閃雷の元勇者
6話 過去
「アリスくん心の準備は出来ているかい?」
「大丈夫……お兄ちゃんの秘密教えて」
アリスは頷き、話を早く始めるよう催促している。
「そう焦らずとも教えるさ。アリスくんは、鬼の存在を信じるかい?」
「伝説上の……バケモノ?」
唇に指を置き、首を傾ける。それ見てシンは少し笑い、真剣な表情に変わる。
「鬼は実在したんだよ。その末裔はそこにいるライガって訳さ。信じなくても構わないが、信じないのなら話はやめる」
「鬼は……実在した……うん。信じる」
目をキラキラさせながら、話へと意識を向ける。
先程までの涙は何だったのか、と言うほど今の顔は生き生きとしている。
「よろしい、ならば全てを話そう。昔、鬼の生き残り――ライガの両親は、角を隠し、人の姿になり人里で暮らしていたんだ――」
シンの話を聞いていると、昔の記憶が少しずつ蘇ってくる。
確か――
「ライガ、いいですか?人は汚く醜い生き物です。ですが、決して殺してはいけません」
「どうして、おっかあ?」
「どうしてもです。母は、人に騙されたり、脅されたりしましたが、憎んではいません。人は優しい生き物なのです。それを信じて生きなさい」
「難しいよ……」
「そうね、まだ貴方には難しい話かも知れませんが、この事は忘れないようにしなさい」
顔はよく見えず、覚えていない。
母は、とても優しく美人と評判だった。それだけは記憶にあるが、どうしても顔は思い出せない。
この約束だけは、覚えている。
「ライガは大きくなったら、人を守る強い者になりな。お父さんの子供だ、必ず強くなれる」
「おとん、人を守らないとダメ?」
「オレら鬼の一族は人間に皆殺された。だからと言って仇討ちとかはしない。俺らは人間と和解したんだ。だから殺してはいけない、守るんだ」
「おとんの言ってることよく分かんないよ」
「お前にはまだ早かっただけさ。だがな、人は優しいんだ。それを忘れんなよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられた記憶がある。
父はとても勇ましく、大きな背中をしている。
オレの憧れの存在だった。時に厳しいが、いつも笑って元気で優しい自慢の父。そう覚えているのだが、小さい頃の記憶のため、顔が思い出せない。
まるで……消されたかのように。
そして、小さい頃のオレは両親の教えを守り、困っている人間がいると必ず助けていた。
そのお陰で、里のみんなから頼られる元気な子として育てられた。争いもなく、静かにのどかな暮らしをしていた。こんな平和が長く続けばいいとさえ、この時のオレは考えただろう。
今思い返せば、とても幸せな時間を過ごしていた。
小さい頃の記憶を思い出した後、シンの話へと耳を傾ける。
「ライガの両親は、人に殺されたんだ。ただ、鬼であるという事実を知ったばかりに殺された――」
「きゃー!鬼だわ!」
「みんな逃げろ殺されるぞっ!!」
「この、鬼め!くたばれ!!」
鬼である母は、泣きながらも痛みに耐えていた。
里のみんなからの投石や、罵倒。時には農具での攻撃。
それでも、母は反撃すらせず、ただ涙を流していた。
「鬼はお呼びじゃないんだ、消えろ!!」
見知った者からの口撃に、心は死んでいく。
徐々に心や身体に一生消えない傷が増えていくが、一切の反撃すらしなかった。
人は優しいものだと信じ。
「これでも喰らえ!!」
遂には油をかけられ火を投げ込まれる。
叫び声ひとつ上げず、涙を流していた。それを見ても、里のみんなは攻撃と口撃の手を止めなかった。止めるものは誰ひとりいなかった。
「な、何やってんだよテメェら!!うちの妻に何してくれてんだ!!」
騒ぎを嗅ぎつけ、父が止めにかかる。
燃え盛る母に水をかけ、鎮火。そして里のみんなへの攻撃が始まる。
父は涙を流しながらも、人間を殴り続けた。
「鬼を庇うものは敵じゃ!殺せ!」
いくら強くても、母とは違い父はただの人間だ。圧倒的な力もなく、数の差に敗北する。
何度も人間からの攻撃を受け、父の身体はボロボロになっていた。それでも……母を庇うために立ち上がる。
「こ、この野郎ッ!!」
ゴンッと鈍い音が鳴り、遂に父は倒れる。
倒れた父の頭からは血が流れ、意識が遠のいていく。
その姿を見た母は、駆け寄り必死に泣きつく。
「あなた!ねぇ、あなた!しっかりして!!」
「すまねぇ……頼りねぇバカでごめんな……ライガの事は頼んだ。オレは……先で待ってるから……よ」
その言葉を最後に、ゆっくりと目が閉じていく。
力なく倒れる父を見て、今まで声を上げていなかった母が、声を出して泣き喚く。
「うるさい黙れ!」
無防備の背後を取り、人間は母を殺した。
その事実を知ったのは、偶然だった。
いつものように友達と遊ぼうと思い、家を出るとただならぬ叫び声が響いた。
この時のオレは、まさか両親が殺されているとは知らず、呑気に友達の家へ歩いていた。
そして、異常な空気を察知した時にはもう遅い。
騒ぎの中心へたどり着いたら、両親が晒し上げられ、火がつけられていた。
その時は現状が把握出来ず、ただ燃える両親を見つめていた。
すると、人間の誰かがこう叫んだ。
「忌み子だ!!鬼の子がいるぞ!!」
「え……?」
気づいた時には遅かった。大人の人間から殴られ、小さな身体は宙を舞っていた。
そして、吹き飛ばされたオレは、誰かの家の壁へぶつかり止まる。
「よくもオレら人間様を騙していたなっ!!」
そして、無抵抗なオレに向かって、人間たちは容赦なく攻撃してきた。
殴る者も居れば、足で蹴る者も。そして、道具を使ってまでオレを痛めつける者さえもいた。
「この鬼が、くたばれ!!」
「殺せ殺せ!」
「我々を騙していた悪しき存在に、粛清をッ!!」
散々罵倒され、オレは意識を失った……
次に気づいた時には、燃え盛る家。逃げ惑う老若男女。そして、叫び声。
「忌み子が暴れだした、逃げろッ!!」
瞬足で追いつき、逃げる人々を殺した。
無意識のうちに人を殺し、涙を流す。顔には返り血を浴び赤くなっている。
頬を伝う雫が、血か涙かさえ分からない。
「ゆる……さない」
次々の溢れ出る怒りと殺意。これまで味わったことのない感情が、オレを支配した。
目の前から人は消え、残されたのはオレと燃える里と死体。それでも消えない、行き場のない感情が更なる怒りを呼び起こす。
里は壊滅した。
いつの間にか目の前に、謎の男が立っていた。
白いコートで全身を包み、フードを被っていたため顔が確認出来ないが、声と体つきで成人男性だと判定する。
「やぁ、君が例の子だね?」
「…………」
「無視とは辛いねぇ。まぁ、いいでしょう。君は今から私と来てもらおう。もちろん、拒否権は無いと思ってくれたまえ」
親と家と里を失くし居場所が何処にも無くなったオレは、この男について行くしかなかった。
何度かスキを突き、殺そうとするが上手くいかない。時々見せるスキはわざと見せているものだと気づき、遂には攻撃すら出来なくなる。
間抜けな面をしているが、この男は強い。そう本能が叫んでいた。逆らっては殺される、と。
「着いたよ。ここが今日から君の家だ」
「――ッ!?」
連れてこられた場所は王宮だった。
自分とは縁のない場所、としか思っていなかった場所への招待。正直、夢であって欲しかった。
「君の両親は死んだ。これからは私が親代わりだ」
「ふざ……けるなっ!!」
「おっと、元気でよろしい」
ついカッとなり攻撃するが、やはりこの男に攻撃することはほぼ不可能だ。全てが読まれていると考えた方が自然とまで言えるほどの対応力。
まだ幼い自分では、到底たどり着くことのできない強さだと察した。
元々、鬼と人間のハーフのため、身体能力は周りの子供と比べものにならなかった。
そんなオレですら、勝てないという結論に至った。
「うんうん、子供はいいね。とても楽しいよ」
何が面白いのか分からないが、男はずっと笑っている。出会った時からずっと。
「君、名前を教えてもらえるかな?」
「オーラス・ライガ……」
「ライガか。私はこう見えても現在のエースの勇者、シンだ。何かあれば私に言ってくれ、全力で要望に応えよう」
「おとんと……おっかぁは、ほんとに死んだの?」
「あぁ、残念だけどね。私がもっと早くこの未来を見ていれば……いや、何でもない」
シンと名乗った男は、何故か両親を失ったオレよりも悔しそうに唇を噛み締めていた。一体何があったのだろうか。その時のオレには到底理解できなかった。
「それはそうと、君には重大な役割を与えたい。異常なまでのその身体能力、そして何より鬼の一族の末裔として君をエースの次期勇者にする。君は、人を守るために戦いたまえ」
「人を……守るため……」
その時脳内に、両親の言葉がふと流れ始める。
――人は優しい者――
――人を守る強い者になれ――
頬を涙が伝う。これは、血ではなく涙だ。
「やる……オレ、みんなを守る強い力が欲しい!!」
「よくぞ言った!それでこそ私が見込んだ、最強の勇者だ」
その日のうちに、シンから戦い方を学ぶことになった――
「今から私を殺してください。君の全力をもってね」
言われた通り、オレはシンを殺す気で戦った。
だが、攻撃はかすりもしない。
「なるほど……。うん、君もういいよ。私は全力で来いと言ったんだ、自分の力量すらも把握出来ない雑魚には用がない。今すぐ消えたまえ」
その言葉にオレは理性を失った。
何故怒ったのか、今でも分からない。ただ、無意識に怒りがこみ上げてきた。
「いいね、その姿。まさしく鬼」
額から1本の鬼の角が生え、力が何倍にも膨れ上がる。今ならシンを殺せるほどの力がある、それほど鬼化による能力の上げ幅は大きかった。
出せる全力をさらに超え、限界突破。これほどまで力を入れたことが無いという程力を込め、シンに殴り掛かるが、軽々しく避けられる。
避けられることを前提とし攻撃したため、避ける先が見えていた。
次々と攻撃の手をやめず、がむしゃらにシンへ殺意をぶつける。だが、それでも1度も当てることすらできなかった。
「まだまだ君の力はこんな物じゃない。そうだろ?」
「はあああああっ!」
体力が尽きるまで、殺す気で食ってかかった。
そして遂に攻撃が届いた。初めて攻撃が届くと同時に、シンから反撃を貰った。
「私に攻撃を当てるとは思わなかったなあ。しかし、いつ以来だろうか。私に攻撃ができた者は」
「……はぁ、はぁ。それでも……やっと1発……」
シンの頬には赤い線が浮き出てきた。
それを指で撫でると、傷は消えていく。
「…………?」
「あぁ、これかい?これは治癒魔法と言ってね、傷や怪我を治す魔法さ。私は剣を扱うことが出来るが、魔法を専門として戦っていてね。魔法だけなら私は誰に負けるつもりは無いよ」
その言葉の重みが小さいオレでも分かる。勇者としての務め、自分への信じる心。その全てが最後の言葉に詰まっていた。
この時、オレはシンに憧れた。自分の力を信じ戦う、その凄さを目の当たりにしたからだろうか。
「作戦は拙く、まだまだこれからの伸び代がある。攻撃力、スピードは今のところ特に問題は見つからないね。うん、国王が言っていたとおりに、君を次期勇者へ育てよう。これは、国王が決めたことだ。拒否権はない」
そこから、オレは戦いというものを教わった。
剣や魔法、更には勉強すらも。
両親が死に、一人ぼっちになったにも関わらず、オレの心が死ぬことは無かった。
「――と、まぁ、ライガの過去はこんなものさ。昔から強くなりたいって言う割には弱かったんだけどね。良くもまぁ勇者になれたものよ」
「うっせ。オレは親の習いに従っただけだ」
「お兄ちゃんにそんな過去が……」
「まぁ、な。オレにもそんな過去があった。過去無くしてはオレは存在しなかっただろうな。今がシンが見た未来を辿っているのか知らないけどさ」
アリスからシンへと目をやると、少し焦ったように頭を掻き始めた。
「私の能力を知っているのは限られた人物だけだから、その話は止めにしてもらえないか?」
「はぁ……仕方ないな。だが、いつか話すべき機会が訪れた時は、せめてアリスにだけは話せよ。この学園で今のところ信じているのは、学園長とシンとアリスだけだ」
「君がそう言うのなら了承した。その未来がいつか来るといいんだけどね」
方目を瞑りシンはウィンクをしてきた。
ウィンクを無視し、オレは再度ベッドへと寝転がる。
まだまだ体力の回復には至らない。
「お兄ちゃん……ひとつ聞いてもいい……?」
「なんだ?何かあるのか?」
「どうして、魔法を使ってないの?」
やはり、アリスは普通の生徒じゃない。もとよりそれは分かりきったことだ。強さとはまた別の強さ。それを兼ね備えた生徒は見た限りでは数人しかいない。
シンの思い出話だけで、その疑問に辿り着ける者は少ないだろう。
まさか予想通り、アリスがここまで出来る生徒とは。
「その疑問については私が答えよう。ライガはとあることをきっかけに、自分の力を封印したのさ」
「封印……?それで魔法が使えないの?」
「私の弟子だ。魔法が使えないわけが無いだろう?」
今やシンは国中の誰しもが知っている賢者。魔法といえばシン!とまで言われている。
その弟子なのだから、魔法を教えていないわけがない。
「なるほど、説得力ある。それで、きっかけって……?」
「それ以上は喋るなシン。関係ない」
「だとさ。逆鱗に触れちゃ嫌だし私はこれでおさらばするよ」
転移魔法を使い、シンは姿を消す。
すると、アリスが困ったような顔で寝転ぶオレへ顔を近づける。
「お兄ちゃん……怒ってる?」
「いや、怒ってない。ただ、あの話題には触れて欲しくなかっただけさ。気を悪くしたみたいだな、ごめんな?」
「……ううん、いいの。アリスは大丈夫だよ」
その言葉で会話は途切れた。
気まづくなったオレは、深い眠りについた。
目覚めるとアリスが中に入り込んでいたことは言うまでもない。
本当にアリスは謎が多い。
「大丈夫……お兄ちゃんの秘密教えて」
アリスは頷き、話を早く始めるよう催促している。
「そう焦らずとも教えるさ。アリスくんは、鬼の存在を信じるかい?」
「伝説上の……バケモノ?」
唇に指を置き、首を傾ける。それ見てシンは少し笑い、真剣な表情に変わる。
「鬼は実在したんだよ。その末裔はそこにいるライガって訳さ。信じなくても構わないが、信じないのなら話はやめる」
「鬼は……実在した……うん。信じる」
目をキラキラさせながら、話へと意識を向ける。
先程までの涙は何だったのか、と言うほど今の顔は生き生きとしている。
「よろしい、ならば全てを話そう。昔、鬼の生き残り――ライガの両親は、角を隠し、人の姿になり人里で暮らしていたんだ――」
シンの話を聞いていると、昔の記憶が少しずつ蘇ってくる。
確か――
「ライガ、いいですか?人は汚く醜い生き物です。ですが、決して殺してはいけません」
「どうして、おっかあ?」
「どうしてもです。母は、人に騙されたり、脅されたりしましたが、憎んではいません。人は優しい生き物なのです。それを信じて生きなさい」
「難しいよ……」
「そうね、まだ貴方には難しい話かも知れませんが、この事は忘れないようにしなさい」
顔はよく見えず、覚えていない。
母は、とても優しく美人と評判だった。それだけは記憶にあるが、どうしても顔は思い出せない。
この約束だけは、覚えている。
「ライガは大きくなったら、人を守る強い者になりな。お父さんの子供だ、必ず強くなれる」
「おとん、人を守らないとダメ?」
「オレら鬼の一族は人間に皆殺された。だからと言って仇討ちとかはしない。俺らは人間と和解したんだ。だから殺してはいけない、守るんだ」
「おとんの言ってることよく分かんないよ」
「お前にはまだ早かっただけさ。だがな、人は優しいんだ。それを忘れんなよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられた記憶がある。
父はとても勇ましく、大きな背中をしている。
オレの憧れの存在だった。時に厳しいが、いつも笑って元気で優しい自慢の父。そう覚えているのだが、小さい頃の記憶のため、顔が思い出せない。
まるで……消されたかのように。
そして、小さい頃のオレは両親の教えを守り、困っている人間がいると必ず助けていた。
そのお陰で、里のみんなから頼られる元気な子として育てられた。争いもなく、静かにのどかな暮らしをしていた。こんな平和が長く続けばいいとさえ、この時のオレは考えただろう。
今思い返せば、とても幸せな時間を過ごしていた。
小さい頃の記憶を思い出した後、シンの話へと耳を傾ける。
「ライガの両親は、人に殺されたんだ。ただ、鬼であるという事実を知ったばかりに殺された――」
「きゃー!鬼だわ!」
「みんな逃げろ殺されるぞっ!!」
「この、鬼め!くたばれ!!」
鬼である母は、泣きながらも痛みに耐えていた。
里のみんなからの投石や、罵倒。時には農具での攻撃。
それでも、母は反撃すらせず、ただ涙を流していた。
「鬼はお呼びじゃないんだ、消えろ!!」
見知った者からの口撃に、心は死んでいく。
徐々に心や身体に一生消えない傷が増えていくが、一切の反撃すらしなかった。
人は優しいものだと信じ。
「これでも喰らえ!!」
遂には油をかけられ火を投げ込まれる。
叫び声ひとつ上げず、涙を流していた。それを見ても、里のみんなは攻撃と口撃の手を止めなかった。止めるものは誰ひとりいなかった。
「な、何やってんだよテメェら!!うちの妻に何してくれてんだ!!」
騒ぎを嗅ぎつけ、父が止めにかかる。
燃え盛る母に水をかけ、鎮火。そして里のみんなへの攻撃が始まる。
父は涙を流しながらも、人間を殴り続けた。
「鬼を庇うものは敵じゃ!殺せ!」
いくら強くても、母とは違い父はただの人間だ。圧倒的な力もなく、数の差に敗北する。
何度も人間からの攻撃を受け、父の身体はボロボロになっていた。それでも……母を庇うために立ち上がる。
「こ、この野郎ッ!!」
ゴンッと鈍い音が鳴り、遂に父は倒れる。
倒れた父の頭からは血が流れ、意識が遠のいていく。
その姿を見た母は、駆け寄り必死に泣きつく。
「あなた!ねぇ、あなた!しっかりして!!」
「すまねぇ……頼りねぇバカでごめんな……ライガの事は頼んだ。オレは……先で待ってるから……よ」
その言葉を最後に、ゆっくりと目が閉じていく。
力なく倒れる父を見て、今まで声を上げていなかった母が、声を出して泣き喚く。
「うるさい黙れ!」
無防備の背後を取り、人間は母を殺した。
その事実を知ったのは、偶然だった。
いつものように友達と遊ぼうと思い、家を出るとただならぬ叫び声が響いた。
この時のオレは、まさか両親が殺されているとは知らず、呑気に友達の家へ歩いていた。
そして、異常な空気を察知した時にはもう遅い。
騒ぎの中心へたどり着いたら、両親が晒し上げられ、火がつけられていた。
その時は現状が把握出来ず、ただ燃える両親を見つめていた。
すると、人間の誰かがこう叫んだ。
「忌み子だ!!鬼の子がいるぞ!!」
「え……?」
気づいた時には遅かった。大人の人間から殴られ、小さな身体は宙を舞っていた。
そして、吹き飛ばされたオレは、誰かの家の壁へぶつかり止まる。
「よくもオレら人間様を騙していたなっ!!」
そして、無抵抗なオレに向かって、人間たちは容赦なく攻撃してきた。
殴る者も居れば、足で蹴る者も。そして、道具を使ってまでオレを痛めつける者さえもいた。
「この鬼が、くたばれ!!」
「殺せ殺せ!」
「我々を騙していた悪しき存在に、粛清をッ!!」
散々罵倒され、オレは意識を失った……
次に気づいた時には、燃え盛る家。逃げ惑う老若男女。そして、叫び声。
「忌み子が暴れだした、逃げろッ!!」
瞬足で追いつき、逃げる人々を殺した。
無意識のうちに人を殺し、涙を流す。顔には返り血を浴び赤くなっている。
頬を伝う雫が、血か涙かさえ分からない。
「ゆる……さない」
次々の溢れ出る怒りと殺意。これまで味わったことのない感情が、オレを支配した。
目の前から人は消え、残されたのはオレと燃える里と死体。それでも消えない、行き場のない感情が更なる怒りを呼び起こす。
里は壊滅した。
いつの間にか目の前に、謎の男が立っていた。
白いコートで全身を包み、フードを被っていたため顔が確認出来ないが、声と体つきで成人男性だと判定する。
「やぁ、君が例の子だね?」
「…………」
「無視とは辛いねぇ。まぁ、いいでしょう。君は今から私と来てもらおう。もちろん、拒否権は無いと思ってくれたまえ」
親と家と里を失くし居場所が何処にも無くなったオレは、この男について行くしかなかった。
何度かスキを突き、殺そうとするが上手くいかない。時々見せるスキはわざと見せているものだと気づき、遂には攻撃すら出来なくなる。
間抜けな面をしているが、この男は強い。そう本能が叫んでいた。逆らっては殺される、と。
「着いたよ。ここが今日から君の家だ」
「――ッ!?」
連れてこられた場所は王宮だった。
自分とは縁のない場所、としか思っていなかった場所への招待。正直、夢であって欲しかった。
「君の両親は死んだ。これからは私が親代わりだ」
「ふざ……けるなっ!!」
「おっと、元気でよろしい」
ついカッとなり攻撃するが、やはりこの男に攻撃することはほぼ不可能だ。全てが読まれていると考えた方が自然とまで言えるほどの対応力。
まだ幼い自分では、到底たどり着くことのできない強さだと察した。
元々、鬼と人間のハーフのため、身体能力は周りの子供と比べものにならなかった。
そんなオレですら、勝てないという結論に至った。
「うんうん、子供はいいね。とても楽しいよ」
何が面白いのか分からないが、男はずっと笑っている。出会った時からずっと。
「君、名前を教えてもらえるかな?」
「オーラス・ライガ……」
「ライガか。私はこう見えても現在のエースの勇者、シンだ。何かあれば私に言ってくれ、全力で要望に応えよう」
「おとんと……おっかぁは、ほんとに死んだの?」
「あぁ、残念だけどね。私がもっと早くこの未来を見ていれば……いや、何でもない」
シンと名乗った男は、何故か両親を失ったオレよりも悔しそうに唇を噛み締めていた。一体何があったのだろうか。その時のオレには到底理解できなかった。
「それはそうと、君には重大な役割を与えたい。異常なまでのその身体能力、そして何より鬼の一族の末裔として君をエースの次期勇者にする。君は、人を守るために戦いたまえ」
「人を……守るため……」
その時脳内に、両親の言葉がふと流れ始める。
――人は優しい者――
――人を守る強い者になれ――
頬を涙が伝う。これは、血ではなく涙だ。
「やる……オレ、みんなを守る強い力が欲しい!!」
「よくぞ言った!それでこそ私が見込んだ、最強の勇者だ」
その日のうちに、シンから戦い方を学ぶことになった――
「今から私を殺してください。君の全力をもってね」
言われた通り、オレはシンを殺す気で戦った。
だが、攻撃はかすりもしない。
「なるほど……。うん、君もういいよ。私は全力で来いと言ったんだ、自分の力量すらも把握出来ない雑魚には用がない。今すぐ消えたまえ」
その言葉にオレは理性を失った。
何故怒ったのか、今でも分からない。ただ、無意識に怒りがこみ上げてきた。
「いいね、その姿。まさしく鬼」
額から1本の鬼の角が生え、力が何倍にも膨れ上がる。今ならシンを殺せるほどの力がある、それほど鬼化による能力の上げ幅は大きかった。
出せる全力をさらに超え、限界突破。これほどまで力を入れたことが無いという程力を込め、シンに殴り掛かるが、軽々しく避けられる。
避けられることを前提とし攻撃したため、避ける先が見えていた。
次々と攻撃の手をやめず、がむしゃらにシンへ殺意をぶつける。だが、それでも1度も当てることすらできなかった。
「まだまだ君の力はこんな物じゃない。そうだろ?」
「はあああああっ!」
体力が尽きるまで、殺す気で食ってかかった。
そして遂に攻撃が届いた。初めて攻撃が届くと同時に、シンから反撃を貰った。
「私に攻撃を当てるとは思わなかったなあ。しかし、いつ以来だろうか。私に攻撃ができた者は」
「……はぁ、はぁ。それでも……やっと1発……」
シンの頬には赤い線が浮き出てきた。
それを指で撫でると、傷は消えていく。
「…………?」
「あぁ、これかい?これは治癒魔法と言ってね、傷や怪我を治す魔法さ。私は剣を扱うことが出来るが、魔法を専門として戦っていてね。魔法だけなら私は誰に負けるつもりは無いよ」
その言葉の重みが小さいオレでも分かる。勇者としての務め、自分への信じる心。その全てが最後の言葉に詰まっていた。
この時、オレはシンに憧れた。自分の力を信じ戦う、その凄さを目の当たりにしたからだろうか。
「作戦は拙く、まだまだこれからの伸び代がある。攻撃力、スピードは今のところ特に問題は見つからないね。うん、国王が言っていたとおりに、君を次期勇者へ育てよう。これは、国王が決めたことだ。拒否権はない」
そこから、オレは戦いというものを教わった。
剣や魔法、更には勉強すらも。
両親が死に、一人ぼっちになったにも関わらず、オレの心が死ぬことは無かった。
「――と、まぁ、ライガの過去はこんなものさ。昔から強くなりたいって言う割には弱かったんだけどね。良くもまぁ勇者になれたものよ」
「うっせ。オレは親の習いに従っただけだ」
「お兄ちゃんにそんな過去が……」
「まぁ、な。オレにもそんな過去があった。過去無くしてはオレは存在しなかっただろうな。今がシンが見た未来を辿っているのか知らないけどさ」
アリスからシンへと目をやると、少し焦ったように頭を掻き始めた。
「私の能力を知っているのは限られた人物だけだから、その話は止めにしてもらえないか?」
「はぁ……仕方ないな。だが、いつか話すべき機会が訪れた時は、せめてアリスにだけは話せよ。この学園で今のところ信じているのは、学園長とシンとアリスだけだ」
「君がそう言うのなら了承した。その未来がいつか来るといいんだけどね」
方目を瞑りシンはウィンクをしてきた。
ウィンクを無視し、オレは再度ベッドへと寝転がる。
まだまだ体力の回復には至らない。
「お兄ちゃん……ひとつ聞いてもいい……?」
「なんだ?何かあるのか?」
「どうして、魔法を使ってないの?」
やはり、アリスは普通の生徒じゃない。もとよりそれは分かりきったことだ。強さとはまた別の強さ。それを兼ね備えた生徒は見た限りでは数人しかいない。
シンの思い出話だけで、その疑問に辿り着ける者は少ないだろう。
まさか予想通り、アリスがここまで出来る生徒とは。
「その疑問については私が答えよう。ライガはとあることをきっかけに、自分の力を封印したのさ」
「封印……?それで魔法が使えないの?」
「私の弟子だ。魔法が使えないわけが無いだろう?」
今やシンは国中の誰しもが知っている賢者。魔法といえばシン!とまで言われている。
その弟子なのだから、魔法を教えていないわけがない。
「なるほど、説得力ある。それで、きっかけって……?」
「それ以上は喋るなシン。関係ない」
「だとさ。逆鱗に触れちゃ嫌だし私はこれでおさらばするよ」
転移魔法を使い、シンは姿を消す。
すると、アリスが困ったような顔で寝転ぶオレへ顔を近づける。
「お兄ちゃん……怒ってる?」
「いや、怒ってない。ただ、あの話題には触れて欲しくなかっただけさ。気を悪くしたみたいだな、ごめんな?」
「……ううん、いいの。アリスは大丈夫だよ」
その言葉で会話は途切れた。
気まづくなったオレは、深い眠りについた。
目覚めるとアリスが中に入り込んでいたことは言うまでもない。
本当にアリスは謎が多い。
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