美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

Σ46

(何が起きた?)


 俺は混乱の極みだった。だって確か俺は……セラスに……けど目の前で口づけてるのはラーゼだ。人種離れした端正な顔立ち、長い薄赤い髪は一本一本がとてもなめらかで細く、しなやかだ。光を透過するほどに透明感がある。皴一つ、シミ一つラーゼの肌にはない。長い睫毛はくすぐったくて、交わる息がとても甘く香しい……離れなくてはならいない。


 こんなのはダメだ。そう頭ではわかってる。なのに……体は動かなかった。体が離れるのを拒否してる。それほどまでに幸福だった。そうか……これか……この感覚こそが、きっとラーゼが他者を魅了する理由なんだろう。ラーゼはその身で多大な幸福感を与えることができるんだ。こんな物を味わったら……忘れられるはずがない。求めないはずがない。


 知ったらもう、知らなかった頃には戻れないなんて……それはまるで、市場での取引が禁止されてる薬物のようだ。あれも人を幸福な気分に浸らせると聞く。けどきっとここまでではないだろう。


 どうして彼女が俺に口づけてるのかはわからない。だがそれがどうでもいいと思えるほどに心が溶かされてくようだった。


「ベールウウウウウウ!!」


 そんな声と共に俺たちの間に剣線が入った。思わずラーゼを突き飛ばすようにしてそれから逃れる。するとそこにはカタヤがいた。顔を真っ赤にして。そういえば、こいつはラーゼの事を……それはこんな反応にもなるか。


「お前! ななななななななにやってんだ!?」


 動揺しまくりのカタヤは口が回ってない。悪い事をした……それは思う。俺はこいつの思いに気づてるしな。まあだからラーゼに近づかなかったわけではないが。それに今は……俺は自分が突き飛ばしたラーゼをみる。その姿は意識がもうろうとする前の格好のままだ。今日見たラーゼの姿。そしてその服の中央は赤く染まってる。たぶんあれは血糊か何かなんだろう。


 よかった……と安心する。と同時に、覗く太ももに目が行く。白く細く……でも肉感があるその脚。鼓動が早まる。それは男として正常なだけの反応なのか……それとも……胸がいたい。俺にはセラスがいるのに……


「ちょっとカタヤ、煩い」
「ららららラーゼ! お前もキスされたんだぞ! それなのに!?」
「キスくらいなによ?」
「キスくらい……」


 カタヤの奴は固まってる。カタヤはラーゼに夢を見てた様だったからな。まあ、俺も驚きではあるが……だが、そのキスの相手が自分だったことでカタヤよりは動揺はない。視界の端で亜子がやれやれみたいな顔してる。


「それじゃあしてあげよっか?」
「…………なにを?」


 ごくりとカタヤが唾をのみこんだのがわかった。なにを――といったがそれが何を示してるのか、奴はわかってる。そして何やら俺にはもやもやしたものが沸いてる。これはいったい……


 ラーゼは堂々とこちらに近づく。そしてちらりとこちらを見てカタヤに視線を移す。


「キス」
「それは……だが、そういう事は……」
「じゃあやめよっか?」
「そんなことは言ってない!」


 カタヤの姿がやばい。これはこいつのファンには絶対に見せられない姿だ。目が血走って、鼻息も荒い。


「じゃあ目つむって」
「……お、おう」


 素直に従うカタヤ。その顔は今か今かとその時を待ってる。そして近づくラーゼ。それと同時に俺にも手招きをする。もしかしてもう一度? そんな期待が俺の足を進めた。そしてカタヤの隣に立つ。ラーゼはカタヤの頬に手を添える。やはりズキンとする。カタヤはラーゼの手の感触にビクンとなってた。それだけで幸せを感じてるようだ。


 キスなんてしたら死ぬんではなかろうか? そう思ってカタヤを見てたら、いきなりラーゼが「てぃや!」と言ってカタヤの首を強引にこちらに曲げた。カタヤの「ぐえ」という声と俺の「んっ」っという声が重なった。そして再び触れ合う俺の唇。だがそれはラーゼではない。目の前にはカタヤの顔がある。二人して一瞬止まる。


 だが次の瞬間互いに互いにを押し飛ばした。そして唇を腕で拭ったり、唾を吐いたりする。貴族としてそれはどうなのか思うが、これはしかたない。そんな中、ラーゼはケラケラと笑ってた。とってもとっても楽しそうに笑ってこういった。


「これで私と間接キスだよ」


 それはカタヤにとって残酷な言葉だった。

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