美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

β21

「魔王……」


 私はシャワー室で聞いた言葉をずっと考えてた。姿は見なかったが、あの声は間違いなくサーテラス様のものだった。この学園に来て、一番聞いてるのが彼女の声と言っても間違いじゃない筈。だから私は確信を持ってそう思ってた。そして彼女がシャワー室の個室で魔王と言ったんだ。まさかあの場に魔王が? てか魔王とは何ぞ? 魔王なんて存在は聞いたことが私はなかった。そんな種族いないような……


「魔王がどうしたんですか?」
「きゃっ――ってティアラ様は魔王をご存知で?」


 私の背後から突然現れたのはティアラ様。この学園で一番の美女だ。真っ白な肌に煌めく銀髪が特徴的な見た目だけなら深窓の令嬢その物。けど実際はこの通り、けっこうお茶目というか、やんちゃな人。ティアラ様は私の言葉に大仰に腕を広げて言って見せる。


「勿論、ふふふ、魔王はこの私です!」
「ええーー!? って何冗談言ってるんですか!」


 皆さん見てるから! 自分が滅茶苦茶目立つって自覚して。てかなんかテンションおかしくない? 確かにティアラ様は見た目通りの人じゃない。けど、場はわきまえる人だ。こんなふざけるのは生徒会メンバーの前でだけだったはず……だって他の人達には公爵令嬢としてふさわしい姿を見せてるんだから。なんだか、不安が私の中に広がってく。
 それは自分自身が忘れられてるなんてそんな自己中心的なことじゃない。


『この学園はもうすぐ私の物です』


 そう……あの時、そんな言葉も聞こえた。


「ティアラ様! 昨日、サーテラス様にお会いになりましたか?」
「サーテ様? ああ、ええ、お茶会を生徒会室でしましたわ。とても楽しい一時だったの。けどそこにキララ様がいなくて私は少し寂しかったけど…………ってきゃー言っちゃった」


 なんか一人でワイワイしてるティアラ様には悪いけど、私にはかまってる余裕なんてなかった。だって昨日生徒会皆とサーテラス様とお茶会……それってどう考えても狙ってたんじゃない? 私がいないその時を……現にティアラ様はサーテラス様を愛称で呼んでる。それは私が休む昨日までそんな事なかった筈。学園という大きな地盤が崩れてくいく感じがする。その時、ザワッとした空気を感じた。
 いや正確にはこの場の空気が変わったみたいな? 他の生徒達が自然と道を開ける。その中心を悠然と歩いてくるのはサーテラス様……そして生徒会長のオルレイン様だった。二人はとても仲睦まじくて……それはもう恋人の様。だって手まで繋いで……そして二人が私とティアラ様の前に来る。


「やあ二人共。キララ嬢は今日は学校に来たんだね。体調は大丈夫かい?」
「えっと……」


 私はもう頭がおかしくなりそうだった。そもそもなんでそんな平然と手を繋いでられるの? 公衆の面前なんですけど……オルレイン様は王族だ。公衆の面前でそんな事を行うってことは、相手は婚約者と見られてもおかしくは……けど、彼の様子からはそんな事を気にしてる風は一切ない。これが当たり前の如くだ。
 すると徐にサーテラス様が私に近づいて自身のハンカチを私の頬につけてきた。


「駄目ですよ無茶をしては。とても顔色が悪いですわ。まるでこの世界が崩壊したかの様な顔ですよ」
「――つっ!? 触らないで!!」


 バシッと私は彼女の手を払い除けた。舞ったハンカチが地面に落ちる間、この世界の時が止まったかのようだった。そして、一瞬にして変わる雰囲気。さっきまではは驚きは有ったが、どこか朝のほのぼのした雰囲気があった。けど今は違う。張り詰めた空気が場を支配してて、行き交う生徒たちはいなく、皆が立ち止まってこっちを見てた。


「どうしたんだキララ嬢? いきなりサーテの手を払いのけるなんて?」


 サーテ……愛称でしかも呼び捨てですか。それはそうですよね。なんせお手てを繋ぐ仲ですもんね。別にラーゼのようにすべての男性が自分に惚れるなんて思ってないけど、少しは好意を向けられてたと思ってた男性が別の女といちゃついてるのはムカつくものだ。


「良いんですオルレイン様。私が悪いんですわ。私はキララ様に酷い事をしてきたのですから……ごめんなさい」
「なんで……なんで! こんな! 貴方はそんな人じゃなかった筈!! 本性現しなさいよ!!」


 私は思わず怒鳴ってた。だってこの目の前にいる女が怖かった。私が知ってるサーテラス嬢じゃない。豚じゃない。こいつは……こいつは……


「本当に……ごめんなさい」


 そう言って頭を下げ続ける彼女。その地面に滴が落ちてた。それを私が気付いて、そして、オルレイン様も……更に周りの皆も気付く。


「もういい。君は充分謝った。これでも許して貰えないのだろうか?」


 そう言ってオルレイン様が真っ直ぐにこっちを見てくる。サーテラス様の傍で、彼女の肩に手を置いてだ。私にむけられる視線が痛い……周りを見ると、皆の視線に責めの色が見て取れる。私は……やってしまったんだ。今や私がかつてのサーテラス様の位置に居た。無言の圧力……それほど苦しいものはない。何を言ってもきっとダメだ。何も通じない。私の言葉なんて……誰も聞かない。


 私は踵を返して走り出した。それしかなかった。楽しい学園生活……そんな夢は今、崩れ去ったんだ。

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