美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

Σ27

 鋼岩種の結界は壊れた。結界によって隔絶されてた空間が結ばれだす。糸の様にほどけてく空。そしてそれは空だけにとどまらない。大地に川に家々。すべてが幻の様に消えていく。そして真っ赤なマナに染まってく。


「づっ!?」
『マスター?』


 今、一瞬何か頭をどついたような? 


【―――こ!!】
「づうぅぅぅぅぅ!?」


 何かが私の頭を揺さぶってる。誰かに名前を呼ばれてるような? 声が聞こえる気がする。その声が私の頭を強く強く揺さぶってる。


『マスター、しっかりしてください。もうすぐ結界が外と繋がります。外も大変な状況です。ですから――こく――を――」


 どんどんとゼロの声が遠くなってく。私はコクピットにいたはずなのに、いつの間にか細い糸が靡く空間にいた。上下左右、そんな糸が揺らめいてるのがわかる。一体なんなのだろうか? わからない。全然わからないよ。私はこの糸の道を引っ張られてるのだろうか? 進んでるような気がする。いや、もしかしたら向こうが近づいてるのかも。
 もう何がなんだかわからない感覚だった。すると糸の先がだんだんと眩しくなっていく。そして今度ははっきりと聞こえた。私の名前を叫ぶ声がだ。


『亜子! 亜子! どうして……一体どこに行ったの……帰って来て……】
「お母さん……」


 それは記憶の中の母よりも幾分かやつれたように見える実母の姿だった。それでも懐かしいと思える顔。けど、同時に心が痛む。こんなことになってたなんて……いや、考えればすぐに分かったことだ。だって私は何も告げずにこっちにきた。突然のことだったから仕方ないし、告げれたとしてもそんな話信じるわけなかっただろう。


 こうなることは必然だった。考えないようにしてただけだ。いや、私が自分が思ってたよりも結構能天気だったってのもある。それに考える暇なんてないくらいに忙しかったし……帰りたい――そう思って私は向こうの世界のことをどれだけ考えてただろうか? 


「私の家……こんなんだったっけ?」


 ふとそんなことを思う。確か普通の一軒家だった。そこまで広くもなく狭くもない。兄妹はいたけど大家族って程でもないから、そこまで狭くも感じてなかったようなそうでもなかったような? ここで私は初めて、自分が記憶をなくしつつあるってことに気づいた。覚えてることは書き溜めて、時々読み返したりしてた。けどそれで欠けた記憶なんかなかったから安心してた。


 でもどうやらそれは間違いみたい。私の記憶は確実に消えてってる。記憶の片隅にあるようなあいまいな物からすこしずつ。当たり前と思ってた記憶さえ今はない。だって十六年だよ。あの家ではそれだけの時間を過ごしたはずだ。それなのに……私は何も感じないよ。この胸の痛みはお母さんの姿に対してだ。悪い事したな――早く戻って安心させてあげたいってそんな気持ち。


 けどお母さんがいるその空間に対しては何も感じない。そんな自分が怖いとは思えるけど……それだけだ。


「私は……あそこにいたんだよね?」


 バカみたいな事を言っちゃうよ。そんなの当たり前だ。私はこの家で育った。なのに……どうして……そうだよあそこは私の部屋だ。何も変わらない私の部屋のはずだ。そんな事さえ、ようやく気付くくらいに私は落っことしてる。


「おかあさん! 私はここだよ!! お母さん!」


 私は光の中のお母さんに向かって叫ぶ。けどお母さんが反応するわけない。必死に手を伸ばしても、私の手は空を切るだけだ。すぐそこのように見えるのに、どこか遠い……そんな光景だった。


「なんで……こんな……悲しませるつもりなんてなかったのに……」


 私だけならいいよ。けと家族にまでこんな悲しみを負わせたとなると……なにか無性に腹が立つ。ミリアに。彼女のせいじゃないのかもだけど、私的にきっかけはミリアだ。だからどうしても黒い感情がミリアに向いちゃう。


 そんな気持ちでいると、そっと誰かが私の手を取った。それは光につつまれた人? 一体誰? けどなんとなくだけど、わたしは思ったことを口にした。


「ゼロ?」


 けどそれにはフルフルと首を横に振るう。私はちょっと考えてこういった。


「プロト・ゼロの方?」


 それにこの人は応えない。ただ私の手を引こうとする。私をあの世界に戻す気? 私の本当の世界はこっちなのに?


「私は帰りたい……」


 そんなことを言った私の手をそれは強く握ってくる。そして浮かぶさっきまでいた場所。そこではまだ戦闘が続いてる。戻れってそう言いたいんだってわかった。でないとカタヤさんやベールさんも死ぬ。私がこここにいるからアンティカは動かない。私は一刻も早く帰りたい。けど、あの世界でできた友人だって亡くしたくはないのも本当だ。


 私には責任があって……身勝手に投げ出したりなんてできない。それもミリアに押し付けられたような責任。やっぱりあいつは許せないよ。友達だけど、おいたが過ぎる。このまま魔王なんて役目させて好き勝手にやらせるなんて私が許せない。今まではただ助けたいとか思ってたけど、やっぱり違うよ。私はあんたじゃないって言いたい。


 言ってやらなくちゃいけない。そうして全部を元通りにして、そして私は元の世界に戻るんだ。


「ごめんお母さん。必ず戻ってくるから。だから悲しまないで」


 届かない声だとわかってても私はそれを口にした。私は光の存在に引かれてく。そして瞼を開けると、そこには二つの目玉がぎょろっとモニターいっぱいに映ってた。私はそれを思わず左腕を突き刺してつぶしてやる。


『亜子!】
『ようやくかえって来たか。寝ぼけるなここは戦場だぞ!!』


 カタヤさんとベールさんのそんな声。そして周囲は荒野だけどところどころに緑があるし結界で見た建物もあった。混じった感じ。そんな場所に鋼岩種がまだ跋扈してる。まだこんなに……けどそこで私は別の反応に気づいた。それは明らかに鋼岩種よりも大きなマナの反応。二人は気づいてない? プロト・ゼロだからこの反応に気づけたのかも。けどこれは……そこで私はここに来る前に邪魔してきたワイバーンを思い出す。


 鋼岩種だけじゃない……何かが干渉してると言ってたはずだ。その何か……それにきっとこの反応は間違いない。

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