命改変プログラム

ファーストなサイコロ

積み木の様に



 カランコロン……そんな音が店内に響きわたる。シックでモダンな感じの店内。カウンター席に、後は窓際に数席しかない利益よりも趣味でやってるだろって感じの喫茶店。
 その一番奥の店内の席に僕と日鞠は座ってる。秋徒は話終わった後、直ぐにまたLROに戻ると言ってそそくさと出てった。
 そしてその後に日鞠のスマホが鳴ったんだ。相手は返事を待ってた相手だった。僕が会いたいと、日鞠にお願いしてた人達。
 実際僕も今日は安静にしといて、と言われてた訳だけど……そこはほら、日鞠の協力の元抜け出しました。後で叱られそうだけど……その程度で済むのなら、幾らだって怒られるよ。
 だってこれは大切なこと。向こうにだって都合があるだろうに、わざわざ会ってくれるって言うんだ……出向かない訳には行かない。
 流石にこちらから連絡したのに、病院まで来てもらうのはちょっと気が引けるから、待ち合わせ場所になったのは、日鞠とその夫婦の奥さん二人が知ってる場所になったんだ。


 まあそれに……病院にはもう来たくないだろうしね。特にあの病院には……あの人達にとって、辛い思い出がある場所だ。


「大丈夫?」
「ん?」


 隣に座る日鞠がこちらを覗き込んで来る。心配そうな表情……顔色が悪く見えたかな?


「体辛くないかなって? 無理してるでしょ?」
「別に無理なんて……ここに来るまでだって座ってただけだし……疲れてるのはお前の方だろ? なんか急がしそうじゃん」


 実はここまで車椅子だからね。僕はそこまで疲れてない。暑さにグデーンってしたけど、その程度。今は冷房効いてる室内だしな。


「忙しいよ。もうすぐ新学期だし、生徒会長としてはやること一杯なんだよ。前にも言ったと思うけど」
「う……なんかイヤな事思い出したせいで吐き気が……」


 新学期。その言葉を聞くだけで憂鬱になる年頃だよ。折角一年で最も長い休みなのに、それがもう終わろうとしてるなんて泣きたくなるよね。
 それに今年はなんだか、あんまり休んだ感じしないし。この休みまで目一杯秋徒と共にバイトに明け暮れてたし、八月に入る位までは実際休みなんて感覚無かった。
 寧ろ、学校休みになった分、シフトを目一杯増やして最後の追い込みしたもんな。そしてようやく手にしたLROでこの事態……まあ普通は味わえない体験だし……少なくとももの凄く濃い時間を過ごしてる実感があるから、一概に最悪――なんて言えないよな。
 まあそれもまだ途中経過な訳だけど……今年のこの時期の思い出を忘れたいと思うか、一生分の宝に出来る経験となるかは、終わってみないと分からない。
 まあようは、まだまだ足掻けって事だよな。聞き分けの良い大人になるにはまだまだ僕達は若過ぎる。ガムシャラにガムシャラに、足掻くことに胸を張れる……それは今だけなのか知れないから。


「本当はスオウにも生徒会の仕事手伝って欲しいんだけど、今はLROが大変だからね。逆に私だって本当はスオウの事手伝ってあげたいけど、いろいろあるから……なんだか思い合ってるのに擦れ違う恋人同士みたいだね」


 なんか日鞠の奴、強引な解釈したな。なんでいきなり恋人とかのワードが入ってきたんだよ。僕は目の前のメロンソーダをストロー越しに喉に流し込んでこう言うよ。


「プハッ――別に思い合ってはいないけどな。僕は生徒会の仕事なんか手伝いたくない」


 何が悲しくてこの休みに学校に出勤しなきゃいけないだよ。どうせ生徒会役員共に嫌味言われながら雑用する羽目になるのは明らかだ。あいつ等、会長は自分達だけで支えるんだ! って燃えてるからね。
 あんな暑苦しくて居心地悪い所になんか行きたくない。出来るだけ行かなくて良い期間を伸ばしたい位だよ。日鞠はそんな僕の言葉を聞きつつ、支えてた僕のメロンソーダを自分の口元に持っていって、ストローをカプリ――そしてチューチュー吸い出した。


「全く、スオウだって生徒会の一員なんだよ。てか副会長なんだからしっかり自覚を持って欲しいかも」
「いや、どんなに真面目な顔してても流さないぞ! なんで僕のジュースを飲むんだよ。そしてさも当たり前の様に話すの? そして丁度中間に定位置みたいにおくのもお約束か!?」


 そもそも一つしかジュース頼んでないのがおかしいけどね。でも僕のそんな文句に、日鞠はこう返す。


「そもそも頼んだのは私だよ。それをまずはスオウに飲ませてあげたの。スオウは私の意思を快く受け取ったじゃない。
 その後に自分の飲み物を飲むのは自由でしょ? おかしいかな?」
「……おかしく……はないな」


 あまりにも自然に差し出すから別段気にせず飲んだのが間違いだったのか。くっそーこの策士め。いや、自分の油断が嘆かわしいな。
 幾ら車椅子だってこの灼熱地獄の外を来たから多少は喉が乾いてたんだ。そこにジュース差し出されたら飲んじゃうよ。
 くっそー考える間さえ与えないとは流石日鞠。何も言えなくなった。まあ考えてみれば今更だしな。この喫茶店には人も殆どいないし、一番奥の僕達なんて誰も見て……日光が入るガラスの向こうは普通に道路だ。
 そこまで人通り多くないけど……学校の生徒の誰かにでも見られたら、日鞠ファンクラブのサイトに画像がアップされて、休み明けから学校が健全な学び屋から一転、理不尽な戦場になるところだ。
 僕一人対全校生徒みたいな感じに……だけどまあ、流石に写真撮られたら分かるか。それに今日は暑いだけあって、人もチラホラ反対側に見えるだけ。この分だと大丈夫そうだ。


「そういえば、今日は良いのかよ? 生徒会」
「うん、今日は折角スオウが一日こっちに居るんだもん。一緒に居るよ」


 ニッコリと笑う日鞠。僕はそんな顔に不覚にもドキッとした。変に迫られるよりも、こういう日鞠に弱いな自分。どうしよう……自分から話しかけておいて、言葉を返せない。
 いつも通り、嫌味の一つでも返しておきたい所だけど、あまりにも自然にそして幸せそうに笑うから、なにも言えない。結局「あっそ」と素っ気なく返して空を見ることに逃げた。てか、生徒会長も副会長も居ない生徒会って何をするんだ? いや、どうでも良いか。


(あ~蒼いな~そして今日も入道雲デッケー。お、飛行機雲もある)


 そんな意味ない事を考えて意識を他の事に移す。すると再びカランコロンと店内に来客を知らせるベルが鳴る。


「あっ!」


 そんな反応を見せる日鞠。立ち上がり一度一礼をする。そして扉の方で向こうもこちらに一礼を返す女性。待ち人が来たみたいだな。
 僕も何とか立ち上がって……と思ったけど、無理っぽかったので申し訳ないけど、座ったまま頭を下げる。そしてこちらに向かってくる女性。
 淡い色のワンピースを来てるその人は……なんだか今まで見た中で一番若々しく見える。てか、今までは喪服とか黒っぽい色の服しか見てなかったから、雰囲気までそっちに引っ張られてたのかな?
 今日はなんだかこれまであった中で一番生気って奴を感じる。てか子供居たようには、言っちゃ悪いけど見えないな。
 でも少なくとも三十……いや、無いか。


「すみません、突然無理言って。来てくれて感謝します」
「ふふ、流石の日鞠ちゃんも、大好きな彼の前では女の子よね。良いのよどうせ向こうに行くまで私は暇だから。主人は仕事の関係で忙しいから……今日はごめんなさい」


 こちらが無理言ったのに、深々と頭を下げてくださる女性。てか、いきなり僕達を見てその大好きな彼とか……女の子とか……正直日鞠共々モジモジしちゃうよ。


「良いのかなこちら?」


 そんな風に僕達の向かい側を見るその人。僕は「どうぞどうぞ」と促す。そして優雅に座り、注文をして、その人はハンカチで額の汗を拭い、細くしなやかな指で髪の耳の後ろに持ってく。


(うわ~なんか大人~って感じ)


 勝手にそんな事を思ってた。すると日鞠の奴がこう言った。


「スオウ、綾野さんは人妻なんだよ」
「それはそれである意味禁断でちょっと興奮――って何言わせるんだよ」
「勝手にベラベラ喋ったのはスオウでしょ。てか、やっぱり綾野さんにみとれてたんだね」


 プンプン頬を膨らませる日鞠。別に見取れてたたっていうか……感心してたっていうか……


「日鞠ちゃん、彼が私に見取れるなんてあり得ないわ。だって隣にとっても魅力的な女の子が居るんだもの」


 おお、目の前のえっと綾野さんは僕のフォローに回ってくれたぞ。なんて良い人だ。だけど日鞠は褒められた所は素直に受け取る癖に、引き下がらない。


「えっと……そう言って貰うと嬉しいです。でもでもスオウの事は私の方がわかります。絶対に綾野さんに見取れてました。だって大人の魅力って奴がにじみ出てますもん!」
「おばさんよ私なんか」


 頭を振りながらそう言う綾野さん。その謙遜振りが大人です。


「そんな事無いですよ。とっても綾野さんは若々しくて綺麗です。もっとそういう服を普段から着たら良いと思います。ねっ、スオウ!」


 勢い良くこちらを見る日鞠。僕は素直に「そう思います」って言っておいた。だって実際それは大賛成だよ。今まで何度か会ったけどさ、正直、言っちゃ悪いけど幸薄そうなイメージしかなかった。
 けど今日の服装と雰囲気でそのイメージが払拭されそうです。やっぱり服装は大事だな。僕達二人の言葉で綾野さんは嬉し恥ずかしそうにしてる。


「二人ともお世辞が上手ですね。でも、そうですね。これからはもっと前を向いていく気です。そうしないと行けませんから」


 不意に外に視線を向けた綾野さんは、静かな声でそう言う。この三年……ずっと苦しんで来たんだよな。それだけの時間が必要で、そしてようやく歩き出せそうな所までこれた。
 今はきっとこの綾野さんとその旦那さんにとってとても大事な時期だ。心でようやく整理がついた……それなのに僕は……


「その爽やかな服装もこれからの為の一環ですか?」


 簡単にそんな事を聞く日鞠。今回は日鞠もなにがどうなってて、どうするか……それを一緒に考えて来たはずなのに、随分と僕と心境が違いそうな感じ。
 なんなのこの違い? 肝の据わり様が僕と日鞠では雲泥の差なのか? そう思ってると綾野さんがこちらに視線を戻してこう答えてくれた。


「ええ、まあそんな所かしら。新しい地に行く前にお世話になった方々には挨拶しないと行けないし、それにただ暗い印象で終わらせたくなかったの」
「どういう事ですか?」


 綾野さんの言葉に、僕は思わず声を出してしまった。もっと本題に日鞠に誘導して貰って――と思ってたのに、何やってんだ。
 だけど綾野さんはあんまり面識がない僕にも優しく丁寧な対応をしてくださる。流石出来た大人は違う。


「そうですね。悔しいから……ですかね? 私たちが最後まで暗いまま、この土地を離れるとなれば、私たちの事情を知ってる人達はどう思うのでしょう――と考えたんです」
「どう思う……ですか?」


 日鞠もその言葉の意味を考え出す。


「えっと、つまりは同情してほしくないとか……そんな所かな?」
「日鞠ちゃんはやっぱり優しいね。きっと私の考えなんて直ぐに分かったでしょうに、優しく言葉を選んでくれる」


 綾野さんは日鞠に柔らかく微笑んでる。日鞠はそんな笑顔をちょっと眉を下げつつ「バレちゃった」みたいな感じの笑いで受け取ってる。
 綾野さんは自身の目の前にある紅茶をすすり、そして一息を吐く。


「ふう…………私達は、いつまでも背負ってると思われたくないの。あの子の事が重荷に成ってるなんて……思われたくない。
 だってそれじゃああの子が……沙奈が可哀想じゃない。あの子をこれ以上、可哀想な子にしたくないから、私達は笑って旅立つの」


 この人が普段は絶対に着ないようなこんな爽やかな色の服を着てるのはあの子の……沙奈の為。それを聞いた僕は、胸の辺りがズキンと痛んだ。
 三年……その時間はようやく二人に新しい一歩を踏み出せる思いを募らせてくれた。だけど……やっぱり変わらぬ物はずっとその胸に……忘れる事なんか不可能だろう。それを二人は許しはしないだろう。
 自分達が暗いまま……落ち込んだままだと、ずっとサナを背負って、その存在を重く感じてると思われるからって……それだとあの子が可哀想だからって……無理以外のなんでもない様に聞こえる。
 時間……だけが募ったのかな? 僕は二人の事……何も知らない。余計な事なんか何も言えない立場だ。ずっと苦しんで来たのは想像に難くないし、心機一転を逃げだなんて思わない。
 でもこのままだと、何が変わるんだろう……とも思う。それは僕の余計なお節介で、本当はちゃんと大人な彼らは整理が吐いてるのかも知れない。
 でも……何も出来ない時間をずっと過ごしてきたこの人に……いやこの夫婦に、僕はここで……このタイミングで伝える事がある。今じゃないとダメな事が。
 僕は紅茶を眺めてるその人から視線を外し、日鞠に視線を送る。日鞠も流石に今の言葉にはどう返していいか、困惑してたみたいだったから、僕の視線に気付くと直ぐに頷いたよ。


「あの綾野さん。今日会っていただいた本題を話して良いですか? えっと……その……電話でも伝えた通り、信じられない話かも知れません。
 でも……これはお二人に絶対に知っておいてほしい事なんです」


 日鞠の言葉に反応する綾野さんは、顔を上げて僕達それぞれの表情を見る。


「……ええ、私もそれを聞きにきたのだから。二人と言っても私だけなのは申し訳ないけど、お願いするわ。日鞠ちゃんはとっても良い子ですもの。
 そのお願いを無碍になんて出来ない」


 コオオオオとクーラーの稼働音が静かに鳴っている。古い壁掛け時計の長い針が十二時の所に止まると、変なギミックが作動して、時計の周りや中央から、小人みたいな人形がワラワラと出てきたりしてた。
 そして賑やかにちょっとの間音楽を鳴らしたら、静かに引っ込んでく。狭い店内にアンティークな物が置かれてるけど、店主の趣味か何かなのかな?
 時計のギミック終わりと共に、カウンターにいた人が外へと消えてく。そしてそんな後ろ姿に「またのお越しを」と渋い声を掛ける店主。
 そんな一連の流れ? みたいなのの後に、僕はようやく声を出す。


「あの……お二人の娘さん……サナは元気な子……でしたよね?」


 僕の言葉にちょっと困惑する綾野さん。無理もないな。僕ももっとスパッというつもりだったんだけど……なんか容量得ない感じになってしまった。
 だけどそんな僕の意味不明な言葉にも綾野さんはちゃんと言葉を返してくれる。


「元気な子でした。ずっと病気だったのに、いつも明るくて、周りを元気にしてくれるそんな子。大好きでした」


 ヤバいな……こんな言葉を聞くだけで胸が張り裂けそうだ。確実に出来るなんてわかないから……今、これを伝えるのがやっぱり正しいのか……でもある程度伝えなくちゃ、来てくれたりしないとも思うんだ。
 僕は息を整えて更に言葉を紡ぐ。


「サナの肌が日に焼けた様に成ってたのは何でなんですか?」
「それは治療の一環で……って、え? どうしてそれを?」


 流石に何かを感じ取った綾野さん。僕達は生きてる彼女を知らない。だからそんな事を知ってるはずがない……と綾野さんは思ってる。
 でもまだ説明はしないよ。更に僕はそのまま混乱を促す様な事を言う。


「サナは頭に赤いバンダナ? スカーフみたいな変な模様の布をつけてました。両親からのプレゼントなんだって……」
「それは……私達があの子の最後の誕生日に送った物で……とっても気に入ってくれて……でも……どうして?」


 ポタ――ポタ――とテーブルに涙が落ちる。ボタボタと次々に流れ落ちる物じゃなく、途切れ途切れに落ちてるのは意識してない涙だからなのかな?
 混乱してるのは、見てるだけで分かるしな。僕が次々と知らないはずの……知ってるはずのない情報を言うものだから、懐かしさと疑問が一緒に頭を支配してるのかも。


「綾野さん。私達を信じてくれませんか? 私達がこんな事を言うのもおこがましいですけど……心の中だけでは出来ない区切り……それを叶える事が出来るかも知れません」
「日鞠ちゃん………………ううんダメ。混乱させないで! 私達はあの子を……」


 頭を激しく振る綾野さん。ようやく心が落ち着いてきた所で、しかも心機一転を計ろうとしてるこの時期におかしな話は聞きたくないか。
 当然だな。でも僕は混乱してる綾野さんに更にこう言うよ。


「忘れる事なんか出来ない筈です。したくもない筈だ。三年間……ずっと受け止めて来たんでしょう。サナの死を」


 僕の言葉にビクっと反応する綾野さん。すると両手で顔を覆って上半身をテーブルに近づけた。紅茶が入ったカップにぶつかり、紅茶がテーブルに広がる。
 だけどそんな事には綾野さんは気付いてもいないよう……


「死……死を……ええ、そう……そうなの、あの子はもう居ない。この世に……この世界に……でも私達の中には今でも!」


 最後の所で大きな声が出る。僕達もそれには驚いた。そして後に「今でも……今でも……ここに……」と小さな声でブツブツと……まともに見えてた綾野さんは実はどこにも居なかったのかも知れない。
 この姿を見たらそう思ってしまう。三年と言う時間は、どうやらただ積み重なってただけだったようだ。整理も区切りも、出来てない。
 でもそもそもこれは、大人だから……そんな事では計れない事だったのかも。僕達には……いや、他人は決して想像できない悲しみ。それがこの人をずっと苦しめてる事なんだ。
 自分の愛した娘……それを奪われる悲しみ。それはどれだけ想像しても、きっと僕達の想像の何万倍も悲しいことなんだろう。
 テーブルに広がった紅茶が端の方から床にポタポタと落ちて行ってた。


「綾野さ――」
「大丈夫ですかお客様」


 日鞠の声にぶつかって来たのは店主の声だった。いつまのにかこちらに来てたそのウエイター姿の店主は、渋い声でそう言うと、ササッと手際よくテーブルを拭いた。
 そして何も反応せずに、ずっとブツブツ言ってる綾野さんを少しだけ見ると「少々お待ちを」と言ってカウンターの方へ。
 僕達はその背中を見つめたまま、どうしたらいいか考えてたよ。日鞠のなんとか絞りだそうとした声も、店主に中途半端に遮られたから、なんか微妙な感じ成っちゃったしな。
 そもそも明確に何を言おうか決めてた訳じゃないみたいだ。想像してたよりも動揺が酷かったから、僕達もちょっと困惑してたんだ。
 するとカツカツという音を響かせて店主が戻ってきた。渋い声に渋い顔の格好いい中年の店主。背も高くて百八十以上ありそうでしかも姿勢もいいから、余計に大きく見えてなんだか初めて見た人からは怖がられそうな風貌してるんだ。
 ある意味、なんでこの人が喫茶店の店主やってんの? って思っちゃう。だけどそんな風貌とは裏腹にとっても気遣いが出来る人みたい。
 僕達のテーブルの前に来ると、お盆から別の香りの紅茶を差し出してこう言ったよ。


「どうぞ、落ち着きますよ」


 険しそうな表情をしてる人だったけど、その時は顔に刻んだ皺も柔らかく波打って笑顔を作った。いつまでもそうしてる店主に根負けしたのか、綾野さんはカップを受け取って少しだけ口に含む。
 するとそれに満足したのか「ごゆっくり」とだけ言って店主は戻ってく。


「あ、あの追加注文のレシートは?」


 日鞠が慌ててそう言う。すると店主は僕達にも同じ笑顔を向けてこう言ってくれた。


「サービスですよ」


 ヤバい……なんだあの渋格好良さ。憧れた。あんな風に年は取りたい物だと思った。僕と日鞠がそんな店主の格好良さに酔いしれてると、何口か紅茶を口に含んで落ち着いたのか、綾野さんが謝ってきた。


「ごめんなさい。みっともない所を見せてしまって」
「いえ……あの……僕達こそいきなりおかしな事言ってしまってごめんなさい」
「ごめんなさい」


 僕達は二人で頭を下げる。なんだか妙な沈黙が流れる。頭を上げて良いのかわからないな。そう思ってると綾野さんの声が聞こえた。


「あの……どうしてあの子の事をそんな詳しく知ってるんですか? それにどうしてこうやって……ただ思い出させるって目的じゃないですよね? そうだったら、私怒ります」


 うう……なんだか厳しい声色だな。でもその気持ちは当然だ。だけど違う。そんな下世話な事をしたいんじゃない。


「違うんです綾野さん! 実は――」
「日鞠! ここからは僕が言うよ。今度はもっと上手く伝えてみせる」


 僕はそう言って日鞠からバトンタッチする。真っ直ぐに綾野さんを見つめて、誤魔化さずに……だけど伝えない方が良いことは言わない方向で。
 今の綾野さんの反応を見る限り、最後まで伝える事は出来ない。だってこれは……確実に出来るかはわからない事だから。だってサナは……いいや、奇跡は起こす。


「綾野さん……僕はLROというゲームの中で娘さんに会いました」
「そっ! そんなこと……ふざけないで!」


 思わずテーブルを叩いて立ち上がる綾野さん。それは当然の反応だな。にわかに信じれる話じゃない。思わずぐらついたコップやティーカップを支える日鞠は、なんとか倒れる事を防いでホッと一息。
 だけど綾野さんの瞳はきつい。子供の戯れ言……そう思ってる瞳を向けられてる。


「日鞠ちゃんは彼が言ってることを信じてるの? あの子は……沙奈はどこにも居ないのよ」


 震える声……震える体。だけどそれを見ても、日鞠は迷わずにこう言ってくれた。


「信じてます。スオウは時々嘘つくけど、本気で誰かを傷つける嘘は言いませんから。スオウがつく嘘は、いつも自分も犠牲にする物です」
「日鞠ちゃん……」


 日鞠の言葉に戸惑う様子が見て取れる。信じれない……けど、ここまで言い切れる自信は、この人にとっては無碍に出来ない事だ。
 日鞠から移ってくる視線。僕はその視線を迷わず見つめる。


「簡単に信じれないのはわかります。でもお願いがあるんです。明日……か明後日どっちに成るか、それかもっとかかるかも知れないけど、必ず二人が旅立つ前に一度LROに招待したいんです。
 リーフィアはこちらで用意します。戯れ言だと思ってても構いません。考えて見てください。お願いします!」
「何を……する気なの?」


 恐れるような声が聞こえた。どうしてそんな声を出すのか……僕と日鞠は視線を送りあって、そんな恐れを振り払えるような笑顔を込めてこう言った。


「「秘密です。それはその時のお楽しみなんです!」」
 

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