命改変プログラム

ファーストなサイコロ

心を言葉にする勇気

  自分の弱々しい風をクリエの方から吹いて来る風に絡める。ゆっくりと優しく焦らずに、根気強くその風を掴むんだ。強引に巻き込むんじゃ無く、絡めて手繰り寄せる様に。するとその風を通して聞こえて来るクリエの声。


【スオウのバカ! どうして……どうしてクリエのお願い聞いてくれないの!!】


 頭に響くそれは何なのかよくわからない。クリエの心がその風に乗ってるのかも知れない。


(ごめん……)


 僕は心の中でそう言った。するとその時、強引に絡めてた部分が弾かれる。それはまるで拒絶されたみたいな反応。だけどそれはただの風の筈。クリエが操ってるなんて思えない。でもそう感じた。僕はもう一度チャレンジするよ。テトラの攻撃は既にいつ放たれてもおかしくない。
 集中したい所だけど、後少しだけその時を遅らせないと……


「確かに……僕は自分が限界だって気付いてる。自分の身体なんだ……当然だろ?」
「ようやく喋ったか。だがまさに虫の息だな。辞世の句は読めたか?」


 辞世の句って……まあ冗談じゃないな。この状況には相応しいのかも。テトラはこれで終わらせる気だ。そしてそれを回避する術は、こいつにだって無いんだろう。全てを滅茶苦茶にして終わらせるって手ももしかしたらあるかもだけど、ここでそんな事して僕の命を見逃すメリットなんか、こいつにはない。
 だって僕は、きっとまた立ち塞がるから……当然だな。でもここで辞世の句を読んだら終わりだ。風を束ねて、何が出来るか……それがテトラに通用するかなんてわかんないけど、いまはこれしかない。これしか出来ないから、これに掛ける。
 その時間を後少しだけ。長い句でも読むか? だけどそんなに頭回らない。意識の殆どは自分の風を操るのに使ってる。何か単純に興味を引けるものはないだろうか? そこでふと思い出すよ。僕に興味が出て来たとか言ってたな。それであの質問にまだ答えてなかった。
 少しでも会話を繋げれば……イケるかな?


「それはまだだけど……なあテトラ。お前は僕が誰かの為にここまで出来るのっておかしいって言ったよな? 」
「そうだな。お前達の誰かの為には本質的には自分の為にだろ? どこかで必ず躊躇う、躊躇する、向きを変える事はある筈だ。それはリスクや報酬との兼ね合いだろ? 今お前がやってる事はリスクが高く、そして何よりもお前は何を得る?
 ハッキリいえば何も無い。あの子供を助けてお前が得る物は名誉でも力でもましてや金でも無い。きっとそれは得たとしても形にも周りにも伝わらない、満足感だけだ。お前の自己満足。お前……Mだろ?」


 途中までふむふむとまさにその通りだなって思ってたけど、なんだよ最後にMって。急に言葉が軽くなったわ。僕は残念でならないっての。Mとか……もっと重い言葉使って欲しい。


「Mって−−別に好き好んで困難なんか選んでる気はないっての。ただ僕は、誰かが見てる夢や希望、目標とか……そのいうのが羨ましい。僕は現状で満足する様な奴だから……誰かのそういう物って凄く感心するんだ。
 そして出来れば、叶えて欲しいって思う。棄てないで欲しいと勝手に願う。一緒にその喜びを分かち合いたいとかじゃ別に無くて……僕はただ、夢や願いが叶う姿を見たい。世界はそういう願いが叶う場所であって欲しい。その人に……とっては」


 僕は言葉を紡ぎながら、少しずつ再び風を絡めてた。するとテトラの声とは違う声が頭に響く。


【クリエのお願いの為に、スオウが死ぬのは嫌なの。クリエのお願いの中に、スオウが死なないでって事も入ってるんだよ! だからもうやめて……やめて欲しいけど、クリエじゃテトラは止められない。折角約束したのに、クリエの約束はいつだって破れちゃうよ。
 シスターはずっと一緒に居てくれるって言ったのに! スオウだって死なないって言ったのに! それにシャナだってもう……約束は守る為にあるんだよ!!】


 頭に響く声に怒られた。そして再びその風から拒絶される様に弾かれる。またか……でもあの風はクリエの思いを運んで来てくれてる。このまま繋がれないままで垂れ流しになんか出来ないよな。


「 夢や願いそういう物は叶う方が稀だスオウ。それこそそれを勝ち取るのはあのローレが言った様に勝者と呼ばれる者ぐらい。淘汰されて夢半ばで諦める、そんな奴が世界の大半だ。どんなに願おうと世界のバランスはそうやって保たれてる」
「確かに……そんなの知ってる」


 夢や願いを叶える事は途方も無く難しい。最初の方はきっと誰もが漠然と夢を持つ。だけど成長するに気づくだろう。その道のりがどれだけ過酷なのかって。でも、僕は世界の大半の人が夢を諦めたままで生きてるなんて思ってない。
 まあ昔は僕だって結構テトラと近い感じっていうか、もっと酷い事を思ってた。でもさ、教えてくれた奴が居る。小さい頃に夢や希望を否定してた僕にあいつはこう言ったんだ。


「けど世界はそんな酷く無い。そして人だって、そんなに弱くなんか無いんだよ。確かに僕達みたいな一般庶民で弱者は……ローレが言う取捨選択を常に迫られてるのかもしれない。その中で取れる物はこの両腕で抱え来れる程度かも知れない。
 でも……きっと世界の誰もが、そんな腕の中に本当に大切な物を抱えてるって僕は思う。たったそれだけ……じゃない。腕に抱え来れるだけの大切な物を……それこそそんな夢を望みを、誰もが掴み損ねず勝ち取ってる。
 それが……世界だろ?」


 僕の言葉にテトラは一瞬、瞳を閉じて考える。その時間は本当に一瞬で、時間稼ぎになんか全然ならないけど、言葉を紡ぐと同時に、僕は風を伸ばしてる。もう一度……


「誰もが夢を叶えてる……お前はそう言いたいのか? 最初に夢見た事は叶わなくても、誰もが願いを叶えて生きてると」
「そうだな……誰もが不幸だけを……無念だけを背負って生きてなんかいないだろ」
「なら、あの子供もそうすれば良い」
「それは……チャンスが続けば……だろ。生き続ける事が出来れば、幸せになるチャンスは、そう感じる瞬間はきっと訪れる。けど……お前はそんなクリエの先まで奪うわけだろ。例えそれが、クリエの存在理由なのだとしても、不幸だけを抱えて死なせるなんか出来ない。
 それにさ、クリエの願いのチャンスは今しかないって思うんだ。お前も言った様に……このタイミングは特別なんだよ。だからこそ、譲れない。神ならもう数千年位、待ってろ」


 僕は結構無茶な事を言ってる。てか、劣勢な奴が言う事じゃ無いよな。だけどそれでも続かせる為には仕方ない。それにこの程度なら、テトラは笑って流すだろ。今までの経験からなんとなくだけどそう思う。
 するとテトラは、遠くの空を見つめる様にしてこう紡ぐ。


「数千年……それは一言で済ませるには長過ぎる時だ。もう十分なんだよ。十分、俺は一人で過ごした。だからこのタイミングを逃す気はない」


 譲る気はないか。当然か。邪神にしては色々と寛大なテトラだけど、自分の願いにだけは貪欲だもんな。


「お前があの子供の願いのタイミングが今しかないと言うのは、あの迷い込んでた幽霊のせいか?」
「サナの事……知ってたのか?」


 意外だな。いや、神だし当然なのか? でも一体どうやって?


「思い返してみれば簡単だった。あの幽霊が俺のこの目を誤魔化してたんだ。あの子供の特殊な存在を俺の目から隠してた正体は奴だ」


 まさかそんな事をやってたとは、実は色々と裏でやってくれてるんだよなサナって。聖獣との戦闘の時だって助けて貰ったし、リアルに戻る時も……実はずっと僕達を守ってくれてた存在なんだ。そして誰にも気づかれずにクリエをずっと護って支えてたのも……だからこそクリエはそんなサナに感謝を示す意味でも月へ……その願いを思い描いたんじゃないのだろうか。


「サナの奴には僕も……感謝してもしきれない位だからな。流石としか言いようがない」
「だが、もうそろそろだ。世界の変容は始まってる。まあそれがなくてもいつまでも負荷を掛け続ける存在をマザーが放っておく訳もない。この大規模な変容と共に、一斉に排除されるだろうな。いや、そもそももうあの子供から奴の存在は感じ得ないがな」


 ピクッと僕は反応する。サナは、あの時僕をリアルに戻す為にその存在を……いや完全に消えたなんて訳ない。約束したんだ。待ってろって……だから僕は迎えにいかなくちゃ行けない。やる事はまだまある。


【もうだめなんだよ。クリエと関わっちゃいけないの。そうしないとみんな不幸に成っちゃう!】


 悲しい叫びが風を通して伝わって来る。再び解かれそうになる……だけど今度はそんな事させない! 


(不幸になんて……成ってない。思ってもねーよ。勝手に勘違いするなバカ)
【え?】


 僕が思った言葉に不思議そうな声が返って来る。やっぱりこの風同士でやり取りが出来るのか。僅かに興味を持ってくれた様な反応のせいなのか、これまで何度も弾かれて拒絶されたのに今度はそれが無い。


【このままじゃ死んじゃうよ。それでも不幸じゃ無いなんて言えるの?】


 風を通して伝わってくる思いの言葉。クリエの苦悩が僕には伝わってるんだと思う。そしてそれを与えてるのは、ローレやテトラじゃ無い……僕なんだ。それなら僕がどうにかしないとだろ。だけど今の僕が虫の息なのは誰も見ても明らかで、ここで「大丈夫」とかの言葉はきっと強がりにも聞こえないだろう。
 今の僕に何を伝える事が出来るだろう? せめてこの悲しい風をもう少しだけ暖かくして上げたいけど、それも難しいかも知れない。でもただ……僕は僕が抱える本心を言うしか無い。強がりも、ハッタリも、通用しない今と成っては、ただそれだけがクリエに明かせる事だから。
 僕は怯えてるその風に自分の風を絡ませ続ける。そして手繰り寄せるんだ。伝える為に。


(死ぬのは嫌だけど……クリエに出会った事は不幸じゃ無い。それは絶対だ)
【でも……クリエのせいで殺されちゃうんだよ】
(それは僕が弱いから。お前のせいじゃない。だからこのままここで僕が死んでも、気にするな−−は無理だよな)
【当たり前だよ!!】


 その瞬間、絡めてた風を解いて、こちらに吹き荒れる悲しい風。それはやっぱりそんなの聞きたく無かったとでも言う様な、そんな風だった。この時期には珍しい、冷たい風。


「風?」


 そうつぶやいたのはテトラ。こいつもこの風を感じ取ったのか。自分の放とうとしてる力の余波で出来た風じゃ無い−−とでも気づいたのかも知れない。まあ、そもそも反対側から吹いて来てるんだから、当然なんだけど……テトラの奴は風の吹いて来た先のクリエを見てる。
 

「確かにサナはもうクリエの側にはいない。でも……消えたわけじゃ無い。きっとこの世界の何処かにまだ……」
「もしかしたらお前も、ここで死んだら仲間入り出来るのかも知れないな」


 なんて嫌な事を言いやがる。でも確かにその可能性はあるかも知れない。LROには沢山の霊が居るみたいだからな。ここで死ねば僕もその一員になるのかも。でもそう成ったら、僕はもうサナに会えないよ。
 迎えに行った時に、その存在が同じに成ってたら、きっとサナも悲しむだろう。その力を使って僕をリアルに戻してくれたのに、そんな有様になった僕なんて、きっと見たくないと思うんだ。僕はクリエだけじゃなく、サナも悲しませる事になる。


「そう言えば聞いてなかったな。最後にこれだけ聞かせろスオウ」


 改めてそう言って来たテトラ。一体なんなんだろう。最後って付けたって事は、この後にその腕に収束した力が降り注ぐ訳か。流石にこれ以上話す話題もないし、しょうがないのかも。雑談とか、そんなのを話す雰囲気じゃ無いからな。
 本当にここまでかも知れない。呆気なく僕の最後はゲームオーバーなのかも。やり直しが出来ないゲームオーバー。クリエから吹く風も今ので拡散して行ったし、今ここを支配してる風はテトラの力の影響を受けてるのが殆ど。
 次々と僕の伸ばす風を弾きやがる。てか絡ませる気なんて無い風だ。僅かに希望を持ってやってた事も打ち止めか。僕は弱々しい声を出す。


「なんだよ?」


 それ以上声がでない。余計な事をもっといえば、数秒位は長く生きられるかも知れないのに、もう言葉さえ出て来てくれないよ。周りにどれだけの人達が居ようと、今の僕はたった一人。流石にたった一人でこの場を乗り切れる策は無い。
 自分から決闘にして置いてなんだけど……システムさえも、僕を捕らえてる。悪足掻きは諦め様じゃないか。自分で選んでこう成った。なら受け入れて、後は正々堂々と……それしか無いと思う。僕がそう心で決めると、テトラはその最後の質問を紡ぐ。


「お前はこの世界の誰もが幸せをちゃんと掴んでる。そう言ったな。あの子供はこの際別にして、もう一人確実に不幸になる奴が居る。−−−−−−お前はもうすぐ死ぬ。やり遂げられず、誰も救えず。そんなお前でも幸せだったと言って逝けるのか?
 お前はここで死んでも幸せか?」


 誰かが躓いた石ころが石畳の地面を転がる音が聞こえる。モンスターが覆う空の隙間から、いつもよりも速く流れる雲が見えてた。身体中の傷から流れ出る血の痛み……止まらないクリエの涙の粒の煌めき。誰かが飲み込む喉を鳴らす音に、大量に居るからこそ、擦れ合う武器や防具の接触音。
 自分が倒れ伏すこの地面も、戦闘で掘り返されたせいか、よく見たら小さな虫の姿が。それに鮮やかに彩ってた花に青々しい葉の欠片。
 息づいた世界がこのLROだ。


(幸せか……か)


 今の僕にそれを聞いて、テトラはどうしたいんだろうか? 幸せと言った奴を殺せる事に至上の喜びを感じるとかか? それとも不幸と言わせて満足したいのか? どちらにしても、なかなかに邪神らしいじゃないか。
 でも本当の所はどう言って欲しいのか? こいつがただ外道みたいな考えでそう言ってるとはやっぱり思えないんだよな。テトラの奴はやっぱりよくわからない。そして正直、ここで死んで幸せなんて言えるか? 何もやり遂げず、誰の事も助けられないで逝って、僕は幸せか? 
 正直、これで幸せなんて言えない。言えるわけない。今の僕が、何も救えなかった僕が、幸せだと笑って逝って言いとも思えない。でも、後悔だけで全てを否定する事はどこか違う。僕は自分の言葉を否定する事になる。ここで死んでも幸せか? はある意味深いな……何を持って幸せって言えば……不幸と言えばいい? 
 でも不幸だったなんて……それはそれで口に出来る事でもない。


「なんで……そんな事?」
「俺は知らないからな。そして納得も出来ない。世界が幸せで溢れてるなんてな。だから証明してみせろ。最後にお前はどんな幸せを掴み取る? どうせ殺すのなら、笑って逝けよスオウ。見飽きた顔など見せるなよ」


 見飽きた顔ね。それはきっと人が絶望とか恐怖に怯えるものなのかな? 証明……それをするとこいつは満足出来るのか? よくわかんないけど、僕が紡げる言葉はこれしか無い。最後の最後に、自分を否定する事は言えないからな。
 僕は瞳を閉じる。すると思い出が溢れる様に今までのLROでの記憶が蘇っては消えて行く。これはまさか世に言う走馬灯? 随分とタイミングが良い走馬灯だ。


(でも……これだけじゃ無い)


 LROだけじゃ足りないだろ。ここで終わりが来るのなら、僕のたった十六年の人生全部を引っ括めて考えないとな。【幸せ】か【不幸】だったか。クリエの涙を流す声が、いつかの誰かと重なる様だった。映像は真っ暗で、そんな泣き声も次第に枯れてく。真っ暗な中で見えるのは、自分の小さな足元だけ。
 すると前に別の足が現れる。赤いリボンのアクセントの靴。強引につながれた手は、その瞬間に自分にも見える様になった。そいつの言葉だけは、何故か耳が機能してイヤって程に頭に響いてた。引っ張られて強引に走らせられると、そいつの足元から世界が広がって行く。
 踏みしめると地面があって、風景が広がってく。足を止めると鼓動が速く成ってて心臓が動いてる事を知った。指さされた空にはその時、虹が掛かってた。空が青くて広い事を改めて知って、その時吹いた風は今は当たり前の匂いを届けてくれた。


(そうだ……)


 僕は必死に力を込めて、俯きに倒れてた身体をひっくり返す。ゴロンと転がって見える空は、とても綺麗なんて言えない、禍々しい空だ。あの時の空とは全然違うな。だけど……何度同じ空を今日まで見て来ただろう。
 無責任かも知れないし、怒られるかも知れない……でも僕はこう言える。大きく息を吸って、ひと呼吸置いて……


「幸せだった。僕は確かに幸せだったよテトラ。このままここで死んでも、僕の答えはきっと変わらない。無念も後悔もありまくるし、無責任に死ぬ事を喜びもしないけど……僕の人生はここで死んでも幸せだった」
「本当に、そんな事を言ってるのか?」


 信じられない。そんな感じだな。寧ろ気に入らないみたいな……じゃあなんで聞いたんだよ。これはちゃんとした僕の本音だ。


「ああ、本当だとも。僕はもうずっと幸せだったんだよ。だから、僕は自分自身の人生に後悔なんてない。僕は一番大切な物をちゃんと掴み取ってたからな。僕はきっと昔の自分と重ねてた部分がセツリやクリエにはあった。
 自分が救われた様に、救ってやりたかった。でも僕は結局アイツの様には出来ない。それが心残りで後悔だ。僕自身は幸せだったって言えるけど……僕は誰かを幸せにしてやりたかった。それが世界だろテトラ」


 巡り巡るなら、僕は誰かを救わないといけない。そんな義務は勿論どこにもないしそんな押し付けはリアルでは全然やらなかった。でもここに来て、それは変わったよ。リアルでは他人の不幸に関わる事自体が稀なわけだし、そう言うのは大抵見せない様にする。誰かと深くかかわれる……そんな事は滅多に無い。
 でもLROは基本クエストと言う人助けをするわけだ。それだけでも誰かを救える気になれたかも知れない……でも始まって見ると、そんな生易しい物が待ってたわけじゃ無かった。そこに居たのは仮想世界に囚われた少女と友達の願いを叶えて上げたいと本気で願う小さな子。
 何かが出来るのなら、救われた自分がやらないわけにはいかない。出来るかどうかよりも、やってやりたかった。


「お前は【幸せだった】じゃなく【幸せを巡らせたかった】のか」


 ポツリとそうつぶやいたテトラ。気のせいか少しだけ顔がほころんでる様な? 


「確かにセカ−−」
「スオウのバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 テトラの言葉を飲み込んで吹き荒れるはクリエのそんな叫び。その場の誰もが驚いて、小さなクリエを見つめる。ビリビリと空気を震わせたそんな声。流石に仰向けでは見辛かったから、身体をひっくり返そう……としたけど限界だった。無理。僕は空を見つめてその声に耳を澄ませる。


「スオウはバカだよ! 幸せなら、生きなきゃ駄目なの! 死んじゃったらその幸せも終わっちゃう……だからクリエなんて……」
「言っただろ? クリエと出会えた事を後悔なんて思ってない。出会えた事も幸せの一部だよ。僕が後悔してるのは、お前を幸せに出来なかった事だ。最後に見せたかったのは、こんな空じゃなくて……もっと綺麗な空が良かったのにな」


 本当に不気味な空だ。気持ち悪すぎて感慨にもふけれない。


「空なんていいよ……クリエだって知ってる。高くて綺麗な空……おっきな雲がある空……赤い空に金色の空。それにお星様でいっぱいの空……クリエだってただ不幸だった訳じゃない!! 優しかった人はいっぱい居た。スオウだって……そうだったよ」


 涙混じりのせいか、聞き取りづらい所もあるけど、その気持ちは十分過ぎる程に伝わって来る。最後の、搾りかす程度の力……その使い所が今わかったかも知れない。僕は片側のセラ・シルフィングに最後の力を集中させる。


「幸せだったって言えるのか?」
「勿論だよ!! クリエは幸せを感じてた! だからなくしたくないって……思ったんだもん!!」


 そうだよな。大切だから、そう思えたから、自分を犠牲に出来るんだ。僕は「ははっ」と笑って、その後にこう叫ぶ。


「それなら! 」


 そして最後の最後、本当に打ち止めの力で刀身に集めたウネリを真上に放つ。どうせテトラに向けても意味の無い力だ。なら、こういう使い方も有りだろ? 大きな声を上げた事で直ぐに咳が出る。そして剣の重さを支えきれなく成った手はセラ・シルフィングをとりこぼして、地面に落とす。腕も上げたままじゃいられなかった。
 だけど最後の風のウネリは空へと真っ直ぐに昇る。自分たちに向かって来たウネリに思わず道を開けるモンスター。そして厚い雲へと到達したウネリはその雲に僅かに真の風穴を開ける。そこから見えるのは青い空。
 そして差し込む光。そんな光の温かさを感じながら、僕はクリエに向けてこう言うよ。


「生きないといけないよな。幸せな奴は死んじゃいけないんだろ? 言っとくけど、お前に見せたい空は今までのよりも、ましてやこんな小さな空じゃ無い」
「でも……クリエは」
「でもじゃない。お前は……この世界からいなくなりたいのか?」
「……っ!! そんな訳無い!! ずっとここに居たいよ! もっともっと楽しい事いっぱいしたい!! でもクリエが言う事きかないとスオウが‼ スオウに……死んで欲しくなんかない」
「僕は……お前に諦めて欲しく無い。そして僕だって……死にたくなんかないよ。どうして、こんな時だけ聞き分け良いんだよ。思いっきり本音を言えよクリエ!!」


 僕も叫ぶ。クリエもわけわからなくて叫んでたけど、僕ももう声をあげる事しか出来ないから、叫んだ。だって……聞きたいんだその言葉を。本当の思いを‼


「死にたくないよ! 生きて居たいよ! 一人になるなんて……もう嫌だ。繋がっていたい。ずっとみんなと居たいよぉ……」


 クリエがそう言ってワンワンと泣く。雲に空いてた穴が閉じていく。一筋の光はなくなった。だけど、その言葉は、その本当の思いは、僕達にとって光だったんだ。


「クリエちゃん!!」


 そう言ってクリエを抱きしめるのはシルクちゃんだ。彼女もぼたぼたと涙を垂らしてた。いや、今やそれは僕達の仲間内だけじゃ無い。クリエの涙に貰い泣きしてるのは結構居る。僕だって、なんだか視界が霞む。


「僕もまだまだみんなと……お前と一緒に居たい。これで終わりになんかしたく無い!」
「素晴らしいな。だが、無理だ。俺は諦めない。再び数千年を待つのはごめんだからな!!」


 大きく膨れ上がる黒い光。その瞬間にクリエが「やめてえええええええええええええ!!」と叫ぶ。するとクリエの身体から黒い光が迸った。そしてシルクちゃんの腕の中からはじき出されたクリエは地面に落ちる。一体何が?


「契約違反だな。明確にあの子供がそう思ったからこそ、契約が発動された。だが心配するな、あいつはそもそも俺の力も持ってる。だからあの程度なのだろ」


 クリエの身体からは煙が上がってる。それをあの程度……だと? 僕はきつい瞳をテトラに向ける。


「まだそんな目が出来るか。だが終わりだスオウ。お前には随分と楽しませてもらったよ」


 終わり……その瞬間が来た。結局何も出来ないままここで……するとその時、後ろでクリエを介抱してたシルクちゃんの声で異変を知る。


「クリエちゃん! クリエちゃん!! クリ…………エちゃん?」


 その時後ろから輝く光と肌を撫でる風が吹いた。そしてその風からこんな声が聞こえる。


【死にたくなんかないの……死んで欲しくなんかない……でも! どうしていいかわかんないよ】


 それはクリエの気持ち? 風に乗って気絶してるはずのクリエの思いが伝わって来る。僕はそよぐ風を掴まえてこの気持ちを伝える。


(僕達の思いは一緒だ。受け入れるだけじゃ誰も幸せになんか成らない。それなら抗うしかない)
【でも、相手は神だよ。世界だよ……】
(いけるさ。今度は二人で戦おう。お前の中には世界を相手どれる力がある)
【でもクリエ……力の使い方なんて知らないよ。スオウの役になんか立てない。だからクリエは自分を……】
(自分を犠牲に出来る覚悟があるのなら、神の力の二つ位どうにでもなるさきっと。それはお前の力なんだからな。クリエ……僕の事を受け入れてくれ。そして一緒に、生きるんだ‼」
【…………………………うん‼】


 今までの弾かれて来た風が、その瞬間硬く繋がっていく。だけど黒い光はその繋がりを待ってはくれない。


「何をしてるか知らんが! 消えろスオウオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 黒い光の本流がノンセルス1に輝く。怒号と轟音が響き渡り、僕はそんな凶暴で凶悪な光に呑まれた。

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