最弱が世界を救う。

しにん。

《憤怒》6

《憤怒》と《傲慢》の戦いは幕を閉じようとしていた。
《傲慢》の圧倒的な力の差によって。


「心底イライラさせてくれるな、ルシフェル。俺様が一番負けたくない相手に加え、一番憎んでいる相手に殺される。ムカつくぜ」


「私の力を少しでも持っているんだ、せめて私がお前の人生という物語に終止符を打ってあげよう」


武器を握る力すらも失ったサタンは、ただひたすらに目の前の強敵レインに眼を付ける。
今まで以上に目は生き生きとしており、殺そうと企んでいる。
しかし、残された力はもう無い。


「殺すなら早く殺せ、お前に負けるのは最大の悔いだが、まぁ、いい。だから早く殺せ――」


「言われなくとも、さよならだ」


サタンの首に置いていたスペルビアを、強く握りしめ戦いは終戦を迎える――




メガネをクイッと上げ、ケイルは得意げに話を進める。


「君もさっき聞いていただろ、《憤怒》の悪魔は《傲慢》の悪魔から生まれた存在。つまりは、複製されたガラクタも同然」


「複製されたガラクタ……」


「あぁ、そうだ。ガラクタだ。力は本家に劣る雑魚だ。複製されたモノだとしたらどうする?」


「力を――欲する」


「正解だ」


ここでやっとエクスは気づく。


「サタンの目的は、レインの力を奪う……こと?」


ケイルは答えこそ教えてくれなかったが、明らかに態度がおかしい。
どこか小馬鹿にするような態度に、多少怒りを覚えたが今はそれどころじゃない。
エクスが立てた仮説が正しければ、今すぐに伝えない事にはレインの身が危険に晒される。


「だったら尚更だッ!!今すぐ呪いを――」


我に帰り、対処法を考える暇がないため魔力を取り戻すことを優先する。
が、考え込んでいるうちに、ケイルの気配が消えていた。


「なッ!!クソッ!!」


エクスは弾かれたように、レインが戦っている場所へと走る。
ちょうど戦場にたどり着いた時には、トドメを刺そうとしていた所だった。


「レイン逃げろ!!」


「人間か。私はもうレインなどではない無い。《傲慢》の悪魔、ルシファーだ。とくとその胸に刻め」


スペルビアを掲げ、勢いよく振り下ろす。
遠くで見守っていたセレネ達だけが異変に気づく。


「エクスさん、逃げ――」


その声は届かず、事態は最悪の道を辿ることとなる。


「やっと、やっと隙を見せてくれたなルシフェル」


吐き出すような声でサタンは、呟く。
一瞬の出来事にエクスは何が起こったかさえ、理解不能だった。


「サタ……ン、貴様ッ!!」


サタンは剣を避けていた。
首の皮は繋がったまま。
それに加え、サタンの右手はレインの心臓を突き抜いていた。


「これで、やっと完全になれる」


心臓はえぐり取られ、魔石へと姿を変える。
レインの魔石を丸呑みし、カタカタと震え始める。
やがて、エクスの存在に気づいたのかサタンは話しかけてきた。


「なぁおい、英雄。このゴミをどっかにやってくんねぇか。コイツの顔を見るだけでイライラしてくる」


「ゴミ……だと?」


「心臓を抜き取られ、俺様に喰われた抜け殻のゴミだ。早く処理してくれ」


恐る恐るレインに近づき、顔を覗き込む。
心臓があるべきところは赤く、空洞が空いていた。
ほんの少しだけ息はあるが風前の灯と言ったところだった。


「全くだよな、心臓を抜き取ったってのになぜ生きてやがる。悪魔のしぶとさってヤツか?」


「レイン……なぁ、おい!レイン!!」


呼びかけに応じ、閉じていた目が僅かに開く。
その目は死を悟り、受け入れたように思えた。


「エクスさん!!ひとまず離脱しますよ」


走ってきたセレネは、固有結界を用いて逃げ道を確保してくれた。
そのおかげでレインを担ぎながらでも安全に移動できた。


「へへ、ごめんねエクスくん……《傲慢》の悪魔に意識を奪われなければ勝ててたのに……」


レインは泣きながら血を吐き出しもがき苦しむ。
言葉は次第に途切れ始め、声は小さく。
精一杯出してるのか、更に苦しんでいた。


「クソッ……クソッ!!もう二度と大切な人は殺させないって誓ったのに……うああああああ!!」


衰弱するレインを抱き、エクスは恥を捨て泣きじゃくる。
その光景を見守る二人も、我慢出来ず涙を流していた。


「終わりの時にしようか、雑魚英雄がッ!!」




雄叫びの様な声を上げ、サタンはついに動き始めた。
すると、世界中の地面が揺れ始める。
大きな地震は長く強く。
次第に建物の崩壊が始まる。


「なぁ?んだよこの地震は」


「ガハッ!!」


揺れにサタンが怒る時、エクスは血反吐を吐き出ししゃがみ込む。
心配し、セレネ達が背中をさすり落ち着きを取り戻すように必死になる。
その甲斐あって徐々に落ち着き、再び立ち上がる。


「雑魚英雄……お間の仕業か?」


「知らない。ただ、お前だけは絶対に倒す。レインの仇のためにッ!!」


叫びと同時、揺れはさらに強くなる。
魔力を失っているエクスを守るため、セレネは固有結界を作り四人全員を覆う。


「邪魔くせぇんだよ!!」


サタンのパンチ一撃により、固有結界に亀裂が入り意味をなくした。


「この地震いつになったらおさまるんだァ?そろそろムカついてきたぜ」


「この地震は……勝利への第一歩だッ!!」


再度エクスが叫ぶと、地下深くに眠っていたマグマが至る所で吹き出し、辺り一帯の木々や家を飲み込んでいった。
噴火した時のような光景に、一同驚愕する。


「へぇ、勝利への第一歩ねぇ?こんなマグマ程度で殺そうと?世界と引換に俺様を殺せると?」


「そんなこと知らない。世界を救って、レインの仇を取るだけだッ!!」


エクスの周りにはいつの間にか、二匹の龍が姿を現していた。
赤い炎と青い水の、二匹の龍が――

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