命改変プログラム

ファーストなサイコロ

コンパスの縛り

 迫って来る……どこに逃げても小さな軍団が僕を逃がすまいと迫って来る!! それは階を変えても同じ事で、流石に透明になって逃げてるってのもそろそろバレててもおかしく無いと思う。


(こうなったら取りあえず上に行きまくるか? 元老院共の縄張りまで登れば、ここの僧兵達は下手に動けなくなるかも知れない)


 でもその場合、目的のノエインの部屋は通り過ぎちゃうんだけどな。不思議に思うかも知れないが、教皇であるノエインの部屋はこの社の一番天辺……にある訳じゃない。元老院が支配してるエリアよりも下にあるんだよね。
 まあ端的に教皇と元老院の力関係が表されてたんだろうけど、今ではそれはおかしい事だ。だって教皇はその威光を完璧に取り戻した。今や、シスカ教の表も裏も、ノエインが支配してる筈だ。
 それなら実際、部屋割りも変えていいと思うけど、ノエインの奴はそんなのに拘る奴でもないからな、今までの微妙な位置の部屋で納得してるんだろうな。


(けど待てよ……ある意味教皇の部屋に立てこもれば無理には入って来れないんじゃ……)


 その考えもありだな。でも外を固められるとそれはそれで困る事になる。まああそこには抜け道がある訳だけど……ゆっくりと人知れずにやりたいこちら側にとってはこの状態で素直にノエインの部屋に戻るのはちょっと避けたいよな。
 ノエインの地位もまだ盤石とは言い難いだろうし、変に不利になる様な事はしたくも無い。元老院共の事だから、どうにかして前の関係に戻そうと暗躍しててもおかしく無いもん。


(どうする? 一体どうすれば?)


 上手い解決方法がないな。逃げる前にあの魔法をやったモブリを潰しておくべきだったのかも。けど、既にそいつがどこに居るのかも分からず、僧兵間で情報のやり取りは密に行われてる。既に手遅れ臭い。そう思ってると大量の僧兵共がまた目の前に。


「誰も見当たりません!」
「いや、居る筈だ。これまでの動きで犯人が姿を見えなくしてる事は明白。全員杖を構えろ!」


 その合図で僧兵達が一斉に杖を掲げる。そして足下にそれぞれ現れる魔方陣。見えないからって魔法をぶち込んでみるって訳か!? なんて荒っぽい! しかも透明なのやっぱりバレてるし……あんまり派手な事態にしたく無かったけど、これはもう仕方ないのか? 
 やるしかない--のかも知れない。でもここで剣を抜くと、タルンカッペを着用し続ける事が難しいな。片手には気絶したままの僧兵いるし、セラ・シルフィングを抜くには姿を現す事に成ってしまう。それは……得策か? 
 面が割れるのは色々と不味いと思う。だって僕達は水牢の中ってことに成ってるのに、こんな所で目撃されたら、水牢の方がダミーだと気付かれる。そしたら最後に僕達に会ってたノエインやミセス・アンダーソンが怪しくなるじゃないか。
 くっそ、なんでこうも厄介な事ばかり……記憶さえ……こいつらの記憶が正しくあれば、誤解を解く事も、いやそもそもそしたら誤解を招く事も無かったのに……記憶をリセットされるってのはなかなか辛い物があるな。


「撃てええええええええええ!!」
「ちっ!」


 放たれる放出型の魔法が一斉に通路を埋め尽くす。僕は踵を返して反対側に走り出す。背中に迫る魔法。間に合うか!? 迫る光--だけど間一髪僕は通路の曲がり角に飛び込む。後方で激しい音が響いてる。あぶねえ……あと数瞬遅かったら、今頃僕もあの壁みたいに成ってたんだ………それを思うと恐ろしいな。


「ん?」
「撃てええええええええええええええええ!!!」




 んあ!? 曲がり角の先にも僧兵の別働隊が居た。やられた。逃げる先まで抑えられてたって事か!! 逃げ場はない。幾ら見えないからってこれは荒っぽ過ぎると思う。こっちにはお前等の仲間が居るんだぞ。


(こうなったら--)


 一か八かだ! 僕は飛んで来る魔法群に向かって突っ走る。既に透明なのはバレてるけど、姿まで表す訳には行かない。こうなったら、この魔法群を我が身一つで突破するしか道はない。今まで高速の世界を体感して来たんだ。一つ一つの魔法が見えないわけない。


(全てかわす!!)


 その心持ちで向かって来る魔法に迫る。だけど接近して気付いた。ここは狭い通路だ。避けるスペース無くね? そして狭いからこそ、魔法の密集度も上がってる……でも今更どうする事も出来ない。最小限の動きと、一斉に放った−−とは行っても僅かに魔法の進行にはズレがある。
 そこを突くしか無い。集中だ! 集中。見据えろ自分!!


 肌を掠める程にギリギリで最初の一つを交わす。だけどその直ぐ後ろには隙間無く埋まってる様に見える魔法が一杯。でも僅かな時間差はある物だ。直撃のギリギリまで粘って一つ一つの隙間を見極めて、そこを針を縫う様に僕は進む。
 瞬きの一つも出来ない。目を閉じた瞬間に魔法の餌食に成りそうだからな。だけど乾いて来る眼球はどうにも出来ない。間に合うか? 肉体が悲鳴を上げてるのか、目を潤そうと涙を出そうとして来る。
 うざったいけど、魔法を避ける度に空気は揺らいで目の乾きは加速して行ってる気がする。ピリピリと目が何かを訴えて来てる様な……限界って奴か? すると意思の力ではどうにも出来ない反射って奴が働く。自己防衛本能だ。
 でもその一回の瞬きで事態は切迫する。目の痛みは取りあえず収まったけど、視界に入るのは直ぐそこに迫った魔法だ。流石にこれは避けれないぞ。だけどこれを乗り切れば、イケル−−かもしれない! 僕はここでスキルを発動するよ。
 たった一度だけど、一分に一度だけの絶対回避。その瞬間、僕の体をすり抜ける魔法。そしてそれから一気にその場を抜ける。通路に展開してるモブリ達をジャンプで越えて後方に。さっきから思ってたけど、近過ぎると精度がアバウトになるのか、こっちにはまだ気付いてない。
 てか、精度よかったらこんな通路一杯に魔法を展開させる必要も無いよな。この攻撃こそが、僕の位置を正確には分かってないと示してる様な物だ。大体ここら辺に居るって事は分かってるんだろうけど、その位置情報は完璧じゃない。もしかしたら共有してるせい? それともあのオリジナルの奴ならもっと正確なのかも。こいつ等が持ってるのは共有する為に精度を落とした廉価版か?


(オリジナルは正確にこいつの位置を射してたからな)


 まあそれでもコレだけの数が迫って来るのは脅威なんだけどな。今回は偶々上手くいったけど、何回もこんな強引な回避技が通るとも思えない。それにその内、このタルンカッペを見破る魔法も使って来るかも知れないしな。
 そもそもまだ使ってないって方が意外だし。透明になってると分かった時点でその対策をする物だろ。それともそんな魔法が無い? なんて事は流石にあり得ないと思う。透明なのを見破る手段は別に目じゃなくても良い訳だしな。
 嗅覚を強化したり感覚をもっと研ぎすませたりするだけでも、ただ布を羽織ってるだけの僕は見つけられるだろう。でもこいつ等はそんな対策はしてないっぽい。どうしてだろうか? 個人では出来るけど、組織的に動いてるから、組織の意向でやってないとか? けどそんなのマイナスにしか成らないよな。
 それとも今この時に、何か大掛かりな対策を講じてる? のかも。取りあえずこのままじゃヤバいのは確かだ。今は見えてなくてもその内見える様になるかも知れないし、その可能性は大きい。どうにかしないと……僕は逃げるんじゃ無く、僧兵達に近づいてみた。するとこの部隊の隊長の様な奴の手元にコンパスみたいなのがあった。
 うん、これはマジでコンパスっぽい。魔法アイテムみたいな物なのか? でもなんか安っぽい作りしてるな。針とかなんか紙っぽいし、それを糸で吊るしただけ……みたいな。それがぐーるぐると回ってる。近過ぎるから刺せないって感じかな? 


(ようは他の僧兵達もこれと同じ様な物で僕の位置を探ってるってことか)


 どうにか出来ない物かと考えるけど、如何せん僕は魔法の事は殆ど分からない。やっぱり元老院共のいる上層階まで行くのが手っ取り早いかも。ノエイン達に連絡して、合流地点を変更すれば良い訳だしな。
 向こうはまだ上に居るかもしれないし……それなら向こうも戻る手間が省けていいかも。僕はそのコンパスを見つめながらゆっくり僧兵から離れる。取りあえずあのコンパスが僕を刺さない程度まで離れてお札で連絡を……そう思ったんだ。
 数メートル離れた程度ではまだクルクル回ってる。まあそうだろうな。この距離で正確に刺すんなら、今頃僕は蜂の巣に成ってるよ。取りあえず魔法の炸裂音でうるさい訳だし、ここら辺でいいだろう。僕はお札を取り出して、今度は中心から渦を巻く様になぞる。
 色々なパターンで制御を切り分けてるのだ。テトラへの通信は横線一本に成ってる。これはノエイン用へのパターン。リアルで言う電話番号みたいな物をパターンに置き換えてる訳だ。何百件と登録出来る訳じゃないからこれで十分なんだよね。
 流石に何百となったらちゃんと番号で管理した方が良いんだろうけど、四・五件程度なら、パターンだけで素早く連絡出来るってのは強みだよ。それくらいなら誰でも覚えられるだろうしね。そんな訳で、お札の向こうでプルル……と聞こえ出す。そして直ぐに出てくれた。


「スオウ君だね」
「はい、えっともう目的は達しましたか?」


 既に部屋に戻ってたんじゃ、僕の計画は台無しだからな。一応確認。


「いいや、それがまだなんだ。彼女は中々一人に成らなくてね。作戦を考え中だよ」
「なるほど。えっとですね、ちょっと提案があるんですけど良いですか?」
「何かな? と言うか、なんだか騒がしく無いかい?」


 魔法の炸裂音が向こうにまで届いてるらしい。まったくもう少し静かに……されても困るか。僧兵達は僕を蜂の巣にしてると思い込んで攻撃してるんだ。そのままの方が都合が良い。


「気にしないでください。それよりも提案なんですけど、僕も今からそっちに行きますね」
「こっちにかい? まあこっちはまだ時間がかかりそうだし助かるけど……何かあったのかな?」


 ノエインの言葉を聞くに上の方ではどうやらこの騒ぎを認識してないっぽいな。これはありがたい情報だ。つまりは上層に逃げ込めば、ここの僧兵どもはやっぱり手が出せない。上層の方の管理は元老院お抱えのエリート部隊がやってる筈だからな。
 そこまで行けば……逃げれる!


「ははは、だから何でもないって。ノエインは疑り深いなぁ。教皇なんだから信じろよ」
「信じてますよ。ですが心配なんですよ。君は無茶ばかりするから。それにパートナーは邪神ですよ? 正直本当に大丈夫かどうか……」


 なるほど、確かにそれは心配だろう。幾ら和解したって行ってもね……いきなりじゃ信じれないのも無理ないよ。なんてったって邪神は邪神だし、ノエインはアイツと接するのはこれが初めてだしな。
 世の中には刷り込みって物がある。幼い頃からこの世界で育って来たら、そう簡単に邪神という存在を受け入れられる訳が無いんだ。俺が抱えてるこいつがその証拠だろう。こいつは覚えてないけど、テトラを見た瞬簡にこうなった。
 白目を剥いて体をカチンコチンにさせて固まった。きっと張り替えられた記憶の下の頃の本当の記憶部分が刺激されたんじゃないだろうか? こいつは僕達と共に結構戦ってくれたからな。その時の記憶が蘇って、邪神の恐怖が本能を刺激したのかも。それに実際、これが世界中の普通の反応だし、テトラの奴が五種族から受け入れられるって実は物凄くハードルが高いよな。
 でも僕は知ってるよ。あいつはまあ……そんな悪い奴じゃない。今のアイツはただ愛する人の所に帰りたいだけの……そう迷子みたいな物だ。僕はアイツを返してやるって約束してるからな。手に掛けられる事はまず無いよ。


「大丈夫ですよ。アイツのおかげで助かったし。それよりも良いですよね? そっちに行っても。てか行きますから」
「分かった。了解だ。クリエちゃんもその方が喜ぶだろうしね」


 通信終了。よし、後はパパッと上層に行くだけ。そう思ってると更に後方から別働隊が来た。


「げっ……」


 けどそれはそうか。離れてる奴等はここに僕が……ってか、こいつが居る事は分かってるんだからな。どんどん集まって来るのは必然だ。


「遅かったな。悪いが今頃犯人は蜂の巣だ!」


 そう言ったのは、今攻撃してる奴等の隊長僧兵だ。だけどそれに今しがた来た奴等はこう言う。


「何を言ってる、さっきまでピンピンと移動してたぞ。つまりはまだ犯人は生きてる!」
「バカ言うな。コレだけの攻撃だぞ。避けれる訳が無い。ましてや動くなど以ての外だな」
「だが確かに犯人は動いてたんだ。攻撃をやめて索敵を強化しろ。支援部隊を連れて来た」


 何? 今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。支援部隊だと? 何それ? とにかく索敵とかされたら不味いな。


「ふん、そうやって手柄を横取りしようとしてるんだろう?」
「んな!? なんだそれ? どういうチンケな頭してたらそんな考えになるんだ? こっちは犯人を一刻も早く捕らえて仲間を救出しようとだな……」
「はっ、そんな口車に乗れないな。追い詰めてるのは確実なんだ! 仲間は確かに大事だがな、俺が一番欲しいのは地位と名誉なんだよ!」


 うわ〜お、下衆だ。下衆がいるぞ。大変だなあんなのの部下は。でも助かった。仲間内で揉めてればいいさ。その間に僕はこの場を離れさせてもらおう。それにしても今の奴は下層の兵隊には向かないな。どちらかというと上層の奴等と同じ匂いがしてた。
 まっ、沢山集まればあんな奴も居るのはわかるけどな。しょうがないよ。同じ宗教を信仰してたって、全てがいい人になれる訳じゃない。重要視してる部分はきっと人によって違うんだろう。そんな事を考えつつ、端っこをコソコソ通ってここを抜ける。幸い言い争ってくれてるおかげで重要なコンパスに目がいってない。この間に僕はこの複雑な構造の社を駆け上がる!




「はぁはぁ」


 意気込んだのは良いけど、そう上手くは行かない物だ。この社階段じゃなく、転送魔方陣で階を結んでるから厄介なんだよな。階段なら上に行くのも下に行くのも続けざまに出来るけど、上がる下るが別々の陣に成ってるのがマジでウザい。
 必ず社を駆け回らないと行けない様になってるってどうなんだ……と。でもこれ、前にも思ったな。ノエインを持ち上げる時……あの時もこの社の構造には辟易したものだ。でも弱音を言ってる場合じゃないし、とにかく上を目指すしかない。きっともう少しだとは思うからな。


「げ……」


 頑張った。頑張って頑張ってなんとか地道に上を目指してた。多分もうあと一回の転送くらいでこいつらの管轄を離れる事が出来る……と思ってた。だけどその最後の陣の前には一番最初のオリジナルのコンパスを杖の先に掲げた僧兵達が待ち構えてた。
 流石にこっちの目的はバレてたって事か。


「居ます。直ぐそこです」
「思ってた通りだな。聞こえてるか犯人! 今直ぐ仲間を解放して投降しろ。貴様に逃げ場は既にない!」


 くそ……確かにここから下がる選択肢は無い。覚悟を決めるしか無いか。転送陣に入れれば良いんだ。それなら……最後くらい汚名挽回で派手に行くか。もう強行突破しかないしな。僕は腕を振るって投げ捨てる。


「ん? あれは!!」


 驚愕の声。それもその筈、だって僕が投げ捨てたのは抱えてた僧兵なんだからな。いきなり空中に僧兵が現れたら、それはビックリものだろう。そしてそれは狙い通り。奴等の視線は突如現れた僧兵へと注がれてる。


「イクシード」


 その宣言とともに、タルンカッペの中からウネリを向ける。突然の攻撃、それにモブリ達は成す術無く吹き飛ばされく。


「よし!」


 剣を納めて地面に落ちる直前の僧兵を回収。そして一気に転送魔方陣に飛び込んだ。次の瞬間、今までの喧噪が嘘の様に静かな場所に僕は出た。見張りが一応居るけど、それだけ。タルンカッペで透明になってる僕には気付かない。そそくさと僕は監視を通り過ぎる。
 すると後から急いでさっきの奴等が追って来た。だけど、見張りのエリート僧兵に止められてる。必死に訴えてるみたいだけど、見下してるエリートは聞く耳持たずだ。ありがたい。僕は通信をしながらノエイン達との合流を目指す。




 サン・ジェルクの街が見渡せる高い部屋。そこに僕達は集まってた。畳で障子でなんとも日本的な部屋。まあサン・ジェルクは基本日本的だからこれは当然だ。周りには古めかしいタンスとか調度品も古い日本家屋を思い起こすもの。
 そんなどこか懐かしい部屋で、僕達は二人のモブリを寄り添って寝かせてる。一人は僕が連れて来た僧兵で、もう一人は元老院の長の孫娘だ。記憶を思い起こすのに有効なのは恋心ってことで、やっぱりこいつにはこの娘じゃないとな。
 二人は出会った時から、どこか意識してたからな。否定してたけど、それは見てればわかるレベルだったよ。


「では……さっそくやろうか。と……とっても悪いとは思うけど……」
「しょうがないですよノエイン様。彼の記憶が必要なのです。それに良い機会かもしれません。若者の恋を後押しすると思えば良いんです」
「早く早く! 早くチュウさせよう!」


 ノエインやミセス・アンダーソンと違って、クリエはチュウを見たくてたまらない感じだな。ませた子供で……でもモタモタやってる訳にはいかないのも事実。僕は僧兵の頬をペチペチして起こす。


「おい、おい、そろそろ起きろ」


 てかホントいつまで固まってる気だ。よくよく考えるとよくここまで起きなかったな。助かったから良いけど……取りあえず起きるまでベチベチ叩きまくる。するとようやく「はっ!」といきなり目を覚ました。


「あ……あれってまさか邪−−−−んっ!?」


 震えた声を出してる僧兵を持ち上げて、そのまま顔を眠ってる孫娘にくっつけた。目を丸くする僧兵。みるみる顔が赤くなってく。そして遂には体から湯気が……やった効果は抜群だ!! これならきっと記憶が戻ってくれる筈!

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