命改変プログラム

ファーストなサイコロ

不協和音



「それじゃあ行ってくるよ」
「ええ、頼みます二人とも」


 背中に燃え盛る村の情景を背負い、テッケンさんはノウイの肩に上がっていく。そしてノウイがミラージュコロイドの鏡を村の外に向けて配置する。


「本当にいいんすね? 俺はアギト様からいざという時は君を引っ張ってでも逃がせって言われてるっすけど、傍に居ないとそれは出来ないっすよ」


 ノウイは肩に乗せたテッケンさんのベストな位置を探しながら僕への気遣いをしてくれる。てか、アギトの奴そんな事を頼んでいたとはな。まあそれもアイツの調子が戻った証拠なのかも知れない。
 僕は遂にテッケンさんを首の後ろに回し、両肩に足を置いて自身の髪を掴ませて完成系を見たノウイへと言葉を返す。


「別にいいさ。逃げる気ないしな。それに自分達のお姫様を助けたいだろ?」
「む……まあ、それはそうっすね。アイリ様の事は心配っす。直接危害を加えるとは思えないっすけど、随分派手にカーテナを使ってたっすからね。
 その影響がどうなってるかが気になるっす」


 カーテナの呪いか……そういえばそんな事言ってたな。それにノウイはそれを直に見てる訳なんだよな。気にしない訳がない。
 そんな時僕達が走ってきた方向、つまり村の入り口側から大きな叫びがここまで届いた。それはきっと大量のモンスターの雄叫び。


「派手にやってるな。急いだ方がいいよ。こっちは本当に大丈夫だからさ。な?」


 そう言って僕は後ろへ視線を向ける。


「うんうん大丈夫。心配しないで。スオウはちゃんと私達が守りますから。ね、エイル」
「まあビギナーを守るのも熟練者の勤めだし。良かったなスオウ。初心者で」


 答えてくれたのはリルレットとエイル。だけどこのモブリ、本当に口を開く度に嫌みしか言わないな。周りだってなんだか微妙な笑いでジョークにしてくれようとしてるのに明らかに不発に終わってるし。
 たくさ、そもそもエイルは熟練者じゃないだろう。僕よりはLRO歴長いかも知れないけど、せいぜい数ヶ月程度と見るね。やっとで初心者抜け出した位だろ。
 熟練者なんてほど遠い、せめて中級者(下)位にしておけ。


「はぁ~はいはい、頼りにしてるよ中級者魔導士(下)のエイル君」
「ああ? 何だってこの死にたがり双剣士。誰が(下)だ!」


 僕達は互いににらみ合う。


「ふん、エイルは上にも熟にも達してないだろ。正当な位置づけだ。それに僕は死にたがって何かない。
 ただアイツを放っておけないだけだ」
「はっ、中にさえ達してない下の下だから本当にバカみたいだな。そろそろ気付よ。お前のその何? 自分にしかとか勝手に思ってる使命感のおかげで周りがどれだけ迷惑してるのかって事にさ」


 エイルはモブリの愛くるしい筈の顔に最大限の歪みを張り付けてそんな事を言った。周りが迷惑してる? そんな事百も承知だよ。
 それに使命感……そんなの当たり前だろ。セツリは僕にしか助けられないって言われたんだ。だったら僕が行くしか無いじゃないか。でも、その事まではエイル達には言って無いんだっけ。
 それならエイルが僕の事を自己満足とか、謎のクエスト達成者とかの名声を狙ってやってると思っても仕方無いのかも知れない。


「エイル!」
「ダメだよリル。一回こいつにはちゃんと言わなきゃいけないんだ。アギトとかも熟練者の割に甘いよね。現実を教えてやるべき。実際、アンフィリティクエストなんて物のせいでLROは滅茶苦茶に成りだしたんだ。
 誰もが出来る事なら早く終わらせて欲しいと思ってる。だけどそれはお前の様な初心者じゃ無いんだよ! 誰もスオウなんかに期待なんてしてない。
 むしろLROの攻略組が動くまで何もするなって思ってるさ。だってお前がやたらと被害を拡大してるんだからな。ついにはアルテミナスだって? ふざけんなよ。
 純粋にゲームを楽しんでる僕らの邪魔をするなって事を大多数のプレイヤーは思ってるんだ!!」


 暗い夜にその言葉は溶けていく。エイルの言葉が終わったとき、僕は拳を力強く握りしめてそれに耐えるのが精一杯だった。殴りたかった……けど、今ここでそんな事をしたら仲間意識とかそう言うのが一気に無くなる気がした。
 だから拳を出したい力に、押し止まる力をぶつけてひたすらに耐えた。


「本当に……エイルの言った事は真実ですか?」


 耐えに耐えて、ようやく絞り出した言葉がそれだった。エイルの言葉を嘘にしたかったんだ。誰か他の人の口から、エイルを否定する言葉が上がる事に期待した。
 けど、場に募るは沈黙。誰もが肯定もしないが、否定もしない。いや、この沈黙こそがエイルの言葉を肯定してるのかも知れない。
 そんな折り、小さくか細い声が視界の端で上がる。


「あのねスオウ……エイルの言った事はね……」


 だけどこの後は喉につっかえた様に続かない。すると前方、ノウイと合体したような体勢のテッケンさんが言葉を引き継いだ。


「うん、確かにエイル君が言ったような考え方をしてる人達も居るのは事実だよ」
「――くっ」


 僕は爪が手のひらの皮を突き破るんじゃないかと思えるほどに力を更に込めた。噛みしめた顎の力で口に血の味が広がる。
 もう本当に、この体にも血液が循環してるんだなと感じた。別に誰かに認められたいとか、そう思ってやってきた訳じゃない。
 確かに僕の様な初心者が謎のクエストに手を出すのを危険視する人達が居て当然だ。そこは逆の立場とかで考えたら当たり前に思うって理解できる。
 真のトッププレイヤー達、それこそ今もLROの攻略最前線に居る人達がやってれば今の状況も仕方ないで済ませられるのかも知れない。
 けど、今アンフィリティクエストに挑んでるのは始めたばかりの初心者プレイヤーの僕だ。というか、ハッキリ言ったら僕のせいで始まったような物だしな。
 そのせいでクエストは達成出来ず……LROはおかしく成るばかり。それじゃあ確かにこんな初心者に任せては置けないだろう。
 別にそれはいいんだ。何と僕が言われようと別にどうって事無い。だけど僕が握りしめて、血が広がる程に噛みしめるのは、じゃあセツリの事はどうなんだって事だ。


(アイツはここに生きてるのに)


 何もせずにしておけば良かったのか? 初めて出会ったのは仕方ない。けどその後犯罪者ギルドの奴らに浚われて、そこで現れたあの悪魔に捕まったセツリをあのままにでもして置けば良かったとでも言うことなのか?
 セツリの命がたった一本のHP分しかないと知っていても、自分が初心者だから諦めろと? きっと頼れるのは僕達しか居なかったセツリを見捨てて、いつ来るかも分からない連中に全て任せておけばよかっのかよ。
 そんな事、出来る訳がない。このLROのプレイヤーの人達がセツリの事をどう思ってるのか分かった気がする。それなりにもう僕達の情報だって出てるだろう。せめてセツリがリアルに実在する事は誰もが知ってるはずだ。
 クエストの目的は『セツリのリアルへの帰還』けど、いやだからこそ、セツリは他のプレイヤー……関わりの無い人達にとってはクエストのキーアイテムでしかない訳だ。
 それもしょうがないと言えばそうなのかも知れない。だって仮にここでの死がリアルに繋がってるなんて誰が信じるだろう。信じたとしてもそれは実感なんて無いものかも知れない。
 僕達がただテレビから流れるニュースの悲劇を「そうなんだ」位にしか思わない程度の事。なんてたってLROはゲームなんだから。


「わかったかよスオウ。テッケンさんも認めただろ。お前の行動は迷惑なんだからこれから自制して生きろよな。今回はまた協力してやるけど、調子に乗るなよ」


 テッケンさんの言葉を得てか、エイルが妙に胸を張っている。それがやっぱり妙に腹立たしくて、でも同時に何かが脱力した気がする。
 だから握った拳から力を抜いて大きく息を吐く。そしてエイルに向かって言い放った。


「そんなに迷惑なら……もういいよエイル」
「は? 何言ってるんだお前? 死ぬ気か? 遂に死ぬ気になった?」


 いつもこいつは死ね死ね言うな。これもいつものジョークなんだろうけど……今は楽しく受け取れない。てかいつも楽しくないし、この手のジョークは。
 きっと冷めた目に僕は成ってるだろう。


「迷惑ならこれ以上はもういいって言ってるんだ。ここまで助かったありがとう。他のみんなも迷惑だったのならこれ以上はいいよ。ゲームなんだから……リスクを犯す必要なんてないんだ」
「「え、あっ……」」


 完全にここにたどり着いた時の勢いは無くなっている。そして広がるのは戸惑いだ。そしてそれは僕も同じ……今まで漠然と『仲間』って奴を知ってたと思ってたけどさ、今、僕にはそれが分からない。
 繋がってたと思ってた糸はそうじゃなくて、じゃあ僕は今まで何を持って仲間としてたんだろう。仲間って一体なんだよ。少なくとも僕は今……エイルを仲間と見れない。
 と言うかなんでこいつが此処にいるのか……ああ、リルレットが居るからだった。じゃあリルレットは何で……それはアギトが居るからだったっけ? 
 なんだろうこれは……誰もセツリを見てない気がする。不安や憤りが心を捕らえて放さない。暗い……月がないから、今日の夜は暗すぎる気がする。


「何言ってるんだよスオウ! 一人でどうする気だ? 協力してやるって言ってるだろ! それをもういいだなんてどういう事だよ。ここまで来て諦めるのかよ」


 背中にエイルの声が刺さる。そして次にリルレットの声が届いた。


「そうだよスオウ。今更なんで?」
「別に、諦めるなんて言ってない。ただ僕はみんなは此処まででいいって言ったんだ」


 僕の言葉に周りがざわつく。その意味を悟ったからだろう。つまり僕は……


「一人で行く気っすか? どうして、そんな必要無いじゃないっすか。みんな協力するためにここにいるんすよ」
「そうだよスオウ君! どうしたいんだい? さっきの話がショックなのは分かるが、一人で行くなんて無謀すぎる。冷静になるんだ!」


 ノウイとノウイの頭の上から声が届く。けれど僕には暗すぎてよく見えないよ。辛うじてまだ見えるのはそう、テッケンさんだけだ。だから彼の言葉にだけ言葉を返す。


「冷静ですよ。本当にこれまでに無いくらい冷めきってます。無謀でも何でも、一人で行くしか無いじゃないですか。気付いたんですよ。誰もセツリを見てないって、そしたら分からなく成りました。
 僕らを繋いでた物って何だったんでしょう? テッケンさんは何で僕に協力してくれるんですか?」


 熱気を帯びた生暖かい風が僕らの凍り付いた様な場を通り過ぎていく。でも、そんな空気なんてどうでもよくて、僕はただテッケンさんの言葉を待った。


「僕は……君だと思った。LROでどんなに高名なプレイヤーじゃなく、君があの子を助けるんだとそう思えた。だから今までずっと僕はその瞬間を見たくて、協力してるよ。
 きっとあの子もそれを望んでるだろうしね。僕だけじゃない、アギトもシルクちゃんも、多分今はセラ君だってそう思ってくれてるよ」
「よかった」


 本当にそう思える事を言ってくれた。まあセラがそうなのかは結構怪しいけど、少なくともアギトやシルクちゃんは信じれる。それだけでかなり安心感みたいなのが広がる。
 けど……たったこれだけとも思えて成らない。LROには数百万のプレイヤーが居るはずなのに、セツリを見る目は片手で足りる。


「ありがとうございますテッケンさん。やっぱり貴方は格好良い」
「スオウ君……」


 本当にこの人は頼りに成るよ。出会えた事に感謝したい位だ。いやまあしてるけど……取り合えず、今の僕にはその言葉だけで充分だ。


「アイリを頼みます。ノウイもアイリの為なら本気に成れるだろ? 頼む」
「何言ってるっすか! 俺は今回はいつだって本気っすよ!」
「はは、ありがとう。うん、だから頼むよ。見つけるにはノウイの力が必要だ」


 僕はそう言うとテッケンさんとノウイに背中を向けて歩き出す。ノウイはもう何も言わない。ノウイは分かってるよ。アイリを助ける時も、助けた後も自分が必要だって。
 エイル達を素通りして僕が立つは洞窟の前だ。


「おいスオウ! 何がセツリを見てないだよ! 訳分かんない事言うなよな。俺たちはだからその子を救うのに協力するために集まったんだよ」
「そうだよスオウ。エイルが言ったのはあくまでそう言う人達も居るってだけで、私達はそんなんじゃないよ」


 僕の前には真っ暗な暗闇が大口を開けて獲物を待ってるみたいだ。別に僕はエイルやリルレット……ここまで付き合ってくれたみんなを責める気なんてないし、感謝してるさ。けど、ここから先は止めた方がいいと思うだけだ。


「分かってる……分かってるさ。だけど本気には成れないだろ。なら来ない方がいいよ。今までみんなが相手にしてきたゲームのバランスに沿った敵じゃないんだ。
 何が起きるかなんて分からない。初心者のワガママに付き合って培った時間を無駄にすることない」
「お前、それって何だよ。本気に成れない? バカにしてるのか俺達を! 協力するって決めた時から、その位の覚悟はしてる。それでもいいから俺達はお前達に付いていて来たんだ」


 エイルの言葉が深い洞窟に反響するように響いて去っていく。でもさ、何を言われても僕とエイル達には圧倒的な思いの差があると感じてしまう。
 それは仕方無いって分かってるし今までそれでもいいとずっと思えてた。けど何故か今はそれが許せなく成ってる自分が居る。
 なんで……どうして……今までそれを許せてたのか自分でも分からない。だから僕は、言ってはいけない事を言った。


「その位の覚悟? だからそれはゲームだろ。アイツは、セツリは……ただのクエストアイテムじゃ無いんだよ! 僕達は今、ゲームをただ楽しくやってる訳じゃ無いんだ!」


 肩が震えていただろう。吐き終わった後は激しく呼吸を繰り返した。押しつける気なんか無かった……それなのに言ってしまった。
 だけどあの話を聞いて、知ってしまって、そしたら押さえきれない何かがせり上がってきたんだ。後ろでは僕の言葉のせいで少しざわつき始めてる様な気配がする。
 無理もない。だって僕が言ったことは身勝手な癇癪でしかない。だって彼らは何も知らないんだから。僕の事もセツリの事だって深くは聞かせてない。


「スオウ……なんだよそれ。お前は結局、自分だけがとか思ってるって事なのかよ! そんなにその子のヒーローに成りたいんなら初めから一人で行けよ!」
「ちょっとエイル君落ち着くんだ」
「だからここまでで良いって言ってんだろ! 一人でも何でも僕は行くさ。幾ら迷惑がられたって、後ろ指刺されたって、アイツが待ってるのは別の誰かじゃない! 僕なんだから……命を懸けてでも僕は止まる訳には行かないんだよ!」
「スオウ君も落ち着くんだ!」


 テッケンさんの叫びが僕の言葉に被さる様に響いた。だけど遅い。僕の言葉は八割型後ろに伝わっただろう。そして同時に何か重い物が落ちる音が耳に届いてきた。


「みんなどうしたいんだい!? 武器を投げ出すなんて、ここは戦場だよ」


 そんなテッケンさんの声で後ろがどういう状況なのか分かる。どうやらみんな頭に来たみたいだ。元々それなりに実力者揃いの皆さん。好意で協力してくれたんだろうに、初心者である僕にあんな事を言われたらやる気を無くすのも当然か。
 でもテッケンさんの焦りとは裏腹に、僕はこれでいいと思ってた。だってどうなるんだよ。仲間って同じ目的を持って共に進んでいく物じゃないのかよ。それなら僕らは仲間なんて言えない。
 少なくとも言いたくない。僕はそう思ってた。


「テッケンさんには悪いけど、俺ら必要無いみたいだからさ。な~んか一気に冷めたって言うか……一人だけ高尚な感じ気取ってるのが気に入らないって感じ」


 そんな誰かの言葉に周りが頷いてるのが見なくても分かる。場の雰囲気は最悪。とてもこれから誰かを助けに行こうと集まった人々の空気じゃない。そんな中テッケンさんだけが何とかしようと、ノウイの上から色々言ってる。
 けどそれでどちらも気が変わる訳じゃない。彼らも僕もだ。


「別に誰かに気に入られる為にやってきて訳じゃない」
「俺らも別にそのお姫様の事なんてどうでもいい。俺達が協力したのはそれぞれ世話になった人に頼まれたからだし、何よりアンフィリティクエストとかこの情勢のアルテミナスをどうにか出来る一人になれるなら面白そうだと思っただけだ」


 僕と後ろの誰かの言葉にテッケンさんが「ああ~」と唸ってるのが聞こえてくる。本当にテッケンさんには悪いことをしてると思うけど、もうどっちも止まれない。既に意地張り合いだよ。


「ならもう充分だよ。アンフィリティクエストの方は分からないけど、アルテミナスの方はアギトに付いていけばどうにか成るだろうし、よかったな」
「ああ、それもそうだな。アイツの方が信頼できる。けどその前にお前が泣きつく所でもみたい感じだよ俺達はさ。どこまで一人でやれるってんだ? 安心しろよ。やられて、もう一度行くときに頭下げてお願いするなら協力してやらなくもないかもだぜ」


 有り難い忠告を耳に受けながら僕は一歩を踏み出した。こんなに重い気持ちで戦いに挑むことなんて今まであったっけと思う。けど……無理なんだ。一緒になんかいけない。僕は最後にこういうしか出来ないよ。


「それは有り難い。だけど多分、僕がやられたら二度と会うことは無いよ」


 誰もがその言葉にハテナを浮かべただろう。だけどテッケンさんは直ぐに叫んでくれた。


「スオウ君!」


 彼だけがその言葉の意味を知っているから。だけど僕は歩き続ける。止まりはしない。口に出すと、まだそうなのかも分からない事だった筈の死がリアルに感じれた。もしかしたら今度こそ本当に……そう思えて僅かに腕が振るえる。


「スオウ!!」
「やめろよリル。良いんだよ。どうせ直ぐに泣きつくさ。それに俺達は迷惑らしいし、本当にムカつく奴。死んじまえバカスオウ!」


 後ろからマジでムカつく声が聞こえる。そもそもの原因はアイツだ。だけどいつかは遅かれ早かれ同じ事は起こった気がする。けど不幸なのは今此処にはテッケンさんしかいない事だ。
 アギトやシルクちゃん……セラもいれば、もっと冷静に成れたかもしれない。でもやっぱりここにはテッケンさんだけで……それだけじゃ僕はもう止まれない。




 僕はこの場から離れるために一気に駆けだした。一寸先が闇へと繋がる暗い暗い洞窟を一人で突き進む。何も考えたく無かったから、たった一つの足音がやけに大きく響いて孤独を伝えるから、そんな恐怖を感じる間もないように僕は走り続けた。
 そしてしばらく進むと広い空間に出た。そこは明らかに自然物じゃない。くり貫かれたようなだだっ広い空間。大理石が敷き詰められ、真っ白な柱が天井を支えている。その更に先には何だろうか……あれは神殿? そんな建物が白の背景に埋もれる様に見える。
 僕は再び走り出す。きっと奴はあそこだ。そしてセツリも。だけどその時、巨大な柱の陰から何かが出てきて攻撃された。よく見ると他の柱の陰から更にニ体。それは白い石膏の様な巨大な神像。それが三体……出し惜しみなんてしてられない。
 セラ・シルフィングを抜くと同時に僕は叫ぶ。


「イクシード!!」


 だけど……僕に応える風は無かった。

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