美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

Σ39

「かっ……はっ……ひゅっ……がはっがっ……」


 息が上手く出来なくて、吸おうとしてしたら吐いて、吸ったと思ったら器官に唾が入って更にでてく。きっと俺は酷い顔をしてるんだろう。心配そうに亜子がしてる。しっかりしないと……そう思うも、ソファーで死んだように眠ってるラーゼを見ると、動機が止まらなくなるんだ。ラーゼの姿が彼女と重なる。その姿が彼女の最後とそっくりで……だから俺は……


『そろそろ向き合う時でしょ? ずっと独り身でも彼女は安心しないわよ』


 ラーゼの声が聞こえる。そこで眠ってるはずのラーゼの声。けど俺の視界にはラーゼは立って傍にいた。


(じゃああれは?)


 あれは本当に……セラス? もう俺の目にはそれはセラスにしか見えない。俺はヨロヨロと彼女に近づいていく。俺の視界にはもうセラスと彼女が横たわってるソファーとそしてラーゼしか見えてなかった。なんとか息も絶え絶えに彼女に近づく。膝を折って視線を合わせて俺は彼女を見つめる。昔のままの姿で彼女はその瞳を硬く閉じてる。俺は恐る恐るその手を伸ばす。触れる彼女の肌は冷たくて……そして痛かった。
 彼女はもう居ないんだと、それを再び突きつけられてるみたいで……そう思ってるとゆっくりと彼女の瞳が動き出す。長いまつげが揺れている。そして奥から覗く赤褐色の瞳。懐かしく、そして変わらない色が俺を捉えた。


 心が温かなもので満たされてく。嬉しいのに涙が出てた。いつも彼女の前では強がったてたのに……こんな所で泣くなんて……そんな涙をセラスは優しく拭ってくれる。彼女の細いけど少し荒れた手が俺は好きだった。変わらないこれもあの頃のままだ。変わってしまったのは俺だけ……


(でもこれで……)


 でもこれでもういいんだ。そうなんだろセラス。俺は彼女を見つめる。けどそんな俺の瞳とは違う方向をセラスは見てて、その方向には悲し気な瞳のラーゼがいる。あいつもあんな顔をするんだと……そう思った。そして二人は頷きあう。近づくラーゼが突然俺の視界をふさぐように手で目を覆ってきた。一体何のおふざけだと俺は思い、そういおうと口を開きかけた時、その言葉は何かに阻まれた。


 熱い吐息が俺の中で混ざり合ってる。甘い香りが広がってくいく。ああ……とても心地いい。そうか俺は今……彼女と再び唇を重ねてるんだ。これ以上ない幸福感が俺を包む。満たされていく。ずっとこのままで居たいと……そう思う。
 彼女が……セラスが心の底から愛おしい。これでよかったんだ。これで……そんな最大級の幸福感に俺は溺れていった。


 


 「ちょっとそこ邪魔なんですけど? 買うか買わないかはっきりしてくださいな!」


  突然のそんな言葉に俺は惚けてた頭をたたき起こして彼女を見る。彼女ここのパン屋の看板娘。茶色いセミロングの髪をバンダナでまとめてて、服の上からエプロンをしてる。今も大量にパンを買いに来たお客をさばいてそしてずっと店内で惚けてた俺を不審に思って声をかけたのだろう。このままではまずい……そう思って俺は一つのパンを手に取った。生地の上に木の実が散ってる、ちょっと豪勢な奴。だけど、そのせいで庶民には気が引けるのか、それなりに余ってた。だからというわけでもないが、ただ近くにあったそれを思わずとって俺は彼女にこういった。


 「これ……ください」
 「ふふーんなるほどなるほど……」


 なにやら彼女は俺が出したパンをみてうんうんとうなってる。まずい……何かミスったか? そう思ったがどうやら違ったようだ。なぜなら、彼女は最高の笑顔でこう言ったからだ。


「それ、私が考案してお父さんに作ってもらったんだ。絶対美味しいから! 食べたら感想聞かせてね」


 ストン――と何かが落ちた気がした。いや、前からグラグラしてたんだ。だからこんな庶民のパン屋なんかに俺はいる。けど、それが今の一言……そして今の笑顔で完全に落ちた。恋の奈落という穴に。俺はしばらく彼女を見つめてしまってまた不審がられてしまった。


 けどなんとか、感想を言いにまた来ると……その約束は取り付けられた。俺は店を後にするとなぜかわからないが走った。気持ちが抑えられなかったからだと思う。そして家に帰る前にパンを食った。流石に家では食べられないからな。そしてそれは確かにうまかった。彼女の優しが染み出てるようだった。ほぼ彼女を知らないが、ただ何となくそう思った。


 ただ美味しかった……そんな風に伝えても何か味がない。俺はそう思って、紙に字をしたためて翌日、彼女に渡しに行った。パンを一つ買うときに、彼女にそれを渡すと、今度は彼女が数秒止まった。何かおかしかっただろうか? 流石に紙で数十枚も書いたのが不味かったか? と思い出す。けど次の瞬間、彼女は盛大に笑い出した。それは昨日とはまた違った笑顔だった。


 彼女は俺を面白い奴だといった。それはどう受け取ればいいかわからなかったが、次も書いてくるって返した。けどそれには「いや、やめて」と普通に言われた。俺がその場で落ち込むと彼女は慌ててこういってきた。


「その……私は字読めないし。パンの名前とか材料とかならいいけど……こんなの読めないの! わかった!?」


 その顔は少し赤く染まってて今度は俺がふきだした。それを見て彼女は怒った。けど、いろんな顔を見たいと俺はそう思った。だから字を教えようかって言ってみた。きっと役にたつからと。それは俺が彼女に近づくための打算だった。けど、彼女は飛び跳ねる用にして喜んでくれた。彼女はなんでも体全体で表現する……そんな人だった。


 貴族のなかにはそんな人はいない。みんな必死に感情を隠しておしとやかにふるまってる。それが美徳なのもわかる。けど……俺は彼女の太陽のような笑顔が好きだった。

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