命改変プログラム

ファーストなサイコロ

囚われの連鎖

 人気があまりなかった外来病棟から最近もぬけの殻になった特殊病棟の方に俺たちは足を踏み入れる。まだ微かに人の匂いって奴があったあっちとは違うな。いや、こっちは元から辛気臭い感じが漂ってたけどさ、ホント何もなくなったんだなって……
 つい最近、この病棟も活気づいて来てたのに……それも決して良いことじゃなかったんだけど、こんな元から全て無かったかの用になるとやっぱり微妙な焦燥感がある。病室の札が増えてく度に「こんなに被害者が…」って思ってたのに、それが無くなったからってその人達がこのリアルに戻ってきたわけじゃない。
 彼等はただ連れ去られただけだ。俺達の手が届かない場所へと。虚しく響く俺達の足音。この季節幾度と無くきた道。それはいつだって心休まる物じゃなかった。まあ病院に落ち着いて来るって言う方が珍しいものだろうけどさ。
 本当にスオウの奴には毎回心配掛けさせられてたからな。そしてアイツが居なくなってもやっぱり俺達はここを気を重くしながら歩くんだ。


「これだけ大きいのになんだか廃墟みたいな雰囲気あるわねここ。嫌な気が漂ってるって感じ」
「廃墟は言い過ぎだろうけど、嫌な気ってのはなんとなく分かるな」
「そうだね。病院で良い思い出なんかそうそう無いもんね」
「そこじゃない? 病室」


 天道さんの言葉を受けて俺達はある病室で足を止める。あの新人ナースに聞いた病室のナンバーで間違いない。名札はないけど、それはどこもだ。ここにはもう病人は一人も残ってない。
 いや、そもそも『病人』というくくりで良いのかも微妙だけどな。病気って訳じゃないし、病人って表現はおかしいかもな。被害者? って感じか。被害にあって意識不明に陥ってたわけだしな。
 磨りガラスの向こうを俺は見つめる。ここにはもう誰も居ないんだ。被害者は……いや、意識不明者は……だな。被害者は実はまだいるんだよ。被害者は意識を奪われた当事者だけじゃないんだ。
 俺達はそれに気付いてなかったんだよ。見つめなくちゃいけないことがある。どれだけの傷をLROという世界がこちらの世界にも付けたのかを……


「はぁ~ふ~」


 そんな風に深呼吸をして日鞠はドアの前に軽く握った拳を向ける。そしてコンコンコンと小気味良い音を立てたノックをした。すると中から女性の物と思しき声が返ってきた。その声を確認して日鞠はスライド式のドアを開ける。真っ先に視線に入るのは全体的に暗いって事。そしてそんな中で一人の中年女性が椅子に腰掛けてこちらを見てた。この人が婦長さんなんだろう。
 ナース服じゃないのは今日は休みを貰ってるからって聞いた。休みの日にまで職場に来るなんて、なんて仕事熱心な……と思うかもしれないけど、そうじゃない。椅子に腰掛けてる婦長さんには覇気が感じれない。ハッキリ言ってこの人自体が病人なんじゃないかと思える感じだ。
 そのくらい重い空気を身にまとってる。外は燦々と陽の光が溢れてるはずなのに、わざわざカーテンを閉めきって鬱ってるのがその証拠だろ。六つあるベットの一番右隅に陣取って……ちょっと怖いぞ。
 まあアソコが多分……その場所って事なんだろうけどさ。


「貴方達は……ここは一般の方達は立ち入り禁止……ってああ」


 何か納得した様に頷く婦長さん。そして続けてこういった。


「貴方達あの男の子の……それに桜矢さん達と深い人達ですね」


 ふ、深いって……なんか意味深な言葉だな。でもそういえば婦長さんって程なんだし、そこらの平のナースじゃないんだからな。当然の如く、この病棟の事は知らされてただろうし、俺達の事もある程度は知ってておかしくない。
 でもこの人はこっちでは殆ど見たこと無かったけどな。まあそんな頻繁に来てたわけでもないし、ただ会わなかっただけかも知れないけどな。


「あの……婦長さん、私達––」


 日鞠の奴が進んで言葉を紡ごうとする。だけどその時、天道さんがその横を通って前に出た。白いシャツが薄暗い病室で浮いてるように輝いて見える。ラフな格好な筈なのに、何故かハリウッドスターみたいに決まって見える不思議。
 やっぱりビジュアルって大事だよな。日鞠の奴が時々「お姉さま」とか呼んでるのもなんとなく納得できる。そんなカッコ可愛く美しい天道さんは一体何故に前に出てきたのだろうか?
 そう思ってると天道さんは婦長さんを見つめてこう言うよ。


「婦長……貴女も被害者だったんですね」
「お知り合い?」


 日鞠の奴が小さな声でそうつぶやいた。いや、俺も思ったけどな。


「日鞠ちゃん達はまだあったこと無かったかも知れないけど、私はもうずっとお世話に成ってるから。私って言うか当夜達がだけどね」
「ああ、やっぱりそうですよね。って事はスオウも結構お世話に? これはこれはご挨拶が遅れてしまって……」


 ペコペコと頭を下げだす日鞠。お前はスオウのお袋か何かか……と思ったが、まさにそんな感じだったな。同級生が親代わりって可笑しいが、日鞠はスオウの幼馴染で世話役だからな。ほぼ保護者みたいな物だ。
 そもそもだ……そもそも俺はスオウの両親とか見たこと無い。知り合った時点でアイツあの家に一人暮らしだったしな。てか聞く所に寄ると、かなり幼い時から両親いないとかなんとか……まあそこら辺にはあんまり踏み込んだ事無いから良くは知らないんだけどな。
 誰にだって踏み込んでほしくない部分ってのはあるだろう。俺はハッキリ言って日鞠みたいに地雷を踏み抜くなんてことはしないんだ。みんな仲良く––ってのは俺も日鞠も同じだけどさ、表層と深理の違いって感じかな? 
 俺は上辺だけでも別に良いと思ってるし、大概の人付き合いなんてそんな物だろう。みんなで適度に居心地の良い空間が作れれば十分じゃないかって思う人間だ。それ以上の欲はかかない。
 だけど日鞠の奴は誰もを理解したいと思ってるのか知らないが、色々と首を突っ込み過ぎなんだよ。本当に理解できる奴とか、この世界の一%も居ないだろ。自分の生きてく範囲だって腹のさぐり合いなのに、出会った奴等全員と繋がろうとか無理がある。
 でも日鞠の事だからな、きっとまた地雷を踏み抜くんだろう。この婦長さんに対してもきっと……


「その……婦長さん」
「何かしら? 貴女が気にすることなんて何一つ無いわ」
「いいえ、今天道さんが婦長さんの事を被害者って言いました。それってつまり、婦長さんの関わりある人がLROに囚われてるってことですよね? 私たちはLROに囚われた人達を救いたい。
 気にしないなんてありません!」
「貴女……」


 やっぱ日鞠はグイグイ行くな。そんなヒーローみたいな事、なかなか言えないぞ。俺達なんて何の保証もなく動いてるだけだからな。敵はいっぱいなのに、味方は今いる分だけ……ハッキリ言って強気に出れる部分なんて無いんだが、日鞠の奴は諦めないからな。
 そんなこいつの背中を俺はずっと見たきた。すると婦長さんが思い出したようにこういった。




「そっか……そういえばここに国の怪しい人達が強引に来た時も貴方達居たわね。まさか協力しあってるとかかしら? お手伝い的な感じ?」


 うん? どちらかと言うと敵対だが……別にそこら辺の事情をこの人が知ってる訳もないからな。考えたら、世間で結構騒ぎに成ってることだからな……関わりがあるところをこの人は見てる訳だし、俺達と調査委員会が手を組んでるって思ってもおかしくないのかもしれない。
 てか俺達の様な学生がマジでんな事を言ってるなんて思えるのは、多分そんな背景を考察してるからなんだろう。そりゃそうだよな……国が大々的に乗り出してきたんだ。それだけ重大で重要な事だって認識が世間一般には広がったはずだ。
 そこにただの一学生である俺や日鞠がうろちょろしてるっておかしい。俺達が一度彼等に連れ去られたってのをこの人は知ってるから、そこで協力を求められたとか––そう考えるのが普通か。そもそも国に対抗して動いてるとか考える奴は居ないよな。
 この平和な国でそんな事を考慮する奴なんてほとんど居ないだろう。


「ええ、まあそんな感じです。私達が必ず皆さんを助けてみせます」


 日鞠の奴、否定せずに乗っかったな。わざわざ否定する事もないとは思うし、上手く使うべきことは上手く使うやつだから。そこら辺抜け目ないのが日鞠だ。すると婦長さんはくぐもった声でこうつぶやく。


「そうなの……でも本当に救ってくれるのかしら? 状況を発表して目標を掲げただけで、何年も何年もこの状況が続きそうな気がするわ。本当にやる気あるか疑わし……いや、これは言葉の異よ。願ってはいるわ」
「婦長さん……」


 婦長さんも実は調査委員会の奴等にやる気あるか疑ってたのか……まあ一般の人よりは被害者を見てた訳だしな……目処が立たないとかはわかってるのかも。そもそもずっと当夜さんと摂理は放置状態だったんだしな。それがこれから劇的に改善される……とは思えないのかも。それはそれで当然ではあるけどな。


「大丈夫です! 流れは変わってきてるんです。貴女の事も、そしてより多くの被害者の方達を救うためにも、協力してください!」
「私に? 何が出来るかわからないのだけど?」


 それはそうだな。彼女は所詮って言うのは失礼だが、看護師さんだからな。LROの技術的な事がわかってる訳じゃないもんな。そんな自分に今更何を……って感じなんだろう。国を上げて、それこそ一流で名のあるであろう研究者とかが出張ってるだろうに……だよな。
 まあ実際、俺達はそことはまったく無関係なんで! 技術面を解明してアプローチしようなんて思ってない。俺達が辿ってる道はきっと、予め用意されてた隠された道みたいな物だ。
 それを俺達は開きたい。資金も人材も何もないから、俺達はある意味LROのまだ誰も知らない未知の部分を探ってるんだ。当夜さんがセツリの奴をリアルに返したいと思ってたのは確かだし、その為の道は用意もされてる。
 その道かも知れないし、それじゃない道かも知れない。だけど、あの人は数ある可能性をきっと考えてた筈だろう。だからこそ賭ける事が出来るんだ。俺達は実はあの天才の手のひらの上で踊ってるだけのかも知れないけどさ、俺達にだって救う手段が与えられてるんだし、それでもいい。


 こんな一学生が想像もできない程にデッカイ国って集団と渡り合えるんだからな……まあ別に向こうも救ってくれるってんならどっちだろうと構わないんだ。だけどアイツ等はな……どこか怪しい部分が拭えない。
 婦長さんも感じてたけどさ、意識不明に成ってる人達を救うことが本当の目的なのかって事だ。国が欲しいのは数十•数百の国民じゃなく、世界に革新をもたらした技術の核心……
かも知れない事が問題なんだよな。
 その過程でLROに囚われた人達は救われるかもしれない。でも過程は目標じゃないんだよ。それが大問題だ。表向きには運営とかを悪にして被害者救済を歌ってるが、どうなんだか……実際今も俺達の監視にリソースさくよりもやることあるような気もするしな。
 まあ俺達の監視に付いてる人達はそんな技術的な部分とは関係ない人達だから、んな仕事をやらされてるんだろうけどな。俺達の監視についてる人達も、こんな事に意味あるのか? って思っててもおかしくない。


 だって僕達はただの学生だ。ホントなんでここまでされてるのか、実際俺達だって謎だよな。きっとそれはLROがスオウの奴を選んでるから……なんだろう。俺達はアイツの仲間で、LROには意思がある。何かがアイツを中心に収束してるような気がしないでもない。だからこそ、調査委員会の奴等も俺達を放っておけないって感じか。


 色々と考えてると、天道さんがもう一度この言葉を口にする。


「できます。私たちはジェスチャーコードを探してます」
「そこの派手な子が言ったのね。だけどそのジェスチャーコードとか言うのは何なのかしら? 私には心当たりがないのだけど? だけど貴方達が私を訪ねて来たと言うことは……それは私がそれと認識してないだけで、知ってるということかしら?」
「ええ、その可能性があるからこうやって来たんです」
「そう……」


 なんだろう……よくわかってないのはわかるが、もしかしたら自分の情報で囚われた人を救えるかも知れないって位は察せれるはずだ。それなのになんだかあんまり乗ってない様な反応。
 この婦長さんの大切な人も被害にあってるんだよな? それならもっと興味を持ってしかるべきだと思うんだが……やっぱり俺達の事はそんなに信用出来ないって事か?


「どうしたんですか? 貴女の情報で救えるかも知れないんですよ?」
「ええ、そうね。喜んでいるわ。だけどその感情を大袈裟に出さないだけよ。看護師はいつも平常心で居ることが大事だから」
「なるほど〜」


 フムフムと日鞠の奴は頷いてるけど、俺とメカブは同時に「さっきはあんなに……」って言葉が被って睨み合ってた。多分同じ事を言おうとしたんだろう。だってさっきはあんなに落ち込んでたじゃん。てか今日仕事休んでるし……いや、まあ暇そうだったけどさ。


「それで、私が気付いてないそのジェスチャーコードって奴はどんなのかしら? 説明してくれるんでしょう?」
「それは勿論。えっとですね……」


 日鞠と天道さんが二人でジェスチャーコードの事を教えてる。まあ当夜さんと摂理の奴が使ってた秘密の合図みたいなのって言えば大体わかりそうではある。


「ああ、確かにそんな事をしてたかも知れないわね。何度か見たことあるわ。でも詳しくはわからないのが本音ね」
「どんな風にやってたとか少しでも良いからわかりませんか?」
「そうね〜〜」


 そう言って婦長さんは自分の両手を見つめる。そして「こうだったかしら? いや、こう?」とか言いながら指を絡ませたり開いたり回したりする。一体どれなんだ。


「何かを表してた感じだったような気もするけど……う〜ん、担当だった人に聞いたほうがいいんじゃないかしら? ごめんなさいね。力に成れなくて」
「いいえ、必ずここで見つけてみせます。そして救ってみせますから」
「期待してるわ。私だけじゃなく、きっと全ての被害者家族がね」


 俺達は一礼をして扉を締める。婦長さんの情報に寄ると、当時に摂理の担当をしてたのは磯辺さんなる看護師さんだそうだ。ようはその人ならもっと身近でみてたかも知れないってことだ。
 日差しが差し込む廊下を進む。今度はその磯部さんを見つけないと行けない。なんかRPGぽくなってきたな。そういえば人質捜索の方はどうなってるんだろう? 日鞠の奴は時々スマホいじってるけど、その情報公開しないからな。
 まあ不味くなってたら流石に何か言うだろうし、心配はしてないんだけどな。それに向こうもこっちがジェスチャーコードの全貌を手にするまでは動けないだろうしな。俺達の鍵はジェスチャーコード……それだけはハッキリしてる。

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