向けてくれた。そして気を取り直して男達の所へ歩み寄る。彼女が一歩を踏みしめて近づく度に大の大人が悲哀の叫びを上げる。
彼等からの情報は重要だ。寄せ集め的な組織の内情もわかるかも知れないし、本当の目的とかも……
『おい、日鞠』
「何秋徒? てか何やってたのよ。ラオウさんにばっかり仕事させて、一緒に行かせてくれって言ったのはアンタでしょ」
『いやいや、確かにそうだが……正直言って俺達の出る幕なんて全く無かったっての。あの人わかってたけど強過ぎだ。同じ人間とは思えねぇ。ここを守ってた奴等、瞬きした間に地面に倒れてたぞ』
なにそれ? 状況が想像できない。どうやったら瞬きしてる間に人を倒せるのよ。ああ、アレね。漫画とかでよくある首の後ろをドスッってやる奴。あれなら瞬きの間に確かに倒せるかも。
でもあれって本当に意識奪うことって出来るのかな? まあでも何にせよ、ラオウさんの人類最強説にますます拍車がかかったって事だね。
『そう言えば運転手さんは無事だ。外傷はない。縛られてたから、擦り傷とか多少はあるけど、まあそんな酷いことはされてないっぽいぞ』
「まあされそうになる前に間に合ったからね」
もう少し遅かったらもっと目立った外傷がきっとついてたと思う。それでも命に関わることはされなかっただろうけど。
『喋れますか? もう大丈夫ですから』
『いや済まない……私が彼等に掴まったばかりに……こんな余計な手間を掛けてしまって』
『何行ってるんですか。こっちも油断してたんですよ。まさかこんな強硬策に出てくる奴等が居るなんて思ってなかったですから』
運転手のオジサンを開放する秋徒がそんな事を言って床にヘタれてる人達に目を向ける。彼等は聳え立つラオウさんから目を離せない様だ。これから自分達がどうなるか……何されるか……それを考えるだけで怖いんだろう。
その証拠にPCのマイクがこんな声を拾ってる。
『ち……違うんだ。我々はこんな事……人質を取る事には反対してた。だけど、そこの奴が痺れを切らして勝手に……』
『勝手に……ですか。女性が勝手に大の男を連れ去ったとは思えませんけど?』
『実行犯は外にいた連中だ。金で買収した奴等なんだ。どうやら色んな所から人を集めてるみたいで、よく分からない奴等が大勢いるんだ』
『そんな、何の為に? LRO、ひいてはフルダイブシステムの解明、そして囚われた人々の救出は国家が総出で取り組むプロジェクトでしょう。そこにそんなよく分からない連中を使うでしょうか? まあしかし、技術畑の人間では彼等は無いのでしょうね。
しかもコチラ側とも思えませんでした。確かによく分からない連中なのかも……』
流石はラオウさん、多分彼女は手合わせをすれば、その相手の色んな部分を探ることが出来るのかもしれない。拳で語り合うということをリアルで出来る人。ラオウさん程の戦闘経験者ならな、素人と同業者の違いくらいは直ぐに気付くはずだしね。
だけど人を集めてる割には大雑把に人だけ集めるってのはどうかと思うけど……LRO解明や、昏睡状態に陥ってる数百人の命を永らえさせる為にその専門家達は当然あつめてると思う。
それ以外にも内部のシステムだけじゃなく、リーフィア事態から解明するチームとかがいてもおかしくはない。そうやってなるべく精通してる人達を集めるのはわかるんだけど……技術の方でも無く、そして荒っぽい事をある程度もしかしたら想定しての兵力も用意してたとしても……ラオウさんの言葉を聞いた限りではその方面でも無さそうだよね。
だってもしもそういう荒っぽい部分を専門に対処するみたいな所があるとして、それなら確実に武道の心得があってしかるべき。でもそれならラオウさんが見抜くはずで、それは無かった。
彼女の感想は見張ってた奴等はただの素人……多分運転手さんも数で押さえ込んだんだろう。でもそれなら彼等はなんの為に集められた人材なのか……だよね。流石に国家プロジェクトにそこらの一般人を加えさせるってのはちょっと考えられないというか。
私の予想的には、警察組織も引っ張られてるだろうし、実行犯はそんな連中か、それか適当な警備会社とかも取り込んでるか……だったんだけどね。だからこそ、ラオウさんだけじゃなく複数人のSPの人達も同行させた訳だし。
でもその予想は外れてた。彼等は素人の集まり見たいなものだった……なんだか符に落ちない。
『し……知らない。我々はそこの奴の話に乗って、外の奴等と初めて会ったんだ。外の奴等がどこの誰で、どんな事情でこのプロジェクトに参加してるかなんて……知るはずもない。だから私は悪くない!』
『私だって!』
『こっちだって何も知らない!』
なんだか責任のなすりつけ合いになりだした。『自分が悪いわけじゃない』と彼等は口を尖らせて言っている。
『少し整理しましょう。貴方達はLROの解明の為に集められた技術者ですよね?』
『……そうだ。私達は厳選された天才達だ』
なんか自分で天才とか……ちょっと引くね。でもその前に空いた僅かな間。その間の評定を私は見逃してなんかない。彼等はそれをいうことを一瞬躊躇った。それは何故か……
「秋徒」
『あん? ああ』
一言で理解してくれた秋徒はPCを抱えて彼等の元へ。流石は中学時代からの付き合いだけあって理解が早くて助かるね。もう完全に使われる事が身に染み付いちゃってる。秋徒は生徒会でも無いから高校に入ってからはそこまで使ってもないのに、この動き……まあプライベートは今までどおりだからかな? 取り敢えずこれが友情だね! 私は画面に映った人達を眺めてこう言うよ。
「皆さん、本当に天才ですか? それならどうしてこんな所に? おかしいですよね? 今もきっと貴方達と同じように集められた人達はLROの解明をしてるはずじゃないんですか。そうだとしたらそこに入れてない皆さんは––」
『やっ止めろ! こっ、交代制なだけだ。班分けされてて、それぞれ回してるんだ。だから我等がハブられてる訳じゃない』
「なるほど。そう言う事にしておきましょう」
まあ無くはないかもしれないし。それにチーム制なのも納得出来る。それぞれ独自のアプローチを試してるって事はあり得そうだしね。この人達が優秀かそうでないか、は実際どうでもいい事だし、そろそろ重要な部分に触れて行きたいね。
「ねえ、貴方達のリーダは誰なの?」
『『『それは……』』』
彼等は床で失神してる女を見る。確かに彼女もリーダーぽかったけど、それは多分ここでだけって感じた。それに彼女自身が上が居るような事言ってたような……てか直接こんな仕事をやってるとは思えないしね。
どうにかして自分だけでLROの技術を独占でもしたい奴が居る……のかも知れない。それともただの名声目当てとか。この女の人は純粋に研究をしたくて、より自由にさせてくれるから手を貸してるって感じだった。
研究の為なら色々と割り切れる性格してたもんね。この男の人達はそこまで研究バカってわけじゃなさそう。でもこの女の人が彼等も研究がしたいから––ってな事を言ってた。けど同じ研究でもその先に見据えるものは彼等と彼女とで違うのかも。
彼女は大義を掲げてた。だからこそ、自分の全てを正当化することが出来てたんだ。自分達がやらないと、世界が停滞してしまう––それを防ぎ革新を与える大義。それは私達の様な人達にその内帰ってくるんだから、犠牲なんて厭わないみたいな。
「皆さんどうしてこちら側に? リスクを考えなかった訳じゃないでしょう。誘拐は立派な犯罪ですよ」
私は世間の常識を説いてあげる。すると彼等はちょっとムスっとした顔でこういった。
『そんな事はわかってる。だが、大事に成ることはないと……そう聞いてた。危害を加える気も無かったんだ。君達が見つけたジェスチャーコード……それさえ一足先に手に入れれれば問題なかった』
『そうだ……ジェスチャーコード……それをどうか譲ってくれないか!?』
男の一人がそう言ってくる。なんて図々しい。このまま警察に差し出す事も出来るのに……
『君達の様な素人がLROの解明など出来るわけもない。君達はただ友達を助けたいだけなのかもしれないが、君達の友達しか助けられないのでは意味ないんだ。君達の正しい行動は、知り得た情報を私達に渡すことだよ。
それでようやくジェスチャーコードも有意義になる。数百人が助かるかも知れない』
藁をも掴む様な表情で迫る顔が怖い。秋徒もちょっと引いてるのか、カメラが揺れた。
『この期に及んで何を……貴方達が欲しいのは数百人の命ではなく、それを成した後の名声とかでしょう? 恥を知りなさい!』
ラオウさんの言葉に大の男が身を寄せ合って震え出す。ラオウさんにはどうあっても逆らえないよう。恐怖が染みこんじゃってるみたい。終いには『殺さないで』てな声も聞こえる。
『殺されたくないのなら調子に乗った発言は控えることですね。私は日鞠程優しくはありませんよ。死んだほうがマシと言う痛みを与えることも私には出来ます』
その言葉でますます青ざめる皆さん。まあラオウさんが言うと洒落に聞こえないからね。この人ならハッキリ言って出来そうだもん。
『おい日鞠。運転手のおっさんは助けたんだし、こんな奴等捨ててジェスチャーコードを試した方がいいんじゃないか? こうやってる間にも、監視してた奴等がジェスチャーコードを手に入れてるかも知れないんだぞ』
「秋徒、忘れたの? 今スオウがどこに居るか。私達は相手にしなきゃいけない組織の事をもっと良く知ってたほうがいい。その情報を得れるのが今だよ。独自行動を取った彼等は今ここで起きた事を報告する事は出来ないでしょう。
仲間内には広がるだろうけど、敵対してるのなら、私達との事をわざわざ伝える必要はない。誘拐とかまでしちゃったんだし、そもそも言えないでしょう。それならこれはチャンスなんだよ。
チャンスはね、最大限に生かさないと行けないの。それを疎かにしたら、どんなに自分達から見える敵が小さくても勝てなくなる時もあるし、どれだけ大きくてもチャンスを掴めば勝てるかもしれない。
わかるよね秋徒?」
『お……おう』
怪しい返事だけど、まあいっか。それに私だって本当は早くジェスチャーコード試したい。ううん、試すだけなら多分破損アイテムがあるリーフィアじゃなくてもいいと思う。だけどそれじゃあ……それだけじゃあきっと望む結果には成らないと思う。
それに多分LROに居るスオウに繋がる事が出来るリーフィアはきっと破損アイテムを有してるリーフィアだけだとも思う。だから秋徒が戻ってこないとやりようがない。こっちに居てくれれば、私達で情報を聞いて秋徒がLROへの扉を開くって出来たんだけど……秋徒は秋徒で男としての役割が欲しかったみたいだからね。
結局それも得られなかった様だし、やっぱりこっちに居てもらった方がよかったかも。どういう風にリーフィアが反応するかとか知るためにもタンちゃんのパソコンとの接続もしたままの方がいいしリーフィアだけ持って行かせるって事も出来なかったからな〜。
「大丈夫、監視してた奴等はジェスチャーコード事態を手に入れたとしても、その意味まで知ることはない。だから時間は稼げるはず」
『それってジェスチャーコードだけじゃ扉は開かないって事か?』
「私はメールでジェスチャーコードのやり方と、その解読方法を教えたのよ。だけど唯一解読元の『やくそく』を『しんよう』に変えてね」
『なるほど、だから私の時は何も成らなかったんだね』
「多分そうだと思います」
運転手さんの言葉に私はそう答える。LROは心を汲む––それはリーフィアが感知してる筈でもある。だからこそ、誤魔化しは効かない。ジェスチャーコードは動作とそして心が唱えるその意味を検証してるんだと思う。
『くっ、そういう事か……』
私の言葉を聞いた彼らが悔しそうな言葉を紡ぐ。まあ素直に全部教えるわけない。ただ九割方は真実だったから気付かないのも無理ないけどね。
『お前凄いことやっぱするな。もしも指の動作だけでジェスチャーコードが成立してたら、終わってたぞ』
「終わってたかはわからないでしょ? でも多分良くない方向に流れてたとは思う。でもそれでも確かめる価値はあったもん」
それで反応しないのなら、次の彼等の行動が分かりやすく成る。私達を監視してた連中……そしてその親玉……その行動。色々と失敗とか思ってはみたけど、秋徒はラオウさんと一緒に居てくれた方が安全だよね。
『おい、価値って何––うおっ!?』
「どうしたの秋徒?」
『いや、行き成り倒れてる女の携帯がビービーと鳴り出して……』
私はそれを聞いてフッと笑う。そして目の前に置いた自分のスマホにも着信があるのを確認する。私はそれをみて覚悟するよ。
「奇遇だね。こっちも思った通りうるさいよ」
『––おい? どういう事だ?』
秋徒の声に不信感が混じったのがわかる。付き合い長いからね。スオウ程じゃないけど、私は秋徒の事も信頼してるよ。私は秋徒にこう言うよ。
「多分時間切れかな?」
『時間切れ?』
「言ったでしょ。私達を監視してた調査委員会の本丸側はジェスチャーコードの表面しかきっと気にしない。でもそれじゃあ駄目。多分磯辺さんはコード事態は教えてもその意味までは教えない。っていうか知らないだろうしね。
意味が解読できたのは天道さんが居たから。彼等はきっと私達が自分達が気付いてない何かに気付いてる可能性を考える。私達を監視してたのは、その時が来たら奪うためでしょう。
そして来たんだよその時が。タンちゃんのマルチモニターにいっぱい映ってる。彼等は今慌ててる。私達が先に扉を開くのは都合悪いだろうからね。もう一度ジョーカーを切ったんだよ」
『ジョーカって––おい!? 何呑気に話してるんだ! 早く逃げろよ! 愛は! 天道さんは! メカブにタンちゃんはどうした!?』
秋徒の顔が正面のモニターにデカデカと映ってる。近すぎでしょ。それに心配なんかする必要ない。この部屋には他の息遣いはない。脈打つのはタンちゃんが組んだPCの音と、それらのマシンを冷やすためのエアコンの駆動音くらい。
「大丈夫、ここには私一人だから」
『一人? お前……囮りに成ったのか!?』
「違うよ秋徒。私は可能性を信じてるだけ。私がここで扉を開く可能性。ラオウさんの強さの可能性。タンちゃんのスキルの可能性。そしてメカブの、天道さんの、愛さんの、この場に居なくても協力してくれてる人達の役割の可能性。
それに……秋徒がスオウを連れて帰って来てくれる可能性。それを全部信じてるから不安なんて無い」
私はそう言ってリーフィアを手に取る。冷たくて、ちょっと私には重くて、そして少しだけ憎い存在だ。それを私は頭に被る。その時扉が激しく音を立て始めた。
『何……する気だよ? おい日鞠!』
全く、なんて顔してるんだか……そんな顔を私にしてたら愛さんが嫉妬しちゃうぞ。私はリーフィアの電源を入れて手を見つめる。そして深呼吸をして前を見る。
「私は先に行くだけ。私の背中をいつまで追いかける気秋徒? そんなんじゃ愛さんを幸せに出来ないぞ。今度こそアンタの本気を見せてよね」
私は紡ぐ……そのコードを。『や•く•そ•く』の四文字を……ジェスチャーコードを、リーフィアに、LROに、待ってたであろう誰かに叩きつけてやった。
私はPCの前のタンちゃん専用の椅子に腰掛けて息を一つ吐く。
「ふう……ここからだね。間に合うかな……」
多分リーフィアはキャリブレーション取ってるけど、それで身体的特徴を把握してる訳じゃないのかも知れない。それかやっぱり片方だけでは駄目なのか。嘘の訳を教えてそれを疑わずに運転手さんはジェスチャーコードをした筈だ。
でもリーフィアは反応しなかった。リーフィアの……というかリーフィアとLRO、その二つが蜜に繋がるのは精神で心を汲むなんて言われてるって事を考えると、頭で正しく理解してる事も重要なのかも。
まあ他にも原因は考えられるけどね。もしかしたらあの破損アイテム……アレが必要とか……でもその線は個人的には薄いと思ってる。あのアイテムとジェスチャーコード事態の繋がりは薄いんじゃないかな? 多分。じゃあ何のためのアイテムかと問われても困るけどね。
『日鞠、聞こえますか?』
向こうのパソコンに近づいてそう言ってくるラオウさん。画面いっぱいに映る彼女を見るとやっぱりラオウさんは頼もしいなって思う。服の上からでもその筋肉質が見えるからね。男の人でもこれは早々いないだろう。
この部屋にたどり着くまでに多分彼等の護衛とか居たはずだけど、彼女無傷だし……一番の予想外は想定してた以上の彼女の戦闘能力だね。本当に人類最強を名乗っていいと思う。もしかしたらだけど、上には上が居るのかも知れない。世界は広いし、私が足を踏み入れた事も無い世界だから簡単には語れないしね。
でもだけど、やっぱり彼女以上の存在ってなると個人的には一人くらいしか……私はそこで思い出すのを止める。
(いや、今はそんな事いい)
「どうしたのラオウさん? 聞こえてるよ」
『早速ですが尋問を開始して良いですか? まあ簡単に口を割りそうではありますが……』
確かにその部屋に居る男の人達はラオウさんに異常な程にビビってる。ラオウさんはもう威嚇とかしてるわけじゃないのに、いつまでも彼等はその恐怖に囚われてる様だ。気の毒にね……彼等じゃなくラオウさんだよ。
彼女は普通にしてるだけで他人に恐れられる。それって結構悲しい事だよね。傷付いちゃうよ。でも彼女はそれを諦めてる感じだから……自分がどういう風に見られてるか、彼女は良く知ってる。まあ知らずに入れる程、無関心でもないからね。
でもだからこそ、悲しいよ。彼女は決して見た目の様な粗暴で凶悪な人じゃない。寧ろずっと繊細で優しく、周りに気遣いできる人なのに……だけどそれを知らない人に伝えるのは無理だよね。
結局初めは見た目で判断するしか無いんだし、彼女の事をどう捕らえるか……そしてどう見えるかに干渉する術はない。そして実際私だって知らないと今の気持ちに成れるわけもないから、他の人を責めるなんて出来ない。
だから私は、私に出来る事をやるだけだ。この頼りない手で、出来る事を精一杯……
「ラオウさん、私達はわかってます。尋問は任せます」
『お任せを』
私の言葉の意味を理解してくれたのか、ラオウさんは優しい笑みを向けてくれた。そして気を取り直して男達の所へ歩み寄る。彼女が一歩を踏みしめて近づく度に大の大人が悲哀の叫びを上げる。
彼等からの情報は重要だ。寄せ集め的な組織の内情もわかるかも知れないし、本当の目的とかも……
『おい、日鞠』
「何秋徒? てか何やってたのよ。ラオウさんにばっかり仕事させて、一緒に行かせてくれって言ったのはアンタでしょ」
『いやいや、確かにそうだが……正直言って俺達の出る幕なんて全く無かったっての。あの人わかってたけど強過ぎだ。同じ人間とは思えねぇ。ここを守ってた奴等、瞬きした間に地面に倒れてたぞ』
なにそれ? 状況が想像できない。どうやったら瞬きしてる間に人を倒せるのよ。ああ、アレね。漫画とかでよくある首の後ろをドスッってやる奴。あれなら瞬きの間に確かに倒せるかも。
でもあれって本当に意識奪うことって出来るのかな? まあでも何にせよ、ラオウさんの人類最強説にますます拍車がかかったって事だね。
『そう言えば運転手さんは無事だ。外傷はない。縛られてたから、擦り傷とか多少はあるけど、まあそんな酷いことはされてないっぽいぞ』
「まあされそうになる前に間に合ったからね」
もう少し遅かったらもっと目立った外傷がきっとついてたと思う。それでも命に関わることはされなかっただろうけど。
『喋れますか? もう大丈夫ですから』
『いや済まない……私が彼等に掴まったばかりに……こんな余計な手間を掛けてしまって』
『何行ってるんですか。こっちも油断してたんですよ。まさかこんな強硬策に出てくる奴等が居るなんて思ってなかったですから』
運転手のオジサンを開放する秋徒がそんな事を言って床にヘタれてる人達に目を向ける。彼等は聳え立つラオウさんから目を離せない様だ。これから自分達がどうなるか……何されるか……それを考えるだけで怖いんだろう。
その証拠にPCのマイクがこんな声を拾ってる。
『ち……違うんだ。我々はこんな事……人質を取る事には反対してた。だけど、そこの奴が痺れを切らして勝手に……』
『勝手に……ですか。女性が勝手に大の男を連れ去ったとは思えませんけど?』
『実行犯は外にいた連中だ。金で買収した奴等なんだ。どうやら色んな所から人を集めてるみたいで、よく分からない奴等が大勢いるんだ』
『そんな、何の為に? LRO、ひいてはフルダイブシステムの解明、そして囚われた人々の救出は国家が総出で取り組むプロジェクトでしょう。そこにそんなよく分からない連中を使うでしょうか? まあしかし、技術畑の人間では彼等は無いのでしょうね。
しかもコチラ側とも思えませんでした。確かによく分からない連中なのかも……』
流石はラオウさん、多分彼女は手合わせをすれば、その相手の色んな部分を探ることが出来るのかもしれない。拳で語り合うということをリアルで出来る人。ラオウさん程の戦闘経験者ならな、素人と同業者の違いくらいは直ぐに気付くはずだしね。
だけど人を集めてる割には大雑把に人だけ集めるってのはどうかと思うけど……LRO解明や、昏睡状態に陥ってる数百人の命を永らえさせる為にその専門家達は当然あつめてると思う。
それ以外にも内部のシステムだけじゃなく、リーフィア事態から解明するチームとかがいてもおかしくはない。そうやってなるべく精通してる人達を集めるのはわかるんだけど……技術の方でも無く、そして荒っぽい事をある程度もしかしたら想定しての兵力も用意してたとしても……ラオウさんの言葉を聞いた限りではその方面でも無さそうだよね。
だってもしもそういう荒っぽい部分を専門に対処するみたいな所があるとして、それなら確実に武道の心得があってしかるべき。でもそれならラオウさんが見抜くはずで、それは無かった。
彼女の感想は見張ってた奴等はただの素人……多分運転手さんも数で押さえ込んだんだろう。でもそれなら彼等はなんの為に集められた人材なのか……だよね。流石に国家プロジェクトにそこらの一般人を加えさせるってのはちょっと考えられないというか。
私の予想的には、警察組織も引っ張られてるだろうし、実行犯はそんな連中か、それか適当な警備会社とかも取り込んでるか……だったんだけどね。だからこそ、ラオウさんだけじゃなく複数人のSPの人達も同行させた訳だし。
でもその予想は外れてた。彼等は素人の集まり見たいなものだった……なんだか符に落ちない。
『し……知らない。我々はそこの奴の話に乗って、外の奴等と初めて会ったんだ。外の奴等がどこの誰で、どんな事情でこのプロジェクトに参加してるかなんて……知るはずもない。だから私は悪くない!』
『私だって!』
『こっちだって何も知らない!』
なんだか責任のなすりつけ合いになりだした。『自分が悪いわけじゃない』と彼等は口を尖らせて言っている。
『少し整理しましょう。貴方達はLROの解明の為に集められた技術者ですよね?』
『……そうだ。私達は厳選された天才達だ』
なんか自分で天才とか……ちょっと引くね。でもその前に空いた僅かな間。その間の評定を私は見逃してなんかない。彼等はそれをいうことを一瞬躊躇った。それは何故か……
「秋徒」
『あん? ああ』
一言で理解してくれた秋徒はPCを抱えて彼等の元へ。流石は中学時代からの付き合いだけあって理解が早くて助かるね。もう完全に使われる事が身に染み付いちゃってる。秋徒は生徒会でも無いから高校に入ってからはそこまで使ってもないのに、この動き……まあプライベートは今までどおりだからかな? 取り敢えずこれが友情だね! 私は画面に映った人達を眺めてこう言うよ。
「皆さん、本当に天才ですか? それならどうしてこんな所に? おかしいですよね? 今もきっと貴方達と同じように集められた人達はLROの解明をしてるはずじゃないんですか。そうだとしたらそこに入れてない皆さんは––」
『やっ止めろ! こっ、交代制なだけだ。班分けされてて、それぞれ回してるんだ。だから我等がハブられてる訳じゃない』
「なるほど。そう言う事にしておきましょう」
まあ無くはないかもしれないし。それにチーム制なのも納得出来る。それぞれ独自のアプローチを試してるって事はあり得そうだしね。この人達が優秀かそうでないか、は実際どうでもいい事だし、そろそろ重要な部分に触れて行きたいね。
「ねえ、貴方達のリーダは誰なの?」
『『『それは……』』』
彼等は床で失神してる女を見る。確かに彼女もリーダーぽかったけど、それは多分ここでだけって感じた。それに彼女自身が上が居るような事言ってたような……てか直接こんな仕事をやってるとは思えないしね。
どうにかして自分だけでLROの技術を独占でもしたい奴が居る……のかも知れない。それともただの名声目当てとか。この女の人は純粋に研究をしたくて、より自由にさせてくれるから手を貸してるって感じだった。
研究の為なら色々と割り切れる性格してたもんね。この男の人達はそこまで研究バカってわけじゃなさそう。でもこの女の人が彼等も研究がしたいから––ってな事を言ってた。けど同じ研究でもその先に見据えるものは彼等と彼女とで違うのかも。
彼女は大義を掲げてた。だからこそ、自分の全てを正当化することが出来てたんだ。自分達がやらないと、世界が停滞してしまう––それを防ぎ革新を与える大義。それは私達の様な人達にその内帰ってくるんだから、犠牲なんて厭わないみたいな。
「皆さんどうしてこちら側に? リスクを考えなかった訳じゃないでしょう。誘拐は立派な犯罪ですよ」
私は世間の常識を説いてあげる。すると彼等はちょっとムスっとした顔でこういった。
『そんな事はわかってる。だが、大事に成ることはないと……そう聞いてた。危害を加える気も無かったんだ。君達が見つけたジェスチャーコード……それさえ一足先に手に入れれれば問題なかった』
『そうだ……ジェスチャーコード……それをどうか譲ってくれないか!?』
男の一人がそう言ってくる。なんて図々しい。このまま警察に差し出す事も出来るのに……
『君達の様な素人がLROの解明など出来るわけもない。君達はただ友達を助けたいだけなのかもしれないが、君達の友達しか助けられないのでは意味ないんだ。君達の正しい行動は、知り得た情報を私達に渡すことだよ。
それでようやくジェスチャーコードも有意義になる。数百人が助かるかも知れない』
藁をも掴む様な表情で迫る顔が怖い。秋徒もちょっと引いてるのか、カメラが揺れた。
『この期に及んで何を……貴方達が欲しいのは数百人の命ではなく、それを成した後の名声とかでしょう? 恥を知りなさい!』
ラオウさんの言葉に大の男が身を寄せ合って震え出す。ラオウさんにはどうあっても逆らえないよう。恐怖が染みこんじゃってるみたい。終いには『殺さないで』てな声も聞こえる。
『殺されたくないのなら調子に乗った発言は控えることですね。私は日鞠程優しくはありませんよ。死んだほうがマシと言う痛みを与えることも私には出来ます』
その言葉でますます青ざめる皆さん。まあラオウさんが言うと洒落に聞こえないからね。この人ならハッキリ言って出来そうだもん。
『おい日鞠。運転手のおっさんは助けたんだし、こんな奴等捨ててジェスチャーコードを試した方がいいんじゃないか? こうやってる間にも、監視してた奴等がジェスチャーコードを手に入れてるかも知れないんだぞ』
「秋徒、忘れたの? 今スオウがどこに居るか。私達は相手にしなきゃいけない組織の事をもっと良く知ってたほうがいい。その情報を得れるのが今だよ。独自行動を取った彼等は今ここで起きた事を報告する事は出来ないでしょう。
仲間内には広がるだろうけど、敵対してるのなら、私達との事をわざわざ伝える必要はない。誘拐とかまでしちゃったんだし、そもそも言えないでしょう。それならこれはチャンスなんだよ。
チャンスはね、最大限に生かさないと行けないの。それを疎かにしたら、どんなに自分達から見える敵が小さくても勝てなくなる時もあるし、どれだけ大きくてもチャンスを掴めば勝てるかもしれない。
わかるよね秋徒?」
『お……おう』
怪しい返事だけど、まあいっか。それに私だって本当は早くジェスチャーコード試したい。ううん、試すだけなら多分破損アイテムがあるリーフィアじゃなくてもいいと思う。だけどそれじゃあ……それだけじゃあきっと望む結果には成らないと思う。
それに多分LROに居るスオウに繋がる事が出来るリーフィアはきっと破損アイテムを有してるリーフィアだけだとも思う。だから秋徒が戻ってこないとやりようがない。こっちに居てくれれば、私達で情報を聞いて秋徒がLROへの扉を開くって出来たんだけど……秋徒は秋徒で男としての役割が欲しかったみたいだからね。
結局それも得られなかった様だし、やっぱりこっちに居てもらった方がよかったかも。どういう風にリーフィアが反応するかとか知るためにもタンちゃんのパソコンとの接続もしたままの方がいいしリーフィアだけ持って行かせるって事も出来なかったからな〜。
「大丈夫、監視してた奴等はジェスチャーコード事態を手に入れたとしても、その意味まで知ることはない。だから時間は稼げるはず」
『それってジェスチャーコードだけじゃ扉は開かないって事か?』
「私はメールでジェスチャーコードのやり方と、その解読方法を教えたのよ。だけど唯一解読元の『やくそく』を『しんよう』に変えてね」
『なるほど、だから私の時は何も成らなかったんだね』
「多分そうだと思います」
運転手さんの言葉に私はそう答える。LROは心を汲む––それはリーフィアが感知してる筈でもある。だからこそ、誤魔化しは効かない。ジェスチャーコードは動作とそして心が唱えるその意味を検証してるんだと思う。
『くっ、そういう事か……』
私の言葉を聞いた彼らが悔しそうな言葉を紡ぐ。まあ素直に全部教えるわけない。ただ九割方は真実だったから気付かないのも無理ないけどね。
『お前凄いことやっぱするな。もしも指の動作だけでジェスチャーコードが成立してたら、終わってたぞ』
「終わってたかはわからないでしょ? でも多分良くない方向に流れてたとは思う。でもそれでも確かめる価値はあったもん」
それで反応しないのなら、次の彼等の行動が分かりやすく成る。私達を監視してた連中……そしてその親玉……その行動。色々と失敗とか思ってはみたけど、秋徒はラオウさんと一緒に居てくれた方が安全だよね。
『おい、価値って何––うおっ!?』
「どうしたの秋徒?」
『いや、行き成り倒れてる女の携帯がビービーと鳴り出して……』
私はそれを聞いてフッと笑う。そして目の前に置いた自分のスマホにも着信があるのを確認する。私はそれをみて覚悟するよ。
「奇遇だね。こっちも思った通りうるさいよ」
『––おい? どういう事だ?』
秋徒の声に不信感が混じったのがわかる。付き合い長いからね。スオウ程じゃないけど、私は秋徒の事も信頼してるよ。私は秋徒にこう言うよ。
「多分時間切れかな?」
『時間切れ?』
「言ったでしょ。私達を監視してた調査委員会の本丸側はジェスチャーコードの表面しかきっと気にしない。でもそれじゃあ駄目。多分磯辺さんはコード事態は教えてもその意味までは教えない。っていうか知らないだろうしね。
意味が解読できたのは天道さんが居たから。彼等はきっと私達が自分達が気付いてない何かに気付いてる可能性を考える。私達を監視してたのは、その時が来たら奪うためでしょう。
そして来たんだよその時が。タンちゃんのマルチモニターにいっぱい映ってる。彼等は今慌ててる。私達が先に扉を開くのは都合悪いだろうからね。もう一度ジョーカーを切ったんだよ」
『ジョーカって––おい!? 何呑気に話してるんだ! 早く逃げろよ! 愛は! 天道さんは! メカブにタンちゃんはどうした!?』
秋徒の顔が正面のモニターにデカデカと映ってる。近すぎでしょ。それに心配なんかする必要ない。この部屋には他の息遣いはない。脈打つのはタンちゃんが組んだPCの音と、それらのマシンを冷やすためのエアコンの駆動音くらい。
「大丈夫、ここには私一人だから」
『一人? お前……囮りに成ったのか!?』
「違うよ秋徒。私は可能性を信じてるだけ。私がここで扉を開く可能性。ラオウさんの強さの可能性。タンちゃんのスキルの可能性。そしてメカブの、天道さんの、愛さんの、この場に居なくても協力してくれてる人達の役割の可能性。
それに……秋徒がスオウを連れて帰って来てくれる可能性。それを全部信じてるから不安なんて無い」
私はそう言ってリーフィアを手に取る。冷たくて、ちょっと私には重くて、そして少しだけ憎い存在だ。それを私は頭に被る。その時扉が激しく音を立て始めた。
『何……する気だよ? おい日鞠!』
全く、なんて顔してるんだか……そんな顔を私にしてたら愛さんが嫉妬しちゃうぞ。私はリーフィアの電源を入れて手を見つめる。そして深呼吸をして前を見る。
「私は先に行くだけ。私の背中をいつまで追いかける気秋徒? そんなんじゃ愛さんを幸せに出来ないぞ。今度こそアンタの本気を見せてよね」
私は紡ぐ……そのコードを。『や•く•そ•く』の四文字を……ジェスチャーコードを、リーフィアに、LROに、待ってたであろう誰かに叩きつけてやった。
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