命改変プログラム

ファーストなサイコロ

机上の設計

(嬢ちゃあああああああああん! 助けてやあああああああああああ!)


 廊下を歩く僕の耳に……というか頭にそんな声が飛び込んできた。回避不可能の救難信号みたいな物だな。目玉の声は直接頭に響くから、聞こえなかったことには出来ない。全く、キンキン響く’変態’の声ほど不快な物はないな。
 だけど状況が状況なだけに焦りもある。僕は孫ちゃん達を追い越して先頭に躍り出た。もしかしたら奴……奴等がここまで来たのかも知れない!! 開いてるドアから僕はリビングに突っ込む。


「どうしたインテグ!?」
(嬢ちゃん……自分は……自分の全て曝け出されてもうたああああああ!!)
「はぁ!?」
(それだけやない!! 自分の体にまで興味持ち始めてるんやで!! 一大事やろこれ!?)


 ごめん、よくわかんない。え? 何? まあ取り敢えず考えてた事態には陥ってないようだから良かった。胸に飛び込もうとしてきた目玉の奴を手でブロックしつつ、僕はこう言ってやるよ。


「そうだな。データ吸い尽くされたのなら、お前にもうようはないや。解体でもされてろ」
(嬢ちゃんはやっぱ嬢ちゃんや! その言葉、痺れるでぇ)


 やっば、なんか逆に興奮して目玉の奴が変な蒸気を発し始めた。変態だからな……逆に優しく声を掛けた方が良かったか。でもそれはなんか僕的に嫌というか……なんだかね。こいつに優しくしたら負けだと思ってるから。


「い……いいかい君? 早く……そいつをこちらに……」
「ひっ!?」


 僕は思わずそんな声を出した。これは……ちょっと目玉の気持ちが分かったかも。なんか目がイッてないか? 皆さん目玉の事を千年待った恋人を見るような目で見てるよ。スッゲーハァハァ言ってるし! 


(まあ、こっちがまだ人間味があるからいいけど……)


 NPCに人間味とか言うのもおかしいけど、一線を超えた研究者ってさ、なんか逆にロボットみたいな感じに成るようなイメージが勝手にあるんだよな。解剖する生き物でも見るかのような目で全てを見てるみたいな……そんな冷めた視線が脳裏の奥に焼き付いてる。
 あれに一番近く思えるのは当夜さんかな……なんか表情見せてくれないし、ストイックな所とかずっと背中越しなのもね。どこか被る。でも彼の行動には思いやりがある。セツリの為という愛がある。
 だからまあやっぱり、一概には言えないって事なんだろう。僕はもう世界を見てる。この目で見て、聞いて、そして感じて自分で判断できる。だから’違う’とわかるんだ。


(嬢ちゃん……)
「はぁ……あんた等、ちょっと落ち着いて。まずは必要な所だけにしてくれ」
「別に落ち着いてはいるさ。それにどこが必要か、それを判断するのは我々じゃないか?」
「うぐ……」


 確かにそれを言われると言い返せないな。僕じゃこいつの中のデータを読めもしないし……何が必要かなんかわかんない。しばらく考えて、そしてこういった。


「それじゃあしょうがないですね」
(嬢ちゃああああああああああああああああああん!!)


 うるせえよ。お前の声は頭に響くんだからもうちょっと声量抑えろよ。しかもこいつの声は僕にしか届いてないってのがなまたな……僕のこの苦労が周りにはわかんないんだ。理解できる事で、余計な物まで背負い込む……その気持がようやく分かった気がする。


(嬢ちゃんは嬢ちゃんは、なんだかんだ言って自分の味方やと思っとったんやで!)
「それは完全に誤解だ。味方なんてあり得ない。協力者程度だろ」
(それでも守ってや! 大切やで自分は! あんまり勝手にいじくり回すと、データ消えるで!)
「そういう事早く言えよ」


 それなら交渉の余地がある。こいつの中身は僕達にとっては命綱みたいな物だからな。僕はコホンと咳払いを一つして第二研究員の皆さんにこう告げるよ。


「あはははしょうがないってのは冗談で、なんかこいつもっと丁寧に扱われたいらしいです。だからそうしてやってください。あんまり乱暴にやるとデータが消えるって脅してますよ」
「むむ……そんなに乱暴になんてしてないが……」


 そう言った研究員の一人は周りに同意を求めるように視線を向けた。それに一同コクコクと頷いてる。まあこの人達は全員同類だからそうなるだろう。夢中になってた側じゃん。全員興奮しまくって目玉の中身を覗き見してた側。
 そりゃあ意見も被る筈だ。


「みんな同じ様に興奮してたから、それを普通だと錯覚してただけじゃない?」
「そう言われると否定は出来ないが……だが丁寧に扱うにしても、データを吸い出す位しか我々はしてないぞ。まあセキュリティを強引に破ったりとかはあるが……」


 なんか目を逸らしてるな。目玉の抗議はそれが原因か? そもそも確かに目玉のデータを吸い出して、指輪とかに移してるのかは知らないが、データの移動とかただ黙ってても終わるよな。
 それでこの目玉が逃げてくるとは思えない。って事は何か「酷い事」と認識出来る事をされたと考えるべき……でもこの研究員の人達は別段そう思う事ではない。そしてさっき目玉は「自分の全てを曝け出される」––って言葉を考えると、そのセキュリティとかプロテクト破壊の行為が嫌なんだろうな。


「なあ、お前ってセキュリティとかあるのか?」
(当然やろ。それを破壊されるって事は、一枚ずつ服を脱がされてく事と同義やで! 恥辱の限りなんやで!! しかも無理矢理って…………レイプやないか!!)


 その一個の目の淵に何涙まで溜めて言ってるんだよこいつは。レイプとか言われても別段こいつの場合は可哀想という感情が湧いてこないな。


「そもそもお前いつだって裸じゃん。寧ろこっちが陵辱されてるみたいな? お前の変態性は最初から公に体現されてたって事か」


 納得。こいつときたらホント変態だな。似た感じのウニですら刺という服を着てるのに、お前はマッパか。とんでもねぇ奴だ。


(嬢ちゃんを陵辱やなんて……そりゃあ出来るものならしたいんやで! せやけど今はそんな事どうでもよくて、自分のこれは妖精さんが裸で居るのと同じなんや! 正常なんやで!!)


 お前の思考はアウトだけどな。なんでこんなちっこいクリエを陵辱したいと思えるんだよ。危なすぎだよお前。やっぱクリエに体を返す前に、この目玉は破壊しといた方がいいかも知れない。
 なんか危険だ。子供の思考に戻ったら何されるか分かったものじゃないだろこのままじゃ。クリエの奴は辛いことや自分の真実とかを乗り越えて前よりもずっと強く成ってるだろうけど、子供なのは変わらないからな。
 それにこの目玉の声を聞けるのはクリエだけ……何か変な事を言われてても元に戻ったらそれに気付くことは僕は出来ないんだ。そうなったら変な事を教え兼ねない。危険過ぎる……


(なんや嬢ちゃん? そんなゴミを見るような熱視線贈られたら照れるでホンマ〜)
「おい」
(いや〜やっぱその熱い視線の訳は自分に恋の字やな? こういうプレイで楽しんでるんやろ?)
「おい、そこの目玉だ貴様」
(なんやねん、聞こえもせん奴が自分と嬢ちゃんの聖域にちょっかい出そうとしとるな。けどそんなもん無理無理やな。なんせこの心が通じ合っとる感じは二人だけの物やもんな)
「誰の心が通じあってるんだよ? まあ今のそいつの心と通じあおうと俺はどうでもいいが、貴様その体にそれ以上近づいたら消滅させるぞ」
「え?」
(ぬあ!?)


 僕と目玉の視線が同時にその声の方を向いた。まさか聞こえてるのか? 目玉の声が……でもそうか、テトラなら……こいつならありえる。なんせ神だぞこいつ。


「お前……聞こえるのか? こいつの声」


 僕のその言葉に一度視線を向けるけど、テトラの奴は一瞥しただけで言葉を返す事はしなかった。ただ無言で目玉を見据えたまま一歩を踏み出す。奴の長い黒髪が揺れて、底冷えする様な闇を讃える瞳が真っ直ぐに目玉を射抜いてた。


(う……あぁぁあ……)


 頭に響く声が、目玉の恐怖を物語ってる。テトラは何もしては居ない。だけど、それでも目玉は震えてる。何かを感じっとてるんだろう、その存在に耐えられない様に目玉が瞼から飛び出そうな程に開かれて、その大きな瞳には血管が浮き上がってる。
 さっきから瞬き出来てないせいか、メッチャ瞳カサカサに成ってるぞ。そしてしばしの沈黙の後、テトラの奴が何か動き出そうとしたその瞬間だ。


(すんまっせんしたあああああああああああああ!!)


 目玉の奴は光の早さで床に体をつけてた。はえ〜、今の少しの間でテトラの畏怖に屈した様だ。いや、賢い判断だと思うけどな。


「よし、ならこれからはつまらない事は口走らない事だ」
(へへー! 肝に命じまする!)


 凄い遜り(へりくだ)具合だ。スッゲー腰低く成ってる。処世術には相当長けてる用だなこの目玉。なんか無駄な機能だな。この変な性格もそうだけど……もっと他に加えるべき機能が有ったんじゃないかと思う。
 そもそもこんな目玉型デバイスにしたのは何でなんだろう? こいつは自分で僕達に付いてくる事を選んだ。それからしておかしい訳だが、こいつの主がそう命じてたのであればそれも納得出来る。
 そもそも最初にあの場所に捨てたのも怪しいからな……でもその事だけは何も言わない。トップシークレットって奴なんだろう。まあ無理矢理聞き出す時間も暇も無いからスルーしてたけど、ここから色々と転換する事を考えると、こいつの目的も知っておきたい所ではあるな。


「おい目玉、殊勝に成ったんならそろそろお前の目的を簡単に話せ」
(嬢ちゃんはバッサリ……ホンマバッサリ言うな)


 そんな言葉と共にフワフワ浮きだした目玉。だけどそんな目玉を踏んづけてテトラが睨みを効かせた。


「誰が許すと言った? 図が高いぞ」
(しゅsyすうすしゅしゅすしゅすみばせん!)


 テトラの奴、このまま脅して情報引き出す気か? そう思ってると大切なデータの塊に対する扱いが余りにも酷いからか、研究員の人達がテトラに抗議の声を上げる。


「君! 君は一体なっ……んでもないかな? あははは」
「ちょっとコーヒーでも飲みたいですよね?」
「そうずしね。何か足りないと思ったらコーヒーずしよ」


 流石皆さんインドア派だ。テトラの冷たい瞳に一瞬で尻込みしたよ。まあリーダーとかがここに居たら多少は違うのかも知れないが、ここに居るのはそんな中心を担える人材じゃないからな。


「所でスオウ、こいつの目的とはなんだ?」
「ほら、こいつってこんなに自由だろ? 別に拾った僕達に付いてくる理由なんてなかった。だけどこいつはそれをしたって事は何か目的があるはずだろ? こいつの中に第一の研究データが入ってたのは偶然なんかじゃない」
「確かにそれは考えられるわね」
「そいつの主もスパイなんじゃないの? 第一や第二みたいな国家機関だけじゃないようよ。色々と街の住人に話しを聞いた限りでは、錬金の技術を独占してる国に不満を持ってる組織が幾つかあるみたいだしね」
「そんなのあるのか……」


 いや、だからこそあの地下道を使ってるんだよな。錬金の技術が一番価値があるんだろうから、それを国と言うどでかい所が牛耳ってるのを好ましく思わない奴等は確実に一定層はいる物だ。
 この目玉の主は、その組織と内通してる……可能性としては無くないな。寧ろ一番確率的には高いかも。この目玉が外に出たくてたまらないって感じだったのは、第一の外に早くこの情報を持って行きたかったから。
 だけどそれならどうして僕達に付いてくる理由が? って気もする。僕達についてきたってあの時は外に出るって事とは逆を僕達やってた訳だからな。もしも本当に一刻も早く仲間にでもこの目玉を渡したかったのであれば矛盾が生じる。
 それに首尾よく外に無事に出られたのに、こいつは僕から離れる事はなかった。それ、おかしいんだよな。もしも僕達をただ外に出る為の手段に使ったのだとしたら、その目的が達せれたのなら、どこかで消えるはずだろう。
 更に運良く、混乱が起こったわけだしな。けど、その混乱の只中でもこいつは僕についてきた。この目玉の主がスパイで第一の情報を仲間に渡すためにこの目玉を送り出したとしたら、随分と出来悪くないだろうか?


(なんや可哀想な視線を感じる……)


 エスパーかお前は。んな事まで感じれる目玉は実はやっぱり凄い技術の塊の様な気がする。これを作れる奴が、目的を間違うような物を作るとは思いづらい。性格は色々と間違ってるけどさ、こいつの中にあるデータは第二の皆さんの反応を見る限り本物だろう。
 この目玉が真のアホなら、こいつの主だってヘマしたら一気に人生転落だろう……それだけのリスクを犯す物に、手を抜くとは思えない。こいつの性格や変態性は完璧に仕上げた上での、遊び心かなんかだろう。
 まあもしかしたらそのせいで予想外の動きをしてる……とも考えられるが、どうなんだ?


「おい目玉、お前の主はスパイなのか?」
(自分は何も知らん。ただ託されただけや)
「託された?」


 どういう事だよそれ? まさか本当に何も教えず、何も計画無しにこいつを送り出したって言いたいのか? そんな馬鹿な……第一の研究員って超の付く天才なんだろ? そんな事ありえるか。


(自分が言えるのは、あいつは誰よりも錬金が大好きって事や!)
「よく分からないっての」
「なんて言ってるのよ?」


 僕はそう言ってきた孫ちゃんに今の目玉の言葉を教えてやった。すると直ぐにバカにしてくると思ったのに、そんなことはなく、逆に「ふ〜ん」と唸ってこういった。


「そう……錬金バカって奴なのかしらね。そういう純粋な奴ほど社会に染まったりしないわよね。研究者って何かの為に研究をやってるんじゃないのがいるし、そいつ等はただ純粋に追求する事を目的にしてたりする。
 その目玉を作った奴もそうなのかもね」
「だけどそんな奴がこんな事をする理由はなんだよ?」


 純粋に追求だけを生きがいにしてるような奴は社会とかに興味ないだろ。まあ第一のデータを全部求めたりはすると思うけど、外にだしてあれやこれやなんか考える人種じゃない。利益とかなんとか、そんなのの外に居るのがそう言う犯しな奴等だろ? いや、褒め言葉としてね。


「そんな奴が居てもたっても居られなくて犯した行動だとしたら、色んな歪で不完全の説明には成るんじゃない?」
「だから理由は……」
「理由は知らないわ。見つけてないもの」


 あのな……それじゃあ何も進んでないぞ。するとそこにアンダーソンが言葉を加える。


「そんな人が動き出すとすると、それこそ錬金絡み何でしょうね。何か大変な事でも見つけたとか……もしもそうなら、その人が託したそこの目玉に、その行動の理由が隠されてる筈じゃない?」


 ただデータを渡しただけじゃなく、読み取って欲しい何かがあるって事か。だけどそこで疑問が一つ。


「それって他の研究員とかに言うんじゃ駄目だったのか? どうして不特定の誰かに託すなんて賭け……」


 効率悪いだろ。それに悪人に渡ったら……


(自分、この目でしっかり見てるさかい。賭けになんか成らへんよ。現に嬢ちゃん達を見つけたし)
「お前……」


 その目腐ってたんじゃないの? とか思ったけど口にだすのは止めた。なんかちょっと心に来たしな。


「どうしたの?」
「どうやらこの目玉、節穴じゃないみたいだ」
「何それ?」


 訝しむ様な視線を向ける孫ちゃん。そう思ってると、地面がなんだか揺れ出した? カタカタと床と接してる物が慌ててるみたいだ。


「これは……おいスオウ。俺だけでも先行して奴と対峙するか? その方がいいだろ?」
「いや、それじゃあ困る。それに敵はあの黒い奴だけじゃない。姉妹の一人も居るんだ。お前だけじゃどの道苦しいぞ」
「言ってくれるな」


 だけど否定はしないテトラ。コード取られたからな……苦しいってのはテトラだって理解してる事だ。ハッキリ言ってここでうだうだやってる場合でも無いけど、元に戻らないと僕は戦力外だからな……こいつの主が何を伝えたかったのか、それには興味あるけど現状は切羽詰まり過ぎてる。
 なんでもかんでもなんて出来ない。最適な答えを選択しなくちゃ……次々に仲間たちが倒れてく光景を見る羽目になりそうだ。その為に選択しろ……今一番優先するべきこと、それは今できる事で比較的簡単でそして、先に繋がれる力に成れることだ。


「第二の皆さん。蛇の錬金アイテムはどうなってます?」
「それなら既に設計図は見つけてあるずし。それになんとかここにあるガラクタの山でパーツは事足りそうでずし」


 それは朗報だな。所長とフランさんが無駄にガラクタの山を築いてたのも案外無駄じゃなかったな。僕は頭を下げて懇願する。


「お願いします! 今はそのアイテムを真っ先に作ってください。それの完成と同時に僕達は第一研究所へ仲間達の救出に向かいます。だから……沢山調べたい事はあるでしょうけど、無理を承知でお願いです!」
「はは、何を言ってるでずし? ひとつ漏らさず自分達は作るずしよ。まずは勿論、その蛇からずし」


 ずしずし言ってる癖に、なんか凄く格好良く見えた。そして彼等はコーヒーを一口啜り、開発に取り掛かる。その姿はとても生き生きとしてた。大丈夫……彼等だって相当優秀な筈だ。
 それを信じて、僕も多少のお手伝いを申し込んだ。



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