ヘタレ勇者と魔王の娘

しろぱんだ

第17話 砂浜に立つ

  朝方。
目を覚まして、泊まっていた宿の部屋に鍵を掛けて海岸へと足を運んだ。

  衛兵長であるジャックは書類の整理等がある為、この三日間は軍の宿泊施設を利用している。

勿論、年頃の男女を一緒にする事も不可能。
しかし離れると危険という事で、シファーとハジメは隣同士の部屋割りで泊まる事に。


──正直、惜しくないと言えば嘘になる。

それは、自分も年頃なのだから自然と女子と一緒に居たいとか。
他愛ない話をして、夜更かししながら2人でワイワイやって眠りたいとか。
そんな考えが無い訳では無い。否、寧ろその欲求を呑み込んで必死に我慢したとすら言える。

「って、何を考えてたんだろうなぁ」

  だがしかし、その欲求とは別に新たな欲求に襲われる羽目になり。
昨日は結局、布団に入るや否や爆睡をしてしまったのだ。

「でもまぁ、それで少しは頭が冴えて来たってのはあるな。
昨日掴めなかった何かが掴めそうだ」

  気分は至って清々しい。
大きく伸びをして深呼吸をすると、ハジメは軽く砂浜を走り込む。

毎朝走り込む習慣がある為か、目覚ましも掛けていなかったのに、いつも通りより少し早い時間に目が覚めた。

起きていたのは漁師の人や、市場から切り上げて来た人達ばかり。

軽く街を走ったが、流石は港街って感じだな。

  磯の香りがする港に競りのある市場。
端にある小さなお店の中からはカレーや蕎麦の汁の良い香りが、磯の香りと共にゆらりと漂って来る。

  競りが終わって手を摩りながら入って行くおじさん達。
出て来た人達は疲れたと言いながらも、顔を真っ赤に染めて笑顔で帰って行く。

「あぁ、ぶち?! お前また降りられなくなって!!」

  そんな店の横から、おばちゃんが騒いで店の看板へと話し掛けていたのを目にする。

何だろうと覗き込むと、そこには茶色の目にぶち模様のある猫が看板の後ろで鳴いていたのだ。

「大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、いつもの事なんだけどね。
あの子、猫なのに高所恐怖症で。登る時は夢中で平気なのに、下を向くとビビって降りてこないんだよ」

  苦笑しながら頭を掻くおばちゃん。
確かに猫は不安そうな表情を浮かべ、今も鳴いていた。

「いつもなら、旦那が脚立使って降ろすんだけど。今日は、お昼の買い出しに市場の中に入っちゃっててねぇ」

「俺が手伝うッスよ?」

「えぇ?」

  言うや否や、俺は足に力を込め魔力を集中し練る。

  ダンッ!!と地面を蹴り上げ、看板の少し上まで跳躍し。
猫を腕に引っ掛ける様にして引き寄せる。

「──よっ」

  ドッ!と壁を蹴って三角飛びの要領で地面へと向かう。

「はい。もう登っちゃダメだぞ?」

  みぃ〜と呑気な声を上げるぶち猫を、おばちゃんにそっと渡す。

「あ、ありがとうね?
何だい、アンタも魔術師か兵士なのかい?」

「い、いえ。教わっただけで、俺は一般人ッスよ」

  おばちゃんはへぇ〜?と口角を上げて笑う。

これは信じて貰えて無いなぁ。
まぁ、魔力を操作して身体能力を上げるのは意外と難しく。

学校で学んで自在に操れる様になると、大抵の人は軍の道へと進む。
俺もそうだと思われたのであろう。

「それじゃあ、俺はまだ走るんで…」

「あっ、そうかい? じゃあ、今度顔出してくんな?
美味しい料理食べさせてあげるよ!!」

  俺は軽く会釈をしてまた走り込む事にした。

正直、お腹は空いていたのだが。此処で食べたら宿の朝食が入らなくなるからなぁ。

秋刀魚の佃煮…凄い楽しみだ!!




  勢いで砂浜まで戻って来て、また街に戻るの繰り返しをしようとしていて違和感を覚えた。

「何だこれ?  最初の時より足に疲れが…なっ───?!」




  眠い目を擦って起きて来たシファーさんを連れて朝食の並ぶ自室へと戻り。
二人で美味しく朝食を頂いた。

  昨日もだが、新鮮な海の幸をふんだんに使った料理はどれも絶品だった。

朝食を済ませ、2人は海岸に来ては各々に昨日の復習を始める。


  シファーさんは海辺で昨日と同じ事をするのか。
俺は俺で今日の朝に気付けた事を予習しないと…。

砂を軽く踏む。
その後に何度か確かめる様に踏むと、微かだが周囲に砂埃が舞う。

よし!感覚は掴めて来たぞ!!






  ハジメ達から少し離れた海岸の上。
人影が2人を見詰め、ニヤリと笑う。

「目標を確認したで?」

「やはり此処でしたか。頼めますかな?」

   2つの視線は同じ所を見合わせ、互いに並び立つ。

首をコキコキと鳴らし1人の男性は手を振り答える。

「オッケー。見た所、アッチの嬢ちゃんから狙うのが手っ取り早いな」

「お好きな様に。もし、危なくなりましたら、私も援護しますのでご安心下さい」

「アホ抜かせ。あない小物相手にワイの本気を見せるまでもあらへんわ」

  言うや否や、男は大きく跳躍をし海岸から砂浜へと着地。
そのまま見上げる形で待っていろとジェスチャーで促す。






  集中してなきゃ、余分な魔力を使ってしまうな。
力が入ると足元がフラつくし、意外と精神力が鍛えられそうだ。

「──ふぅ。昨日よりは少し長く続けられそうね」

「物覚えが早いッスよねぇシファーさん。
俺なんてまだフラフラして安定出来ないッスよ?」 

「んー。ジャックさんが言うには、私は『付加エンチャント』系の魔法に特化してる見たいなの。
ハジメの事も肉体…強化?見たいなのが向いてるかもって言っていたわ」

「肉体強化系…あのオークの時の感覚か」

  あの時、無意識だったとは言え。
身体中に魔力を巡らせ固定。そして全身を強化していたのだが、本来それまで行う技術や魔力を持ち合わせて居なかった筈。

  現に今は足元に魔力を固定するので精一杯なのだ。その他に別な場所の強化となると、一瞬だけならまだしも、数秒も固定は出来ないであろう。

アレもきっと魔王が裏で何かしていたのだろう。

ソレを言えば、シファーも同様に魔王に身体を乗っ取られていたりもしているのだが…。とハジメは視線をシファーに向ける。

  シファーは少し照れ臭そうに髪を指先で弄りながら、頬を赤らめて視線を逸らす。

「───ハジメ!!」

  視線を逸らしたシファーが何かに気付き、ハジメを呼ぶ。

その視線の先を見るや否や、ハジメはシファーの腕を掴み、自らの所へ引き寄せると砂浜へと勢い良く倒れ込む。

───シュバッ!!

  砂のギロチンの様なモノがシファーの居た所に振り掛かり、地面にぶつかり四散した。

後少し反応が遅れていたら、シファーはあの砂の餌食に成っていたであろう。

「チッ、気付きよったか…」

「──ッ、誰だ?!」

  砂嵐が巻き起こり、その中から金髪の紫のバンダナをした目付きの鋭い男性が現れる。

白シャツに黒革の光沢のある上着を羽織り、下は半ズボンという。何処か昔のヤンキーの様な姿をした男は、着けていたゴーグルとサングラスの中間の様なモノを首に下げ。

ハジメとシファーに向かって手を翳す。

  男が手を動かした瞬間、ハジメはシファーを抱えて立ち上がり走り出す。

「遅いっちゅーねん。『砂鎌サンドカッター』!」

  周囲の砂が集まり、鎌の刃先の様に姿を変えてまたもや襲い掛かる。

ズバ───ッ!!

  間一髪で避ける。
地面の砂が抉れ、その威力を物語る。

「休ませへんで?」

  いつの間にやら周り込まれていた。
反応が遅れ、振り返った時には遅かった。

「がはッ?!」

ガッ!!と腹部に蹴りを入れられ、ハジメは肺に溜まっていた酸素を吐き出す。

「ハジメ──?!」

  蹴られた拍子に、シファーを両腕から放り投げる形になってしまう。

「この──距離ならッ!!」

  腹部を蹴った足首を掴み、右拳を仕返しと言わんばかりに腹部へとお見舞いする。

「───げほっ!!」

  流石に蹴った相手に、こんな短時間で殴られるとは予想出来なかったであろう。
男はモロにソレを喰らうと、よろめきながら後退した。

「何や我ェ…、肉弾戦が得意何かァ?」
 
「──今だ!!」

男が口を手の甲で拭って居ると、ハジメは駆け出し拳を握り直す。

  隙を突いての応酬。
男も素早く対応し、掌を前に翳す。

「『砂鎌』!!」

「────っ?!」

「『防御魔法陣プロテクト:A』!!」

  鎌の刃がハジメに衝突しようとした瞬間──ゴパッ!!と砂が別れ、ハジメに直撃する事も無く飛び散る。

何が起こったのかを判断出来たのはハジメだった。
男からの死角となるハジメの後ろで、シファーは予め魔法の準備をしていたのだ。

  そして魔法が発動し、それが解除される刹那。
ハジメは身をか屈めてダッシュの体勢へと入る。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

「新米コンビとしては、まぁまぁやないけ」

  ニヤリと口角を上げて不敵な笑みを浮かべる男の表情に、ハジメは気持ちの悪い感覚に襲われる。

今更気付いたが、彼の頬には三本の傷跡があった。
それが更に野性味を醸し出し、恐怖を増大させる。

「『砂固定サンドロック』…これで終いや」

  足元の砂がガバッと吹上がり、ハジメの下半身を呑み込む。
呑み込まれた下半身は身動きが取れず、しかも砂は徐々に上半身へと登り始めた。

「しまっ…何だこれ?!」

「ハジメ!!」

  シファーの声に気付いたが時既に遅し。
男の姿は目の前から消え、後ろからシファーの抵抗する声が聞こえて来たのだ。

ズズッ───ズズズ───

「お前っ、何してやがる!!」

「何、心配あらへんて。ちょっと依頼でな?この嬢ちゃんを捕まえに来ただけやさかい」

「は、離して!!」

「依頼だと? 一体お前は何者ッスか!?」

「ワイか? ワイは───偽善者や」

「ぎ…善者?」 

「せや。依頼でどんな仕事も受ける、表面上は『依頼実行者ワーカー』や。俗に言う皆のお助けマンや。
しかしその実、裏では金の為に暗躍しとるスパイでもあるんやで?」

  スパイという単語の意味を理解し、ハジメは息を飲んだ。
シファーも前日に聞いていた国の争い等の事を想像したのであろう。硬唾を飲み、驚きながらも男を見る。

  やれやれと首を横に振り、シファーの腕を更に引き寄せ、男はひょいとシファーを肩に担ぎ上げる。

「ちょっ──」

「この嬢ちゃんを引き渡せば、ワイの国は見逃して貰える。それ処か、援助金まで支給されるんやで?
それがホンマならワイは英雄やろ?」

「お前の国が救えたとして、他の国はどうなるんッスか…?
その子の力を知っているんだろ?!」

  最早、上半身の胸の辺りまで砂が登り。
腕にまで砂がまとわりつき、本格的に身動きが取れなくったハジメは叫ぶ。

「だから偽善者や言うとるやろ?
ワイは自国を救えたらソレでえぇねん。
他の国の人ンには悪いけどな、ワイかて守れるモンには限度があるっちゅーねん」

  何処か寂しげな声に、ハジメやシファーは俯く。
分かっている。この人は間違えてはいないのだ。

自国の為。ソレが精一杯なのも分かる。

  どうやっても戦争というのは大き過ぎる。
どんなに頑張った所で、被害は想像を遥かに超え、国を戦火で包み込むのであろう。

 なら多少の犠牲で自分の国を守れるのなら、それが最善手になるのも分かるのだ。

「けど、俺はソレを認め無いッス…」

「認めなくて結構。お前に認められなくても、ワイにはワイの道理があんねん」

  パラパラと、固まっていたハズの砂が零れ落ちる。

「な、何やワレェ?」

「アンタにはアンタの道理がある様に…俺にも俺の通すべき筋が有るッス!!」

「ぐぎぎぎ…!!」とハジメが力を集中し、力むと──バラバラと砂が剥がれ落ち。
ハジメの埋もれていた部分が露になる。

  微かに発光する身体。
男はその姿を見て冷や汗を浮かべ、腕で拭ってからある事に気付く。

(恐怖やと?!  あの男の魔力を感じ取った瞬間、身体という身体から変な汗が滲みよるわ…!!)

「俺は決めたんッス…その子を!!シファーさんを守るって!!!」

  微かだが覇気のあるその姿に魔力が宿る。
全身に回った魔力は、不思議な色の光を放ち。
ハジメはその光によって砂の固定を解除出来たのだと察する。

「へっ、コラぁ…少しばっかし楽しとる場合や無いなぁ?」

「さぁ、シファーさんを離すッス」

「誰が返すかいな。『砂塵球サンボルド』!!」

「──きゃっ!!」

  肩から地面に放り投げられたシファーは、地面に着地せずに砂に呑まれてしまう。

───ズズズ。

そして出来上がったのは砂の球体。
中からドンドンと叩く音から察するに、空洞の砂の球である。


  捕まえるのに特化した魔法なのか。

「考え事とは余裕やないか?」

「余裕かどうかは分からないッスけど…ね!!」

  踏み込んで相手の拳をいなしながらも、攻撃の隙を伺う。

足元も魔力の固定のお陰で上手く踏み込む事が出来。
懸念すべきはあの球体に閉じ込められたシファーである。

あの中は限られた酸素でしか、呼吸が出来ていないハズ。
それなら持って後数分。
その数分でこの男をどうにかしなければ、シファーは酸欠で死んでしまう可能性が有るのだ。

  ならば、このまま気を上手く逸らし。隙を突いて球体を壊す方が手っ取り早い。

だからこそ、ハジメは肉弾戦に持ち込もうとしているのだ。

  魔法では地の利がある彼が有利。
その有利な状況で生じる油断を狙っているのだ。

「成程、動きも先程よりキレがあるなぁ。
こりゃあ、身体と精神力が上がってると見えるわ」

  そうは言うものの、ハジメの攻撃は掠りともしない。

──力が、力が足りないのか?!




「フッ、物事は柔軟に観なければ始まらないぞ?ハジメ…」

  白い空間に椅子とテーブル。
そして湯気が立つポットとティーカップがテーブルの上に置かれていた。

魔王サタンは椅子に腰掛けると、ティーカップへとポットを傾ける。

ポトポトと注がれる茶色液体。ポットの中身は紅茶であった。湯気が香りを含ませ立ち上り、空間を華の香りで満たして行く。

  ティーカップを揺らし、香りを二三度楽しむと、魔王はゆっくりと口を付け紅茶を 含   む。

  甘く香る紅茶が口の中に拡がり、鼻から通り抜けて行く香りが心地好い。

「貴様に足りぬのは『柔』の心。『柔』の心無くして『剛』の力は得られぬぞ」

  誰にも聞こえていない。
それでも魔王はニタニタと楽しそうに言う。



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