命改変プログラム
氷の山に挑む時
アンティーク調のカウンターと窓際に五つしか設けられてない接客スペースは、これで利益が上がるのか疑問視する程の物だ。
今だって客は俺達を入れてたったの三人。カウンターに年輩のおじさんがスーツ姿のままで涼を取っているだけ。あれって休憩中なだけだよな? 随分とヨレヨレなスーツに……って良く考えたら今の時期にスーツもおかしいんではないのか?
クールビズを詠ってる時期だぞ。夏用スーツとかもあるとは聞くけどさ……わざわざ厚着をする事もないだろう。それに出されたコーヒーをずっと見続けてるんだろう背中には何とも言えない物悲しさがにじみ出てる様な気がしてならない。
「あの人……」
「ん? 何か言いました?」
愛は先に出された紅茶とシフォンケーキを突っつきながら俺の独り言に反応した。俺の前には何故かお冷やだけ。何この待遇の差は? 日鞠の奴は俺の注文を取らずにニヤニヤしながら奥に引っ込んだんだ。
絶対に何か企んでる。あの顔はいつもどうやってスオウに迫るか考えてる時の顔だった。
愛は俺の視線がどこに向いてるのか気づいた様で、顔を赤らめて空いてる腕で胸を隠した。
「いい言っときますけど、ブラはしてなくても透けないですよ」
「見てない! 俺が見てたのはケーキの方だ!」
いきなりのズレた発言に俺は思わず声をあらげた。いや、確かに彼女がフォークで持ち上げたケーキは丁度胸の部分にあったわけで……愛から見たらそう見えてもおかしくはない。
けどさ、彼女は俺がどれだけ胸好きと思ってる訳なんだろう。流石に真っ昼間から「ぐへへ~ええ胸じゃ~」とはならねーよ。
それに俺はエロを出す相手は選ぶ派だ。誰彼かまわずそんな事する奴はただの変態。愛は俺の言葉を聞くとフォークに乗ったケーキの片割れを差し出してきた。
「食べる?」
「一応聞くけど……パクついていいの?」
そのフォークにパクッとさ。それはある意味間接キス。愛は勘違いを失礼だと思ってそうしてくれただけだから、俺の発言に顔を赤らめて周囲を見回す。
ミスったな。これじゃあまるで俺に下心があったみたいだ。何も考えずに食いついてた方がラッキーだった。するとようやく視線が戻って来て愛は言う。
「ええっと……投げます!」
「それを食えと?」
「出来れば」
愛は微妙にフォークを揺らして狙いを定めてる感じだ。俺はそれを手を伸ばして止める。ここはちゃんと言っておこう。別に俺はそのケーキを狙ってた訳じゃないってさ。
「いいよ、別に欲しくないから。栄養源なんだろ君の?」
「ええっと……ああ、はい。うん、全身にカロリーというエネルギーが巡ってるのを感じます」
それは血だな。それにカロリーなら殆どの生物の栄養だ。無理な設定つけるからおかしな発言に愛はなっている。
フォークに乗っていたケーキを口に運び租借する。その姿がなんだか凄く愛は上品だ。それに姿勢がやけに良い。愛の行動は今の所大抵常識から外れてるけど、実際はその雰囲気も少し違う。
フォークの入れ方から紅茶の飲み方まで優雅さが漂ってると言うか……口を開けばそれが霧散するんだけどこの変なギャップがきっと原因だと思う。
時々不意に愛の姿が重なるんだ。俺が守りたかった奴とさ。だからこの喫茶店に入って向かいに座る愛の所作を見て不意に外を見ると、真っ白な光の中で上映された思い出に戸惑った。
まあ、アイツはブラジャーを押しつけて来たりはしなかったけど、やっぱりこうして見てると少しだけ思う。
(愛はもしかして)
そういう風にさ。疑う余地も十分に実はある。スオウのあのメールとかここに何故か日鞠が居ることとか、仕込まれてる気がするでもない。
目の前の愛はシフォンケーキを幸せそうに食べていて、俺の疑いの目など知る由も無いと言った感じだ。
「う……ほ、欲しいんですか? あげますよ」
けれど俺の視線に気付いた愛は、渋々感たっぷりにそう言った。
「だから別にケーキが欲しい訳じゃ――」
「――だよね~、秋徒にははい! 特別メニューじゃじゃ~ん」
横から急に割り込んできた声が透明な器を俺の目の前に置いてきた。ゴト……と重量感たっぷりの音を鳴らして姿を現すソレは白と緑と紅色をした丸い物を器の三辺に乗せて氷上の頂からはそれぞれ分割するように赤、青、茶? が滴る大きなかき氷だった。
俺はその大きさにと異様さに若干ひきつっていると、向かいの愛は瞳をキラキラしながら喉を鳴らしている。女の子はデザートは別腹と言うけど本当にそうなのか? と変な事を一瞬考えてると、かき氷を運んできた日鞠が目の前にある異物の説明を始めた。
「こちら大福かき氷でございます。三種の大福は白が大福、緑が抹茶大福、紅色が苺大福となっております。そしてシロップも三種類! 赤はイチゴ、青はブルーハワイ、茶はコーラ。
三種三様の味をお楽しみあれ」
日鞠はウエイトレス仕様の笑顔を向けて息満々。それはあたかも初めて一人でお着替え出来た子供の顔にも見えなくない。
しかし俺は目の前の大福かき氷をゲンナリした目で見つめてる。別に暑い中を歩いてきた訳だし、素直にかき氷は嬉しいんだけど……大福を乗せる意味が分からん。
しかも三つも。これはどっちをメインと捉えればいいんだ? 大福? かき氷? かき氷も三つもシロップ掛けたら味が混ざるじゃないか!
「既に吐きそうなこの衝動はどうすればいいのか教えて欲しいな日鞠」
「飲み込んどけば?」
俺の悲痛な叫びは一蹴された。さっきの丁寧語……と言うか接客態度はどこいったんだ? てか、こんな物はメニューに乗ってなかったぞ。
こいつの横柄さは一体どこまで許されてるんだろうか? そんな疑問を持ちながらも一応スプーンを取ってみる。出されたまま放置しておくとだんだんかき氷は溶けていく。それはどうしようもない事実だ。
するといつの間にか日鞠の手にはストップウォッチがあった。何する気だ?
「さてさて、第一回最初の大福かき氷の早食いに挑戦するのはこの人、私の同級生でゲームオタクの秋徒君です! どうですか今の心境は?」
日鞠はオーダーを取るときのペンをマイクに見立てて俺の口元に寄せてくる。こいつの行動が理解できない俺は思わず頭を抱えてしまう。
「あれれ? 秋徒まだ一口も食べてないよ。頭を抱えるには早すぎる!」
直ぐ横で頭痛の原因が何か言ってるけど、俺は妙な気恥ずかしさで頭を上げられない。主にコイツと友達と思われたくない。それになんだあの紹介文は? 陥れようとしてるのか。
チラリと前方に視線を向けると、それに気付いた愛が少しひきつった顔で「あはは」と愛想笑いを浮かべた。うう……あのひきつりは何が原因なんだろうか?
別に無駄に良い格好しようとは思わないが、女の子にはイヤな印象は与えたくないと思うのは男として当然だ。
「おい、どういう事だよ? 誰が何に挑戦するって?」
俺は小声で横の日鞠に現状の説明を求める。
「だからそのかき氷を十分で食べれたらなんとタダ! うん、私って太っ腹だね」
「サービスとか言ってなかったか? これじゃチャレンジゲームも良いところだ」
日鞠は俺の小声に付き合う気は無いらしく、むしろ店に良く通る様に声を出している。今日は仕事だからか長い髪を三つ編みにしてて、二つの三つ編みの付け根から伸びてる赤いリボンがチラチラ視界の端に入ってうざく感じる。
いつもなら面倒とは思ってもこんな黒い感情は沸かないんだが……今は人前だ。極力放って置いてほしい。
「ゲーム好きでしょ秋徒? ほらサービス」
「あのな……」
それは誰にとってのサービスだ? 俺はどこで得すれば良いんだよ。わざわざ苦しく成りたくないんだけどな……って、ん? 俺はあることに気付いた。
「もう帰っていいか?」
「「ええ!?」」
愛と日鞠の声が綺麗にシンクロする。余りに唐突な俺の発言に二人とも面食らった様だ。でもさ……よく考えたら俺は役目を終えてると思うんだ。
愛はエネルギーを摂取して幸せそうで元気に成ったみたいだし、これ以上一緒に居る意味なんて俺には無い。やっぱりさ、愛を見てると思い出すんだ。どうしようもなく。
だから俺は帰りたい……そしてリアルでも……
「ふふふ、逃げるの秋徒?」
その日鞠の言葉に俺は必要以上に動揺した。決して外面には見せないけど内心ではかなり大きく鼓動が鳴り響いたのが聞こえた。
俺をなんとか引き留めようと必死でとっさに日鞠は言っただけ何だろうけど、必要以上にそれは効果的に効いた様だ。だから俺は少しムキになって日鞠に言い返した。
「どういう事だよ日鞠。俺がその子に付き合う理由なんてないんだよ。それに休みに何するのも自由だろ?」
「ふん、そんなの全ては言い訳よ。要するに秋徒はこのゲームに勝てそうに無いから逃げるんでしょ? ゲーマーが聞いて呆れちゃうわね」
日鞠は嘲る様に方をすくめて大げさに首を振る。それは明らかに俺を挑発してる動作だ。ゲームの事に関しては俺も流石にカチンと来る……けど、ここで乗るのは日鞠の思う壺だ。
それに何より……
(なんか彼女と居ると調子狂うんだよな)
俺は僅かに視界の端に愛を捉えてそう思う。元々家から出る気も今日は無かったのに、彼女の変な行動のせいで訳が分からない内にこんな所まで来てしまったわけだ。
何なんだろう……この自然と足が進む感覚。それは懐かしいようでいて、少し怖いと思える物だ。だから俺は、これ以上関わりあいたくないと判断して、視界から戸惑う愛を外して立ち上がる。
拳を強く握っていろんな事を我慢して吐き出す決意をした。
「何と思おうが勝手だけどさ、オレはこれ以上その変な子に付き合う気はない。初めから迷惑だったんだ。俺は一人で居たいんだ」
カチャンと手からこぼれ落ちたフォークが僅かに残ったシフォンケーキの皿を鳴らした。その音が閑散とした店内に響き、溶けながら消えていくと同時に日鞠が俺に食ってかかる。
「秋徒そんなこと言っちゃだめ! なんでそんな事言うの? アンタの取り柄は女の子に優しくすることでしょ! それも取ったらタダのゲームオタクしか残らないじゃない!」
「日鞠……何? 怒らせたいの?」
結構酷いこと言ってるぞ。まあ、否定はしないけどさ。再び視界に入った愛は俯いていてその表情を伺う事は出来ない。けどその姿だけで俺の胸に何かが刺さる痛みが感じられるのは確かでもあった。
酷いことを言った……その自覚はある。寧ろ意図してやったことだ。目的は分からないけど愛は俺に用があるみたいいだったし、スオウもそれに絡んでるのは間違いない事だろう。
それならこの時期にどうして……と問うと、おのずと答えは絞られる。きっとLROに来させるため何だろう。でもずっと分からないのは愛がそこにどう関係してるのかって事だった。
LROでの俺の関係者? だけど向こうではリアルの話はそうそうしない。それはマナーみたいな物だ。余程仲が良くて、そもそもリアルでの友達が一緒に始める位じゃ無いとリアルの事は持ち込まない。
それは俺にとってはスオウ位しか居ないんだ。それにゲームでの関係をリアルにまで引きずるプレイヤーがどこまで居るだろうか?
フレンドリストに登録した相手でも放っとけばそれっきりなんて良くある事だ。それに去る者は追わず……と言うか追えないから、そう言うものだとLROでは割り切られてる。
だからもしも、この愛と名乗る彼女がLROでの俺の関係者とはなかなか思えない。それももしかしたらアイツだなんて……影が重なる程度では信じ得ない。
てか、あり得ないだろう。俺はもう捨てられたんだからさ。
「そうじゃない! 私はただ愛さんの気持ちの為に――って今のなし!」
日鞠は手で口を覆い隠して言葉を切った。やっぱりコイツ等は知り合いか。分かってた事だが一応安心する。つまりはここに愛を置いていっても問題は無いって事だ。
「つまりは日鞠とそこの藤沢さんは知り合いだろ? なら後は任せて大丈夫だな。良かった良かった」
俺は日鞠の横を通り抜けようとする。すると日鞠の腕が伸びてきて俺の行く手を塞いだ。その手には何か紙が握られている。伝票かな?
「待ちなさい秋徒! このまま試合放棄してもお金は領収するからね! 紅茶とシフォンケーキとスペシャルデラックス大福かき氷でしめて七千二百円置いてきなさい!」
「ボッタクリだろ!?」
喫茶店とは思えない金額だ。なんだか名前に意味の無さそうなデコレーションを施して金額アップしてないか? そもそもそんな注文はしてない訳だけどな。
しかし日鞠はそんな事気にしちゃいない。伸ばしてた腕を引っ込めて伝票を肩の所で得意気にトントンやりながら口を開く。
「それは秋徒が逃げるから。払いたく無いなら時間内に食べきればいいの。そしたら良心的な価格に早変わり!」
「それでも金取るのな」
「商売だからね。大丈夫、大福かき氷の分は引いとくよ」
うう~ん、まさかここまでしてくるとは……どう考えてもボッタクリだが日鞠なら必ず俺からその金額を徴収するだろう。それは結構困る。
実は先日の遊園地に行った際に結構金を使ったんだ。今月は既に厳しいのに更にそんな出費は勘弁してほしい。
「さぁ~これでも逃げる? やっちゃおうよ~秋徒~」
明らかに黒い笑みを浮かべてる日鞠。その顔はまさに時代劇の悪代官その者だ。「越後屋~そちも悪よな~」と言っても違和感ないだろう。
俺は少し溶けだしている大福かき氷なる物に視線を投げて呟いた。
「時間内に食べられなかったらその金額のまま何だよな?」
「勿論」
俺は大きくため息を付く。てか金欲しいだけでは? と思う。このメニューの売り上げを日鞠はこの店に還元するのか怪しいもんだ。
大福かき氷はバスケットボール位の器に山盛りに氷が乗っていてマジでボールに匹敵しそうなんだ。だけど氷だし出来ない事は無い様にも思えるけど、一体食べ終わるまでに何回頭痛を併発するか分かった物じゃない程の代物だから気が滅入る。
俺がゲンナリとした表情で大福かき氷を見つめているとその向かいの席から声が聞こえた。
「わ……私もお手伝いします。良いですよね……ウエイトレスさん?」
愛は顔を上げて日鞠を見つめる。すると日鞠は優しい笑みを付くって「ええ、勿論です」と答えた。そして二人の視線が俺に向けられる。
「ほら、彼女が手伝ってくれるって言ってるよ」
「ここだけで良いです。これだけお手伝いさせてください!」
愛はわざわざ立ち上がって頭を下げている。どうしてそこまで……俺にはいくら考えても分からない。この目の前に女の子は一体誰なんだろうか。
そんな事を一瞬思ってしまった。名乗ってるのにさ。
「あのさ……」
俺が声を出しても愛は顔を上げない。どうやらやると言うまでその格好を貫き通す気らしい。俺は諦めた様にイスに再び腰を下ろした。
「まああんな金額払いたくないしな。それに二人なら一人よりは成功率も上がる」
俺のそんな言葉を聞いた愛は心底安堵したように顔を上げて胸をなで下ろしてた。そして俺は気付いた。席を立った所から意識的に愛の顔を見ないようにしてたから気付かなかったけど、彼女の目尻は少し赤い様に見える。
もしかして顔を伏せていた時に愛は……そう考えると無性に心がかき乱される感じがしてやっぱり顔を逸らす。愛は再び席に着くと乱れた食器を整えて、弾かれて飛んだケーキのカスをテッシュで集めて場を綺麗にする。
これは何だろう……あたかも力士が試合前に塩を投げて場を清めるとかの意味合いのそれか? 俺たち二人の間には微妙な緊張感が漂っていて、それがLROでの戦闘前と似てるからそう思ってしまった。
まあ、今から行う事も戦闘と言えば戦闘だしな。それも実害有りの。つまりは負けては成らないわけだ。
「はいもう一本スプーンです。それでは準備は良いですか?」
いつの間にかもう一本スプーンを用意して戻ってきた日鞠は愛にそれを渡してストップウォッチを構える。俺は二人で食べやすい様に大福かき氷をテーブルの中央に移動させてスプーンを握った。
(これだけ……これだけだ)
俺はそう自分に言い聞かせながら合図を待つ。大福かき氷は激しい太陽光をその身に受けて氷の粒を煌めかせている。透明な器の表面にも水滴が幾つも現れて、それが湾曲した部分を流れてテーブルに溜まっている。
今の時期限定のこの食べ物を見ると涼しさが飛来するものだけど、今の俺には何かくすぶる物が刺激されている気がしてた。
だけどそれが何かは今の俺では気付く事は無い。ただ漠然と実害を出さないために俺は目の前に氷の山に集中する。そして――
「では、スタート!」
日鞠の掛け声と共に俺の戦いは再び始まった。スタートから猛スピードで氷の粒を流れる様に口に運ぶ。氷の粒は口に入るとシロップの甘さを広げて、程良く溶けていく。冷やされる口の感じが何とも心地良いではないか。
軽い軽い。かつてのLROで戦い抜いた俺にとってはこんな攻撃も返さないでくの坊は雑魚も同然! そう思って次々に氷をかき込んでいるとそれは襲ってきた。
「ふぐぁ!!」
ズッキィィン!! と頭を突き抜かれてさらにはその物をグリグリされてる感覚。これはなかなかの攻撃だ。HPの一割は持って行かれたかも知れない。
LROのモンスターで例えるなら……って何さっきからLROを絡めてるんだ俺。頭を降って痛みを振り払い、俺はまたスプーンを氷に向ける。すると向かいの愛も頭痛を併発してるのが見えた。
けれど彼女はそれが収まる前に、次の氷の粒をすくっては口に運んでいる。そして次成る痛みが襲うという悲惨な連鎖を繰り返してた。
俺はその姿を見ながら「なんで……」と口走ろうとしたがそれは直前で踏みとどまった。俺はこれ以上彼女に踏み込まないと決めたんだ。
それにあれだけ必死に成ってくれるのはこっちにとっても好都合だから……俺は大福かき氷を強引にこちらに引き寄せてスプーンですくえる限界を何度も口に運んだ。
「んぐぁ!!」
そしてさっきよりも強力な痛みが頭を走る。それでも俺は氷をかき込み続けて山の部分は大分滑らかになった。
「はぁはぁはぁはぁ」
「だ、大丈夫ですか? 二人なんだからそんな無茶しなくてもきっと大丈夫ですよ」
愛はあれから一回もスプーンを伸ばしてない。何故なら俺が独占してたから。それかガッツく俺に少し引いてたのかもしれない。けど頭痛は収まったな。
「別に……そっちこそ無茶してただろ? これだけ減れば急がなくても大丈夫だから頭痛は収まってから食えよ」
「……あっ……はい」
俺は再び器を中央に戻す。すると顔を伏せた愛は申し訳なさそうな位の量をスプーンに取って口に運ぶ。その動作が異常にモジモジしていて俺までなんだか恥ずかしく成る気がする。
てかこうやって同じ器の物を男女二人でつつき合うなんて初体験だ。それを考えると自然と鼓動が早く成る。けれどそんな余裕な態度も最初の内だけだった。
かき氷を体内に入れていくと次第に腕が震えて来て手元が狂いだし、そして体温も下がってるのか夏場なのにあり得ないほどに寒気を感じ出す。
それでも俺たち二人はサンサンと降り注ぐ太陽光を後目に、この氷と大福の怪物に挑み続ける。その時、震えるスプーンが触れ合いカチンと小さく響きあった。
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