命改変プログラム

ファーストなサイコロ

拒めない選択

 世界が食われた気がした。いや、邪神テトラと言う圧倒的存在に、確かにこの場の誰もがきっと食われたんだ。背に背負う幾万のモンスターの大群や、山を超える程の巨大なモンスターとか実は関係なく、たった一人の僕達と同じ姿をしたその神に僕達は圧倒されてる。
 あれが神……今この瞬間に立ち会った人達の中で、一体誰がそれを疑うだろうか。誰もがテトラを見上げて思ってるだろう。あれがこの世界を形作ったとされる創成の神の一人だと。




 まあだけど……ありがたくはきっとない。奴が与えるのはその肩書きの通り、畏怖と恐怖、そして諸々の痛みなんだろう。それをあいつは躊躇わない。そう感じる。


「まさか私達の行動で、あの軍勢がその国へって事ですか?」
「そうだろうねきっと。天罰だけじゃ、奴は満足なんかしない様だ。邪魔な物は徹底的に破壊し尽くす……その宣言を奴はしたんだ」
「はは……さすが邪神だな。スケールが違う。確かにそこまで思い入れも無いが、あの軍勢がこっちの故郷に攻め入るとなると、良い気がしないな。あの爺さんだけが罰を受けるならまだしも……流石にこれは……」


 シルクちゃんにテッケンさん、それに鍛冶屋が今の神託を聞いて、そんな事を言ってた。これは……どう考えてもヤバイな。そう思ってると、どうやらまだテトラの言葉は終わってなかった。


「どうする代表達。今一度選んで良いんだぞ。この俺とこの軍勢を相手どるか、それとも不可侵を約束するかだ。そしてお前達も知っての通り、俺の望みにこの世界へのリスクはない。だが物好きが居るのなら、果てしないリスクを取るのも良いのかも知れないぞ。
 もしかしたら、そこの女狐みたく、果てしない物が手に入るかも知れん。まあ、生き残れればの話だが」


 なんて無茶を言ってるんだ。生き残れるかあんなの! まあ同じ位の軍勢をなんとか凌いだ身だけど、流石に二度目は無いと思ってる。てか、こいつらはきっと暗黒大陸のモンスターなんだよな。もしかしたらアルテミナスを襲って来たアンデット系の奴らよりも厄介かも知れない。
 あいつらは普通の攻撃じゃ死ななかったけど、回復魔法や、光属性の攻撃にはめっぽう弱い弱点があった。そのおかげで、カーテナの光の力で最後は逆転出来たんだもんな。でも助かったわけだけど、あれは正直勝ってはいない。
 シクラ達は目的を達して、去って行っただけなんだ。あの姉妹が加わって戦闘してたら、幾らカーテナが強くなってたからって、勝てたとは正直思えない。そして邪神の軍団はシクラとは目的があきらかに違って明確。
 シクラは別にアルテミナスを潰すとかじゃなく、利用してただけ、だけどこの軍勢は邪神の言葉一つで明確にその国を潰す。まさにそれだけの為に行軍するんだ。それはきっと途中で止まる……なんて事はきっとない。淡い希望なんてすべてあのモンスター共の腹の中にでも飲み込まれてしまうだろう。
 それが明確にわかってしまってる。


「くはっは、面白い」


 ざわめきの中でかすかに聞こえたそんな声。面白い? この状況をそんな風に捉える奴がいるのか? 僕は自分の耳を疑うよ。だけどそう言った奴は確かにいた。それは人の国の代表のおっさんだ。何を考えてるんだ一体?


「なあ邪神よ、それならば俺達には三つの選択肢があると言う事か。このままお前と星の御子の言う事に従う道と、それを蹴って徹底抗戦を行う道」
「そうだな。だが後一つはなんだ?」


 確かに、このおっさんはさっき三つと言った。。でもまだ二つしか出てないぞ。


「代表! 答えは決まってます。こんな奴らを相手にしては--」
「黙ってろ。俺の決めゼリフを遮るんじゃねーよ。それに安心しろよ。別にこの化物軍団を相手どろうなんて思ってねぇ」


 おっさんに進言したのは、怪しい感じの側近じゃなく、なんだか胸元にいっぱい勲章を付けてるイケメンな感じのお兄さん。てか代表って僕が勝手にそう呼んでただけじゃなく、標準なのか? それにしてもあのイケメンなお兄さんの方がまともそうなのに……何故にあのおっさんなんだろう? あの人は気苦労が耐えなさそうだ。


「俺達に楯突く気がないのなら、おとなしくしてるだけで良いはずだが?」


 テトラは高い所から僕達を見下ろしながらそう言う。でも確かにあいつの言うとおり、逆らう気がないのなら、残る選択肢は一つだけのはずだ。


「まあこれはお前達との条件を飲むと言う事を示す、こちら側の策ってだけだな。だが俺たちにしては大きい事だ」
「どういう事だ?」
「つまりは俺達代表が決めてもそれに従えない、従わない奴らはどうやったって出てくるって事だ。だがそいつ等が邪魔した事までもお前は国の責任にする。それなら……って話だよ」


 それなら……それならどうするって言うんだ? 僕もだけど、その言葉を発してるのが人の代表である以上、シルクちゃんも興味津々だ。


「それならどうする? 大切なことだ。捨ておくなら、黙認だぞ。許した事と同じだ、俺はそう言った筈だ」
「そうだな。だからそれなら、そいつ等はあんたの手を煩わせない様にすれば良いんだろ? 」
「それはつまり、自分達で同胞を始末すると……そう言う事か?」
「そう言う事になるな。しょうがないがそれしかない。それにそこまですれば、お前も俺たちがどっち側かわかってくれるだろう? 俺達は同胞の替わりに安全を得られて、お前は余計な手間をかけずに済む」
「確かにな。それなら、殺すか? そこの銀髪の少女を。示す為にならそれが必要だ」


 名指しされたシルクちゃんはビクッと震える。そして肩に居るピクが周りに向かって羽を大きく広げて警戒した声を出す。不穏な空気を感じ取ったか、そもそも頭良いから、今の会話がわかったのかも知れないな。
 するとおっさんはシルクちゃんを見て今一度こう言うよ。


「戻って来いシルク。俺は本気だ。お前は自分のワガママで故郷を滅ぼせるような奴じゃない」
「私は……」
「お前の行動で、俺達が築いて来た全てが失われるんだぞ。それにどの道、あの小僧は助からない。お前が拒むのなら、俺達が全力であの小僧を倒す」
「なっ!? どうしてスオウ君を!」
「何故? それは簡単な選択だ。お前は貴重だし、良い関係を築いておきたい相手だ。壊すには惜しい。確かに今俺は、手に負えない奴らはこっちが責任もって始末すると言った。あいつは別に俺たちの国の一員には幸いいれて貰ってない様だが、つまりはお前達はあいつの意思に動かされてる。
 それなら元凶を叩くのも策の内だ。どうする? 先に言っとくがお前は殺さない。お前が来なければあの小僧を殺す。それで俺達は助かるんだ。同胞を見捨てない、素晴らしい選択だろ?」


 その瞬間、バッとシルクちゃんがこちらを見る。なんだかその顔は、もうどうして良いかわかんないって顔だった。何か言いたいのに、何を言えば良いかもわからなくて、ただ口が空虚にパクパクしてて、その瞳からは涙が流れてる。
 素晴らしい選択……なのかもな。あいつ等にとって悪者は僕一人だ。みんなは僕に協力してくれてるだけ。そうしたい。


「確かに、国思いな答えの出し方も知れないな」


 テトラの奴もそう言ってこちらをみてる。まるで「どうする?」って問うてるみたいな顔。すると今度は別方向から、こんな声が聞こえた。


「成る程、確かにそれは手っ取り早い手じゃ。ムカつく小僧が良い事を言うでは無いか」


 そう言ってるのはスレイプルのジジイ。あいつも狙いを僕に変えたみたいだ。僕を標的にすれば、誰もが離れざる得ないと悟ったか。僕を殺せば、目的は希薄になる。それにこれだけの戦力を誰も敵に回したくなんか無いだろうし、シルクちゃんも鍛冶屋も、同胞とはきっと戦い辛いだろう。
 それに彼らは別に犯罪者とかじゃなく、それは寧ろこちら側。彼等は自分達の国の為に、必死で僕を殺そうとするだけだ。


「そんなの間違ってます!! スオウくんはたった一つの命しかないんですよ! 彼を殺すって事は本当の意味で命を奪うって事です! その意味をもう一度考えて−−」
「考えてどうする? もしも本当に死んでも、それを裁く法律は存在しない。こことリアル、その繋がりが死へと直結する因果関係は証明し得ない事だ」
「裁かれなくたって、その事実は残ります。死を背負うって事がどんなに辛いか……それは裁かれなくても、誰に咎められなくたって重くのし掛かる事の筈です」


 シルクちゃんは本当に必死にそう言ってくれてる。惚れちゃうくらいに優しい子だ。だけどそれだけ訴えても、おっさんはブレない。


「それなら覚悟をもって俺が殺してやるよ。誰にも俺の国民にはそんな責任を負わせはしない。俺が代表として、そいつの死を背負おう。それで文句無いだろ」
「文句とかそんなんじゃ……どうしてスオウくんなの……私を……私を殺せば−−」
「それ以上はもう良いよ。シルクちゃんの気持ちは十分受け取ったから」


 僕はシルクちゃんの肩に手を置きそう言った。私を殺せば……その先を言わせたくなかった。


「スオウ君……ダメだよ。このままじゃ……」
「このままじゃ、シルクちゃんはあの国へ帰れなくなるよ。そんなのダメだ。シルクちゃんは優しいから、何も切り捨てる事なんかできない。僕だって、何も捨てて欲しくなんかない。それならシルクちゃんは向こうに行くべきだ」
「そんな! そんな事したら、スオウ君が!」


 そう言って来るシルクちゃんに反応する様にピクが泣き喚く。まるでシルクちゃんの替わりに鳴いてるみたい。いや、そう思うのはおごり過ぎかな。でも優しいこの子ならってさ……でもだからこそなんだ。


「シルクちゃん……僕は君が向こうにいったって、それを裏切りだなんて思わない。罵倒もしないし、罵ったりなんか絶対にしない。いつだってまた一緒に冒険出来る……だから今選ぶのは向こうなんだ」
「スオウくん……キャ!?」


 僕はシルクちゃんの肩を押して、彼女をおっさんの方へ送る。するといち早く、カッコ良いあのお兄さんがシルクちゃんをキャッチしてくれた。流石イケメンはやる事がスマートだね。


「君は……」
「シルクちゃんは誰も裏切ったりしないんで、宜しくお願いします」
「スオウ君!!」


 シルクちゃんは叫んでその腕を解こうとするけど、シルクちゃんの力じゃ、そのイケメンさんの腕は解けない。立派な鎧を来てる人だ。それだけでなんか相当強そうと思える。彼ならシルクちゃんをがっちりと捕まえててくれそうだ。


「スオウ……お前は……」
「鍛冶屋も行った方が良いかもな、幾ら未練とかなくても、あのスレイプル達に襲われるのは正直面倒だ」


 僕は鍛冶屋にそう告げる。すると案外あっさりと鍛冶屋はこう言った。


「そうだな。俺がこちらに居ると、余計な手間を取らせるだけみたいだ。あの爺いは本気でお前を殺そうとするだろう。あいつはNPCだ。命が一つなんてあいつにとっては当たり前。戦場で命尽きるのは仕方ないと、当然の様に考えてるだろ。
 取り敢えずそうだな……死ぬなよ」


 そう言って僕を強い瞳で見つめる鍛冶屋。それはどうだろうな……僕はなんとか少しだけ笑ってみるよ。


「あはは……当然、死ぬ気なんて別に……」


 でも流石に最後までは言えなかったな。今の僕の行動は、どっから見たって自殺志願者だ。周りは全て敵で、勝てないとわかってる敵に挑む。しかもこの命は有限状態だ。全てをわかってるのに、僕はまだ、どうしてここに居るんだろう。


「無駄かも知れないが一応言っておく。逃げても良いんだ。それを忘れるな。まだそのチャンスがある」


 鍛冶屋はそう言って僕達から離れてく。これで残りはテッケンさんだけだ。だけど彼だって、故郷を捨てる事なんかできない人だ。それにこれ以上巻き込めないよ。ノエイン達は良くやってくれたし、サン・ジェルクの人達には一杯応援して貰った、
 その結果がこのざまだけど、だからこそこれ以上は……


「テッケンさん、迷う必要んて無いですよ。サン・ジェルクを……いや、ノーヴィスはあんなのに攻め込まれたら、今はひとたまりも無い。頼りのバランス崩し持ちのローレは向こう側だし、もしかしたらリア・レーゼだけは対象外なのかも知れないけど、迷う事なんか出来ない筈です」
「だけど、僕まで行ってしまったら君は……君が一人になってしまう! それはダメだ!!」


 テッケンさんはその小さな体を大きく振って否定する。僕の言葉を拒む。必死にまだ何か、僕と共に戦って、なおかつノーヴィスに影響が出ない方法を考えてるのかも知れない。確かにそんな方法があるなら……僕だって縋り付きたい。
 でも幾ら考えたって無理なんだ。ローレが繋がりを人質にして、テトラは国を滅ぼすと明確に言った。自分の道を阻もうとする者、そしてそれの繋がりがある国は責任を迫られる。それが国の滅亡なら、誰もが必死になって、そのバカを止めるだろう。
 皆には育んで来た繋がりがある。ただ僕には何もないから……だけどみんなの行動の動機にされてるから、僕と言う存在を代表達は人質にする。それはやっぱり仕方ないって思うしか無い事だ。
 ノエイン達は流石に僕を殺すとは言えないし、言わないでくれてる。だけど、このままじゃ……繋がりがそんな簡単に切れるわけも無いから、ノーヴィスはあの軍勢に滅ぼされる。疲弊し切ってるあの国に、それに抗う術なんて……ないんだ。いや、どの国だって、単体であれを阻む事はきっと出来ない。


 最初から必要だったのは、それぞれの国の団結での連合軍。でも今やそれは叶わぬ夢だ。今の状況じゃ一斉に邪神から天罰覚悟で離れるしかないけど、そんなリスクをどこもきっと犯さないだろう。それをやるんだったらここに集まる前じゃなきゃダメだった。そうじゃないと邪神テトラのノーリスクの話がある限り、下手な事はきっと何処もしない。
 僕は得意気に微笑んでるローレをチラリと見る。この見た目小学生高学年位にしか見えない女はきっとここまで分かってたんだろう。それぞれの国が動き出す前に、邪神と言う見逃せない餌で釣って自分達にとって有利な場所に置いたんだ。下手に秘密裏になんてしなかったのは、ローレが自分を誇示したいだけじゃなく、五種族の動きを縛るためだったんだ。自分達の知らないところでサミットとか開かれたんじゃ、五種族間での連合軍が出来てもおかしくなった訳だけど、危機感でそれぞれが繋がる前にローレは真実で安心と安全を伝えることで自分達の枠に取り入れた。


 こうやって考えてみると、ローレは実際自分の野望の部分を除いて考えると、別に誰にとっても不誠実な事はしてないようにも思えるから不思議な奴だ。まあ僕が納得できないのは、クリエの願い部分だけだからな。ローレの奴が切り捨てたのはたった一つの小さな子供の願いだけ。でも、それが僕には何よりも大事で大切な事。だからこそこうやって、これだけの大軍相手に武器を抜いてる。


「スオウ君……僕とシルクちゃんは約束したんだ。アギトがアルテミナスに残ると決めた時、僕達が彼の代わりに君を守ると」


 震える声でそう言ってくれるテッケンさん。そんなことを二人は約束してくれたのか……本当に有難いと思う。二人には最初期から本当に、いつだってお世話になってきた。自分達の事をそっちのけでずっと……ずっとさ、本当に幾ら感謝したって足りないと思ってる。だからこそ……ここらへんで今までの感謝を少しだけ返すのも悪くないかなっても思うんだ。チラリとシルクちゃんの方をみると、彼女もテッケンさんと同じ様な顔してこっちを見てる。
 テッケンさんと違うのは彼女の目は赤く腫れてるって事だ。二人とも本当に僕の事を思ってくれてる。


「ありがとうございます。でも……もう十分守ってもらいました。いっぱいいっぱい二人には、守って支えて貰った。それこそ、感謝しきれない位に。僕はテッケンさんの故郷を奪う事なんかしたくない」
「国も街も復興出来る! でも君は違うんだ! 僕達はまだまともに君を守れたなんて思ってない。いつだって大変な場面を君に任せてばかりだ! だから今度は絶対に一人になんかさせない!!」


 いつだって冷静で、一番まともなテッケンさんがこんなにワガママなのは初めてかも知れないな。テッケンさんの言葉を聞いても、ノエイン達は何も言わない。このままじゃノーヴィス自体が危ないって言うのに、本当に復興すれば済む……なんて思ってるわけじゃないよな? 
 ノエインもミセス・アンダーソンもただ静かに見守ってる。本当に行く末は僕達に預けてるかの様に。どうしてそんな顔をしてるんだよ。自分達の国が危ないんだ。もっとノエインも必死になればいいのに……そんなんだからローレに良い様に利用されるんだよ。
 僕だって……縋り付いてもいいのか? って勘違いしてしまう。でもやっぱりそれはダメだと、拳を強く握りしめる。


「その気持ちが何よりも嬉しい。確かに街も国も復興出来るかも知れない。でも無くなる物はきっとある。取り返せない物だって……テッケンさんは自分の国を、あの国に居る人達を守ってください。僕達に協力してくれた人達がいっぱい居る国です。恐怖や闇に落としたくなんかない。お願いします」
「どうして……君は……君がそんな事を言ったら、僕はその思いと自分の思いで板挟みだよ」
「僕は……誰よりもテッケンさんを信頼してます。だから、任せられる。大丈夫……ただ、より大切が多い方を守ってください」
「そんなの! そんな事が選べるわけ……ないじゃないか」


 テッケンさんはそう言って辛い顔をして地面に顔を向ける。選べるわけがない……僕の事も、ノーヴィスの事も、この人は守りたいと本気で思ってる。でも……そんな方法はない。奴らが示してる繋がりは、築くのも大変だけど、なくす事だってやすやすと出来る事じゃない。
 今ここでもしも、テッケンさんがノーヴィスとの繋がりを絶つって言っても、それで消える物じゃないし、きっとテトラ達は納得なんかしないだろう。目に見えない物だからこそ、自分ではどうにも出来ない。だけど……それは確かにあるんだ。生きてる限り、何処かにきっと繋がってる。


「テッケンさん……」
「こんなの……こんな選択……おかしい。鍛冶屋君は君に『逃げる』という選択肢もあると言ったけど、君はそれをきっと選ばないんだろう?」
「そう……ですね。逃げないかも知れないです」


 僕は静かにそう言うよ。いや、きっと多分絶対に逃げないかな。クリエが僕達の為に諦めた今、それを受け入れて生き延びるなんて、出来ちゃいけない。無謀でもなんでも、僕はあいつの意思に、背き続けるんだ。それを決めた。
 すると動かないテッケンさんに痺れを切らしたローレがこう言うよ。


「選びなさい。選ばなきゃいけない。どんなに納得できなくも、理不尽でも、おかしくても、それが今のあんたの立場よテツ。どうしてかは分かってるでしょう? それはあんたが弱いから。弱い者はその手のひらから滑り落ちる物を選んで掴み取って行くしかないのよ」
「ローレ! お前は!!」


 僕はローレを睨む。本当にこいつは、この場面でそんな事……


「別に間違ってなんかない筈よ。人はねスオウ、生まれた時から搾取されてるの。生まれ落ちたその時から、私達は死へと向かって歩いてる。私達は今も時を搾取され続けてる。生まれた土地で、出逢えなかった数十億と言う出会いを搾取されてる。そこから生まれた筈の可能性を搾取されてる。
 私達はねスオウ、搾取され続けてる。限られた時間の中で、何を取捨選択するかは自分次第。きっと最後に手元に残るのは、私達のこの腕で抱える位の物しかないわね。
 ……………それが弱者よ」


 ゴクリと僕は喉を鳴らす。周りもなんだかローレの言葉に飲まれてるみたいになってた。変なプレッシャーがのし掛かってるみたいな感じ……僕は必死になってこう言うよ。


「じゃあ、お前は違うのか? テッケンさんを弱者と言うのなら、お前はなんだ?」


 僕のその言葉に、ローレは恍惚の表情を浮かべてこう応える。


「私は勝者。全てを勝ち取って、搾取され続ける物を必死に選んで僅かに抱いて一生を終える……なんてしない側。与える側になるの。時や運とかは無理だけど、幸福や希望、生き甲斐なんてものなら行けるかもね。そして私が得るのは人類の誰もが到達できなかった高みへの到達。
 自分の存在意義の証明。素晴らしいと思わない?」


 はっきり言って、最後ら辺はローレの奴が何を言ってるのか良くわからなかった。だけど様は、弱い事が悪い事だと……だからこそテッケンさんは選ばないと……どちらかを搾取される事を拒めないとローレはきっと、言ってるんだと思う。

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