異界調整官外伝 吸血鬼×外交官

水乃流

再会する

 私が成田空個を出発した頃、日本政府はヴェルセン王国からのドラゴン討伐への協力依頼について公表した。宮崎からのメールによると、A新聞を初めとする政府に否定的なメディアが、討伐協力への反対キャンペーンを開始したらしい。まるで用意していたかのように、宴会に乱入してきた青山教授のコメントが、あちこちのメディアに引用されているという。もしかしたら、裏で絵を描いている人間がいるのか? だが、ドラゴン討伐は機密事項で、知っていた人間はそう多くないはずだ。
 陸装研の前川所長からも、メールが入っていた。『ご依頼の件、間に合わせます。』とだけ、書いてあった。お互い宮仕えの身だ、打ち合わせの時点ですべてを明かせなかったことは理解してくれているのだろう。




 東京とブリスベンの時差は一時間、ジェットラグを感じない差なのは助かるが、北半球から南半球まで赤道を越える九時間の旅は長い。季節も逆になる。空港を出たときには、もう夕方だった。

「ハーイ! カズマサー!」

 空港を出たところで、声を掛けられた。そちらを見ると、金髪碧眼の美女が、大きく手を振っている。スーツ姿でなければ、もっと目を引いただろう。ホール2を担当しているDIMOのエージェント、クレア・ロバートソンだ。彼女が来ているということは……いた。同じくDIMOのエージェント、ルースラン・レイアールとゲラン・トーチが、黒い四輪駆動車のそばに立ってこちらを見ていた。手を挙げて答えると、二人も軽く手を挙げて挨拶を返してきた。

「久しぶりですね、カズ!」
「あぁ、久しぶりだね。二年ぶりくらいか」
 二年前まで、私は外務省からDIMOに出向し、ホール2を越えた先の世界で彼らと共に活動していたのだ。
「三人とも、元気そうで何よりだ」
「身体《《だけ》》が丈夫なのは、ゲランの数少ない美点ですからね」
「なんだと?! ルース、てめぇなんか殺しても死なない身体じゃねぇか」
「二人とも、こんなところで止めてくださいってば! カズを本部に送り届けないとでしょっ!」
「そうだった。カズ、俺が安全運転で送ってやるからな」
「そうか、ゲランの運転か。ロールバーはちゃんと入っているだろうな」
「あたりめぇよ……って、おい。ひっくり返ったりしねぇよ」
「この前調子に乗って、トラック2台をひっくり返した人の言葉とは思えません」
「ありゃぁおめぇ……いいんだよ、悪党のトラックなんだから」
 はぁっ、とルースランが大きなため息をつき、大きな仕草で肩をすくめた。
「そんなことだから、こっちの命がいくつあっても足りないのです」
「おめぇは予備をたくさん持っていそうだがな」
「もう、ふたりともいい加減にして。カズを待たせているでしょっ!」
「そうだった、そうだった。すまねぇな、カズ。さぁ乗ってくれ」

 こうしたやりとりも、久しぶりだ。ホール1の異界で、私はどちらかといえば孤立している。いろいろと変な噂と立てられてしまったからな。ウソの中に真実が含まれていると、簡単にウソを否定できないところが嫌らしい。まぁ、私が嫌われ者になることで、蓬莱村の運営が上手くいっているのなら、それでいいのだが。

 ゲランの運転は、自分で言ったように安全運転――のわけはなく、只の人間である私は、ほんの数マイル移動しただけで、何度か死を予感した。ゲランは、こちらの世界に来てから、車の運転にはまったらしい。誰だ、運転を教えたのは。非常に迷惑だ。

 苦難の時間は、車がDIMOの所有するビルの地下駐車場に入ったことで、ようやく終わりを迎えた。帰りはタクシーを頼もう。
 車高の高い車から降りるときに、危うくこけそうになったがなんとか持ち堪えた。私の後から降りようとしたクレアはダメだったらしい。着地の瞬間、膝から倒れそうになった。思わず支える。
「あぁありがとう、カズ」
「どういたしまして」
 私たち四人は、そのままエレベーターで三十二階まで上がった。ルースランが私に会わせたい人がいるのだという。ゲランも緊張気味の顔をしているので、よほど重要人物らしい。

「失礼します。カズ――日本国外務官サコタ氏をお連れしました」
 部屋のドアを叩き、ルースランが中に言葉を書ける。「入れ」という言葉を聞いて、ルースランは応接室のドアを開けた。
 いや、ドアが開く前から気が付いていた。高貴なる吸血鬼ヴァンパイアが持つ、独特のオーラを。
「ご無沙汰しております、伯爵」
 私は無意識に片膝を突き、開いた右手で左胸を――心臓の上をそっと押さえた。ホール2世界で貴族に対する正式な挨拶だ。
「久しいな、カズ」
 ソファーから立ち上がったのは、ニコラウス・レイアール伯爵。ホール2世界の吸血鬼ヴァンパイア王国、ヴァン=エルク=クランの大貴族にして、実質的なNo.2。始祖の系譜たる国王に次ぐ権力と実力を兼ね備えた傑物。彼の存在がなければ、ホール1と同様の悲劇がホール2でも起きてしまったかも知れない。

「どうして、こちらに?」
「あぁ、アロワーズ男爵の件が、ちとやっかいなことになっておってな」
 襲撃者を吸血鬼化ヴァンプテーションしてしまった件か。重鎮自ら乗り出さなければならないほどの事態になっていたのか。
「三日前に、ローマ法王に拝謁を賜ってな。腹を割っていろいろとお話させてもらったよ」
 アロワーズ男爵の件に関して、バチカンとヴァン=エルク=クラン国が声明ステートメントを発表して沈静化を図るらしい。
「あちらはなんとか片付いたが、せっかくこっちの世界に来たのだから、少し観光をしていこうと思ったら、ちょうどカズがこちらに来るというではないか。迷惑かとも思ったが、こうして会談をセッティングさせてもらったのだよ」
「迷惑とは思っていませんよ。ただ、突然だったので驚いただけです」
 私をここまで案内してきた三人を見ると、それぞれの顔にニヤニヤした表情が貼り付いている。してやったり、という顔だ。

「加えて、こんな早い時間・・・・でもありますし」
 ブリスベンは、日本と季節が逆になる。今は秋。すでに陽は落ちているが、吸血鬼ヴァンパイアの貴族が活動するには、まだ早い時間だ。
「お前の国のことわざにあるだろう? “郷に入れば郷に従え”だよ。堅苦しい挨拶は抜きだ。さぁ楽にしなさい」

 楽に、という伯爵の言葉を受けて、私は立ち上がった。伯爵と向かい合うソファーを進められたので、素直に従った。私の右隣にクレアが座った。ルースランとゲランは座らず、ルースランは私の後ろに立ち、ゲランはドアを警戒する場所に経った。DIMO本部なのに警戒する必要はないだろうに。

「それでな、カズ。頼みがあるんだが」
 伯爵が頼み事など珍しい。
「なんでしょう? 私にできることであれば」
「簡単だ。ドラゴンの画像が欲しい」
 日本政府は、ドラゴン討伐の依頼について、日本時間で明日の朝一番で発表する手はずになっている。DIMOでも上層部だけしか知らないはずだ。ふむ。さすがに実力者ということか。DIMOこちらにも友人が多いようだ。
「画像……ですか? まだ、ドラゴン討伐に出るかどうかは分からないのでなんとも言えませんが、できるだけご希望に沿えるよう手配しますよ」
「そうか、頼む。助かるよ」
「しかし、どうしてドラゴンに興味を持たれるのですか?」
 伯爵は、ニヤリと笑う。往年の吸血鬼俳優を彷彿とさせる、恐怖を煽る笑い顔だ。
「我々の世界にも、ドラゴンの話が伝わっているのだよ」
 思わずルースランを見ると、大きく頷いて伯爵の言葉を裏付けた。
「我々の世界に伝わるドラゴンとホール1世界のドラゴン、同じモノか否か。それが知りたい」
「なぜ? と伺っても?」
「知的好奇心、だな。実はな、我々の中にも幾人か、ドラゴンにまみえた者がいるのだよ。何百周期か前には我々の世界にいたドラゴンが、なぜ消えたのか。その理由が分かる手がかりになるかも知れない。そう思ってな」
 なるほど。要するに新しい何か、刺激が欲しいのだろう。その点でいえば、我々の世界は、彼らにとっておもちゃ箱のようなものなのかも知れない。
「納得しました。情報は、DIMOを通じてお届けしましょう」
 私の言葉に、伯爵が微笑む。
「お前が直接届けに来ても、よいのだぞ?」
「一介の公務員が、簡単に世界を跨いで行ったり来たりできませんよ。今の私は、ホール1世界の担当なんですから」
「やれやれ、融通の利かぬことよ」

 そこにそれまで無言を通してきたクレアが、突然、くちを挟んできた。
「日本の官僚は融通が利かないことで有名です。ルールは後から修正すればいいんです」
「おいおい」
 それは言い過ぎだろう、とクレアを見ると、クレアは目をキラキラさせながら続けた。
「だーかーらー、カズもDIMOのエージェントになればいいんです。そうすれば、ホール2に行くことも簡単ですよ? カズは、エージェントになるだけの実力は示しているんですから、問題ないはずです」
「また、それか」
 クレアから――いや、クレアに限ったことではないが、何人かからDIMOへの移籍を進められている。少なくとも、現在は、DIMOに所属するつもりはない。
「何度でも言いますよ。YESと言ってくれるまで」
 助けを求めてルースランとゲランを見たが、二人とも視線を反らしてしまった。巻き込まれたくないらしい。とりあえず、クリスは無視して伯爵とだけ会話を続けよう。

「もし、ホール1世界のドラゴンが、ホール2のドラゴンと同じであったなら、どのようにされるおつもりですか?」
「そうだな……同じであるなら、コミュニケーションが取れるはず。何とかして、ドラゴンと会って話がしたいものだ。お前の方で何とかできるかな?」
「それはなんとも」
 そう答えながら、何となくドラゴン吸血鬼ヴァンパイアの邂逅か、世界に大きな変化を起こすのではないかという予感めいたものを感じていた。

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