命改変プログラム

ファーストなサイコロ

現実の光景



「本当……なんだな? アイツがここに居るってのは」


 照りつける日差しが窓から差し込んでる一人の為の病室。まあ実際は、きっと複数個のベットを入れて、カーテンで仕切る様な部屋なんだろうけど、今ここには一つのベットしかないんだ。僕用の。


「何回も言わせるなよ。確かな情報だぞ」


 僕はベットのリクライニング機能で体を起こして、傍らの奴にそう言った。殺風景な病室……部屋の広さに対して、極端に物がないからそう感じてしまう。
 僕のベットの周りに有る物が、この病室の全て。三人居たって、まだまだ広い。僕のベットは角辺に配してるから、隅に集まってるみたいな感じだよ。余計にガラ~ンと感じる。


 扉まで遠いしね。そんな扉側のイスに腰掛けてるのは秋徒。デカい図体してるくせに、さっきから同じ様な事をもう何度も言ってて、正直うんざりだ。貧乏揺すりも目障りだしね。


「だけど、お前達が確認した訳じゃないんだろう?」
「だ~か~ら~、先に確認する事を待ってでも、お前達に報せてやったんだろうか。僕達じゃ関わりが浅いからな、お前とかが居た方が良いって思ってやったんだぞ」


 さっきから疑り深すぎるな秋徒の奴。そりゃあコイツはコイツで大変なんだろうけどさ。あの後、日鞠を説得してダイブしない条件下での、情報収集を認めて貰ったら結構凄いことに本当に成ってたんだ。
 あの戦闘中のログとか……炎上と言ってもおかしくない数だった。それに僕が眠ってた二日間も、ある意味別の戦いが繰り広げられてた。


 あの戦闘で首都アルテミナスは城を残して無くなっちゃったからな。その復興が、ある意味でもう一つの戦いだ。コイツも、それなりの立場な訳だし、サボる訳にもいかないんだろう。
 てか、サボる気なんて起きない位に、エルフの人達は生き生きしてるらしいけどね。週間LRO通信によると。あの戦いは確かに大変だったけどさ、取り戻せた物も多分あったんだろうな。


「じゃあ良かったのかよ。僕と日鞠の二人で黙ってたとしたらさ」
「そんなの許すわけねーだろ! 時間を見つけては、ガイエンと関わりがあった奴らに手当たり次第に当たってたんだぞ」


 僕の意地悪な言葉に、秋徒の奴は本気の声で叫んでた。唾飛んでるっつーの。てかそこまでやってたのかよ。
 目の前で消えていったんだ。いくら後悔したってその気持ちは行き場なんて無いんだろう。たく、それにしてももっと親友を信じろよな。
 どんだけいい加減な事を言うと思ってるんだ?


「はあ、ならもっとちゃんと感謝しろよ秋徒。てかさ、お前も日鞠と共に僕が運ばれた時に来たんだろ? その時佐々木さん達に聞かなかったのか?」
「聞いたさ。当たり前だろ。運営側の人が居るんなら、そうしない訳ない。だけどさ『個人情報』を他人に教える事は出来ないって言われたんだ
 当たり前だけどな」


 それは確かに当たり前だな。今の時代、個人情報は重要なキーコードだ。それこそ守秘義務とかだろう。何百万って言うプレイヤーの個人情報を握ってる訳だし、無闇やたらに言い触らすなんてやっちゃいけない事だ。
 てか犯罪だそれは。


 だけど……少し人が悪い気もするよな。だって同じ日に僕達は運ばれて来たらしいって事は、その時既にアイツその物がここに居たかも知れない。
 それってあんまりだよ。この今日という日までの日数分の頑張りが無駄な様なもんじゃん。佐々木さん達から見た等さ――――


「おいおいあいつ、まだあんな所で右往左往してやがるぜ」


 ――――かも知れない。まあそういう人達じゃ無いけどさ。言葉を放った秋徒もやっぱり悔しそうだし……するとここで、窓側から声が割り込んで来た。


「日鞠ちゃんの個人情報漏洩タ~イム! 私の幸せは、スオウお世話を甲斐甲斐しく焼く事なの――――ていっ!」
「むほぉ!?」


 口を開く前に口封じをされてしまった。さっきから黙ってリンゴの皮を剥いてると思ったら、またおかしな想像を脳内で膨らませてたんだろう。
 何粋なりリンゴを口に突っ込んでんだよ。これから何を期待するんだ? 


「もう、個人情報とかそれは私ので満足しときないさいな。スオウもさ、あんまりからかっちゃダメだよ。秋徒は信じて無いんじゃなくて、本当は見たくないんだよ。
 だから不安で一杯なんだよ。ほら、リンゴでも食べて落ちついときなさい、二人とも」


 うぬぬ……なんだかその時の日鞠は妙に神々しく見えた。てかあの奇行と発言から、そこに持っていくか? てかいけるか? 
 ほんと日鞠には、勝てないなって思った。なんだかんだ言って、僕達の中心はこいつ何だよな。プラスチックのカラフルなフォークっぽいのでリンゴを刺して、日鞠は秋徒へ差し出す。


 今言うと、リンゴもウサギの様に切られてるんだ。赤い皮の部分をブイ字型に切ってウサミミを表現してるあれだよ。
 きっと小学生とか幼稚園児の頃に一度は見たことあると思う切り方。だけどそれが差し出されるのが、高校生にもなった男子じゃね。


 普通に日鞠が持ってる分には良いけど、秋徒が受け取ってそれをかじるとさ……なんだか切ないな。なんだろうこの気持ち。
 まあ取りあえず、僕も口に突っ込まれたリンゴを咀嚼しないとだ。てかこれもウサミミカットされてたら、それは皮ごと食えと暗に言われてるって事だろうか?
 日鞠はお皿に残ってる分のリンゴを、満足そうに頬張ってるから真意がわからない。


(まあどうでもいいや)


 そう思って僕は思いきってリンゴをかみ砕く。皮だって食えない訳じゃないよ。ただ食べないだけ。だけど何分、リンゴの一切れって大きい。


 口の中一杯リンゴだ。リンゴ汁が大洪水を起こしてる。そしてそんなリンゴを胃に流してると、そこで最後の待ち人が姿を現した。


「お待たせしましたみなさん」


 そんな上品な言葉で登場したのは、すずやかな青いワンピースに身を包んだ、お嬢様みたいな雰囲気を出す女の人だ。
 僕たちは一斉に開いた扉から中へ入って、こちらに寄ってくるその人に視線を集める。中でも秋徒の視線がバカみたいに一直線に向かってる。


 てか惚けてるな。釘付けとはこういう奴の事を指すんだろう。辞書の釘付けって所に、解説の写真に使いたい位、秋徒はそのお嬢様『愛ちゃん』に釘付けで張り付けで首ったけだった。
 おいおいこいつ、花が周りに出てるんじゃねーかって感じ。そんな秋徒視線に気づいたのか、ちょっと手前でオロオロとし始める愛ちゃん。


「えっと……遅かったですか私? それとも何か変ですかね?」


 高そうな腕時計を確認して、自分の服を見下ろす。うん、何も問題ないな。至る所の所作に気品がある人だ。女性らしい仕草って奴が、そこら辺の女性とは違うんだよね。
 堂に入った感じで、しかもだからか余計にそれを意識してしまうと言うか……彼女は気合いを入れ直して一歩を践む――――――――コキッ


「きゃあ!?」


 転けた。彼女は何もない、ある意味見晴らしさえいいこの部屋で、一歩を践み損ねて転けた。いやあもう大変。何が大変ってそりゃ……パンツが丸見えだ。
 フリルがついたオレンジと白の混色パンティー。夏らしい色合いなのかな? でもなんだか、ぽかったんでちょっと安心したよ。


 これでTバックとかだったら、僕が彼女を見る目が変わる所だよ。まあ秋徒は、目の前に現れたヘブンに昇天してしまったようだったけど。
 完全に動きが止まってた。呼吸も危うい感じに止まってる。それこそあの世にヘブンされそうだ。


「ああああああ! ダメダメスオウはダメ!!」


 そう言っていきなり僕の視界を両腕で抱えて遮った日鞠。そりゃ確かに、僕にとっても眼福な光景だったけどさ……これはこれで危ういんだけど。


「ちょっ! 日鞠お前な……」
「ダメったらダメなの! 愛さんのパンツを見る権利はスオウには無いよ! てか、女の子のパンツにそんなに興味津々だったなんて――――もうしょうがないな。
 私のをいくらでも見せてあげるから!」
「おい、途中から発言おかしくなってるぞ! そうじゃなくてだな……お前、僕をどこに押し当ててるのか分かってるのか!?」


 日鞠のおかしな言葉にいちいち対応しながら、状況を確認させてやる。両腕で僕の顔を抱え込んでる日鞠は、つまりはさ……


「え?」


 僕をその胸に押しつけてる状態な訳なんだ。そして短い言葉でそれを悟った日鞠は、突然僕を突き飛ばす。


「きゃきゃあ!!」
「うおおお!」


 ズゴーンとベットの反対側に落とされる僕。するとその時、丁度秋徒を巻き込んでたらしく、地面に激突って事は僕は無かった。だけど……


「うへっへへっへ」
「うわ、こいつキモッ!!」


 クッションに成ってくれた奴に対して、酷い言いぐさとは思ったけど、マジでキモかった。まだヘブンしてやがる。どれだけ愛さんのパンツが脳内に焼き付いてるんだ。
 そして当の愛さんはというと、自分の晒してしまった醜態に対して、服を整えてからスゴスゴと頭を下げてた。


「えっと、あのその……不埒な物を晒してしまってスススミマセン!」


 てな感じ。そしてベットの反対側からは日鞠の叫ぶ声も届いてた。


「ススススオウのバカバカバカカバカ!! いいいいつからそんな変態に成っちゃったの!?」


 おいおい、何言ってんだこいつ。いつもはこっちが貞操の危機を感じ取るわ!! しかもさっきのもお前からだし、計略だっておかしくない。
 てか、なんだか収集付かなく成ってる。秋徒はヘブンしたままだし、そこに乗ってる僕も僕だ。なんか端から見たら危ない関係に見えなくもないかも。決してそんな訳無いけどさ。


 そして愛さんは立ち上がれずに、顔を染めてワンピースの裾を押さえてモジモジしてるし、日鞠は日鞠は理不尽な事に騒いでる。
 もう何がなんだか……その時、ガラッと再び扉が開いて登場した天道さん。その彼女がこの光景を見て、開口一番に言った言葉が


「何やってるのあなた達?」


 だった。なんかもう、おかしな光景に面食らってたよ。このおかしく閑散とした病室に、変な空気が停滞した瞬間だ。






「さて、みんな落ち着いた様だし、そろそろ行きましょうか?」
「「「はい……」」」


 天道さんの言葉に反応する僕たちの声は、疲れが一緒に漏れて来るような声だった。まあ単純にさ、あの騒ぎで疲れたんだ。
 体がと言うか精神にきたよ。


「ほら、スオウ君けが人だしこっちに座って」


 そう言って天道さんが用意したのは車いす。彼女が持って来たんじゃなく、元々僕用にこの部屋に用意されてたやつだ。


「ああ、ありがとうございます」
「はいはい! 大丈夫ですお姉さま。私が車いす押しますから」


 そう言って日鞠は天道さんから車いすの主導権を奪った。


「甲斐甲斐しいのね。良いお嫁さんじゃない」
「嫁って……本当に甲斐甲斐しい奴は、けが人をベットから突き落としたりしないと思いますけどね」


 僕は必死に天道さんの言葉を否定してみるけど、日鞠の奴は都合良いことだけを聞き分ける耳を持ってるから「えへへ~」とお嫁さんって言葉にうっとりしてる。ダメだこいつ……


「ほら、そっちの二人も――――ってまだ二人には自己紹介してなかったね。私は『天道 夜々』よ。二人の事は彼から一応聞いてるわ。
 LROではあのバカが迷惑掛けたって……でも、友達なんだよね?」


 天道さんの視線の先には二人の姿がある。秋徒と愛さん。二人はその言葉に頷いた。


「え~と、はい。自分から口に出すのは恥ずかしいけど、その筈です。僕は『秋徒』LROでは『アギト』ってキャラでガイエンとは知り合いました」


 自分達までガイエンに会えるように口添えしてくれたお姉さんだから、秋徒は必死に礼儀正しくあろうとしてる。ぎこちないけど。
 そして次は愛さんが軽く一礼をして挨拶をする。


「初めまして、私『藤沢 慈愛』と申します。この度は私にまでの心配り、ありがとうございます。LROでは『アイリ』と名乗らせて貰ってます。
 私達はガイエンを助けたい。その気持ちは本当です」


 どっかの誰かさんと違って、その所作は手慣れた感じだ。淀み無く美しい。だけど、彼女のその言葉で僕達は一斉に「え?」と思わず呟いた。
 だってさ――――


「慈愛って……愛じゃないんだ」


 思わずそう言うしかない。だって本当にビックリだったもん。


「えっと、実はそうなんです。だけど慈愛ってその……名前として変じゃないですか? それに一応、最初にあった時にはその辺りは濁して置いたはずですが……」


 ふむ……そう言えばそうだったかも知れない。でもまあ、秋徒の奴には良いとしても、協力者だった僕と日鞠にも偽名だったとはちょっとショックだよ。


「そのええと、言い訳にしか成りませんけど、今日はちゃんとその事も伝えようって思ってきました。私、本当は人見知りで恥ずかしがり屋で……それなのに慈愛だなんて、おかしな名前で……本当にごめんなさい!」


 一生懸命な言葉を紡いで頭を下げてくれる彼女。まあ別に怒ってた訳でも無いんだけど……やっぱりLROとは印象が違うな。


 もっと凛々しく見えたけど、あれはアイリだからって事だろうか? う~んでも、秋徒を思っての行動の時は、人見知りにしては積極的だったし、やっぱりどっか芯の所は同じって事だろう。
 すると頭を下げる彼女へと日鞠が進み出た。


「そんな謝る必要なんて無いですよ。女には一つや二つ秘密があった方が魅力的なんですから。それを詮索したり、受け入れなかったりなんて、小さな男がすることですよ。
 でも大丈夫! ここの二人は、そんな器の持ち主じゃ無いんですからね! ね!」


 念を押してきたな日鞠の奴。まあ器の大きさはともかくとして、それで非難するような事はしないっての。


「ああ当然だろ。なあ秋徒」
「……おおう! 当然だ。それに……慈愛ってその、おかしくなんか無いと思うし……寧ろ可愛いって言うか……」


 後半は言葉が萎んで言って聞き取るのがかなり困難だ。デカイ図体してるから、そのモジモジとした態度が僕には妙に気持ち悪く写るんだけど……だけどどうやら二人はちゃんと通じあってる様だ。


「えっとあの……ありがとう。秋徒君にそう言って貰えると、ちょっと自信になるかもです。自分の名前を好きに成れそう」


 柔らかく微笑む愛さん――じゃなく慈愛さんだっけ? はなんだか良い笑顔してた。うん二人の間には甘いピンク色の空気が漂ってるよ。
 そう言えば、二人は付き合ってるんだろうか? あの戦いでお互いの思いを再確認したはずだけど……僕は倒れたから知らないな。
 日鞠もLRO方面には余り関わろうとしないし(僕がが主観に成らなければ)、だから聞いてない。いや、知ってるかも知れないけど、わざわざ話す様な事はしないか。


「所でさ、どう呼んだ方が良いのでしょうか? 慈愛さんってのもどうかと思うし、愛さんで良いですか?」


 僕は二人の甘酸っぱい空気の中に、無粋にも割り込んだ。いやさ、彼女には悪いけど、慈愛さんって確かにちょっと言いにくいかなって。


「どうかって事は、私の名前はやっぱり……」


 急に萎れる愛さん。いや慈愛さん? もううざいな。


「おいスオウ! お前、彼女の名前に文句でもあるのか? ああ!?」


 チンピラかこいつは?


「あ~あ、本当にスオウはどこまでもデリカシーに欠けるよね全く」


 何故か日鞠までそっち側に回るか。そりゃ確かに、どうでも良いことだったかも知れないし、ここで言う事じゃなかったかもだけどさ……呼び名はスムーズな方が良いじゃん。
 て、これを言ったら本気で秋徒に殴られそうだから、ちゃんとそう言う事じゃないと伝えるか。


「違うって、おかしいとかじゃなく……え~と、そう本名二人だけの間での方がいいかなってさ。僕達が言っても効果ないじゃん。
 秋徒が言ってくれるのが嬉しいんだからさ。だから僕達は愛さんのままが良いかな~って」


 さあどうだ!? フォローも理由も我ながら見事に言い訳出来たと思うけど……


「そ、それはそうだけど」
「まあ、確かにお前達が無闇やたらに慈愛・慈愛言うのもなんだかイヤだしな……」


 はは、恋愛で頭が沸騰してる奴なんてこんなもんだな。二人は照れながら目が合うと、笑い返してる。まあ僕達は愛さんで良いって事だろう。
 そして僕達の会話が一段落した頃にようやく、蚊帳の外にいた天道さんが今更な事を叫んだ。


「アイリってあのエルフの国のお姫様の!?」


 ここからはまたしばらく、その言葉に端を発した質問がいろいろ来たわけだけど、それは割愛で。取りあえず、僕達は目的地を目指します。




 目指す病室はそんなに遠くは無かったけど、どうやらこの病棟でそれぞれ僕達は出来るだけ離されて病室を与えられてるらしい。円上に成ってるから。三人でそれぞれ、三角形の頂点の位置に部屋がある感じだ。


 あの目覚めた日に僕が逆側に行ってたら、見つけてたかも知れないな。だけどそれじゃあ、天道さんとは会えなかったかも知れない。縁って奴を感じるな。
 その扉の前には佐々木さん達が待っててくれてる。あの日するはずだった話も、今日に回したからね。自分の体の事はあの日に聞いたりしたけど、何が起こったとかの詳しい事は、今日にしたんだ。
 やっぱり僕達は分かれて戦ったから、それぞれの視点は必要だろう。


「遅くなってすみません」


 そう言って天道さんが頭を下げる。それを佐々木さん達は、気にしてない風の事を言って扉を開けてくれた。招かれる様に病室へと踏み出す僕達。
 車いすが僅かにそのタイヤの音を響かせて、日鞠が方向転換。真っ直ぐ見据える、光溢れるその場所。扉の横には表札が一つ。そこにはガイエンの本名が綴られてる。
 【戸ヶ崎 志朗】それがガイエンの本当の名前か。




 病室に入って真っ先に目に入ったのは、棚の花瓶に生けられた黄色い花。あれはあの日、天道さんが持ってた物だろう。
 たった数輪。華々しいとは言えないし、豪華でも無い。でもその命を示す様な咲き方が、この無機質な場所では必要だと思える。


 部屋は僕の所と同じ様な感じだ。ベットの周りに大量の機械……でもその物々しさが段違いだな。そしてそんな機械に囲まれた中で、一人の男性が頭に例の物を被ったまま、堅く瞳を閉じている。
 本当にただ眠ってるように。心拍を示す機械が規則的な音を出してる。生きている……それはちゃんと証明されてる。


 だけど目覚めない。あの頭の楔が、この人をどこかに捕らえてる。エルフの整った顔を見てたせいか、なんだか年よりも老けて見えてしまうな。
 多分まだ二十代そこそこの筈だけど……頬も痩せこけてるし、肌の色もなんだか悪い。髭も手入れしてる風でも無いし……この人は、あの日からこうなったにしては、なんだかこういうのも失礼だけどみすぼらしかった。


 この人はさ……ちゃんとリアルを生きていたのだろうか? そう思ってしまう。偶に聞く事がある。LROとリアルの逆転。
 あそこには夢があるから、そんな感じで捕らわれる人も居るらしい。この人も、そんな一人だったのだろうか? だからこそ、あんなに狂気的に成ったのかも知れない。
 でも……それでも……


「ガ……イエン……」
「お前……なのか本当に……バカ野郎が……」


 この二人と出会ったことで、きっとこの人は変わった筈だ。いや、あの戦いで変われた筈だったんだ。歩みだそうとした未来を、僕達は守れなかった。
 二人は静かに涙を流す。僕はそんな光景を目に焼き付ける。この涙を僕で再び流させない為に。

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