命改変プログラム

ファーストなサイコロ

サナ

 長かった戦いに終止符が打たれる。誰もが勝てないといい、世界が敵になった事もあった。だけどその戦いに終わりは来たんだ。しかも勝利という終わりがな。その最後を締めくくったのは、他の誰でもない……テトラだった。
 金魂水は輝いてる。その輝きの理由は誰の願いなのか……テトラはこう紡いでたんだ。


「金魂水よ、叶えてくれ。クリエの……あの子の願いを」


 その言葉を受けて輝き出した金魂水。テトラは自らクリエの願いを叶えてくれたんだ。


「お前……」
「言ったろ。責任は取ってもらうとな」


 いつもの食えない笑顔を見せるテトラ。だけどそれはさっきまでの敵としての顔じゃない。もう既にそれは争う意思のない顔。僕もそんなテトラに向けて笑顔を返すよ。するとその時、金魂水の輝きは更に強くなる。
 瓶は消えて、世界へ拡散してく。強烈な光が目に刺さり、僕は目を閉じた。そう言えば願いってどうやって叶うんだ? てか、あんな曖昧な言葉で良いのか? そう思ってると、どこからか聞こえて来る音楽の調べ。


 閉じてた目を開けると、そこは何故かバスの中? だった。しかも同じ服を着た小さな子(小学生位?)が一杯いるバスの中っぽい。そんな中に、僕が知ってるよりも幼い感じのサナが居た。ベッドの上じゃない彼女の姿……しかもリアルでって、まさかこれは過去? サナの記憶か何かか?
 みんな楽しそうにしてるな。純粋な顔して今を楽しんで生きてるって気がする。これは何のイベントなんだろう? 遠足か何かか? それとも社会化見学とか? それとも修学旅行? にしては幼いか。それって確か五年か六年生が行く物だろ。みんなまだ三年位に見える。今のサナなら高学年かなって気もするけど、ここでは違うな。
 幼い姿で楽しげに友達と談笑するサナ。子供っぽいその微笑みは見ててほっこりとする光景だ。そしてそんな折に前からマイクが回って来た。どうやらこの稚拙な歌はこの子供達が順番に歌ってるみたいだな。だから次はサナの番なんだろう。
 だけどサナは恥ずかしいのかあんまり乗り気じゃない。結構元気一杯なイメージがあったけど、昔はそうじゃなかったのかな? まあ人並みに恥ずかしいって事はあるか。歌なんて歌い慣れてないと恥ずかしい物だしね。けど周りに煽られておずおずと歌い出すサナ。最初は声も出てなかったけど、周りのテンションに後押しされる。歌もノリの良い部分にさしかかって来ると子供らしく テンションが上がって来たのか、席から飛び出して通路側に出て踊り出すサナ。
 なんだ結構痛い子だったのか? 微笑ましいけどね。そう思ってると突如車内に鳴り響く甲高い耳障りな音。それと共に一気に視界が大きくブレた。響き渡る悲鳴。その時、通路に出てたサナの体が大きく揺れる車内の影響を諸に受けた。
 彼女の体は急ブレーキを踏んだバスの反動に煽られて、その小さい体が一気に前方に飛んで行く。僕は思わず手を伸ばしたけど、その場に居なかった僕の手がサナを掴める筈が無い。


「くっ!」


 重なったけど……すり抜けた僕達の手。そしてサナの体は聞くのも痛々しい音を出して前方の手すりみたいな場所にぶつかった。それと同時に大きくハンドルが切られたのか、大きく車体が横になる。そして何がなんだか分からない内に、車内は阿鼻叫喚の嵐と化して、そして……叫びはふと止まって誰も叫ばなくなった。


「なんだこれ? おい!!」


 叫ばずにはいられない……だってこんなの地獄絵図だろ。さっきまでみんな笑ってたのに……どこからか聞こえて来る救急車のサイレンの音。それをこれだけ待ちわびた事はなかったかも知れない。これがもうずっと前に自分の知らない所で起きてた事だとしても……「早く助けてやってくれ」と願わずにはいられない。


 ダンッ! と激しく壁を打ち付ける音に顔を上げる。そこには見覚えのある二人の夫婦が居た。奥さんの方が確か『綾乃』さんだったかな? 旦那の方は分かんない。二人とも泣いてる。旦那の方は何度も何度も壁を殴り「くっそぅ……くそう」と唸ってる。そしてその拳が痛々しく血で濡れて行くのを見かねた奥さんが飛びついてそれを止めるよ。


「やめて……止めてください。貴方まで傷つかないで……」


 そうして二人は崩れ落ちる。大人二人が人目も憚らず無く様は、正直見てられない物があった。そう言えばなんだか場面が変わってる。ここは病院みたいだな。添えられた表札にはサナの名前がある。
 この向こうはいつか見た光景の場所なんだろうか? だけど僕にはそれを確かめる事は出来ない。何にも触れられないからな。そしてそう思ってると時間がもの凄いスピードで流れ出す。暗かった通路には光が入って来て人の通りも多くなる。
 そして二人は涙を拭いて扉を開ける。サナには涙を見せない様にしてたのか。当然と言えば当然だけど……あの姿を見たらキツいな。だけど病室に入った瞬間、僕は目を疑ったよ。これがサナ? そう思わずにはいられない。だってこんなの……失礼を承知で言えば、それはもうミイラみたいだった。
 包帯グルグル巻きのミイラだよ。その姿を見た瞬間、再び奥さんは顔を手で覆う。無理も無い……これは……無理も無いよ。正直僕でさえ、直視するのが辛いレベルだ。それなのにこれが自分達の娘なら尚更……信じられない、信じたく無いが本音だろう。
 良くあそこまで回復したと思える程の傷。固く目を閉じてるサナ。まだここでは死なないと分かってても、本当に目を開けるのか怖くなる。


 それから周囲の光景がまた進み出す。必死の治療と思いが届いて目を覚ましたサナ。二人の喜びようったら無かったな。本当に嬉しそうだった。だけどどうやらサナは寝たきりを余儀なくされた体に成ってた様だ。
 両親は必死に回復させる手段を探してたけど、その術はどこにも無くて……だけどどうやら二人はその事をサナには話してない様だった。


「早く皆に会いたいな。学校にも行きたいし」


 そんな事を呟く度に一瞬二人は反応が止まるよ。だけど直ぐにもとの顔を作って気休めの言葉を紡がないと行けない。二人はそれを本気で願ってるし、叶えさせたいと思ってるんだろうけど、辛い事だよ。それにきっといつまでも隠しておける訳は無い……よな。
 あの日……僕が前に見た最後の瞬間……あの時のサナは笑顔だった。知ってたのかな? てか、考えてみたら死因は何なんだ? 包帯グルグル巻きだけど、手術は成功して一命は取り留めた筈じゃないのか? これからは治らない部分があったとしても、衰退してくなんてあるか? 他の部分は治ってく筈だろう?


 ここからしばらくは穏やかな時間が続いた。僕の心にあるモヤモヤとは裏腹に、サナは順調に回復してく。包帯は取れて、上半身は僅かだけど動かせる様になってた。それに学校の友達が時々来てくれたりもしてた。日中は笑顔で居るときが増えて行ったよ。
 そんな姿に僅かだけど両親も余裕を取り戻しつつあった様に見える。勿論体を治す方法を諦めた訳じゃなかったようだけど、再び笑顔を向けてくれる娘を見て、生気は回復して来てるようだった。でも今の僕には見えてる。
 誰も知らなかったであろうサナ自身の苦しみ……誰もいなくなると溢れる涙がある。自分の今の状態が怖く無い訳が無い。一人に成ると余計な事をきっと一杯考えてしまうんだ。でもそれでもサナは両親の前では……友達の、そして医者の前では明るく振る舞うよ。それはきっと周囲の人にこれ以上心配かけたく無いって言う彼女の優しさなんだろう。
 まだ小学生の……しかも上級生でもない子供である事を謳歌しても良い時なのに……僕は触れられないけどずっとサナの側に居てあげる。なんの意味もないだろうけどね。この頃の自分は何をしてたっけな?


 三年前、セツリが仮想に引きこもる前にサナはこの世を去ってるんだよな。最後の時にはもう少し成長してたから、ここから一年か二年はあったんだろう。今の姿は高学年位には見えるからな。でもそれを考えると……サナって僕と実は年が変わらなく無いか? 
 だって三年前のセツリの引きこもりの時で僕は中1位だよ。それか僕もまだ小学生の時期かも知れない。そのどの位前なのか分からないけど、とにかく多分今の時期にサナは亡くなってる。そう成るとホント、サナはもしかしたら同じ高校に通う同級生だった可能性も無くない。
 この春に新しい通学路を歩いて……新しい校門を潜って、これからの高校生活に少しでもワクワクした気持ちを一緒に持ってたかも知れないんだ。
 そう言えばこいつのお母さんが日鞠に言ってたな。「あの子が生きてたら同じ位かしら」ってさ。本当にそうだよ……ちゃんと考えたら、本当に同じ位だったんだ。もうここから少し成長した姿で止まってるから、年下の女の子って認識しか無かったけど……同級生だったかも知れないんだな。


 僕は泣きはらした顔で目を瞑り寝息を立ててるサナの髪を撫でてみる。勿論すり抜けるだけだけど、気持ちだけでも撫でてあげるよ。


「生きてたら同級生だったかも知れないんだな。もしかして同じ高校だったら、友達に成れたかも……いや、友達に成ってたよなきっと」


 目を閉じるとさ、そんな光景が目に浮かぶよ。どうせこんな感じだ。


「ほらスオウもっと学校に慣れないとダメだよ。いつだって仏頂面してたら出来る友達も出来ないよ」
「ほんと、毎回毎回言うけど、誰のせいだと思ってるんだお前?」
「じゃじゃ~ん、てな訳で、私が最初に友達に成った子を紹介して上げる。感謝してよね。サナちゃんだよ」
「話聞け……どうも」
「あっ……どうも」


 多分こんな感じだ。お互い初対面ならこんな感じだろう。いつもの如く日鞠に巻き込まれる形ね。自分から女子の友達なんて作れないからな。まあでもサナの明るい感じなら、入学したてで声をかけて来るってのもあるかも。日鞠の奴は中学から何かと有名だったし、新入生代表の挨拶も勤めてる。
 そんなスペック最高で現在も成長中の現代の化け物が入学したてから僕を散々連れ回してたからな。変な目で見られてた。しかも中学の奴等が余計な情報を高校にも持ち込んだりする。それによって初日から作られるおかしな距離……と言うか心の壁? そこには興味もあるんだろうけど、話しかけて来る奴は居なかったもんな。
 だけどサナならもしかしたら、この目を輝かせて来たかも知れない。ただの興味かも知れないけど、高校での初めての会話を飾ってくれたかも知れない。そう思うと知らずに惜しい奴を無くしてたんだなって事に気付く。
 実際はそんな事はあり得なくて、サナはここから一年か二年でその生涯を閉じる事になる。僕が惜しむのなら、サナ自身にはもっともっと惜しむ事があった筈だろう。一杯一杯悔しい事を抱えてる筈なんだ。あの小さな胸にさ。


「こうやって考えてみると、どこかに縁はあったのかな僕達?」


 その頃は名前も顔も……存在すら知らなかったけど、切っ掛けはあったんだ。日鞠の奴が最初にサナのお母さんとあったのは墓地だって言ってた。しかも毎年……同じ時期に……僕達があの墓地に行く様になったのは丁度あの頃。奇しくもサナが亡くなったから僕達は出会えたのかも知れない。
 僅かな繫がり……一年に一回の繫がりが実は続いてた。僕は知らなかったんだけど……確かにあの場所は僕達にとって重要な場所だけど、いつまでも居たい場所じゃないからな。墓地ってだけじゃなくて、そこに眠る奴のせいでね。
 まあでも今はそんな思い出は良い。きっと忘れられないだろうけど、忘れたい思い出。それよりも今は居たかも知れない友達で、死んでから知り合ったこの子の方が大切。どうしてこんな物を見せられてるのか分からないけど……でもこれでよりサナを知れると思う。
 僕達は生きてる間には出会う事は無かった。何もしてやれなかった。沢山のやり残しがきっとあって……でもどうする事ももう出来ない。だけどたった一つだけど、僕達はサナの願いを叶える事が出来る。
 生き返らせるとかは不可能だけど……もう一度両親に……これが僕達が出来るたった一つの事なんだ。苦労したけどさ、勝ち取った。たった一つだけでも、少し位は無念が晴れるだろうか。いつまでもこんな所で彷徨ってないで、あるのなら天国とかに行ってくれるのかな? 
 天国とか地獄とか……普段はバカらしいって思うけど、本当に魂だけの存在に出会って、そしてその人達を受け入れる場所が天国とかだとしたら、あった方がいいと、今は思う。だってこのままLROにいたら不要なデータとして消去されるんだぞ。
 願いが叶えば、サナはもっともっと遠い所に行くかも知れない。でも……それで良いんだ。


 季節は進み、外にはイルミネーションが飾られた通りが見えて、そして少し立つと門松がちらほらと伺えるようになった。サナはそれでも相変わらずベッドの上だ。上半身のリハビリはしてるけど下半身は足を揉んだりの刺激を与える程度の事だけ。
 病室で過ごすクリスマスも正月も味けなさそうに思ってたけど、如何せん僕よりは豪華だった。寂しい思いをさせない様に両親が頑張ってくれたんだ。でも順調に見えたサナの体に年が明けた数週間後に事件が起きる。
 それは今冬最も強い寒気が入って来て、ここら一帯も真っ白な雪で覆われた日だった。まあ病室にずっと居るサナに外の寒さなんか殆ど関係無い訳だけどね。病院内は常に暖房が効いてる快適空間だ。だけどそれでもこの所サナは良く咳をしてた。
 コホコホと可愛らしい咳を良く僕は見てた。でもサナは強がって、心配する両親には「大丈夫だよ」って言ってた。両親はそれでも気にかけてたけど、毎日検査はやってるしって事で安心してた様だ。どんな検査をしてるかは実際知らないだろうけど、ちゃんと医者が診てくれてるんだし、ここは病院だ。そんな気持ちもあったと思う。
 それに傷は確実に治って来てたしね。多分……色々と張りつめてた物がようやく緩まって来た時だったんだ。そんな寒い日に響く咳の声。だけどその様子がおかしい事に僕は直ぐに気付いたよ。嫌な汗が出てるし、数回で終わる咳がずっと出続けて、息を吸うときもなんだかヒュウっと変な音が漏れてる。


「な、ナースコールを! って押せないよ!!」


 今の僕は薄っぺらな存在だった。なんて口惜しい……サナの咳は激しくなってく。体もその度にピクンビクン動くし、どう考えても異常だろこれは。早く……誰か早く!! そう思ってると看護師さんが検診にきてくれた。
 看護師さんは直ぐに異常に気付いて医者を呼んでくれる。それから直ぐに医療器具や数人の白衣の男女が慌ただしく病室に入って来た。流石は病院。ドラマでしか見た事の無い光景が繰り広げられてる。
 まずは息をちゃんと吸わせる為か、白い霧が出てる透明な物を口と鼻に当てる。そしてゆっくり呼吸する様に呼びかける。その間に医者が聴診器で内部の音を聞いたりしてる。大丈夫なんだろうか? そう思ってると、扉の方からゴトッてな音がして病室に真っ赤なリンゴが転がって来る。


「さ……紗奈ちゃん!!」


 そう叫んで走り寄って来るのはサナのお母さんだ。名前も聞いてるけど、僕がこの人を名前で呼ぶのもおかしいよな。サナのお母さんなんだから、サナのお母さんで良い筈。そんな彼女は我が子に抱きついてこう言うよ。


「な、何があったんですか? なんで……こんな……」
「お母さん、落ち着いてください。今治療中ですから」


 そう言って看護師さんに引きはがされそうとする彼女。だけどサナが心配な彼女は抵抗するよ。その気持ちも分かるけど……そう思ってるとサナが掠れた声を出す。


「ごめんね……大丈夫……大丈夫だから……」


 ハッキリ言って全然大丈夫に見えない。逆にその気遣いに心が痛む。そう思ってると喋ったからか、一際大きな咳がサナを襲う。すると胆と一緒に赤い物が口に当ててる医療器具に付着した。それはどう見ても血だ。吐血? 何が起こってるのか自分にも分からなくなりそうだった。
 だって治って来てた筈じゃないのかよ? そして何が起こってるのか分からなくなったのは僕だけじゃない。サナの口から漏れ出した血を見て彼女は動揺するよ。大きく開いた眼球はまるで事故当時の映像でもフラッシュバックしてるかのよう。
 この場所を見てる筈なのに、その目に映ってる物が違う……そんな気がした。そして奇声を上げて顔を覆うサナのお母さん。


「連れて行かないで!!」


 そう叫ぶ出して暴れ出す彼女を医者と看護師さんが必死に病室の外に押し出す。そして扉を閉めた所で、ズルズルとと彼女は床に腰を落とした。そしてお母さんは両手を併せて拝み出す。それしか彼女には出来る事がないから。神様に縋るしか心の支えが無い。一心不乱に祈る彼女は狂気染みてる気もするけど、これが母の愛なんだとも思った。
 僕には向けられた事が無い物だな。そしてそんな彼女を余所に、病室には次々と機材やらが運びこまれてる。ここで本格的に治療するのか? 取りあえず咳を止めるのが大切なのかな。ここからは医療関係だからよくわからない。信じるしか無い。


 こう言うときだけは時間の進みが遅い。どうせ記録なんだろうし、早く進んで欲しい。何時間待たせるんだよ。もう二時間くらい経ってる様な……旦那の方も連絡を受けて駆けつけたぞ。そしてようやく中からぞろぞろと看護師さんやお医者さん達が出て来る。サナの状態を尋ねる二人。


「もう大丈夫。咳は収まりました」


 そんな言葉にホッと息を吐き出す。本当に良かった。心から安堵するよ。だけど病室に入ろうとする両親を引き止めて「お伝えしたい事があります」と言う医師。何だろう嫌な予感がする。


 病院の別の部屋に通された二人は沢山の資料とデータの紙を広げて難しい顔をしてた。なんだか病院っぽく無い部屋だ。来客用の部屋とでも言うのか……医療器具が見えない。精々壁にレントゲンを映す奴があるだけだ。
 そんな中で医師は医師は話し始めてくれた。サナの今の状態の事だ。端的に言うとどうやら事故での傷はサナの見えない部分にまで至ってたらしいって事だった。体の外側は確かに回復してる様に見える……それは事実だ。
 だけどど体の内側……内蔵にもサナは傷を負ってたらしい。そしてどういう訳か、ここ最近内蔵の機能が低下し出してると……そしてそっちの方は外側に比べて治りが悪いらしい。そんな言葉に動揺する二人。当然だな。
 つまりは内蔵の機能が低下してるからただの咳であんな事になったと言う事か。もしかしたら暖房とかも悪かったのかも。部屋の空気が乾燥して咳が出易くなってたのかな。


「どうして……そんな? 治ってるんですよね? そう言ってたじゃないですか!」


 旦那さんの方が掴み掛かる勢いでそう迫る。


「治ってはいます。ですが今日で確信したんですが……どうやらサナちゃんの体は既に限界を超えてるのかもしれません。見た目的には治ってる様でも……彼女の体の機能は弱まって行ってるんです」


 衝撃の事実だ。てか、そんな事があり得るのかよ……だってそれってつまり……


「サナちゃんは、長く生きれないってことですか?」


 顔を逸らした医師も辛そうにこう紡ぐ。


「残念ながら」


 治療法は無いそうだ。というか何が原因でこんな事に成ってるのか分からないという事だった。回復はしてる。だけど体は止まろうとしてるんだ。それってつまり……既にサナの魂と体は分かれてしまってる……って事なのか?
 意味が分からないけど……そんな気がする。ロスタイムの……様な物なのかな。今生きてるこの時間がサナにとっても……そして両親にとっても別れの期間だったのかも知れない。


 二人は必死に医師にお願いしてる。頭をテーブルに擦り付ける程に下げて「助けてください」と涙ながらに訴える。その言葉はいつまでも続く。もしかしたら……そんな言葉が、僅かな希望がどこかから零れてこないかを願って。

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