ヘタレ勇者と魔王の娘

しろぱんだ

第18話 二人目


───ズァッ!!!

  砂の鎌刃が右肩を掠める。
鎌刃といっても砂なので切れたりはしない。しかし、その分の打撃のダメージはしっかりと感じられる。

  ビリビリと電気が走るかの様な痛み。
砂でも肌に直に当たれば擦り傷となり、傷を残される。証拠にハジメの頬や腕には細かい擦り傷が出来ていた。

  汗が混じった血を拭い、息を切らしながらハジメは目の前の男から視線を外さない。

重っ苦しい。
服や靴に入り込んだ砂は、普段通りの動きをさせてくれない。

「チッ、チョロチョロと鬱陶しいやっちゃな」

「なら、さっさとシファーさんを解放すれば良いんッスよ」

「それは────出来へんなぁ!!」

ズバンッ!!!ズバンッ!!!!

  砂を尾の様に尾骶骨付近から生やし、攻撃を接近戦に切り替えた男。
ハジメはソレを腕でガードしながらも、少しずつ横へ逃げる。

「『砂尾サンドテイル』───!!」

  ビリビリと伝わる衝撃。
明らかに先程の鎌より打撃力に特化したタイプなのであろう。

硬さも比にならない程硬く頑丈であった。

「タダでは壊されへんで?
この形状になった砂はなぁ、肉体と繋がってる分、魔力の流れが濃く影響されとるんや」

  ドガッ!!ドガッ!!と打ち付けられる尾。
一撃一撃が硬く重い。上から振り下ろされたのをガードしては見たが、激しい衝撃と重量に負け。そのまま弾かれてしまった。

「ぐっ…くそっ…!!」

  弾かれたハジメは、そのままの勢いで反時計回りに走り出す。

ソレを追いつつ、男は尻尾を大きく横へ振り。
薙ぎ払う動作で追い討ちを掛けるが…

「───!!  しもうた?!」

  ハジメの避けた先。
そこにはシファーの閉じ込められた球体があり、標的を追う尻尾はそのまま───ズガッ!!!っと上の部分を掠めて破壊してしまう。

「よし!」

「ぷはっ!! 助かったわ…あり…がとう…」

  穴から手を入れ、シファーを引き上げ抱き締める。
酸欠気味になっていたのであろう、シファーは空気を何度か吸い直し、胸元で小さな小さな拳をきゅっと締めていた。

「初めっからソレが狙いかいなッ!!」

  見ると、男は頭をガシガシと掻き。
紫のバンダナを目のギリギリ上まで下げると、鋭い眼光をチラつかせ2人を睨む。

「なら、ワイも本気を出すしかないな?」

  魔力の流れる大きさが変わる。
先程まで感じていた男の魔力が、更に大きく膨れ上がり、周りの砂が蠢く。

砂も先程とは違い、黒くザラザラとした音を立てて芹上がり、辺り一面に広がる。

「そこまでです」

 しかし、その砂が何かする前に チャキッ…と男の喉に銀色に輝く刀身が向けられる。

  額に冷や汗を浮かべ、喉を唾を飲み込み鳴らすと、男は視線だけでその剣の元を見る。

「じ、ジャックさん?!」

  その姿にハジメやシファーは驚く。
いつの間にやら現れたジャックに、その一瞬の間合いに。

誰にも気付かれず、そして男の喉元に刀を向けている衛兵長。
その光景についつい2人は息を呑んでしまう。

「もう少しくらい遊んでもえぇんやんけ!!」

「……契約破棄。という事で宜しいですかね?」

「なっ、そない事になったらワイの首がぁ…!!
アカン!!それだけは堪忍や!!」

  青ざめた顔で頭を抱えて懇願する。
衛兵長はやれやれと言った顔で彼を宥めると、2人へ頭を下げて謝罪をする。

「御二人を試す様な事をして申し訳ない。
彼、サー・タイガさんの腕を見てもらうと同時に、御二方に経験を得させ様と…」

「安心せい、殺す気は無かったで?
しっかりと力もセーブして戦ってたしなぁ?」

  たははは!と笑う彼、タイガを見て2人はげんなりとする。

「まぁ、途中からは気付いてたんッスよね…」

「そうね。私が目的なら、捕まえた時点で砂を使って逃げれたハズよね?」

「なんやなんや?  ワイの演技力で気付かれてへんと思っとったのになぁ」

  自信があったのか、タイガは明らかにがっかりした様子で頭を搔く。

「演技力は…及第点ですね」

  容赦の無い発言の刃を華麗に心に刺し、衛兵長は髭を撫で下ろしながら地面やハジメを見遣り頷いた。

「ふむ。あの魔力の質、やはり今回の事で謎が1つ解明されましたかね」






「観測者…『教会』が動くか、そして私も長くは無いな」

  カタンとポットが机に置かれる。

手がガタガタと震え、霞がかって消え掛かる。

引き寄せられる感覚。
幾度となく経験したが、これに耐えるのには相当な精神力を使う。

  一呼吸終えた後、魔王は椅子の背もたれに身を預け、上を仰ぎ見ながら果ての無い白い空間を恨めしく。鋭い眼光で睨む。

「もって半年…か」

  誰も居ない場所。
そこで彼は静かに囁く様に吐く。




  アレから1時間後、俺達はまだ砂浜に居た。

  「じゃあ、ワイは嬢ちゃんを見とったればえぇんやな?」

「えぇ、私はハジメ君を見ますので」

  彼、サー・タイガは元軍人だと説明を受けた。そして彼が此処に来た理由、それは俺達の護衛と修行の手伝い。

中央国に向かうまでには短い期間でしか修行が出来ないのだが、衛兵長はそれを補う為に人手を増やしたかったらしく。

  実績の把握と、実践を積ませるという事で今回の襲撃をタイガが提案したらしい。

衛兵長も初めは渋っていたが、効率を考えたらソレが一番だと判断し。無闇に傷付けない事を契約とし、彼とハジメ達の戦いを許可。

  衛兵長本人は高い所から状況を把握し、2人の戦いの流れを見ていた。
その結果、勿論赤点を出され。1時間の休息後、直ぐに特訓に移る事となったのだ。

  タイガとシファーは少し離れた場所へ移動

ハジメと衛兵長は現在の場所でそのまま修行へと移る。

「さて、先程の戦闘で魔力の流れを全身に纏わせていましたが、どうです?
同じ事をもう一度出来ますか?」

「は、はいッス!!」

  今回は最初こそ奇跡的なモノであったが。途中からはハッキリと自分の意思で発動していたので覚えている。

全身に這う魔力。
その感覚も全て。

  グッと拳を握り締め、集中する為にめをとじる目を閉じ呼気を大きく吸う。

「────はっ!!」

  じんわりと身体全体が暖かくなる感覚。
先の戦闘でたまたま出来た事。しかし、それを維持し続けた為に覚えられた感覚を頼りに、ハジメは確かに成功させた。


(これは…やはりセンスが良いですな。初めて意識下の中で出来たにしては速い方。ですが────)

「駄目ですね」

「えぇ?!」

  衛兵長の一言にハジメはすっとんきょんな言葉で返事をする。

「今のでは時間が掛かり過ぎます。戦闘で扱うにはせめて瞬間的にやれる勢いではなければ」

  確かにその通りだ。
現在掛かった時間は10秒を超えていた。
そんなのが実戦で使えるか?と聞かれたら、答えはNoとなる。

  奇襲とかならまだしも、対面した敵との戦いでは隙だらけになります。と衛兵長は告げ。

ハジメはその言葉に、ただただ納得した。

「感覚として覚えて置く事も大事です。
今の感覚を忘れずに反復すれば、自ずと簡略化されていくでしょう」






「さてさて、アッチも始めとるさかい。コッチもボチボチやろか? シファーちゃん?」

「…えぇ、お願いします」

  タイガの言葉に対し、少し怒りを含んだ返事を返す。
返された本人は、何故シファーがそんな態度なのかを理解している。理解しているからこそ、わざとやっといるのだ。

「シファ…嬢ちゃんはさっきの戦いん時、ワイの砂の中でプロテクト使つこうとったろ?」

「え、えぇ。あの時は砂に閉じ込められる時に咄嗟にプロテクトを張ったけど…」

「ソレだけで済ましたから赤点やったんやで?」

  彼の言葉にシファーは面食らう。
何故?盾を張り、身を守って生存出来る道を探したのに…。

「盾っちゅーんわな。『守る』事だけが役割りちゃうねん」

「どういう事?」

  シファーの食い付きに、タイガは口角を上げ嬉しそうに語り始める。

「えぇか? 魔力の放出と固定をして盾を作るんが基本やろ?」

「えぇ、私もそうしてるけど?」

「んじゃあ先ず、攻撃側の基本も知っとるかいな?」

「えっと、武器や肉体に魔力を流して固定させ…形を変えたり性質を変換させる事で、攻撃魔力として特化させてるのよね?」

「せや、両方に共通するんは『流れ』と『固定』や」

  タイガがそこら辺に落ちていた流木の切れ端を拾い、トントンと手で何度か何かを確かめると、地面に線を引き始め絵を描く。

「これが嬢ちゃんの防御魔法や」

  描かれたのは丸い円。その円の中央には人の様な絵。

そこを指し示し、更に絵を描き加える。

「これが剣として、剣の周りの魔力の形はどない成っとる?」

「剣の形に沿って固定しているから、剣そのモノの形をしているわ」

  描かれた剣には、周りを覆うもう1つの剣の形。これは魔力が固定されている図解だ。

「つまりや、モノによっては魔力の質を変えて形を変換させるんやろ?
なら、ソレを盾に活かしてみたらどうや?」

「───あっ!!」

  図を見て気付く。
概念を変えてみるとその通りだ。
防御魔法だからと言って、ただ守れれば良いという意思で発動していた。その為、壁の様になったり、丸く円状にしてしまっていたのだ。

  この考えを元に、先程の戦闘を踏まえて考えて見ると───

「円状に張った魔力を変換させ、形を別なのにしていれば。嬢ちゃん達はワイから逃げれた可能性があったっちゅーワケや」

「変換…」

  小さな拳をきゅっと握り、シファーは下唇を噛みながら俯く。

きっと、今の彼女は後悔でいっぱいなのであろう。
徐々にそれは心を蝕み。
最後には心身ともに闇に呑まれる。

  その事を知るのは彼女の中に眠っている魂だけ。

「私──」


  何が出来るの?
貴女は強くは慣れない。


「───えっ?」

  辺りを見渡すが、目の前に居るのはタイガのみ。
少し離れた場所では、ハジメや衛兵長も居たが、その声は誰のモノでも無かったのは事実。

声が聴こえた気がしたのだが、それは幻聴だったのであろうか。

シファーはぎゅっと胸元を握り締め、今までの事を振り返る。

  母親が死んでから、1人で逃げて生き延びた。色んな船や乗り物に乗っては隠れ。

何処へ行くのかも分からずに。
ただ、ひたすらに逃げたのだ。

  そして、最後に逃げ込んだ森の先でハジメと出会い。助けて貰った。

オークの時もそうだ。
力になりたくて行って、その時に何が出来た?

ただ怯えていただけだ。

『そうよ。貴女は弱いの──』

そう。私は弱い。
弱いからこそ、私は───

「変わりたいっ…強くなりたいっ!!」

  幻聴はケタケタと嘲笑う。
その選択肢を。答えを。彼女を。強さを。弱さを。

「そか、せやったら先ずは『特化』させる事にしよか」

  タイガはシファーの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で、大きく笑う。

『この人も、あの人も、いずれは私を棄てるのよ』

  モヤッとした何かが胸を撃つ。
しかし、シファーはそれに気付かない。

今は、彼等の暖かさに触れ。
強くなる。そう決意した彼女の目に迷いは無かった。




 
  白い空間。
何も無い世界に彼女は影として存在していた。

幼い女の子の様なシルエット。

その影は地団駄を踏んで激しく怒り狂っていた。

 「腹が立つ腹が立つ腹が立つ───ッ!!」

  何故?何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?

許せない。
憎い。
殺したい。

  彼女がギリギリと歯を噛み合わせ、頭を掻いていると、もう1つの影がゆっくりと上から現れる。

「荒れているな──イア」

「パパっ!!」

  イアは現れた影に駆け寄り抱き着き──


ズブッ───!!

  銀色に光るナイフをその影に押し付け、グリグリと捻りを加えて深く突き刺す。

  ナイフが刺さる音と共にイアは幸せそうに声を高らかに上げていた。
至福。まるで子供が玩具を与えられた時の様に、彼女は浮き足立っている。

「やったぁ♡︎ ねぇ死んだ?」

  表情は読めないが、声からして彼女が悦びに満ちているのが分かる。

しかし、もう1つの影もゆらゆらと揺れたものの、しっかりと存在しているのも確か。

「ぶぅー!また殺せなかった!!」

  不貞腐れた声と不満そうな態度。

どうして彼女はこうも歪んでしまったのだろう。

「───魔王サタンの名に置いて命ずる」

──ズァッ!!!
 
  男の影は膨張し荒々しく揺れ惑う。
そして自分と彼女を影で囲み、真の姿へと変化して行く。

「魂よ。持ち主の元へ還り眠れ!!」

「── っ?!嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!  」

バンッ!!───ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

  突如現れた扉に、少女の影が強引に吸い寄せられてしまう。

対抗するべく地面に這いつくばるが、徐々に体は扉へと近付いて行く。

「イア、お前が私の魂にリンクしてくるのは構わないが。シファーにだけは手を出さないでくれ」

「どうして?! あっちに戻ったら私は1人になってしまうの!!
だからこの子も吊れて行くの!!」

「ダメだ。シファーとお前が1つになってしまうという事は、この世界を壊す鍵に成りうるという事。
それを私は易々と見逃しはしない」

  魔王は手を翳し魔法陣を出現させると、イアの頭へ触れて優しく微笑む。

「お前が此処に来れるのは私への『憎しみ』と『血』があるからだ。けどな、それでシファーとは会ってはならない」

  ぼんやりと光る魔法陣を虚ろな目で見詰めるイアに、魔王は優しく話し掛ける。

「その血を利用しようとしているのが誰かは分からないままか…。
此処での記憶は、いつも通り一時的に封印させて貰うぞ?」

  そう。彼女は現在肉体は別にあるのだ。
『 精神世界此処』に来れるのは、強い催眠を掛けられ、血の繋がりを利用し魂の情報の合う人物とイアの魂を引き合わせているからだ。

  これは高等な魔術であり、ただの魔物や魔族には到底扱えない代物である。

この現象が起きているのは数年前から。

初めての時には気付かずに逃がしてしまった為、シファーの存在がバレてしまったのだが。

それ以降はこうやって出現を確認したら直ぐに記憶の1部を封印しては、魂を本体へと還して居るのである。

  嘆きが反響し。
彼女の魔力が荒れ狂い地面に喰い込む。

「私は…邪魔なの? どうして私を棄てたの?」

「棄ててなど──」

「嘘吐きッ!!!」

  最後の叫びと共に、魔力の激しい衝突が起きる。

「やはり、私の血を引くだけはあるッ──!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

  バチバチと魔力の衝突に黒い閃光が飛び交う。
しかし、魔力は流石にレベルの差が出る為か、いくら激しく強いと言っても魔王の前では並の人や魔人と比べて強いだけであり。
  意図も簡単に魔力の波動を押し返し、イアを後ろの『ゲート』へと押し込む。


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