命改変プログラム

ファーストなサイコロ

未来の代償

 タンタンタンタン––––と激しく揺さぶらせられる足。小刻みに叩かれる床から「イタイイタイ」という声が聞こえてきてもおかしくない位にその足は苛々を表してた。カーテンが閉められた部屋は電気も付けず薄暗く、エアコンの稼動音とパソコンの駆動音がなっている。


「ちょっと、まだなの?」


 女はそう言って携帯を閉じたり開けたりする。パソコンの前に張り付いてる数人の男共をキツイ瞳で見つめてプレッシャーを与えるのが彼女の仕事の様だ。その瞳に男共は恐縮しながらせせこさとPCと睨めっこをしながら歯切れの悪い言葉を口にする。


「へへ、ちゃんとした実態を掴むのにはそれなりの時間が必要なんですよ。ですからもう少しお待ちを」
「実態ね。まあ嘘のコードを送ってたのなら、人質がどうなるか教えるだけ……ふふ」


 女は目隠しされて椅子に縛られてる人質を見て笑う。そして人質に近づいてこういった。


「簡単な検証方法があるじゃない。本物かどうか、試せばいい」
「なっ! 何を言ってる! もしも本物ならLROへの扉は開くかもしれないが、その際精神がどうなるかわからないんだぞ! 危険過ぎる。君だってわかってるだろう!?」


 男の一人がそんな事を叫んだ。だけど女はその言葉に妖しい笑みを帰す。ピッチリしたズボンに携帯を押し込んで彼女は男に近づく。


「わかってるからこそでしょ? いつまでもいつまでも過程でしか話せないなんて退屈で仕方ないのよ。私はね、存分に実験できるからって事でこの話に乗ったの。それはアンタ達だって同じでしょ。
 保守派主導の政治絡みの研究なんてクソ同然。そう言う物に縛られちゃいけないのが研究でしょ。私はね、何もわかってない連中に口出しされたくなんか無いのよ」
「だが……こちら側とて、そんな物が完全に無いわけじゃないぞ。どちらにして、後ろ盾は同じ所だ」
「それでもこっちはまだマシ。それに折角の天才の置き土産を直に解明できるんだから、多少の我慢はしてやるわ」
「多少か……」
「そう多少。結果を得るための失敗はただの失敗じゃない。前へ進むためにも必要な物よ。それにこのフルダイブとLROと言う仮想現実空間の完全解明は人類の利益に成るもの。その犠牲は無駄なんかじゃ決して無い。私達は未来の為に、この身全てを研究という物に捧げてるんだから妥協なんてしてちゃ駄目。
 私達の迷いは人類の停滞よ。それが罪だとは思わない?」


 妙に男に接近してそう告げる女。目下にクマを染み込ませて、化粧もしてるけど少し荒く、唇は乾燥気味で、伸ばしっぱなしの髪は厄介だから無造作にまとめてるだけのそんな女だが、その体は強弱が着いた扇情的な体型で、男は思わずその谷間に目をやる。
 ゴクリと唾を飲む男。すると女はそんな男の視線に気づいたけど女は気にせずその体を更に寄せる。


「ねえ、どうなの? 試して見れば速いのよ。どうなっても、それは結果として私達の糧になる」
「これ……以上、犠牲を出すのか?」
「犠牲? 違うわね。布石よ。今眠ってる奴等を叩き起こす為に必要な……ね。そうでしょ? パソコンと睨めっこしてたって得られない物がある。私達がやることは実績を得ること。やって見ることが大切なのよ」


 這い上がってきた来た手が男の頬を撫で耳を通り髪を掻きあげる。そして一通り言い終わったのか、女は男から離れてPCに繋がれてたリーフィアを手に取る。


「ああ……」


 パソコンの前に座ってた男が何か言いたげな声を出したけど、女は意に返さずケーブルを引っこ抜く。そしてリーフィアをもって人質の元へ。その光景を男達は黙って見つめるしか出来ない。
 シワ一つなかったスーツが皺くちゃに成るほどにグチャボロ状態の人質。流石にずっと縛りっぱなしは人体への負担が半端ない様だ。だけど女はこんな事普通は出来る事でもない––と思って少し楽し気でもあった。
 なんだって女にとっては実験だ。彼女は別段、この行為を悪いことなんか思ってない。だからこそ、リーフィアを被せることに躊躇いなどない。その機械が数百人に及ぶ人の意識を奪った機械だと知っていてもで、これからそれが再現出来たとしても、女はそれを躊躇わない。


「わかる? これから私の言う通りにしてね。しなかったらどうなるかわかるよね?」


 耳元でそう囁く女。その言葉に人質に成ってるオジサンが唾を飲み込んだ。


「ちゃんと言うとおりにしてね」


 そう言ってリーフィアの電源を入れる。そして最初の初期設定が始まる。その手順を女が口に出したとおりにオジサンも口に出して進めてく。


「おい、縛ったままではさいごまで行けないだろ?」
「そうね。キャリブレーションがあるし、多分それで登録者の体格とかを正確に測ってジェスチャーコードってのを成り立たせてるんでしょう。だから解いてあげて」


 女の指示で手が空いてる男達がオジサンの縄を解く。ようやく体の拘束を解かれたオジサン。だけど流石に行き成り動くとかキツイだろう。ゆっくりと体を解していく事が大切……でもそれを女は許さない。


「ほら、リーフィアからの音声に従って体を動かしなさい。安心なんてしないでよ。この後の検証で何も起きなかったら酷い事––しなきゃいけないんだからね」


 わざわざ脅すようにそう言う女。目隠しされたままでリーフィア被らされたオジサンの膝はなんか笑ってる。歳なんだろうな……だけどそれを許されなく、更に脅しも入ってるから彼には辛い。
 信じるしか無いんだ。自分を攫った奴等と交渉してる相手を。おじさんは耳に入ってきてた機械的な声に従って震える体を必死に動かす。


「そうそう、頑張って」


 急かす様な手拍子の音が部屋に響く。するとようやくオジサンの耳にキャリブレーションの終了の声が聞こえた。そして伝えられるホームへのアクセス。だけどそこで甲高い音が耳を突いた。
 届いた声は入室出来ないと言う旨だ。だけどそれは当然。全てのリーフィアが今その状態なんだ。


「あ……あの……」
「うん、分かってる。じゃあここからは私が指示したとおりに動きなさい。まずは中腰になって––」
「ふおっ……」
「––そして腕を組んで足を交互に上げる動きを続けなさい!」
「そ……れ……は––あぢゃあああああ! うぐおっ!!?」


 なんとか挑戦しようとしたけど、やっぱり無理で転倒したオジサン。それを見て女はケラケラ笑ってる。


「あははははは、まあそうなるわよね。だってただコサックダンスさせて見ようとしただけだし。やっぱりその歳でコサックダンスは難しいわね」
「なんの……意味が……」
「意味なんてないわ。ただちょっとしたお遊びよ」


 冷酷なその言葉に怒りがこみ上げるかと思ったが、オジサンを襲ったのはそんな感情ではなく、ただ怖いって恐怖だった。何も見えず、考えさえ予測できない相手ほど怖いものはない。
 人として本能的にこの女に恐怖をオジサンは感じてる。


「おい、手間掛けるのは罪じゃなかったのか? 遊んでる場合か。いつまでも向こうの奴等にバレないとも限らないんだぞ。向こうよりも早く重要な手掛かりを見つける。それが出来ないと俺達は追い出されかねないからな」
「ふふ、それをさせない為に私達は誘拐までしたんでしょ? 奴等だってあの子達を張ってるんだから情報は手に入れるでしょう。だけどその時には私達がLROへの足掛かりを一足先に得てあの存在との接触を果たす。
 そこからはマザーまで一直線よ。それで私達の組織がこのプロジェクトを乗っ取るの。研究者の自由を約束した組織がね。それが私達の創意でしょ」


 そう言って女は倒れたオジサンの元に歩み寄ってその襟を掴んで立たせる。その強引さにオジサンはか弱い声を出した。この女は年上を敬うことも大切に扱うこともしようと言う気はないらしい。


「あぁ……貴方達は……自分達さえよければ……それでいいのか……」


 精一杯紡いだ言葉。だけどそれを女は鼻で笑う。


「ふっ、いいわね。間違ってるわよ貴方。私達がやりたいようにやるのが、人類のため。私達研究者が何もしなかったら進歩はなく、世界は停滞する。それは世界の不幸なの。だから貴方達は喜んで私達にその身を捧げなさい。
 貴方達が生きてるのは偉大な私達の先輩のお陰。だから未来に投資するんだと思えば安いでしょ」
「む……ちゃくちゃ……だ」
「そうかしら? 真っ当な事だと思うけど。私達の実験の材料になるって事は、人類の進歩に貢献してるって事よ。ありがたいじゃない」


 はははっと周りの男共は声を出して苦笑い。流石にこの女の考えは仲間内でも突飛してるのかも知れない。だけどだからこそ、リーダー格の様な気もする。誰もが女とオジサンに注目してる。クーラーの効いた快適な部屋で、だけど心は削られる様な状況。
 中に居る彼等はただの研究者、犯罪事は正直首を突っ込みたくないのが本音。でも彼等にとって釣られた餌は魅力的で、食いつかずには居られない物だった。だからこの過激な方に付いてるが、人質はそもそも無傷で返す予定のはず……だけどあの女は仲間内から見ても危険な存在だと、この空間で過ごして気づいてる。
 PCをいじってた男はクーラーが効いてるにも関わらずその額から汗を流す。その滴りをPCのカメラは見逃さない。


「さあ、ここからが本番よ。ちゃんと言うとおりに動いてね」
「こ、コサックダンスは無理だ……」
「あれは冗談だって言ったでしょ。本番は両手だけでできるから安心なさい。ちなみに今からやる行動の意味は『信用』だそうよ。兄弟愛とかなのかしらね?」


 そういいつつ女はオジサンにその行動を伝えてく。それは十本の指を使っての指文字。最後の指を組み終わったオジサンは必死に目を閉じてる。どうなるかわからないからそこには恐怖しか無い。


「何も成らない?」
「うあ……あ……」


 言葉にならない声を発しつつ、頷くオジサン。すると女は閉まった携帯を取り出してメールを打ち出す。


「全く、メル友に嘘付くなんてあの娘いけない子だな〜。大人の無慈悲な所を教えてやろっか?」


 素早くメールを作成しながらオジサンに妖しい目を向ける。その瞳に背筋が凍る感覚に襲われるオジサン。ついに来た無慈悲な暴力……それを受けるんだと、オジサンは思った。


「送信っと。さて、これで十秒以内に返信来なかったら、皆よろしくね」
「よろしくだと?」
「何? 女の子に暴力振るわせる訳?」


 女の子? 多分皆そこに突っ込みたい気持ちはあったはずだけど、それは空気が許さなかった。だから皆さん、次の瞬間自分が暴力を働く相手を見て悲壮な顔をする。女はそんな表情なんて見向きもせずに携帯の数字が進んでくのを読み上げてる。


「三……二……一……さて、覚悟はいい? まあそこまでボコボコで無くても別にいいわ。目立つ所一発くらいでね。誰がやる?」


 男共は顔を見合わせる。だけどだれも名乗る者はいない。この人達は暴力を出来るような人達では無いんだろう。だけどそれでも女は指名する。一番背の高くて体格の良い奴を。


「気合の入れたの頼むわね。でないとオジサンが可哀想でしょ? 何発も殴るのなんてね」


 そう言ってる割には楽しそうな女。彼女に見えてるのはこれから得られるであろうジェスチャーコードの謎とLROへの鍵だけなんだろう。そしてそれを思う存分解明できる時間。だから彼女は迷わない


「さあ、やりなさい」


 怯えるオジサンは思わず逃げ出す。目隠しを取ってドアを目指す。逃げるにはそこしか無い。だけど体が震えるオジサンは足が絡まって盛大に転んだ。だけどそれでも這いつくばりながら取っ手に手を掛ける。
 男達は足が止まってた。流石にここまで怯えられると、そこまでする気がななかった者達は良心が痛む。そのせいで捕まえる気に慣れない。勿論逃したら全てが台無しになる事はわかってる。だけど彼等にマッドサイエンティストになる覚悟は無かった。


「どうして立ち止まるの? 私達にはそんな事許されてないのよ。研究者として背負うのは何? それは未来よ。今を立ち止まってたら置いてかれるわよ。私達は私達の私利私欲の為だけにこんな事をやってるんじゃない。これからの時代を切り開くための行動よ! たった一発の痛みで未来が繋がる。
 その人を逃せば時代が遅れる……選択肢なんて無いはずでしょ。体の傷なんて時間が治してくれるわよ。だけど過ぎた時間は取り返せない。私達は前を切り開く事だけを考えなくちゃいけない。
 それが例え非人道的だとしても!」


 ガチャガチャとドアノブを回すけど、ドアは開かない。そこに女が迫ってくる。握る拳は殴る覚悟を決めてる。女はオジサンの顔をドアに叩きつけて狙いがズレないようにした。


「無駄よ無駄。外には肉体派の人達が居るだけ。貴方はここから逃げ出す事なんか出来ない。だから安心して歯を食い締めてて」
「ひぃっ!?」


 涙が浮かぶ瞳を閉じるオジサン。するとその時、女の携帯にメールを告げる着信が鳴り響く。


「ギリギリって事にしとこっか? 助かったねおじさ––」


 携帯に目を落とした女の動きが止まる。訝しむ部屋の面々。彼女の携帯に届いたメールにはこう書かれてた。


『ありがとうございました。色々と……でも、それ以上の蛮行許しません。だから、終わりにしましょう。 psメル友は続けても構わないですよ』


 頭が理解しようとしてる間に突如ドアが大きくしなった。そのせいでオジサンと女は吹き飛ばされた。何が起こったか分からない……だけど外には護衛が居るはずと思い声をあげる。


「何をやってるのよ! いい所なんだから邪魔しないで!!」


 だけどそれに返される言葉はなく。もう一度大きく扉がしなる。明らかに鉄製のドアが変形しだしてる。そのドアを見つめて、女達は言い知れぬ恐怖を確かに感じてた。すると今度はどこからか声が聞こえてた。


「運転手さんは返してもらいます。それと貴方達は私達にとって良い実験台でしたよ。人類の未来の為に役立ってくださってありがとう御座います」
「パソコン……」


 その声は確かにパソコンから響いてた。そしてそのパソコンに内蔵されてるカメラと目が合った様な気がした。いや違うな。女が見られてると思ったのは、その向こうの少女にだ。


「貴女は言いました。未来の糧に成れることはいい事だと。それならきっと大丈夫。甘んじて天の使いの裁きを受けてください」


 その瞬間ドアが吹き飛んだ。そして入ってくるのは二メートルは有りそうな巨漢? いや、シスター? 狭いドアをこすり、背を伸ばすと天井にまで届きそう。そんな男か女か、そもそも人間か分からない奴に見据えられてその場の全員の腰が竦む。
 動けない。圧倒的な存在の証明……それを誰もが感じてた。部屋に侵入してきた何者かはその大きな手で女の頭を摘む。一捻りで首の骨を折られてしまいそうな恐怖。歯が無意識の内にカチカチと鳴り響く。


「あ……う……」
「天の裁きを伝えましょう。死刑という裁きを」


 凄んだ声が頭に響いたと思ったら、もう何も見えなくなってた。脳は考える事を放棄して、意識は暗い底に逃げ込んだ。もうきっと目覚める事はないんだろうと女は感じて、白目を向いた。

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