命改変プログラム

ファーストなサイコロ

私の出来る事 4

  日はまだまだ高く、熱気は夜になったって取れる事はないまだこの頃。だけど人類の進化は凄まじく、私達は暑さも寒さも既に克服しつつあるよね。機械文明と言えるこの世界はエアコンと言う素晴らしい機器を発明してるのだ。
  どんなに太陽が必死こいて光を射そうが、今の私は鼻で笑えちゃうね。いつだって頭上から見下してる太陽をせせら笑える−−これって結構凄い事だよね。太陽からしたら私達なんて塵みたいな存在なのに、そのエネルギーを防ぎ、あまつさえは利用までしてる人類って凄い! とかなんとか思って見たり。


「日鞠ちゃん」


  変な事を考えてると、耳に優しく入ってくるような声が聞こえた。窓から目を放して通路の方を見ると、そこには綾乃さんが居た。『藤堂綾乃』さんは毎年お盆に墓地で会ってた墓地仲間。スオウは気付いてなかったけど、私は掃除道具とか借りてて仲良かったのです。
  でもそれももう今年まで。後何日かすれば綾乃さんは旦那さんと一緒に海外にいっちゃう。あんまり詳しくは聞いてないけど、それはきっとここには辛い記憶があるからなんだって思う。話す度に出てきてた娘さん。その子はもうこの世には居ないから……その事実が二人には辛すぎるんだよね。


  いつもどこかに影を背負ってる様にしてる綾乃さんは、私と居る時はそれがない様に思える。交流はそこまで頻繁にあったわけじゃないけど、私はなんと無くそんな感じを受けてたの。もしかしたら成長した娘さんの姿を重ねたりしてるかなって思ったりもしてるけど、でもそれは言っちゃいけない事の様な気もしてる。
  だから今まではただ普通に友達感覚でやって来た訳だけど……今日私はそんな関係を壊すかも知れない。だって今日私が呼び出した理由はきっと信じれない事で、この人の琴線にきっと触れる。それも触れられたくない部分で、他人が土足で踏み込んで良い部分でもない場所に。
  けど私は逃げないよ。だってこれは綾乃さん達の為にもきっとなる事だから。だからもしも怒られたりとかしても、耐えて見せる。そんな心根をしながら私は綾乃さんに向かって一礼する。


「ごめんなさい。約束の時間はまだだったのに。早めちゃって。予定とか大丈夫だったんですか?」
「良いのよ。どうせ自宅で引っ越し準備に追われてただけだったもの。ご近所付き合いも私はしてないからね。昼間は大抵暇かな」


  そう言いつつ、反対側の席に腰掛ける綾乃さん。言い忘れてたけどここはファミレスです。近所のじゃなく、二駅ほど別の場所の。地元じゃ知り合いが多過ぎるからね。ありがたいけど、重い話はあんまり聞かれたくないもんね。
  自分の事ならまだしも、今回は綾乃さん達の事だもん。そこら辺は気を付けないとって事でここです。まあでも良かったかも、ずっと家にこもってたのなら、気分転換になったかも知れない。それにこの暑さは何か予定でもないと、そもそも外に出る気にもならないもん。


「それにしても暑いわね。私、夏って嫌いだわ。この暑さや蝉のけたたましい鳴き声とかが合間って、頭をクラクラさせちゃう。そうすると思い出すのよね。あの日の事を……」


  綾乃さんはさんさんと輝く太陽を見上げてそう呟く。うう、初っ端からスイッチ入ってますね。さっきは自分と居る時はこういう感じが無い様に−−とか言ったけど、今日は思い出しやすい日なのかも。
  ある意味この流れから自然とリーフィアを渡す事は出来そうだけど……でもこういう風に最初からテンション低めで過去寄りの思考に囚われてしまってる綾乃さんはちょっと情緒が不安定な感じだからね。あんまり急くのはいくない気がする。
  私はこっちを見てもらう為に、技と手をパチンと併せてこう言うよ。


「そうだ! 暑いのなら冷たい物ですよ。今なんとカキ氷フェアをやってるんですよ。夏と言えば氷! 食べましょう!!」
「…………ふふ、そうね。良いかも。じゃあ私は宇治金時で」


  良かった、ちゃんとこっちを見てくれた。あの状態が酷い時は、綾乃さんは自分の殻に閉じこもっちゃう時があったりする。周りの声を全部聞き流したりね。そしてそれに旦那さんがイライラして怒って、夫婦間がギクシャクと……でも二人は基本お互いを好きで居るって事は分かるの。だって旦那さんはそんな奥さんを思って引越しを提案したらしいし、綾乃さんもいつまでも引きずってるわけにはいかないって思ってる。
  旦那さんが一生懸命支えてくれてるのを知ってるから。ちゃんとお互いに思い合ってるんだよね。私もメニューに目を落としてカキ氷を選ぶ。よし!


「じゃあ私は富士山一番って奴にします。ネーミングが気に入りました!」


  なんだか面白そうなのがあったから取り敢えずそれを選んで見た。氷に青いシロップかけて、上は練乳かな? それで富士山を模してるっぽい。あと脇にはフルーツも盛られててちょっと豪華な感じも良い。さすが限定品だね。
  私はテーブルの端のボタンを押して店員さんを読んで二人分の注文を済ませる。きっと直ぐに出て来るよね。カキ氷なんて氷を削ってシロップ掛けるだけだもんね。まあ宇治金時や私が頼んだのはそれだけじゃないけど、普通こういう大手のチェーン店は効率化を測ってるからね。果物をわざわざその場で切ったりしないよね。カットされたのが用意されてそう。アンコも白玉も一から作るわけないし、やっぱり物の五分で出て来ると予想してみる。


「カキ氷なんて何年振りに食べるかしら? 懐かしい」


  そう呟いて、調理場の方をみる綾乃さん。待ちきれない様子なのかな? それともただ単に気になるのかな?


「そうなんですか? 珍しいですね。夏って言えばカキ氷だから、絶対に一夏に一度は毎年食べてますよ?」
「そうね、日鞠ちゃん位の時はそうだと思うわ。私もそうだったもの。高校時代は毎日が楽しくて、なんでも輝いて見えてたわ。勿論カキ氷も」


  昔を懐かしむ様にそう呟く綾乃さん。でも流石にカキ氷が輝いてたってのは言い過ぎでは? いや、わからなくもないけどね。氷だもんね。キラキラしてる気はする。


「そうですね。確かに私は毎日楽しいです。でも大人になったらやっぱりそうも言ってられなくなるんですかね?」
「大人になったら大変だから。やっぱり学生時代はいろいろと甘やかされてたんだなってわかるわ。でも日鞠ちゃんは大学に行くんでしょ? それならまだまだ子供で居られるわよ。日本の大学なんて入ってしまえば楽だからね」


  大学か。まだそこまでは考えてないんだよね。いや、候補はあるんだけど……きっとそれを選んだら、私はスオウと離れ離れになっちゃう。いま私があの高校に通ってるのだって、自分のワガママを通したからだもん。


「日本……に居られるかな?」
「ん? どういう事? 日鞠ちゃんは留学でもするの?」


  綾乃さんはお冷の氷を指で突っつきながら私を見つめる。興味があるって感じです。女の人は基本、いくつになってもお喋りが好きだから食いついて来るね。


「う〜ん、実は高校受験の前に海外から推薦が来てたんですよ。飛び級で大学の話があったんです」
「ええ、 何それ? 凄いんだね。そんなの映画やドラマの中だけの事かと思ってた。飛び級とか本当にあるんだぁ」


 ほあ〜〜と感心した眼差しを向けて来る綾乃さん。なんだかちょっと照れ臭い。


「でもそれならどうして……って聞くまでもそれはないね。離れ離れになるのがイヤだったんだ?」


  イタズラな笑みを浮かべてそう言われた私は、顔を火照らせてコクリと頷く。


「本当に大好きなんだね。羨ましい」


  コップの表面に出来る水滴が下側に流れ落ちて行く様に視線を向けて、そう呟く綾乃さん。なんだか少しどこかに意識をやってる感じ。表面に出来る小さな水滴に思い出でも映してるのかも。そう感じた私は聞いてみる。


「でもでも綾乃さんだって旦那さんとラブラブなんじゃないんですか? 」
「彼とはそんな風じゃないかな。大切な人だけど、ラブラブではないよ。恋してるって気持ちじゃないもん」
「そうなんですか?」
「そういう物なのよ夫婦って」


  そういう物なんだろうか? 私はクイっと水を喉に流して濡れた手をお絞りで拭き拭きしつつこう言うよ。


「でも家の両親は今でも結構ラブラブですよ。未だに行く時も帰った時もキスしてますもん」
「そうなの? でもそれって結構特殊だと思うな。私が感じた事は夫婦はもう恋人じゃないって事かな。特に子供が出来たらそれはもう家族だもん。でもそれがイヤなんじゃないよ。幸せだった。でも沙奈が居なくなって、私達はお互いの立場がどうなってしまったのか……わからない。
  なんだかずっと、お互い傷を刺激しない様にしてるみたいな……そんな感じなの」


  お昼時も過ぎて夕方に入りかけのこの時間帯。日はまだまだ傾いてないけど、少しは人がちらほらと入って来てる。ちょっとざわざわとし出してる店内の中で私達は少し重い空気を出してるかもしれない。
  う〜ん、明るい夫婦の話題を搾り出そうと思ったんだけど、どうやら地雷だったみたいです。家族の中心であった筈の沙奈ちゃんが居なくなって、ポッカリとそこに穴が空いてしまった感じなのかな?
  想像して見るけど親になった事がないから良くわからないかも。でも沙奈ちゃんをスオウに変えれば分かる気はする。ポッカリと穴があく……それはきっと確実に私はそうなるよね。そして綾乃さん達の関係を私の周りに置き換えて見ると、スオウが居なくなったら秋徒とかと気まずくなる感じかな? 
  この空気を打破する為にはどうしたら……


「でもそれでも嫌いになったわけじゃない……ですよね?」
「それはね……うん。そうかな? 嫌いではないよ。でもね、一緒に居る時はお互いがあの子の事を思い出してると思う。お互いの目が合うとわかっちゃうんだよね。そして気まずくなって視線を逸らす。家の中でだよ。夫婦なのに、なにやってるのかなって思っちゃうわ」


  ヤバイ、どんどん空気が重たい方向に……でも本当にそんなに気まずかったのかな? っては思う。二人は私がみる限り、普通に見えてたし、ちゃんと旦那さんは綾乃さんを支えてるって感じがしてたけどな。


「二人っきりになると、やっぱりどうしても考えちゃうの。日鞠ちゃんが見てた時はほら、用事とかやる事があったから、そっちに意識を持っていけてただけよ。私達はどっちもずっと引きずってる。イヤになる位にね。
  でもこの感情が無くなる事も怖いの。私達があの子を忘れてしまったら、可哀想じゃない」


  その言葉に続く様に、カラン−−と私のコップの中の氷が転がった。やっぱりどう考えても私達はこのファミレスの雰囲気の中で浮いてるよ。最初は大丈夫そうだって思ったけど、綾乃さん相当ナイーブになってる。
  もしかしてもうすぐこの国から離れるから、色々と思い出してるのかも。そして感慨深くなってるのかもしれない。そもそもこんなに沙奈ちゃんの事を話してくれるのは始めてだもん。今までは私が聞こうとしなかったのもあるけど、自分からは言わなかったのに、今日はまるで聞いて欲しいみたいな感じがする。
  私はどう返したら良いのか思案する。するとそこに空気をぶち壊すしてくれる店員が注文の物を運んで来た。


「はいお客様、お待ったせしました!  宇治金時と富士山一番お持ちしました! どちらが何方の注文でしょうか?」


  凄いハキハキとした声で、しかも店内の隅から隅までも届きそうな気持ちいい声でそう言う店員さん。爽やかな笑顔で、テキパキとした動き。カキ氷を置く動作も無駄がない。まさに完璧。でも目が合うとウインクをかますお茶目さがあったり、なんだか仕事を楽しんでる感じだね。
  苺ちゃんももっと楽しめば仕事を覚えるのが早くなると思うんだけど、見習わせたいね。まあ、ウインクまでする必要はないけどね。


「いやーお二人とも美人ですね。美人親子ですか? 羨ましい」
「えっと私達は……」


  いきなりそんな事を言って来る店員さんに私は否定しようとする。だけどその言葉を紡ぐ前に、目の前の綾乃さんがイタズラっぽい笑みを浮かべてこう言った。


「そうですか? お嬢さんも可愛いじゃないですか。まあ家の娘ほどじゃ無いですけどね」
「あちゃちゃ〜言われちゃったな〜。全く微笑ましなぁ。ではお客様ごゆっくり」


  一礼して離れて行く店員さん。なんだかはっちゃけた子だったなぁ。普通声なんて掛けてこないよね? どうしてだろう? そう思いながら私は目の前の富士山一番に添えられてる細長いスプーンに手を伸ばす。するとスプーンと台座に紙が挟まれてるのに気付いたよ。


(なんだろ?)


  私はその紙を取って開く。まさか取り忘れ? クレーム物だよ−−って思ってたけど、どうやら確信犯だったらしい。だってその紙はゴミじゃなく手紙だったみたい。ナンパ用の。


『君と友達に成りたい。女同士を超えた付き合いをしたい! このアドレスにどうかご一報を!!』


  一体いつ書いたのこれ?  寒気が襲うんですけど。アドレスの周りにはハートが一杯……まさかさっきの店員さんはこれを渡す為に運んで来たのかも知れない。私がチラリと彼女が去って行った方を見ると、そこは私が紙を取るのを確認してた様な彼女の姿が。
  そして私の視線に気付くと、ウインクを投げかけて来る。う〜ん、彼女は本気なの? まあ同じ様な人は結構一杯周りにいるけど、ここまで積極的なのは珍しい。それもかなり手が早いし。


「もてもてね。流石日鞠ちゃん」
「う〜ん、どうして私をそういう目で見るのかちょっとわかんないですよね。異性なら普通だし、良いんですけど、同性ですよ? それに今までの子はまだ憧れって感じだったけど……あの人は私を彼女にしたさそうです」
「ふふ、確かにね」


  なんでそんなに面白そうなんですか? それにさっきは何故か私を娘扱いしてたし。


「ごめんなさい。でも日鞠ちゃんは可愛いから……娘だったらいいなって思っちゃって。こんな子に育ってくれたらって夢見たり。それぐらい魅力的よ」
「そんな……別に嫌な気はしませんでしたけど……」
「だからあのウエイトレスの子が惚れちゃうのも仕方ないって思うな。恋に理屈は関係ないでしょ?」
「それはそうですけど……」


  それでも相手は選んで欲しいよ。少なくとも子孫を残せるとか、そんな生物的な本能から逸脱しない範囲でね。


「どうするの? 返事するの?」
「しないですよ。私はそんな軽い女じゃありません。それに心に決めた人が居ますしね。彼女には悪いけど、私の気持ちは既に独占状態です」
「友達には成れそうなのに」
「友達でも身の危険を感じるんですけど……だって憧れとかじゃなく、完全に私そのものを舐めまわしてますもん。友達になったら油断したところでかぷって行かれちゃうと思う!」
「でもある意味、女同士の方が色々と良いかもよ。男と違って理解出来なくもないし」
「そうですか? ガチレズは私は理解出来ないですよ。てか、なんだか綾乃さんは私とあの子をくっつけたい? そんな風に思えるんですけど?」


  さっきからやけにあの子を押すよね? 綾乃さんが私をどうしたいのかわかんないよ。すると私の言葉に綾乃さんは緑色の氷の山を掬いながらこう言うよ。


「ふふ、そうじゃないよ。寧ろ私が日鞠ちゃんを欲しいかな」
「え? それって……どういう意味ですか?」


  ガチレズ的な意味じゃないよね? そうだったらこれからの付き合いを考え直さないと−−ってもう少ししたら遠くに行くんだったね。ある意味安心? 


「そんなに警戒しなくても大丈夫。私は性的な目で見てるわけじゃ無いから。ただ、日鞠ちゃんは娘にしたい位に可愛いなって思ってるだけよ」


 そう言って優しく微笑むその瞳に見つめられると、なんだかちょっと恥ずかしいって言うか……私はもじもじと「どうも」と答える。嬉しいけど、でもやっぱりちょっと複雑。だって綾乃さんがそう言って見てるのは私じゃ無いと思うから。きっと私を通して、沙奈ちゃんの成長した姿を見ようとしてる。さっきもそう言ってたよね。流したけど。
 

  私もスプーンを持って富士山一番に挑む。爽やかな青いシロップと雪を表した白い部分の間を食べてみる。白いのは練乳だと思ってたけど、食べてみるとなんだか違った。カルピスみたいな味だね。美味しい美味しい。周りのフルーツも冷たくて、この時期にはピッタリだね。
  でもカキ氷の宿命として頭キーンがあるんだよね。食べ続けてると、どうしてもそれは起こってしまう。久々に来るとその痛みはなかなかだね。スオウも秋徒も良くこの状態で無理して食べたね。まあさせたのは私だったけど。


  なんだか気づいたら黙々と半分位まで食べ進めてた。会話もそれなりに盛り上がったし、そろそろ言うべきなんだと思うんだけど、言い辛い事だからついつい喉を潤す為に腕が動いちゃうんだよね。綾乃さんもさっきから、宇治金時に夢中だし……ううん、きっと待っててくれてる……そんな気がする。
  だって呼び出したのは私だもん。話がある事は分かってる。だから待っててくれてるんだよね。私は結構溶けてごちゃごちゃになって来た富士山一番を見つめて思う。


(いつまでも決断出来ないなんて私らしくないよね。これは絶対に綾乃さん達の為になる事だもん。迷う必要なんてない)


  青い氷と白い氷……それらが混ざってるとなんだか雲海みたいに見える。天国に続く空……は縁起でもないね。きっとLROの空も、こっちの空も見上げたら同じだと思おう。繋がってる空だから、会いにいける。もう一度、たった一度だけでも、それを実現させたいから。私は逃げ場をなくす為に、残りの氷を一気に口に掻き込むよ。


「んんーーー!!」


  ドシドシと机を叩きまくる。頭が割れる! そんな痛みが襲ってます。


「大丈夫? そんなに急がなくて良いのに。私はこの時間をもう少し堪能したいな」


 そう言いながら白玉を口に運ぶ綾乃さん。私もただお喋りするだけなら、いつまでだってこうしてても良い。でも、伝えなきゃいけない。お願いしなきゃいけないの。私は額を机につけたまま、少しだけその冷んやりとした感触に身を委ねてから顔を上げる。


「綾乃さん、これから私が言う事……信じれないかも知れないけど、最後まで聞いてくれますか?」
「……それが今日私を呼んだ理由なんだね。でも喋る前にそれを言われてもわからないよ。けど、日鞠ちゃんの頼みなら、善処するわ」
「ありがとうございます」


  私は息を整えて自分がスオウから聞いた事を話す。さんさんと輝く日差しが大きな窓を真っ白に照らしてる。綾乃さんの持ってたスプーンが音を鳴らしてテーブルに落ちて、緑色の雫が飛ぶ。だけど彼女はそんなのに気を取られずに私を見てる。凝視してる。唇が僅かに震えてる。
 冷んやりとした冷房の風のせいじゃない。続ける私の言葉のせい。蝉が何処かからファミレスの窓にぶつかって来た。その瞬間、たがが外れた様に綾乃さんが私にテーブルを乗り越えて掴みかかって来る。
  飛び散る涙と、振り回される髪。カキ氷が器と共に弾き飛ばされて、床に飛散した。突如店内に響く大きな音と彼女の声に周りが騒然とする。店員さんも一杯出て来て、私から綾乃さんを放す。だけどその間も彼女の声は止まらなかった。私の腕や顔には引っかき傷が出来てた。
  でも彼女の触れちゃいけない部分に触れたと思ってる私は覚悟の上だったよ。店員さんに抑えられてる綾乃さんはポロポロと涙を流して床を鳴らしてる。周りの人達もどっちが悪いとかそんなのわかんない空気だ。
  

「これ以上私達を苦しめないで」


 そう紡ぐ綾乃さんの姿は痛々しい。でも私は引くわけにはいかない。佐々木さんから受け取った荷物を綾乃さんの前に置く。


「私はスオウが嘘を言うなんて思わない。きっと沙奈ちゃんは居ます。だから、会いに行ってください。道はきっとスオウが作ってくれるから」


 もう綾乃さんはいきなり襲って来る事はなかった。ただその物を見つめて、何かと戦ってるみたいだった。それから落ち着くまで私達はお店の事務所の方に移されました。お店を出たのは日が傾き出した時間帯。
  綾乃さんはリーフィアを持って行ってくれた。黄昏に消える背中を見つめながら、私はこう思う。


(これで約束は果たしたよスオウ)

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