命改変プログラム

ファーストなサイコロ

やり直す人

 金色に輝く黄昏時を過ぎて、空は少しずつ夕闇の色を帯びていく。赤く染まってた空が、青より暗い藍になる。もう少ししたら、きっと空に一番星が輝く事だろう。
 もしかしたらもう既に……ただ人の目には光がジャマして夜にしか見れないってだけだっけ? 星は実はずっとこの空の向こうで輝いてる筈なんだよな。


「てってててて! ちょっとスオウどうしたのその怪我!?」


 目の前の二人からの挨拶を返して空をチラリと見てると、突然にそんな事を言って日鞠が近づいてくる。てか、秋徒の肩を借りてる時点で気づけよ。
 そんな事を思ってると、日鞠は僕の顔や体をペタペタペタと触ってくる。


「なんだか顔腫れてるよ。それに服には血の染みもあるし……こら秋徒」
「はい!?」
 一つ声のトーンが落ちて、唐突に名前を呼ばれた秋徒の姿勢が正される。てか、この状態で背筋を伸ばさないで欲しい。秋徒の方が身長高いから、背筋伸ばされたら僕はつま先立ちになるんだぞ。
 それは結構キツい。既に足がプルプルしてるよ。僕はバシバシと秋徒を叩く。


「何だよ? お前のせいで日鞠に睨まれてるんだぞ。とにかくお前からフォローを入れろよ」
「フォローが欲しかったら……まずは背中を丸めろ」


 僕達はこそこそと小さな声で言い争う。


「バカか! 今そんな事したら、日鞠に何されるかわかったもんじゃない。お前は愛されてるから、日鞠の恐ろしさを知らないんだよ!」
「バッ! 愛されてるとか、何言って――」


 もの凄く体が一気に暑くなったじゃねーか。折角ここの所は少しずつでも夜は蒸し暑さが和らいで来たと思ってたのに、自家発電してるみたいに内側から暑くなったら意味ないだろ。


「二人してこそこそと何を話してるのかな? 秋徒、こら秋徒。確かスオウを連れ出したのはアンタよね? 何やらせたら、こんな事になるのか説明求めても良いかしら?」


 日鞠の声と顔だけ見れば、別に普通の事を普通に言ってるだけに見えるけど、まあなんか恐ろしさは滲み出てる。なんかゾクってしたもん。
 笑顔なのに、丁寧な言葉なのに、喉元にナイフを突き立てられてる様な……秋徒はゴクリと唾を飲む。


「勿論だとも。ちゃんと言うよ。言うからさ、取りあえずこいつを頼む!」


 そう言って秋徒の野郎は、なんと親友を投げ売りやがった。僕に抵抗出来る力はなく、そして日鞠は迷わず僕をがっちり掴む。


「まあ、これはやぶさかじゃないから受け入れて上げるわ。あ~あ、こんなにフラフラになっちゃって…………………………くふふ」
「おい、今何かよからぬ妄想しただろお前!?」


 なんだ今の間は。笑った瞬間に悪寒が走ったぞ。みなさん忘れてるかも知れないから今一度言うけど、こいつは変態盗撮女なんだ。


「別にそんな事ないよ。それよりも暴れないでよスオウ。観念して私の胸に埋まりなさい」
「埋まるほどの胸も無いだろお前!」


 今日出会ったメカブと比べるのも悲しくなる程だよ。まああっちが異常だったんだろうけど。でも日鞠の胸は平均以下だとは思う。


「私は大きさじゃなく形で勝負してるの。それにこれはスオウの好みでしょ?」
「意味が分からない事を人通りのあるところで言うな」


 今の時間帯は帰宅ラッシュ位に丁度なってきて人も多くなってきてるのに、聞かれたらどうするんだよ。僕が変態だと思われそうじゃないか。


「だってスオウがこのくらいが好きって言うから、胸の成長をやむなく私は止めてるのに」
「そんな技術は今の世界には無いだろ!」


 そりゃあ色々と進んできてるけど、そんな技術は聞いたこと無いぞ。完全に誰特だよ! お前だけじゃん! なんでわざわざ一部分の成長を止める。別に無くてもあっても良いけどさ、それはどう考えても言い訳だろ。


「おい、察しろよスオウ。そう言い聞かせないと日鞠はお前の期待に応えられない部分が有ることに耐えられないだろうが」
「期待に応えられないって……」


 まず僕はいつそんな期待をしたかな?


「ちち違うわよ! スオウはどちらかと言うと小さいのがいいよなって言ったもん。これ絶対! 私がスオウの為に応えれない事なんか無いもん!」


 なんだか随分必死だな日鞠の奴。別に胸が大きかろうがちいさかろうが別にどっちでも……あっ。


「そう言えば言ったかもな。手のひらに収まる位が良いって」
「そ、そうだよ。私の胸はスオウの手のひらに収まるサイズに適正です!」


 なんか日本語おかしくないか? てか何の話してたのかわからなく成ってきたような……どこから胸の話に成ったんだっけ?


「不覚……秋徒のはぐらかしの術にハマったわ。だけどこっちの問題は解決したし、今度はそうはいかないから。ちゃんとこのスオウの有様を教えなさい」
「え~とそれは……」


 秋徒は観念してゴニョゴニョと日鞠に今日の事を話した。まあ主にこうなったのはイベントせいだから、メインをそこにしてね。


「つまりはそのヤクザなりチンピラなりのせいって訳ね。……どうやって潰してやろうかしら」


 なんかおっかない事をポツリと言わなかったか今? いやいや、幾ら日鞠でもヤクザ潰すとか出来ないだろ。だから聞き流しておこう。


「ねえ、そいつ等は何組なの? それともなんとか一家? 名前がわかれば調べるの楽なんだけど」


 やる気だよこいつ! なんて危ない思考をしてるんだ。ヤクザに喧嘩売ろうとするなんてどこのバカ……って僕もよくよく考えたら同じ様な事したな。
 その結果がこの様だ。実際日鞠には一度痛い目にあってもらっても良いと思うけど、でもその相手がヤクザはやばい。
 洒落に成らないもん。僕の様に成って貰っても困るし、なんといっても日鞠は女の子なんだよ。そこら辺をもっと考えろ。


「いいって、何する気だよ。僕達は勝ったんだ。これはその代償。名誉の負傷だと思ってろ」


 僕は日鞠に寄りかかったままそう言った。うん、なんか情けない事この上無いけど、今日はもう諦めた。てか、なんか妙に安心する自分がイヤだ。
 なんか日鞠の匂いって懐かしいんだよな。てか、人の匂いって奴を初めて覚えたのがきっと日鞠だから、僕は安心するんだろうな。
 これって刷り込みレベルだよな。僕はずっと昔から、日鞠に主導権を握られてたって事か。


「勝つのはスオウなら当たり前だよ。それよりも潔く負けない方に報復したいんだけど、それもダメなの?」


 首を傾げて僕を見つめてきてる日鞠。かわいい顔してるけど、言ってることがおかしいと自分で気づけ。負けた相手をわざわざ追い込みたいとか……それは傷口に塩を塗りたくる行為と同義だぞ。
 鬼畜かこいつは。それにいつだって思うけど、日鞠は僕に過度の期待を掛けすぎ。僕のどこら辺に、勝利が常時付加されると思ってるんだこいつは?


「スオウはいつだって謙遜するけど、私はちゃんとわかってるもん。まあスオウがやめとけって言うのならちゃんと聴くよ。それに今日はスオウのお世話……しなきゃだし。
 おおお風呂とかおおお風呂とか、勿論下の世話だって」


 なんで最後で顔を赤くする? てか、そんな事を同級生の幼なじみにさせれるか!


「だっ、大丈夫! カメラは私が持ってる中で一番高いのを用意するから!」
「何が大丈夫なのかサッパリだよ! 良いカメラで何を鮮明に残そうとしてるんだ!? そんなの許されるわけないだろ!!」


 常識、常識で考えろ。


「大丈夫。私一人で楽しむから」
「だから何一つ大丈夫じゃないってわかれ!!」


 人と共有しないからOKとでも思ってるのか? これはな、そんな著作権的な問題じゃないんだよ。


「まあ良いじゃないかスオウ。最近あんまり日鞠にかまってないだろ? それに今更だとも思うし」
「うるさい! 人事だからって何適当な事言ってんだよ! お前の恥ずかしい思い出を愛さんに話すぞ!」


 確かに今更感はあるけど、直接撮られるとかイヤだ。


「じゃあいつも通り盗撮で我慢しろと!?」
「言っとくけどな、別に盗撮肯定してないから! 取りあえずカメラは禁止だ!」


 ええ~~とブウブウ頬を膨らませる日鞠。こいつ最近盗撮に罪悪感がなくなってきてるよな。犯罪常習者に見られる傾向だな。
 こいつの盗撮趣味はもう一生直らないかも知れない。


「てか、下の世話とかお風呂とか、そこまでして貰う必要ないし。そのくらい自分で出来る」
「本当にそうかな? 今だって私の事をこれでもかって位に抱きしめてるのに……こんな公衆の面前で」


 キャハっと、ワザトらしく頬に手を当てる日鞠。抱きしめてるってそこまであからさまにやってねーよ。そりゃあ日鞠は僕より背も低いし、女子の体だから細くてちょっと寄りかかるだけでそう見えなくもないけど、抱きしめてるとかそんな感覚は無い。
 断じてない。クンカクンカとしかしてないし。それはそれで問題か? 


「クク」「フフフ」


 僕達三人がそんな会話をうつつに抜かしてると、すぐ近くからそんな声が。振り返るとそこにはさっきのお二人。そういえば忘れちゃってた。人前でなんて恥ずかしい会話をしてたんだ僕らは。
 しかも存在を忘れるなんて失礼すぎだろ。


「あ、あの……」


 僕は弁解しようと口を開く。だけど僕が言葉を紡ぐよりも先に、お二人はこういってくれた。


「みなさん仲が本当にいいんですね。なんだか見てて微笑ましく成ってきます」
「そ、そうですか?」


 仲が良いとはまあよく言われるけど、いつも言われる仲が良いとはこの人のそれはニュアンスがちょっと違う気がした。この人は僕達の事を純粋に見てそう言ってくれたから……だからかな?
 学校でそう言って来る奴らって嫌みが大半なんだよね。


【二人ってとっても仲良いよね~(死ねよこの野郎)】


 みたいな物が感じれるわけ。学校じゃ秋徒と二人でいたって何も言われない。日鞠と居ると、よくそんな事を言われるんだ。
 でも実は本心で言ってるとか思うだろ。被害妄想だって。僕だって最初はそう思おうとしたよ。初期の初期ね。それは小学校高学年位までは。
 だけど僕は気付いたんだ。絶対に一瞬笑顔の隙に僕を射抜く様な視線が有ることに。それを見逃さない感覚を僕を手に入れてる訳だよ既に。


「仲が良いなんてそんな……まあ当然ですよ。私たちは将来を約束してる仲ですから」


 頬を染めながら、だけど堂々とそんな事を言いやがる日鞠。そんな約束したっけ? 覚えがないぞ。


「昔は『ヒ~チャァァァン』とか言っていつも私の後に付いてきてたじゃない。その頃から良く言ってたよ」
「嘘を付け嘘を。僕はそんな子供らしい子供じゃなかっただろ」


 捏造だ。そんな記憶僕には無い。


「まああの時のスオウはヒネクレてたもんね。誰かにってよりも世界にヒネクレてた」
「はは、忘れてたなそんな昔のこと」


 本当は忘れられる筈もないけど、だけどあの頃の事はあんまり思い出したくない。日鞠だってそこら辺わかってるから、今まであんまり言わなかったんだろ。けど今日に限ってはなんか蒸し返すな。


「そっか、それは残念。それなら、もう一度惚れ直させるだけだけどね」


 そう言ってウインクを一発かます日鞠。やっぱり余計な事をほじくり返す気はない様だな。


「日鞠ちゃんは本当に彼の事が好きなんですね。でもてっきり両思いかとおもってましたけど?」
「スオウは素直じゃないんです」


 やれやれと首を振る日鞠。


「ふふふ、男の子とは総じてそう言う物ですよ。女の子の方が早熟です。だけどちゃんと握りしめてたら、きっとわかってくれますよ。
 日鞠ちゃんはとっても可愛い女の子ですから」
「はい!」


 元気に返事をする日鞠。伸びる三つ編みの髪がユラユラ揺れてるよ。そして僕をポンポン叩いてこう言いやがる。


「私がちゃんと握りしめてあげてるからね。スオウが私を受け入れてくれるその時まで」
「あっそ」


 僕はそう言うのが精一杯だった。だって何というか……受け入れるとか、付き合うとか、あんまり自分に置き換えた事無いというか。
 そりゃあ、普通の男子高校生だし可愛い彼女が居たらいいなぁとは思うけど……自分が付き合うとかイメージわかない。
 それに実際既に日鞠の事受け入れては居るよ。それは当然だろ。出ないと、毎日ご飯作って貰ったりしないっての。でもただの家政婦とかみたいに思ってる訳でもない。
 でもただ日鞠の気持ちを受け入れる……とかはまだ自分には出来ないんだ。僕はまだ何も出来てなくて、何が日鞠の為に出来るのかわかんない。
 沢山の物を与えてくれたこいつとは、僕は全然吊りあわないじゃないか。だからこそ僕はセツリの事に必死に成ってるのかも知れない。
 自分も誰かを救えるのなら……そう思ってるのかも。


「それでは私達はこれで。いつまでも立ち止まってる訳には私達もいけませんよね。貴方達を見てたらそう思えます」
「そうですか? それならよかったです」


 何のことかよくわかんないけど、日鞠はちゃんと理解してるっぽい。まあ何かの役に立てたのなら、僕も何となく満足だよ。


「貴方達はいつまでも仲良く居てください。大切な物はいつか突然なくなったりするかも知れないけど……そんな明日が来ないように、今日を大切に生きる事は出来るから。
 あの子にもきっと、生きてたらこんな素敵な友達が出来てたんでしょうね」


 そう言って頬を伝う滴。実際僕と秋徒はビックリだよ。いきなりだったからね。さっきまで普通に話してたのに、どこかで感極まったんだろう。あの子ってのは、きっとあの墓に眠ってる子の事だよな。
 僕達にその子の成長した姿を重ねたのかも知れない。立ち止まってる訳にはいかないってのは、その子の死に縛られ続ける訳にはいかないって事だったのかも……だけど今この場で溢れる涙を止められないこの人が、そう簡単に踏み出せるのか……不安になる。
 そう思ってると、日鞠がハンカチを差し出す。


「なにをいってるんですか? その子と私たちはとっくに友達です。この世界に居ず、見えなくても、私達はお二人からのお話を聞いて、勝手に友達になる宣言をしちゃいました。
 ダメでしたか?」
「日鞠ちゃん……」


 ハンカチに手が伸びる。重なり合う手を、だけどこの人は放せない。するとそこで日鞠の視線に気付いた。何が言いたいのか、幼なじみだから直ぐに分かる。以心伝心って奴ね。


「僕も友達です。まあ僕は日鞠に付き合ってるだけですけど、それで良いのなら。子供は好きでも嫌いでもないですけどね。
 お調子者だし、ちょこまかしてるし、自分の名前を繰り返し言ってウルサいし。だけどそれも、目に付かなくなると寂しいものですよね」
「ス……オウ君……それって……」


 なんだか目を丸くしてこちらを見てるお二方。え? えっ? 何? 僕はLROで出会った小生意気なガキを思い浮かべていったんだけど、やっぱり他人じゃダメだったか。
 世間一般の子供もあんな物だと思ったんだけどな。


「スオウ適当に言い過ぎ」


 そう言われて、日鞠に頬をつねられる。


「痛い痛い! 弱ってる所になんて事……鬼かお前!」
「愛の鞭です」


 そう言ってようやく放された指。頬がジンジンする。絶対に赤くなってるよ。


「ふふふ、やっぱり良いですね。二人はとってもお似合いです」


 そう言って受け取ったハンカチで涙を拭ってるその人。まあ笑ってくれたんなら、この頬の痛みも我慢できるかな。だけど本当に大丈夫なのかな?


「大丈夫ですよ。私達がいつまでも悲しんでるなんて知ったら、あの子だってきっと心配します。だから私達は、決断したんです」
「決断?」


 一体何を? と思ってると、もう一人の男の人が「そろそろ行こう」と女の人の肩を叩く。そして二人の視線が何故か僕に。


「今話に出てきた子が想像でも何でも良いです。どうか仲良くしてやってください。ありがとうね。えっと……ハンカチは……」
「良いです。貰ってください。ちょっと物足りないですけど、お土産って事で」
「そう……ありがとう。大切にするわ」


 そう言って小さく手を振りながら、お二人は改札の向こう側へ消えていく。そして姿が見えなくなったところでポツリと秋徒がこう言った。


「で、あの人達は誰だったんだ?」
「僕もよくは知らないな」
「はあ!? なんだそれ? 親しそうだったろ?」


 そうは言っても、親しいのは僕じゃなく日鞠だっての。確かに毎年あの墓地で会ってたらしいけど、僕は実際、その存在を今年まで気にしてなかったしな。
 だから言うなれば、知り合いってのもおこがましいかも知れない。他人ではないかもだけど、知り合ってる仲かと言えば怪しい。微妙な距離なんだよ。


「そんなんでよく適当な事言えたよな。お前の無神経差には驚くよ」
「う、ウルサい! あれは僕なりに気を使ってだな……」
「あんな嘘を付くとは私も思わなかったよスオウ」


 そう言って大きくため息を付く日鞠。もとはと言えば無茶ブリしたのはお前だろ。意味分からない事を言ったのもお前だ。
「私とあの人の間にはちゃんと築いた関係があったもの。それにきっと寂しがってると思ってただろうから私が友達に立候補したの。
 だからスオウだって立候補だけでよかったのに、知らない子をあたかも見てきた用に言うから、嘘でしかないのよ」


 ぬぬぬ……なんか僕が悪者になってるな。てか、日鞠に責められるのって久々だな。ちょっと気が滅入るじゃないか。


「まあだけど、あんまり気にして無かったから良かったけど、不謹慎だったよスオウ。子供ってスッゴく大切なんだから。子宝って言うくらいだしね。
 それが自分のお腹を痛めて生んだ子なら尚更だよ」
「普通はきっとそうなんだろうな。ごめん。もっと気を使うべきだった」


 ここはしょうがないから素直に謝る。ホント、普通ならさっきの人みたいに愛情ってのが、その子が居なくなってからも見えるもの何だろう。
 僕はそう言うの知らないから、鈍感というか不謹慎だったのかも。両親からの愛情なんて感じた事無いよ。だけどそれは自分事だ。おかしいのは自分家であれが普通。
 居なくなっったのに思われる。ちょっと羨ましい……くないよな。何思ってるんだ僕は。羨ましいとかあり得ないっての。僕は自分の両親に何も期待してないし。
 僕は駅の外を眺める。そしてこう言った。


「帰ろう。家へさ」
「うん、早くスオウをお風呂に入れてあげないとだしね」


 そんな要求はしてない。断じてな! 僕達は結局タクシーを拾う事にした。車中で今日の事を根ほり葉ほり聞かれたよ。
 そして途中で秋徒を降ろして、一路家へ。玄関のドアを開けて、床に転がると「帰ってきた~」って感じがする。住み慣れた我が家の匂い。


「さあスオウ。脱ぎ脱ぎハァハァ脱ぎ脱ぎしましょうね」


 荒い息吐きながらどこに手を伸ばしてる! 


「だから必要無いって言ってるだろ! 高校生なのにそんな事させるか!」
「もう、スオウは恥ずかしがり屋なんだから。じゃあリビングまで行っててよ。お風呂入れてくるから」


 そう言って日鞠はいつものように勝手知ったる我が家に上がる。僕は風呂場を目指すその背中に気になった事を聞いてみた。


「あのさ日鞠。あの人達は、どうやって歩き出すつもりなんだ? 忘れるとかじゃないよな?」
「違うよ。だけどここには楽しい思いでも辛い思いでも一杯だから、遠くに行こうって事。遠くに行って新しい環境でもう一度……そう言う事だよ。
 まあこの国を離れるのは一週間後らしいけど」
「そっか……」


 確かにそう言うやり方もあるよな。あの人達はまだ生きてる。幸せに生きる事がきっと、先に逝った子の為だよな。僕はそう思いながら、天井で光る眩しいLEDの光に目を細めた。

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