命改変プログラム

ファーストなサイコロ

価値のあるもの

 キィィィ--と古びた木の扉の擦れる嫌な音が耳に障る。日鞠が開けた通路の奥の一番古びた扉……こんな都会のど真ん中なのに、妙な静けさで満たされたこの植物園では、そんな音一つ鳴っても誰かが出てこないかとビクビクしてる。
 さっきまでは普通に誰か居ないかと探してた筈だけど、ただの訪問者が侵入者に変わった今、今度は都合よく、誰も居ない事を願ってる。だってしょうがないだろ。これはお遊び感覚でやって良い事じゃない。でも、目の前のこの女は止まらないんだ。それならせめて、誰にもバレずに進めてそして帰れる事を願うしか無いじゃないか。
 持ってたペンライトでより暗くなった先の通路を確認しながら、日鞠は「大丈夫、行くわよ」と行って進み出す。ヤバいな心臓の音が変な高鳴り具合でなってる。ハッキリ言うと冒険にワクワクするって感じじゃなく、どことなく心臓が痛い感じ。もうまさに心臓に悪い事をやってるなって分かる。
 てか、俺自身がそう思って妙に怖がってるから、きっとこんなに心臓が痛いんだろう。ホント、俺って図体だけの臆病者だよな。本当の危険って奴を感じると、こうも拒絶反応が出るんだからさ。


 LROではなんだかんだ言ってシステムが俺達プレイヤーを守ってくれてた。あの世界に囚われるのは一部の奴等だけ……(少し前までは)と思ってたから。結局は俺だって安全を詠われたゲームの中の無茶しかしてなかったんだ。スオウに付き合って一回リアルでも色々やったけど……あの時は殆ど俺は影みたいな事しかしてなかったしな。
 スオウの奴が沢山の仲間を率いてヤクザとアイテム争奪戦してる影に隠れて、動いてた訳だからな。自分の身を安全な所に置いてって奴が……きっとどこかに有ったのかも。まああの時は愛も居たし、危険には巻き込みたく無かったってのもあるけどな。でもそれも一種の良言い訳。
 無駄な事はしてなかったと思ってるけど、自分で逃げてたんじゃないか……とは思う。そして今このリアルにはルールが有る様で無いし。確実に守られる保証なんてない。もしも下手を売ったら、どうなるか……ヤクザとかじゃないし、そこまで危険でないと信じたいけど……こんな変なカモフラージュみたいな建物に施設を持つ様な所だからな。
 嫌な想像が色々と浮かんで来る。俺は目の前の日鞠の肩を掴む。その肩は華奢でか細くて、女の子なんだって自覚させられた。


(そうなんだ……頼もしく見えたってこいつは女だ。何かあったら、自力で逃げるなんて難しい。このまま行かせちゃダメだ。一緒に居るのは、ただ付いてく為じゃないだろ。それじゃあホント、ただの犬。
 スオウがやってるのは、こいつの無茶を有る程度誘導する事なんだろう。危険がない方へ。なんだかんだ言って良く付き合ってるし、大抵スオウだけズタボロだけど、日鞠が怪我した所は見た事無い。
 あれ? それで言うと、スオウの奴はいつも日鞠を止められてない様な……いやいや、あの程度の怪我で済ませれる範囲に誘導してるのかも)


 ヤバい冷や汗が今頃になってドバッと出だしたかも知れない。


「何よ秋徒? まだ大丈夫よ。私の勘を信じなさい」


 自信満々でそう言う日鞠。今の俺に出来る事は、こいつをこれ以上危険の中に足を踏み込ませない事でもあるよな。それは自分の為でもいわば有る。確かにスオウの事は助けたい……だけど、こんな行き当たりばったりじゃダメだろ。
 取りあえず、ある程度の怪我は一応覚悟しとくしかないとしてもだ……どうにか妥協点を見つけて、こいつを引かせないと行けない。臆病だって言われても良い。今のまま突っ込んだから取り返しのつかない事に成る気がする。
 スオウが居ない今……日鞠を止めれるのは俺だけだ。


「なあ、止めとこうぜ日鞠。お前は大丈夫って言ったけど、俺はそうは思わないぞ」
「アンタよりも私の方が経験豊富よ。信じなさい」


 くっ……その自信はどれだけの修羅場を潜って来たら得られるんだ? こいつの真直ぐした瞳に既に心折れそうだ。スオウの為だもんな……今のこいつは虎の巣穴にだって躊躇無く入って行きそうな危険さがある。
 どうする? どうすればこいつは引く? というか止まる? 確かに経験じゃこいつには俺は勝てないだろう。てか、普通に学生してたらそんな経験しねーから勝ちようが無いんだが……きっとこいつやスオウは漫画や映画みたいな日常を歩んで来たんだろうな。
 でないと普通ヤクザに対抗しようなんて考えないよな。近しい存在と感じてたけど……やっぱりどこか違う存在のかも知れないな。俺達凡人と、こいつら異常な奴等の歩んでる道は同じ様で一歩踏み外すと全くの別物……というか、踏み外すまではきっと全く同じなんだろう。


 そこからの行動の違いが、凡人かそうじゃないかの人生とか人間性の分かれ目の様な気がする。俺みたいな凡人は足を踏み外したら、戻る事を真っ先に考える。元の道に慎ましく戻ろうと思う。でもこいつ等は違うんだろう。踏み外したら、その踏み外した場所を道にするんだ。新たな道と定めて歩き出す。
 だからこう言う場所で、自分との違いを感じる。映画やドラマなんかではさ、腰が引けた奴から死んで行くけど……リアルじゃ違う。勇敢過ぎる奴の方がリスクはずっと高い。臆病者程生き残るって言う位だからな。
 俺は臆病者だよ。死にたく無い……ってか危険には首を突っ込みたく無い。だけど今回はそれも仕方ないと割り切っては居る。多少の危険はきっとあると思ってる。でも、今のこれは勇敢と言うよりも無謀じゃないか?
 いきなり敵本陣に潜入って難易度高過ぎると思う。場所を知れただけでも儲けもんだろ。まあ場所くらい公開してあってもおかしく無いけど……


「外堀を埋めるだけ……お前はそう言ったじゃないか」
「確かに言ったわね。ちゃんと埋めるわよ。この施設の後継人まで調べ上げてどの組織が、どの政治家や企業が裏から関与してるかと、色々と調べる事はあるわ。実際、HPにあった住所とは微妙に違うみたいだし……臭い匂いがプンプンすると思わない」


 おいおい、住所まで偽造してあるのか? 国の組織が? それってマジでヤバいんじゃね? 俺にはきな臭い匂いとともに、危険な香りもプンプンして来たっての。


「なあ日鞠、これはもっと慎重に行った方が良い事の様な気がする。いや、マジで」
「架空の住所を使う事なんか詐欺師は良くやるわよ。それが国ともなると簡単でしょ。秘密組織なんか幾らだってあるんだし、ここだけが特別じゃないわよ」
「幾らだってあるのか?」


 マジかそれ? そんな国だったのか日本って? 超意外なんだけど……そんなアメリカじゃあるまいし……とか言いたくなる。てか、幾らだってあるからって、侵入をちょっとは許してくれる……って訳じゃないよな。


「まあきっとそれなりに、うん多分有るんじゃないかな?」
「適当かよ。お前な、ここの奴等が本当にヤバかったら、秘密裏に消されてもおかしく無いだろ? なんてたって相手は国の組織だ。一人二人消すのは容易だろう」
「まさか、流石にそこまではしないでしょう。秋徒ドラマに影響され過ぎ」


 そう言ってクスクス笑う日鞠。くっそ……流石にリアリティが無さすぎたか? でも実際秘密結社がバレてやる事はそう言う事だろ? 


「そもそも調査委員会は秘密結社じゃないし」
「お前が言い出したんだろ!」


 手のひら返しすんなよ! なんで必死な俺が笑われないと行けないんだよ。おかしな事言ってるか俺? 


「まあヤバいのは事実では有るわよ。流石に殺しは無いだろうってだけ。普通のそれこそ調査委員会なら、別にこんな隠す様な所でなくていいしね」
「それは……そうだな。何か理由があるんだろうな?」


 俺には分かんないけど……ゲーム規制の為に変な組織と施設を作る……そこには当然金の流れが出来る訳で……今の汚い政治家共は金になる事しかしないから、きっと何かしら裏があるんだろうとは思える。金儲け的な何かがさ。前線のさっきの人達は別にそんな気なんて無いのかも知れないけど、政治家達はそうじゃないだろう。
 国民の為の規制なんていつだって噓偽りだしな。変な規格や法案押し付けて、逆に不便にして来たのが今の政府だ。そんな政府が稼働から一年と少しでようやく重い腰を上げた……それには何か意味が有るのかも知れない。


「察しは付いてるわ。簡単な事よ」


 なんでそうポンポンと答えがお前の前には降り注ぐんだ? おかしいだろ。神の啓示でも受けてるのかこいつ? マジでそう思えるから恐ろしい。将来は一大宗教でも立ち上げててもそれほど驚かんな。
 頼もしくは有るけど、ホント時折恐ろしいよ。でも掴んだ肩は華奢……女の子だと言う事を忘れちゃ行けない。それを忘れてしまうと、ホントただの信者に落ちてしまいそうだからな。そうなると、こいつを止める資格は俺には無くなるんだろう。
 今の関係性だからこそ、俺はこいつの肩を掴んでられる。


「その察し、てのは何だ?」
「…………フルダイブシステム…………よ」
「フルダイブシステム?」


 どういう事だ? 単語だけじゃ分かんないぞ。そう思ってると日鞠は俺の手を振りほどいて前に進み出す。ええ!? 俺はどうすれば良いんだ? 話を聞いてると止められないし……けどこの話には興味が有る。八方塞がりだ!


「秋徒は不思議に思わないの? LROが稼働開始して既に一年よ。新技術を次々と取り入れて成長して来たゲーム業界で、技術の後進は致命的問題。グラフィックや映像美を追求したリアリティなんてゲーム性には関係無いって会社もあるけど、そんなのあのマ○オ率いる会社だけよ。
 他の大多数の会社は当然、LROみたいなゲームを出さないとこれからは見向きもされなくなると恐れてる筈」
「確かに……それはそうだな。実際LROをやりだしてからは他のハードなんて立ち上げてすらないからな。LROはまさにゲームに革命をもたらした」


 あの空気感に自然の囁き……そして楽しさや恐怖……更には自分の全てを賭けての戦い--アレを体験すると、画面の前に座ってやるゲームなんてほんと玩具にしか思えなくなる。感じる物が、刺さる物が圧倒的に違うんだ。


「そう言う事よ。一年もあって他のゲームメーカーは何やってるのよ? リーフィアってLRO専用機なの?」
「いや、そんな筈は無かった筈だ。確か予定では新しいプラットフォームに成る筈で、LROが注目されてたのはフルダイブシステムの開発者が自ら開発に参加して、同時発売されるゲームだからってことだった。リーフィアはあくまでハードで、LROはソフト……その位置づけは今まで通りだったんだ。
 誰もがこれからはフルダイブシステム全盛のゲーム時代が到来するって思ってた筈だ。まあLROが凄過ぎて、周りに興味が無くなって行ってるって感じが現状かな? どこも発表しないのもその一因かもな」


 簡単に考えると、LRO並みのクオリティが一番始めに提示されたのが問題なのかも知れないな。あれと同じか、それ以上を目指さないと行けないゲーム制作会社はヒイヒイ言ってるだろう。


「ねえ、普通はハードを発表したら開発環境も提供するものよね?」
「そうだな。そうしないとサードパーティーは開発出来ないからな。やっぱりゲームは一つのハードに多彩なメーカーからいろんなジャンルのゲームが提供されて成り立つ物だと思う。少なくとも今まではそうだった。
 どんなに高性能なハードを作ってもサードパーティーが参入しないんじゃソフトが集まらない。ソフトが集まらないんじゃハード自体に魅力を見いだせない。大抵の普通の人は、欲しいソフトが出たハードを買うものだからな」
「秋徒の言う事は最もね。今までで一番参考になったかも」
「いや、俺結構良い言葉を今まで何回かは言ってると思うぞ?」


 こう友情の尊さとか、友を嗜める言葉とか、色々と頑張ってると思うんだけどな……


「う~ん、上っ面の言葉なんて覚えてらんないのよね」
「お前! それは余りに酷いぞ! 上っ面って! 上っ面ってな……」


 ショックが大き過ぎて声が尻窄みになってく。だって友達の言葉を上っ面ってこの女悪魔だろ。そんな風に思いながら会話してたのかよ。恐ろしいわホント! だけど日鞠は別段悪びれる事もなく話を進め出す。


「要はね秋徒、フルダイブシステムを利用した開発環境は提供されていても、それを行かせる技術者は世界に一人しか居ないって事よ」
「おい、俺の憤りは無視かこら」


 この女マジで一度殴ってやりたい。だけどそんな事実際には出来る訳も無いんだよな……だって女が男を殴る事は許されても、男が女を殴る事は許されない世の中だからな。どんなにこっちに正当性があったとしても、女は男を悪者に出来るんだ。それが比較的可愛い子なら尚更だろう。
 しかも日鞠の場合は信者が居る……俺はまだそいつらに殺されたく無いからな。結局の所出せるのは言葉しかなくて、そしてその言葉じゃ女子には勝てないっていうね……世の中って理不尽だ。


「国が欲してるのはつまりはフルダイブシステムの技術の全て……それを解明する為にも、全てを手中に収めておきたい……そう考えてると思わない?」
「もしもそうだとしたら、LROの稼働停止や、あの会社を国が抑える理由を作ったのは俺達になるな。今まではそこまで大きな問題は起きてなかったから、欲しかったけど手出しは出来なかったんだろう。
 けど確か最初のフルダイブシステムは医療関連で開発が薦められてたし、そっちでは国の援助だった有ったんじゃないのか?」
「国の援助は確かに当初は有ったようね。だけどそれは当夜さんがそのシステムを完成させる前の予備投資程度しか無かったのよ。実はフルダイブシステムの開発は一度支援企業が傾いて開発が頓挫してるの。
 その時に国としても支援を打ち切ってる。会社は危機を救う為に開発途中だったフルダイブシステムとその人材を別企業……というか海外に売ってるわ。それで立て直し、躍進してもう一度買い直したみたいね。
 よほどフルダイブシステムか当夜さん本人に固執してたのかしらね。それから医療方面で実用化が押し進められてたけど、色々と医療の方じゃ法とかお偉いさんの声が煩わしかったみたいね。それに止めを刺したのが三年前の事故。
 それで莫大な投資分を取り返さなくなって再びシステムの権利は当夜さんごと売りに出されるわ。当夜さんはどうやらフルダイブシステムを完成させれる施設にしか興味なかったみたいね。そしてそれを丸ごと買い取ったのが今のあそこよ。どうやら医療に見切りをつけて、より自由度が高い分野に売り込んだみたいね。
 そして今の場所でようやくフルダイブシステムは完成を迎える事が出来た。そしてそれは当然の如く、前代未聞のゲームと話題となり世界中の国・企業が関心を寄せる技術になってるわ。これを商売に使わない手は無い……と国は思ってるでしょう。一企業のゲーム機械にしておくには余りにも惜しい技術。国が買い取って押し進めるべき推進技術にしたいんじゃない?」
「見切りをつけた技術が凄かったから、国に吸い上げさせろってことか? それでLROは今稼働停止に追い込まれようとしてるのかよ!」


 俺は地団駄をふむ。だってそんなの勝手な思惑じゃないか。中の事を……今まさに被害に遭ってるプレイヤーの事なんか考えて無いじゃないか!


「大人なんてそう言うものよ。特に学校以外で先生なんて呼ばれていい気になってる大人は襟を正してる奴程屑が多い。奴等は渡されたデータでしか被害を知らない知ろうとしない。被害者なんてのはね、数字でしかなくて、そいつ等がほくそ笑む数字は頭に$か€か¥の記号が付いてないとダメなのよ」
「腐ってやがる……」


 そう言うと目の前の日鞠が止まった。気がつくと新しい扉の前まで来てるじゃないか! 話に夢中で気付かなかった。なんてこった……てかこの扉、今までの古ぼけた奴とはなんだか違う。金属質で直ぐ横には暗証キーを入力するボタンがある。ハイテクだ。
 でもこれで俺はホッとするよ。これなら素直に戻るしか無いよな。そう思ってると、日鞠はピコピコとキーを打ち込んでる。


「お前な、幾らなんでも闇雲に打ったって開く分けない--」
「開いたわよ」
「--嘘だろおい!」


 どうか嘘だと言ってください。そう思ったけどどうやらマジで開いた様で、ガチっと聞こえた。きっとキーが解除されたんだろう。


「な……何で? エスパーかお前?」


 俺はこの女が恐ろしくてたまらない。なんで開けれるんだよ。常識的に考えておかしいだろ!


「やっすいパスだったわよ。調査委員会の構成メンバーのイニシャルを偉そうな順から入れたら開いたもの。自己顕示欲が強くて助かったわ」


 そう言って早速扉を開く日鞠。こいつの無駄だと思ってた構成メンバー暗記がまさかこんな所で役に立つとは……やっぱりなんでも詰め込んでれば訳には立つ物だな。まあ凡人にはそもそも無理矢理詰め込むってことが楽には出来ないんだけどな。


「秋徒ここからはきっと研究施設内よ。つまりは本番。気を抜かないで」
「いやいや待て待て、行くのちょっとタンマ」


 俺は再び日鞠の肩を掴む。するとムッとした顔で振り返られた。


「何するのよ?」
「お前もうかなり推察出来てるじゃんか。なんだか狙いまで分かってる様だし行く意味あるか?」
「あれはあくまで推論よ。仮説でしかないわ。それに狙いが分かったって、その手段までは分かんないでしょ? それを確かめないと行けないのよ。奴等がどんな手段を用いてLROを手中に収めようとするのか……それに色々と内部事情を知る事は無駄じゃないわ。
 奴等の予定が分かれば、こっちだって何かと動き易くなる」
「確かに向こうの情報が無くて困るってことは無いだろうけど……けど、俺達が捕まったら元も子もないだろ? なんだかお前の話を聞いて更にただでは済まないって思えて来てるしな」


 だって日鞠の話じゃ国家プロジェクト級だろ? 邪魔者は即排除……でもおかしく無く無いか? 恐ろし過ぎだろ。この扉の向こうに行かなければまだ引き返せる……そんな気がする。これ以上先に行くとリアル犯罪者に成る気がする。


「確かにただでは済まないかもってのは万が一はあるわ」
「あるのかよ……」


 よし帰ろう、直ぐに帰ろう。万が一を犯す訳にはいかない。俺は男としてお前を守る義務があるからな。お前が嫌がっても、万が一があって避難されるのは男の俺なんだ。従ってもらおうか。


「でも秋徒、このチャンスは今しかないかも知れないわ。植物園からここまで誰も居なかったのは、奇跡の様な偶然かも知れないし、次また同じパスが使われてるとは限らない。奴等の懐に入り込める簡単で最大のチャンスは今なのよ」
「だけど俺達って既にカメラに写ってるんだろ? もしも問題が起こったら真っ先に疑われるぞ」
「大丈夫よ。何故かここまでの通路にはカメラは無かったし、入り口のだけにしか映ってないのなら言い訳は幾らでも出来るわ。まあここから先はきっと監視装置がいっぱい有ると思うけど……」
「ダメじゃないか」


 やっぱり引き返すのがベスト解だろ。俺達はやれる事はやった。ホームページに乗ってる住所と奴等の本拠地が違ったのを探り当てただけでも上出来だ。それだけで今は満足した方が良い。これ以上は素人が探偵ごっこで足を踏み入れていい領域じゃない。そうだろ?


「秋徒……私は一つだけで良い。確証的な何か一つの情報が欲しいの。それはさっき言った国家プロジェクトでも具体的なLRO停止日でも良い。何か一つくらい、確定的な情報が無いと、何もやった気になんかなれないわ!」


 日鞠の目が真っ直ぐに俺を見据えてる。ホント迷わず真っ直ぐに見つめて来るから溜まった物じゃないんだ。女子に見つめられるってそれだけで男にとってはドキドキ物だろ。でもここで負けちゃだめだ。


「俺はお前を無事に帰らせる義務があると勝手に思ってる」


 俺はそう言って目一杯の力を瞳に込めて日鞠を見つめ返す。どう考えても危険で、俺達の年じゃもう遊びにさえされないかも知れない。色々と惜しい事は確かにあるかも知れないけど……欲をかいたら食われるかも知れないだろ。
 日鞠の奴はただの女子高生じゃないけど、相手は強大だ。今までの様に何とかなる……そんな感覚でぶつかるのはダメだ。そう思ってると、日鞠は深くため息を吐く。


「まさか秋徒が反乱を起こすなんてね」
「反乱って……そんなの起こしてねーよ。俺はお前の味方だ」
「そうね」


 微笑んだ日鞠はなんだか緊張を解いたみたいだった。やった……のか?


「やっぱり秋徒はちょっと変わったわ。前とは少し違う。愛さんと付き合いだしてから、心境の変化でもあった?」
「それは……」


 恥ずかしい事をズバズバと……いいからさっさと帰るぞ。いつまでもこんな所に居れるか。


「あれ? 帰るなんて私言ってないよ。ただ妥協点を見つけただけ」
「妥協点だと?」
「そっ、奥には行かないわ。今見える範囲でいい。ここガラス張りで部屋が区切られてるから中身がみえるじゃない。一番近くの部屋にパソコンがあるわ。きっとここのネットワークに繋がってる筈。あのパソコンを介してここのデータを盗み出す」
「おもっくそ危ないだろ!」


 危険な事ばっかりホント考えるな。こいつの中には穏便とかいう単語が無いのか? 


「何よ。奥には行かないんだから良いでしょ。精々数十メートルよ」
「カメラとか大丈夫なのかよ? カメラは一台通路に有るわね。ガラス張りだから中も丸見え……」
「ダメだろそれ?」
「大丈夫、用意してた暴れたい層を使うわ」
「は? お前それって……」


 日鞠がスマホを操作すると、次の瞬間施設無いの灯りがピカピカと明暗を繰り返した。そしてそれが収まった時に日鞠は動き出す。カメラは大丈夫なのか? そう思ってみて見ると普通に動いてる様な。黒い半円の中に入ったカメラは、侵入者を見つけようと動いてる。
 でも普通この時点であのカメラは日鞠を捉えてないとおかしい様な……暴れたい層が何かやってるのか? 犯罪……的な事を? 考えたく無いな。


「日鞠大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。制限時間は二分だけどね。その間にデータを丸ごと抜き取るわ」
「お前の一つって欲張り過ぎだろ」


 部屋は幸運にも鍵がかかってなかった。てかここら辺まだ施設の端っこなのか、殆ど使用されてないっぽい。大丈夫なのかこのパソコン? そう思ってたけど普通に立ち上がって日鞠は記憶媒体を突っ込む。そして自信のスマホも繋いで、何か操作してる。すると画面に棒状のバーが出現して、そこに様々なファイルが突っ込まれて行ってる。どうやらローカルネットワーク上のファイルを選り好みせずにぶっ込んでるみたいだな。
 そういうコードを走らせたって事か?


「間に合うのかこれ?」
「後一分あるわ。高速データ通信が進んだ事を悔やむのねここの奴等は」


 そう言いつつもそこまで進んでない。せいぜいまだ四十パーセントだ。てかこれ多分、浅い階層からデータを次々とコピーして次の階層に行ってるだろ? コピー率が進んでも完了時間は伸び続けてるぞ。
 これは確実に間に合わない。ギリギリまで粘ってどこまで深い階層の情報を抜き取れるか……それに掛かってるな。やっぱり欲張った大きな一つはリスクがデカい。監視カメラが復活する十秒前には移動しないと不味いだろ。


「あと……四十秒」
「三十……二十……くっ」


 ここは熱くも無いのに汗が出るし、喉も乾く。パソコンの動く音一つが正直怖い。通路のどこから黒服の奴等が現れて拉致られる想像も容易く出来る。だから逃げ時は間違えられない!


「ここまでだ日鞠! 抜け!!」
「あとちょっとだけ--」


 秒数が十秒を切ろうとしてる。間に合わない!


「ここまでだ!!」


 俺は日鞠を押しのけて記憶媒体を抜く、そしてシステムを強制終了して走り出す。監視カメラはいつも通りに、左右に動いて監視してる。あれがいつもの動きをしてるのであれば良いんだ。だけどその目が俺達を見て止まると、きっとヤバいってこと。
 秒数なんてもう見てない。俺達は必死に走って、扉を閉める。荒い行きを吐きつつ植物園に戻って、だけどそこでなるべく息を整えて、入って来た時と同じ感じで出て行く。待っててくれたタクシーに乗り込んで、俺達は心臓の高鳴る鼓動抑えられないまま、家路についた。

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