命改変プログラム

ファーストなサイコロ

白昼夢の様に

 振動と共にホームに流れ着く電車。けたたましい音を響かせて開くドアと共に、俺と日鞠は飛び出した。ホームを走り、階段を飛び越えて、改札を素早く通る。そしてそのまま突っ走って目指すは勿論、病院だ。
 ニュースで流れてたあの映像。俺達は居てもたっても居られない。この目で確かめなきゃいけないんだ。駅を速攻で抜け出て既に人がそれなりに歩いてる道を走り続ける。ここら辺は近くで警察や自衛官が集まって何かやってる……って雰囲気は感じれない。別にいつも通りに遊びに来た人やショッピングに来た人達ってのがやっぱり大半なんだろう。
 あんなニュースを見て、わざわざ血相を変えて走ってるのなんて僕達くらい。もしかしたらこんな朝早くから出かけてる人達は知らないのかもしれないな。その可能性はおおいにあり得そうだ。そりゃあ確かに関係ない人達に取ってはどうでも良い事だろう。
 ここにこんな朝早くから出かけて来るって事はそれぞれ楽しい目的がきっとあるんだと思う。別に責めたりしない。関係無い、知らない……それなら当たり前の事だ。流れてく人混みの一人一人の事情が俺に関係無い様に、俺達の事情なんて周りには一切関係無い。


「はぁ……はぁ……」


 肺が重い。流石に全力疾走はいつまでもそう持たないな。足も思いについて行ってないし、こんな人混みで転けたら盛大に笑われそうだな。そうなったら変な憎しみをこの人達に向けてしまいそうだ。邪魔だ邪魔だ思いながら、関係無い関係ないと唱えてた訳だが、そんな状況になったら恨んじゃうぞ。
 するとスイッと後ろから長い三つ編みが俺を追い抜いて行く。そしてズンズン人混みをすり抜けて行きやがる。


「アイツっ、また変なスキルを発動させやがって」


 リアルスキル--日鞠の奴はリアルでそう言う物を色々と持ってる。これもきっとその一つなんだろう。こんな人混みをスピード落とさずにスイスイ進むなんてスキルでなくてなんだと言うんだ。てか完全に俺の事を忘れてるな。
 こっちは無駄にデカいから、無様にはぁはぁ走ってるとなんだか変な目で見られるのに、アイツ程颯爽に走ってると何故か注目されない不思議。いや、あれだけのスピードで走ってるのになんで? アイツ他人の視界に入ってないのか? 忍者みたいな奴だ。
 てか、マジで待って欲しい……くっそ、男なのに情けないな俺。こっちから「待ってくれ!」なんて叫べるか! 俺は大きく一度呼吸をして、顔を上げた。そして必死に日鞠の後を追いかける。結局の所追いつけないけどさ、置いて行かれるなんて惨めな状況にだけは成りたく無い。


 人目も気にせず走って、ようやく病院にたどり着く。いつもは別に急いで来てないから、そんなに距離を感じなかったのに、急いでるときには何故か倍長く感じた。歩きと走りでも違う筈なのに、なんで長く感じるんだよな? 文句を言いたくなる。
 だけどそんな余裕俺には無い。膝がガクブルで既に倒れそうだ。全力疾走なんてここ何年かでは体育祭くらいでしかやらないからな。完璧に運動不足。いや、ある程度の体力はあるつもりでいたけどさ、日鞠と比べると全然らしい。アイツはあれだけのスピードで走ったってのに、今はどこからか、病院の敷地内に入れないか、全体をぐるっと見て来るって行っちまったよ。
 マスコミの連中は正面の方に集中してて。そこにはある程度の野次馬も居た。流石に強行突破とか出来る訳も無いからな……俺は歩道にへたり込んでこの喧噪を外野で見てる。


(思うんだけど、これって病院自体はどうなってるんだろう?)


 ちゃんとやってるのか? こんなに騒がしくなってたら入院患者とかに悪そうだよな。それに外来だって必要な人はいるだろうしな……実際野次馬の中にはそう言う普通に病院に来たって言う感じの人も見受けられる。
 これだけ大きな病院だ……頼ってる人は沢山居る筈。その業務を全部止めさせるなんて幾らなんでもそれは酷いよな。


「ん?」


 そう思ってると、病院側から看護士さんが数人現れた。そして「患者さんの方は居ませんか?」と叫んで外来に来た人を見つけては中に誘導してた。なるほど、病院運営はちゃんとやってるってことか。でも労力倍だな。病院の中と外を何度も行ったり来たりしなきゃ行けないんなんて大変だ。
 まだ春とか秋ならまだしも、今は夏だからな。外に出た瞬間汗が噴き出す様な日差しに晒される事に成る。けどだからこそ、看護士さん達は何度も何度も惜しまずに行き来する必要があるのかもしれない。
 だって外来に来るってことはその人はどこかを悪くしてる訳だからな。下手に炎天下に晒し続けると、病状が悪化する……とかあるかもしれない。だから患者さんを連れて行ったら、また直ぐに戻って来る必要がある。
 流石にその役目は男の看護士さんが勤めてるけど、汗だくなのは見て分かる。まあ俺も人の事は言えないけどな。しかもこのマスコミの機材やら野次馬達の集合やらで、ここら辺の気温は少し高くなってる気もするし、ホント最悪だ。
 あんまり煽ってたらこれからどんどん気温は上がってくんだし、マジで誰か倒れてもおかしく無いと思う。特に俺達をとうせんぼしてる警察や自衛官の人々は辛いだろうな。同じ態勢でずっと立ってるんだ。クラクラして来ててもおかしく無いんじゃないだろうか?


 まあ周りもちょっとは心配だけど、やっぱり一番気がかりなのは親友であるスオウの事だ。少し離れた病院の建物。大きい円形場の建物だ。まるでバームクーヘンの切る前のロールを縦にしたみたいな建物。それが三つ程そびえ立ってる。一~三階部分まではそれぞれの建物は密に繋がって、いろんな科の外来として利用されてる。四階から上は、入院患者の施設に成ってて、どういう風に分けられてるのかは正直俺は良く知らないけど、取りあえずスオウ達LRO関係の患者は一番右のバームクーヘンのかなり上の方のワンフロアだ。
 ここからじゃ流石に人の存在を確かめるなんて無理な場所だな。


「無事で居てくれよ……」


 おれは小さくそう呟く。運搬されてる……とか言う話はどうなったんだろうな? もしもそうなら、スオウ達はこの病院にはもういないかも……いや、全員を移動させたのなら、こんな物々しい警備は必要ないんじゃないだろうか? 
 何かを見せたく無いから、これだけの態勢で病院を囲んでるんだろうしな……ここの院長とか医師とかも事情聴取とか受けるのかも知れないけど、それにこんな人員は必要ないだろう。と、言う事は、まだ全員を運び終わってない……か、それがガセ情報なら、しばらくの間この病院はこんな物々しい警備状態が続くってことか? 
 ホント病院側にも患者側にも良い迷惑だ。


「秋徒」


 そう思ってると日鞠の奴が戻って来た。こいつもそれなりに汗かいてるな。てか、急いで支度したからTシャツにホットパンツにスニーカーで、いつもは綺麗に結ってる三つ編みも心なし崩れ気味。しかもTシャツとか適当にその場にあったのを選り好みせずにきたせいで、凄く大きく開いてるタイプの服なんだけど……肩口まで開いてるから、こいつブラジャーの紐丸見えなんだけど……目のやり場に困るな。
 それにそのシャツも薄いから汗で肌色が透けてるというか、白地だから透け易いんだな。すごく……なんか背徳的だ。しかも普通に近づいて来るし、俺の角度からだとその開いた服のせいでブラジャーの本体まで丸見えだよ! 
 これは流石に不味い。日鞠の奴は全然気にしてないけど、周りに気付かれたりしたら写真とか取られるかもしれない。それは忍びないよ。こんな奴でも女の子だし……それに好きな奴一点張りの超純情な奴だ。
 そこらの誰かのオカズになんかされちゃかなわん。


「おい日鞠……服……流石にそれはヤバいぞ」
「何よ、そんな事より--」
「いや、そんな事じゃねーよ。人目があるんだ。そんなブラジャーの紐丸出しとか流石にダメだろ。お前だって女なんだ。誰かに狙われたりするかも知れないだろ。それにテレビだって来てるんだ。もしもそんな露出狂みたいなお前が映ってそれを学校の誰かが見たらどうなる? 生徒会長の威厳とか無くなるぞ」
「む……しょうがないわね」


 なんとか説得出来たな。日鞠は服を引っ張ってクルッと結ぶ。結ばれた分、肩も胸の露出も抑えられた。


「これで良いでしょ?」
「まあ……な」


 さっきよりはマシかな。ブラジャーの紐を出すよりは、ヘソ位どうってことないだろう。女子は良く出してるし。後肩口も引っ張られたから、脇も結構露に成ったけど……まあこの二つは許容範囲だよな。でも背徳的では無くなった分、健康的なエロスが滲み出てる気がしないでもない。別に胸が無いだけで、どこもいい感じに細いもんなこいつ。
 くびれなんてキュッと引き締まってて、ヘソと共に完璧な感じ。完璧なバランス。良く知ってる奴の意外な一面って、なんだかドキドキするな。
 そう思ってると、今度は何故か三つ編みを解いて、ポニーテールにしてた。


「何やってんだ?」
「うん? テレビも来てるし、ちょっと秋徒の言う通り変装しとこうかなって。あの髪型だったら直ぐにバレちゃうでしょ?」
「まあ……な」


 確かに今時長い三つ編みの子なんか早々居ないからな。でもだからってポニーテールにする必要はあるのか? そのまま長い髪を振り乱しても良いと思うけど。流石に邪魔なんだろうな。あそこまで長い髪の感覚なんて俺には分からんけど、結ってた方が動きやすいんだろうな--とは思う。
 でもそんな事よりも何より……けしからんな……ポニーテールにする事がじゃなく、その過程で見せてるアイツの脇がけしからん。長い髪を纏めて束ねる為に一掴みにして頭の後ろに持ってく態勢で脇があらわに成ってるし、ゴムが無いからか髪を結ぶ要領でどうにか完成させようとしてるんだけど、それに手こづってる事で、脇が長時間あらわになってる。
 別に脇フェチって訳じゃないけどさ……普段隠れてる所が見えるってそれだけでなんだか得した気分に成るじゃないか。そんな感じ。しかも日鞠の奴……やけに綺麗な脇してやがるよ。ふっくらと中央は僅かに膨らんでる様に見えるけど、そのサイドにはしっかりとした筋が見えててなんかエロい。


「何?」
「いや、別に」


 余りにも見すぎてたか? なんか不審な目で見られた。けどそれ以上の追求は来なかった。危なかったな。危うく脇フェチの称号でも授けられるかとヒヤヒヤした。


「よし、出来た。どう?」
「器用なもんだな」


 頭の後ろなんて見えないだろうに上手くやる物だ。まあちょっとちょんまげみたいになってる所がおかしいけど、似合ってない訳じゃない。下の方にも伸びてるしな。長いから、上の方にも髪を持ってったんだろう。髪を髪で止める為に結んでるって感じか? 蝶結びに似てるのかな? 結んでる所から上の部分は輪っかみたいになってるから、下に垂れてる部分の長さ調節出来そうな感じがする。
 いい感じだな。ラフな服装とよく似合ってる。


「女の子ならこの位当然よ。無駄に時間使ったわね。報告しておくと、裏も警察とかで一杯で周りにも異常な位配置してある。無理に突破は止めといた方がよさそうね」
「なるほどな……それにしてもほんと、ここまでするかって感じだな」


 本当に、こんな大胆な事を今の政府がするなんて実際考えられないんだけどな。ダメダメな筈の政府の癖に、こんな強気な行動取るなんて……よっぽどフルダイブシステムが欲しいのか? まあまだそこら辺は分かってないか。
 そういえば、昨日手にいれたデータの方はどうなってるんだろうか?


「そう言えば日鞠、向こうの狙いは分かったのか? あのデータから確証とか出て来たか?」


 俺の言葉に日鞠は頭を横に振るう。流石のこいつでもたった夜一つ分じゃ無理があるか。


「まだあんまり階層の深いデータまでは到達してないのよ。なんたって無差別に抜き取ったから。データの選り好みだけで一苦労。意味不明なデータも一杯だしね」
「ようは何も確証ないまま……か。まあお前の推理で大体合ってるとは思うけどな」


 俺も昨日家に帰ってちょっと調べたけど、フルダイブシステムはいろんな国が数億・数兆って金を出して売って欲しいと言って来てるらしい。数億や数兆って最早想像すら出来ない金額だ。それだけの価値がフルダイブシステムにはあると、世界各国が認めてるってことなんだろう。
 まあ夢のシステムだしな。二十一世紀に入って、映画の世界に近づいたっていろんな所から言われてたらしいけど、実感としてはそれほどでも無かった。
 車なんていまだに地面をタイヤで走ってるし、宇宙旅行は出来る様になったけど、まだまだ金持ち専用。軌道エレベーターの建設はいつの間にかどこかに流れたし、世界各国宇宙に目を向けるよりも何故か地球に逆戻り。
 一番未来的だった宇宙開発の費用はどこも削減傾向。本当に映画や、漫画みたいな世界がくるんだとしたら少なくともあと百年~二百年は必要だと……きっと誰もがそう思ってた筈だ。けどそんな中、一人の天才がフルダイブシステムを開発した。


 それは完全に人類がずっと夢見続けてきた未来の技術というべき代物。完全なるバーチャルリアリティの実現。誰もが興奮せずにはいられない代物だ。ゲームの中に引き込まれる……そんな話はいろんな媒体で腐る程あった筈で、ずっと昔から憧れ続けられてた物なんだ。
 古い物はゲームじゃなくても良い。その本の中に引き込まれるとか、鏡の中に引き込まれるってのも同じ様な物だろう。現実とは違う世界に行くってことなんだからな。そんな大昔からの夢が遂に実現した。
 「未来に来た」--そう思える分かり易い発明だ。分かり易いからこそ、人の心にダイレクトに伝わる。誰もが一度は子供の頃に夢見た事が、現実になったんだ。そりゃあどこの国の人だってほしがるよな。そこにあるのは未来の技術なんだから。いろんな研究機関がフルダイブシステムの詳細なデータを欲するのは必然。
 幾ら出してでも……その価値はきっとある。


「狙いはフルダイブシステムだと俺達は仮定していいだろ。でもわざわざ犠牲者達を移動させるのはどういう目的だ?」
「移動ってまだ確定じゃないでしょ。早まった見解は足下をすくうわよ」
「それを言うならフルダイブシステムが目的ってのもそうなるじゃないか。仮定して考察することも大切だろ」
「それはそうだけど、フルダイブシステムは他の狙いが分からないから、ほぼ間違いないだろうってだけ。でも犠牲者を移動させるのはどうかしら? リスクが高いわ。でも……やれない事もないと思えるのも事実。だからこれはどっちかを想定になんか出来ない。どっちも確率的にあり得る。
 そして私達はそれをこの目で確かめなきゃ行けない」
「どうやってだよ?」


 正直これって無理矢理踏み込もうとしたら即逮捕があり得ると思う。この包囲網ってそう言う事だろ? 何人たりとも中には踏み込ませない……その意思の現れというか、国家権力の横暴? 


「どうやってって、アンタもすこしは考えなさいよ。何か気付いた事無いの?」
「気付いた事ね……」


 そんな事言われても、この日差しのせいで頭クラクラするんだよな。ほんとマジで熱中症とかになりそう--って待てよ。


「そう言えば、外来に来た患者は通してた。病気を装えば中に入れるんじゃ無いか?」
「……」


 何故か考え込む日鞠。これしかないと思うんだけどな。何か不味い事でもあるのか?


「どうしたんだよ? これなら簡単だろ?」
「そうかしら? そう単純でもないと思うんだけど」
「どういう事だよ。普通に通ってったの見たぞ」


 嘘じゃない。この目で確実に見た。


「アンタこれだけ物々しい警備をして、そう簡単に患者だからって通すと思う?」
「だから通してたんだってば」
「そうかしら。アレを見なさい」


 そんな日鞠の言葉に、病院の方をみると、いつの間にかマスコミや、ただの野次馬の横に外来待ちみたいな列が別に出来てた。そしてその中には中に通される人と、そうじゃない人が居る。中に入れなかった人は、路肩に駐車してる小型バスみたいなのに誘導されてるな。


「どういう事だ?」
「多分、あのバスで近くの病院に運んであげてるんじゃない? 流石に病人を追い返して後で何かあったら責任取れないしね。だから大盤振る舞いでバスで別の病院まで運んでるのよ」


 なるほど。確かに病人をただ追い返すとかイメージ最悪だな。でもじゃあ中に入れる人は何でなんだ? どこで判断してる?


「それはきっとカルテね」
「カルテ?」
「あの男性看護士、タブレットを持ってるじゃない。多分アレで、受診記録のある患者を調べてるのよ。初診の人は他の病院でも問題ないでしょうけど、定期的にここで受診してる人とか既に治療経過中の人とかは他の病院に移す訳には行かないもの」
「なるほど……ホント頭良いなお前」


 少し観察しただけで良くそれだけの情報を見抜けるよ。タブレットとか気付かなかった。でもそれじゃあ確かに病人の振りをして潜り込むのは難しいか……


「いいえ、やりようはあるわ」
「ホントか?」


 流石日鞠だな。たったこれだけの間に、突破方法まで見破るとはおみそれいった。天晴な奴だ。敵に回すとこれほど恐ろしい奴はシクラくらいしか知らんが、味方だと同じ位頼もしい。そう思ってると日鞠は近づいて来て、俺の腕辺りに手を添える。何だ?


「ええ、とっても効果的な方法がね」
「--ぐふ!?」


 その瞬間腹にめり込む何かが俺の胃袋を突き上げる。一体何が……いや、そんなの分かりきってる。この女、腹に拳を叩き込みやがったな。


「なに……を?」
「確かに初診じゃ別病院。だけど緊急搬送なら、ここに運ぶしか無いと思わない? だから--ね」


 その瞬間二発目の腹パンが炸裂して俺はうめき声と共にその場に朝飯を吐き出す。その瞬間、周りからは悲鳴があがる。いきなり見ず知らずの男が苦しんで吐き出したんだ、そりゃあ怖いだろうよ。口の中が酸っぱい……嫌な匂いのせいでマジで目眩がしてきた。
 遠くか近くか分からない所から「大丈夫ですか? どうしたんですか?」と聞こえる。でも俺はその声に答える事が出来ない。すると、さもわざとらしい声が耳に入って来る。


「いきなり秋徒君が苦しみ出したんです! 酷い熱中症かもしれません。早くお医者さんを! 病院に運んでください!」


 熱中症か……確かに今の時期一番あり得る病名だな。でもあれって吐いたりするの? 知らんけど、取りあえずこの女は後で殴る。今直ぐ殴りたいけど、それをしたら自分のこの惨めな姿まで無駄になるからな。
 仕方ないとはいえ、流石にいきなりは無いだろ。覚悟を決める時間位与えろよ。一発、平手で良いから絶対に後で殴らせてもらう。俺はそう心に誓って、ぐっと耐える。すると対応が悪かったのか、グリッと足首の辺りを踏まれた。


「んぎっ!?」
「なんて苦しみ方だ。別の病院に運んでる暇はないかもしれない」
「致し方ないですね。中に運び入れましょう!」


 どうやら痛がり具合で上手く行きそうだ。過剰にでも演技しとけと、今のはそう言うことだったのか。でも本気で痛かったからな。僕は看護士さん達が持って来た担架で自衛隊の人が運んでくれるらしい。力持ちだから? 
 やっぱり人助けの精神が根っこにはあるのかもな。


「君はここで待ってなさい。必ず大丈夫だから」
「嫌です! 私も行きます。秋徒君は私に取って大切な友人なんです! 放っとけるわけないじゃないですか! 苦しんでる友達の支えに成りたいって思うのはおかしな事なんですか!?」
「いや……それは……」


 日鞠の奴自分が残されそうになったから、凄い剣幕で捲し立ててるな。結果的に日鞠も付いてこれる事なった。だけどよくもまああんな堂々と今の言葉が言えたな。誰が俺をこんなにしたと思ってるんだ? 苦しんでる友達の支え? 苦しませてるのはお前だからな。




 そんな事を思いながらも僕達は病院内へ侵入出来た。だけどここからが俺には大変だった。だって熱中症なんか真っ赤な嘘だからな。取りあえず苦しんでる振りだけは続けたけど、熱中症ではないって事で、しばらく安静にしてなさいって事に。
 てかいつの間にか日鞠の奴、どっか行ってるしな。友達の支えはどうした……まあ本来の目的を達しに行ったんだろう。俺も取りあえず起き上がり、病室から抜け出す。そしてスオウ達が居る筈の病棟を目指す。だけどそこには警備が配されてた。エレベーターで行くのは無理みたいだな。
 じゃあ階段んで……って思ったらこっちもで非常階段もダメだった。どうするんだこれ?


「ちょっと良いですか貴方?」
「ふぁい!?」


 いきなり声を掛けられてビックリ。振り返るとそこにはクールな看護士さんが居た。しまった見つかってしまった。何か言い訳を……


「ええっと……ここはどこだったかな? いや~ちょっとこの病院広過ぎて迷ちゃったな~」
「そんな三文芝居良いですので付いて来てください。日鞠様の所まで案内してあげます」
「え? あっ……って看護士さんあの時会った……」


 そう言えばこの人とは一度面識があったな。昨日丁度会ったばかりの人だ。なるほど……こっちの味方なのか。俺はこの人に連れられて地下に。そしてそこには機材搬入用の大型エレベーターがあった。


「これであのフロアまで行けます。まあもう無駄でしょうけど」
「無駄?」


 話を聞く前に扉は閉まる。そしていつもとは違う場所からそのフロアに到達した。てか……ガラーンとしてる? 実は自衛官なり警官なりがもっといて、がやがやしてるのかと思ったけどそうじゃないようだ。
 てか……床を見ると何度もこのエレベーターに何かが運ばれた様なキャスターの痕跡が付いてる。これって……この搬入用エレベーターを使って何かを大量に持ち出してたって事じゃ……そしてそれが終わったからこのエレベーターを使えた……って事はだ。


 ダンッ--と俺は床を力強く蹴って走り出す。曲がってる通路を走って目指すはスオウの病室。だけどよく見るとどこもかしこも名札が無くなってる。昨日はその名札の多さに驚いたのに……それがまるで夢か幻だったかの様な光景だ。
 差し込む強烈な日差しが白昼夢でも見せてる様な感覚にさせる。そして息を切らしつつ、辿り着くいつもの病室。だけど案の定スオウの病室だった所にもその名札は無い。俺は肩で息をしながら扉をスライドさせる。
 するとその瞬間一筋の風が吹き抜ける。白いカーテンが開け放たれた窓辺で踊ってる。真っ白なベッドはそのままある……でも、そこに眠ってた筈の奴は痕跡すらない。どこもかしこもピカピカで、そこはあたかも最初から誰も居なかったような……そんな気さえさせる。


「秋徒……」


 ベッドの前に立ち尽くす日鞠。その瞳から涙が次々と零れて、床を濡らしてる。溜まらずに膝が崩れて、床に座り込んで顔を覆って日鞠は泣きじゃくる。大きな声で、あたかも子供みたいにだ。文句を言おうと思ってた。殴ってやろうと思ってた。でも……こんな姿を見せられたら、そんな事出来る訳も無い。
 スオウ達はどこかへ連れ去られた。国家権力にその姿を奪われたんだ。

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