閃雷の元勇者

しにん。

6話 過去

「アリスくん心の準備は出来ているかい?」


「大丈夫……お兄ちゃんの秘密教えて」


 アリスは頷き、話を早く始めるよう催促している。


「そう焦らずとも教えるさ。アリスくんは、鬼の存在を信じるかい?」


「伝説上の……バケモノ?」


 唇に指を置き、首を傾ける。それ見てシンは少し笑い、真剣な表情に変わる。


「鬼は実在したんだよ。その末裔まつえいはそこにいるライガって訳さ。信じなくても構わないが、信じないのなら話はやめる」


「鬼は……実在した……うん。信じる」


 目をキラキラさせながら、話へと意識を向ける。
 先程までの涙は何だったのか、と言うほど今の顔は生き生きとしている。


「よろしい、ならば全てを話そう。昔、鬼の生き残り――ライガの両親は、角を隠し、人の姿になり人里で暮らしていたんだ――」


 シンの話を聞いていると、昔の記憶が少しずつ蘇ってくる。
 確か――


「ライガ、いいですか?人は汚く醜い生き物です。ですが、決して殺してはいけません」


「どうして、おっかあ?」


「どうしてもです。母は、人に騙されたり、脅されたりしましたが、憎んではいません。人は優しい生き物なのです。それを信じて生きなさい」


「難しいよ……」


「そうね、まだ貴方には難しい話かも知れませんが、この事は忘れないようにしなさい」


 顔はよく見えず、覚えていない。
 母は、とても優しく美人と評判だった。それだけは記憶にあるが、どうしても顔は思い出せない。
 この約束だけは、覚えている。


「ライガは大きくなったら、人を守る強い者になりな。お父さんの子供だ、必ず強くなれる」


「おとん、人を守らないとダメ?」


「オレら鬼の一族は人間に皆殺された。だからと言って仇討ちとかはしない。俺らは人間と和解したんだ。だから殺してはいけない、守るんだ」


「おとんの言ってることよく分かんないよ」


「お前にはまだ早かっただけさ。だがな、人は優しいんだ。それを忘れんなよ」


 わしゃわしゃと頭を撫でられた記憶がある。
 父はとても勇ましく、大きな背中をしている。
 オレの憧れの存在だった。時に厳しいが、いつも笑って元気で優しい自慢の父。そう覚えているのだが、小さい頃の記憶のため、顔が思い出せない。
 まるで……消されたかのように。


 そして、小さい頃のオレは両親の教えを守り、困っている人間がいると必ず助けていた。
 そのお陰で、里のみんなから頼られる元気な子として育てられた。争いもなく、静かにのどかな暮らしをしていた。こんな平和が長く続けばいいとさえ、この時のオレは考えただろう。
 今思い返せば、とても幸せな時間を過ごしていた。
 小さい頃の記憶を思い出した後、シンの話へと耳を傾ける。


「ライガの両親は、人に殺されたんだ。ただ、鬼であるという事実を知ったばかりに殺された――」




「きゃー!鬼だわ!」


「みんな逃げろ殺されるぞっ!!」


「この、鬼め!くたばれ!!」


 鬼である母は、泣きながらも痛みに耐えていた。
 里のみんなからの投石や、罵倒。時には農具での攻撃。
 それでも、母は反撃すらせず、ただ涙を流していた。


「鬼はお呼びじゃないんだ、消えろ!!」


 見知った者からの口撃に、心は死んでいく。
 徐々に心や身体に一生消えない傷が増えていくが、一切の反撃すらしなかった。
 人は優しいものだと信じ。


「これでも喰らえ!!」


 遂には油をかけられ火を投げ込まれる。
 叫び声ひとつ上げず、涙を流していた。それを見ても、里のみんなは攻撃と口撃の手を止めなかった。止めるものは誰ひとりいなかった。


「な、何やってんだよテメェら!!うちの妻に何してくれてんだ!!」


 騒ぎを嗅ぎつけ、父が止めにかかる。
 燃え盛る母に水をかけ、鎮火。そして里のみんなへの攻撃が始まる。
 父は涙を流しながらも、人間を殴り続けた。


「鬼を庇うものは敵じゃ!殺せ!」


 いくら強くても、母とは違い父はただの人間だ。圧倒的な力もなく、数の差に敗北する。
 何度も人間からの攻撃を受け、父の身体はボロボロになっていた。それでも……母を庇うために立ち上がる。


「こ、この野郎ッ!!」


 ゴンッと鈍い音が鳴り、遂に父は倒れる。
 倒れた父の頭からは血が流れ、意識が遠のいていく。
 その姿を見た母は、駆け寄り必死に泣きつく。


「あなた!ねぇ、あなた!しっかりして!!」


「すまねぇ……頼りねぇバカでごめんな……ライガの事は頼んだ。オレは……先で待ってるから……よ」


 その言葉を最後に、ゆっくりと目が閉じていく。
 力なく倒れる父を見て、今まで声を上げていなかった母が、声を出して泣きわめく。


「うるさい黙れ!」


 無防備の背後を取り、人間は母を殺した。
 その事実を知ったのは、偶然だった。
 いつものように友達と遊ぼうと思い、家を出るとただならぬ叫び声が響いた。
 この時のオレは、まさか両親が殺されているとは知らず、呑気に友達の家へ歩いていた。
 そして、異常な空気を察知した時にはもう遅い。
 騒ぎの中心へたどり着いたら、両親が晒し上げられ、火がつけられていた。
 その時は現状が把握出来ず、ただ燃える両親を見つめていた。
 すると、人間の誰かがこう叫んだ。


「忌み子だ!!鬼の子がいるぞ!!」


「え……?」


 気づいた時には遅かった。大人の人間から殴られ、小さな身体は宙を舞っていた。
 そして、吹き飛ばされたオレは、誰かの家の壁へぶつかり止まる。


「よくもオレら人間様を騙していたなっ!!」


 そして、無抵抗なオレに向かって、人間たちは容赦なく攻撃してきた。
 殴る者も居れば、足で蹴る者も。そして、道具を使ってまでオレを痛めつける者さえもいた。


「この鬼が、くたばれ!!」


「殺せ殺せ!」


「我々を騙していた悪しき存在に、粛清をッ!!」


 散々罵倒され、オレは意識を失った……
 次に気づいた時には、燃え盛る家。逃げ惑う老若男女。そして、叫び声。


「忌み子が暴れだした、逃げろッ!!」


 瞬足で追いつき、逃げる人々を殺した。
 無意識のうちに人を殺し、涙を流す。顔には返り血を浴び赤くなっている。
 頬を伝う雫が、血か涙かさえ分からない。


「ゆる……さない」


 次々の溢れ出る怒りと殺意。これまで味わったことのない感情が、オレを支配した。
 目の前から人は消え、残されたのはオレと燃える里と死体。それでも消えない、行き場のない感情が更なる怒りを呼び起こす。
 里は壊滅した。




 いつの間にか目の前に、謎の男が立っていた。
 白いコートで全身を包み、フードを被っていたため顔が確認出来ないが、声と体つきで成人男性だと判定する。


「やぁ、君が例の子だね?」


「…………」


「無視とは辛いねぇ。まぁ、いいでしょう。君は今から私と来てもらおう。もちろん、拒否権は無いと思ってくれたまえ」


 親と家と里を失くし居場所が何処にも無くなったオレは、この男について行くしかなかった。
 何度かスキを突き、殺そうとするが上手くいかない。時々見せるスキはわざと見せているものだと気づき、遂には攻撃すら出来なくなる。
 間抜けな面をしているが、この男は強い。そう本能が叫んでいた。逆らっては殺される、と。


「着いたよ。ここが今日から君の家だ」


「――ッ!?」


 連れてこられた場所は王宮だった。
 自分とは縁のない場所、としか思っていなかった場所への招待。正直、夢であって欲しかった。


「君の両親は死んだ。これからは私が親代わりだ」


「ふざ……けるなっ!!」


「おっと、元気でよろしい」


 ついカッとなり攻撃するが、やはりこの男に攻撃することはほぼ不可能だ。全てが読まれていると考えた方が自然とまで言えるほどの対応力。
 まだ幼い自分では、到底たどり着くことのできない強さだと察した。
 元々、鬼と人間のハーフのため、身体能力は周りの子供と比べものにならなかった。
 そんなオレですら、勝てないという結論に至った。


「うんうん、子供はいいね。とても楽しいよ」


 何が面白いのか分からないが、男はずっと笑っている。出会った時からずっと。


「君、名前を教えてもらえるかな?」


「オーラス・ライガ……」


「ライガか。私はこう見えても現在のエースの勇者、シンだ。何かあれば私に言ってくれ、全力で要望に応えよう」


「おとんと……おっかぁは、ほんとに死んだの?」


「あぁ、残念だけどね。私がもっと早くこの未来を見ていれば……いや、何でもない」


 シンと名乗った男は、何故か両親を失ったオレよりも悔しそうに唇を噛み締めていた。一体何があったのだろうか。その時のオレには到底理解できなかった。


「それはそうと、君には重大な役割を与えたい。異常なまでのその身体能力、そして何より鬼の一族の末裔として君をエースの次期勇者にする。君は、人を守るために戦いたまえ」


「人を……守るため……」


 その時脳内に、両親の言葉がふと流れ始める。
 ――人は優しい者――
 ――人を守る強い者になれ――
 頬を涙が伝う。これは、血ではなく涙だ。


「やる……オレ、みんなを守る強い力が欲しい!!」


「よくぞ言った!それでこそ私が見込んだ、最強の勇者だ」


 その日のうちに、シンから戦い方を学ぶことになった――


「今から私を殺してください。君の全力をもってね」


 言われた通り、オレはシンを殺す気で戦った。
 だが、攻撃はかすりもしない。


「なるほど……。うん、君もういいよ。私は全力で来いと言ったんだ、自分の力量すらも把握出来ない雑魚には用がない。今すぐ消えたまえ」


 その言葉にオレは理性を失った。
 何故怒ったのか、今でも分からない。ただ、無意識に怒りがこみ上げてきた。


「いいね、その姿。まさしく鬼」


 額から1本の鬼の角が生え、力が何倍にも膨れ上がる。今ならシンを殺せるほどの力がある、それほど鬼化による能力の上げ幅は大きかった。
 出せる全力をさらに超え、限界突破。これほどまで力を入れたことが無いという程力を込め、シンに殴り掛かるが、軽々しく避けられる。
 避けられることを前提とし攻撃したため、避ける先が見えていた。
 次々と攻撃の手をやめず、がむしゃらにシンへ殺意をぶつける。だが、それでも1度も当てることすらできなかった。


「まだまだ君の力はこんな物じゃない。そうだろ?」


「はあああああっ!」


 体力が尽きるまで、殺す気で食ってかかった。
 そして遂に攻撃が届いた。初めて攻撃が届くと同時に、シンから反撃を貰った。


「私に攻撃を当てるとは思わなかったなあ。しかし、いつ以来だろうか。私に攻撃ができた者は」


「……はぁ、はぁ。それでも……やっと1発……」


 シンの頬には赤い線が浮き出てきた。
 それを指で撫でると、傷は消えていく。


「…………?」


「あぁ、これかい?これは治癒魔法と言ってね、傷や怪我を治す魔法さ。私は剣を扱うことが出来るが、魔法を専門として戦っていてね。魔法だけなら私は誰に負けるつもりは無いよ」


 その言葉の重みが小さいオレでも分かる。勇者としての務め、自分への信じる心。その全てが最後の言葉に詰まっていた。
 この時、オレはシンに憧れた。自分の力を信じ戦う、その凄さを目の当たりにしたからだろうか。


「作戦は拙く、まだまだこれからの伸び代がある。攻撃力、スピードは今のところ特に問題は見つからないね。うん、国王が言っていたとおりに、君を次期勇者へ育てよう。これは、国王が決めたことだ。拒否権はない」


 そこから、オレは戦いというものを教わった。
 剣や魔法、更には勉強すらも。
 両親が死に、一人ぼっちになったにも関わらず、オレの心が死ぬことは無かった。




「――と、まぁ、ライガの過去はこんなものさ。昔から強くなりたいって言う割には弱かったんだけどね。良くもまぁ勇者になれたものよ」


「うっせ。オレは親の習いに従っただけだ」


「お兄ちゃんにそんな過去が……」


「まぁ、な。オレにもそんな過去があった。過去無くしてはオレは存在しなかっただろうな。今がシンが見た未来を辿っているのか知らないけどさ」


 アリスからシンへと目をやると、少し焦ったように頭を掻き始めた。


「私の能力を知っているのは限られた人物だけだから、その話は止めにしてもらえないか?」


「はぁ……仕方ないな。だが、いつか話すべき機会が訪れた時は、せめてアリスにだけは話せよ。この学園で今のところ信じているのは、学園長とシンとアリスだけだ」


「君がそう言うのなら了承した。その未来がいつか来るといいんだけどね」


 方目を瞑りシンはウィンクをしてきた。
 ウィンクを無視し、オレは再度ベッドへと寝転がる。
 まだまだ体力の回復には至らない。


「お兄ちゃん……ひとつ聞いてもいい……?」


「なんだ?何かあるのか?」


「どうして、魔法を使ってないの?」


 やはり、アリスは普通の生徒じゃない。もとよりそれは分かりきったことだ。強さとはまた別の強さ。それを兼ね備えた生徒は見た限りでは数人しかいない。
 シンの思い出話だけで、その疑問に辿り着ける者は少ないだろう。
 まさか予想通り、アリスがここまで出来る生徒とは。


「その疑問については私が答えよう。ライガはとあることをきっかけに、自分の力を封印したのさ」


「封印……?それで魔法が使えないの?」


「私の弟子だ。魔法が使えないわけが無いだろう?」


 今やシンは国中の誰しもが知っている賢者。魔法といえばシン!とまで言われている。
 その弟子なのだから、魔法を教えていないわけがない。


「なるほど、説得力ある。それで、きっかけって……?」


「それ以上は喋るなシン。関係ない」


「だとさ。逆鱗に触れちゃ嫌だし私はこれでおさらばするよ」


 転移魔法を使い、シンは姿を消す。
 すると、アリスが困ったような顔で寝転ぶオレへ顔を近づける。


「お兄ちゃん……怒ってる?」


「いや、怒ってない。ただ、あの話題には触れて欲しくなかっただけさ。気を悪くしたみたいだな、ごめんな?」


「……ううん、いいの。アリスは大丈夫だよ」


 その言葉で会話は途切れた。
 気まづくなったオレは、深い眠りについた。
 目覚めるとアリスが中に入り込んでいたことは言うまでもない。
 本当にアリスは謎が多い。

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