命改変プログラム

ファーストなサイコロ

月の落し物



 僕たちは駆ける。月明かりの下を風の様にだ。LROの星空がリアルと同じかは知らないけど、何とはなしに空を見上げてみるとそれっぽいのがあったりした。
 でも、僕は常々思ってたんだ。数十個位の星々を繋げてあれで良く動物やら物やらに見えた物だ……って。昔の人達は想像力豊か過ぎだろ。
 あれを良く色んな物に当てはめたなってホント思う。無理矢理にも程があるぞ先人。一体誰が考えたんだろうね星座って。てかいつから有ったんだろうか? 小学生の時にはもうあったな……って、一人でアホなボケを心内でかましてみたり。


(……………………)


 突っ込んでくれるもう一人の僕は居ないのか。流されるボケほど恥ずかしい物は無いんだよ。誰かが拾ってくれないとボケた人はずっとお尻を晒して、その一発を待っている態勢なんだからさ。
 みんなは愛と優しさを持ってボケた人に突っ込むんだ。なんだか星座の話からボケと突っ込み話にどうなって行ったんだろうか? 自分でも脈絡の無さにびっくりだ。
 あれだね。空に浮かぶ無数の星の光が実は数年前に放出された光で有るように、僕たちは常に過去を振り返っちゃう生き物なんだ。


「あの頃は良かった~あの頃は良かった~」


 そう言う大人が多いのがそれを裏付けてる。みんな何かしら過去に捕らわれて生きているのかも知れない。未来は変えられるけど過去は変えられないから……色あせても、塗りつぶすなんて不可能なんだ。
 過去に失敗した自分はずっとそこに居続ける。だから人は悔いのない生き方をしようと思う訳で、でも現実にはセーブもロードも無いから難易度超高い。
 ゲームの様には出来てない。命は一人に一個っと決められて、逝ってしまえばこれっきりなんだ。戻れるのは思い出の中でだけだ。


「あっ」


 その時、夜空の星が流れた。あれもシステムで、隕石でもなくてこの星空だって現実じゃないって分かってる。だけど、僕が感動する程の夜空を映したのは間違いなくこのLROだった。
 無数の流星が輝いているのだと最初思ったよ。星の光の強さがちがくて、墜ちてくるんだと本気で思えたんだ。視界一杯に端から端まで余すことなく星が見える光景に圧巻された。
 現実じゃないのに、これが本当の星空なんだと思えた。


「どうしたんですか?」


 耳に触り心地良い声はシルクちゃん。例えるならそう、夏場に蝉の声がうるさいくらい聞こえてるときに不意に届く風鈴の様だ。
 その音が届くと蝉の鳴き声さえも夏の風情の一員として脳内で処理できる。まあ、元から蝉の声は夏の風物詩なんだけどね。時々不快になるものさえ癒しに変える事が出来るって事だ。
 そんな癒し要員のシルクちゃんに視線を向けて見ると、少し火照った頬に僅かに浮かんだ汗が見える。それに走り続けていることに寄っての激しさを増す呼気の感じがなんだろう……ホント可愛いなこの子。
 無理矢理まとめて僕は再び空を向く。


「いやさ、流れ星見えたなって思って。三回願うとここでも願い事叶うかな~なんてさ」


 僕のそんなアホな言葉にシルクちゃんは目をパチクリさせた。ちょっと言った後に自分でも恥ずかしくなる。違うんだ。さっきまで殺伐としてたから癒しを僕も求めてるんだ。


「ふふふ、そうだね。LROの流れ星は隕石じゃないし、もしかしたら本当にそんな力があるかも知れません」


 シルクちゃんは優しく笑って冗談っぽくそう言ってくれた。同意された事で少しだけ恥ずかしさ緩和がみられる。そして目だけ動かすと同じように空をシルクちゃんも見上げていた。
 その顔の少し上にはピクが沿うように飛んでいる。


「やっぱり綺麗ですね。ここの空は」


 それは僕に伝えてくれた言葉なのか分からない。呟くようなその言葉は独り言の様にも聞こえたからだ。てか、ちょっと見とれたよ。月明かりに照らされる銀髪は青白い光を纏ってた。
 ピクはそんなシルクちゃんを真似するように月を見上げるけど直ぐに首を捻る様が愛らしい。いつの間にかセラや鍛冶屋も走りながら夜空を見上げてた。


「そうですね。眩しい位の星空です」


 シルクちゃんの言葉に同意したのはセラだ。あれからなんだか思い詰めるようにしてて、ここまで一回も声を出さなかったセラがようやく発した言葉。
 シルクちゃんに対する時だけは異常に丁寧になるその言葉に今は優しさもこもってるみたいに感じた。「仲間」って言ってくれた事を嬉しく思ってるって事だろうか。
 それなら僕も鍛冶屋も嬉しいことだ。最初酷かったからね。でも良く考えたらもう今はシルフィングも直ったしセラに対する遺恨はなくなった訳だ。
 どっちも今は歩み寄れる状況って奴だね。


「なあセラ。今でもエルフ以外は劣等種って思ってる?」


 僕のそんな質問にセラは空を見上げるのをやめて徐々にスピードを落とした。ミスった? 声を掛ける選択肢を間違ったかも知れない。
 僕達もセラにつられてその場に足を止める。そして俯いたセラから声が聞こえてきた。


「別に、今の段階では三割くらい見直してやっても良いわ」


 俯いてる割には別段変わらん。僕の思いやりという気持ちを返せと言いたいな。


「残りの七割はどこいったんだ?」
「アルテミナスを助けた暁にはそれも加算してあげるわよ」


 なんだか結局僕には上から目線のセラ。やっぱ落ち込んでる訳じゃないのか? アイリもアルテミナスもまだ完全にどうなったか分からないけど、少なくとも僕達はセラに協力する事にしたからね。
 少ないし小さな火だけど、少しでもセラの心の支えになってればいい。


「それより、あんた達だっていいのかなって思う。嫌いになったでしょ? エルフの上の人たちのあの言葉、酷かったから」


 セラはなんだか肩まで落としてる。もしかして悪いとか思ってるのかも知れない。同じエルフとして……だけど少し前までセラもそうだったけどね。
 まあ、でもそんな事は関係ないんだけど。


「別に、どこの国も同じじゃないか? 僕は良く知らないけどさ。きっとどこだって上の方では他種族を罵倒してると思うし、罵ってる奴らはいると思うぞ。
 それにあいつ等だけ見てエルフの人たち全員を同じように見る分けないだろ? 別に嫌いになんてならないよ」
「うん! そうだよセラちゃん。私も普通にエルフの人ともパーティー組んでた。みんな良い人だったよ」
「まあ、エルフは武器方のお得意様だからな。大切にして貰えれば文句はない」


 ぼくの言葉に続いてシルクちゃんも鍛冶屋もフォローする様な言葉をくれる。鍛冶屋はぶっきらぼうにそう言ったけど奴なりの照れ隠しととっておこう。
 すると俯いていたセラが顔を上げた。広がっているメイド服のスカートが風に揺れて、月明かりが彼女の顔を表し出した。
 それはセラの顔のバリエーションの最後の一つだったかも知れない笑顔だ。黒い訳でも元気一杯な訳でもない。それは微笑みと言った方が正しいかも知れない笑顔。
 そこには確かな優しさや安心が見て取れるようだ。まさかセラからそんな物を感じるなんてって事で、僕と鍛冶屋はちょっと固まった。シルクちゃんは満足気にこちらもニッコニコだ。


「そう言って貰えると助かります」


 セラはきっと自分だけの為にああ言った訳じゃないんだとこの時思った。セラが助けたいのはアイリは勿論で、国もそう……だけどそこに居る同じ種族の仲間全員なんだと分かった。
 だからこそ、最初に会ったときの愛国者っぶりは納得だ。ある意味僕はセラがちょっと羨ましいのかも知れない。僕はいつだって直ぐに街を転々として国って言う枠組みを捉えたことはなかった。
 気づいたらこんな違う種族の国まで来てるしね。
 ここアルテミナスに来て、初めてそれを感じて知った。きっと最初に降り立ったあの始まりの街にもセラと同じ様に人と人の国を愛する人達が居た筈なんだ。
 何か重い物を背負ってるのは何も僕だけじゃない。アギトだってそうみたいだったし、セラもその覚悟をした。格好良いことだ。自分の居る場所をそれだけ愛せるって事はさ。根無し草の僕にはそれが羨ましい。
 でも、こんな素直なセラは思わずからかいたくなるね。


「しかしなんだか随分とお前も素直に成るようになったな」
「別にアンタに対して素直に成ってる訳じゃないから」
「ふ~ん、まあいいけど。良いもの見せて貰ったし。なかなか良い笑顔だった。可愛かったよ」


 ボッ (セラの顔から火が上がった……かの様に見える程に赤くなった音)
 おお、なんと面白い反応だ。本当に火がでたかと思った。本当に火が出そうな位に大げさなLROの感情表現。ユニークの度合いが線を振り切ってるね。
 まあ、ただちょっと言った本人まで赤面物なのは考える余地がある。効果覿面なのは良かったけどさ。やっぱりセラは攻められるのに弱いのか?
 よし、ここで恥ずかしがってる所に、「はは引っかかった、冗談だよ」とか言ってやれば――


「ちょ……なっ……良い言い良ってんの? バカ……」


 ――ん? あれれ? なんだか思ってた反応の斜め上ら辺を今行ってるぞ。ろれつ回ってないし。妙にしおらしくなってるセラは、最後のバカを少し嬉しそうに言ったような気がした。
 いや、あくまで気がしただけで、それは僕の自惚れの可能性が多分にある。もしかして独り身の寂しい男子高校生アイが妄想補正を行ったのかも知れない。いや、でもそれをセラでやるなよな。
 でも最後のバカの異様なくすぐったさに予定の台詞を言えない。てか言っちゃいけない雰囲気だ。


「え~と、アンタさ……バカな事言ってないで急がなきゃいけないの分かってるでしょ? だからさ……早く行こ、スオウ」
「ん?」


 最後の部分は実は殆ど聞こえなかった。だから今記載されてる最後の台詞は男子高校生イヤーが補正を行った結果だ。真に受けないように。
 顔を伏せて近づいて来てすれ違いざまが最後の部分だった訳で、振り返るとセラは既に走り出していた。その頭からは僅かに白い湯気が見える気がするけど、それはLROのユニークすぎる感情表現の妙だろうと思うことにする。


「スオウ君。セラちゃん行っちゃうよ。私たちも追いかけよう」
「ああ、そうだねシルクちゃん」
「たく、お前がおかしな事を言うから勢いが削がれたな」


 セラを急いで追いかける様に僕達三人は走り出す。鍛冶屋の奴の言うことは僕のせいかよ。ただ単純にあれから一回もモンスターに出会して無いのは運だよ。本当に不自然な位にフィールドにモンスターがここまで居なかった。
 まあ、だからそれを勢いと言うなら確かにそれは一端区切られただろうけど。でもここらでもう一度話すのは良かったと思う。
 だってここまで気まずい空気が流れてた。誰もが言葉を紡ぐのを躊躇ってたんだ。気負ってたのかも知れない。いつの間にか自分達の知らないところで新たな事件は起きていて、目的が更に大きく成ったことにさ。
 別に誰も後悔している訳じゃないんだ。ただ漠然とこれから立ち向かう物を想像すると、気負わない訳には行かない。だってそれは何だかんだと言っても味方だった筈の存在で国というとてつもなく大きな集団だからだ。
 今までの戦闘と桁が違う戦いに成るかも知れない。それこそ言う成れば『戦争』とでも呼べる土壇場に成るかも。


「戦争か……」


 誰にも聞こえないように僕は夜空にその言葉を飲ませた。完全な現代っ子な僕には縁遠い過ぎる言葉は声に出した程度じゃ実感も沸かない。
 その可能性があるだけだしね。そうならずにもっと上手くやれる方法だってあるだろう、けどそれを考えずにはいられないのも事実としてある。
 その場合は僕達だけでどうにか出来る訳はないかもだけど。だってアルテミナスと言う国は今のところ、LROで一番の勢力らしいからね。
 正攻法(?)として真っ正面から戦争なんて無謀なんだ。仲間であると言ったからこそ、下手な事をあの背中の持ち主に誰も何も言えなかった。
 セラはきっと一番気に病んでるだろうからね。そしてその重荷をまだまだちょっとだけ分けてくれただけなのかも知れないだけだった。
 仲間と気軽に言うには時間が足りず、友達と言うには思いがお互い空回り、みたいな。だから今見えるあの背中が少しだけ軽く見えるのは素直に嬉しいことだ。
 勢いも大事だけど、あのままアルテミナスに言ったら押しつぶされそうな危うさがセラにはあった。勿論そんな弱い奴じゃないってのは少ししか一緒に居ない僕でもわかる。
 けど、それでもやっぱりセラは女の子なんだよ。あれだけ強気なセラが泣いたんだ。あの涙を見たとき、やっとでセラは弱い部分も見せてくれる様に成ったんだとちょっとだけ嬉しく思ったりもした。
 だけど同時にやっぱりこんなセラは見たくないとも思った。その涙の原因を僕らが止められるのならと走り出した筈だ。
 でもそこにはさ、いつものアイツの姿が必要なんだ。顔が多すぎてどれが本当の心内か分かりづらいセラだけど、少なくとも何も気負わなくて良い状態で居てくれればいい。
 そうでなきゃ意味がないだろうさ。僕達は少なくとも仲間の涙を止めるために走ってるんだから。




 幾つものせり上がった岩肌には赤い実が成る木がある。そんなフィールドを僕達は走っている。広大なフィールドに動く影は僕らだけ……いつもはきっとそんな筈ないだろうけど今は僕らだけだった。
 フィールドで完全にモンスターが消えるなんて、これもいまLROで起きてる何かが原因なんだろうか。それか普通に処理不足とか? あり得ない数のモンスターが近くのフィールドに出現してるから他の場所は休憩中になってるとか。
 まあ、でも助かってるよ。おかげでアクティブを気にせずにズンズン進める。元々最短距離から離れてアルテミナスを目指してるからね。まだまだ遠いけどそれでもこの分ならかなり早くつけそうだ。


「クピー! クピー!」
「ピク?」


 辺りにピクの叫びが響く。急に鳴き出したピクに促されてシルクちゃんだけじゃなく僕と鍛冶屋も辺りに目を走らせた。


「遂にモンスターのお出ましかな鍛冶屋?」
「さあな、けど見える範囲には何も居ないぞ」


 確かに鍛冶屋の言うとおり視界にモンスターは写らない。けど、ピクが何かを察知したことに間違いは無いはずだ。ピクの感知精度は保証済みだからね。でも……それじゃあ何を――


「――って、セラお前! 一人で不用心に先行くな!」


 辺りを警戒してスピードを緩めていたらいつの間にかセラと距離が開いてる。あいつ聞こえてないのか? なんだか時々アイツもおかしくなる時があるよね。いや……セラの場合は会ったときから多少おかしかったか?
 それより今はピクの叫びが重要だ。やっぱり今までモンスターに出会さなかったのはただ単に運か? そうかもし知れないのにセラの奴、不用心過ぎだ。


「ピク? 何を見てるの?」


 そんな言葉を耳にして横切る時に視線を向けると、確かにピクは空を見てた。ある一点を見つめてる。だけど、これ以上セラを放置しておく訳にも行かないから急いで駆け寄ってその腕を掴んで止まらせる。


「何やってんだお前! 危ないから離れるなよな」
「――っつ? アンタ……今、一生私の傍にいるって?」
「言ってない」


 どんなおかしな脳内構造してたらそんな風に聞こえるんだよ。一回落ちて休んだ方がセラは良いかも知れない。


「………………ぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁぁあ……あああ!」


 ほら、僕も今日は疲れがたまってる。なんだか空から幻聴が聞こえるもん。それにしても次第にはっきりと聞こえてくる幻聴だ。何だろう近づいて来てる気がする。


「スオウ君! セラちゃん! 上だよ! 上!」
「「うえ?」」


 僕達はシルクちゃんの焦る声に促されて同時に上を見た。でもそこには満点の星空が広がってるだけだ。マジで流れ星が落ちてきてるのかとも思ったけど、そんな事は無いみたいだし、別におかしな所なんて……ん?


「月に何か重なってない?」


 確かに僕にもそう見える。星と星の間の黒さとは違う何かがそこにある。そしてあの幻聴はそこから聞こえてくる気がするんだ。
 その黒い物は次第にその輪郭を表していく。なんだかタコの様に四肢がうねってる。新種のモンスターか? けど次の瞬間、そのモンスターは僕の名前を呼んだ。


「ああああああああああってスオウ君じゃないか! 暗中模索に光明の一点みたり!」
「えええ!? 何? 怖っ! 黒い何かが喋ってるぅぅ!」


 逆光でこちらからはいつまでも黒いままなんだ。だから姿を確認出来ない。でもこの声は……もしかして、もしかしてかと頭が叫ぶ。


「うぎゃあああああああ! ちょっとそこどいてっすぅぅ!」
「むぎゃぁああああ!」


 だけど違った。まず重量が違う。辺りに振動を伝えて、僕を巻き込んで土煙は上がった。確信したよ。これはテッケンさんじゃない。彼はこんなに大きくないし、最後に聞こえた声は知らない声だった。
 そいつが空から降ってきたんだ。一体何がどうなってるんだか。人が落ちてくるって、どこまでおかしく成ったんだよLRO。


「イツツ……大丈夫っすか下の人?」
「そう思うなら……口動かす前に退いてほしい……んだけど、お前等……等?」


 視界に捉えた人型の影が二つ分ある。それがタコに見えた原因。あれはテッケンさんではあり得ない。彼の手足は短いからね。
 じゃあこの見知らぬ顔の奴の後ろに居るのは……


「スオウか……」
「アギト?」


 間違いない。目を凝らせばアギトと認識出来た。でも、これって……なんでこんなボロボロなんだよ。どうしてそんな、精気の無い顔してるんだ。


「何があったんだ? そうだ! セツリが浚われたのは本当か!? サクヤもどうしたアギト!」
「セツリちゃんが浚われたって、どう言うことスオウ君?」


 駆け寄ってきたシルクちゃんが僕の質問に質問を返す。だけどその質問に僕は答えない。だって、言わなかったのも確証が無かったから。そしてそれは今、目の前の奴らが持ってきた筈だ。


「その事なんだが、スオウ君実は――」
「ちょっと待ってくださいテッケンさん。何羨ましい所にしがみついたまま真剣な面持ちで会話始めようとしてるんですか? セラがパニクってますよ」


 何とテッケンさんはセラの胸にダイブした模様だ。セラは余りの事に対処法を見失ってる。かなり救われてるよテッケンさん。素面ならきっと殺されてるからさ。
 テッケンさんはちょっと残念そうにセラから離れ、セラは胸を隠す様に抱えて解放された僕の後ろに回った。その口からは「モブリ殺すモブリ殺す」とかなり物騒な言葉が聞こえる。見下す矛先が固定された様だ。


「セツリ……セツリか……ああ連れ去られたよ。俺のせいでさ。クククハハハハハハ!」


 突如辺りに響くアギトの狂ったような声に森組の僕らは唖然と、事情を知るテッケンさん達は痛い顔になった。僕には一瞬、アギトがそうじゃなく見えたよ。


「アギト様?」


 セラの戸惑うような声が背中から聞こえた。するとアギトは笑い声をピタリと止めてウインドウを開く。まるで無理して笑ってたみたいだ。
 そして小さな声でただ画面の一部分を見つめて呟く。


「スオウ……みんな……ごめん。俺はもう、ここには居れない」
「アギト!」


 叫ぶ声は空しく響いて、消えゆくアギトに届かない。『ログアウト』それがアギトの選択。訳が分からない。ちゃんと話せよ。僕はおもむろに右手を振る。
 目指すは勿論、アイツが逃げた先だ。

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