命改変プログラム

ファーストなサイコロ

追いかけっこ

  特定の条件下でのスキルの発動……それがあるのかも知れない。自分はもう殆ど重みも無くなったクリエちゃんを抱えながらそう思う。時間がない。皮肉にも邪神の出現で状況は少し進んだのかもしれないっす。
 良い方にも、悪い方にもっすけど。


「逃げる事しか出来ない貴様に何が出来る」


 そう言って邪神は階段を下りてくるっす。その足音を響かせて、恐怖をあおる様にゆっくりと。自分は左右を見て鳥居を確認するっす。もしかしてっすけど……やってみる価値はあるっすよね。自分は鳥居に近づいて手を触れるっす。ヒンヤリとした感触。自分はもう一度ミラージュコロイドを呼んでみるっす。


(ん?)


 だけど何も起きないっす? あれ? さっきは確かに発動してくれたのになんでっすか!? 途端に焦りが強くなるっすよ。またまたこれじゃあ逃げる事も厳しくなるっすからね。条件は満たしてる筈じゃないっすか? 
 さっき自分は攻撃を受けて鳥居に触れてたっす。まさか背中側から触れないとダメ? な訳内っすよね? 


 -----一応やってみたけどやっぱり変化無しっすね。それに考えてみれば邪神は確か手で触れてたっす。自分だけ背中からとかあり得ないっすよね。でもじゃあなんで……法則性とかがあるんすか?


「お前の頭じゃ解き明かせんさ」
「し、失礼な!」


 確かに自分はそんな頭良く無いのは理解してるっすけど……それでも考える事はやめないっす! その鼻っ柱を折り曲げてやるっすよ。そもそもこいつがどうしてあの黒い力を使う時と使わない時があるのかがヒントなのかも知れないっすよね。
 だって鳥居は無数にあるっす。仮に今まで鳥居に触れる度に自由にスキルが発動出来るたのであれば、実際もっと早く自分の所に来てた筈っす。それに今だって、スキルを使う方が安心確実なのは確かっす。それを使わない理由なんて無い筈っすよ。
 まあ邪神っすから、余裕があるんだろうなっては思うっすけど……でもそれは本当は余裕じゃなく、制約っすか? 鳥居にはスキルを使える様にする鳥居が一部混ざってるだけ? それなら納得できる様な……けど、完全にはそれで説明はつかないっす。
 だって邪神はそれを見抜いてる様な……もしかしたらランダムじゃないのかも。でもそれじゃ自分は不利っすよね。後だししか出来ないっす。まあその鳥居が一回こっきりのスキル仕様しか出来ないとかじゃ無ければっすけど。


「何か見いだせたか? まあどの道逃がしはしないがな」
「くっ!」


 近づいた邪神が素早い攻撃を繰り出してくるっす。ミラージュコロイドを発動出来ないのなら、攻撃力は普通にあるっすけど……普通よりも自分のは低いんすよね。武器も一回こっきりしか使えない奴っすし……まあ武器自体は何回も使えるけど、一回の戦闘でその相手にはきっと一回しか有効に作用しないだろうなってことっす。
 ハッタリっすからね。だから使いどころは間違えれないっす。取りあえず言うと、自分の愛用の武器は短剣なんす。歪な形をした短剣で色は紫をベースに黄色が混ざった他にはない奇抜な感じっす。
 まあ奇抜すぎて軍では使用が認められなかったっすけど……でも今思えばそれは見た目じゃなくて性能の問題だったのかも。見た目に反してショボいっすからね。邪神の攻撃をマトモに受け止めたらポッキリ行っちゃうかもしれないっす。結局このまま使用しないでも問題ないかもっすね。取りあえず必死に避ける……それしか出来ない自分っす。


「避ける技術だけは高いなホント。それならそれをいかせる戦い方をすれば良いだけだろうに」
「してるっすよ。自分は自分のこの力をちゃんと役に立ててるっす」


 それは決して花形って呼ばれるものには成り得ないっすけど……けど、それでも良いんす!


「俺が言ってるのは逃げる事にだけ使うしか出来ないのかってことだ。世界には様々な戦闘スタイルがあるだろう」
「そうやって苦手な攻撃に出させる気っすか? その手には乗らないっす。自分の役目は戦う事じゃないっす!」
「なら逃げ続けられると本気で思ってるのか?」


 その言葉の直後、邪神の攻撃のリズムが変わるっす。単にテンポを上げたってだけじゃなく、曲の転調に入ったみたいに、予測不可能な動きが加わってくるっす。飛んだままで立て続けに攻撃したり、多彩にフェイントを使って来たり、無駄に大げさに動いてみたり。
 こう言う戦い方もできるんすね。一気に変わったスタイルに自分の体は付いていけないっす。てか……これはまさか最初の方に慣らされた? そう思った瞬間、襟首を鷲掴みにされた。


「捉えたぞ」
「うああああああああああああああ」
「きゃああああああああああああ」


 自分とクリエちゃんの叫びが響く。自分たちは物の様に振り回されて上へ投げ飛ばされたっす。再び階段に激しく体を打ち付けながら登る羽目に……こんな登り方したくないんすけど。転がり落ちるって良くあるけど、その逆で転がり上がってるんすよね自分。貴重な体験? してるっすよ。全然嬉しく無いっすけどね。


「つっ……イテテテ」
「ノウイ……」


 心配がってる声が届くっす。自分の怪我なんて結局幻みたいな物っすから、別にそこまで心配する事ないっす。気持ちは嬉しいっすけどね。それよりもクリエちゃんは大丈夫っすかね? しっかり抱きしめてたっすけど……


「クリエは大丈夫……だよ」
「そっすか」


 それなら良かったっす。自分の怪我なんてへっちゃらなんすよ。クリエちゃんが怪我する方が痛いっすからね。すると階段をゆっくりと上がって来るテトラがこう言うっす。


「無意味な心配だな。そのにクリエはもうすぐ消える。それは止められはしないさ」


 嫌な事を顔色一つ変えずに言う奴っすね。もうすぐ消える奴は眼中に無いから、自分を執拗に叩きまくる訳っすか。流石邪神。邪神らしい言動っす。クリエちゃんは邪神の言葉を受けて顔を沈ませるっす。
 この子は分かってるんすよね。自分の状態をちゃんと理解してるっす。それなのに……わざわざ突きつける様に……自分はクリエちゃんの頭を優しくポンポンして立つっす。


「消えさせやしないっす……願いを叶えるのはクリエちゃんっすよ!!」


 そう言って自分は近くの鳥居に触れるっす。そして思い浮かべるのはミラージュコロイド。すると今度はちゃんと発動してくれたっす。


「よし!」
「やらせるか!」


 一気に階段を蹴って迫って来る邪神。だけどそれを気にせずに自分はミラージュコロイドを螺旋状の階段に合わせて縦に並べるっす。そして攻撃が届く前に手前の鏡に飛び込む。体が引っ張られる感覚と共に、鏡を高速で移動してく。そして一瞬で邪神との距離が開くっす。


(これでなんとかなったっすかね?)


 安心は出来ないっすけど、一息はつけるっす。逃げる事に使えばこの通りっすよ。最初はクリエちゃん救出に使って、その時はちょっとの距離しか移動しなかったすからね。しかもまさか一回しか使えないとは思わなかったすからね。
 でもこれだけ距離を開ければ、色々と出来る時間が増えるすよね。邪神は遠くに小さく見える程度に成ってるっすよ。ミラージュコロイドは移動速度もそうだけど、その設置の自由度に距離も武器っすよ。
 普通に戦闘で使える移動手段は様々あるっす。だけどそれは精々数メートルが限度。だけどミラージュコロイドは縦にすれば一気に数百メートルは飛べるっす。しかも一番最初に使った鏡を最後の鏡の後ろに持ってくれば、無限ループの完成っすよ。
 まあだけどそれは結構疲れるっすけどね。そのせいで実際は無限には出来ないっす。それにここでは一回くぐったらそれで使用済みに認定される見たいっすしね。そうなったら勝手に消えていくっす。


「はぁ……はぁ……」


 腕に抱えてるクリエちゃんの息づかいが荒くなってる様に感じるっす。一体あとどれだけ時間が残ってるっすか? 一刻も早くその場所にたどり着かないと……でもここでふと思うっす。


(いや、まてっすよ。そもそも本当にどこか特定の場所があるんすか?)


 もしかしたら、登る事自体が無意味な行動だったりして……今ここで金魂水を使うって選択肢はないっすかね? ここまで登っても何も見えないっす。月にこのまま走るとは思えない……それなら全てがフェイクって可能性だって。どこでだって良いって考えもあって良いんじゃないっすか?
 自分は目を閉じてアイテム欄の階層を深めるっす。実は見るだけなら意識の中でアイテムやスキルを確認したり、クエストとかミッションの内容も確認出来るっす。アイテムを使用する為には勿論ウインドウを開かないといけないっすし、スキルツリーへのセット変更もウインドウからしか出来ないっすけど、確認するだけなら便利っす。


(だけどLROでは何も起きなくてもどこでだってアイテムは使用出来るっす……一滴だけとかいけるっすかね?」


 実際回復薬とか適度な炭酸飲料っすから、水が無い時とかは代用するっす。半分飲めば効果は発揮されるっすし、ちょびちょび飲むのも戦闘中じゃなければありっす。だけど問題は幾らちょびちょび飲んでも回復されるのは一回キリって事っす。結局の所、その一個の回復薬には一回分の回復力しかない。
 まあ当たり前なんすけど……それでいくとやっぱり金魂水がその力を発揮出来るのも、一回しかないんすよね。あんまり無謀な賭けには出れないっすよね。往来のRPGみたいに「ここで使え!!」ってな感じでその時だけ使えるとかなら分かりやすいんすけど……ここはそんな世界じゃないっす。
 折角手に入れた貴重な鍵とか違う鍵穴に入れて壊す事だってあるっすし、回復薬とか、落として割られたら消失っすからね。半分飲めれば効果は得られるっすけど……それをやる人は早々いないっすよね。


(安易な行動はとれないっすよね。金魂水は一個だけ、これを無くしたら願いを叶える術がなくなるっす)


 それは今までの頑張りが全て無に帰すみたいな事っす。邪神とかヤケ起こして世界滅亡に乗り出されても、自分は責任とれないっす。金魂水……実は結構前から確認されてたアイテムっす。暗黒大陸の端っこのモンスターも落とすっすからね。でも、実際無くして取りにいく時間なんてないっす。
 それに条件が厳しい訳じゃないけど、確率は相当低いらしいっすからね。実際スオウ君達が一回でドロップさせたのは何かの意思を感じるっす。実際このアイテムって、得る事よりも正しく使う事が難しいアイテムっすよね。
 奇跡を起こすアイテムらしいっすけど、どこでも使える訳じゃないっす。もしもそうだったらもっともっとこのアイテムは求められてる筈っす。だって単純に確率の問題なら、暗黒大陸に籠ってでもアイテムを求める奴等が現れる筈っすからね。
 だけどそんなの聞いた事もないっす。ようは金魂水の本質に迫ってるのは、自分たちが初めてって事っすよ。そんなアイテムを、自分の判断だけで使うってのは意気地なしの自分にはとても恐れ多いことっす。
 もしかしたら本当に、その場所ってのはこの月へ続く道自体……って見方も出来るっすけど、確信がやっぱり欲しい所っすよね。金魂水がその力を発揮するのはきっとその場所だけ。それがこの場所なのか、もっと他の特別な場所なのか……だとしたらどうやっていくのか……自分だけには荷が重い問題が山積してるっすね。


(取りあえず保険は打っておいた方が良いっすよね……)


 はは、自分はいつだって逃げ道を作っておこうとしちゃうっすね。


「クリエちゃんちょっといいっすか?」
「う……ん?」


 自分は辛そうなクリエちゃんに声をかけるっす。必要な事……もしもの時の為の保険っす。だからちょっと気が引けるっすけど、彼女を起こすっすよ。




 光る階段はどこまでも続いてて、下から迫る邪神は再びその距離をつめつつあるっす。どうやら邪神にはスキルを解放する鳥居が分かるのか、こっちが片っ端から鳥居に触れてるのに対して、奴は真っ直ぐにスキルを発動出来る鳥居だけを目指してる様に見える。効率が全然ちがうっす。
 一体何を目印にしてるっすか? それとも邪神にしか見えない何かがあるっすか? 奴の靄を使った移動は精々数十メートルくらいが限度っぽいっす。なんとか奴が追いつく前にもう一度ミラージュコロイドを発動出来れば、振り切れるかもしれないっすね。
 まあ一本道っすから逃げ切れるなんて事は無いっすけど、でも追いつかれない事がだいじっすからね。こんど追いつかれたら、流石に逃げれる自信は無いっす。だからそれを許す訳にはいかないっす。


「どれっすかどれっすか?」


 ウインドウを常時開きっ放しにして、スキルツリーを表示させて鳥居に触れていくっす。こうする事で使用可能状態に成ったら一目で分かるっすからね。光ってないのが今の普通の状態。使用不能って事っす。だけど可能になればスキル名が輝いてくれるっす。
 でもかれこれ十個くらいは触れたっすけど無反応……どういう事っすか一体? 訳がわかんないっすねこれ。


「こ……こなくそおおおおっす!!」


 こう成ったら見つけるまで止まらないっすよ。棒の様な足に気合いを入れる為にも叫んで見つけるまで止まらない覚悟で階段を上がるっす。そしてようやくの所でスキル名が輝くっす。


「ミラージュコロイド、発--」


 声を高らかにそう宣言してた時、黒い光がぶつかって鳥居を破壊しやがったっす。崩れ落ちる赤い残骸。まさか--そんなまさかっすよ!! 鳥居破壊って荒っぽすぎるっしょ! 確かに効果的ではあったっすけど……ここ重要な場所の筈っしょ! それを躊躇いも無い感じでズガンと一発っすか……流石邪神。悔しいっす。 自分に出来ない事を糸もたやすくやってのける……そこに痺れる憧れ−−はしないすっかね。
 とりあえずこれはヤバイ状況ってことっす。ようやく見つけたスキル復活の鳥居。でもそれを破壊されるだんなんて……幸いなのは邪神も鳥居の力を使ったってことっすね。移動手段に使うんじゃなく、攻撃手段にしてきた。
 だから向こうも次の鳥居まではあの黒い靄は使えないっす。けど邪神はわかってるんすよね。次の鳥居がどれなのか……それはとても大きい事っす。こっちが四苦八苦してる間にあっちはその鳥居だけを目指せばいいんすからね。それはきっと明確な差っすよ。これだけの距離だって埋まってしまうかもしれないっす。
 突破口を見つけないと逃げ場なんてないこの場所じゃジリ貧っす。


「ノウイ……」
「大丈夫っす! またあるっすよ」


 クリエちゃんの前だから強がるっすよ。張ったりっすけど、不安は見せられないっす。自分はまた走り出すっす。だけど今度は邪神の奴も走ってやがるっす!


(は、反則っすよそれはぁぁぁ〜)


 そんな必死なの邪神らしくないっす。でもその長い黒髪をなびかせて、ストロークを長く走る様はムカつくけど、様になってるっすね。なんなんっすかあれ? 異様にやっぱムカつくっす。だけどムカついてる暇もないっすね。早く次の鳥居を見つけないと!
 邪神も体裁を気にする事無く走り出したっすし、今度追いつかれたら本当に終わるっす。その前にもう一度ミラージュコロイドを。


「どうっすか!?」
「これは?」
「今度こそ!」
「お願いっす!」


 悉く外れ続ける。その間にも邪神はどんどん差を縮めてくるっすよ。てか、力を使っての移動で、次の鳥居の近くまでは飛べるようだから、予想よりも早いっす。


(てか、おかしくないっすか?)


 思ったんすけど、アイツは既に自分が通った場所を今まさに進んでるっす。それって自分が一度触って確認した場所の筈っすよ。それなのにどうして自分の時には現れずに、邪神のスキルは有効なんすか? 理不尽っす! 
 やっぱり何か法則でもあるんすか? でも、こんな息ぜぃぜぃしてる時には深い考えなんて……正直無理っす。自分は迫って来る邪神を気にしながら、片っ端から鳥居に触れていく事しか出来ないっすよ。うう……なんだかさっきとあんまり状況変わってないっす。


「ノウイ……」
「クリエちゃん! はは、大丈夫−−大丈夫っすよ! だから寝てて良いんすよ」
「だめ……だよ。クリエだって何かしないと……」


 か細い息を吐きながらクリエちゃんがそんな事を言ってくるっす。やっぱり不味いって分かってるんすね。だけど今の状態のクリエちゃんに頼る訳には……てか何か出来る事があるっすか? いやいやそう言う問題じゃないっすよね。これ以上負担がかかる様な事はさせたく無いって事っすよ。でもクリエちゃんは止まらないっす。
 瞳を強く閉じたクリエちゃんは「うううううううう」と唸りだすっす。


「な、何をしてるっすか?」
「クリエは……教えてもらった。ちょっとだけど……お母さんに」
「お母さん?」


 何を言ってるのかちょっと分かんないっす。だけどクリエちゃんは次第にその体を光らせていくっす。そして……


「あれ……」


 そう言って指差す先を見ると、輝いてる鳥居が見えた。


「まさかアレがスキル使用可の−−」
「早く行って……」
「す、すまないっす!」


 本当自分が不甲斐ないから瀕死状態のクリエちゃんまで出っ張らせてしまったっす。だけど、正直助かるっすよ。自分は輝きを放つ鳥居に向かっては走るっす。だけど次の瞬間、触れる直前で再び鳥居が弾け飛ぶ。その衝撃に自分たちも巻き来れて、数段下に転げるっす。


「っつ……またっすか」


 後ろを振り向くと、走りながらこっちに手を向けてた邪神が見えるっす。ちょっと前に鳥居に触れてたんすね。くっそ……自分も急いで立ち上がり走り出すっす。


「もう……一度」
「クリエちゃん」


 そう言ってもう一度さっきのをやってくれる彼女。遠くに現れる光る鳥居。これはスピード勝負っすね。邪神もさっきスキルを使ったっす。だからどっちが先に次のスキル使用可鳥居につけるかのスピード勝負。しかも今回は自分にも目的地が分かってるっす。これは大きい。必要なのはスピードだけ。
 クリエちゃんは既にその能力を限界まで使ってくれたっす。後は自分が……自分がやらないと行けないんす!!


「ふんぎいいいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああ!!!」


 伸ばす腕、絡まる足。だけど決して倒れはしないっす。呼吸も忘れて走って走って……だけどその時、耳に鳴り響く衝撃音。崩壊した鳥居の瓦礫が自分頭に当たるっす。


「がっ!」


 結構大きな固まりで、ダメージ判定が結構きつい。視界が霞むっす。


「ノウイ……ノウイ!」


 ゆさゆさとクリエちゃんが揺さぶって来る。苦しそうだったクリエちゃんにしては大きな声。心配してくれてるってのが分かる。だけどそれだけでも無い様な……そう思ってると、頭に響く足音。霞む視界の先に白い服が揺れてるのが見える。
 このままじゃ逃げれない……不味い……これは不味いっす。


「ノウ−−きゃっ!」


 自分はクリエちゃんを突き飛ばすっす。そしてボヤける視界のまま立ち上がって、抜かずじまいだった武器を手にするっす。


「いくっす。自分はここまでのようっす。だから後はクリエちゃん自身の足で……ごめん−−ぐはっ!?」


 抉られる自分の腹。懐には黒い髪が靡いてるっす。


「何も出来ない奴が武器を取って何をする気だ?」
「何も出来なくても……負けると分かってても……戦う事くらい出来るっす!! 最後くらい、自分は逃げないっすよ!」


 攻撃を受けたまま、自分は手にした歪なナイフを突き刺すっす。だけどそんなの物ともせずに続けざまに顔面に攻撃が叩き込まれる。吹き飛んでぶつかって止まった所に上から降り注いで来る邪神。階段に自分の体がめり込むっす。


「ノウイ!」
「駄目っすよ……早く……登るっす! こいつは自分が抑えるっすから」


 そう言いつつ上に乗ってる邪神の足を掴むっす。


「アイツに用はない。そろそろ返して貰うぞ」


 そう言って邪神は自分を蹴り上げて靄で体を固定して、胸に手を突っ込んで来たっす。これってまさかアイテムを……丁度近くの鳥居がこいつのスキルを使用可能にするものなんすか?


「金魂水がない……なるほど、だからクリエを一人でも先に行かせようとした訳か」
「くっ……そうっすよ。自分は雑魚っすけど……絶対に行かせたりしないっす!」
「ふん」


 その瞬間腹に叩き込まれる拳。要無しになった自分はゴミと言わんばかりの攻撃っす。靄を解放されて階段に打ち当たる。だけど必死に耐えて、道を塞ぐっす。


「どこを見てる? 俺はこっちだぞ」


 真横から入る拳に顔面に火花が散ったようっす。視界が霞んで何も判断出来ない……でも……行かせないっす。
 邪神は分かりやすいっすからね。黒い髪に白い服はぼやけた中でも見えるっす。階段を上ってく邪神を追って後ろから飛びつくっす。だけど今度は背中から服を掴まれてそのまま階段に投げつけられるっす。
 HPの減少がとまらないっす。でも、そんなの気にしてられっすか! 見えないんだからどうだって……そう思ってると自分の顔に誰かが抱きついて来たっす。


「もうやめて! もう……やめてよテトラ」


 誰かなんか野暮ったいっすね。だってここには後はクリエちゃんしかいないっす。でも……こんな事しちゃ駄目っすよ。自分の努力が台無しっす。


「なんで……もどって来たんすか……」
「だって……クリエだけじゃ行けないよ。一人になんて……成りたく無い。クリエもシャナも一人はヤなの……」


 グスグスと彼女は泣きながらそう言ってるようっす。わがままっすね……本当にどうしようもない子っす。でも、一人は確かにいやっすね。どんな願いも、一人で叶えても意味なんて無いのかもしれないっすね。


「正しい判断だな。お前だけじゃどの道逃げ切れる訳が無い。さあ、金魂水を返して貰おうか」
「い……イヤ!!」


 邪神の言葉を掻き消す様に力の限りクリエちゃんはそう叫んだっす。でも邪神はそんな咆哮を涼しくかわしてその手をのばすっす。だけどクリエちゃんは逃げないっす。自分を抱きしめる腕に力を込めてこう叫ぶっす。


「絶対絶対来てくれるもん。スオウは絶対に死んでなんか無いんだから!!」


 その瞬間自分たちの居る直ぐ側を高速で何かが突っ切っていったっす。よく見えないっすけど……高速で何かが夜空を飛行してる? 


「バトルシップ?」
「うん……うん! きっとあれはスオウだよ!」


 希望の招来? 分からないっすけど、やっぱり自分は主役にはなれないようっすね。

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