閃雷の元勇者
7話 謎の刺客
「え?今年の公式序列戦は開催しない?」
突然の報告に、先生へ何度も聞き直した。
「何回も言わせるなアホ。今年は開催されなくなった。なんでも普通の公式序列戦では、ダメらしい」
「はっきり言うがオレは普通の公式序列戦すらも知らないぞ?」
「はぁ……耳の穴ほじってよく聞けよ?2度は言わねぇからな」
先生に教えて貰った公式序列戦とは、戦いたい者へ志願し戦い、勝敗で序列を決めるもの。
しかし、その者に勝てたからと言って序列が入れ替えという訳では無い。
個人個人に振り分けられたポイントにより序列が決まるらしい。自分よりも順位が高い者と戦った時のみポイントを貰えるシステムで、低い順位に負けた場合はポイントを引かれる。
例外があり、上位20名への志願は禁止されている。それもそのはず、上位20名は実力無しでは到達できないレベルであり、そう易々とは順位の変動がないらしい。
「なぁ、それってよ、下の者が上に行くにはほぼ不可能じゃないか?どう頑張っても上位20名に挑む権利すらない、それじゃああまりにも可愛そうだと思うんだが」
「言ってることは間違っちゃいない。だがこの学園では、弱い者にもちゃんとした救済処置がある。その名も、下克上システムだ」
「……下克上か。つまりどういう事だ?」
「そのままの意味だが、これには制限がある。この学園には18歳になった年の最後には卒業することは、知っているな?」
「少なくともオレはあと3年と聞いた。それが?」
「下克上はこの学園に在籍する間に3回まで、と決まっている。もちろん、この回数を消費しないという手もある。まぁ、1も消費せずに卒業したものは居ないがな」
それが意味することは、3回というチャンスの中で上位20名に勝てれば天国、全て逃せば地獄とまでは言わないが、上へあがる権利がなくなる。
実力主義の学園の名通りだ。強さこそ全て……か。
「ふぅん。で、勝ったらどうなるんだ?そのポイントとやらをたんまり貰えたり?」
「それ以上だ。負ければその者と序列を入れ替えになる。この学園には1000人の生徒がいるが、仮に1000位の奴が1位に勝てば、その者は1位となり元1位は1000位となる。実にシンプルだろ?」
前言撤回だ。勝てば天国負ければ地獄。これ以上にないほどシンプルで、残酷なルールだ。
「まぁ、大体は理解した。んで、なんで今年は開催されないんだよ。オレが追試を頑張った意味は?」
「もちろん、代わりに、では無くとあるお祭りみたいなもんが開催される。そのお祭りがあるから公式序列戦はされない」
「お祭り?」
クラス全員が首を傾け、先生が言ったお祭りという単語に興味津々だ。斯く言うオレも、どんなものかとても気になる。
「個人戦になるが、今までのように誰かを指名して戦うではない。トーナメント戦となるため、運も要求されるが、組み合わせ次第では予選を通過することだって可能だろうな」
新しい公式序列戦を今年から開催する。それを聞いた時、クラス全員がテンションをあげて喜んでいた。きっと、上位20名からなるこのクラスではあまり実戦が行われないようだ。
下克上がない限り、戦闘の経験を積むことは滅多にできない。久しぶりに戦えると聞いて、眠れる獅子が暴れているのだろう。
「1000人を10個のグループに分け予選を行う。つまり、100人で勝ちを掴み取るという事だ。予選から決勝へ上がれる者はたった1人。狭き門だと思うが、恐らくはこのクラスの10人だろうとは思う。楽しみにしておけ。予選スタートは来週からだ。それまで備えるもよし、いつもの平穏な日々を送るもよし。当たり前だが、棄権も許されている」
「みんな、死力を尽くそうぞ!!」
「あったりまえだろ女帝さんよ。このクラスで誰が強いか、真剣勝負と行きましょうか」
「望むところだ。それよりヒューイは予選を通過出来るのか?」
「ばっかにしてくれちゃって……やる時はやる男ってのを見せつけてやるぜ」
イフリートとヒューイが早速火花を散らしていた。その他にもちらほら言い合いにも聞こえる、互いを奮い立たせる言葉を投げあっているようだ。
「うるさい、黙れ」
先生の一言で一瞬にして静かになる。よく指導されている。
それとも、先生が怖いのか……?ないな。
「今回は初めて行うということを記念して、国王陛下と賢者様。さらにはエースの元勇者様も来るそうだ」
「ほぇー、そりゃまた大層な……ん?」
今オレの耳がイカレてなければだが、エースの元勇者も来るとか言ったか?どういう事だ……これは後々シン達から詳しく聞かせてもらわなければいけないな。
「エースの元勇者って……マジか!?失踪して以来、1度も姿を現していないって聞いたが?」
「先生にそれを聞くな。学園長が言っていたんだ。どうにかして連れてくるんじゃないか?」
その後、先生からのお知らせを終わりオレらは1日の学業を終え、寮へと戻る。
自室に入るなり、ベッドへと飛び込む。
1日勉強漬けになるためどうしても疲れがたまる。流石に、1度も勉学というものをまともにした事がないため、慣れないせいかすぐに疲れる。ずっと集中しているが、後半は死んでいる。
「お疲れ……お兄ちゃん」
「そういえばアリスももちろん出るんだよな?あの祭りは」
「うん。お兄ちゃんなんて負かしてやるぜっ」
ポンッと胸を叩き、何やら自信満々に答えてくれた。何処から溢れ出る自信なのか気になるが、オレに負けた日以来、死ぬ気で特訓したのだろう。次戦う時が楽しみで仕方が無い。
「残り1週間どうするんだ?修行でもするか?」
「うん。アリスに出来ること、全部やりきるつもり。お兄ちゃんを守れるように」
「オレのことなんて守らなくていいさ。オレほど無価値なやつなんていない。だから、オレよりも自分の身体を優先しろよ」
「アリスの身体はお兄ちゃんと同じくらい大切。両方守れる強さが欲しい。そこでお願いなんだけど……」
「ん?オレにお願いってことは、師として修行をつけろってことか?」
「話が早くて……助かる。ダメ……かな?」
「腕がなまってるから、全盛期の力をある程度取り戻すためにも修行はするつもりだった。オレとほぼ同じのメニュー、模擬試合になるがいいか?」
「うんっ」
アリスはニコニコと笑い上機嫌に鼻歌を歌い始める。それほどまで嬉しかったのだろうか。
2人だけの空間に水をさす人物が、いきなり部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「ライガ様はここにいるかしら?いるなら、私と特訓して貰いますわ」
大きく胸を張って入ってきたのはレティだった。
久しぶりにやって来たレティに驚き、オレらは見つめ合う。一体全体どうしたというのか。
「特訓?なんで?」
「それは……その……えっと……」
「これからアリスと修行する予定だったんだけど」
「な、なら私もご一緒させて貰えないかしら?」
そしてレティを加え3人で修行することになった。
勉強による疲れもあったが、無理やり体を起こして外へと向かう。道中2人共何故か上機嫌で、歩行スピードが早くて追いつくのに大変だった。
本当にこの2人はどうしたというのだろうか。思考回路が全く読めない。
「――ッ!?」
2人は気づいていないが、背後から殺気を感じ取る。なるべく穏便にやり過ごしたいんだが……それはどうも無理そうだった。
「伏せろッ!!」
「「えっ?」」
叫び、2人を現実へと引き戻す。どうやらやっと気づいたようだ。背後から突然飛び出してきた何者かからの攻撃を避け、オレらは攻撃態勢へ入る。これで2人の意識は覚醒したため、不意打ちを喰らって怪我をする恐れは消えたはずだ。
「あれは……犬か?」
「わんわんお」
「犬……ですわね」
攻撃したきた者の正体は犬だった。それもただの犬ではない。
筋肉が通常の犬より発達しており、目が赤く光っている。どうやら、戦闘に特化した犬だ。
多少の魔力の反応を感じるため、魔法による強化がされた犬なのだろう。
それにしても犬を使うとは非人道的。一体誰がそんなことを。
「ライガ様、どうしますか?」
「魔法で洗脳されている。オレには洗脳を解くなんて技術は無いから、殺すしかないかな」
「わん……わん……おっ」
アリスが不防備に突っ込んでいく。流石に負けるということは無いとは思うが、念のために追いかける。何も対策なしで後悔なんてしたくないからな。
「なるほど……犬を使った理由はこれか」
飛びかかってきた犬を避け、気づく。
犬はペットとして飼われるのが当然となっているが、昔は猟で使うために飼う人が多かった。そのため、特別に訓練された猟犬は普通の犬よりも血の気が多い。
だからこそ、犬を使ったと予想がついた。
「アリス、レティ。2人はこの犬の相手をしていてくれ。オレは近くに潜んでいる飼い主に挨拶しに行ってくる」
「わかった。気をつけてねお兄ちゃん」
「ここは私に任せてくれても構いませんわ」
「さぁて、出てきてもらおうか飼い主さんよ。アンタの家の犬の躾はちゃんとされてるんすかね。いきなり知らない人に飛びかかるって、飼い主がダメ何じゃないんですか?」
軽く挑発すると、すぐに姿を現した。フードを被り全身をコートで隠しているため、詳しくは見えない。あくまで正体は隠し通すつもりなのだろうか。
「見つけたぞ勇者」
「誰のことを言ってんだ?」
「とぼけるでない。君が勇者だということは知っている。その憎き顔……忘れることが出来ないんでね」
怒りと執念が混じった声だ。どうやら、シンの未来予知は当たっている。
シンの予想通りだと、クイーンもしくはジャックの者の犯行。今は誰だろうが関係がない。
オレの事を勇者と呼んだ以上、生かしておけない。
「右近、左近来い」
「「我が主のお呼びとあらば」」
両脇に妖狐の右近左近が現れる。そして同時に小太刀に姿を変え、オレは両手に握り締める。
この感覚、実に1年ぶりだ。
「このクソ勇者が……忌々しいぞ、鬼が」
「生憎と罵詈雑言は聞き慣れた。言葉だけじゃオレは折れないぜ?」
「君の心の折り方など簡単だ。さぁ、人造勇者よ……アイツに絶望を与えろ」
指をパチンッと鳴らすと、もう1人フードを被った者が現れる。何処から現れたのか、何処に潜んでいたか。その2つの疑問を抱えたまま、力を込める。
準備完了だ。いつでも戦闘は始められる。
「あはははははっ!!」
「――ッ!?」
油断していないにも関わらず、懐へ入り込まれた。
しかし、超近接戦闘は慣れているため軽々しく攻撃を避け距離をとる。どうやら一筋縄じゃ行かない、という事か。
普通の人間ならば、今の動きをしただけで息を荒くするが、敵に疲れの色が全く見えない。これがシンの言っていた人造勇者、か。強敵という次元じゃないな。
「おや、どうしたんです?酒呑童子と呼ばれた君の力……早く使ってくださいよ」
「それは無理だ。ここでは本気を出せないんでね」
人造勇者へ攻撃し、一瞬の隙を作る。
体勢を立て直す前に畳み掛ける。多少防御されても構わない。攻撃される前に倒しきるのが今は正解だろう。
どんな魔法を使い攻撃してくるのか分からない以上、相手に攻撃の主導権を奪われることだけはあってはならない。
「へぇ……君、なかなか面白いね」
「いやいや。それほどでもないぞ」
先程からの声を聞く限り、人造勇者は女だ。
だからといってオレが攻撃をしなくなる、なんて甘い話は有り得ない。
左で小さく斬りかかり、避けた先へ踏み込み右で大きく。普通の敵ならばこれで奥の手を使い勝つが、人造勇者に対して毒が効くのかすら曖昧だ。
ならば、今ここで出来ることは今後のために攻撃パターンやくせ、さらには筋肉の使い方を観察して次に生かす事が大切だろう。恐らくだが、オレ1人で目の前の敵を倒すには、鬼の力が必要になる。それだけは避けて通りたい道だ。
連続攻撃のわずかな隙を突かれ、大きく後ろへ飛び距離を置く。攻撃に専念したいが、簡単に倒せる敵ではないか。
「術式解放――霧の街」
「茨地獄!!」
視界は一気に霧に包まれ、敵の足を止める。
そして、背後から伸びてきた薔薇の蔦が、敵の身体に巻き付く。2つの魔法による妨害になす術はない。
「お待たせしましたわ。大丈夫でしたかライガ様」
「わんわんおは大人しく寝ちゃった」
「助太刀感謝する。あの犬は……なるほど、今みたいに茨魔法とやらで縛ったのか」
先ほどの犬を見ると、蔦でぐるぐるに巻かれ動けなくなって大人しくしていた。よく見ると眠っているようにも見える。恐らくはアリスの魔法だろう。
前を向き、動けなくなっている敵を見ると、違和感を覚える。身動きすら取れないにも関わらず焦っている表情とは程遠い顔をしていた。
「アリス、レティ、一旦離れろ。巻き込まれるぞ」
「よく分かりませんが、今はライガ様の指示に従いますわ」
2人が少し遠くへ行った直後、敵が大きな声で叫び始めた。痛みが今頃来た、なんてことは無いだろう。何かを始めるつもりだ。
細い華奢な体が少しだけだが、力を入れたことによって太く見える。あの華奢な体に一体どれほどの力が秘められているのだろうか、と気になっているとレティの茨の蔦を引きちぎった。
「予想はしてたけどなんつー馬鹿力……流石は人造勇者ってところだ」
「あははははははっ!面白いねっ!もっと遊ぼうよっ!!」
「そっちがその気なら、仕方ないかもな」
相手が全力で来る以上、生半可な力だけでは勝てない。中途半端に力を入れて戦うとした場合、明らかに命を刈り取られる。これは仮想戦闘ではない。命と命の争いだ。
「何をしているッ!!」
どうやらこの学園の警備隊のような人が走ってきた。走りながら魔法を唱えている。どれほどの実力を持っているかは知らないが、彼が来たということは、騒ぎが大きくなっているということ。
戦うという選択肢しかない今を変えることが出来る。それだけで、充分だ。
「チッ……ここは一旦退くぞ。これは命令だ」
「……はい。君、名前は?」
「ライガだ。次会うときは互いに全力で戦おうぜ」
「……ライガ……うん。負けないよ」
その言葉を最後に敵2人と犬は黒い炎となり消えた。転移魔法の一種だ。
「何とか作戦に成功したみたいだな」
「お兄ちゃんの策、いい感じ」
「流石に初めてこれをやられたら、誰も気づきませんわ。よく思いつきましたわね、この作戦」
「長引いても構わなかったが、少々面倒だと思ってな。ここは退いてもらった方が有難かった。助かったわ、サンキューなアリス」
「えへへ、どういたしまして」
アリスの頭を優しく撫でる。
行った作戦というものは、相手を騙す。走ってきた警備隊の人は真っ赤な嘘で、アリスの霧魔法による言わば幻術だ。見た目は人間で動いて喋るため、見抜くことはそう簡単ではない、そう睨んで実行した。今回は相手も退きたいと考えていそうだったため、ちょうど良かったのだと思う。
「遅くなったが、特訓に行くか」
「えぇ、そうですわね。よろしくお願いしますわ」
「おー!」
こうして当初の目的である特訓するために、訓練場へ向かった。
この時はまだ知らなかったが、オレの知らない場所ではとても大きなことが起きようとしていた。
「果てさて、相手はどう動きますかね。それ次第では私も駆り出されると思いますけど?」
「ライガが倒せない敵が来る時だけは、賢者様にお任せしますよ。ライガはこの国の宝ですからね」
「国王は随分とうちのバカ弟子を気に入っているようですね。別に構いませんが、それほど評価しているのですか?」
「あぁ、アイツは本当に強い。それにまだ強くなれる、そう信じてるからね」
「当たり前ですよ。私の弟子なのですから。きっと……この世界の危機を救ってくれる、そう信じてます」
シンは遠くを見つめ、悟ったように語っていた。それを見ていた国王は、少しだけ師弟関係が羨ましいと思っていた。
信じているからこそ、この世界を救う役目を簡単に渡せたのだろう。
「ここから舞台は次のステージに行きますよ。私の未来視がそう言ってます」
「できる限りだが、国王陛下として役目を果たす。国民の安全は守るから、賢者様とライガ――そして、学園の生徒達でこの国を守ってくれ」
「言われなくともやりますよ。この国は誰にも破壊させません」
敵の襲来を遠くから見ていた2人は静かにその場から消える。
突然の報告に、先生へ何度も聞き直した。
「何回も言わせるなアホ。今年は開催されなくなった。なんでも普通の公式序列戦では、ダメらしい」
「はっきり言うがオレは普通の公式序列戦すらも知らないぞ?」
「はぁ……耳の穴ほじってよく聞けよ?2度は言わねぇからな」
先生に教えて貰った公式序列戦とは、戦いたい者へ志願し戦い、勝敗で序列を決めるもの。
しかし、その者に勝てたからと言って序列が入れ替えという訳では無い。
個人個人に振り分けられたポイントにより序列が決まるらしい。自分よりも順位が高い者と戦った時のみポイントを貰えるシステムで、低い順位に負けた場合はポイントを引かれる。
例外があり、上位20名への志願は禁止されている。それもそのはず、上位20名は実力無しでは到達できないレベルであり、そう易々とは順位の変動がないらしい。
「なぁ、それってよ、下の者が上に行くにはほぼ不可能じゃないか?どう頑張っても上位20名に挑む権利すらない、それじゃああまりにも可愛そうだと思うんだが」
「言ってることは間違っちゃいない。だがこの学園では、弱い者にもちゃんとした救済処置がある。その名も、下克上システムだ」
「……下克上か。つまりどういう事だ?」
「そのままの意味だが、これには制限がある。この学園には18歳になった年の最後には卒業することは、知っているな?」
「少なくともオレはあと3年と聞いた。それが?」
「下克上はこの学園に在籍する間に3回まで、と決まっている。もちろん、この回数を消費しないという手もある。まぁ、1も消費せずに卒業したものは居ないがな」
それが意味することは、3回というチャンスの中で上位20名に勝てれば天国、全て逃せば地獄とまでは言わないが、上へあがる権利がなくなる。
実力主義の学園の名通りだ。強さこそ全て……か。
「ふぅん。で、勝ったらどうなるんだ?そのポイントとやらをたんまり貰えたり?」
「それ以上だ。負ければその者と序列を入れ替えになる。この学園には1000人の生徒がいるが、仮に1000位の奴が1位に勝てば、その者は1位となり元1位は1000位となる。実にシンプルだろ?」
前言撤回だ。勝てば天国負ければ地獄。これ以上にないほどシンプルで、残酷なルールだ。
「まぁ、大体は理解した。んで、なんで今年は開催されないんだよ。オレが追試を頑張った意味は?」
「もちろん、代わりに、では無くとあるお祭りみたいなもんが開催される。そのお祭りがあるから公式序列戦はされない」
「お祭り?」
クラス全員が首を傾け、先生が言ったお祭りという単語に興味津々だ。斯く言うオレも、どんなものかとても気になる。
「個人戦になるが、今までのように誰かを指名して戦うではない。トーナメント戦となるため、運も要求されるが、組み合わせ次第では予選を通過することだって可能だろうな」
新しい公式序列戦を今年から開催する。それを聞いた時、クラス全員がテンションをあげて喜んでいた。きっと、上位20名からなるこのクラスではあまり実戦が行われないようだ。
下克上がない限り、戦闘の経験を積むことは滅多にできない。久しぶりに戦えると聞いて、眠れる獅子が暴れているのだろう。
「1000人を10個のグループに分け予選を行う。つまり、100人で勝ちを掴み取るという事だ。予選から決勝へ上がれる者はたった1人。狭き門だと思うが、恐らくはこのクラスの10人だろうとは思う。楽しみにしておけ。予選スタートは来週からだ。それまで備えるもよし、いつもの平穏な日々を送るもよし。当たり前だが、棄権も許されている」
「みんな、死力を尽くそうぞ!!」
「あったりまえだろ女帝さんよ。このクラスで誰が強いか、真剣勝負と行きましょうか」
「望むところだ。それよりヒューイは予選を通過出来るのか?」
「ばっかにしてくれちゃって……やる時はやる男ってのを見せつけてやるぜ」
イフリートとヒューイが早速火花を散らしていた。その他にもちらほら言い合いにも聞こえる、互いを奮い立たせる言葉を投げあっているようだ。
「うるさい、黙れ」
先生の一言で一瞬にして静かになる。よく指導されている。
それとも、先生が怖いのか……?ないな。
「今回は初めて行うということを記念して、国王陛下と賢者様。さらにはエースの元勇者様も来るそうだ」
「ほぇー、そりゃまた大層な……ん?」
今オレの耳がイカレてなければだが、エースの元勇者も来るとか言ったか?どういう事だ……これは後々シン達から詳しく聞かせてもらわなければいけないな。
「エースの元勇者って……マジか!?失踪して以来、1度も姿を現していないって聞いたが?」
「先生にそれを聞くな。学園長が言っていたんだ。どうにかして連れてくるんじゃないか?」
その後、先生からのお知らせを終わりオレらは1日の学業を終え、寮へと戻る。
自室に入るなり、ベッドへと飛び込む。
1日勉強漬けになるためどうしても疲れがたまる。流石に、1度も勉学というものをまともにした事がないため、慣れないせいかすぐに疲れる。ずっと集中しているが、後半は死んでいる。
「お疲れ……お兄ちゃん」
「そういえばアリスももちろん出るんだよな?あの祭りは」
「うん。お兄ちゃんなんて負かしてやるぜっ」
ポンッと胸を叩き、何やら自信満々に答えてくれた。何処から溢れ出る自信なのか気になるが、オレに負けた日以来、死ぬ気で特訓したのだろう。次戦う時が楽しみで仕方が無い。
「残り1週間どうするんだ?修行でもするか?」
「うん。アリスに出来ること、全部やりきるつもり。お兄ちゃんを守れるように」
「オレのことなんて守らなくていいさ。オレほど無価値なやつなんていない。だから、オレよりも自分の身体を優先しろよ」
「アリスの身体はお兄ちゃんと同じくらい大切。両方守れる強さが欲しい。そこでお願いなんだけど……」
「ん?オレにお願いってことは、師として修行をつけろってことか?」
「話が早くて……助かる。ダメ……かな?」
「腕がなまってるから、全盛期の力をある程度取り戻すためにも修行はするつもりだった。オレとほぼ同じのメニュー、模擬試合になるがいいか?」
「うんっ」
アリスはニコニコと笑い上機嫌に鼻歌を歌い始める。それほどまで嬉しかったのだろうか。
2人だけの空間に水をさす人物が、いきなり部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「ライガ様はここにいるかしら?いるなら、私と特訓して貰いますわ」
大きく胸を張って入ってきたのはレティだった。
久しぶりにやって来たレティに驚き、オレらは見つめ合う。一体全体どうしたというのか。
「特訓?なんで?」
「それは……その……えっと……」
「これからアリスと修行する予定だったんだけど」
「な、なら私もご一緒させて貰えないかしら?」
そしてレティを加え3人で修行することになった。
勉強による疲れもあったが、無理やり体を起こして外へと向かう。道中2人共何故か上機嫌で、歩行スピードが早くて追いつくのに大変だった。
本当にこの2人はどうしたというのだろうか。思考回路が全く読めない。
「――ッ!?」
2人は気づいていないが、背後から殺気を感じ取る。なるべく穏便にやり過ごしたいんだが……それはどうも無理そうだった。
「伏せろッ!!」
「「えっ?」」
叫び、2人を現実へと引き戻す。どうやらやっと気づいたようだ。背後から突然飛び出してきた何者かからの攻撃を避け、オレらは攻撃態勢へ入る。これで2人の意識は覚醒したため、不意打ちを喰らって怪我をする恐れは消えたはずだ。
「あれは……犬か?」
「わんわんお」
「犬……ですわね」
攻撃したきた者の正体は犬だった。それもただの犬ではない。
筋肉が通常の犬より発達しており、目が赤く光っている。どうやら、戦闘に特化した犬だ。
多少の魔力の反応を感じるため、魔法による強化がされた犬なのだろう。
それにしても犬を使うとは非人道的。一体誰がそんなことを。
「ライガ様、どうしますか?」
「魔法で洗脳されている。オレには洗脳を解くなんて技術は無いから、殺すしかないかな」
「わん……わん……おっ」
アリスが不防備に突っ込んでいく。流石に負けるということは無いとは思うが、念のために追いかける。何も対策なしで後悔なんてしたくないからな。
「なるほど……犬を使った理由はこれか」
飛びかかってきた犬を避け、気づく。
犬はペットとして飼われるのが当然となっているが、昔は猟で使うために飼う人が多かった。そのため、特別に訓練された猟犬は普通の犬よりも血の気が多い。
だからこそ、犬を使ったと予想がついた。
「アリス、レティ。2人はこの犬の相手をしていてくれ。オレは近くに潜んでいる飼い主に挨拶しに行ってくる」
「わかった。気をつけてねお兄ちゃん」
「ここは私に任せてくれても構いませんわ」
「さぁて、出てきてもらおうか飼い主さんよ。アンタの家の犬の躾はちゃんとされてるんすかね。いきなり知らない人に飛びかかるって、飼い主がダメ何じゃないんですか?」
軽く挑発すると、すぐに姿を現した。フードを被り全身をコートで隠しているため、詳しくは見えない。あくまで正体は隠し通すつもりなのだろうか。
「見つけたぞ勇者」
「誰のことを言ってんだ?」
「とぼけるでない。君が勇者だということは知っている。その憎き顔……忘れることが出来ないんでね」
怒りと執念が混じった声だ。どうやら、シンの未来予知は当たっている。
シンの予想通りだと、クイーンもしくはジャックの者の犯行。今は誰だろうが関係がない。
オレの事を勇者と呼んだ以上、生かしておけない。
「右近、左近来い」
「「我が主のお呼びとあらば」」
両脇に妖狐の右近左近が現れる。そして同時に小太刀に姿を変え、オレは両手に握り締める。
この感覚、実に1年ぶりだ。
「このクソ勇者が……忌々しいぞ、鬼が」
「生憎と罵詈雑言は聞き慣れた。言葉だけじゃオレは折れないぜ?」
「君の心の折り方など簡単だ。さぁ、人造勇者よ……アイツに絶望を与えろ」
指をパチンッと鳴らすと、もう1人フードを被った者が現れる。何処から現れたのか、何処に潜んでいたか。その2つの疑問を抱えたまま、力を込める。
準備完了だ。いつでも戦闘は始められる。
「あはははははっ!!」
「――ッ!?」
油断していないにも関わらず、懐へ入り込まれた。
しかし、超近接戦闘は慣れているため軽々しく攻撃を避け距離をとる。どうやら一筋縄じゃ行かない、という事か。
普通の人間ならば、今の動きをしただけで息を荒くするが、敵に疲れの色が全く見えない。これがシンの言っていた人造勇者、か。強敵という次元じゃないな。
「おや、どうしたんです?酒呑童子と呼ばれた君の力……早く使ってくださいよ」
「それは無理だ。ここでは本気を出せないんでね」
人造勇者へ攻撃し、一瞬の隙を作る。
体勢を立て直す前に畳み掛ける。多少防御されても構わない。攻撃される前に倒しきるのが今は正解だろう。
どんな魔法を使い攻撃してくるのか分からない以上、相手に攻撃の主導権を奪われることだけはあってはならない。
「へぇ……君、なかなか面白いね」
「いやいや。それほどでもないぞ」
先程からの声を聞く限り、人造勇者は女だ。
だからといってオレが攻撃をしなくなる、なんて甘い話は有り得ない。
左で小さく斬りかかり、避けた先へ踏み込み右で大きく。普通の敵ならばこれで奥の手を使い勝つが、人造勇者に対して毒が効くのかすら曖昧だ。
ならば、今ここで出来ることは今後のために攻撃パターンやくせ、さらには筋肉の使い方を観察して次に生かす事が大切だろう。恐らくだが、オレ1人で目の前の敵を倒すには、鬼の力が必要になる。それだけは避けて通りたい道だ。
連続攻撃のわずかな隙を突かれ、大きく後ろへ飛び距離を置く。攻撃に専念したいが、簡単に倒せる敵ではないか。
「術式解放――霧の街」
「茨地獄!!」
視界は一気に霧に包まれ、敵の足を止める。
そして、背後から伸びてきた薔薇の蔦が、敵の身体に巻き付く。2つの魔法による妨害になす術はない。
「お待たせしましたわ。大丈夫でしたかライガ様」
「わんわんおは大人しく寝ちゃった」
「助太刀感謝する。あの犬は……なるほど、今みたいに茨魔法とやらで縛ったのか」
先ほどの犬を見ると、蔦でぐるぐるに巻かれ動けなくなって大人しくしていた。よく見ると眠っているようにも見える。恐らくはアリスの魔法だろう。
前を向き、動けなくなっている敵を見ると、違和感を覚える。身動きすら取れないにも関わらず焦っている表情とは程遠い顔をしていた。
「アリス、レティ、一旦離れろ。巻き込まれるぞ」
「よく分かりませんが、今はライガ様の指示に従いますわ」
2人が少し遠くへ行った直後、敵が大きな声で叫び始めた。痛みが今頃来た、なんてことは無いだろう。何かを始めるつもりだ。
細い華奢な体が少しだけだが、力を入れたことによって太く見える。あの華奢な体に一体どれほどの力が秘められているのだろうか、と気になっているとレティの茨の蔦を引きちぎった。
「予想はしてたけどなんつー馬鹿力……流石は人造勇者ってところだ」
「あははははははっ!面白いねっ!もっと遊ぼうよっ!!」
「そっちがその気なら、仕方ないかもな」
相手が全力で来る以上、生半可な力だけでは勝てない。中途半端に力を入れて戦うとした場合、明らかに命を刈り取られる。これは仮想戦闘ではない。命と命の争いだ。
「何をしているッ!!」
どうやらこの学園の警備隊のような人が走ってきた。走りながら魔法を唱えている。どれほどの実力を持っているかは知らないが、彼が来たということは、騒ぎが大きくなっているということ。
戦うという選択肢しかない今を変えることが出来る。それだけで、充分だ。
「チッ……ここは一旦退くぞ。これは命令だ」
「……はい。君、名前は?」
「ライガだ。次会うときは互いに全力で戦おうぜ」
「……ライガ……うん。負けないよ」
その言葉を最後に敵2人と犬は黒い炎となり消えた。転移魔法の一種だ。
「何とか作戦に成功したみたいだな」
「お兄ちゃんの策、いい感じ」
「流石に初めてこれをやられたら、誰も気づきませんわ。よく思いつきましたわね、この作戦」
「長引いても構わなかったが、少々面倒だと思ってな。ここは退いてもらった方が有難かった。助かったわ、サンキューなアリス」
「えへへ、どういたしまして」
アリスの頭を優しく撫でる。
行った作戦というものは、相手を騙す。走ってきた警備隊の人は真っ赤な嘘で、アリスの霧魔法による言わば幻術だ。見た目は人間で動いて喋るため、見抜くことはそう簡単ではない、そう睨んで実行した。今回は相手も退きたいと考えていそうだったため、ちょうど良かったのだと思う。
「遅くなったが、特訓に行くか」
「えぇ、そうですわね。よろしくお願いしますわ」
「おー!」
こうして当初の目的である特訓するために、訓練場へ向かった。
この時はまだ知らなかったが、オレの知らない場所ではとても大きなことが起きようとしていた。
「果てさて、相手はどう動きますかね。それ次第では私も駆り出されると思いますけど?」
「ライガが倒せない敵が来る時だけは、賢者様にお任せしますよ。ライガはこの国の宝ですからね」
「国王は随分とうちのバカ弟子を気に入っているようですね。別に構いませんが、それほど評価しているのですか?」
「あぁ、アイツは本当に強い。それにまだ強くなれる、そう信じてるからね」
「当たり前ですよ。私の弟子なのですから。きっと……この世界の危機を救ってくれる、そう信じてます」
シンは遠くを見つめ、悟ったように語っていた。それを見ていた国王は、少しだけ師弟関係が羨ましいと思っていた。
信じているからこそ、この世界を救う役目を簡単に渡せたのだろう。
「ここから舞台は次のステージに行きますよ。私の未来視がそう言ってます」
「できる限りだが、国王陛下として役目を果たす。国民の安全は守るから、賢者様とライガ――そして、学園の生徒達でこの国を守ってくれ」
「言われなくともやりますよ。この国は誰にも破壊させません」
敵の襲来を遠くから見ていた2人は静かにその場から消える。
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