命改変プログラム

ファーストなサイコロ

見えないいろいろ

 車を飛ばして先に向かったのは愛の家だ。俺達の街よりは都心の方に近いからな。そっちに先に向かう方が効率的に良い。そして辿り着いたのはここら辺一体で一番大きな高層ビルだ。都心から離れてるせいで、一本ニョキっと飛び出てるのその姿が顕著に見える。


(すっげ……)


 軽くショック受けるな。実際家に来るのは初めてなんだ。自分の家なんか、この建物の駐車場分もなさそうなんだが……


「どうしました秋君?」
「いや……あのさ、もしかしてなんだけど愛の家はこの高級そうなマンションのその……」
「? 一番上ですけど」


 やっぱり! だと思ったよ。絶対そうだと思った。今まで世界の違いを感じる事は幾度とあった。だけど家って……その人の育ちのランクが如実に現れる物なんだな。はは……見上げるだけで首が痛くなるぜ。
 これがきっと俺と愛の立場を示してるんだと……そう思えて成らない。俺は庶民だ。それも本当に平凡な。日鞠やスオウみたいに何かを持ってる奴じゃない。自分の生まれや環境に別段不満なんて無いけどさ(それなりに今まで楽しく生きて来たからな)けど、ホント家を比べると俺達の環境の違いに笑えて来る。
 横を見ると居てくれる愛は、俺なんかは本当見上げるしか出来ない人の筈なんだよな。俺がこいつの横で胸を張れる時は、同じ家をドカンと建てたり出来なきゃ……なんだ。


「はは……」


 思わず笑がこみ上げるな。今からもう勉強したら国立行けるか? それともこの体格を活かした部活に入るか? そして全国くらい行けば推薦で……ってそんな上手い事行く分けないよな。
 部活とかの熱血した感じがダセーとか言ってバカにしてたんだぞ。必死になる事から逃げてただけの癖に、今更そんな俺が必死にやって、中学……早くは小学生の時から頑張って来た奴等に追いつける訳が無い。
 しかも既に一学期終わってるしな。いやそこそこ運動に自信はあるんだけど……既に部内の人間関係とか出来てる筈だ。そこに部外者が一人混じるのは結構大変だよな。自信があると言っても体育レベルだし……やっぱり勉強しかないか。
 そもそもスポーツ推薦で大学に入っても、プロまで行かないと高収入なんてあり得ない訳だしな。そしてマイナーな競技ならプロに成った所で、こんなマンションは買えやしない。メジャーな野球やサッカーでもコレだけのマンションを買える選手なんて一握りだろう。
 ようはプロの中でもスターに成らないといけない。ますます持って狭き門だ。俺みたいな不純な動機な始めた奴がそこまで行けるとは思えない。しかも一番問題なのは、息が短い事だよな。
 スポーツ選手は三十か遅くても四十代で引退するイメージがある。それからの生活どうするんだよ。でもそれならゴルフはどうだろうか? アレは普通に七十八十いるよな? そんな激しい訳でもないから、長く続けられるメリットがある。
 しかもそこらの激しいだけでマイナーなコスパ悪い競技よりもよっぽどメジャーだ。それに海外の賞金はかなりの高額。激しく無く、息が長く続いて、高収入を体一つで得られる(かもしれない)優良スポーツ。
 これは勉強よりもいいのでは……


「秋君、やっぱり期待はずれでしたか?」
「え?」


 何を言い出すんだ愛の奴?


「いえ、それなりに育ちがいい事とかをアピールしてたのに、マンションなんて……って思っちゃったのかなと」
「いや……まさかそんな……」


 どういう心配の仕方だよ。こんな立派なマンション、何一つ恥ずかしがる事じゃないだろ。このマンションに車が入ってくだけで、周りの通行人が「ほあ~」と羨ましがってたじゃないか。
 ようは十分高嶺の花なんだよここは! だけどどうやら愛の感覚では違う様だ。愛は続けてこう言った。


「でも大丈夫です。ここは実家って訳じゃないですから」
「は?」
「実家はもっと遠いんです。でも大学は都内の方なので、立地の良い場所にマンションを建てたんです」


 えっと、何を言い繕ってるのか理解出来ないんだけど……頭に入って来た言葉がスルーして出て行ったかな? どうしたんだ俺の頭。ちゃんと働け。


「あの……建てたって? これを?」
「はい、家の所有物です。他にも沢山ありますよ? だからがっかりしないでくださいね。実家はちゃんとした一軒家です。こんな狭い所じゃないです」


 笑顔が……愛の笑顔が恐ろしいと思える。待てよおい……こんなクラスのマンションがまだまだ一杯ある--だと!? しかもこの高級マンションを狭い--だと!? スポーツで稼ぐとしたら、俺の体は幾つ必要だろう。
 スポーツはやっぱり諦めた方が良い様だな。一人でどうにか稼げる範囲を超えてると思う。ここは経済学を学んで株とかも始めた方が……


「秋君、その……ちょっと部屋に上がりますか? 恥ずかしいですけど、綺麗にはしてますよ?」
「ええ!?」


 ちょっ……それは色々と不味いんじゃないかな愛さん。そりゃあ俺達は恋人だけど、いきなり家って……いやそもそも、俺は愛の部屋に入って耐えられるのか? 性欲的な事じゃなく、このちっちゃなプライドがマジで木っ端微塵に成る様な気がして成らない。
 外観だけでこの破壊力だ。天辺のあんな場所の部屋なんてさ、想像出来ない。きっと部屋は凄い事に成ってるだろう。てか別に部屋のすごさじゃなく、あの高さから見える風景にさえやられそうだ。
 だからここは勿体ないけど、俺はこう言うしか出来ない。


「いや……それは止めとくよ。今は急いでるんだしな。部屋に入ったら色々と……その見たりしちゃうかも知れない」
「そ、そうですね。よく考えたらとっても恥ずかしい事ですしね。分かりました。少し待っててください。直ぐにリーフィアを取ってきます」


 そう言って愛が一人で車を降りてエレベーターの方へ走ってく。


「はぁ~」


 俺は背もたれからズズズと体を落としてく。部屋に入るなんて今の俺にはとてもじゃないが耐えられねぇよ。愛に自分のこの小さな思いを悟られない様に言い訳を考えるのが大変だったぜ。声震えてたけど、気付かれてないよな? まあ全然そんな様子は無かったけど。そもそも愛は気付いてても気付かない振りをしてくれる優しい娘だけどな。でも俺は、愛に気を使わせるとか、そもそもしたくない。
 今は仕方ないとしても……いつか……


「正しい判断でしたね」
「はい?」


 なんだ? いきなり運転手の人が声をかけて来たぞ。この車胴体長いから、運転手さんの存在とか殆ど意識しなくていいんだけど、いきなり聞こえて来た声でハッとなって前を向く。聞こえてたのか?
 音楽とか控えめ程度にしか掛けてなかったらこの長さでも流石に聞こえてたか。てか、運転手さんの声が前からじゃなくもっと近くから聞こえて来た様な。俺は辺りをキョロキョロ見回す。


「この広さですからね。こちらの声が届き易い様にスピーカーから出力させてもらってます。席の両端の緑のボタンを押しながら喋って頂ければ、こちらにも声が届きますよ。お嬢様方の命令はそれで承る様になっております」
「なるほど」


 意思伝達をスムーズに進める為に、ちゃんと配慮してあるんだな。流石に車の中で大声だして指示するってなんだかエレガントさに欠けるもんな。せっかくこんな良い車なのに、そんな風に使ってたら、金持ちもこんな物か……的な感じがしないでも無い。
 でも今命令は−−って言ったな。大事な指示はこれで命令されるんであって、別に普段の会話が聞こえてない訳じゃないんだな。そこはきっと運転手さんは気を使ってスルーしてくれてるんだろう。
 じゃあなんでここでわざわざ……俺が部外者だからだな。きっとそうだ。取りあえずさっきの言葉の真意を問いておこう。俺は緑のボタンを押しながら声を出す。


「あのそれで、正しい判断ってのはどういう事ですか?」
「それはですね。簡単な事ですよ。愛お嬢様は可愛いでしょう」
「ん?」
「可愛いですよね?」
「そう……ですね」


 なんだろう、いきなり俺の中の警戒レベルが一気に引き上げられた感じがする。大丈夫かこの人? って思える。愛の専属の運転手かなにかだよな……ちょっと心配だ。


「お嬢様は家族に溺愛されてますからね。お嬢様は知りませんが私は色々と報告する事を求められてるのですよ。ですからアナタの存在も……」
「まさか報告を……」


 家族に既にバレてると言うのか!? ヤバいな……いや、ヤバいのか? 一人娘が小汚い床屋の息子と付き合い出したらやっぱりイヤだよな。なんてこった。この運転手恨んでいいか?


「言っときますが貴方の事を話したのはお嬢様自身ですよ。つい最近までお嬢様は元気が無かったですからね。だけどようやく元気を取り戻してくれました。仕えてる我々もご家族もその変化に気付かない訳が無いですので。
 お嬢様は話してくれました」
「そ……そっか」


 それはしょうがないな。家族もずっと心配してたんだろうからな。気になってたのは仕方ない事だ。安心させる為には言うしかなかったんだろう。


「でも俺の……いや、自分の事を知ってるのなら、何が不味かったんですか?」
「それはまだご家族が受け入れてる訳じゃないですからですよ。お嬢様の願いだから百歩譲って交際自体には口出ししていません。ですがそれは節度を守ってる範囲なら……ですよ。皆さんお嬢様が大事ですからね。男が許可無くお嬢様の部屋へ上がり込んだとなったら、流石に黙っては居られないのです。
 その際には迅速な報告が義務づけられてます」
「そ、そうなんだ……」


 やっべー、自分の事しか考えてなかったけど、そんな瀬戸際にいつの間にか立ってたのか俺。そして小心者でグッジョブ俺。上がり込んでたら、愛の家族が集結する所だったんだな……ってあれ?


「あの、その言い方だとここに住んでるのはなんだか愛だけの様な印象を受けるのですが?」


 なんか一緒に住んでるって感じがなかったよな。いや、両親が実家とかにいるのはわかるよ。だけど兄妹いるじゃん。これだけのマンションだぞ。一人暮らしってイメージ出来ないんだけど。
 普通は家族と一生住む為に、お父さんが一世一代の決心込めて数十年のローンを組んで購入するとこだろこれ? だけど帰って来た返事はあっさりした物だったんだ。


「そうですよ。ここには愛お嬢様だけしか住んでません。お兄様方はそれぞれ別の場所にお住まいになっておりますので。一人一家でもありませんしね。一人で複数の家をお持ちですよ。誰もが」
「はう……」


 一瞬目眩が……そんな一世一代の決意は一個じゃダメなのか。愛の家族は複数家を持つのが当たり前! ハードルが……ハードルがドンドン高くなってく。知れば知る程に遠くに感じる関係って……マジで自分は彼女に相応しく無いと烙印押されてるみたいだ。
 そしてそれを認めてしまいそうになる自分が居る。


「そもそもそんなに集まる家族でもないんですが、皆さんお忙しいので。だけどもお嬢様の住まいには定期的に皆さん来ますよ。お嬢様は長女であると同時に末っ子ですからね。皆さんの愛情を一心に受けてるのです」
「ど、どうりでとっても良い子なんですね」


 止めてよ運転手さん。そんな愛された娘を貧乏人に明け渡す訳ないじゃないか! 暗に諦めろと言ってるのかこの人は!?


「知ってますか? 実は愛お嬢様には婚姻の話が山の様に来てるのですよ」
「マジですか!?」


 俺はがっついて聞き返す。だってこれは放っとけない。いや、確かに大金持ちのお嬢様だからな。そう言うのがあるんだろう。けど一言も愛は言ってはくれてない。


「マジですよ。ですが全てお断りしてますがね。アナタというお人が居るから。ですがどうなんでしょうね……」
「な、何がですか?」


 運転手さんの声色が少し変わった気がする。落ち込んだというか……どうしたんだ? 緊張しちゃうじゃないか。


「私はですね……失礼と思いますが貴方はあちら側の人には成れない気がします。同じ匂いがするんですよ。私達の様な使用人とね。まあもっと簡潔に言うと、庶民の匂いという物でしょうか。
 大金持ちの方に長年仕えてると、その違いはイヤでも分かるという物なのです」


 おい、何を言い出すんだこのオッサン。やっぱり俺の心を折りに来てるだろ。まさか愛の家族の最初の刺客か? くっそ、こんなオッサンに負けてたまるか。何が使用人だよ。確かに庶民だけど、そこまでへりくだった覚えは無いぞ。


「へ、へぇ〜だけどそれって何となくでしょ? 俺にはおじさんと違って将来という物がまだまだ……」
「将来ですか。どんな将来設計をお持ちで? 成金では愛お嬢様の家の資産の足しにも成りませんよ。あの方に相応しいと言う事がどういう事か……貴方はまだ何も分かってらっしゃらない。
 お優しい言葉で丸めて言いますが、住む世界が違うのですよ。私達庶民と、愛お嬢様方の世界は違うのです。私はもしもタイムマシンがあって過去からやり直せるとしても、きっと庶民のままでしょう。
 何かが根本から違うのですよ。あの方達は何かを持っておられる。それを感じる事が何度もありました。ですが貴方は……どうなんでしょうね。今は何も臭ってきませんが、将来があるとしたら、それを手に入れる事でしょうか?」


 な……何を言ってるのか良くわからないが、持ってる物が違うとか、それを手に入れればとか……そんなのどうやって手に入れるんだよ! マジでこの人、俺を凹ませに来てるよな? 


「あ、諦めろって……釣り合わないから諦めろってことですか? しかも将来性も無いって……そこまで言われる筋合いは無い!」
「いえいえ、そこまでは言わないです。寧ろ期待してます。確かに貴方はまだまだ庶民です。私達となんら変わらない。ですが確かに将来はある。ですから希望を見せて欲しいのですよ。
 貴方が本気で愛お嬢様を好きで、将来までを考えてるのなら、今から足掻かないと遅いです。足掻いた所でどうなるかも分かりませんが、愛お嬢様には自分が好きに成った人と結ばれて欲しいと、私達も思ってますので。
 愛お嬢様の為にも、そして私達庶民の為にも、貴方には色んな物を覆してほしい。そこまでやれれば、きっと誰も貴方を愛お嬢様に相応しく無い……などとは言わないでしょう」


 覆す……自分のこれからの行動で、周り全ての評価を……それがどれだけ難しいか、俺にだってわかる。でも確かにこのオッサンの言うくらいの事をしないと、俺は認められはしないよな。
 ずっと引け目を感じて愛の傍に居る訳にもいかないんだ。俺は通信機の向こうの運転手に言ってやるよ。


「俺は……絶対に愛を手放さない。周りに絶対に認めさせてやる! 愛を貰うのに、相応しい男に成ってみせる!!」
「何が相応しいんですか?」
「どうわぁ!?」


 いつの間にか愛がリーフィアを持って戻って来てた。ヤベー、後ちょっと早くドアを開けてたら今の全部聞かれる所だった。


「な……なんでもない」
「でも今、話してましたよね? 通信通して」


 なかんかにちゃんと見てるな。だけど今の台詞を教える訳には行かないんだ!


「発進を! 愛も戻って来た事だし、早く次へ向かいましょう」


 俺は運転手にそう催促する。すると笑いながら発進してくれた。愛はしつこく聞いて来るけど、必死に口をつぐむよ。するとその時、同時に二つの音が鳴り響く。どうやら携帯の着信の様だ。
 だけど俺のじゃない。愛ともう一人は運転手だろう。でもここまでピッタリって珍しいな。てか、運転手はどうやって出るんだろうか? 運転中だぞ? けど最近は運転しながらでも電話に出れるアイテムは結構あるか。一体誰からだろうか? 漏れて来る声に耳を傾けてみる。


「お父様? はい……えっと……それは……だけどLROはそんな危険な物じゃ……ええ、はい。それは本当ですか? はい、気を付けます」


 なんだ? 凄く気になる。特にお父様って部分が。一体なんだったんだろう? 俺の……事かな? そう思ってると愛は後ろを振り返る。そしてこう言った。


「秋君、私達は監視されてるかもしれません」
「ああなんだ……ってええ!?」


 どういう事だよ。一瞬自分の事じゃないってだけでホッとしたけど、そうじゃないよな。監視ってなんだ?


「お父様が言うには、政府は私の介入を止めさせる様に促して来たようです。まあ家の企業はかなりこの国の偉い人達も囲ってますからね。そんな所の娘が動かれたらやり辛いんでしょう。
 色々と条件を提案して、私の行動を制限する様に促して来たようです」
「それで……そのお父様はなんて?」


 お父様って、お父様って言っちゃったよ! なんか変な感覚。今はそれどころじゃないけどな。


「お父様はその条件に手を加えて飲んだようです」
「は? それじゃあダメだろ?」
「でもそれは体のいい返事をするお父様の常套手段ですよ。ですから今しがた私にそれを伝えて『ほどほどに』と言って来たんです。言い訳なんていくらでも立ちます。軟禁する訳にも行かないんですしね」


 なるほどね。流石金持ち。汚い。金持ち汚い。まあありがたいけどさ。


「だけどそれは向こうも分かってると思います。だってお父様が私に甘いのは知れ渡ってますから。多分向こうの目的は父達がこれ以上バックアップさせない様にする事です。家の名を使って大々的に動く事は出来なくなったんです」
「そう言う事か……そうなると愛は普通の金持ちのお嬢様程度って事に成るからな。それならどうにか出来るって踏まれたのか」
「きっとそう言う事ですね」
「監視って言うのは?」
「私達が別のアプローチをするのは分かってるでしょうし、政府の唯一の小さいですけど不安材料です。向こうには有り余るくらいの人材がいるんだから、保険位は掛けてると思いませんか?」
「確かに……」


 なんてたって向こうは政府絡みだからな。それこそ人材なんて掃いて捨てるほどに居るだろう。そうなると、どこかで監視されてるとしてもおかしく無い。すると運転手の声が聞こえて来た。


「お嬢様、どうやらマンションを出た後から付けられてるようです。先回りされてましたな。後方の車から連絡が入りました」
「そう……」
「振り切りますか?」


 あっさりとそう言った運転手。どれだけ運転に自信があるんだ? この車そんなに早く走れるのか? 胴体長いぞ。カーチェイスには不向きだろ。


「う〜んどうしましょうか?」
「俺に振るのか? なあそもそもなんであいつ等俺達を付けてるんだ? まさかもう一度攫うつもりなのか? それとも監視だけ? それなら今無理に振り切る必要は無いだろ」


 攫うつもりなら逃げた方が良いのは自明の理だけどさ、監視だけなら、今逃げるのは得策じゃない。だって俺達は今、俺の家に向かってる。きっとそこでまた監視が着くだけだ。意味が無い。
 もしも監視だけで振り切るなら、日鞠達が居るボロビルに帰る時だ。愛のマンションからの監視ってことはだ。あの場所はバレてないってことだからな。攫われるかのかも知れないのなら、もう家には帰ってられない。ここで振り切ってアジトに戻るのが得策だろう。
 付けて来てる奴等がマンションで愛に手を出さなかったのは、単にセキュリティの問題なのか、それともやっぱり監視だけなのか……判断が難しいな。


「流石に私を攫う事はしないと思います。そんな事したら、お父様がいくらなんでも黙ってませんし、手を引く様に促したのも、それが出来ないからでしょう」
「じゃあ奴等は手を出してこない?」
「多分ですけど……」


 俺は愛を信じるよ。緑のボタンを押して、このまま家に向かって貰う様に伝える。リーフィは一台でも多い方が良いだろうしな。


「でもちょっと癪に障りますね」
「珍しいな愛が怒るなんて」


 フワフワとした雰囲気がいいのに。その空気にみんな和まされる。けど今の愛は手を握りしめて悔しそうだ。


「だって……だってですよ。私は結局、家の箔を取ったら何も出来ない、脅威でもない小娘って思われてるってことですよ。私の全ての価値は結局、あの家の娘でしかないのかなって……」


 シュンとして頭を下げる愛。そんな事を気にしてたのか。でもそうか、それだけ自分の家が凄いと、そう思うのも仕方ないのかも知れないな。自分ちは床屋だからメッチャ羨ましいだけだけど、やっぱりそれなりの家に生まれると、それ相応の苦労もある物なんだろうな。
 俺は愛の頭に手を置いて撫で撫でする。ホントサラサラな髪だ。ずっとこうしてたいくらい。


「そんな事ない。少なくとも俺は違う。俺は愛が愛だから……すっ……好きになったんだ」
「……はい」


 すると顔を上げた愛が俺の胸に体を預けて来る。おお……これは……良い匂い。そして超至近距離で囁かれた言葉に、俺の胸が射抜かれる。


「私も好きです」


 色々とあったけど、この一言で今日の日が最高の一日に変わったな。

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