ヘタレ勇者と魔王の娘
第24話 彼女が彼女である為に
  彼の言葉はいつも暖かい。
一言一言が思いに溢れ、今まで投げ掛けられた言葉が滲む程に、彼の言葉が胸に染み渡る。
『だからと言って、彼が裏切らないとは限らないでしょ?』
  まただ。
この声は一体誰のモノなのだろうか。
お母様が死んでから、この声が余計に頭に響く。
黒くべっとりとした感情が話す様に、いつも私を問い詰めてくるこの声は、一体誰なの?
分からない。
声の主も、その意図も。
『アタシは貴女よ』
  クスクスと、わざとらしく笑った声は徐々に高くなってゆく。
何がそんなに面白いのだろうか…。
『ねぇ、彼を殺しましょ?そうすれば、ずっと一緒に居られるわ♡』
  コレが私なら終わってるわ。
───特に性格が…。
『──ちぇっ、邪魔が入っちゃったか。まぁ、良いわ。
アタシはいずれ貴女を取り込むから♡』
  取り込む?
邪魔とは一体何なのだろうか。
  私の中の私は時々現れては、この様な意味不明な事ばかり口にする。
でも、何故か懐かしくも感じるから不思議だ。
 「いつも良いタイミングで来るのね?」
   白い空間。
此処は彼女と彼だけが存在出来る唯一の空間であり、出会える場所だ。
白く何も無い空間に、黒い渦が出現し、ソレが人の形へと変化して行く。
しかし、今回に限っては2つ同時である。
「イア、お前は何故シファーを混乱させたがる?」
   銀髪に金色の瞳。
瞳と、黒く大きな角は高貴な魔族の表し。
高い身長のせいで黒い服だとスラリとして見える。背中に黒と赤のマントを羽織、黒く塗られた爪には小さく魔法陣が描かれている。
  魔王サタンの人間体であり、力を抑えている姿。
しかし、抑えているとはいえ、伝わる魔力の波動。通称『魔覇』が辺りを静かに飛び交い、空気をピリピリと震わせている。
「お父様はアタシを捨てた。ソレが許せないの」
「───捨てて等いない」
「嘘よ。お父様は、お母様とあの子の3人だけで逃げた。
そして残されたアタシを…キール様が救ってくれたのよ」
  言いながら、彼女もゆっくりと実体を現す。
ピンクの髪を後ろで一本に纏め、黒いお人形さんの様なドレスを着飾った少女。
サタンはその姿に、亡き妻リリアの面影を重ねていた。
綺麗な髪の色、大きな瞳。
過去に愛した女性に似た雰囲気。
懐かしい余韻に浸っていると、彼女の左腕から冷気が溢れ…
  地面を凍らせながら、サタンへと氷撃が放たれる。
「ほぉ…氷か」
「喰らいなさい!」
  身体の半身を凍らせられ、身動きを封じられてしまう。
「串刺しになりなさい」
  空気中の水分が氷、それが1つの大きな塊になり、大きな氷槍と化す。
「『氷槍』!」
「フンッ───」
   バキリと音を立て、半身を凍らせていた氷が弾け飛ぶ。
軽く放出した魔力と純粋な力。
魔力で体温を保ち、身体に力を入れて筋肉を大きく膨らませ、氷を内側から砕いたのだ。
「腐っても元魔王ね…ッ!!」
  放たれた氷槍が轟音と共に迫る。
しかし、サタンは気には止めず、氷槍の先端に軽く蹴りを入れた。
下からの衝撃により氷槍は斜め上へと反れ、サタンへの命中が避けられてしまう。
「はぁっ!!」
  氷槍の後ろに隠れていたのか、突如現れたイアの拳が飛んで来る。
「肉体強化の魔法を使っているか」
  咄嗟に受けた右腕からの衝撃。
普通の打撃程度なら、サタンの持つ皮膚や防御力で無効化されるのだが、イアの拳から繰り出された打撃には強い力が加わっている。
「はぁぁぁぁぁ…!!」
  拳と蹴りの応酬が続く。
魔力と魔力の衝突。空気が揺れ、肉体と肉体がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。
「はぁ…はぁっ…」
「呼吸が乱れているな」
  肉弾戦は慣れていなければ、簡単に差が付いてしまうのだ。
呼吸の仕方や、殴りながらも休める方法を知らないイアに対し。
こちらは長年戦いに身を置いていた分、こういった状況では何枚も上手なのだが。
  イアもそれを分かっているのだろう。大きく一撃を撃った後に、跳躍して後ろに下がって行く。
  下がって直ぐに魔力を放ち、空気中の水分を大きく凍らせる。先程の氷槍を今度は数を作り放つつもりらしく、彼女の後ろには10本を超える槍が空中に浮いていた。
  一斉射出。
槍の雨が降り注ぎ、辺りを土煙で覆って行く。
  この世界には地面という概念が存在する。
それは、二足歩行に長けた成長をしたサタンとイア。この2人が此処に存在しているのが大きな原因であり、2人が地面を普段からあって当然と認識している為、この世界にも存在しているのである。
  空気や水分も同じであり、無意識下に存在しているモノを利用し、闘っているイアを見て、サタンは嬉しくもあった。
  我が娘ながらも末恐ろしい成長速度。
精神世界では本来の力を完全に扱うのは難しく、この状況でこれだけの魔法の応酬。
更には魔法にはインターバルがあると言っても、ソレをカバー出来る分の魔術解析。
  解析速度が早い分、こちらの動きを読み、更に対処法を考え、その先への攻撃にも転じる事が出来るのだ。
  だがしかし、サタンも経験やスキルによって、その次元は等に超えている。
超えているからこそ、この氷槍の弱点をも把握済みである。
「その攻撃は一斉射出される為、下からの攻撃には弱いぞ?」
  クイッと指を上に向けると、大きな氷の塊が出現し、槍の起動を変えてしまう。
下から弾かれた槍は勢いが死に、そのまま次々と落下し砕け飛ぶ。
「くぅ──?!」
「逆に自分の視界を遮られ、砕けた氷の粒は自分にも返って来る」
   背後に周り、右太腿に強い蹴りを喰らわせる。
バシンっと破裂音の様な音の後、イアは衝撃で吹き飛んでしまい…地面へと身体を摩って転げながら着地。
「あっ、脚が…!!」
  蹴られた反動で麻痺したのであろう。
イアの脚は何度か痙攣し、立ち上がろうとしても上手く力が入らず、地面へとヘタレ混んでしまった。
「これで終わりだ───ッ!!」
  黒い渦を巻き起こして扉を開き、イアを掴もうと腕を伸ばした刹那、別な何者かの介入により阻止されてしまう。
「はろろーん ︎  おやおや、実の娘に容赦が無いですねェ…パパさん?」
「貴様がフェイスか?」
「あららー、ボクの事ご存知なんですネ? ︎
お初にお目に掛かります。私、魔王軍幹部を務めさせて頂いて折ります。
名をフェイスと申します。以後、お見知りおきを♡︎」
  伸ばしていた腕を引かず、目の前に現れた仮面の男へサタンは攻撃を放つ。
「あっぶ、ボクが何かしましたか?!」
  氷の刃を後ろへ跳び、回避をしたフェイスにサタンは舌打ちで返す。
「ちっ…。貴様見たいなのが幹部とは、魔王軍も、たかが知れる程に落ちぶれたな」
「落ちぶれて〜すまんっ!なんつってネ♤」
「フェイス様、申し訳ございませんっ…」
「あぁ、良いの良いの。ボクは、彼が干渉出来る範囲まで出て来るのを待っていたんだから♡︎」
  そう言ってフェイスはイアの頭を軽く撫でた。
「無意識に、イアの世界と混ざってしまっていたのか…」
  普段はシファーの心に侵入しているイアを、魂が定着しているのを利用して自らの精神世界へと引き込むのだが。
闘いの最中、自らの世界からはみ出し。
無意識にイアの精神世界と混ざってしまっていた様だ。
  魔王の血筋は強い魂で引かれ合うモノ。
その性質が逆に利用されてしまうとはな…。
「余りにも貴方が邪魔してくれたお陰で、ボクの計画も大分遅れてるんだぁ…覚悟してね? ︎」
  気持ちの悪い魔力が肌に触れる。
べっとりと、ねっとりとした魔覇が体に纏わり付く。
  性質的には動きを封じるタイプか。
しかし、サタンは身体の異変に瞬時に気付く。
「───っ!!」
「気付くのが遅過ぎましたねぇ」
   クックックと不敵に笑い、フェイスはゆっくりと魔王に歩み寄ろうとする。
「『視力』と『聴覚』を封じました♡︎
いやはや、私の魔覇は範囲が狭いのが難点ですが、此処の距離なら余裕でしたねぇ♡︎」
「大変だったんですよ?  アタシの魔力で此処を充満させるのは」
 「良い作戦だったでしょお?♡︎
貴女の魔力を氷の槍に潜ませて、割れた衝撃で中身が漏れる様にし。
更には、彼を此処まで誘導出来る様に算段して上げたんですから♡︎」
「くそっ、卑怯者めっ!!」
「計算高いと言って下さいよ?♡︎
あっ、声は聴こえて無いんでしたっけ♡︎」
  ズブッ…
  白い空間に赤い血が滴り落ち、地面を潤してゆく。
ポタポタと落ちる血は、サタンのモノでも、イアのモノでも無かった。
  フェイスだ。
サタンに近寄っていたフェイスの腹に、大きな氷が突き刺さり、赤い鮮明な血を滴せていたのだ。
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