美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

Δ43

「大海の神秘を再現するとは……」


 誰かがそんな事を言った。そこ? と思わなくもない。両立してるのが凄いんじゃない? どっちかだけなら、再現はそんな難しくないのでは? 魚を飼う……なんてのはこの世界では贅沢な趣味だけど、ない訳じゃない。でもやっぱり淡水魚と海水魚を一緒にってのはないんじゃないかな? わかんないけど。


「これはアフタの海なのでは?」
「なにそれ?」


 ティアラ様がポツリとそんな事を呟いた。彼女は博識だからね。流石は上流階級の教育を受けてきた人だよ。貴族の振りをしてるキララとは違うよね。所作からお嬢様がにじみ出てるからね。そんなティアラ様も今はドレスなんてものは着てないけどね。ジャケットにパンツスタイルにポニーテールといった普段とは全然違う恰好だ。まあそれでも軍人とかに比べるととてもオシャレだ。生地もいいの使ってる。美しさも損ねてないからいいよね。


 ああいうのも悪くはない。


「ご存知ありませんか? ある方の冒険記で『アフタの海』という物が記されてるのです。そこは全ての生き物が集まる場所と記されてました」
「全ての生き物ってのは言い過ぎじゃない?」


 どうやら確かに海の魚と川の魚が混じってるようだけど、そのくらいだ。全ての生き物とかいうのならそれこそ色んな動物がこの湖にいないとおかしい。まあ水だし、不可能だけど。だから多分その冒険記持ってるよね? 


「で、でもですね。その読み物は非常に楽しくて! 絶対絶対心躍らせてくれるんです!」


 可愛い。必死にそういうティアラ様が可愛い。きっと彼女はその本が大好きなんだね。ナデナデしてあげたいけど、彼女は私よりも背が高いのだ。


「その本ならわし等も知っておるよ。アレに心躍らせない研究者はおらんわ」


 ネジマキ博士がそういって周りの同類を見る。どうやらその本は結構有名らしいね。概要だけ聞いたら、すっごく昔の人がこの危険な世界を旅した記録らしい。まあ冒険記だしね。でもこの世界の人種の弱さを思うと、どこまで本当か……さすがに野暮だしそんな事は言わないけどね。


「だが、アフタの海か……たしかにその片鱗はありそうじゃ」
「ネジマキ博士、それにここはあの本に書かれた場所と似てないでしょうか?」


 どうやらさっきまでいたあの廃墟みたいな街も本には出てたみたい。想像で書いたとしたら凄いが……実際にここに辿り着いて本を残したのだとしたら……そいつは一体何者? ただの人種とは到底思えないけど……


「確かにそうじゃな。もう随分と前に読んだ以来じゃから内容もうろ覚えじゃが……たしかに似通った部分があった気がするのう」
「あの……ネジマキ博士」
「なんじゃ?」
「この湖の水はしょっぱいのでしょうか?」
「むむ……それは……」


 確かになんかそれは興味がある。だって海はしょっぱい。でも川はしょっぱくない。じゃあどっちの魚もいるここの水はしょっぱいの? しょっぱくないの? 


「その本ではなんて書いてあったの?」
「覚えとらんの」
「確か……とくべつ描写はなかったかと」


 その冒険家はあんまり冒険家らしくないね。だってこんなの興味沸くじゃん。


「私は今、アフタの海の本以上の描写を知る機会を得たのですね……」


 なんかティアラ様が興奮してる。いつもお淑やかな彼女らしからぬ姿だ。でも飲んで大丈夫かな? どうやらここの水にもここのマナが溶けてる。それは勿論地上のマナとは別物だ。けど多分少し飲むくらいなら自然と体外に排出されるだろう。


「これが若さ――じゃな」
「あんたは良いの? 研究できそうじゃん」
「儂の分野とは違うからの。じゃがちゃんとサンプルはとっとるよ」


 そういう視線の先には別の研究者が瓶に湖の水を詰めてた。抜け目ない。


「行きます」


 そういってティアラ様が両手に掬った水をあおる。細い首が艶めかしく動く。実際大丈夫なのか皆の視線が彼女に注がれる。よく考えたら貴族のお嬢様にやらせることじゃないよね。けど既に遅い。


「水……ですね。しょっぱくはないです」


 どうやら海水ではないようだ。変な味もついてないみたい。それはよかった……とか思ったのは束の間だった。


「でも……何か聞こえるような……みえるような……」
「ん? 大丈夫ですかティアラ様?」


 キララも流石に心配したようにそんな事をいった。でも確かになんか様子が変だ。


「大丈夫、大丈夫ですよキララ様」


 そうは言うけど、ティアラはあからさまに別の方を向いてる。具体的に下を見てる。湖の中……そこにある……物……


「げっ!?」
「ティアラ!!」


 反応した時には既にバシャンと水しぶきが上がってた。キララもあまりの事で普段つけてる様を忘れてる。てかなんで飛び込んだ? 私達は湖の畔で中を覗く。すると何やら、光があふれるように湖が輝きだして。目をやられた。な……なにもみえない。そんな中、何やら不穏な音が聞こえるような? それに空から水も降ってきてるような? さっきまで晴れてたのになー。なんか目を開けるのが怖い。

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