ジジイのファンタジイ

生明死暗

第1話 わしは異世界に行くんじゃぁ!

「おやじ! いい年してラノベ読むのやめろっ! 気持ち悪いんだよっ!」
「うるさいっ! わしは異世界と美少女が好きなんじゃぁぁぁーーー!」


リビングのソファで異世界系ライトノベル――『エロの使い魔』という作品を読んでいると、息子――明人あきひとがわしの宝物(ラノベ)を取り上げようとしてきた。
本を力ずくで引き剥がそうとしてくる明人に、わしは必死に抵抗する。
息子は今年で四十歳になる。しかし、わしから見ればまだまだ若造。自分より二十五歳も年下の男にとやかく言われたくないわ。


明人は顔を横に逸らし、自分の妻である雪菜ゆきなさんを見た。彼女は不安そうにわしたちの様子を眺めている。
「なぁ、おまえもキモイと思うだろ?」
「うーん、そうねぇ……正直……うん」
「ゆ、雪菜さんまで」
人当たりのいいこの人にまでキモがられるとは……ショックじゃ。

ソファに座ってお茶をずずずと飲んでいた婆さんも、湯飲み茶わんをテーブルに置いて、
「じいさんや……もうよしなよ、そんな変な本読むの。ゲートボールでもしときなさい」
「な……婆さん、おまえもか」
我が妻である晴美はるみにも非難された。


なぜじゃ、なぜ誰も理解してくれないのじゃ!
ジジイがラノベを読んで、何が悪いというのじゃ!
誰にも迷惑をかけてないというのに!


「皆もそう言ってることだし、いいかげんやめようぜ、おやじ」
「い、いやじゃ、いやじゃいやじゃあぁぁ!」
本を奪い取ろうとしてくる明人に引き続き抵抗していると、


「じいちゃんじいちゃん、それ、面白いの?」
「お? 気になるか、孫よ」
今年で十二歳になる男孫――明良あきらが興味深そうな目をしてこちらに来た。
孫に気を取られて息子の力が緩んだので、これを機にやつの手から一気に本を引き剥がす。


「あっ、しまった!」
「ほれ、我が孫よ、至高の作品を読んでみろ」
手渡すと、明良は無邪気な顔でペラペラとページをめくり始めた。しかし――
「なにこれ、小説じゃん。漫画かと思ったのに、いらね」
ぽいっと本を床に放る孫。


「ああ!? 本が傷つく!」
慌ててラノベをダイビングキャッチしたが、その拍子に腰がぐきっといってしまう。


「ぐおおお! 腰が! 腰がぁぁぁーー!」
「無茶すんなよ、ジジイのくせに」
「何を言う、息子よ! 宝物が傷つきそうだったのじゃぞ!」
「宝物って、それがそんなに大事かよ、たった数百円の代物じゃないか」
「大事なのは値段じゃない、中身じゃ! この馬鹿者がぁ!」
「所詮ラノベじゃないか、内容もどうせオタクの気持ち悪い妄想が詰まっただけのくそみたいな作品だろ?」
「なんじゃと!? そんなことないわ! 謝れ! わしと作者と編集者とファンに謝罪しろ!」
「はいはい、悪かったよ……めんどくさ」
肩をすくめて、ため息を吐く息子。
こ、こやつ……これが親に対する態度か?


「じ、じいちゃん、ごめん……そんなに大切なものだとは、全然まったくこれっぽっちも思わなくて……」
明良がしゅんとした顔で謝ってきた。
うむ、きちんと謝罪するのは偉いぞ、さすが我が孫じゃ。だが、全然まったくこれっぽっちも大切に思わなかったと言われて、かなり傷ついたぞ。


「気にしなくていいぞ、明良。それはまったく価値のない物だから」
「そっか、ならよかった! 安心したよ!」
「おおい! 息子よ! 何ぬかしとんじゃ! 明良も安心しとるんじゃない!」
「うるさいジジイだな……」
「なんじゃと! 生みの親に対してなんて言葉遣いをするんだ、明人! 説教してやる! そこに座れ! 明良も!」
「うざ……」
「じいちゃんの説教きらいー」


明人と明良はげんなりとした顔をする。
こ、こやつら、年上を敬おうという気はないのか?


「あ、そうだ。明良、いい天気だし、外でキャッチボールでもしないか?」
「うん! 行く!」
明人が逃げるように歩き出すと、明良もそそくさとこの場から離れだした。


「あ、そろそろ夕飯の準備しなくちゃ」
「あ、雪菜さん、私も手伝うよ」
雪菜さんと婆さんもここから去っていく。


「あ、ちょっと待つのじゃ! ひぎぃ!」
追いかけようとするが、先ほど痛めた腰がズキズキとして、うまく歩けない。
四人はどんどん遠ざかっていく――


「ま、待つんじゃぁぁぁぁーーー!」
手を伸ばしたが、その手は家族に届かない。
キャッキャッと、息子のはしゃぐ声が廊下から聞こえてくる……。


「くそ、この冷たい扱いはなんじゃ! くそ! くそぉ! いてぇ!」
悔しさのあまり、床をどんどんと叩く。でも、手が痛いからすぐにやめた。
「ふん、いいもん。わしはインドア派じゃ。外で遊ぶより、家で一人で遊んでたほうが楽しいもん!」
こんな冷たい扱いを受けて傷ついた日はそう、あのアニメを見て癒されよう。


「ポチッとな」
リモコンを操作して、テレビの電源をつけた。そして、録画していたアニメを再生する。
『――こころにゃんにゃん待ち? 考えるふりしてもうちょっと近づいちゃえ♪』
とたんにオープニングが流れ出した。
うーむ、やはり、『ご注文は子猫ですか?』略して『ごちねこ』のオープニングは神曲じゃのぉ。


「こころにゃんにゃん待ち? 考えるふりしてもうちょっと近づいちゃえ♪」
テンションがアゲアゲしてしまったわしは、テレビの中のキャラたちと一緒に歌うことにした。
あぁ^~心がにゃんにゃんするんじゃぁ^~
……ん?


視線を感じて振り返ると、少し離れたところで孫娘の雪美(九歳)がじーっとこちらを見つめていた。
「お、なんじゃ? 一緒に見るか?」
わしがニコニコして声をかけると、雪美は顔を歪ませて、
「……キモイ」
ぼそっと、とんでもないことをつぶやいた。
頭をハンマーでガツンと殴られたような衝撃が、脳内に響く。


「え? い、今、なんて……」
バッチリ聞こえてはいた。しかし、現実を認めたくなくて、もう一度聞き返すと、
「ママ―! おじいちゃんが女の子ばっかり出てくるアニメ見てて、気持ち悪いよぉぉーーー!」
ダダダダー! とものすごいスピードでキッチンに向かって走っていった。


わしのハートはすでにズタボロだった。
そんな……かわいがっていた孫娘まで、わしを避けるだなんて……。
も、もう現実なんて嫌じゃ! わし、二次元に逃避する!
再び、テレビに目を向けようとすると、


――ぶつんっ


何者かによってテレビの電源が切られた。
「アーッ! わしの心のオアシスがぁぁーー!? だ、だれじゃあ!」
後ろを向くと、リモコンを持って仁王立ちする婆さんがいた。


「じいさんや、孫がいるところで、こんな変なアニメを見るのはよしなよ、盆栽でもしときなさい」
「ごちねこは変なアニメじゃない! 人生の癒しじゃ! このボケが!」
「ボケてんのはあんたさ、じいさん。こいつは末期だねぇ……手の施しようがないわ……」
「誰が末期じゃ誰がぁ!」
「うるさい。叫ぶんじゃないよ。とにかく、これからは私たちの前でそんなアニメを見るのはやめなさい。みんな気味悪がってるんだから……」
婆さんはそう言い残し、去っていく……。


ぐぬぬ、アニメも満足に見れないとは……。
しかたない、次はゲームでもするか。
ゲーム機を起動し、『ブラックソウル』というマゾゲーを一人寂しくやり始める。
「あ、死んだ。はぁ、今日は調子が悪い……」
開始してすぐに敵に殺されてしまった。イライラしているせいか、なかなかゲームに集中できない。
……なんだか空しくなってきた。


どうしてわしの趣味を誰も認めてくれないんじゃ……。
ゲームやアニメやラノベなどのオタク趣味を持っているのは、家族でわしだけじゃ。だから、家族でわしの趣味を理解してくれる者は誰もいない。


くそぉ……いけないか、ジジイが異世界やハーレムに憧れたら……。
ああ……異世界に行きたい。チート能力で無双し、英雄になり、モテモテになって、ハーレムを作りたい……。
誰か、誰か……わしのこの三分の一も家族に伝わらない純情な感情を理解してくれる者はいないのか……。


「そうだ、あの子たちなら……」
あの子たちなら、家族と違って、きっとラノベの良さを分かってくれる。わしのことも肯定してくれる。
溜まったストレスを発散しに、今夜あの子たちに会いに行くとするか……。







「はぁ……」
「どうしたんですか、おじいさん、ため息なんかしちゃってー」
キャバ嬢のあかりちゃんが、わしのことを心配そうに見つめてきた。
わしは今、行きつけのキャバクラである竜宮城という店に来ていた。


「わしの悩みを聞いてくれるか、あかりちゃん?」
「もちろん。遠慮しないで話してください」
「ありがとう……実はな、わしは異世界系のラノベが大好きなんだが、読んでいると家族にキモイキモイと言われるのじゃ……」
「それはひどいですねー」
「そうじゃろそうじゃろ! ……なぁ、君はどう思う? この年でラノベなんか読むわしはやっぱ気持ち悪いか?」
「そんなことないです。ステキですよー」
「そうかそうか、ふぉっふぉっふぉっ」
キャバ嬢はいい……息子たちと違ってわしに優しくしてくれるからの……。


「ねぇ、おじいさん、わたし、ドンペリが飲みたいなー」
あかりちゃんが上目遣いでわしのことを見てきた。
まったく、しょうがないやつじゃな。


「よし、ドンペリ持ってこい! ドンペリィィィ!」
「キャー! おじいさんステキー!」
あかりちゃんが小躍りして喜ぶ。
うむ、気分がよい。


「よーし、今日は飲みまくるぞー!」
「おじいさんステキすぎィィィーー!」
それから、たくさんドンペリを頼んで、大量に飲んだ。
我に返ったのは、数時間後、会計を済ませた時じゃ。


「しまった……金を使いすぎた。また婆さんに怒られてしまうわい」
すっからかんになった財布を見て、血の気が失せる。
婆さんから借りたお金は、ほとんどなくなってしまっていた。
あかりちゃんにせがまれると、どうにも断れない……。
だが、後の祭りだ。プライドを捨てて土下座するしかない。


「こりゃあ、婆さんのくっさい足をぺろぺろとなめる刑を覚悟しておかないといけないな……あー、帰るのが億劫じゃ……ん?」
奥のテーブル席で、キャバ嬢が客の男にからまれているのを発見した。
「や、やめてください……」
「いいじゃねぇかよぉ、ぐへへ」
キャバ嬢の尻をガラの悪い男がいやらしく触っている。
むむ、これは放っておけないぞ!
シュバババ! とわしは事件現場に向かって駆けていく。


「おい、貴様、何をしているのじゃ」
「ああ? なんだジジイ? ひっこんでろ!」
男がわしの顔を殴ろうとしてきた。だが、わしは顔を少し傾けることで避け、その拍子に相手の腕をつかむ。
「なに!?」
驚いて目を見開く相手。
わしはつかんだ腕の肘に自分のもう片方の手を当て、体重をかけた。肘固めあるいは脇固めなどと呼ばれる技だ。


「あでででで! わ、悪かった! 俺が悪かったぁ!」
「もう、こんなことはしない。そう誓うか?」
「誓う! 誓うからぁーーー!」
「ならばよし」
わしが解放してやると、男はダッシュでその場を離れていく。
その男が店を出た瞬間――


「ジジイTUEEEEEEE!!」
客の男たちが喝采した。
「すごいすごい! あんな怖そうな人を追い払うなんて!」
「老人とは思えない!」
「かっこいいー!」
キャバ嬢たちも絶賛する。
ふぉっふぉっ。あれくらい、わしにとっては余裕なんだがな。でも、まぁ悪くない気分じゃ。


「あ、あの、ありがとうございます」
わいわいがやがやと騒ぐ中、助けたキャバ嬢――たしか亀井かめい海子うみこという名前の子じゃ――がお礼を言いにきた。
「よい、よい。気にするな。これくらい朝飯前じゃ」
「でも、何かお礼をさせてください!」
「別にいいぞ。本当に気にするな。あんな男、わしにとっては屁でもないからの」
「ですが、恩を返さないわけにはいけません。これを受け取ってください」
海子ちゃんが、黒色の四角い箱を差し出してきた。


「なんじゃ、これは?」
「玉手箱です」
「玉手箱じゃと!?」
それは、たしか……
「開けるとジジイになるやつか? だが、わしはもうジジイなんじゃが……」
「全然違います」
きっぱりと言う海子ちゃん。
まぁ、そりゃあそうじゃろうな。それはあくまで童話の中の話じゃし。


「ふーむ、だとしたら、これには何が入っているんじゃ?」
「魔法が入っています」
「魔法!?」
いきなり何を言い出すんじゃ?


「ふぉっふぉっふぉっ! 魔法! 魔法か! それはいい! ……で、どんな魔法なんじゃ?」
「召喚魔法です。この箱を開けると、なんと異世界に行けちゃいます!」
ドン! と後ろに効果音がつきそうな迫力で言う海子ちゃん。
わしは正直「なに言ってんだ、この女? 大丈夫か?」と思ってしまった。


「ふぉっふぉっ、先ほどから面白い冗談を言うのぉ。意外とお茶目なんじゃな」
「冗談じゃありません。ほんとに異世界に行けるんです!」
少し怒った表情で言う海子ちゃん。真剣な眼差しだ。


「……マジか?」
「マジです。異世界にずっと憧れていたんですよね?」
「それはそうじゃが……」
「私が嘘を吐くような女だと思いますか?」


わしはこの店の常連で、海子ちゃんにも昔よく愚痴を聞いてもらっていた。
わしが本気で異世界に行きたがっていることも知っているし、理解してくれてもいる。
わしをからかうようなことを言う人ではない。だが……


「しかし、しかしなぁ、海子ちゃんが嘘を吐くような子ではないとわかってはいるが、あまりにも信じられない話で――」
「じゃ、もういいです。これはなしということで。別の物にしましょう」
「あ! ちょっと、ちょっと待つのじゃ! 信じる! 信じるから!」


ぷいっとそっぽを向いてすねる海子ちゃんに慌てて言う。
ありえないとは思うが、もし、もしも、本当に異世界に行けるのなら――


――この機会、逃すわけにはいかない!


「よかった。はい、どうぞ」
にっこりとした顔で差し出される。
受け取って、その箱をまじまじと眺める。


「……ここで開けてもいいかの?」
「はい、ぜひ!」


開けようとしたが、いったんその手を止めて、考え直す。
これを開けると、本当に異世界に召喚されるとしたら……
家族の顔が頭に浮かぶ。
婆さん、息子、男孫、孫娘、雪菜さん――
この世界の人たちとはもう会えなくなる。そう思うと……


「せいせいするのじゃ!」
ぶっちゃけ、全然寂しくも悲しくもなかった。
わしに冷たい家族のことなど知るか。異世界でハーレムを作るのがわしの悲願。本当に異世界に行けるのなら、喜んで今すぐ行く。
眉唾な話ではあるが、ものはためしだ。


「よし! わしは異世界に行くぞ! さらばクソみたいな現実! こんにちは異世界ファンタジー!」
玉手箱を勢いよく開けた。そのとたん、箱の中から煙がもわっと出てくる。
「待ってろ異世界! わしは異世界でハーレムを作るんじゃぁぁぁーーー!」
わしは白い煙に包まれた――

「ジジイのファンタジイ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く