命改変プログラム

ファーストなサイコロ

向日葵



「それじゃあスオウ、お昼はいいんだね。家に居るなら作っておくのに」
「別に良いって、なんか秋徒の奴が用あるみたいだし、外で食うことに成るかもだろ」
「まあそれはそうだけど……」


 朝食を取り終わって、食器を二人で洗いながらそんな会話を僕達は交わしてる。今日の朝食は焼き魚に添え物に味噌汁にご飯という、何とも日本人っぽいそれだったよ。
 基本日鞠はなんだって作れてプロレベルだから、ほんと毎日僕って恵まれてるな。まあ僕の世話を焼いてる内に、日鞠は料理の腕がメキメキ上がったってのもあるけどね。


 その意味では僕はちょっと貢献してるよな。透明な水が流れ出て、泡を落として日鞠に渡す。それを日鞠が乾いた布巾でササッと拭いて、これならあっと言う間だな。
 まあ二人分なんてそんな物なんだろう。僕が洗って日鞠が拭く。分業すると効率いいね。


「でも良いのかなって? LRO方のどうなってるの? セツリちゃん助け出せそう?」


 最後の一枚を日鞠に渡した所で嫌な事を聞かれた。日鞠は皿を手際よく拭くと、食器を斜めに立てて置く所へと置いて後片づけは終了だ。


「助け出せそうかどうかは、正直わかんないな。また不味い事に成ってるし。今LROには入れないんだよ。原因不明のサーバーダウン中」


 僕は最後に手を洗って、タオルで手を拭き拭きする。さて今日は一日気だるい日に成りそうだ。僕は思わず溜息を吐く。
 ここで一日潰れるのは痛いよな~ホント。


「ふ~ん入れないんだ。じゃあしょうがないね。でも大丈夫、スオウならセツリちゃん助けれるよ。だからそのためにも休むことだって必要。
 急がば回れだよスオウ。目的を見失わないなら、回り道にだって意外な何かがあったりするよ」
「なんだそれ? お前の持論かなんかか?」
「うん、まあそんな所かな」


 日鞠は布巾をキチンと畳んでキッチンの傍らへと置く。なんだか曖昧な返事だったけど、こいつが回り道してる所なんか見たこと無いような。
 なんたって「やれば出来る奴」だからな。言っておくけどこの「やれば出来る」は、怠け者や親バカが自分のバカな子供に向ける慰めなんかじゃないよ。そのままの意味だ。
 日鞠はやれば出来る子だ。いやもっと端的に言うと「やっちゃったら出来ちゃう奴」なんだ。きっと大抵の事を、人の努力を踏みつけてあっさりとこなしてしまう。


 それだけのスペックを秘めてる奴だ。まあ既に秘めてる訳じゃなく、発揮しまくってる訳だけど。こんな奴が幼なじみじゃこっちは肩身が狭くなって叶わないよ。
 なんか町ぐるみで夫婦みたいに思われてるし。いや、現状を考えれば致し方無いのもわかるけど……日鞠の奴は別に否定しないからな。
 小さいときは冗談で言われてるって明らかに分かってたけど、最近はなんか含みがあるんだよな……まあそれも僕のせいって言えばその通りだけどさ。


「まあ回り道かどうかはわかんないけど、秋徒が呼ぶんならLRO絡みなんだろうよ。それが本当に何かに成れば良いんだけどな」


 そんな事を言ってると、ふとクリエの顔が浮かぶ。今助けようとしてるのはセツリじゃなくクリエ。小さな小さなモブリの女の子。
 そうだ、ちょっと聞きたい事を思いついたぞ。


「あっそうだ。なあ日鞠、小さな子がどうしても行きたい場所ってどこだと思う?」
「なにその質問? 唐突だね」
「はは、まあ良いから考えてみてよ」


 確かにちょっと唐突に振ったかな。でもさ、そう言えばずっと気になってた事でもあったんだ。どうしてクリエが月を目指すのか? いや、それは本当に月なのか。
 目的があるのはそうだけどさ、それがどこから来てるのかとか……色々と気になってた。まあ、プログラムがそう組まれてるとかだと、夢もロマンも無いけど……LROってどこで何か起こってるか分からないからな。
 ただゲームとしての事だとも、僕にはあんまり思えない。そういうLROに僕が触れ続けてるせいかもしれないけどね。


 他の人たちに取ったら、別にそこは設定だからで済むのかも知れないけど……僕はホントゲームとあんまり思ってないからな。やっぱりそういう所にも何かがあるかも知れないじゃん。
 日鞠は少しの間考える素振りを見せたかと思うと、人差し指を立てて自信ありげにこう言った。


「そんなの簡単だよ。まあスオウには分からないかもだけど、一般的には家族の所かな。小さな子は親元が一番安心するものだもの。
 きっとその子がどうしてもそこを目指すのなら、その場所にお父さんとお母さんが居るんじゃないかな?」
「……そうだな。それなら納得出来るかも」


 確かに僕にはちょっと分からないけどね。親になんて会うのは後一生の内、三回くらいで済ませたい位だしな。でも普通はそうじゃない。
 日鞠を見てきたからそこら辺は理解できる。こいつの家族は暖かくて優しい。そこには春の日差しの様な温もりがいつだってあった。
 僕にだって分けてくれたしな。家族ってのは一緒にいたいものなんだよな。クリエがどうしてもあの空の更に先を目指すのも……そんな温もりを求めてるからなのかも。ノエインが家族は居ないって言ってたしな。誤って月から落ちてきたのかも知れない。
 親を求めるのが子供の普通の心理。


「今度はLROで迷子でも見つけたの?」
「まあ、そんな所だな。だから連れて行ってやらないといけないんだ」


 幾ら遠くても、関わってしまって託されてしまったら、もう投げ出すことなんか出来ない。それにこれは自分の為でもあるしね。呪いのことは……日鞠に言わなくて良いよな。
 余計な心配はかけたくないし。こいつはやっぱりいつだって笑っててくれないと。それだけで僕の世界は回るんだからな。結局僕は、こいつが泣くのが一番怖いから、帰って来なきゃと思うわけだよ。


「そっか、それなら一つ忠告してあげるよ。迷子は手を離したら直ぐどっかに行っちゃうから、ちゃんと掴んでて上げないとだよ」
「ああ、それはもう良く分かってる」


 もうちょっと早くに聞きたかった忠告だな。けどこれから離さなければ大丈夫だろう……きっと。今の状態も離したと成ると微妙だけどね。
 僕がどうなんだろうって顔をしてると、隣で日鞠の奴がクスクスとなんだかやけにニヤケて笑ってる。何なんだ一体?


「ううん、スオウ小さい子苦手だとか言ってたのに、案外そうでも無いのかな~て。まあでも基本スオウは困ってる人がいたら放っておけないお人よりだからね」
「それ……お前にだけは言われたくないんだけど……」


 学校に止まらず、町内中のお助けマンみたいな奴に言われたくない。僕はそこまで無鉄砲じゃないっての。それに日鞠ほど、誰かの役に立ちたいとも思ってない。僕は僕のわがまま、エゴで動いてるんだ。
 セツリの事だって、クリエの事だってな。


「あはは、私は別に誰かを救ったりとかしたこと無いよ。命だって懸けてない。それじゃあきっと偽善なのかなって? スオウの方がよっぽど優しいよ。
 誰かの為に命を懸ける。それはきっと、誰でもが出来る事じゃない。それに……」
「うん?」


 それに……の後が良く聞こえなかった。口は動かしてたけど、声のボリュームは蚊の鳴く程だった。なんでそこだけ意味深に小さくしたんだ?
 僕が日鞠を見つめてると、日鞠はカラッと笑ってこう言った。


「もう、何見つめてるの。はいはい、私に見取れるのはそのくらいにしておこう。私はまだスオウだけの女じゃ無いからね」
「何いってるんだお前……」


 僕のって……何だよそれ。そんな事したら、学校中の男子……だけに限らず女子や教師も入れてフルボッコにされそうだぞ。
 今でも幼なじみってだけで相当疎んじられてるしな。しかも日鞠は何かと僕にかまけるし……それが逆恨みとして僕の下駄箱に吐き捨てられるんだ。
 今はその程度だけど、もしも……もしも付き合うとか成ったら、僕の席は学校から消えるかも知れない。マジで日鞠の人気は異常だもん。


 それは小学校も、中学校もそうだったけどさ……高校でもそうなるとは……少しは落ち着き始める時期だろ。進路とか将来とかを考える時だし。
 でもだからこそ逆に、現実から逸脱してそうな日鞠のカリスマ性に魅せられたのかな? まあ勉強も運動も出来るってだけじゃ、ああはならないんだろうけど……それこそ持って生まれた物の違いって奴だよな。
 なんか日鞠ってただ何となく見てるとムカつくよな。その後光が指してるような性能。ホント普通に生きてるだけじゃ絶対に敵の方が多そうなのに……こいつは上手くやってるよ。
 僕達は揃ってリビングから廊下へ、日鞠の奴はそこから玄関の方へ歩くから、今日はもう帰る様だ。


「今日もなんかあるのか? 最近忙しそうだよな? せっかくの長い休みなのに何やってるんだよ?」


 僕は靴を履いてる日鞠にそんな声を掛ける。


「何ってそれは言えないかな。それに休みだからこそだよスオウ。スオウだって普段出来ない事やってるじゃない。私も普段出来ない事をやってるの。
 てかスオウ、長い休みって言ってももうそんなに無いんだからね。それに今年は最後の日に秋徒と二人して私の宿題写すのは無しだから。その日も私出かけるからね」
「何だって!! お前、それは僕達に死ねと言ってる事と同じだぞ。それに別にただ写すだけじゃないじゃん毎年。ちゃんと考えさせる癖に……今度は全部を自分一人でしろってのか!?」


 なんて殺生なやつだ。長期休暇終わりに面倒な事に成るじゃないか。


「言っとくけど、みんな普通はそうだよ。スオウはやらないだけなんだから、頑張ってみれば良いじゃない」


 日鞠は信頼を込めてそういってくれてるんだろうけど……僕は別に出来る方でも出来ない方でもない。中間な奴なんだ。だから日鞠の様に「三日もあれば十分」なんて言えないよ。
 てか毎年、一学期に取りこぼした箇所を、日鞠に補って貰うのが目的なのに、秋徒と二人でしたって効率半減……いや、寧ろ一人の時より悪く成りそうだよ。


「僕にはそんな事より大切な事が……分かってくれてるだろ?」
「分かってるよ。でもだからって蔑ろにして言い訳じゃない。それはそれ、これはこれだよ。自分だけが頑張ってるなんて思わない。
 部活動やってる子だってちゃんと両立してるよ」


 部活動なんかと、命のやり取りを一緒にされてもな。まあ真剣にやってる度合いは違わないんだろうけど……こう、のし掛かる物が違うと思うんだけどな。
 靴を履き終わった日鞠はつま先を地面にトントンして、背中を向ける。その時、長い三つ編みが波打つ様に翻った。


「それじゃあ晩ご飯がいらない時は、ちゃんとメールしてよね。作ってからやっぱりいいやは無しだから」
「はいはい、了解。そっちも程々にしとけよ」


 僕は一気に憂鬱な気分に成ったから、生返事しかしなかった。けどまあ体の心配はしてやるよ。


「分かってる。でも私は頑丈だから。それじゃあね。いってきまぁす」


 日鞠はドアを開けて眩しい外へと出て行く。そんな背中に「いってらっしゃい」を告げるけど、僕の家からそれを言うのもなんかおかしいと思った。まあ深くは気にしないさ。既に日鞠の家の様でもあるしね。
 台所とかなら、僕より勝手知ったるだろうし。これでここには僕一人だな。さてと、僕も準備しないとな。




 燦々と照りつける太陽が、ここまで殺人的に活動してるのは、きっと人間に恨みがあるんだと勝手に思う。吹く風までもねっとりとした熱気をはらんでて、もうモワってしちゃうよ。モワッて。
 僕は今、駅へ向けて歩を進めてるんだけど……この暑さは中途半端な熱魔法なんかよりもよっぽど効くな。毎年経験してる筈だけど……どうやったって慣れないよ。
 やっぱり暑い物は暑いんだ。


「たく……こんな暑さの中呼び出しやがって、何の用だよアイツ」


 僕はブツブツ呟きながら駅を目指す。なんだか車から出る排気ガスにも文句を言いたいな。たく、化石燃料が後数十年しか持たないとか言ってる割には、どこもかしこも車はうるさいよ。
 そろそろ全部電気自動車に移行しろ。いつまで化石燃料にへばりついてる気なんだか……きっと周りの人達だって同じ様な事を思ってる筈。すれ違う人達も暑さに参ってないわけないだろうしな。
 まあなんだか子供は元気に走り回ってるけど……外で遊ばなく成ったとか言うけど、案外そうでもないよな。確かに今は選択肢が増えたから、外で遊ぶ事も減っただろうけど、全国の子供がそうなわけない。
 沢山の人達とすれ違って、肌を刺すような日差しの中、僕はようやく駅前へ。


「おお~いスオウ!」
「うわ、暑苦しい奴」


 駅の前で元気に手を振ってる奴が見える。僕よりもガタイがよくて、背も高くて、男っぽいから暑苦しい秋徒の奴だな。何でアイツ、わざわざ日差しの下に居るわけ? 
 なんか気持ち悪いんだけど……この町の駅はまだ大きいし駅の中にだって涼しい場所はあるだろうに……それにわざわざ人通りが多いところで名前を呼ぶなよ。
 恥ずかしいじゃん。まあ誰も気に留めてなんか無いだろうけどさ。


「なんでお前は俺の顔を見て、さらに気分が萎えてるんだよ」
「萎えるって……自分の姿を確認しろよ」


 取り合えずどこか涼しい場所に行きたいな。コンビニでも良いからさ、涼を取りたい。なんかこのままだと、溶けるんじゃないかって思うもん。


「俺はいつも通りだけどな。どうせLROで無茶ばっかりしてるから、こっちで気だるいんだろ。それよりもほら、行くぞ」


 いつも通りで十分暑苦しいだよお前は――と言おうとしたら、既にさっさと歩き出す秋徒。何々、どこ行く気だよ。僕は取り合えず後を追って駅構内へ。秋徒の奴はさっさと改札も通りやがった。
 しょうがないから僕も携帯翳して改札を通る。これって切符を買う手間は省けるけど、どこに行くか分かってなくても通れるのはどうなんだろう。
 まあやっぱり便利なんだけどさ。駅のホームは案外ガランとしてるな。やっぱり時期的に帰省してる人が多いんだろう。取り合えず我慢の限界だから、構内に設置してある自販機でジュースを購入。喉を潤しながら僕はしきりに時計を気にしてる秋徒へ訪ねる。


「で、どこへ連れ出す気だよお前。このタイミングで遊びに行こうぜとかじゃないよな?」
「違うって、でもほら……たださ、まだ二人っきりで会うのはハードルが高いって言うか……」


 ああ、そう言うことか。これなら遊びに行く方がまだ気楽だったかも。僕は秋徒の野郎の様子で察しちゃったよ。こいつのこの何とも幸せそうで、落ち着きがない様子……こっちからしてたらただ気持ち悪いだけだけど、これってつまりは愛さんと約束してる訳だろ。
 どう考えても一人でいけや、と言いたい。向こうだってそれを望んでると思うしな。


「はあ、僕は邪魔者にしかならなそうだから帰っていいか?」
「違う! そんなんじゃ無いって! 言っとくけど二人っきりのデートが怖いとかじゃ無いんだって!」


 背を向けた瞬間にガツッと肩を掴まれた。なんだかまた、随分と必死だな。


「じゃあ何なんだよ? デカいだけで小心者の秋徒君?」


 一応理由くらいは聞いてやるよ。親友だからな。


「今日はほら、急にこういう事に成ったじゃん。LROに入れないからさ……ちょっとガイエンの奴の見舞いにでも行こうって事になってさ。
 向こうも今日はLROの為に空けてたみたいだし……暇に成ったからって事で……だから全然デートとかじゃないんだ」
「ふ~ん」


 まあ確かに、そこまでならデートには成らないだろうな。けど……その後はどうだろうか? お見舞いにこんな朝方から行って、それでおしまいな訳無いだろう。その後を考えてるんじゃないのかこのツンツン頭。
 実はかなり想像を膨らませてると僕はみてるね。きっと昨日は嫌らしい想像ばっかりしてたに違いない。


「だから、どうせならお前も誘ってさ、だって気になるだろ?」
「お前たちの関係なんて別に興味ないけど、上手くやってるんだろ?」
「俺たちじゃねーよ。摂理だよ摂理。なんか拒否られて一人じゃ行きづらく成ったんじゃないのかな~って思ってさ。こうやって誘ったんだよ」


 はっ……とんだ余計なお世話だな。別にLROで拒否られたって、こっちのアイツは眠り姫の如く眠ってるだけだ。気まずくなんか別に無い。何も話せないんだからな。
 そうこう話してる内に、駅に電車が流れ込んできた。空気を排出するような音と共に開くドア。そしてけたたましく鳴るベルの音で発射を知らせる。
 人の姿が流れていく。そして町も流れていく。結局目的地はあの病院って事で、深い溜息が出る。まあちょっとは、そりゃあちょっとは行きづらく成ってたからな。
 だって考えずには居られない……摂理を見てたら、いろんな事。でもこっちで何を言っても届かないから……やっぱりただ辛くなるだけなんだよ。




 目的の駅で電車を降りて、改札を出る。するといきなり目の前で立ち止まる等辺木にぶつかった。なに改札を出たところで立ち止まってるんだこいつ? 邪魔にも程がある。
 まだ僕には良いけど、知らない人達の迷惑だ。


「おい秋徒、邪魔だからさっさと――ん?」


 なんだか虚ろな目で前方を見つめてるな。この虜にされたような目をこいつが向ける相手って事は……僕はその視線の先を追う。
 するとやっぱりだけど居た。秋徒とお付き合いされてる愛さんだ。いや、確か本名は『藤沢 慈愛』だったっけ。でも僕や日鞠は最初から愛さんだったから、これからも愛さんなのだ。
 てか、この駅は人混みもそれなりなのに一瞬で見つけるあたり、秋徒がどれだけホの字かって事だな。彼女しか見えてないんじゃないのかって感じ。
 取り合えず見取れるだけの秋徒を蹴り飛ばして、愛さんの方へ。そしてさっさと声かけろって視線を飛ばす。


「お……おう」


 なんだか付き合ってる割には色々と進んでないみたいだな。まあレベル高いのも分かるけどね。愛さんはどう見てもお嬢様って感じを全身から放ってるもん。ふわりとした涼しげな服に、今日は生足をこれでもかって強調してる短いパンツで、足元は紐が絡んだようなヒールの靴を履いてるよ。まさに美女だね。
 それに対して、秋徒はしがない床屋の息子で服装はいつもと変わらないTシャツとGパン。しかも年下。色々と大変そうだよな。


「や……やあ、お待たせ」
「ブッ!!」


 そのぎこちなさに思わず吹き出した僕。本当に上手くやってるのか? そう心配するほどだ。でもそこは彼女が上手くリードしてくれてるみたいではあった。


「秋君! あ、それとスオウ君も。ごきげんよう。今日は暑いですね。秋君汗がなんだか凄い事に成ってますよ」


 うむ……なんだか目の前ので色々と大変な事が起こってる。まず、ごきげんようなんて挨拶は初めてだ。それに秋君って呼んでるんだね。そして愛さんが至近距離で汗を拭ってやってもきっと意味はない。
 なんだか見せつけられたな。


「だ、大丈夫だからさあ行こうか」
「はい。あ、そうだ。お花を買っていきましょう。病室が寂しくない様に」


 花ね……確かにそれも良いのかも。二人が花を選んでる間、僕も違う花を見てた。




 辿り着いたいつもの総合病院。僕達はそれぞれ別れて病室へ。僕は摂理、秋徒達はガイエンの病室だ。そしてそれぞれ手には花を持ってた。結局は買ったんだ。花なんてわからないけど、この季節らしいのをさ。
 静かな廊下を歩いて、ガラリと病室のドアを開ける。並んだ二つのベット。差し込む日差しが銀色に輝いてる様に見える。
 そして日差しの中にそれはあった。


「向日葵……」


 太陽を目指して伸びるこの季節を象徴する花。暑さに負けず、風に負けず、真っ直ぐに伸び続けるこの花が僕は好きだ。
 でも先越されたみたい。一体誰が? けどきっと僕以外にも、コイツの帰りを願ってくれてる人が居るって事だよな。

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