閃雷の元勇者
4話 勉強のお時間
転入してはや数日。どうにか学園にも慣れ始めたのはいいが、一つだけ問題がある。
「嘘……だろ?」
返されたテストの答案用紙を見て、オレは震える。
定期考査は一定数の数字以下を取ると赤点とされ、追試や補修などを無理やり受けさせられる。
その点数は三十点以下。
そして返されたテストの答案用紙に書かれた数字は、ラッキーセブン。
数字の横には先生の汚い文字で書かれた「本日放課後より補修」という文字が目に入る。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「ハハハッ、いや何でもないよ?」
オレは額から溢れ出る汗を止められずにいた。
何故……こんな事になったんだ。
テスト一週間前を思い出せオレ……。
確か一週間前は……
「テスト?なんでこんな時期に」
「あちゃー、そういやもうすぐテストの季節か。ライガは知らないかもしれないけど、今の時期に毎年やってるんだよね。転入する時期が悪かったね」
隣の席の青い髪の少年、ヒューイは若干憐れむような笑みを含めて嫌味を言う。悪い奴じゃないとは思うが、時たま今のように小馬鹿にしてくる。
「まぁ、何とかなるんじゃね?」
はい、ストップ、オレの記憶。もういい、もう巻き返さなくていい。この時からオレの判断ミスだ。
一週間前なのに、何とかなるという思考の奴は大体点数が悪いやつが言うセリフだ!
どうやらオレはテストという魔物を甘く見ていたらしい。ま、まぁいいだろう。オレ以外にも補修組は――
「みんな良い成績を残せているようだな。それじゃ今日の放課後から補修を始める。ライガ……マンツーマンで頑張ろうなぁ?」
嫌だああああ!先生のあの笑いが怖いいいい!
なんて悲しい現実なのだ。補修を受けるのはどうやらオレ一人のみらしい。
そこで疑いをかけ、いつも膝の上に座るアリスのテストを覗き込む。
オレとは違うテストを受けたのかな?
アリスのテストは百点満点中の内百点。
あ、あれだろ?きっと簡単な内容のヤツを受けたんだよな?そうだよな?そうだと言ってくださいお願いします!!
「お兄ちゃん……補修なの?」
「はは……もうダメ死ぬしかない。ダメだァ……」
「お兄ちゃん死ぬの!?」
アリスは目を開き、さも地獄を見たかの様な表情になる。
「あぁ、いや、死なないけど、死ぬほど辛いって表現だから……安心して」
「よ、よかった……お兄ちゃんが死んだらアリスも死んじゃう……」
アリスはオレが死ぬと死ぬらしい。寂しがり屋の小動物かな?
そんなことは今はどうでもいいんだ。補修を受け、再度テストを受けさせられる。その際合格となる点数は赤点の倍以上の数字、つまり六十点は取らないと合格にならない。
「どうしたもんかなぁ……」
「ライガ、お前は頭が悪かったのか?」
頭を抱えていたオレの元に赤い髪の女の子が近寄ってくる。
どうやら、オレを心配しているようだが、この学園に来て日が浅い。まだ、クラス全員の名前と顔が一致しない。
今目の前にいる赤い髪の女の子は、転入初日の最初に会った生徒なのに名前を知らない。
あまり喋るほどの仲ではないので仕方ない。
「えっと……誰だっけ」
「そういえばまだ君に自己紹介をしていなかったかな?」
「オレの記憶が間違えてなければ、してない」
「それはすまなかった。私の名はヴァン・イフリートと言う。あまり好きではないが、皆からは炎の女帝と呼ばれている」
「二つ名……と言うことはお前は序列上位者なのか?」
「そこで寝ているアリスよりは下だがな。一応十四位だ」
「このクラスに上位者が二人もいるのか」
「ん?何を言っているんだ?このクラスは上位二十名から編成されるエリートの中のエリートクラスだぞ?」
「ファッ!?」
オレは驚きのあまり、人生で一度も出したことがないような奇妙な声を出す。
少し恥ずかしかったが、周りのみんなはそこまで気にしていない。
「まぁ、今はそれどころじゃないのだろ?」
「嫌なことを思い出させてくれてありがとう……はぁ……」
放課後、担任と二人きりで補修とは本当にやりたくない。と、言うよりも勉強はネイビスに教わったはずなのに何故だ。何故オレは出来ないんだ。
ネイビスに教わったことは――歴史だけだ。
その他は何も習ってなかった。ひょっとしてひょっとしなくてもオレって……頭悪い?
「女帝さんの言う通りだ、大人しく観念して補修を受けるんだな。にっひっひっ」
「ヒューイ……バカにしないでくれ……今のオレのメンタルは豆腐だ豆腐。簡単に崩れるぞ」
「それはそれで面白そうだ」
「やめい」
ヒューイの後ろから現れた人物により頭上から、手刀が降ってくる。頭を抑えている……あのチョップは痛いぞ……。
「ライガくん補修何でしょ?私が勉強教えてあげようか?」
「えぇっと……」
「ライガくんって勉強云々より、記憶能力が悪いんじゃないの?」
「んー、どうにも人の名前を上手く覚えれない。強い印象があれば覚えるんだけどな」
「もう二度はないんだからね?私はマール・セリカ。序列は十九位。覚えた?」
「セリカ、セリカ……多分覚えた」
セリカはサイドポニーテールを揺らしながら笑顔で横に揺れている。笑っているということは上機嫌なのだろう。そう信じたい。
「多分じゃダメだよ多分じゃ」
セリカは笑顔のままオレの頭上に軽いチョップを受ける。よかった、ヒューイとは比べ物にならない威力で助かった。
「いてて……それで、補修はあの先生と二人だけでやるって聞いてるんだが、どうやってお前から教わるんだ?まさかとは思うが、寮に戻ってからも勉強とか言うなよ?」
「どうやらこの学園のシステムについて、まだまだ知らないことだらけみたいだね。補修は赤点組の生徒を教える側、つまり先生役ってのは必ず先生じゃないとダメとは限らないんだよね。補修の後の追試で点数取れれば、先生役は友達でもいいんだよ」
「それはいい事を聞いた。それでセリカは頭いいの?」
「いいとは言えないけど、人に教えれるレベルではあるよ」
セリカは胸を張りテストの答案用紙を提示してきた。
名前の横の点数を見ると、八十と書かれてある。多分このクラスでもトップクラスの少し下のレベルだ。充分先生役は務まる。
「どうしたらそんな点数が取れるんだ……凄いな」
「へっへーん。実は常日頃頑張って勉強をしているのだよ」
メガネをかけていないのに関わらず、メガネをクイッと上に上げる仕草をしている。苦笑いしかない。
「それじゃ先生役、お願いしていいか?」
「任せなさーい!大舟に乗ったつもりでいいわ!」
それから数日後、セリカが絶望することをこの時は誰も知らない――
セリカが先生役になった初日は、勉強のやり方や間違えている部分や正解している部分の分析。さらには、そのデータをもとに次の日には仮テストを作ってくれるらしい。見かけによらず、きちんと仕事をこなす働き者だ。よし、セリカのためにも明日の仮テスト頑張ろう!
「それでは、仮テストを始めます。制限時間は三十分。それでは、スタート!」
次の日はとても早くやって来て、仮テストが始まる。
やってやるぜ!
合図と同時に用意されたテストを裏返す。
よし、最初の方は簡単な問題だろ。余裕余裕、へへっ……。
気づけばセリカからの終了の合図が出される。
「採点するから少し待っ――」
テストの答案用紙を意気揚々とめくるセリカは、刹那の間に固まる。どうしてだろうか……兎に角言えることは、きっとオレの出来栄えに驚いているのだろう。ふっ……あまりオレを舐めるなよ?
「ライガくんこれ本気?」
「オレはいつでも本気だ」
「そっか……ならいいんだよ……うん」
あれぇ……?セリカの反応がおっかしーなー。
ひとまず、採点を待つしかない。ドキドキ。
そして、遂に返却の時間がやってきた。
「はっきり言うけど、もうこれは手遅れと言っても過言ではないね。歴史系は大丈夫何だけど、理数国の三つが壊滅だね」
段々とセリカの表情は暗くなっている。
割とこのテスト自身あったんだけど……。
「それで気になる点数は!?」
「五点」
そのままオレの頭は机へと真っ逆さまに落ちていく。
ゴンッと鈍い音が響き、オレは涙を流す。
こ、これは痛みによる涙なんだからね!
「教えるって言った手前だけど、これは手を引きたい事柄かなぁ……予想より遥かに出来てない。基礎中の基礎がなってない。やる気はある分、実力が追いついてない」
ゴンッと鈍い音を立て、セリカもオレと同じ体勢になる。どうやら、オレと同様絶望しているらしい。
絶望する二人に対し、ヒューイはいつものように笑ってバカにしている。
「お兄ちゃん……勉強……苦手?」
「オレとしては出来ている筈なんだけどな。人生って甘くないな」
「まぁ、ライガくんは戦場で過ごしていたから勉強とはかけ離れているから仕方ないのかな?」
「それでも多少は勉強したぞ?」
「その程度で?」
「ごめんなさい」
軽率な発言はセリカには無駄だ。適当なことを言うとすごく睨まれる。まだ知り合って間もない相手によくそんな顔ができるものだと、感心する。
「そういや補修後の追試はいつあるんだ?」
「テスト返却時から一週間後って決まってるよ。つまり今日を抜いて残り五日間。六十点がボーダーラインだから、少なくとも今のテストの何十倍も頑張らないとダメってことだよ」
「嫌な現実を教えてくれてありがとう。残り五日でどうにか出来るも思うか?」
「無理だね」
「ですよねー」
つまり、オレの死刑執行日は五日後という事だ。
ちなみに追試で赤点の倍、六十点を超えないとペナルティが課せられる。
一年に一回行われる公式序列戦というものがあるらしいが、それへの参加券を剥奪。
つまり、特別な場合を除き一年間序列の変動は無しとなる。
序列に応じてクラス替えや様々な特典が増えるので、それを目当てで強くなる者も少なくはない。それもそのはず、寮で生活しているのに水や電気の料金は無料。更には自分用に武器をカスタマイズしたり、専用のエンジニアを付けることも可能となる。序列上位の者はかなり優遇されている。
「どうしても公式序列戦ってのは参加したいな。今のオレは序列外で問答無用で最下位扱いだから、学園側からの支援はかなり少ない。よくアリスには助けられているから早めに上に行かないと」
「大丈夫。お兄ちゃんは私が……養う」
アリスは謎の自信で親指を立ててこちらへ視線を送ってきている。
それも仕方ないことだ、現状アリスにはたくさんの事で助けられている。
序列十位のため、様々な特典がある。
主にアリスはぬいぐるみや小物を要求していたらしいが、オレが来てからはオレが望むものを用意している。食べ物や本、その他でお世話になりっぱなしだ。
「成績優秀で強いとここまで優遇されるのか。実力が全てって感じだな」
「まさしくその通りだからね。弱い者はどんどん下に追いやられ、強い者は上にあがるシステム。別に私は嫌いじゃないけど、下の人たちにとっちゃ迷惑な話だろうね」
実力主義、か。確かに人を成長させるには、過酷な環境の方が最適なことは認める。
火事場の馬鹿力、というか背水の陣、というか、人はどん底に落ちた時、真の力を発揮する。シンから昔同じようなことをされたが、確かに強くはなれた。だが失ったものや得たものは、どれも悲惨なものだった。
限界は超えれるが、身体や心へのダメージは測りきれない。普通の人ならば、簡単に心は折れてしまい立ち直ることはおろか、人として生きることが難しくなる場合もある。
それを乗り越えた者のみたどり着ける境地は、孤独だ。だから、勇者だった時のオレは仲間こそいたが、仲間以上の存在の者はいない。孤独を好んでいた訳では無い、気がつけば孤独だった。
「おーいおーい、大丈夫?」
「…………えっ?」
「なんか考え事していたみたいだけど、険しい表情だよ?」
「あぁ、済まない。少し昔のことをな」
「そっか、何か気に触ったかな?」
「別にそんなことは無いぞ……」
「嘘はつかなくていいのに。やっぱりライガくんは嘘で包まれてるかぁ……ライガくんと友達になれる日はまだまだ先のようだね」
「そう……かもな。ごめん」
オレは謝るしか出来なかった。
勇者としてのオレを知られるわけにはいかない。
オレは平和的に、静かに暮らす。そう決めたんだ。誰にもオレの野望は邪魔させない。
「それじゃ、テストまで五日間頑張ってね〜」
セリカの顔を見ると、悩みも全て吹き飛んだかのようなキラキラとした笑顔だった。
あれ?今頑張ってね、と他人事だった?
あぁ、見捨てられたのか。んー、これは仕方ないことだな。オレの頭が足りてなかった。
さて、課題は増えた。勉強もあるが誰かに教えてもらうしか……適任者どころか、友達がいない。
「どうすっかな……」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「お手上げだな。次の公式戦は諦めるしかないかな……」
赤点を免れない限り公式序列戦への不参加となるこの課題は、オレにとって人生で難しい課題の一つと言えるだろう。余裕ぶっていた過去のオレ、超殴りたい!!
「アリスの知り合いに勉強が出来て、オレのことを見捨てない奴っているか?いるなら紹介して欲しいんだけど」
これで居ない、と言われるともう諦めるしかない。覚悟はできた、さぁ!居るのか!?
ゆっくりと目を開け、答えを聞く。
すると、アリスは自分自身へ指を指し、謎のドヤ顔を決めている。まだ幼い顔つきのため、どこか頼りなく可愛い。
「まさか……アリスが教えてくれる……と?」
「ふっ……アリスは出来る子」
そこでオレはアリスを信用し、教師役をお願いすることになった。
自分では正解しているつもりが、間違えているという現実。これをどうにかしない限り、赤点は簡単になるだろう。
「……お兄ちゃんとふたりきり……」
「なんか言ったか?」
「何も言ってない……」
それにアリスはどうやら嬉しそうだ。
先程から口角は上がっており、いつもの無表情とは大違いだ。こうして見ると、普通の女の子なんだなと実感する。
こんな小さな子まで戦わされるとは、この世界はまだまだ平和には程遠いのだろう。
「さてと……ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いします」
「大舟に乗ったつもりでなんとやらー!」
アリスは立ち上がり、拳を空へ掲げる。
その日から放課後の勉強に加え、寮でも勉強会が開かれた。
勉強内容は至ってシンプルだが、とてもわかりやすい。と言うよりも、わかるまで何度も同じ解き方の問題を、覚えるまで。
勉強とはいわゆる暗記である。感覚で覚えるにしても、公式や順序は覚えていないと話にならない。
つまり、アリスはオレの欠点である、解き方を一変させるというものだった。
言われて気づきテストを見返してみると、アリスの言っていたとおり、回答を間違えている部分(ほぼ全部)は解き方そのものを間違えていた。それもそのはず、習ってないのだから仕方がない。それが通る世界ではないことは百も承知。
「アリス、今までありがとうな。お前がいなかったと思うとゾッとする」
「お兄ちゃん、話がある。もし、赤点を免れたら、アリスのお願い……聞いてほしい……な?」
「わかった。常識の範囲内ならなんでもいいよ。お礼も兼ねてになるけど」
「わかった……へへっ」
アリスははにかみ、別れを告げる。
さぁ、ここからがオレの戦いだ。この一週間の集大成を見せつけてやろう。
成長したオレを信じ、前へ進もう。目の前の壁をぶち壊そう。
開戦だ!!
「嘘……だろ?」
返されたテストの答案用紙を見て、オレは震える。
定期考査は一定数の数字以下を取ると赤点とされ、追試や補修などを無理やり受けさせられる。
その点数は三十点以下。
そして返されたテストの答案用紙に書かれた数字は、ラッキーセブン。
数字の横には先生の汚い文字で書かれた「本日放課後より補修」という文字が目に入る。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「ハハハッ、いや何でもないよ?」
オレは額から溢れ出る汗を止められずにいた。
何故……こんな事になったんだ。
テスト一週間前を思い出せオレ……。
確か一週間前は……
「テスト?なんでこんな時期に」
「あちゃー、そういやもうすぐテストの季節か。ライガは知らないかもしれないけど、今の時期に毎年やってるんだよね。転入する時期が悪かったね」
隣の席の青い髪の少年、ヒューイは若干憐れむような笑みを含めて嫌味を言う。悪い奴じゃないとは思うが、時たま今のように小馬鹿にしてくる。
「まぁ、何とかなるんじゃね?」
はい、ストップ、オレの記憶。もういい、もう巻き返さなくていい。この時からオレの判断ミスだ。
一週間前なのに、何とかなるという思考の奴は大体点数が悪いやつが言うセリフだ!
どうやらオレはテストという魔物を甘く見ていたらしい。ま、まぁいいだろう。オレ以外にも補修組は――
「みんな良い成績を残せているようだな。それじゃ今日の放課後から補修を始める。ライガ……マンツーマンで頑張ろうなぁ?」
嫌だああああ!先生のあの笑いが怖いいいい!
なんて悲しい現実なのだ。補修を受けるのはどうやらオレ一人のみらしい。
そこで疑いをかけ、いつも膝の上に座るアリスのテストを覗き込む。
オレとは違うテストを受けたのかな?
アリスのテストは百点満点中の内百点。
あ、あれだろ?きっと簡単な内容のヤツを受けたんだよな?そうだよな?そうだと言ってくださいお願いします!!
「お兄ちゃん……補修なの?」
「はは……もうダメ死ぬしかない。ダメだァ……」
「お兄ちゃん死ぬの!?」
アリスは目を開き、さも地獄を見たかの様な表情になる。
「あぁ、いや、死なないけど、死ぬほど辛いって表現だから……安心して」
「よ、よかった……お兄ちゃんが死んだらアリスも死んじゃう……」
アリスはオレが死ぬと死ぬらしい。寂しがり屋の小動物かな?
そんなことは今はどうでもいいんだ。補修を受け、再度テストを受けさせられる。その際合格となる点数は赤点の倍以上の数字、つまり六十点は取らないと合格にならない。
「どうしたもんかなぁ……」
「ライガ、お前は頭が悪かったのか?」
頭を抱えていたオレの元に赤い髪の女の子が近寄ってくる。
どうやら、オレを心配しているようだが、この学園に来て日が浅い。まだ、クラス全員の名前と顔が一致しない。
今目の前にいる赤い髪の女の子は、転入初日の最初に会った生徒なのに名前を知らない。
あまり喋るほどの仲ではないので仕方ない。
「えっと……誰だっけ」
「そういえばまだ君に自己紹介をしていなかったかな?」
「オレの記憶が間違えてなければ、してない」
「それはすまなかった。私の名はヴァン・イフリートと言う。あまり好きではないが、皆からは炎の女帝と呼ばれている」
「二つ名……と言うことはお前は序列上位者なのか?」
「そこで寝ているアリスよりは下だがな。一応十四位だ」
「このクラスに上位者が二人もいるのか」
「ん?何を言っているんだ?このクラスは上位二十名から編成されるエリートの中のエリートクラスだぞ?」
「ファッ!?」
オレは驚きのあまり、人生で一度も出したことがないような奇妙な声を出す。
少し恥ずかしかったが、周りのみんなはそこまで気にしていない。
「まぁ、今はそれどころじゃないのだろ?」
「嫌なことを思い出させてくれてありがとう……はぁ……」
放課後、担任と二人きりで補修とは本当にやりたくない。と、言うよりも勉強はネイビスに教わったはずなのに何故だ。何故オレは出来ないんだ。
ネイビスに教わったことは――歴史だけだ。
その他は何も習ってなかった。ひょっとしてひょっとしなくてもオレって……頭悪い?
「女帝さんの言う通りだ、大人しく観念して補修を受けるんだな。にっひっひっ」
「ヒューイ……バカにしないでくれ……今のオレのメンタルは豆腐だ豆腐。簡単に崩れるぞ」
「それはそれで面白そうだ」
「やめい」
ヒューイの後ろから現れた人物により頭上から、手刀が降ってくる。頭を抑えている……あのチョップは痛いぞ……。
「ライガくん補修何でしょ?私が勉強教えてあげようか?」
「えぇっと……」
「ライガくんって勉強云々より、記憶能力が悪いんじゃないの?」
「んー、どうにも人の名前を上手く覚えれない。強い印象があれば覚えるんだけどな」
「もう二度はないんだからね?私はマール・セリカ。序列は十九位。覚えた?」
「セリカ、セリカ……多分覚えた」
セリカはサイドポニーテールを揺らしながら笑顔で横に揺れている。笑っているということは上機嫌なのだろう。そう信じたい。
「多分じゃダメだよ多分じゃ」
セリカは笑顔のままオレの頭上に軽いチョップを受ける。よかった、ヒューイとは比べ物にならない威力で助かった。
「いてて……それで、補修はあの先生と二人だけでやるって聞いてるんだが、どうやってお前から教わるんだ?まさかとは思うが、寮に戻ってからも勉強とか言うなよ?」
「どうやらこの学園のシステムについて、まだまだ知らないことだらけみたいだね。補修は赤点組の生徒を教える側、つまり先生役ってのは必ず先生じゃないとダメとは限らないんだよね。補修の後の追試で点数取れれば、先生役は友達でもいいんだよ」
「それはいい事を聞いた。それでセリカは頭いいの?」
「いいとは言えないけど、人に教えれるレベルではあるよ」
セリカは胸を張りテストの答案用紙を提示してきた。
名前の横の点数を見ると、八十と書かれてある。多分このクラスでもトップクラスの少し下のレベルだ。充分先生役は務まる。
「どうしたらそんな点数が取れるんだ……凄いな」
「へっへーん。実は常日頃頑張って勉強をしているのだよ」
メガネをかけていないのに関わらず、メガネをクイッと上に上げる仕草をしている。苦笑いしかない。
「それじゃ先生役、お願いしていいか?」
「任せなさーい!大舟に乗ったつもりでいいわ!」
それから数日後、セリカが絶望することをこの時は誰も知らない――
セリカが先生役になった初日は、勉強のやり方や間違えている部分や正解している部分の分析。さらには、そのデータをもとに次の日には仮テストを作ってくれるらしい。見かけによらず、きちんと仕事をこなす働き者だ。よし、セリカのためにも明日の仮テスト頑張ろう!
「それでは、仮テストを始めます。制限時間は三十分。それでは、スタート!」
次の日はとても早くやって来て、仮テストが始まる。
やってやるぜ!
合図と同時に用意されたテストを裏返す。
よし、最初の方は簡単な問題だろ。余裕余裕、へへっ……。
気づけばセリカからの終了の合図が出される。
「採点するから少し待っ――」
テストの答案用紙を意気揚々とめくるセリカは、刹那の間に固まる。どうしてだろうか……兎に角言えることは、きっとオレの出来栄えに驚いているのだろう。ふっ……あまりオレを舐めるなよ?
「ライガくんこれ本気?」
「オレはいつでも本気だ」
「そっか……ならいいんだよ……うん」
あれぇ……?セリカの反応がおっかしーなー。
ひとまず、採点を待つしかない。ドキドキ。
そして、遂に返却の時間がやってきた。
「はっきり言うけど、もうこれは手遅れと言っても過言ではないね。歴史系は大丈夫何だけど、理数国の三つが壊滅だね」
段々とセリカの表情は暗くなっている。
割とこのテスト自身あったんだけど……。
「それで気になる点数は!?」
「五点」
そのままオレの頭は机へと真っ逆さまに落ちていく。
ゴンッと鈍い音が響き、オレは涙を流す。
こ、これは痛みによる涙なんだからね!
「教えるって言った手前だけど、これは手を引きたい事柄かなぁ……予想より遥かに出来てない。基礎中の基礎がなってない。やる気はある分、実力が追いついてない」
ゴンッと鈍い音を立て、セリカもオレと同じ体勢になる。どうやら、オレと同様絶望しているらしい。
絶望する二人に対し、ヒューイはいつものように笑ってバカにしている。
「お兄ちゃん……勉強……苦手?」
「オレとしては出来ている筈なんだけどな。人生って甘くないな」
「まぁ、ライガくんは戦場で過ごしていたから勉強とはかけ離れているから仕方ないのかな?」
「それでも多少は勉強したぞ?」
「その程度で?」
「ごめんなさい」
軽率な発言はセリカには無駄だ。適当なことを言うとすごく睨まれる。まだ知り合って間もない相手によくそんな顔ができるものだと、感心する。
「そういや補修後の追試はいつあるんだ?」
「テスト返却時から一週間後って決まってるよ。つまり今日を抜いて残り五日間。六十点がボーダーラインだから、少なくとも今のテストの何十倍も頑張らないとダメってことだよ」
「嫌な現実を教えてくれてありがとう。残り五日でどうにか出来るも思うか?」
「無理だね」
「ですよねー」
つまり、オレの死刑執行日は五日後という事だ。
ちなみに追試で赤点の倍、六十点を超えないとペナルティが課せられる。
一年に一回行われる公式序列戦というものがあるらしいが、それへの参加券を剥奪。
つまり、特別な場合を除き一年間序列の変動は無しとなる。
序列に応じてクラス替えや様々な特典が増えるので、それを目当てで強くなる者も少なくはない。それもそのはず、寮で生活しているのに水や電気の料金は無料。更には自分用に武器をカスタマイズしたり、専用のエンジニアを付けることも可能となる。序列上位の者はかなり優遇されている。
「どうしても公式序列戦ってのは参加したいな。今のオレは序列外で問答無用で最下位扱いだから、学園側からの支援はかなり少ない。よくアリスには助けられているから早めに上に行かないと」
「大丈夫。お兄ちゃんは私が……養う」
アリスは謎の自信で親指を立ててこちらへ視線を送ってきている。
それも仕方ないことだ、現状アリスにはたくさんの事で助けられている。
序列十位のため、様々な特典がある。
主にアリスはぬいぐるみや小物を要求していたらしいが、オレが来てからはオレが望むものを用意している。食べ物や本、その他でお世話になりっぱなしだ。
「成績優秀で強いとここまで優遇されるのか。実力が全てって感じだな」
「まさしくその通りだからね。弱い者はどんどん下に追いやられ、強い者は上にあがるシステム。別に私は嫌いじゃないけど、下の人たちにとっちゃ迷惑な話だろうね」
実力主義、か。確かに人を成長させるには、過酷な環境の方が最適なことは認める。
火事場の馬鹿力、というか背水の陣、というか、人はどん底に落ちた時、真の力を発揮する。シンから昔同じようなことをされたが、確かに強くはなれた。だが失ったものや得たものは、どれも悲惨なものだった。
限界は超えれるが、身体や心へのダメージは測りきれない。普通の人ならば、簡単に心は折れてしまい立ち直ることはおろか、人として生きることが難しくなる場合もある。
それを乗り越えた者のみたどり着ける境地は、孤独だ。だから、勇者だった時のオレは仲間こそいたが、仲間以上の存在の者はいない。孤独を好んでいた訳では無い、気がつけば孤独だった。
「おーいおーい、大丈夫?」
「…………えっ?」
「なんか考え事していたみたいだけど、険しい表情だよ?」
「あぁ、済まない。少し昔のことをな」
「そっか、何か気に触ったかな?」
「別にそんなことは無いぞ……」
「嘘はつかなくていいのに。やっぱりライガくんは嘘で包まれてるかぁ……ライガくんと友達になれる日はまだまだ先のようだね」
「そう……かもな。ごめん」
オレは謝るしか出来なかった。
勇者としてのオレを知られるわけにはいかない。
オレは平和的に、静かに暮らす。そう決めたんだ。誰にもオレの野望は邪魔させない。
「それじゃ、テストまで五日間頑張ってね〜」
セリカの顔を見ると、悩みも全て吹き飛んだかのようなキラキラとした笑顔だった。
あれ?今頑張ってね、と他人事だった?
あぁ、見捨てられたのか。んー、これは仕方ないことだな。オレの頭が足りてなかった。
さて、課題は増えた。勉強もあるが誰かに教えてもらうしか……適任者どころか、友達がいない。
「どうすっかな……」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「お手上げだな。次の公式戦は諦めるしかないかな……」
赤点を免れない限り公式序列戦への不参加となるこの課題は、オレにとって人生で難しい課題の一つと言えるだろう。余裕ぶっていた過去のオレ、超殴りたい!!
「アリスの知り合いに勉強が出来て、オレのことを見捨てない奴っているか?いるなら紹介して欲しいんだけど」
これで居ない、と言われるともう諦めるしかない。覚悟はできた、さぁ!居るのか!?
ゆっくりと目を開け、答えを聞く。
すると、アリスは自分自身へ指を指し、謎のドヤ顔を決めている。まだ幼い顔つきのため、どこか頼りなく可愛い。
「まさか……アリスが教えてくれる……と?」
「ふっ……アリスは出来る子」
そこでオレはアリスを信用し、教師役をお願いすることになった。
自分では正解しているつもりが、間違えているという現実。これをどうにかしない限り、赤点は簡単になるだろう。
「……お兄ちゃんとふたりきり……」
「なんか言ったか?」
「何も言ってない……」
それにアリスはどうやら嬉しそうだ。
先程から口角は上がっており、いつもの無表情とは大違いだ。こうして見ると、普通の女の子なんだなと実感する。
こんな小さな子まで戦わされるとは、この世界はまだまだ平和には程遠いのだろう。
「さてと……ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いします」
「大舟に乗ったつもりでなんとやらー!」
アリスは立ち上がり、拳を空へ掲げる。
その日から放課後の勉強に加え、寮でも勉強会が開かれた。
勉強内容は至ってシンプルだが、とてもわかりやすい。と言うよりも、わかるまで何度も同じ解き方の問題を、覚えるまで。
勉強とはいわゆる暗記である。感覚で覚えるにしても、公式や順序は覚えていないと話にならない。
つまり、アリスはオレの欠点である、解き方を一変させるというものだった。
言われて気づきテストを見返してみると、アリスの言っていたとおり、回答を間違えている部分(ほぼ全部)は解き方そのものを間違えていた。それもそのはず、習ってないのだから仕方がない。それが通る世界ではないことは百も承知。
「アリス、今までありがとうな。お前がいなかったと思うとゾッとする」
「お兄ちゃん、話がある。もし、赤点を免れたら、アリスのお願い……聞いてほしい……な?」
「わかった。常識の範囲内ならなんでもいいよ。お礼も兼ねてになるけど」
「わかった……へへっ」
アリスははにかみ、別れを告げる。
さぁ、ここからがオレの戦いだ。この一週間の集大成を見せつけてやろう。
成長したオレを信じ、前へ進もう。目の前の壁をぶち壊そう。
開戦だ!!
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