最弱が世界を救う。

しにん。

《傲慢》。

七大悪魔全てを倒し、エクスは英雄となった――
街へ帰ると悪魔に怯えていた人々は次々とエクスを褒め称えた。
人々の暗い表情は嘘のように消え、笑顔の花が満開に咲き誇っているように見える
エクスは自分が歴史を変えたと実感した。


「エクスくん、その……とても惜しい人を亡くしたね。お悔やみ申し上げる」


「あぁ、ありがとう。俺は今立ち止まっている時間はないんだ。いつまでも悲しむ顔はしていられないさ。それに、ずっと悲しんでいたらレインに怒られちゃうしね」


エクスは引きつった笑顔で反応する。
その言葉は本当だが、思いは違っていた。
心の底では悲しみ、無理をしている。
そんな簡単なことを分かっていつつも、ゼノは何も言わなかった。
何かを言ってしまうときっと今のエクスの心は、崩れてしまう。


「それもそうだな、んじゃ人間の王として頑張ってこい!」


背中を叩かれエクスは勇気を貰う。
貰った勇気で、大きな一歩を踏み出す。
エクスのやるべき事をするために――


「頼んだぞ、最後の試練だ」


「了解しました」


ゼノ達が見守る中、試練を行うために儀式を始める。
足元には大きな魔法陣が出現し、エクスの意識は一気に途絶える。


目を覚ますと、いつもの記憶の図書館へとやってきた。
いつも通りの本がたくさん山積みされた図書館。
いつもと違う点は、管理者であるムシュが居ないこと。
ルーが旅へ出かけた時、ムシュまでもが姿を消した。
あの日以降、ムシュとは音信不通。
連絡の一つもしてこない。


「試練の部屋は……確かここか」


いつも試練をしている部屋へドアの前で立ち止まる。
一つ深呼吸をして、重い扉を開ける。
ギィを立て部屋の中へ入ると、目の前には瓜二つの少女が二人いた。


「レイン――」


片方の名前を呼んだ瞬間、飛んで抱きつかれる。
その勢いで背中から地面へ倒れてしまう。


「エクスくん、ごめんね……ごめんね」


「レインと離れ離れになったのは正直死ぬのより辛い。でも俺は、まだまだ生き続け人々の希望の光になるって決めたんだ。ソロモンから人間の王としての地位を継承したからね」


再会を喜び、レインが気になっていた死後のことを話す。
長い時間は話さなかったが、レインはとても嬉しそうにニコニコしていた。


「ど、どうしたの?」


「まさか、私の愛した人がこんなにも成長するとは思ってなくてね。あ、剣を教えたのは私ってこと世界中に広めてね?」


などと冗談を交えながら、盛り上がった会話を終える。
事態は一刻を争うため、レインには試練を始めてもらう。
横にはレインそっくりのサタンが、無表情のまま立っていた。
ちなみに試練の内容はと言うと――


「私を倒してみて?」


との事だった。
サタンは何もせず、レインとエクスの一騎打ち。
始めて面と向かって立ちはだかる大きな壁に、エクスは興奮を抑えきれていなかった。
今か今かと目を輝かせ、戦いの火蓋が切って落とされる瞬間を待ち望んでいた。


「ルールはどうするんだ?流石にムシュの固有結界が無い今、ここで傷を負うとどうなるか分からないぞ?」


「あー、そう言えばそうだっけ。まぁ、致命傷を与えないレベルの攻撃のみで魔法等何でも使用可。勝ち負けの判断は、血を一滴でも流した方が負け。で、どうかな?」


「難しいけど、それでいいよ。レインとは殺し合いではなく純粋に戦ってみたかっただけだからね」


「なかなかに嬉しいことを言ってくれるけど、覚悟した方がいいよ?一瞬で終わってしまうからね」


「それは俺のセリフだけど?」


その瞬間二人は姿を消す。
剣と剣がぶつかった音だけが部屋中に響き渡る。


「へぇ、エクスくんも転移魔法が使えるようになったんだ」


「まぁ、レインの劣化版と言えばおしまいなんだけど――ね!!」


レインの真横へ転移し、音速を超えるほどの速度で剣を振るうが余裕の表情でかわされる。
それどころか、エクスは反撃をもらう。
血こそ流さなかったが、レインの拳は確実にエクスの鳩尾みぞおちを攻撃してきた。
ほんの少しだけ防御ができたため、痛みは通常よりもだいぶやわらいでいる。


「あれ?これじゃ倒れないの?」


「今の一撃は強すぎるぜ……危うくこんな楽しい戦いを一瞬で終わらせてしまうところだった」


「それは一体どういう意味なのかな?」


「もちろん、カウンターで俺が勝つってことだけど?」


「はははっ、面白いことを言ってくれるね、冗談はやめてねエクスくん?」


「その笑顔が逆に怖いな……今の一撃はスキだらけだ、今のうちに攻撃してくださいと言わんばかりだったな」


「ほぉ――う、そこまで言うか。なら、本気で行かないとダメかな?」


背中から翼を十二枚顕現させ、熾天使してんし形態モードへと姿を変える。
更に手にはスペルビアを握りしめていた。
翼を大きく広げ、レインの目が変わる。


「それじゃ、本気には本気で答えるのが礼儀ってことで……行くぞお前ら」


「お嬢と戦うのは少しばかり気が引けるが、いいだろう。今の主は小僧だ」


「面白い相手じゃな、ワシも本気で行かせてもらうとするかのぉ」


エクスも負けじと、炎と水の翼を顕現させる。
レインほどの迫力はないが、その翼は大きく美しい。
二人の視線は、もはや夫婦が交わす目線ではなかった。
互いに獲物を狩る狩人ハンターの如く睨んでいる。


「行くよ、エクスくんッ!!」


転移魔法は使用せず、一気に飛んで来た。
あまりの行動に驚きわずかに剣を握る力が弱まる。


「甘いッ!!」


一瞬のすきを逃さず、エクスの握っていた剣を弾き飛ばす。
握っていたはずの剣は遠くの床へと突き刺さる。


「しまっ――」


勝利を確信したレインは、敵の顔を見て気づく。
全て読まれていたと。


「残念だったね、俺が剣と槍しか使えないと思ったら大間違いだよ」


その言葉を聞いたレインは、一気に後方へ逃げるように飛んでいく。


「なるほど、確かに剣と槍だけがエクスくんの得意分野じゃないってことだね」


エクスの手には水で生成された弓が握られていた。
今までの戦いでは見せてこなかった芸当だ。


「やっぱり、レインと戦うとなったら全力で行かないとね。奥の手なんていつまでも使わないわけがないだろ」


「それでこそエクスくんだね」


エクスは颯爽さっそうと走り出し、弓を引き始める。
何度も矢を放ちレインの退路を断つ。
その作戦に気づき、レインは飛んできた矢を全て燃やし尽くし仁王立ちをしていた。


「そんな弱い攻撃じゃ私に傷一つ付けることは出来ないよ」


「わかってるさ、だからこその今の攻撃なんだ」


再び弓を引き、矢を放つと空から無数の矢の雨が降ってきた。
回避不可と予想し、レインは炎の障壁を作り出して矢を全て焼き払う。


「だからこんな攻撃じゃ――」


「かかったね」


矢に注意を持っていかれ、完全に隙が出来上がっていた。
転移魔法を使用し、炎の障壁の内部。
すなわちレインのふところへと。


「油断大敵ってね」


剣を振るうと、レインの姿が消える。
少し離れた場所にレインが現れ、肩で息をしていた。


「あと一歩か……」


「危ない危ない……負けるところだったよ。流石はエクスくん、私の行動を読んでいたんだね。しかしまぁ、良くもやってくれたよ」


レインの腹部付近の服は少し切り裂かれ、肌まであと少しだったことを物語っていた。
エクスは勝利を確信する。


「いける……あと一歩で勝てる」


「させるわけないでしょ?」


十二枚の翼を再度大きく広げ、空を飛ぶ。
エクスも追いかけるように空を飛び、空中戦が始まる。

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